「言いたかったことじゃない」というお便りから始まる
今夜のお便りはペンネーム・アムさんから届いたものです。移動の車の中で番組を聴いているというアムさんは、思っていることを言葉にするのが苦手だと打ち明けます。
咄嗟に聞かれてもすぐに答えられず、答えても「それが言いたかったわけでもなかった」と後から感じてしまう。だから気持ちをノートに書くようにしている、と綴られていました。
言葉を使って表現するのがうまくなりたい。そんな悩みに合った本があれば紹介してほしいです
バタやんもこの感覚に共感します。それが言いたかったわけでもなかったと後から思うことは誰にでもあるものだと受け止めていました。
元チャットモンチーのドラマーが書いた文章論
今夜の「勝手に貸出カード」に選ばれたのは、高橋久美子さんの『いい音がする文章 あなたの感性が爆発する書き方』です。
チャットモンチーは3人の女性バンドで、3人とも作詞をするスタイルだったと紹介されます。バタやん自身もよく聴いていたそうですが、ドラムの方の顔と名前ははっきりわかっていなかったと正直に振り返ります。
そんな、ドラマーで作詞もする人の文章論は面白そうだ、という好奇心から手に取った一冊だと話されています。
「文章が書き出せない」への答えが、言葉になった本
バタやんは編集者だった頃、読者やブロガー向けの文章講座をオンラインで担当していました。そこで「書きたいテーマは決まっているのに書き出せない」という質問をよく受けたそうです。
そのとき伝えていたのは、書こうとしているジャンルで「この人の文章は好きだ」と思える人の文章を、ある程度読んでから書き始めるという方法でした。
その人のリズムみたいなのが自分の体の中に入ってきて、スッて書き出しやすくなるんですよ
ただ、この説明はうまく伝わっていなかったかもしれない、とずっと気になっていたと言います。誰かの文章を読むとそのリズムが体に入り、一緒に走り出せる。その感覚を言葉にできずにいたそうです。
ところがこの本を読んで、まさに私が言いたかったのはこういうことだと思えたと話されています。自分が「リズム」と呼んでいたものを、高橋さんは「ビート」や「いい音」と表現していました。
言葉は意味の前に相手の体をノックする「ビート」
高橋さんは、言葉は意味の前にまず音で相手の体をノックするビートである、という感覚を語っています。バタやんはそこにドラマーらしさを感じたと言います。
同じ文章でも、読む人の喋るリズムや息継ぎが入り込むため、同じビートにはならない。その人にはその人のビートがあり、それが相手の体をノックするという捉え方が面白かったと話されています。
この本をアムさんに紹介したいと思った決め手は、まえがきの一文でした。気持ちは溢れているのに、言葉にするとまるで自分の気持ちと違ったり、他人が書いたようになったりすることはないか、と問いかける箇所です。
これはアムさんの悩みそのものだと感じたそうです。言葉のプロである高橋さんでさえそう思うことがあるのだと気づかされた、とバタやんは受け止めていました。
いい音がする文章を「種明かし」する快感
この本は文章術のハウツー本ではなく、いい音がする文章とは何か、逆にいい音がしない文章とは何かを、実例を挙げて高橋さんの感性で解説する本だと紹介されます。
本の中には引用が非常に多く、夏目漱石クラスの文豪の文章から、スピッツの歌詞、童謡、絵本の一節まで幅広く取り上げられています。それらがどこが素敵で優れているのかを、音・リズム・言葉選び・描写といった観点で細かく分析しているそうです。
バタやんはこの番組で作詞家のいしわたり淳治さんの本も何度か紹介してきました。プロがヒットソングの歌詞のどこが心に刺さるかを解き明かすこと自体が、自分はとても好きなのかもしれない、と語ります。
いい歌だ、耳に残るフレーズだ、としか認識できていなかった曲が、プロの解説でからくりがわかってしっくりくる。それはミステリー小説の種明かしのような醍醐味だと表現しています。
向田邦子の「犬の銀行」に感じたいい音
数ある引用の中から、バタやんは高橋さんが取り上げた向田邦子さんのエッセイ『犬の銀行』を一つだけ選んで紹介します。
エッセイは「向田哲丸。こう書くとまるで私の弟みたいだが、れっきとした犬の名前である」と始まります。もらわれてきた時はコッペパンぐらいの子犬だったと綴られています。
子犬が前足を脱臼して獣医に連れて行った場面では、名前を聞かれて「向田哲丸です」と答えると、初老の先生が「苗字があるのか。すごいね」と笑う描写が続きます。
高橋さんはこの冒頭を「なんと自然で美しい流れだろう」「コッペパンくらいの子犬、もうたまらない」と絶賛しています。犬に苗字をつけることに慈愛を感じ、病院の会話にも無駄がなく小説のようだと評しました。
高橋さんはエッセイについて「初めはゆるく始まって、でも芯を食っているのが滑稽だ」と書いています。冗談のように柔らかく始まりながら芯を食う、それが向田さんのエッセイの魅力だとバタやんも受け止めていました。
神フレーズ「一人でクリームまで塗らない」
今夜の神フレーズとして、バタやんは歌詞づくりについての一節を紹介します。
高橋さんは歌詞をケーキのスポンジにたとえます。そこに曲というクリーム、アレンジというフルーツ、ボーカルというイチゴが乗り、コーヒーやテーブルクロス、花、お皿まで含めて曲が完成するという考え方です。
つまり歌詞に意味を込めすぎず、説明しすぎず、書きすぎない。あとは作曲家や編曲家に「任せたぞ」とバトンタッチする。人間の想像力を信じて書くのだ、という姿勢が語られています。
言葉だけじゃない。伝わっているかもしれない
バタやんは、この考え方を歌詞や文章に限らないものとして受け取ります。会話やLINEの短いメッセージのやりとりにも当てはまると言います。
何かを伝えるのは言葉単体で届くわけではありません。メールなら即レスか翌日の返信かで印象が変わり、会話なら表情や姿勢、目の様子といった非言語の情報が大きく伝わることもあります。
だからアムさんがうまく伝えられなかったと思っていても、実は伝わっているかもしれないと話されています。感謝も、ちょっとムッとした気持ちも、言葉以外のものから相手に届いているかもしれない、という捉え方です。
バタやんは出版社の付箋文化にも触れます。「ごめんなさい」「お願いします」「急いでください」など、言葉の内容以上に、字の丁寧さやパッケージで伝わることもあると振り返りました。
言葉だけに頼らなくてもいいし、自分の言葉が拙かったと一喜一憂しなくてもいいかもしれない。あまり説明しすぎず相手を信じるという姿勢に、確かにと納得したと語られています。
最後に、自分の音を知る方法として日記が挙げられます。できれば手書きか、プリントアウトして綴じると、自分の音がよくわかるようになると本には書かれているそうです。
まとめ
思っていることを咄嗟に言葉にできないという悩みに、バタやんは高橋久美子さんの『いい音がする文章』を通して、言葉を「音」として捉える視点と、言葉だけに頼らない伝わり方を紹介しました。
- 今夜の一冊は高橋久美子さんの『いい音がする文章 あなたの感性が爆発する書き方』
- 言葉は意味の前にまず相手の体をノックする「ビート」だという捉え方が語られた
- 向田邦子の『犬の銀行』を例に、ゆるく始まって芯を食う文章の魅力が解説された
- 「一人でクリームまで塗らない」——説明しすぎず余白を残し、相手の想像力を信じる
- 表情や返信の速さなど非言語の情報も伝わるので、言葉の拙さに一喜一憂しなくてよい



