母を亡くした後悔にどう向き合うか、というお便り
今夜のお便りは、ペンネーム・トモヨさんから寄せられたものでした。夜中の授乳中にSpotifyを聴いているという、はじめての方からの相談です。
内容は重いものでした。母親が2年前に突然亡くなり、家族はその年のことを思い出しては「もっとできたことがあったのではないか」と後悔し続けているといいます。
特に姉は後悔しすぎて不眠症になり、気持ちも不安定になっていると綴られていました。トモヨさん自身も、母が亡くなる直前の電話で弱音を吐いた母に共感してあげられなかったことを後悔しているそうです。
母が亡くなってから、何のために自分は生きていったらいいのだろうと考えるようになりました。
今は子どもたち、家族のために生きようと思っている。そのうえで、取り返しがつかないことをしてしまい、後悔を抱えたまま生きていくヒントになる本があれば紹介してほしい、という依頼でした。
リクエストありがとうございます。何か、すぐに書ける言葉が思いつかないようなね。
バタやんは、その場で慰めの言葉をかけるのは違うのではないかと感じたと話します。
もっとできたことがあったんじゃないかっていう自問自答には終わりがないですよね。答えがないだけに、タイムリミットもないですし。
試験のように「はい、時間です」と誰かが切ってくれればいいけれど、そうはいかない。2年経っても思いが消えないのは、それだけの愛情があった証だと感じたと語ります。
癒しの本ではなく、自責と向き合う小説を選んだ理由
どんな本を紹介すればいいか、ずっと考えていたというバタやん。しかし選んだのは、癒される本でもメンタルケアの本でもありませんでした。
そういうんじゃ全然ない本を今日は選びました。
選んだのは、自責の念を抱えて自分を許せないという感情と向き合う主人公を描いた小説でした。今夜の「勝手に貸出カード」は、柚月裕子の『朽ちないサクラ』です。
2015年に単行本として刊行され、すでに文庫にもなっている、およそ10年前の作品です。それでも今トモヨさんに選んだのには理由がありました。
杉咲花主演で映画化されており、つい先日Netflixで配信が始まったのです。以前、杉咲花主演の『52ヘルツのクジラたち』を紹介した回で、この作品も楽しみだと話していたといいます。
映画化の際、杉咲花はインタビューかパンフレットで、失敗してしまったことのある誰かにも、他者の失敗を許せない誰かにもこの映画が届いてほしい、という趣旨のことを語っていたそうです。
杉咲花が演じる主人公・森口泉は、自分のせいで親友を死なせてしまったかもしれないという取り返しのつかない後悔を抱えたヒロインです。まさにトモヨさんの相談に重なる物語でした。
クレームの電話が鳴りやまない、見事な導入
テーマは重いものの、物語の入りが見事だとバタやんは言います。舞台は地方警察の広報課。市民からのクレーム電話が鳴りまくっているところから始まります。
ストーカー被害に遭っていた女子大生が殺害され、彼女や家族が通報していたにもかかわらず、警察が被害届の受理を先延ばしにしていたことが発覚します。
さらに、その部署が慰安旅行に行っていたことが地元の新聞にすっぱ抜かれ、市民から「給料泥棒」といった抗議の電話が殺到する事態になります。
主人公の森口泉は、警察署の広報課で働く事務員です。警官ではありません。ここが大きなポイントだと語られます。
泉はクレーム対応に追われますが、実は新聞記者をしている親友のチカに、旅行があったという話をしてしまっていたのです。
だから泉は、慰安旅行の事実を新聞にたれ込んだのは親友のチカではないかと疑ってしまいます。そうこうするうちに、チカは川で遺体となって発見されます。
ストーカー事件とチカの事件はつながっているのか。そこから警察内部の問題、ある宗教団体の問題へとたどり着き、大きなミステリーへ展開していきます。
やばいな、私が友達に喋っちゃったことと関係あるのかもしれないっていう、この物語に引き込まれる導入が見事だなと思ったんですよね。
捜査権を持たない事務職が、後悔を原動力に動き出す
泉が刑事ではなく、捜査権を持たない事務職の女性であることが、この作品のポイントだとバタやんは指摘します。
最初は友達を疑い、自分も情報漏洩の嫌疑をかけられる。その後は、親友を裏切ってしまった、もしかしたら死の原因を作ってしまったのではないかという後悔が彼女を突き動かしていきます。
捜査権を持たない立場でありながら、真相を突き止めたいという原動力になっているのが、その後悔の気持ちなのです。
そこが苦しい。苦しくって。でも、その捜査の外側にいるはずのいづみが動く。
その原動力は、信用を失った喪失感や後悔、ある種の執着です。それが読者を物語の続きへと引っ張っていきます。
泉は完璧なヒロインではありません。自己中心的なところもあり、怒りの沸点がわからず、何をしでかすかわからない危うさも持っています。
柚月裕子自身も、そんな泉の葛藤を苦労して何度も書き直したと語っていたそうです。映画では杉咲花が演じることでリアリティが増し、危うさと芯の強さが胸に届く作品になっていたと話します。
警察という大きな組織、しかも男社会のなかで、警官ではない女性という一段弱い立場から、それでも自分なりに責任を取ろうとする芯の強さがよく理解できたといいます。
安田顕の声と桜のコントラストが際立つ映画版
映画では、豊原功補が演じる磯川警部と、安田顕が演じる富樫警部という2人の重鎮が登場します。
修羅場をくぐってきたガシッとした2人と、小柄な杉咲花のビジュアル的な対比が印象的だといいます。加えて、警察内部のグレイッシュな雰囲気と、タイトルにもなっている桜の色合いのコントラストが美しい映画です。
バタやんは、安田顕が演じる富樫警部と泉が対峙するシーンに触れ、その魅力を熱く語ります。
静かな、包み込むような。でもちょっと本音では何考えてるかわかんないような。
一言一言を何と言うのか、何を言われるのかという緊張感が半端ないと話します。
作中では和歌を紹介する大事な場面があります。映画では「桜というものがこの世に存在しなかったら、春はもっと心穏やかなのに」という和歌が引用されます。
原作と映画で異なる「和歌」が示すもの
一方、原作では違う和歌を引用していたとバタやんは記憶をたどります。「敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜花」という一首です。
日本人の心とはどのようなものかと問われたら、朝日に照らされて咲く山桜のようなものだと答えよう、という意味だと説明します。
この違いが印象的だったといいます。映画は大切な人を失った喪失感を、桜が散る、見られる期間が短いということと結びつけ、情緒に重点を置いています。
対して原作は、警察組織の正義と個人の正義が相反することがあるという点に重点があるのではないか、とバタやんは解釈します。「敷島の」という山桜の歌は、組織の話をしているのではないか、という読み方です。
これはあくまで自分の解釈だとしたうえで、ぜひ確かめてみてほしいと勧めています。
喪失感を、桜が散る短さと重ね、情緒的に描く。「桜がなければ春は穏やかなのに」の和歌を引用
組織の正義と個人の正義が相反する点に重点。「敷島の大和心」の和歌を引用
少ない言葉で悲しみを描く、神フレーズ
ここでバタやんは、今日の神フレーズを紹介します。原作と映画の違いという点で、亡くなった親友チカの母・雅子と泉が対峙するシーンを取り上げました。
このシーンは原作ではそれほどページが割かれていませんが、映画では重要な場面として描かれます。
バタやんはこの本が大好きで、2018年のベストブック文庫編の1位に選んだほどだといいます。うっかりお風呂で読んでいてお湯に落とし、表紙がびちゃびちゃになってしまったという余談も添えられます。
この間あんなに文庫を、帯も大事にして読んでるみたいな話をしたくせに、ひどい裸ん坊、あられもない姿の文庫になってしまったんです。でも、そのくらい大事に読んでいる本です。
紹介されたのは、雅子が仏壇を整えた話をし、泉が「チカも喜んでいると思います」と言う場面です。
儀礼でも慰めでもない本心だった。死んでなお自分のことを愛おしんでくれる親の気持ちを嬉しく思わない子がいるだろうか。
雅子はしばらく膝に目を落としたまま黙り、やがてゆっくりと顔を上げて、愛娘を祀る仏壇に視線を向ける。文章はそう描くだけです。
交わす言葉の数はとても少ない。それでも、この目線の動き一つで、母の悲しみやまだ癒えていない喪失感が表れているといいます。柚月裕子の文章はすごいと感じた箇所だと話します。
後悔の数だけ、新しい優しさを身にまとう
映画ではチカの母親役を藤田朋子が演じ、藤田朋子と杉咲花が対峙するシーンは見応えがあるといいます。バタやんは、トモヨさんにぜひそこを見てほしいと語ります。
小説より映画の方が、泉が自分のことが許せないっていう感情にちゃんと折り合いをつける、落とし前をつけるシーンがしっかり描かれているんですよね。
『朽ちないサクラ』を紹介した理由を、バタやんはこう締めくくります。
後悔はそれだけ誰かを大切に思っていた証拠で、その痛みを抱えたまま、次の誰かにとっての光になれる。そう感じた作品だといいます。
さらに、この作品には続編があると明かします。森口泉が再び主人公として活躍する『月下のサクラ』です。ネタバレになるからと詳細は伏せつつ、泉の成長が見られる作品だと話します。
泉さんはちゃんと前を向いて、痛みを忘れたわけじゃないけど、次のステージに進んだんだなっていうのがわかるんですよね。
最後に、自分は冷たかったのではないかという後悔の数だけ、人は新しい優しさを身にまとえる、と語りかけます。泉の強さに少し癒されてもらえたらという願いを込めて、この回を締めくくりました。
まとめ
大切な人を亡くした後悔とどう向き合うか、という相談に、バタやんは癒しの本ではなく、自責と向き合う主人公を描いた小説『朽ちないサクラ』を選びました。後悔は誰かを大切に思った証であり、その痛みを抱えたまま次の光になれるというメッセージが、静かに手渡された回でした。
- 相談は、母を亡くした後悔を抱えたまま生きるヒントになる本を求めるものだった
- 紹介したのは柚月裕子『朽ちないサクラ』。捜査権のない事務職の女性が、後悔を原動力に事件へ向かう物語
- 映画は喪失感を桜の散る短さに、原作は組織と個人の正義の相反に重点を置くという違いがある
- 母子が対峙する場面では、少ない言葉と目線の動きだけで悲しみと喪失感が描かれる
- 続編『月下のサクラ』では、痛みを忘れずに前を向いた泉の姿が見られる





