海外ミステリーの「大縄跳び」に入れない不安
今夜のお便りは、ペンネームのフミコフミックスさんから届きました。昔はミステリーをよく読んでいたものの、海外の小説には読み慣れていないという相談です。
上下巻ある作品を前にすると、読み切れる気力と時間があるかと躊躇してしまう。海外ミステリー初心者でもとっつきやすい1冊を教えてほしい、という内容でした。
バタやんはこの不安に共感します。日本語訳される海外小説は、本国ですでに大きなファンコミュニティを持つビッグヒットシリーズが多いのだといいます。
「大人気何々シリーズの待望の第何弾」と帯に書かれていると面白そうに思える一方で、途中から入れるかという不安もつきまといます。
その大縄跳びに入れるだろうか、ついていけるだろうかっていう不安もありますよね。
これは小説に限った話ではないと、バタやんはスターウォーズやハリーポッターを例に挙げます。ファンの熱量が高ければ高いほど、後から入りづらいという感覚は、多くの人に覚えがあるかもしれません。
波に乗れるかどうかは「主人公のテンション」で決まる
後から入ってハマれるシリーズと、ハマれないシリーズ。その差は何なのか、バタやんは今回あらためて考えてみたと話します。
ミステリーに関して言えば、トリックの面白さやストーリーのダイナミックさよりも、文体の問題が大きいといいます。
もっと端的に言うと、主人公のキャラのテンションが好きになれるかなれないかみたいなのが大きい気がしますね。
具体例として、複数のシリーズが挙げられます。検視官ケイ・スカーペッタは基本的に冷静沈着ながら、心の中で毒づいたり皮肉を言ったりするところに共感と魅力があるといいます。
一方、ワシントン・ポーのシリーズはもっとオラオラ系で、バディたちと憎まれ口を叩き合い、怒りの感情も表に出しがち。掛け合いのスピード感に魅力があると言います。
北欧ミステリーは一概には言えないものの、バタやんの好きな作品は地道な捜査でじわじわ追い詰める静かな怒りのタイプが多く、全体に寒く暗い雰囲気があるそうです。
この「テンションの差」は、日本のミステリーよりも海外ミステリーのほうが大きいと感じるとのこと。だからこそ、いきなり長編を買う前の確認が大事だと話します。
このテンションに、この作品の世界観のテンションにハマれるだろうかっていうのを確認する方が。
入り口としての短編集『サプライズ・エンディングス』
そんな確認にうってつけとして、今夜の勝手に貸し出しカードに選ばれたのが、ジェフリー・ディーヴァーの短編集『サプライズ・エンディングス 罠』と『サプライズ・エンディングス 嘘』の2冊です。
バタやんは、文体やキャラクターのテンションが好みに合うかを測るために、まず短編集で手をつけるのはどうかと提案します。
この2冊はどちらも日本オリジナルの短編集です。ディーヴァーが個別にオンラインなどで発表していた作品をまとめたもので、「サプライズ・エンディングス」というタイトルはディーヴァー本人が命名したそうです。
どんでん返しの魔術師と呼ばれる人が、自ら「驚愕の結末集」と名付ける。バタやんはこれを、期待値を自ら極限まで上げる行為だと表現します。
自ら期待値をどんだけ上げるんだみたいな感じですよね。
そこまでハードルを上げておきながら、読者は簡単に騙されないぞと身構えます。それでもきちんとカタルシスを感じられる、ひねりの効いたプロットになっているとバタやんは評します。
1冊に4編ずつ収録され、長さは中短編ほど。話は独立していてどこから読んでもよく、リンカーン・ライムなどおなじみのヒーローが出る作品も、シリーズ本編を知らずに楽しめる作りだといいます。
全部が伏線、一番のお気に入りは『どんでん返し』
全8編のなかで、バタやんが一番気に入ったのは『罠』に収録された、そのままずばり『どんでん返し』という一編です。
どんでん返しがあると最初に言われると、読者はどうしても身構えて一歩引いて読んでしまう。それでもディーヴァーの短編は、奇をてらった安易な小細工ではないといいます。
すごく無駄なく、全部が伏線、全部が前フリみたいな感じで緻密に作られていて、「ああ、そうか、そう来るか」っていう、「やられた」って感じがあります。
どんな話かというと、町の犯罪組織を摘発するため、警察から捜査協力を頼まれた人気ミステリー作家が、悪党を罠にはめる筋書きを考えるという物語です。
市井の作家が犯罪捜査に協力するというやや無理目の設定も、うまくスロープが作られていて、そういうこともあるかなと思わせる作りになっているとのこと。
冒頭は、主人公が格下の女性作家と対談する場面から始まります。ここからかなり引き込まれるといいますが、短いだけに何を話してもネタバレになるため、この先は伏せられています。
スマホを置いて開く文庫本の、ちょっとした贅沢
バタやんはこの本を、つい最近訪れた人間ドックの待ち時間に読んでいたそうです。診察着に着替え、小さなバッグに文庫本を入れて持ち歩いていました。
いい感じに読み進めたところで「次の方どうぞ」と呼ばれ、いいところだったのにと思いながら、また次の待ち時間に続きを読む。それを繰り返す充実した一日だったといいます。
久しぶりにそういう体験をしたと、バタやんは振り返ります。最近は隙間時間をついスマホで埋めてしまい、見たくもないSNSやメールをなんとなく見て時間が過ぎていくと言います。
あえてちょっとした待ち時間に文庫を読むってやっぱいいなと改めて思ったというか。
昔は歯医者や銀行の待ち時間に短編集を持って出かけていたのに、最近はやらなくなっていた。ちょっとした隙間時間にちびちび読み進めるのにも、この2冊はおすすめだと話します。
『ボーン・コレクター』と、アナログな鑑識捜査の味わい
ディーヴァーを読んでみようという人には、まず『リンカーン・ライム』シリーズを勧めたいとバタやんは言います。ただ、映画やドラマから入るのもいいかもしれないと付け加えます。
リンカーン・ライムは科学捜査官ですが、捜査中の不慮の事故で首から下が麻痺しています。部屋から一歩も出ず、指と頭を使い、ハイテク機器で証拠を分析して犯人を追い詰めます。
動けないライムに代わって現場を這いつくばり、証拠を集めるのが女性捜査官のアメリア。二人のバディものでもあります。
シリーズ一作目で知名度が上がるきっかけになった『ボーン・コレクター』は映画化されており、ライムをデンゼル・ワシントン、アメリアをアンジェリーナ・ジョリーが演じています。
1999年公開のため、両者ともみずみずしく若い姿だといいます。アンジーは勝ち気で無鉄砲な役柄で、警官の服装がよく似合う、ハマり役の出世作の一つではないかと評します。
最近もう一度見返して印象的だったのは、スマホのない時代の鑑識の描写でした。アメリアが現場近くの子供にお金を渡し、使い捨てカメラを急いで買ってきてもらう場面があります。
今ならスマホで録音も録画もできますが、使い捨てカメラで撮った写真の腕をライムに褒められる。PCも大きくアナログで、それがまた味わい深いといいます。
同じく約30年前のドラマ『古畑任三郎』を今Netflixで見ているというバタやん。携帯電話が特別な人しか持っていない時代だからこそ成立するトリックやアリバイ作りに、古畑さんのエレガントさが際立つと話します。
まとめ
海外ミステリーの長編に飛び込めない不安に、バタやんは「まず短編集で世界観のテンションを確かめる」という入り口を示しました。ジェフリー・ディーヴァーの2冊は、その確認にも隙間時間の読書にもふさわしい1冊だと紹介されています。
- 海外ミステリーに乗れるかどうかは、トリックより主人公のテンションが合うかで決まる
- ジェフリー・ディーヴァーの短編集『サプライズ・エンディングス 罠・嘘』は、世界観を試す入り口に向いている
- どんでん返しがあると先に言われても、全部が伏線の緻密なプロットでちゃんと「やられた」と感じられる
- スマホを置いて待ち時間に文庫を開くこと自体が、久しぶりの贅沢な体験になる
- 『ボーン・コレクター』や『古畑任三郎』は、携帯のない時代だからこそ成立する捜査やトリックが味わい深い



