月は1.3秒前、太陽の光は17万年前?
レンさんは冒頭、エマさんにクイズを出します。星の光は何万年もかけて届くので、夜空に見えるのは昔の星の姿です。では月は何秒前の姿なのか、という問いです。
エマさんは「5分前」「1分前」と答えますが、正解はおよそ1.3秒前でした。月までの距離は約38万キロメートル、光の速さは秒速30万キロメートルなので、月の姿はほぼリアルタイムで見えています。
本当に光が誕生するところからね、考えたらなんですけど、17万年かかってます。
レンさんが続けて出した問いは、太陽で生まれた光が月に反射して目に届くまでの時間です。距離だけなら太陽から地球まで8分20秒ですが、光が「生まれてから」を数えると17万年になるといいます。
この17万年という数字は、距離だけでは説明できません。レンさんは、その理由を理解するには「そもそも光とは何か」という正体の話が必要だとして、今回のテーマに入っていきます。
歴史の流れとして粒ですって言って、波ですって言って、波であり粒ですって言って、波でも粒でもないかもって言ってる、今。もうカオスなんですよね。
レンさんによると、光は一番細かく分解したところまでは分かったものの、その動き方にはまだよく分からない部分が残っているそうです。光はいまも曖昧な存在だということを、曖昧なまま伝えたいと話しています。
上の年表は、番組で語られた光の正体をめぐる議論の流れを整理したものです。以下のセクションで、一つずつ見ていきます。
古代ギリシャでは「目からビーム」が常識だった
光の正体の話は、学問らしい学問がなかった時代から始まります。レンさんは子供のころ、目から何かビームのようなものが出て、それでものが見えていると感じていたそうです。
(遠くを)頑張って見ようとしたり、近くを頑張って見ようとしたりとかして、私たちはなんか視界を調整してるわけだけど。でもだからなんかこっちから見に行くっていう感じがする。
エマさんも、網膜で光を受け取って世界を認識しているというのは、言われてみると直感に反すると共感します。情報を取りに行っている感覚からすると、目から何かが出ているという発想は自然だというのがレンさんの見立てです。
レンさんによると、紀元前300年頃の古代ギリシャの学者たちは、実際にこの考え方で視覚を説明していました。プラトン ── 古代ギリシャの哲学者。ソクラテスの弟子で、イデア論で知られます。視覚についても目から火のようなものが出るという説を唱えましたは、目から視線が出てものに当たり、それが外界の光と融合することで視覚が成り立つと考えていたといいます。
エマさんは、イルカが音波を出して跳ね返りを感知するようなものかと尋ねます。レンさんの答えは、プラトンの視線は跳ね返ってくるのではなく「出て終わり」で、もっと哲学的な考え方だというものでした。
音波を出し、跳ね返ってきたものを感知して位置をつかむ
目から視線が出て、ものに当たった外界の光と融合して見える。返ってはこない
ユークリッドと「直進・反射」で説明できたこと
目から視線が出るという考え方は、ほかの賢い人たちにも共有されていました。レンさんは、同じ時期に活躍したユークリッド ── 古代ギリシャの数学者。『原論』で幾何学を体系化しました。光学についての著作も残していますの名前を挙げます。
ユークリッドは、近いものは大きく、遠いものは小さく見えることを視線で説明し、計算もできると考えました。この距離にある何センチのものは、遠くでは何センチに見えるかを図形的に求めるという、遠近法のような計算です。
この考え方の前提には、目から出るものはまっすぐ進むという性質があります。さらに鏡や水面に映るものが見えるのは、視線が反射してその先のものに届くからだと説明されていました。
レンさんによれば、目から視線が出るという考え方は、その後およそ1000年、11世紀ごろまで信じられ続けたそうです。エマさんは、そんなに長い間そう思われていたことに驚いています。
イブン・アル・ハイサムが見つけた「視線では説明できないこと」
11世紀ごろ、視線だけでは説明できないと考える人が現れます。レンさんはエマさんに、空を見ると気づく矛盾は何かとクイズを出します。
エマさんが出した答えは、星のようにとても遠いものが見えるのはおかしいというものでした。目から出る視線が、そんな遠くまで本当に届くのかという疑問です。
だって視線が太陽ってものに当たったら、なんで自分たちは痛いって思うの?っていう。
レンさんが挙げたもう1つの疑問は、太陽を見ると目が痛くなることです。視線が太陽に当たって見えているだけなら、目が痛くなる理由がありません。
そこで発想を逆転させたのが、イスラム世界のイブン・アル・ハイサム ── 10〜11世紀の学者。イラクのバスラに生まれ、エジプトのカイロで活動しました。実験を重視した光学研究で知られ、「光学の父」と呼ばれますです。光はものから出て目に入ってくるという「流入説」を唱えました。
エマさんは、星や太陽の疑問は科学技術がなくても誰でも思いつけるはずだと指摘します。それでも1000年間誰も覆さなかったのは、目からビームという考えがそれだけ直感に合っていたからだろう、という見方です。
レンさんは、ピンホールカメラのように暗い箱に小さな穴を開けると、ろうそくの像が逆さまに映る例も挙げます。光が直進して入ってくると考えれば説明できますが、目から視線が出ていると考えると説明がつきません。
ニュートンの粒子説はなぜ主流になったのか
イブン・アル・ハイサムのあと、光の正体の議論は600〜700年ほど進展しませんでした。次に動きがあったのは、17世紀のニュートンの時代です。
ニュートンは、光は粒ではないかと考えました。光をまっすぐ進む粒だとすると、鏡での反射は粒の動きとして角度を計算でき、レンズでの屈折も、水の中の引力に粒が引っ張られて曲がると説明できます。
エマさんは、粒を何かに投げて跳ね返る動きと同じ物理法則が、光にも当てはまるということかと整理しています。
ニュートンって他にもさ、万有引力とか運動方程式とかすごいこといっぱいやってるわけなんで、ニュートンが言うなら信じるってなるよ、みんな。
当時は光を波だと考える人もいましたが、ニュートンの影響力が強すぎたといいます。そのため一度は、光は粒だという考えが主流になりました。
ただし粒子説には弱点がありました。水たまりに浮いた油の膜やシャボン玉の表面に見える虹色のしましま模様は、光が粒だと考えると説明できません。
しましま模様は、水たまりに石を投げたときに広がる波紋のように、光が波だと考えれば説明できます。波を主張し始めたのはホイヘンス ── 17世紀オランダの物理学者。光の波動説を唱え、波の伝わり方を説明する「ホイヘンスの原理」で知られますでした。一方のニュートンは、粒で説明できない現象を「光の病気」と呼び、深追いはしなかったそうです。
直進・反射・屈折を粒の動きで計算できる。油膜やシャボン玉のしましま模様は説明できない
しましま模様や反射を説明できる。波を伝える媒質が分からず、エーテルを仮定するしかない
波動説の弱点は、波には伝える媒質が必要だという点でした。水の波なら水ですが、光が何を伝わっているのかは分かりません。そこで「エーテル」という未発見の物質を仮定しており、レンさんはこれを「だいぶ苦しい説明」と表現しています。
ヤングの干渉実験とマクスウェルで「光は波」に
ニュートンから約100年後の1800年代初め、「最も美しい実験の一つ」にも数えられるヤングの干渉実験が行われます。壁に数字の「11」のような縦長の穴を2つ開け、その奥に光を感知する壁を置いて、光を通す実験です。
レンさんは、缶スプレーを2つの穴に吹きかけた場合と比べます。スプレーはインクの粒がまっすぐ飛ぶので、奥の壁には「11」の形が浮かび上がります。
強め合うところと弱め合うところでなんか波みたいになる。
エマさんの答えどおり、光を通すと「11」ではなくしましま模様ができます。これは光が波でなければ説明できない結果で、ここからニュートンは間違っていたかもしれないという考えが主流になっていきます。
少し後の時代には、理論物理学者のマクスウェル ── 19世紀イギリスの物理学者。電気と磁気をまとめる方程式を作り、電磁波の存在を理論的に予言しましたが登場します。電気と磁場が関わり合いながら空間を進む電磁波を理論的に予言し、その速さが当時知られていた光の速さと同じだと分かりました。
さらに、光が水の中では遅くなることを示したフーコーの実験も、波であることを裏づけました。ニュートンの粒子説では、密度の高い水に引っ張られて光は速くなるはずですが、実際には遅くなったからです。
密度が高い水の引力に引っ張られ、光は速くなる
媒質が変わるとスピードが落ち、光は遅くなる。実測でも遅くなった
光は電磁波の一種であり、目に見えるのは特定の波長だけだという見方も固まっていきます。ラジオの電波やWi-Fiは波長が長すぎて網膜を通り抜け、波長がとても短いものは目の表面で吸収されてしまいます。紫外線で日焼けするのも、皮膚の表面で吸収されているからだとレンさんは説明します。
長すぎも短すぎもしない絶妙な波長だけが網膜に届き、それが光として見えています。エマさんは、エーテルの問題は解決していないと指摘しますが、実験的にはもう完全に波だというのが当時の空気だったといいます。
光電効果とアインシュタインの「エネルギーの玉」
ところが1800年代後半、波でも説明できない現象が見つかります。金属の表面に光を当てると電子が飛び出す光電効果 ── 金属などに光を当てると電子が飛び出す現象。飛び出す電子のエネルギーは光の強さではなく振動数で決まりますです。
光が波なら、当てる光を強くするほど電子は勢いよく飛び出すはずです。しかし実際には、光の強さではなく、光の色、つまり周波数によって電子が飛び出すかどうかが決まりました。
番組では便宜上、赤い光の方がエネルギーが高いと説明されましたが、概要欄の補足で、正しくは赤い光のエネルギーが低く、青い光のエネルギーが高いと訂正されています。
光は粒
光は周波数に応じたエネルギーを持つ粒(エネルギーの玉)
粒が金属に当たる
エネルギーの高い粒ほど、電子を勢いよく飛び出させる
結果
光の強さではなく、周波数で電子の飛び出し方が決まる
光を周波数に比例してエネルギーが変わる粒と考えれば、光電効果は説明できます。そう提案したのがアインシュタインでした。レンさんは、説明しやすいというより「そうじゃないと説明できない」状況だったと補足しています。
エマさんは、エーテルの問題は棚上げしたのに、なぜ光電効果では粒子説を見直すことになったのかと疑問をぶつけます。レンさんの答えは、粒子だけでもしましま模様は説明できず、どちらも完璧ではない状況になったので、組み合わせればいいという発想に至ったというものでした。
スーパーボールとシャボン玉が合体したって考えるとかって、僕らさ、普通に考えたらありえないんだけど、ある時はスーパーボールみたいにポンポン跳ねますと。
だけどまたある時はシャボン玉みたいにふわふわ飛びますと。
実験の状態や方法によって粒にも波にもなるという性質は、光の「二重性」と呼ばれます。日常にはない性質のものが存在すると認めることは、それまで誰も考えなかった発想の転換だったとレンさんは話します。
「光」という新しいカテゴリー、光子と量子論
もうそんな粒なのか波なのかっていうどっちかのカテゴリーにしなくてもさ、もうじゃあもう新しいものとしてさ、もう光っていうカテゴリー作っちゃえばいいんじゃね?とか思うけど。
エマさんのこの提案に、レンさんは「素晴らしい視点」だと応じます。実際の歴史も、それまでの物理学では説明できないものとして、新しい概念を作る方向に進みました。
そうして定義されたのが、「光の子」と書く光子です。粒の時もあれば波でもあるものを新しく定め、量子の一種という新しいカテゴリーに入れたといいます。
量子という考え方自体は、以前の回で話したプランク ── ドイツの物理学者。エネルギーがとびとびの塊としてやり取りされるという考えを導入し、量子論の出発点を作りましたの、エネルギーの塊という概念にさかのぼります。光もとても小さな粒と考えれば光電効果を説明できたことから、光も量子に含まれると結びつけられていったという流れです。
ただし、アインシュタインは量子論の確率的な考え方を認めない立場でした。レンさんは「神はサイコロを振らない」という言葉を紹介し、ある時はA、別の時はBというサイコロのような現象を認めるかをめぐって大激論が起きたと話します。
それでも、光は粒子だという光子の考えを出したのはアインシュタインで、これでノーベル賞を受賞しています。こうして、エネルギーの最小単位である光子が光の正体だ、という結論にたどり着きます。
一粒ずつ飛ばしても縞模様、見ると変わる観測問題
光子が光の正体だと分かっても、現代でもよく分からないことが起きます。レンさんが紹介したのは、ヤングの二重スリット実験を、光子を1粒ずつ飛ばして行う実験です。
1粒ずつ打つなら、直感的には「11」の模様になってもよさそうです。ところが何回も打つと、点が積み重なってしましま模様ができてしまいます。
粒が毎回違う穴を通っているからしましま模様になるのでは、という見方もできます。そこで、右と左のどちらの穴を光子が通ったかを調べるセンサーを付けると、今度はしましま模様が消えて「11」になるといいます。
センサーなし: どちらの穴を通ったか分からず、しましま模様(波の振る舞い)
センサーあり: どちらの穴かを観測すると、「11」の模様(粒の振る舞い)
あたかも光子が、「あ、今センサーで見られてるな」って分かったら途端に粒として振る舞い始めるみたいなことが起きてる。
なんか意思持ってるみたい。
エマさんは、センサーが何か影響しているのではと考えます。レンさんによれば、センサーから何かが出ている可能性なども考慮したうえで、やはり説明できないそうです。これが観測問題と呼ばれるものです。
レンさんはシュレディンガーの猫 ── 箱の中の猫が生きているか死んでいるかは、開けて観測するまで決まらないという思考実験。量子の重ね合わせの奇妙さを示す例として使われますを例に出し、光子も同じだと説明します。観測すれば粒、観測しなければ波として振る舞い、同時に複数の状態があるかのように見えるのが量子の面白さであり、直感的に意味が分からないところだといいます。
冒頭で触れた「波でも粒でもない」という現在の見方は、この話につながっています。光子という量子が光の正体だということまでは分かっていますが、その動きは見方次第で波にも粒にもなり、どちらとは言い切れない状態だということです。
この謎は、アインシュタインも解けなかった問題だといいます。レンさんは、自分たちが生きている間に進展があるかは分からないと話しています。
量子コンピューターや6Gにつながる光の研究
光と量子の不思議な性質は、最先端の研究につながっています。レンさんは、以前取材に行ったKEK ── 高エネルギー加速器研究機構。茨城県つくば市などに拠点を置き、加速器を使って素粒子や物質の成り立ちを研究する機関ですの研究者のように、物質の最小単位である素粒子を調べる人たちも、こうした問題に挑んでいると話します。
量子コンピューターも、この性質を使っています。普通のコンピューターは0と1で動きますが、量子コンピューターは0と1が重なった状態を扱い、蓋を開けたときに0か1かが決まる性質を利用するので効率がいい、というのがレンさんのざっくりした説明です。
光の性質がもっと正確に分かれば、光ファイバーのデータ転送をさらに速くできる可能性もあります。1本のファイバーに複数の光の通り道を作るマルチコアファイバーの研究や、光も電磁波の一種であることから、5Gの次の6Gの研究も進んでいるそうです。
- 計算能力の非常に高い量子コンピューター
- 1本に複数の通り道を持つマルチコアファイバー
- 5Gの次の通信規格である6G
上は、レンさんが光の研究の先にあるものとして挙げた技術です。エマさんは、光を使うテクノロジーの質が上がるかもしれないとまとめつつ、観測問題そのものに決着がついてほしいとも話しています。
太陽の光が地球に届くまで17万年かかる理由
最後に話は、冒頭の「太陽の光は生まれてから17万年かかって届く」という問いに戻ります。鍵になるのは、光がエネルギーの最小単位である光子だという理解です。
太陽の中では、水素の原子核同士が合わさってヘリウムになる核融合が起きています。このとき、見た目は1足す1で2になりそうですが、実際にはヘリウムの質量が少し減ります。減った分が光のエネルギーとして生まれ、その中に光子が含まれているといいます。
レンさんは、エネルギーは質量に光の速さの2乗をかけたものだというE=mc² ── アインシュタインが特殊相対性理論で示した式。質量とエネルギーが等価で、わずかな質量が莫大なエネルギーに相当することを表しますを紹介します。わずかな質量の差から莫大なエネルギーが出るので、太陽はあれほど明るいのです。
生まれた光子は、常に宇宙最速の光の速さで動きます。しかし太陽は重力が大きく高密度で、さまざまな粒子があるため、光子はぶつかったり反射したりを繰り返し、表面に出てくるまでに17万年かかるそうです。
核融合
太陽の中心で水素の原子核同士が合わさりヘリウムになり、減った質量が光のエネルギーになる
太陽の中をさまよう
光子が高密度の太陽内部で粒子にぶつかり続け、表面まで約17万年
宇宙を進む
表面を出た光は約8分20秒で地球へ
月に反射
月で反射した光は約1.3秒で目に届く
エマさんが太陽は気体・液体・固体のどれかと尋ねると、レンさんは気体で、高温高圧に圧縮された状態だと答えました。概要欄の補足では、正しくは固体・液体・気体とは別の第4の状態とされる「プラズマ」だと訂正されています。
中心部では温度が非常に高く、電子が原子核にくっついていられません。そのため原子核がむき出しの状態で存在し、原子核同士がぶつかる核融合が起きるという説明です。
レンさんによれば、太陽の主成分は約75パーセントが水素、約25パーセントがヘリウムです。太陽は毎秒約6億トンの水素をヘリウムに変換しており、あと50億年以上分の水素があるそうです。
太陽はいずれどうなるのか、そして量子の話へ
エマさんは、核融合を続けていれば、いつか水素がなくなって太陽は死ぬのかと尋ねます。レンさんが紹介した太陽の最期は、何段階にもわたる長い過程でした。
エマさんは、太陽を人間に例えると今何歳くらいなのかと問いかけます。レンさんは、太陽は約46億年前に生まれ、あと50億年ほど持つので分岐点あたりかもしれず、人間なら50歳くらいかもしれないと、正確さは分からないと断ったうえで答えています。
レンさんは最後に、光の正体をこうまとめます。粒か波かで論争してきた光は、見るときによって結果が変わる量子である光子で、エネルギーの最小単位の塊です。太陽で水素から生まれ、止まることなく17万年ほど太陽の中を暴れ回ってから、私たちに届いています。
特に観察で結果変わりますみたいなやつは、何なんだろうねって思う。観測問題か。
レンさんによると、量子の話をしてから光の話をしたのは、光の正体が結局は量子に戻ってくるからでした。今後は、水素の原子核がどのように分かったのかなど、ものの成り立ちの話へ進んでいく予定だといいます。
まとめ
光の正体をめぐる議論は、目から視線が出るという直感から始まり、粒子説と波動説の行き来を経て、どちらの性質も持つ光子という量子にたどり着きました。観測するかどうかで振る舞いが変わるという謎はいまも解けておらず、その性質は量子コンピューターや通信技術の研究にもつながっています。
- 古代ギリシャでは目から視線が出て見えると考えられ、11世紀にイブン・アル・ハイサムが光は目に入ってくると発想を転換した
- ニュートンの粒子説が主流になった後、ヤングの干渉実験やマクスウェルの理論で光は波だと考えられるようになった
- 光電効果をきっかけに、アインシュタインが光をエネルギーの粒とし、粒と波の二重性を持つ光子という考えが生まれた
- 光子を1粒ずつ飛ばす二重スリット実験では、観測すると粒、観測しないと波として振る舞い、いまも説明できていない
- 太陽の核融合で生まれた光子は、高密度の太陽内部をさまよい、表面に出るまでに約17万年かかる


