脱毛広告だらけの時代に「脱毛しない」と決めた理由
サイエントークの今回のテーマは脱毛です。きっかけは、レンさんのもとに脱毛の広告が以前からひたすら表示され、脱毛をおすすめされまくっていることでした。
ところがレンさん自身は、あえて脱毛はしないと考えています。理由のひとつは、一度生えなくなると元に戻せないことです。
将来さ、例えば髭脱毛とかさ、髭生やしたくなるかもしんないじゃん。
だってさ、もう生えてこなくなったらさ、なんつうの、不可逆なわけじゃん。
一方のエマさんは医療脱毛の経験者です。施術のときには、冷やして痛みを抑えることや、毛の生え変わる周期に合わせて3ヶ月に1回ほど通う必要があることなどの説明を受けたといいます。
レンさんは、脱毛が高く、何度も通わなければならないことにも疑問を持っていました。今回は「人はなぜ脱毛したくなるのか」「脱毛の技術はどうなっているのか」「なぜあんなに高いのか」を順に紐解いていきます。
人間とチンパンジー、毛穴の数はどれくらい違う?
レンさんはまず、前回の育毛回でも触れた人類の毛の歴史から話を始めます。人間の祖先はもっと毛むくじゃらで、そこから毛を失ってきたと考えられています。
では人間とチンパンジーで毛穴の数はどれほど違うのか。レンさんのクイズに、エマさんは「意外と一緒なのでは」と答えます。
だから(毛を)失ったっていうよりかは、太く長かった毛が、短く細くなってるみたいな。
レンさんによると、人間とチンパンジーの毛穴の数も密度も、実はそれほど変わりません。毛を作る遺伝子自体は大きく変わっておらず、その遺伝子のスイッチをどう入れ、どれだけ長く太い毛を生やすかが違っているといいます。
毛が細くなった理由には諸説あります。レンさんが紹介したのは、毛が多いと寄生虫が住み着きやすいため淘汰されたという説、毛の少ない皮膚同士が触れ合うとオキシトシン ── 脳内で分泌されるホルモンの一種。スキンシップなどで分泌が促され、愛着や安心感に関わることから「愛情ホルモン」とも呼ばれますが分泌されやすいという説、そして体温調節に有利だったという説です。
人間とチンパンジーでそれほど変わらない
人間は太く長い毛が、短く細くなっている
スキンシップの説について、エマさんは「毛皮のコートを着た者同士で抱き合っても、触れ合っている感じは薄い」とたとえて納得します。
レンさんは、人間はそもそも脱毛の方向へ進化してきたと整理します。脱毛は自然の摂理を加速させる行為なのかもしれない、というのが調べてみての実感です。
3000年前のブラジリアンワックスと「文化としての脱毛」
機能面とは別に、脱毛には文化が深く絡んでいます。エマさんが今の人が毛をなくしたい理由として挙げたのは、見た目と、汗で雑菌が繁殖するのを防ぐといった衛生面でした。
レンさんによれば、こうした清潔感や美しさを求めるニーズは古代エジプトの時代からありました。青銅器のカミソリが見つかっているほか、砂糖と水とレモン汁を混ぜたペーストを塗って剥がす、今でいうブラジリアンワックス ── 温めたワックスやペーストを肌に塗り、固まったところを一気に剥がして毛を根元から抜く脱毛法のような方法が、3000年前ほどから行われていたといいます。
こうした方法はパピルス ── 古代エジプトで使われた、カヤツリグサ科の植物から作る紙のような書写材料にも記されているそうです。
だって脱毛したいとか育毛したいって思うの人間だけじゃん。だからもうこれカルチャーなんよね。
エマさんは、髪は増やしたいのにそれ以外の毛は減らしたいという価値観が面白いと話します。人類共通の美的センスというより、ある文化で生まれた価値観が広がったのかもしれない、という見方です。
レンさんは、こうした理想像が宗教と結びついていた例も挙げます。宗教的な壁画などでは下の毛がない状態で描かれ、そうした地域ではない方が美しいという価値観があったといいます。
二人がイギリスで暮らして気づいたのは、腕などの毛を剃っていない女性がむしろ多いことでした。部位によって文化差がある、というのが二人の受け止めです。
古代ローマの脱毛奴隷から、中世ヨーロッパの「隠す」文化へ
文化としての脱毛がさらに広がると、体の毛がない方が純粋で、位が高いという価値観が生まれます。上流階級の上品な人たちは毛がないという考え方です。
レンさんによると、古代ローマの公衆浴場には脱毛専門の奴隷がいて、人々が当たり前のように脱毛してもらっていたそうです。エマさんは、アニメ『薬屋のひとりごと』にも、高貴な人の入浴時にしもべが毛を抜く場面があったと話します。
ところが中世ヨーロッパになると、毛は抜くより衣服で隠す方向に向かいます。道具も乏しい時代の脱毛は非常に手間がかかったため、レンさんは手間の少ない方へ流れたのだろうと考えています。
だから歴史で見てもなんかこうせめぎ合ってるんよ。めんどくせえっていう時期と、やっぱでもそれでもない方がいいみたいな。
1900年代、剃刀の広告が「女性は毛を剃る」を常識にした
脱毛の歴史が大きく動いたのは1900年代です。スカートの丈が短くなり、袖なしのファッションが流行したことで、それまで隠せていた毛が見えるようになりました。
レンさんによれば、剃刀自体はずっと昔からありましたが、1900年代より前は「女性は毛を剃るもの」という常識はありませんでした。剃刀を売りたい人たちが、広告で「女性の体毛は不潔」といったネガティブなイメージを作り、25年ほどかけて徐々に当たり前にしていったといいます。
ファッションの変化
スカート丈が短くなり、袖なしの服が流行して毛が見えるように
広告の展開
剃刀を売りたい企業が「女性の体毛は不潔」というイメージを作る
常識化
25年ほどかけて「女性は毛を剃る」が当たり前に
うわー、そっか、ビジネスだったんか。
そう、これビジネスなんよ。
エマさんは、子どもの頃には男性の髭や体毛が少ない方がいいという考えはそこまでなかったのに、最近は脱毛する男性が増えていると指摘します。レンさんは、冒頭で触れた広告の多さこそマーケティングの表れだと受け止めています。
レンさんの「脱毛しない」には、「俺は騙されねえぞ」という気持ちもあるかもしれない、と本人は話します。エマさんは、ビジネスパーソンが毎朝髭を剃るべきという感覚も日本では浸透しているものの、イギリスでは剃らなくても許される雰囲気があると比べます。
小学生の母親の58.2%が「子どもに脱毛したいと言われた」
レンさんは、日本や韓国は美容に関してとても敏感だと話し、日本の脱毛に関するデータを紹介します。
さらに小学生の母親の58.2%が、子どもから脱毛したいと言われたことがあるといいます。レンさんは、脱毛が美容というより「青春の通過儀礼」のようになってきていると見ています。
エマさんも、思春期は容姿が気になる時期なので自分も絶対言うと共感します。レンさんは、このままいけば最終的にはみんなツルツルを目指すようになるのでは、と話します。脱毛は安くないにもかかわらず、ニーズは爆発している状態です。
永久脱毛の始まりは1875年、美容ではなく「まつ毛」の治療だった
ニーズの大きさは技術の発達にもつながっています。レンさんが注目したのは永久脱毛で、その始まりは1875年だといいます。
レンさんは「最初は何のために使われたか」をクイズにします。答えは医療で、エマさんは足の裏、鼻毛、耳毛、眉間などを挙げた末に、ようやく正解にたどり着きました。
まつ毛。まつ毛が目の方向に向かって生えると失明するっていうのがある。
当時はトラコーマ ── クラミジアの一種による感染性の結膜炎。まぶたの変形を起こし、まつ毛が内側を向いて角膜を傷つけ、失明の原因になりますという感染症が流行していました。まぶたの形が変わって、まつ毛が眼球をこすり、目がどんどん悪くなってしまう、いわゆる逆さまつ毛が問題になっていたのです。
それまでの対処法は、抜く、毛穴ごと切除する、さらには硫酸を塗るといった危険なものしかありませんでした。そこで開発されたのが、まつ毛の生え際に細い針を刺して電気を流す方法です。
針を刺して通電
まつ毛の生え際に細い針を刺し、弱い電流を流す
水酸化ナトリウムが発生
皮膚の中の塩分と水分から強いアルカリ性の物質ができる
組織が死ぬ
毛の根元の組織が壊れ、毛が生えてこなくなる
レンさんによれば、この方法は今でも使われています。アメリカのFDA ── アメリカ食品医薬品局。医薬品や医療機器、治療法などの承認・規制を担う政府機関ですが「永久脱毛」と呼ぶことを認めているのは、この電気脱毛だけだといいます。
つまりレーザー脱毛は本来、永久脱毛ではなく「永久的減毛」です。エマさんも、施術時に「100パーセント生えなくなるわけではなく、半永久的と考えてください」と言われた気がすると振り返ります。
レーザー脱毛は軍事用レーザーの「事故」から生まれた?
続いて登場するのが光、つまりレーザーです。1960年代ごろ、戦争などで発達したレーザーの技術を使って毛を焼き切る方法が生まれました。レンさんによると、軍事用のレーザーが誤って当たって火傷し、そこの毛が抜けたことで「使えるかも」となったといいます。
仕組みはシンプルです。黒い色は光を吸収し、白は跳ね返します。夏に黒い服を着ると暑いのと同じ原理で、毛の黒い色素であるメラニン ── 皮膚や毛の色を決める色素。黒〜茶色の色素で、特定の波長の光をよく吸収しますが吸収しやすい波長の光を当てると、毛だけが熱くなって細胞が死ぬのです。
レーザーである意味もあります。0.何秒という短い時間だけ光を当てられるため、熱が周りの組織に広がる前に光が切れます。エマさんが施術中に冷却ジェルを塗ったり間を空けたりしたのは、連続照射で熱が蓄積し、火傷するリスクがあるためでした。
初期のレーザーには、特定の波長だけを通すルビーなどが使われていました。光の波長を制限する部分が一番難しくコストがかかり、装置は最初から非常に高価だったといいます。
レーザーは当初、色素病変という別の治療に使われていて、たまたま毛も抜けることがわかったそうです。その後、脱毛用として特許を出す人が現れ、脱毛に使われるようになりました。
レーザーが本当に狙っているのは毛根ではない
レーザーはどこを焼いているのか。エマさんは毛根と答えますが、レンさんによると実際は少し違います。
狙っているのは、毛根より少し上にある毛包幹細胞のある場所、バルジ領域 ── 毛包の上部にある、毛を生み出す幹細胞が集まる部分。毛の再生の起点になるとされていますです。細胞がどんどん分裂する領域で、ここを壊さないと毛はまた生えてきます。
ただしバルジ領域自体はメラニンをほとんど含まず、ほぼ透明です。そのためレーザーで周囲を一瞬で加熱し、その熱を伝えて間接的に壊しているといいます。直接攻撃ではなく、周りの熱で壊しているというのが、レンさんが強調したポイントです。
肌の色によって波長を変える必要もあります。肌はタイプ1からタイプ6ほどに分類され、本来は肌の色や毛の太さをチェックしてレーザーの出力を決めるべきだといいます。エマさんは日本のクリニックで、最近は肌の色が濃い人にも対応できる機械があると案内されたことを思い出します。
脱毛に何度も通わなければならない理由
レーザーを当てるタイミングにも決まりがあります。レンさんによると、バルジ領域の周りにメラニンがたっぷりある時期でないと、レーザーを当てても効果がありません。
成長期にある毛は全体の15〜20%ほどしかありません。1回の施術で効果が出るのはその分だけなので、残りの毛が成長期に入るのを待って、6〜8回ほど通う必要があるのです。
ああ、あ、それだわ。言われたやつ、多分。だから3ヶ月おきに来てくださいみたいな。
これがね、俺はめんどくさいねと思っちゃうよね。
脱毛サロンはなぜ倒産するのか、機器が1000万円以上する理由
エマさんは、学生時代に10回コースの代金を支払い、1回ほど通ったところでクリニックが倒産し、10万円ほど失った経験を明かします。調べても返金はされず、泣き寝入りしたといいます。
二人は、大量の広告を出していたミュゼが倒産したことにも触れ、大問題になっていたと振り返ります。エマさんは価格競争の激しさを指摘しますが、レンさんは料金が高いことにはちゃんと理由があると話します。
高額な機器
レーザー機器は1000万円以上。波長や出力の調整が技術的に難しい
特許の壁
既存メーカーの特許が強く、作れる会社が限られ価格が下がりにくい
人件費
医療脱毛では医師や看護師など専門職が施術する
回収の圧力
広告を打っても客が来なければペイできず破産する
レンさんは、1000万円は自分の研究機関の実験器具並みの値段だと驚きます。エマさんは、新しい機械が次々に出るため、他院に合わせて導入しなければならず採算が合わなくなるのでは、と推測します。
全身の医療脱毛は、エマさんの場合で20万〜30万円ほどだったそうです。クリームの販売や友達紹介で収益を補うなど、脱毛業界は熾烈な戦いをしているというのが二人の見立てです。
脱毛市場が男性へ広がる理由とK-POPの影響
女性だけでは市場が足りなくなり、男性向けに脱毛のトレンドを作って層を広げている、とエマさんは読み解きます。レンさんも、市場を拡大し続けなければならない圧力が強く働いていると同意します。
一方イギリスでは、髭脱毛をする男性に二人とも会ったことがありません。毛があるのがセクシーで、髭がある方がかっこいいとされる雰囲気だといいます。
ありそうなのはやっぱインフルエンサーとかが、「脱毛めっちゃいい」って言ってやり始めたら、広まって、イギリスでも脱毛普通になって、またすごい市場できるみたいなのは。
エマさんは、K-POPのボーイズグループのように毛のない姿を目指す人が増える影響もありそうだと話します。
またエマさんは、日本の医療脱毛クリニックで、将来介護される側になることを考えて下の毛を脱毛するシニア層が増えていると言われたといいます。レンさんは理にはかなっているとしつつ、銭湯でそんな人は見たことがないと半信半疑でした。
毛を抜き続けると生えなくなるのはなぜ?
レンさんは補足として、ピンセットで毛を抜くことについても触れます。抜く行為は基本的にバルジ領域にあまりダメージを与えませんが、抜き続けると少しずつダメージが入り、年単位で永久脱毛に近づくケースがあるそうです。
エマさんは、細い眉毛が流行った時代に抜きまくった人が、今は眉毛が生えてこないと嘆いている例を挙げます。レンさんによると、それはバルジ領域がやられてしまっているためだといいます。
脱毛技術の未来は「焼く」から「眠らせる」へ
レンさんは今後の脱毛技術についても調べていました。研究段階ではありますが、レーザーで焼くのではなく、毛を「眠らせる」アプローチが出てくるのではないかといいます。
発毛のメカニズムや遺伝子はかなりわかってきているため、特定のタンパク質を阻害して、遺伝子的にスイッチをオフにする発想です。レーザーは意図的に火傷させて回復させる方法なので、体に害がなくはないという声もあるといいます。
レーザーで毛の周りを焼いて壊す。火傷のリスクや痛みがある
遺伝子的にスイッチをオフし、毛を「眠らせる」。研究段階
エマさんは副作用が気になると話します。レンさんも、遺伝子治療は通常の医療でもようやく出てきた段階で、長期的な副作用を調べている最中だと説明します。さらに「脱毛のために遺伝子治療をしてよいのか」という倫理や法整備の問題もあり、しばらくは実現しないだろうと見ています。
マウスの研究では、毛包のサイズを決める遺伝子のバランスを調整し、毛の太さまでコントロールできることがわかっているそうです。方法は注射に近いのではないかとレンさんは話します。
これはレンさん自身の考えだといいます。冒頭で「髭を生やしたくなるかもしれない」と話したレンさんにとって、時期によって変えられる仕組みは理想形に近いようです。エマさんも、増やしたいときに戻せて、普段は減らせるなら最高だと賛同します。
ただしレンさんは、技術的にはできても「そこまでしてやる?」という壁があるのは、脱毛や育毛によくある現代社会らしい問題だとも感じています。
結局、人はなぜ脱毛したくなるのか
最後にレンさんは、人がなぜ脱毛したくなるのかを3段階で整理します。
生物学
人間はそもそも進化の中で毛を失ってきた
文化
毛がない方が清潔、綺麗という価値観が生まれ発達した
マーケティング
毛を抜きたい欲求が広告によってコントロールされている
技術面では、まつ毛の治療から始まり、レーザーが生まれ、毛根ではないバルジ領域を狙うようになりました。機械が高く人件費もかかるため、脱毛は高くなる、というのがレンさんのまとめです。
それでもレンさんは脱毛しないのか。エマさんに勧められても、レンさんは「綺麗なのはわかる」としつつ、やはり乗り気ではありません。
いや、ちょっとコントロールされたくねえなみたいな。
そう、逆張りみたいなのがちょっと働いてるっていう。ことかもしれない。クリームぐらいだったら全然いいかもしれないけどね。
痛いのも嫌だというレンさんは、むしろ育毛の方に興味があると話します。エマさんに「育毛したらポッドキャストで報告して」と言われ、嫌がりながらも「そういう日が来たら応援してください」と締めくくりました。
番組の最後には、無料の公式LINEオープンチャットの参加者が収録時点で350人を超えたことや、コミュニティ「サイエントークラボ」で書籍づくりを公開しながら進めていることが告知されています。
まとめ
脱毛への欲求は、毛を失ってきた進化の流れの上に、清潔さや美しさをめぐる文化が重なり、さらに広告が後押しして生まれたものだと二人は読み解きました。技術や価格の裏側を知ると、脱毛の見え方が少し変わるかもしれません。
- 人間とチンパンジーの毛穴の数はほぼ同じで、人間の毛は太く長い毛が細く短くなったもの
- 「女性は毛を剃る」という常識は、1900年代の剃刀の広告が25年ほどかけて作ったとされる
- 永久脱毛は1875年、逆さまつ毛の治療として電気脱毛から始まり、FDAが永久脱毛と認めるのはこれだけ
- レーザーは毛根ではなくバルジ領域を周囲の熱で壊すため、成長期に合わせて何度も通う必要がある
- 高額な機器、特許、人件費が脱毛を高くし、将来は毛の太さを調整する技術も研究されている




