「免疫力」って本当にあるの?NIH免疫学者に聞いたリスナー質問集
サイエントークのレンさんとエマさんが、米国国立衛生研究所(NIH)National Institutes of Health の略。アメリカ合衆国の医学研究の中心機関で、世界最大規模の生物医学研究所。メリーランド州ベセスダに本部がある。主任研究員の高浜洋介NIHの主任研究員(PI)として免疫学を専門に研究。胸腺でのT細胞の分化・選択を中心テーマとしている。先生をゲストに迎えた後編。リスナーから届いた「免疫力は存在するの?」「体温と免疫は関係ある?」「子供は泥遊びすべき?」など多彩な質問に、免疫学の専門家が丁寧に答えました。その内容をまとめます。
蛾好き少年が免疫学者になるまで
高浜先生は子供の頃から生き物が大好きだったそうです。特に好きだったのは、蝶ではなく「蛾」。鱗翅目チョウ目とも呼ばれる昆虫の分類群。翅(はね)が鱗粉で覆われているのが特徴で、チョウとガの両方を含む。約18万種が知られている。のうち「蝶」と呼ばれるのはごく一部の百数十種類だけ。それ以外はすべて蛾に分類されますが、そちらの方がよほど多様で面白い――この「例外にこそ本質がある」という感覚が、のちの免疫学への道につながっていったといいます。
いろんな種類の細胞がいる免疫学と、いろんな生き物がいるのが好きっていうのがずっと変わってないんですね
高校時代に「生き物が好き」と伝えたところ、先生から理学部を勧められ、大学の生物科学の研究室で出会ったのが「特異的な抗体を作る技術」でした。なぜこんな特別な抗体が作れるのか――その疑問が出発点となり、免疫学の世界へ足を踏み入れることになります。指導教官が「本当に免疫学をやりたいなら専門の研究室へ行きなさい」と背中を押してくれたことも大きかったそうです。
自己免疫疾患の治療はどこまで進んでいるのか
リウマチやtype1糖尿病などの自己免疫疾患は完治が難しい病気ですが、免疫細胞の研究の進展で新たな治療法が開発されるとすれば、どのようなものでしょうか?
高浜先生によると、免疫抑制剤の進歩によって臓器移植の成功率は大きく向上しています。特に日本で発見されたFK506(タクロリムス)筑波山の土壌から発見された免疫抑制剤。商品名「プログラフ」として知られ、臓器移植後の拒絶反応を抑えるために世界中で使われている。は、多くの患者を助けてきた代表的な薬です。
さらに近年では、免疫細胞どうしの情報交換に使われる分子をピンポイントで阻害する薬も開発されています。インターロイキン6(IL-6)免疫細胞間の情報伝達を担うサイトカインの一種。炎症反応に深く関わり、関節リウマチなどの治療標的となっている。の阻害剤やTNF-α腫瘍壊死因子α。炎症を引き起こすサイトカインで、リウマチなどの慢性炎症疾患の治療では、この分子を阻害する薬(抗TNFα抗体)が広く使われている。の阻害薬がその例で、免疫をまるごと抑えるのではなく、「都合の悪い反応だけを抑える」方向に進んでいるとのこと。
最前線では、制御性T細胞免疫反応を抑制する役割を持つT細胞の一種。過剰な免疫反応や自己免疫疾患を防ぐ「ブレーキ役」として機能する。を投与して自己免疫病を抑えたり、がん細胞を攻撃するキラーT細胞を輸血してがんを治療するなど、「細胞そのものを薬として使う」アプローチのトライアルも始まっています。ただし副作用の問題もあり、まだ課題は多いそうです。
この質問を送ってくれたリスナーは、以前番組に「骨髄移植を受けます」とお便りを送ってくれた方でした。無事に退院したという報告とともに質問を寄せてくれたことに、レンさんも感動したと語っていました。
「免疫力」という言葉に定義はあるのか
様々な商品の「免疫力を高める」という表現には違和感を覚えます。一方で、家族全員がインフルエンザで寝込む中、看病している人だけ感染しないのを見ると「免疫力が高い」と納得してしまいます。この個人差は免疫学的にどう表現するのでしょうか?
高浜先生の回答は明確でした。「免疫力」は学術用語ではなく、非常にざっくりとした一般用語であるとのこと。「免疫力1000ユニット」のような単位は存在しません。
では商品が「免疫力を高める」と謳っている場合、何を根拠にしているのか。高浜先生は「培養系に製品を振りかけて何かが変わったというデータが載っているが、自分の体はその培養系じゃない」と苦笑いしながら指摘します。口から摂取すれば胃酸や消化酵素で分解されてしまうため、培養皿の実験がそのまま体内で再現されるとは考えにくいとのこと。
一方で、日常会話で「風邪を引きやすい時に免疫力が落ちた」と感じること自体は「何にも悪いことはない」と高浜先生。大事なのは、その便利な言葉の裏にある曖昧さを理解して使うことだといいます。
なぜ「免疫力」はイメージしにくいのか
肝臓や膝なら「どこの臓器か」がイメージしやすいですが、免疫系は全身に広がっています。リンパ管もリンパ節も体中にあり、免疫細胞は血流に乗って巡っています。特定の場所を指差せないから「捕まえどころがない」。結果として、人々はわかりやすい「免疫力」という言葉に頼ってしまうのかもしれません。
ストレス・睡眠・運動・体温と免疫の関係
ストレスは免疫低下の原因になる? 運動は免疫向上に寄与する? 睡眠は? 体温が高い=免疫力が高いのは本当?
ストレスと免疫
高浜先生が最も明確に「よくわかっています」と答えたのがストレスとの関係です。ストレスを受けると体内にさまざまなホルモンが分泌され、免疫細胞に直接影響します。たとえば全身的なストレスで副腎皮質ホルモンコルチゾールなどのステロイドホルモン。ストレス時に分泌が増加し、抗炎症作用を持つ一方、過剰に分泌されると免疫細胞の機能低下を引き起こす。が増えると、胸腺T細胞が成熟する臓器。胸骨の裏側に位置し、思春期をピークに徐々に縮小する。高浜先生の主要な研究対象でもある。の幼弱な細胞がどんどん死んでしまうことが知られています。性ホルモンの周期によって胸腺の機能が大きく変わることもわかっているそうです。
ただし「何もかも悪いわけじゃないし、ストレスフリーが何もかもいいわけでもない」と高浜先生は付け加えます。具体的に何のストレスがどう影響するかの解像度が重要です。
睡眠と免疫
日内リズムと免疫細胞の機能・代謝に関連があるケースは知られているものの、高浜先生は「免疫学者が軽々に『睡眠は何時間取りなさい』とは言えない」と慎重な姿勢です。
運動と免疫
「適度な運動で体を健康に保ちましょう、それはそうだと思う」としつつも、運動が免疫細胞に具体的にどう影響するかは「よくわからない」と正直に答えていました。因果関係の特定が非常に難しい領域だからです。
体温と免疫
「体温が高い人=免疫力が高い」というイメージについては、まず測定している「体温」が何を示しているのかを考える必要があると指摘。脇の下で測る体温は末梢の血流量に影響されるため、冷え性だからといって体温そのものが低いわけではありません。血流が乏しい部位では免疫細胞も行きにくいので防御が弱くなる可能性はありますが、肺でウイルスに出会った時の反応が変わるかどうかは別問題とのこと。
| 要因 | 免疫への影響 | 高浜先生の見解 |
|---|---|---|
| ストレス | ホルモンを介して免疫細胞に直接影響 | 「よくわかっています」 |
| 睡眠 | 日内リズムとの関連は一部判明 | 「軽々には言えない」 |
| 運動 | 因果関係の特定が困難 | 「よくわからない」 |
| 体温 | 末梢の血流量と免疫細胞の到達に関連の可能性 | 「あまり気にしない方がいい気がする」 |
知ってれば知ってるほど断言できなくなっちゃって、逆に知らない人ほど軽々しく言っちゃう、そういう現象はあるかもしれないですね
「体が疲れている時に免疫力が落ちる」の正体
エマさんの「体が疲れている時に普段かからない病気にかかるのはなぜ?」という質問に対して、高浜先生は「体が疲れている時は、免疫組織も免疫細胞もみんな疲れている」と答えます。細胞の数が減るだけでなく、一個一個の細胞の代謝が落ちることもある。すると普段は問題にならない少量のウイルスや内在性ウイルスすでに体内に潜伏しているウイルスのこと。ヘルペスウイルスなどが代表例で、免疫が低下すると再活性化して症状を引き起こすことがある。が「うっしっしー」と元気になってしまうことがある、というわけです。
アレルギーと免疫細胞のトレードオフ
食べ物のアレルギーが免疫低下時に出やすいのはなぜ? 金属アレルギーは他のアレルギーと違うのですか?
金属アレルギーの仕組み
金属アレルギー(特にニッケルアレルギー金属アレルギーの中で最も多いタイプ。アクセサリーや腕時計のバックルなどに含まれるニッケルが原因で、接触部位に皮膚炎を起こす。)の場合、免疫細胞がニッケル原子そのものを認識しているわけではありません。汗で溶け出した金属成分が体内のタンパク質にくっつき、体内には存在しない新しい構造を作ってしまう。その「金属+タンパク質」の複合体に対して免疫が反応を起こすのです。
免疫細胞の「壺」とトレードオフ
高浜先生は、体をひとつの「壺」にたとえて説明してくれました。壺の中には小さなつぶつぶの免疫細胞がたくさん入っていますが、壺の大きさ(リンパ器官の容量)は変わりません。ある免疫細胞が増えれば、別の免疫細胞が減る――つまり代償的な増減(トレードオフ)が起きます。
ウイルス感染
特定のウイルスに対応する免疫細胞が増殖
壺の容量は一定
リンパ器官の大きさは変わらない
別の免疫細胞が減少
今まで抑えていた反応が制御できなくなる可能性
免疫力が「落ちた」と感じている時、ある免疫細胞が減っている裏で別の免疫細胞が増えているかもしれません。その増えた細胞がたまたまアレルギーに関与していれば、「体調が悪い時にアレルギーが出やすくなる」という現象が説明できるのだそうです。
腸内環境と免疫の深い関わり
「腸活」が話題ですが、「免疫は腸内環境が8割」という話は本当ですか?
「8割が何をもって8割なのかわからない」と前置きしつつも、高浜先生は腸の重要性を認めています。腸管のヒダをすべて伸ばすとテニスコートほどの面積になるといわれるほど巨大な臓器であり、そこに巡っている免疫細胞の数も相当なものです。
腸内細菌叢が体にとって重要であることは、「ヤクルトの頃からわかっていた」と高浜先生。最近では個々の腸内細菌の種類や割合の研究が進み、家族で生活していると腸内細菌も口内細菌も皮膚の細菌もどんどん似てくるということもわかってきました。さらに、がんになりやすい人となりにくい人の腸内細菌叢を比較したり、病気になりにくい人の細菌叢を移植する糞便微生物移植Fecal Microbiota Transplantation(FMT)。健康な人の腸内細菌を含む便を患者に移植する治療法。潰瘍性大腸炎やクロストリジオイデス・ディフィシル感染症などへの応用が研究されている。のような試みも始まっています。
野生動物はがんにならない?動物に学ぶ免疫の不思議
高浜先生によれば、野生の動物はあまりがんにならないことがよく知られています。以前、国立遺伝学研究所静岡県三島市にある遺伝学の基礎研究機関。大学共同利用機関として、遺伝学に関する幅広い研究を行っている。で野生マウスを研究していた先生は「野生で捕まえてきたマウスにがんを見たことがない」と話していたそうです。
では何が違うのか。最も分かりやすい説明は「寿命の違い」です。野生動物にとって最大の脅威はがんよりも「冬を越えること」。厳しい環境で短い寿命を生き、がんが発症する前に亡くなってしまう。一方、実験環境で飼育されたマウスは長生きするため、がんが現れてくるのです。
人間でがんが増えてるのも、長生きするようになったからか、環境が変わったからか、診断が良くなったからか、いろいろあり得ますよね
話題はウーパールーパー(メキシコサラマンダー)正式名はメキシコサンショウウオ。幼生の姿のまま成体になる「幼形成熟」で知られる両生類。驚異的な再生能力を持ち、手足や臓器を再生できることから再生医学のモデル生物として研究されている。にも及びました。この動物は胸腺を外科的に取り除いても、同じ場所にまた胸腺ができてくるという驚異的な再生能力を持っているそうです。高浜先生は「その仕組みをヒトの胸腺再生に応用する研究者が出てきたらいいな」と語っていました。
レンさんが挙げたゾウゾウはTP53遺伝子(がん抑制遺伝子)のコピーを20個以上持っており、体が大きく細胞数が多いにもかかわらず、がんの発症率がヒトより低いことで知られる(ペトのパラドックス)。のがん抑制機構や、ハダカデバネズミ東アフリカの地下に生息する齧歯類。げっ歯類としては異常に長寿(30年以上)で、がんにほとんどかからないことから長寿・がん研究のモデル動物として注目されている。の長寿の秘密など、他の動物から学べることはまだまだたくさんありそうです。
子供は泥遊びで免疫をつけるべきか
うちのじいちゃんが「子供は泥とか土に触るのが免疫ついていいんよ」と言っており、バイ菌の感染を心配している母と喧嘩していました。どちらが正しいのでしょうか?
高浜先生の軍配はおじいちゃん側に上がりました。特に子供の場合、いろいろなものに出会っておくことで、免疫システムが多様な経験を積み、深刻な病気に対する反応が変わってくるとのこと。
これは衛生仮説幼少期に多様な微生物に曝露されることが免疫系の正常な発達に重要であり、過度に衛生的な環境で育つとアレルギーや自己免疫疾患のリスクが高まるという仮説。1989年にDavid Strachanが提唱した。として知られる考え方と重なります。衛生状態が良くなった先進国ほど花粉症が問題になり、寄生虫と共存しているような地域ではほとんどない。清潔にしすぎることで、免疫システムが「普段相手する敵がいない」状態になり、花粉のようなちょっとした刺激にも過剰反応してしまうのです。
免疫が多くの「敵」と出会い訓練される → 花粉などへの過剰反応が起きにくい
免疫が「暇」な状態 → 無害な花粉にも大騒ぎしてしまう可能性
もちろん程度問題であり、何でも手を突っ込んでいいわけではないとのこと。レンさんが「おじいちゃんに軍配が上がりつつも、お母さんもサポートしていただいて仲良くやってほしい」とまとめていたのが印象的でした。
マスク・消毒液・ワクチン複数回接種の疑問
マスクと消毒液
マスクの効果については「いいのは間違いない」と高浜先生。一方、消毒液については意外な注意点を指摘しました。病院の入り口に置かれているものは信頼できますが、公共施設で長期間放置されている消毒液は、エタノールが揮発してしまっている可能性があります。「それよりも流水でしっかり手を洗った方がいい」というのが先生のアドバイスでした。
ワクチンの複数回接種
コロナワクチンを5回接種しましたが、本当にそんなに打つ必要があったのでしょうか?1回しか打っていない人に比べて強くなったのでしょうか?
高浜先生は、ワクチンにはさまざまな種類と目的があることをまず説明しました。天然痘ワクチン人類史上初めて根絶に成功した感染症のワクチン。エドワード・ジェンナーが1796年に種痘法を開発。一度の接種で生涯にわたる免疫を得られるとされる。なら一生涯効きますが、インフルエンザワクチンは毎年打つ必要がある。それぞれ「体のどこで何をどのように守るか」が異なるからです。
コロナワクチンについては、一定の効果があることはわかっているものの、複数回接種の詳細な検証は「今後」だと高浜先生は語ります。世界中に膨大なサンプル数があるのだから、しっかりした検証ができるはず。個人の少ない経験で「ワクチンのおかげ」「ワクチンのせい」と関連づけてしまうのは慎むべきで、専門家にきちんと検証してほしいとのことでした。
まとめ
免疫学の専門家に「免疫力」について尋ねると、返ってくるのは「断言できない」という誠実な答えでした。しかしそれは消極的な態度ではなく、免疫システムの複雑さを深く理解しているからこその慎重さです。
「免疫力」は便利な言葉ですが、学術的に定義された概念ではありません。商品の宣伝に使われている場合は根拠を確認すること、日常会話で使う分にはその曖昧さを理解しておくこと。高浜先生の姿勢から学べるのは、「わからないことをわからないと言える」知的な誠実さの大切さかもしれません。
生き物の多様性に魅せられた少年が、免疫細胞の多様性を追いかけて数十年。「自分とは何か」という哲学的な問いを実験科学で探るロマンは、まだまだ続いていきそうです。
- 「免疫力」は学術用語ではなく、測定単位も存在しない一般用語。便利だが曖昧さを理解して使うべき
- 商品が「免疫力を高める」と謳う場合、その根拠(培養系の実験など)が体内で再現されるかは別問題
- ストレスが免疫に悪影響を与えることはホルモンを介してよくわかっているが、睡眠・運動・体温との因果関係は単純に言えない
- 免疫細胞の総量には上限があり、ある細胞が増えると別の細胞が減る「トレードオフ」が起きる
- 過度に清潔な環境は花粉症などのアレルギーリスクを高める可能性がある(衛生仮説)
- 野生動物にがんが少ないのは寿命の短さが大きな要因。ウーパールーパーの胸腺再生など、動物に学べることはまだ多い
- ワクチンの複数回接種の効果・副作用については、今後の大規模な検証が必要

