トルコ旅行は後編へ。なぜ「人生史」は盛り上がる?
サイエントークの「人生史」シリーズで語られているトルコ旅行は、話が盛りだくさんになり、前編と後編の2回に分かれました。後編は全7日間のうち、3日目から7日目までを扱います。
冒頭では、エマさんは科学史の回より人生史の回のほうが元気だ、という話題で二人が笑い合います。収録がリモートになり、対面に比べて盛り上がりにくいという本音も出ました。
いやいや、言っていいと思うよ。いや、わかる。俺もそうだもん。対面に比べるとやっぱね、盛り上がんないよね。
レンさんは、以前テンションが低すぎて「体調大丈夫ですか?」というコメントが来たことにも触れ、エマさんに元気にやってほしいと頼んでいます。そのうえで、人生史の回なら心配はいらないだろう、と本題に入ります。
カッパドキア3日目、洞窟ホテルの朝と飛ばない気球
旅の3日目は、カッパドキアの街を散策する日でした。泊まっていた洞窟ホテルは立地がよく、朝食のバイキングも豪華で、ベランダ席で食べる朝食が印象に残ったといいます。
旅行中は一度も雨が降らず、天気に恵まれました。エマさんは、とんがった岩と街並みの両方が見える景色を「自然と街並みが融合した絶景」と表現しています。
ひたすら景色が、なんか自然も綺麗だし、その街並みも綺麗で、その二つがなんか融合してる感じで絶景って感じだったね。
ただ、この3日目の朝は空に気球が見えませんでした。カッパドキアの気球はおもに早朝に飛び、朝9時ごろでも飛ぶ日なら1〜2個は残っているため、二人は「この日はそもそも飛んでいなかったのだろう」と推測しています。
気球ツアーを予約していたのは翌日だったので、レンさんは「ある意味ラッキーだった」と振り返っています。
ギョレメ野外博物館は「アリの巣」のような暮らしの跡
朝食のあと、二人は車でギョレメ野外博物館へ向かいました。レンさんの説明によると、イスラム教徒から迫害されたキリスト教徒が、削りやすい山の岩壁を掘って家にし、隠れ住んでいた場所だといいます。
園内には住居のほか、祈りに使われた教会のような空間、キッチン、食べ物を保存した倉庫などが残っていました。博物館とはいっても屋内は一切なく、自然公園を歩くような感覚だったそうです。
レンさんは岩に穴が無数に空いた光景を見て、『ハンターハンター ── 冨樫義博による漫画作品。作中の「キメラアント編」では、アリの女王が生み出す人間と動物の合成生物が巣を拠点に勢力を広げていきます』のキメラアントを思い出したと話しています。
アリ塚っていうんかな?なんか山形のアリの巣みたいな感じだったじゃん。
一方でエマさんは、見た目は質素でも、それは中に何もないからではないかと考えました。自分たちが泊まった洞窟ホテルも素材は同じなので、生活必需品があれば洞窟の住まいもそれなりに快適だったのでは、という見方です。
レンさんによると、ギョレメ一帯はギョレメ国立公園として1985年に世界遺産に登録されています。人が住んでいたのは11世紀ごろで、洞窟の教会は365ほどあり、900年ごろのものもあるそうです。
見学した洞窟には壁画がうっすら残り、骸骨や、アンモニア臭のする洞窟もありました。エマさんは、いろいろな洞窟を見て回る形式だったので、ハイキングのようないい運動になったと話しています。
カイマクル地下都市、2万人が隠れ住んだ「リアルダンジョン」
ギョレメの岩肌の洞窟に関連して、二人はカイマクルの地下都市も訪れました。こちらは山の壁ではなく地下を掘り進めた空間で、エマさんは「すごいダンジョン感があった」と表現しています。
カイマクル地下都市の中には、かがまないと通れない穴もあり、矢印の看板に沿って探検できるようになっていました。エマさんは、狭い地下を掘り進める作業の危険さを想像して、身の危険を感じたといいます。
崩れることもあるだろうし、ちょっと身の危険感じたもん。
レンさんによれば、この地下洞窟は1963年に現地の住民が偶然見つけたもので、発見は意外と最近です。一番古い部分は約5000年前とも見られ、カイマクルは紀元前16世紀ごろではないかとされています。
最初は小さかった地下空間が、住む人が増えるにつれて掘り広げられ、最大で約2万人が隠れ住んでいたと言われています。地下8層、深さは約55メートルに及びます。
エマさんは「都市というより狭い洞窟」という印象を持ち、あの広さに2万人が住めたことに驚いています。訪れる分にはとても面白いけれど、住みたくはない、というのが率直な感想でした。
ピジョンバレーのハトは風に乗って遊んでいた?
カッパドキア周辺の観光地は、火山灰でできた掘りやすい地層を生かした洞窟や家が見どころです。その一つが、名前のとおりハトだらけの谷「ピジョンバレー」でした。
ピジョンバレーでは山に空いた穴にたくさんのハトが住んでいて、レンさんは「人よりハトの方が多かった」と話しています。エマさんは、開けた谷で群れが飛ぶ姿をじっくり観察していました。
普段ってなんかビルとか木とかに隠れて、その後ハトがどこまで行くかとかほとんど見れないけどさ。ピジョンバレーはもうめちゃくちゃ開けてるところじゃん。
エマさんの観察では、ハトの群れはぐるっと回って元の場所に戻ってくるように飛んでいました。風に乗って遊んでいるようにも見え、エマさんは「羨ましい」と感じたそうです。レンさんは、餌を探しているのかもしれないと付け加えています。
Googleマップが導いた「デスドライブ」と穴場の絶景
レンさんにとって3日目で一番記憶に残ったのは、整備されたピジョンバレーのあとに走った、舗装されていない険しい道でした。番組では、そのとき車内で撮っていた動画の音声も流れています。
あーなんか石が、でかい石をかわしながら行かなきゃいけない。
ちょっと待って。マジ緊張感すごい、このドライブ。
エマさんは、北海道や小豆島など、これまでの旅でも「デスロード」はあったものの、今回が一番レベルが高かったと話します。レンさんはそれらを「可愛いもの」と言い切りました。
だって今回のデスロード、マジでちょっとハンドル操作ミスったら谷底に落ちてくみたいな感じだと思う。めっちゃ怖かった。てか柵ないし。
道には柵がなく、すれ違えるほどの幅もないのに一方通行ではありませんでした。Googleマップがなぜかその道を勧め、引き返すこともできなかったといいます。10メートル先が道なのかどうかもわからない状態だったそうです。
一方で、このデスドライブのおかげで、周りに誰もいない眺めのいい穴場スポットが見つかりました。二人は車を降りて「ヤッホー」と叫び、踊るという、北海道旅行のときと同じことをしています。
レンさんは、これまでいろいろな場所で車を運転してきたなかでも、怖さは「断トツ1位」だったと振り返っています。
レストランHARUNAで夕日、インスタグラマーの真似も
ホテルに戻ったあと、二人は有名なレストランHARUNAで夕食をとりました。事前に予約していた店で、遮るもののないバルコニー席で、時間をかけて食事を楽しんだそうです。
エマさんは、明るい時間から夕暮れ、夜へと移り変わる景色がどれもよかったと話しています。
食事中、レンさんは三脚を立てて一人で決めポーズを撮る人を見つけ、「間違いなくインスタグラマー」と確信します。二人はその撮影場所に行って、真似をして写真を撮りました。
いやほんとね、手軽にインスタグラマーになれると思う、あの街。
レンさんの言う「どこを撮ってもおしゃれ」な街並みが、カッパドキアの魅力として語られています。
4日目の気球ツアー、思ったより大きく、細かく操れる乗り物
4日目は朝4時半集合で、カッパドキアの気球ツアーに参加しました。レンさんは5〜6人乗りの小さな気球を想像していましたが、実際はもっと大きなものでした。
カゴは4人ずつの区画が10ほどあり、二人の見立てでは約40人が乗れる大きさでした。そこに操縦士が乗り込みます。
出発前には、炎で気球を大きく膨らませる様子も見られました。エマさんは、以前番組で「なぜ気球は上がるのか」を話したときのことを思い出したといいます。
二人が意外に感じたのは、気球の操作性でした。上下に動くだけだと思っていたのに、左右にも動き、地面すれすれまで降りることもできたそうです。
多分あの、飛んでる時も見てたけど、あの風船のあの下側、炎が当たる部分の近くの形が微妙に非対称になってて。
であれ(非対称な部分)の向きとかで多分コントロールしてるんだよな。
シートベルトもなく区画に乗るだけでしたが、気球は安定していて、怖さはほとんどなかったといいます。飛行は30分以上続き、空の上で日の出も見られました。
同じ時間帯には、ほかの気球も数多く飛んでいました。レンさんは、毎朝100基以上が飛んでいるようだと話しています。着陸後には恒例のシャンパンパーティーがあり、無事に飛んで帰ってきたことの証明書をもらいました。
ウフルル渓谷のデスハイキング、ゴールがないと知った絶望
気球から戻ったのは朝7時ごろでした。朝食と散策のあと、二人はカッパドキアの中心地から車で1時間半ほどのウフルル渓谷へ、ノリでハイキングに出かけます。
レンさんは、ハイキングコースには出口があるものと思い込んでいました。しかし1時間以上歩いても出口に着かず、途中には地図もほとんどありませんでした。
その日の夕方には乗馬の予約があり、6時ごろまでにホテルに戻る必要がありました。このまま進めば間に合わない、と二人は焦り始めます。
途中でやっとマップ出てきて、そしたらゴールがないのが分かって。
地図によると、ゴールがないうえに、コースはまだ3分の1ほど残っていました。近くの大きな道に抜けられないか周りの人に聞いても方法はなく、来た道を引き返すしかありませんでした。
出発
出口があると思い込み、ノリでコースへ
1時間以上歩く
地図がほとんどなく、ゴールが見えない
地図を発見
ゴールがなく、まだ3分の1残っていると判明
引き返す
乗馬に間に合わせるため、約40分で同じ道を戻る
レンさんは同じ道をもう一度歩くことに「絶望感があった」と話します。一方のエマさんは、地図が見つかった時点で「今引き返せば乗馬にギリギリ間に合う」とわかり、希望の光が見えたと受け止めていました。
サンセット乗馬と「ブラザー、キックキック」の岡村
ハイキングでへとへとになった二人は、そのまま人生初の乗馬に向かいました。参加したのは、夕日スポットまで馬で向かうサンセット・ホースライディングです。
レンさんは、馬が繋がれていてゆっくり歩くだけだと想像していました。ところが実際は、手綱の右を引けば右、左を引けば左、両方引けば止まるというように、自分で馬を操る必要がありました。
エマさんの馬は、スタッフから「ストロングコントロールが必要な子」と言われた馬でした。体幹を使って落ちないようにするのも怖く、横についたスタッフに面倒を見てもらいながら進んだそうです。
乗馬は5〜6人が縦一列で進み、馬の距離が開くと、足でお腹を蹴って加速させます。レンさんの馬はサボりたがる馬で、いくら蹴っても前に詰められませんでした。
先頭にいたインストラクターは、お笑いコンビ・ナインティナインの岡村さんに似たトルコ人だったため、レンさんは仮に「岡村」と呼んでいます。この「岡村」が、レンさんには何より怖かったといいます。
すっごい前の方から岡村が振り返って「ブラザー、キックキック」ってずっと。
私もさ、女だけどさ、いや、これ私のことかなって。ブラザー私のことかなとか思って。
途中では、レンさんの前にいたインド人の参加者が、ゆっくりと右側に倒れて肩から落馬しました。レンさんもパニックになり、必死に手綱を引いて馬を止めたそうです。
二人とも乗り始めた時点で「乗馬はこれで最後にしよう」と思ったほどでした。乗っていたのは30分ほどで、最後は慣れて少し楽しくなったものの、「もういい」という気持ちは変わらなかったといいます。
エマさんは、馬を急かして走らせると乗っている側も体力を使うことから、乗馬はスポーツなのだと実感しています。レンさんは、普段はニコニコしているスタッフが、言うことを聞かない馬を強く叩く姿に二面性を感じ、少しトラウマになったと話しました。
一人旅のイタリア人のコミュ力と、4日目の夜
乗馬にはさまざまな国籍の人が参加していました。二人が特に驚いたのは、一人旅のイタリア人のコミュニケーション力です。
休憩時間に、そのイタリア人は別のグループの若者5人ほどの輪に自然に入り込み、一緒にTikTokの動画を撮って盛り上がっていました。エマさんは同じグループの仲間だと思っていましたが、最後に聞くと一人旅だったそうです。
そう、全然知らないやつとTikTok一緒に撮って大盛り上がりしてたっていう。
ほかにも、アメリカ政府の何らかの仕事をしているという若者が、一人で参加していました。4日目の夜は、部屋のバスタブに入るかどうかで二人が揉めたあと、高級レストランのTUMAで夕食をとって締めくくられています。
5日目、気球を下から撮り、イスタンブールのアジア側へ
5日目は基本的に移動日でしたが、二人は朝6時ごろに、今度は気球を下から見に行きました。旅行前からアーティスト写真を撮りたいと話していたこともあり、気球と一緒に撮った写真はホームページで使えそうだとレンさんは考えています。
その後はレンタカーで空港へ向かい、イスタンブールに戻りました。今回は海峡を越えたアジア側のホテルに泊まっています。
観光地化が進みすぎている印象
最近発展が進み、現地の人が好むとされる。落ち着いていて、エマさんはやや綺麗に感じた
アジア側では、レンさんおすすめの、可愛いおじさんが店長を務めるレストランMUUTOへ行きました。地元の店らしく英語は通じにくいものの、英語のメニューで注文でき、値段も高くないのにとても美味しかったそうです。
トルコの人は英語より「おもてなし」?
二人の印象では、トルコではアジア側に限らず、英語がすごく得意という人は多くないようでした。カッパドキアのハイキング中に道を尋ねた相手も、英語がわからない人だったといいます。
一方で、トルコの人々の優しさは二人の共通した印象です。レンさんは「観光地で絡んでくる人以外はみんな優しい」と話し、以前訪れたロンドンの無愛想な店員と比べています。
トルコは全体的に何かすごいニコニコしてるし。
レンさんは、そのおもてなし感が日本っぽいと感じました。いろいろな国を訪れてきたエマさんも、おもてなしの度合いはレベルが高いと評価しています。
MUUTOでは、Google翻訳でトルコ語にした「美味しかったです」を店長に見せると、とても嬉しそうにしてくれたそうです。レンさんは、トルコ語の「ありがとう」をテシェキュレール ── トルコ語で「ありがとう」を意味する「Teşekkürler」の読み。より丁寧な形として「Teşekkür ederim」もよく使われますだったかなと思い出していました。
6日目のリラックスデー、ヒルトンの猫とスパ
6日目は、丸一日過ごせる最後の日でした。ここまでの日程が濃すぎたため、二人はお土産を買ったり散歩したりするリラックスデーにしています。
泊まったのは、トルコ在住のYouTuberがおすすめしていたアジア側のヒルトン系列ホテル、ダブルツリーです。朝食バイキングがとても美味しく、会場は心配になるほど猫だらけで、二人は猫に癒されたそうです。
午前中は散歩やカフェを楽しみ、地元のスーパーでお土産用のお菓子を買いました。ホテルの屋上と地下にはプールがあり、地下はサウナなども備えたスパリゾートのようになっていました。
ハマム体験は「魚の気分」と「生贄感」
エマさんは前日にホテルのスタッフから、伝統的なトルコ式風呂を勧められていました。最初はマッサージだけでいいと考えていましたが、押しの強いスタッフに何度か断ったあと、最終的に押し切られたといいます。
こうして二人は、カップル向けのVIPルームで、トルコ式風呂とスウェーデン式マッサージを組み合わせた施術を受けました。マッサージは、いわゆる王道のオイルマッサージです。
トルコ式風呂はハマム ── トルコをはじめ中東で発展した公衆浴場の文化。蒸気で温まった大理石の台の上で、垢すりや泡洗いを受けるのが特徴ですと呼ばれます。料金は1人2〜3万円ほどと高額でしたが、思い出になるからと受けることにしました。
水バシャバシャかけられて。なんつうんだこれ。もう自分がね、魚の気分だったあれ。
空間は小さなモスクのようで、大理石の台の奥には水が流れ続ける泉のような場所がありました。エマさんは、贅沢な経験として楽しかったと話しています。一方のレンさんは、その雰囲気に「生贄感」があり、少し怖かったと振り返りました。
だからなんか経験としては面白いけど、なんかその体洗われるのは別に自分一人で洗えばいいかなって思った。
帰国翌日の発熱で、救急車を自分で呼ぶまで
最終日の7日目、二人はイスタンブール空港で別れました。レンさんは中国経由で日本へ、エマさんはロンドンへ向かいます。空港は2024年のベスト空港に選ばれたとトロフィーが飾られるほど大きく、着いてすぐに別れることになりました。
帰国は日本時間の土曜日の午後でした。レンさんは疲れに加えて、ハマムでこすられて全身が痛く、具合が悪いのかどうか判断がつかないまま、すぐに寝たといいます。
翌日の日曜日、レンさんは37度5分ほどの熱を出しました。新型コロナを疑い、日曜で病院が開いていなかったため、医師が家に来て検査するサービスを申し込みます。
もうその途中でもうどんどん熱上がって、頭痛くなって、もう起き上がれないぐらい頭痛くなって、もうちょっとこうなったら倒れると思って、あの、救急車を呼びました。
海外にいたエマさんは電話で状況を聞くことしかできず、近くの駅に住むレンさんの弟に連絡をとりました。返信が途絶えたときは「死んだかな」と思うほど焦ったといいます。
救急車の中のレンさんは、担架がびしゃびしゃになるほど汗をかいていました。病院で解熱剤の点滴を受け、ようやく落ち着いたそうです。
大阪のおばちゃん看護師と、原因不明のまま治った熱
救急搬送の際、レンさんを担当したのは、大阪のおばちゃんのような看護師でした。体調を気遣う質問から、家族についての質問が続きます。
「奥さんいつ帰ってくるの?」って言われて、「海外にいるので帰ってきません」って言って。「かわいそうに」って。
レンさんは、精神的なダメージを受けたうえで点滴をされた、と笑いながら振り返ります。回復してからも話しかけられ続け、寝ていたいのに休めなかったそうです。
救急車で運ばれたのは人生で初めてで、レンさんは、アメリカでのデスハイキングで脱水症状になって以来の「死にかけ度合い」だったと話しています。結局、熱はコロナでもインフルエンザでもなく、原因不明のまま治りました。
医師からは、念のため人に会わない方がいいかもしれないと言われ、翌週は在宅勤務になりました。出社すると、知らないはずの人からも「救急車乗ったんでしょ?」と言われるほど噂になっていたそうです。
衛生面が不安な国へ行くなら、ワクチンを打っておく
レンさんの救急搬送を受けて、エマさんは「日本より衛生状態がよくない国へ行くときは、ワクチンを打っておいたほうがいい」と考えるようになりました。この話は番組のコミュニティでも共有していたそうです。
なんか一番さ、最悪なパターンを防ぐために、その狂犬病とかさ、そういう系のワクチンとか打っといた方が安心だよね。
エマさんが後から調べたところ、トルコは極端に不衛生な国ではないものの、マラリアや狂犬病は毎年発生しているそうです。レンさんも、推奨されているワクチンを打っておけば安心はできると同意しています。
医師によれば、海外から帰国後に、慣れない土地のウイルスや風邪にかかる人は少なくないといいます。エマさんは、治らない病気が一番怖いからこそ、事前の備えが大切だと話しました。
つらい結末を知っていても、もう一回行く?
エマさんはレンさんに、「帰国後に必ず同じことが起きるとしても、同じ旅行に無料でもう一度行くか」と尋ねます。旅の最後につらいことが待っていても、もう一度行きたいほど楽しかったのかを確かめたかったそうです。
レンさんは記憶の有無によって答えが変わるのではと話しつつ、同じことが必ず起きるなら「全然行く」と即答しました。理想は、記憶がない状態でもう一度行くことだといいます。
それ(救急搬送の)記憶あったらさ、うわぁ明日熱で倒れんのかってなっちゃうじゃん。
エマさんにとっての1位は、ニュージーランドのテカポ湖の星空のままです。ただ、スポットごとのレベルが高く、全体の満足度ではトルコが1位かもしれないと話しています。
レンさんは、正直ハワイより数倍よかったと評価しました。コスパもよく、エマさんは「かけるべきところにお金をかけられた」「やりたかったことリストを全部チェックできた」と振り返っています。カッパドキアをレンタカーで巡ること、そして気球は、二人のおすすめです。
人生はいつ終わるかわからない。健康と旅のプラン
旅を振り返ったあと、レンさんは「人生はいつ終わるかわからないから、旅行には行っておいたほうがいい」と話します。同時に、救急搬送を経て、健康の大切さを改めて実感したといいます。
帰国後、レンさんはお菓子をほぼやめ、野菜やバナナ、ヨーグルトを食べ、タンパク質をとり、ジムに通っています。エマさんもお菓子を減らし、毎日生野菜と魚を食べ、ジムにも通い始めました。
毎月何かしらの試験がある過密スケジュール。お菓子も食べていた
お菓子をほぼやめ、野菜・バナナ・ヨーグルト・タンパク質をとり、ジムで運動
最後に二人は、事前に調べて歴史を学べると旅はより楽しくなる、と話します。そして、旅行はプランが一番という点で意見が一致しました。今回のプランを立てたのはほぼエマさんで、レンさんはレンタカーの手配を間違えたこと以外、ほとんど何もしていないと感謝しています。
レンさんの過密スケジュールはまだ続いています。エマさんは、スケジュールはどうにもならなくても、食生活のように自分でコントロールできるところはコントロールしてほしい、と気遣って番組を締めくくりました。
まとめ
トルコ旅行の後編は、カッパドキアの洞窟遺跡や気球、デスドライブ、デスハイキング、乗馬といった濃い体験の連続から、イスタンブールでのハマムによるリラックス、そして帰国後の救急搬送までが語られる回でした。つらい結末があっても「もう一回行く」と言えるほどの旅だったことと、健康と事前準備の大切さが、二人の実感として残っています。
- ギョレメ野外博物館やカイマクル地下都市では、迫害を逃れた人々が岩を掘って暮らした跡を、ハイキング感覚で見て回れる
- 気球は約40人乗りで細かく操れ、毎朝100基以上が飛ぶ光景は二人にとって旅のハイライトだった
- Googleマップが勧めたデスドライブや、ゴールのないハイキング、初めての乗馬と、カッパドキアは想定外の連続だった
- レンさんは帰国翌日に高熱で救急搬送され、エマさんは衛生面が不安な国へ行く前のワクチン接種を勧めている
- 旅の満足度を左右したのは、エマさんが立てたプランと、事前に調べておくことだった







