マイクとIHとICカード、共通点は何?
番組の冒頭、レンさんはエマさんに、マイク、IHクッキングヒーター、タッチ式のICカードという3つの共通点を考えるよう問いかけます。
エマさんは最初「波?」と答えてレンさんを戸惑わせますが、やりとりの末に「電気」と「磁気」にたどり着きます。レンさんによれば、3つはどれも電気と磁気が関わる道具です。
あれでもIHとかICカードは磁気なイメージあるけど。確かに。でもマイクって磁気なんだ。
レンさんの説明では、マイクは声の振動で振動板が動き、それにつながったコイルが磁石の近くで動くことで電気信号に変わります。逆に電気で振動を起こせば、スピーカーになります。
エマさんは、マイクが人それぞれの声色まで拾えることに感心します。レンさんも、マイクは「すっごい精度高い」と応じています。
IHクッキングヒーターは、板の部分に電気を流して磁場を発生させ、その磁場の変化で上に置いた金属製の鍋に電気が流れ、鍋そのものが発熱する仕組みです。
タッチ式のICカードは、改札機の周りの磁場にカードを近づけると、カード内のコイルに一瞬だけ電気が発生し、その電力で改札機と情報をやりとりします。カード自体に電気が流れているわけではありません。
電気と磁気は互いに変換できる
レンさんは、ここまでの3つの例はどれも「磁力を電力に変えている例」だと整理します。そのうえで、逆向きに電力を磁力に変えることもできると続けます。
マイク、IHクッキングヒーター、タッチ式ICカード
スピーカー、リニアモーターカー
レンさんによると、この電気と磁気の相互変換を昔見つけた人がいて、その発見が原子の理解にもつながっていきます。
これって原子の発見につながってくるのね。
エマさんは「電気と磁力も原子に関わってくるんだ」と驚き、どうつながるのかに興味を示します。今回の主役として登場するのが、マイケル・ファラデーです。
ドルトンの原子論だけでは足りなかったもの
前回のエピソードでは原子論が扱われました。2000年以上前から、世界は原子という粒からできているのではないかという考え方がありました。
その後、ジョン・ドルトン ── 18〜19世紀イギリスの化学者。物質は元素ごとに決まった重さの原子からできるとする近代的な原子説を唱えましたが、原子の大きさの違いや比率の計算について理論を作ります。ただしレンさんは、原子の形や見た目、性質はまだ何もわかっていなかったと指摘します。
本当に割合で計算したら、原子っていう粒で考えると、まあなんかつじつま合うよねっていう状況。
エマさんは「原子顕微鏡のようなもの?」と推測しますが、レンさんは、原子を直接見る話はほぼ現代の技術で、ファラデーの時代には出てこないと答えます。原子の理解を進める鍵になったのは、電気でした。
電気と磁気は「完全に別物」だった時代
マイケル・ファラデーは1791年から1867年まで生きたイギリスの人物です。ファラデー以前、静電気や電気は知られていましたが、磁力とは完全に別物だと考えられていました。
磁力についても、方位磁石は使われていたものの、原理はあまりわかっておらず「不思議な力」とされていました。レンさんは、なぜ北を向くのか、なぜくっつくのか、どんなに切っても磁石は磁石なのはなぜか、と当時の疑問を挙げます。
転機は1820年です。エルステッド ── デンマークの物理学者。電流を流した導線の近くで方位磁針が振れることを発見し、電流が磁場を生むことを示しましたが、電流を流すと周りの磁石が動くことに気づきました。全然違うものだと思われていた電気と磁力が関係しているらしいとわかり、大きな衝撃を与えます。
エマさんは、高校の授業で電流の周りに矢印を描いた記憶を思い出します。レンさんによれば、それが「電気が磁力につながる」方向の発見です。
磁石で電気を流したファラデー、そして化学での発見
ファラデーが行ったのは、エルステッドとは逆の「磁力で電気を流す」ことでした。高校で習う、コイルの間で磁石を動かすと電流が流れるという実験を、最初にやったのがファラデーです。
さらに当時は、水に電気を流すと気体が出て、それが水素や酸素らしいことも知られていました。ただし、その原理はまったくわかっていませんでした。
ファラデーの業績は電気だけではありません。1825年にはクジラの油を加熱・分解して、後にベンゼン ── 炭素6個と水素6個が環状につながった有機化合物。化学工業の基礎原料の一つですとされる物質を初めて取り出しています。環状の構造を考えたのは、ケクレという別の人物です。
ほかにも、金属ナノ粒子について初めて報告した、ブンゼンバーナー ── ガスと空気を混ぜて燃やす実験用バーナー。化学の実験室で広く使われていますの原型を作った、「イオン」という言葉を一般化させた、といった話が紹介されます。エマさんは「電気と磁気以外はだいぶ化学だね」と感想を述べています。
貧しい鍛冶屋の息子は、どう科学者になったのか?
ファラデーはロンドンの貧しい鍛冶屋の息子として生まれ、学校教育もまともに受けられませんでした。転機は13歳ごろ、製本屋の見習いになったことです。
本作るとこ。で、本作るから本読むんすよ。
本を読むうちに科学全般にはまり、とくによくわかっていない電気に面白さを感じたといいます。そこで出会ったのが、師匠となるハンフリー・デービー ── 19世紀初頭イギリスの化学者。電気分解を使って多くの元素を発見したことで知られますです。
ファラデーはデービーの講演会に何度も通い、ノートを取って、弟子にしてほしいという手紙を直接送りました。講演を書き留めたノートは300ページほどあり、その熱意が認められたといいます。二十歳ごろのことです。
当初は仕事がないと断られましたが、デービーが実験中の事故で目を負傷したことをきっかけに、まず秘書として雇われます。そこから助手になり、自分で研究を進めていきました。
学習のね、機会とかもあんまり与えられてないところから、自ら手にしていく、つかんでいく感じがいいですね。
発電所から自転車のライトまで、電磁誘導の第一歩
電気の発生に興味を持ったファラデーは、鉄の輪のようなコイルを作り、その間で磁石を動かすと電流が流れることを見つけます。これが電磁誘導 ── 磁場の変化によってコイルなどの導体に電流が生じる現象。発電機の基本原理ですです。
レンさんによれば、発電所の多くはこの仕組みで、タービンを回して磁石とコイルを動かし電気を作っています。火力、水力、風力はどれも電磁誘導です。
火力発電、水力、風力、全部これ電磁誘導。なんでその第一歩がこれね。
エマさんが「なぜそうなるのか」と尋ねると、レンさんは、それを説明する理論はこの後に出てくると答えます。ファラデーは、まず現象として見つけた最初の人という位置づけです。
身近な例として、タイヤの回転で発電するタイプの自転車のライトも挙げられます。回転によって磁石(あるいはコイル)が動き、電気が生まれる仕組みです。
バラバラだった電気は1種類だった
当時、静電気、電池に貯める電気、動物の体に流れる電気は知られていましたが、それぞれ別の種類の電気だと考えられていました。
ファラデーは、これらがすべて1種類の同じ電気だと示しました。今では当たり前のことですが、それを言ったのもファラデーだとレンさんは説明します。
静電気、電池の電気、動物の体の電気は別々の「電気A、電気B」
どれも1種類の同じ電気
エマさんは、現象だけを見れば別物に思えるのも理解できるとしたうえで、どうやって1種類だと示したのかに関心を向けます。その答えが、次の電気分解の研究につながります。
電気も「粒」なのでは?ファラデーの電解の法則
水に電気を流すと水素と酸素に分解されることは知られていましたが、ファラデーは「どれだけ電気を流すと、どれだけ分解するのか」を測りました。
その結果、同じ量の電気を流せば同じ量のものが分解でき、電気の量を増やすほど分解できる量も比例して増えることが初めてわかりました。これがファラデーの電解の法則です。
測定
流した電気の量と、分解された物質の量を測る
比例の発見
電気の量を増やすほど、分解量も比例して増える
粒としての解釈
電気も一つ一つの粒と考えると説明がつく
液体のように流れる電気が決まった量だけものを分解するなら、電気も原子論のように粒でできていると考えると筋が通ります。電気の世界の原子論ともいえる発想です。
だから電気の世界の原子論みたいな話だよね、これ。
エマさんは、実際に電気は電子が流れているものだと応じます。レンさんも、この考え方が後の電子の発見の走りになったと話しています。
目に見えない「場」をどう考えるか
ファラデーは、磁力線のように磁場を視覚化する概念も作りました。電気や磁力が物に宿るだけでなく、目に見えない形で周囲の空間にまで広がっているという考え方です。ただし当時は、この考えは強く否定されました。
エマさんは、磁場はイメージできても電場がわからないと質問します。レンさんは、プラスの電荷の周りには「プラスの影響が及ぶ範囲」があり、マイナスのものが近づけば接触しなくてもくっつくと説明します。
レンさんは、電場の強さが単位電荷あたりに加わる力で定義されること、雷の前の空には強い電場が発生していることも例に挙げます。
エマさんが「真空でも電場はあるのか」と尋ねると、レンさんは非常にいいポイントだと評価します。この後、真空に電気を流す人物が登場するといいます。
いや、知ってるよりね、そっちの方がいいね、これ。徐々にこう真実に近づいていくからさ。
レンさんは、電気が粒のようなもので、その周りに場のようなものがあるという考え方は、当時まだ理論にすぎなかったと整理します。原子も電子を持っていることはまったくわかっておらず、原子が最小単位だと考えられていた時代でした。
炭鉱調査から化学兵器の拒否まで、何でも屋になったファラデー
晩年のファラデーは「何でも屋」のように幅広く活動しました。炭鉱の爆発事故の調査をしたり、専門家証人として法廷に立ったりしています。
貧しい生まれから王立研究所の助手に採用され、その後オックスフォードで博士号も取得しています。レンさんは一度「怪しい」と言いましたが、後で調べて訂正しました。
師匠のデービーは後に「僕の一番すごいところはファラデーを見つけたことです」と語ったといいます。ファラデーはデービーの後を継ぎ、王立研究所の所長に就任しました。
デービー自身も、電気分解でカリウム、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、バリウム、ストロンチウム、ホウ素などを見つけた人物です。エマさんは、ファラデーを見出した師匠も偉大な仕事をしたと語ります。
ファラデーの活動はさらに広がります。紹介されたのは次のような仕事です。
- イギリスでの灯台づくり
- 船底の腐食を防ぐプロジェクト
- ロンドンのナショナル・ギャラリーのコレクションのクリーニングへの科学的助言
- 1851年のロンドン万博への中心人物としての参加
著書『ろうそくの科学 ── ファラデーが少年少女向けに行ったクリスマス講演をまとめた本。ろうそくの燃焼を通じて科学の考え方を伝えます』も有名です。ナショナル・ギャラリーを訪れたことがあるエマさんは、約200年前のこの時代になると現代とのつながりを感じると話します。
クリミア戦争 ── 1853〜1856年、ロシアとオスマン帝国・イギリス・フランス・サルデーニャの連合軍が戦った戦争では、化学兵器を作ってほしいという依頼がファラデーに来ました。ファラデーは机を叩き、作ることはできるが絶対に手を貸さないと言ったとされ、強い平和主義者だったといわれています。
ファラデーは寿命で亡くなり、遺体はロンドン郊外のハイゲート墓地に眠っています。ウェストミンスター寺院のニュートンの墓のそばには記念碑があります。1モルの電子が持つ電気の総量を表すファラデー定数にも、その名前が残っています。
磁石の正体は?次回は「数学の人」が登場
最後にエマさんは、電気は電子が流れるものだとして、では磁石とは結局何なのかと尋ねます。レンさんは一言では難しいとしたうえで、次に登場する人物が電気・磁気・光の関係を統一する理論を考えると予告します。
あ、じゃあ今教えてくれないの?磁気の本質というか。
レンさんは今回のまとめとして、電気が磁力と関係していること、そして粒のように流れると考えると流した量と分解量の比例が説明できることがわかり、電気も原子っぽいなというところまで来たと話します。
次回は、ファラデーの実験を数式にする「数学の人」が登場する予定です。
まとめ
製本屋の見習いから科学者になったファラデーは、電磁誘導で磁力から電気を生み、電解の法則で電気が粒のように振る舞うことを示しました。電気と磁気をめぐるこの発見が、後の電子の発見と原子の理解への入り口になっていきます。
- マイク、IH、ICカードはどれも磁力を電力に変える仕組みで、スピーカーやリニアモーターカーはその逆
- エルステッドが電流で磁石が動くことを示し、ファラデーは逆に磁石で電流を流す電磁誘導を見つけた
- ファラデーは電気分解の量を測り、電気の量と分解量が比例することから電気の粒という考え方を示した
- 貧しい製本見習いから、熱意でデービーの弟子になり、王立研究所の所長にまでなった
- 化学兵器への協力を拒むなど平和主義者でもあり、名前はファラデー定数として今も残っている


