テレパシーのようなリクエストと2通のお便り
今夜のお便りは、ペンネーム・カワウソさんからのリクエストで始まります。二度目のリクエストとして、講談社から4月に発売されたばかりの中前結花さんのエッセイ集『ドロップぽろぽろ』を紹介してほしいという内容でした。
バタやんにとって、このリクエストは驚きのタイミングだったといいます。ちょうど発売前のプルーフ(仮刷りの見本誌)でこの本を読み終えたばかりだったからです。
すごいテレパシーみたいな。「なんで今私が読んでいるのを知ってるのか」っていう。
もう1通は、ペンネーム・まさやんさんからの初めてのお便りです。読み書きが苦手でディスレクシアの類だというまさやんさんは、映画やポッドキャストなど文字を避けた娯楽を中心にしてきたと明かします。
そのポッドキャスト巡りの中で真夜中の読書会に出会い、本を手に取る勇気が湧いて、ゆっくりと読書を楽しむようになったといいます。さらに、バタやんと誕生日が同じ6月15日だと気づいたことが、初めてのお便りのきっかけになりました。
まさやんさんからは6月にちなんだおすすめの小説のリクエストがありました。ただ、バタやんはあえて『ドロップぽろぽろ』を、カワウソさんとまさやんさんお二人への「勝手に貸し出しカード」として選びます。
幻のZINEから生まれた一冊
『ドロップぽろぽろ』は、中前結花さんの3作目のエッセイ集です。もともと2024年にZINEとして発売し、それがあっという間に完売して幻のZINEとなっていたことがベースになっています。
今回の講談社版では、そのZINEに収録されていたエッセイから9編を大幅に改稿し、さらに新たに6編を書き足した全15編として生まれ変わっています。
バタやんは、講談社の採用を受ける学生の中でも「ZINEを作っています」と話す人がこの1年で大きく増えたと感じているといいます。文学フリマやZINEフェスでは、自分たちで作ったZINEを自ら売る、ファンミのような要素もあるのではないかと語られました。
バタやん自身はZINE版は読んでおらず、プルーフの状態で読んで手元に置きたくなり、装丁を名久井直子さんが手がけると知って、単行本版が出てから購入したと話します。「とても可愛い、素敵な装丁」だと紹介されました。
記憶の扉が開く読書体験
著者の中前結花さんは、ほぼ日の連載で注目を集め、今はエッセイストとして書くことを本業に活躍している方です。年齢は明かされていませんが、本に出てくるエピソードから、バタやんは自分より少し年下ではないかと感じたといいます。
タイトルの「ぽろぽろ」は「涙ぽろぽろ」から来ています。前書きによれば、嬉しかったり悔しかったり、わけもわからず溢れてしまった涙の思い出が詰まった一冊です。
冒頭には、小学2年生のときに学校主催の映画上映会で見た映画が悲しい話だと気づき、ワンワン泣いてつまみ出されたというエピソードが出てきます。バタやんはこの話に強く共感したと語ります。
学校って時に恐ろしいところで、校外学習とか推薦図書とか、名作だから見た方がいいよっていう顔をして、時に戦争の話だったり、犬が死んだり、子供心にものすごいショックを受けるものを、何のアラートもなくスッと差し出すことがありますよね。
バタやんは、カーテンを閉めて暗くなったいつもと違う体育館のワクワク感や、光の筋の中に見える埃といった断片的な記憶が蘇ってきたと話します。
以前、山本文緒さんの文庫を紹介したときに、歯科医院の待合室の匂いをふと思い出したという話をしたことにも触れながら、このエッセイも自分のことではないのに幼い頃の記憶の扉が開く感覚が度々あったと語ります。読むのに脱線して時間がかかったのは、そのためでした。
記憶を物語にする書き手の力
バタやんは、中前さんがよくこんなに細かく昔のことを覚えているものだと驚きます。自分自身は中高生の頃の記憶が断片的で、思い出につながりがあまりないと明かしながら、中前さんは記憶が物語化されているのかもしれないと考えます。
物語化とは、エピソードに筋があるということです。たとえ多少のフィクションが混ざり、記憶が上書きされていたとしても、エピソードとエピソードのつなぎ方が見事で、それ自体が稀有な才能だとバタやんは評します。
単に優しく心温まるエッセイというだけではなく、骨がゴツゴツしているような芯のある感じがある、とも語られました。
中前さん自身のプロフィールには「強くて優しい文章を書くこと」を目標に掲げているとあり、バタやんはとても納得したといいます。優しくありたいという気持ちの向こうに、強さがあると感じたそうです。
そうか、強さがあるんだなという。優しくありたいという気持ちの向こうに。
冒頭の上映会のエピソードに続けて、本にはこう書かれています。胸で抱え込んでいるどうしようもないものも、たまにはぽろぽろこぼしてしまってもいいのではないか。胸がいっぱいになってしまったとき、帰ってきてもらえる場所になりたい、という一節です。
バタやんは、誰かの帰れる場所になりたいと思わせる源はどこから来ているのか、何度かの転職の経験なのか、母を亡くした背景があるのか、そこに強い興味を持って読み始めたと語ります。
「スーパーマンじゃない」が伝えること
バタやんがこの本の中で一番好きだったのは、「スーパーマンじゃない」というタイトルの一節でした。ネタバレになることを断りつつ、この日の神フレーズにたどり着くために内容を紹介します。
一編の冒頭は、年を重ねるにつれて自分の発言がどんどん重くなってしまうという話から始まります。仕事上で「難しいね」とポロッと言った一言が、相談した後輩には重く受け止められてしまう、といった場面です。
そこから、中前さんが23歳頃の会社勤めの時代のエピソードが語られます。ある日、通勤電車の中で、腰ぐらいまであった長い髪を、毛束ごと誰かにバサッと切られてしまったのです。
痴漢もすごい嫌だけど、髪を勝手に切られるなんて怖すぎますよね。殴られるとかとは違うけど、髪を切られるってひどい暴力だなと、読んでてドッキリしちゃいました。
ショックを受けながらも出社した中前さんに、上司は「今日は休みなさい」と伝えます。仕事や予定を気にする新人に対し、そんなことはどっちでもいい、大人になって飲み込む必要はない、大丈夫なふりをする必要はないと言って返してくれたのです。
バタやんは、そんなことを言える大人になれるだろうかと考えます。そして中前さんが、いつの間にかその時の上司の年齢を自分が超えていることに驚く、という展開に触れました。
あの人みたいになりたいなと思っていた人の年齢を、いつの間にか自分が超えていて、かけられた言葉とか、その時の情景を思い出すみたいなことはあるでしょうか。
何歳になるのも、みんな初めて
この日の神フレーズとして、バタやんは「スーパーマンじゃない」から一節を読み上げます。人は何歳になるのも初めてなのに、みんな平気のような顔をして、その人だけの暮らしを一生懸命積み重ねながら生きている、という言葉です。
バタやんは、この言葉を誕生日を迎えたまさやんさんに贈りたいと語ります。年齢だけでなく、クラスの委員や会社のリーダー、母になること父になることも、大抵は初めてなのに、みんなよく平気な顔でやっている、と話します。
上司のように「平気な顔をしなくていいよ」と誰かが言ってくれるといい。そう言いながらも、自分がもう言う方にならなければいけないとも感じる、と本音がこぼれます。
年を重ねるほど大丈夫なふり、平気なふりをしがちになってしまうから、じゃない時は大丈夫じゃない顔をしていいし、ぽろぽろ泣いてもいいんだよって言ってくれる本が必要なんですよね。
まとめ
リスナーからのリクエストとお便りをきっかけに、涙の記憶をつづったエッセイ集『ドロップぽろぽろ』が紹介された第250夜。自分の記憶の扉を開く読書体験と、「初めての年齢を生きる」というテーマがやわらかく語られた回でした。
- 『ドロップぽろぽろ』は幻のZINEをベースに、全15編へ生まれ変わった中前結花さんの3作目エッセイ集。
- 自分のことではないのに幼い頃の記憶が蘇る、扉が開くような読書体験が語られた。
- 「強くて優しい文章」を目標に掲げる中前さんの、芯のある書き手としての力が評された。
- 「スーパーマンじゃない」の一節から、平気な顔をしなくてもいいというメッセージが手渡された。
- 何歳になるのも人は初めて。誕生日を迎えたリスナーへ贈られる、お守りのような一冊。
