ポッドキャストのプロに「科学の切り口」を相談したら、飲み会と毛の話に着地した
サイエントークのレンさん・エマさんが、Podcast Studio Chronicle野村高文さんが代表を務めるポッドキャスト制作スタジオ。ニュースコネクトなど複数の人気番組を制作している。のスタジオで、ポッドキャスト総研野村高文さんと設楽悠介さんが配信するポッドキャスト制作論・業界動向を語る番組。2022年配信開始、2025年春に再開。の野村高文さん・設楽悠介さんと対談。科学番組のテーマ選びやメディアとしての届け方について、ビジネスメディアのプロならではの視点でアドバイスをもらった結果、話は「毛」という身近すぎるテーマに着地しました。その内容をまとめます。
ポッドキャスト黎明期の手探りと「タイムスリップ更新」
サイエントークは約5年前、レンさんとエマさんがノートパソコンの内蔵マイクに向かって話し始めたところからスタートしました。ポッドキャスト総研の野村さんも初期はiPhoneのボイスメモで収録していたとのこと。当時はポッドキャスト制作のノウハウが体系化されておらず、誰もが手探りだったようです。
音ガリガリのね、もう聞き直したくないやつなんですけど
サイエントークでは、初期エピソードの音質があまりにも厳しかったため、最近になって1話目の冒頭に「2026年ですが……」という注釈音源を差し込み、シーズン2から聴くことをおすすめする「タイムスリップ更新」を実施しています。野村さんもこの手法は初めて見たと感心していました。ポッドキャストは音源そのものを差し替えられるため、YouTubeにはできない柔軟な対応が可能です。
AIによる音声編集の進化も話題に。ホワイトノイズ除去や音質改善のAIツールが日進月歩で発展しているものの、エマさんは「音質が良くなっても内容が恥ずかしい」と苦笑い。初期は声のトーンも高く、構えて話していたそうで、今の自然体とは別人のようだったといいます。
近本光司選手を中心に広がるポッドキャストの縁
エマさんのお母さん(通称エママ)は、野村さんの番組ニュースコネクト野村高文さんがパーソナリティを務めるニュース解説ポッドキャスト。ビジネスパーソンを中心に人気があり、毎日配信されている。の大ファン。60代女性というリスナー層としてはレアな存在で、野村さんも「超光栄です」と喜んでいました。エマさんはこのコラボを「親孝行」と表現し、収録後にビデオメッセージを依頼する場面も。
さらに話は、阪神タイガースの近本光司選手阪神タイガースの外野手。盗塁王や首位打者などのタイトルを獲得した球団の主力選手。ポッドキャスト「チカブレンド」のパーソナリティとしても知られる。とのコラボ秘話へ。近本選手がInstagramでサイエントークの切り抜き動画(ポケモンのオーキド博士は本当に博士なのか、という話題)を偶然見かけたことがきっかけでポッドキャストにハマり、コラボが実現したそうです。
お誕生日おめでとうって言っていただけました。2回いただいて
エママがずっと阪神ファンだったこともあり、近本選手からの誕生日メッセージはまさに親孝行の連鎖に。さらに設楽さんからは、近本選手の新刊『僕は白と黒の間で生きている』(幻冬舎)が3月25日に発売されるという告知もありました。近本選手を中心に、ポッドキャスター・編集者・出版社が不思議な縁でつながっている構図が浮かび上がります。
科学をメディアで扱う難しさとテーマ選びのヒント
ここからが本題です。科学をメディアで扱うことの難しさについて、野村さんはNewsPicksソーシャル経済メディア。ビジネスパーソン向けにニュースや特集記事を配信。野村さんは同社で編集者として勤務していた。時代の経験を踏まえて語りました。
まず、ファクトチェックのハードルが高いこと。科学の話題は事実の誤りが信頼性を直撃します。さらに、歴史×ビジネスなら文系・理系を問わず関心を引きやすいのに対し、科学×ビジネスは「うまく作らないとピンとこない人はピンとこない」難しさがあるといいます。
そのうえで、野村さんが実際にNewsPicks時代に受けたフォーマットとして3つの方向性を挙げました。
特に産業論については、「メディアの多くの人間は語れるほど詳しくないから、なんとなくキーワード化しちゃう」と野村さんは指摘します。レンさんも「レアアースって言って、本当にレアアースをわかってる人ってほぼいない」と同意。聞きかじったキーワードを深掘りできる科学系番組には大きなチャンスがありそうです。
Gates NotesとVCをネタ元にする
テーマ探しの具体的な方法として、野村さんは2つの情報源を挙げました。
ひとつはGates Notesビル・ゲイツが運営する個人ブログ。書評、科学技術、気候変動、公衆衛生など幅広いテーマについて発信しており、「今年の夏の必読書」リストなどが毎年話題になる。。ビル・ゲイツが何に興味を持っているかを追うことで、サイエンスを下地にした大きなトレンドが見えてくるといいます。
もうひとつはベンチャーキャピタル(VC)スタートアップ企業に投資するファンド。将来有望な技術や市場を見極めることがビジネスの核心であるため、テクノロジートレンドの見取り図を公開していることが多い。のブログ。野村さんは以前、気候変動ビジネスの番組を制作した際、クライメートテック専門VCが公開している分野別の見取り図をネタ元にしていたそうです。「CO₂を削減する」「食料をなんとかする」「エネルギーをなんとかする」といったカテゴリ分けがすでにあり、一つずつ取り上げていけば網羅的なコンテンツになったとのこと。
レンさんは「VCをネタ元にするという視点は科学サイドにはあまりない」と新鮮に受け止めていました。研究者コミュニティとビジネスの間には距離があるからこそ、橋渡しの余地が大きいのかもしれません。
「飲み会で話せる科学」という切り口
野村さんの「ハイクラスのビジネスパーソン」向けとは対照的に、設楽さんが提案したのは「焼き鳥屋で安い酒を飲んでるビジネスパーソン」に届ける路線でした。
これって飲み会で言いたいなと思ったんですよ。飲み会でなんか言えるトークとしてめちゃくちゃ使えるなと思って
設楽さんの具体例は明快です。「ビールって全部トイレで出ちゃうって言うけど、本当なの?」「好きってなる感情って科学的には何なの?」「何時間寝るのがいいの?」──こうした日常の疑問にサイエンスの切り口を掛け合わせると、聴いた翌日に同僚に話したくなるコンテンツになるというわけです。
設楽さんは幻冬舎日本の出版社。ベストセラーを多数手がけるほか、ブロックチェーン専門メディア「あたらしい経済」の運営も行っている。設楽悠介さんは同メディアの編集長。でブロックチェーン取引データを分散型のネットワークで管理する技術。ビットコインなどの暗号資産の基盤技術として知られる。楕円曲線暗号など高度な数学的仕組みが使われている。専門メディアを運営しており、「専門的な話をどこまで端折るか」という悩みを日々抱えているとのこと。ターゲット層によって説明の粒度を変える必要があり、その「ブレンドの調整」が番組作りの肝だと語りました。
野村さんは、この2つの方向性を共存させる方法として「前半は飲み会トーク、後半はガチめの産業論」というフォーマットを提案。ドーパミンのようなテーマなら、雑学パートで掴み、深掘りパートで満足感を出す──そんなハイブリッド構成が可能かもしれないと盛り上がりました。
ハイクラス・ビジネス路線
VCの見取り図やGates Notesをネタ元に、次に来る技術・産業を科学的に解説。「知ってると得する」感を出す
居酒屋・日常路線
恋愛、ダイエット、睡眠、ビールなど飲み会で話題になるテーマを科学で紐解く。翌日に人に話したくなるネタ
都市伝説・疑似科学への切り込み方
野村さんがもうひとつ「掛け合わせたい」と挙げたのが都市伝説・疑似科学です。「22時くらいに飲み屋でビジネスパーソンがよく話してる話」に科学でメスを入れるというアイデアで、フックとしては強力な切り口です。
ただし、これには慎重さも求められます。レンさんは過去に地球平面説をショート動画で取り上げた際、「ガチの人たちがコメントに来た」という経験を明かしました。エマさんも、疑似科学をいじる企画をコミュニティ限定で実施したことがあるものの、公開には勇気がいると感じたそうです。
野村さんは、YouTubeのショート動画チャンネル「ド文系でも楽しいゆっくり数学雑学」のテーマ設定を参考例として紹介。「地球が終わるシナリオ3つ」「光以外で光の速さで動くもの2選」「トイレの流れる仕組みが天才すぎた」など、思わずタップしたくなる問いの立て方に注目していました。
問いの粒度と「毛」という最強テーマ
テーマの粒度をどこまで絞るかも重要な論点でした。レンさんはこれまで「光とは何か?」のようなビッグクエスチョンから展開する構成が多かったものの、もっと小さな問いを取り入れてもいいかもしれないと話します。
野村さんは「20分、30分って結構喋れるから、粒を小さくしすぎると間が持たなくなる」とも指摘。大きな問いのなかに飲み会ネタを5個ぐらい格納するバランスが良いのではないか、と提案しました。
そんな議論のなかでエマさんが挙げたリクエストが「毛」。髪の毛、脱毛、育毛──増やす方向と減らす方向を両方やりたいという提案に、全員が食いつきました。
この間私の肩から白い毛が6センチぐらい生えてきて、これ何?ってなって。そこから毛に興味を持ち始めた
設楽さんも「40代を超えてから耳の穴から長い毛が生えてくるようになった」と告白。「なぜ耳の毛は中年になって気づくのか」という問いに、レンさんは「おじいちゃんの眉毛が長いのと同じメカニズムで、本来抜けるべき毛が老化で残り続ける現象だった気がする」と即座に応答しました。
ポッドキャスト総研でも髭脱毛の雑談回が意外なほど反響を集めたそうで、「みんな毛は気になってる」という結論に。真剣な科学テーマの相談が、最後は毛の話で大団円を迎えるという、実に4人らしい着地でした。
まとめ
ポッドキャスト制作のプロ2人から得られたのは、「ビジネスの上流から攻める」路線と「居酒屋の日常から攻める」路線という対照的なアドバイスでした。どちらも共通しているのは、科学そのものの面白さに「聴いた人が誰かに話したくなる仕掛け」を掛け合わせるという発想です。
科学の歴史シリーズをビッグバンから現代まで走り切ったサイエントークが、次にどんな切り口で攻めるのか。VCの見取り図をネタ元にした産業解説か、飲み会で使える雑学か、あるいは「毛」のような究極の身近テーマか──今後のエピソードが楽しみです。
なお、サイエントークのレンさん・エマさんもポッドキャスト総研にゲスト出演しており、そちらも配信済みです。コミュニティ「サイエントークラボ」もリニューアルして書籍化プロジェクトなどが始動しています。
- 科学メディアで受けやすいのは「最新論文の速報解説」「医療・健康」「産業論への接続」の3パターン
- テーマ探しにはGates NotesやVCのブログが有効。投資家が注目する技術トレンドの見取り図がネタ元になる
- 「飲み会で翌日話したくなるか」を基準にすると、科学を日常に引きつけるキャッチーな切り口が見つかる
- 前半に飲み会ネタ、後半にガチの深掘りというハイブリッド構成も一案
- 都市伝説・疑似科学への切り込みはフックとして強力だが、炎上リスクとの兼ね合いに注意が必要
- 「毛」のように誰もが気になる身近なテーマこそ、科学×日常の最強コンテンツになり得る

