今夜の勝手に貸出カードは『暗殺の冬』
今夜はお便りの紹介をお休みして、バタやんが最近読んだ一冊を勝手に貸し出す回です。選ばれたのは、クリストフェル・カールソン著、棚橋志行訳の『暗殺の冬』でした。
文庫本なので遠出のお供にもよく、じっくり時間のある時に読んでほしい一冊だと話されています。バタやんは先週の夏休みの旅行に持っていって読んだそうです。
ジャンルは北欧ミステリー、北欧ノワール。スウェーデンの田舎町を舞台に、30年前の未解決事件と家族の秘密を追うクライムノベルだと紹介されました。
バタやんは北欧ミステリーがとても好きだと言います。ただこの一冊は、北欧ミステリーを読んだことがない人や、難解そうで気が進まない人にこそ、1冊目として読んでほしいと薦めています。
帯の「十年に一度の傑作」と池上冬樹の書評
この本を買ったきっかけは、帯にあった「十年に一度の傑作」という言葉でした。文芸評論家の池上冬樹さんが絶賛していたのをネットで読んだのがきっかけだそうです。
文春文庫版のあとがきの文章がそのまま文藝春秋のサイトに掲載されており、それを読んで「これは面白そうだ」とすぐに購入したと話されています。
ただ、じっくり読みたいタイプの本だと感じたため、旅行まで取っておいた「波待ち本」の状態だったそうです。
その池上さんの書評を、バタやんは一部読み上げています。
一読されればわかるが、カールソンは将来の巨匠クラスの文体とプロットとキャラクターを持つ。一行一行文章を味わう喜びがある。
文学性のみならず、ミステリーとしても面白く、読み始めたらやめられなくなる。事件の進展に興奮しながらも、決して速読を許さない。細部が濃密で読み応えがあり、注意深くゆっくりと読むことになるからだ。
この評を読んで、バタやんは文芸評論家の評論の仕方はさすがだと感じ、実際にゆっくりと味わって読んでみたと語っています。
あらすじ ― 30年をまたぐ父と息子の捜査
簡単なあらすじが、ネタバレにならない程度に紹介されました。
1986年、スウェーデンのストックホルムでパルメ首相が暗殺される事件が起きます。その同じ夜、田舎町ハッランドの地元警察に「女をレイプした。またやるぞ」という電話がかかってきます。
現場に急行した地元警察のスヴェン刑事は、泥道で車と女性を発見しますが、女性は凄惨な状態で息を引き取ってしまいます。その後さらに犠牲者が出ます。
しかし決定的な証拠がつかめず犯人を特定できないまま、捜査は打ち切られます。それから30年ほど後、スヴェン刑事の息子ヴィドルも警官になり、この未解決事件と向き合うことになります。
父と息子の二代が30年以上をかけて、小さな町の連続事件の真相を追う物語です。ただし、単なる謎解きで終わらせないトリッキーな構成だと話されています。
ストレートに描けば、父のパートと息子のパートの二部構成で、息子のパートで真相にたどり着く筋書きにできるところです。しかしこの小説には、二人を俯瞰し、町で起こった出来事を小説にしようとする作家という第三者の語り手が置かれています。
バタやんの解釈では、この作家を視点に置く意味は、父と息子のほかにもう一人のキーマンである女性警官の存在にあります。作家が彼女にインタビューをすることで、その視点が自然に成立していると見ています。
首相暗殺の陰で雑になった初動と、警官が背負う十字架
物語のポイントは、最初の事件と同じ夜に首相暗殺という国を揺るがす大事件が起きていたことです。
警察も報道機関もそちらにかかりきりになり、小さな町の事件への初動が雑になってしまったと説明されています。そのため事件は未解決となりました。
さらに2人、3人と犠牲者が出る前に犯人を特定できたのではないか、救えたのではないか。そうした遺恨が残ります。小さな町ゆえに重い十字架を引きずったスヴェン警官は、罪悪感に自分の体を蝕まれていきます。
捜査の途中からずっと咳き込むなど体調が悪そうで、その描写も胸にグッとくるものがあったと話されています。
北欧ミステリーが初めての人に薦める3つの理由
北欧ミステリーファンでない人にも読んでほしいと感じた理由が、3つ挙げられました。
1つ目は、登場人物がとてもシンプルなことです。北欧ミステリーで一番ハードルが高いのは、長くて聞きなじみのない名前が多く、名前だけでは男女の区別もつきにくい点だとバタやんは言います。
この小説は登場人物がすっきり限られています。覚えておくのは、父スヴェン、息子ヴィドル、もう一人の女性警官エビー、そして作家である「私」の4つの視点。あとは名前を覚えきれなくても大丈夫だそうです。
さらに画期的だと感じたのが、各章の始まりに主な登場人物一覧がついていることです。途中で中断しても「誰が誰だったっけ」とならずに済みます。
バタやんは、この一覧の「誰々の妻」「誰々の元夫」といった説明の書きぶりや順番から犯人を推測するのが好きだと言います。章によって載る人物が変わることも含め、想像を掻き立てる新しい試みだと評しました。
2つ目は、物語が時系列に描かれていることです。冒頭に「1900何年」と丁寧に書かれ、時間が分かりやすくなっています。
過去の未解決事件を追うタイプの小説は、今と昔が行ったり来たりするものが多い気がすると言います。しかしこれは時系列で進むため、とても分かりやすいそうです。
30年前は父スヴェン警官の視点、30年後は息子ヴィドル警官の視点、そして現在は作家の「私」と話者も分かれているため、ごっちゃにならずに進みます。
3つ目は、季節や天候の描写と重ねた繊細な心理描写です。文章がとても綺麗だと、バタやんはいくつかの一節を読み上げています。
三月とともに春が訪れ、太陽がマルベックの冷たい大地を温めた。
九月が来た。木の葉が黄色くなり始めた。この変化には時を超越した何かがあった。毎年早晩こうなることはわかっている。そこに心を癒された。
寒い時間が長い北欧だからこそ、暖かさが訪れる瞬間が丁寧に描かれていると話されています。季節や天候の移り変わりが登場人物の描写とリンクし、余韻を残す書き方になっています。
バタやんは付箋派で本に線は引かないそうですが、線を引きたくなる描写がたくさんある本だったと言います。噛むたびに味わいがある、という表現でその魅力を語りました。
速読を許さない本の醍醐味と、神フレーズ
「十年に一度の傑作」という帯を見たとき、バタやんが想像したのは、息もつかせぬ展開で一気読み間違いなしという本でした。
しかし池上さんが「速読を許さない」と表現した通り、じっくりゆっくり味わいながら読むのが正解な本だと言います。ストーリーや犯人探しよりも、心理描写を味わうところにこの本の醍醐味があると評しました。
続いて、番組恒例の「神フレーズ」が読み上げられました。
嘘には嘘の時がある。真実にも真実の時がなくてはいけない。
多くの小説やニュースは、事件の解決や犯人の特定、裁判の判決をもって結論とします。しかし実際には、結論が出た後にもそれぞれの生活と人生が続いていきます。
著者のカールソンさんは犯罪学を学び、ストックホルムの大学で犯罪学の准教授も務めているそうです。彼は、実際の事件は小説のようにすっきり解決することは少なく、失敗や見逃し、人間のエゴに左右されると語っています。
そのため、劇的な展開や大どんでん返しよりも、現実の捜査が持つ人間のエゴや泥臭さ、不完全さや曖昧さを描くことにこだわっているのだろう、とバタやんは受け止めています。
その時はその時の真実だと信じていたことがあり、嘘をついていたわけではない。でも今となってみればそうではなかった、ということは誰にでもある、と話されています。
カールソンさんは1986年生まれで、この作品を書いたのは30代中盤とのこと。バタやんは、「十年に一度の傑作」と言わず、この先も次々と傑作を生み出してほしいと期待を寄せていました。
まとめ
『暗殺の冬』は、30年をまたいで父と息子が未解決事件を追う北欧ミステリーですが、その魅力は謎解き以上に、じっくり味わう文章と心理描写にあります。北欧ミステリーが初めての人にも薦められる、旅のお供にぴったりの一冊として紹介されました。
- 紹介本は、クリストフェル・カールソン著・棚橋志行訳『暗殺の冬』(文春文庫)。帯は「十年に一度の傑作」
- 1986年のパルメ首相暗殺と同じ夜に起きた田舎町の事件を、父スヴェンと息子ヴィドルの二代が30年以上かけて追う物語
- 初心者にも薦める理由は、登場人物がシンプルなこと、時系列で進むこと、季節と重ねた繊細な心理描写があること
- 速読を許さない本で、犯人探しより心理描写を味わうことに醍醐味がある
- 著者は犯罪学者でもあり、劇的な結末より現実の捜査の泥臭さや曖昧さを描くことにこだわっている
