兵器を使う責任は研究者と政治家のどちらにある?
レンさんは冒頭で、兵器につながる技術に関わった研究者がいたとき、その兵器を使う責任は研究者が負うべきか、使うと決めた政治家が負うべきかとエマさんに問いかけます。
エマさんは、政府が科学者に開発を依頼するとしても、科学者が作らなければその武器で人が死ぬことはなかったと、両面から悩みます。
その政府がこういう武器を開発しろって科学者に命令するんだよね。依頼する。けど、その武器を科学者が作らなければ、その武器で人が死ぬことはなかったもんね。
エマさんは似た構図として、2ちゃんねるの悪口の書き込みをめぐって創設者のひろゆきさんに賠償責任がかかった話や、ポケモンGOをしていて交通事故に遭った人の責任の所在を挙げます。レンさんも、AIを使った犯罪について、規制をかけなかった技術側に問題はないのかという問いは今後も続くと応じます。
これって一生こういう問題って考えていかないといけないと思うんですよね。
ただしエマさんは、AIやポケモンGOと兵器は別物だと線を引きます。兵器は人を殺したり傷つけたりすることを目的に作られているため、開発者の責任はより重いという考えです。
本来は別の目的で作られ、使い方しだいで被害が出る
人を殺す・傷つけることが目的で作られ、開発者の責任がより重いとエマさんは考える
エマさんはさらに、科学者Aが兵器開発を断っても政府が科学者Bに依頼すれば兵器は生まれてしまう、と指摘します。レンさんは、最新技術を作る人は必ず必要である以上、誰かに責任や倫理の問題がつきまとうと話します。
なぜいまエドワード・テラーを取り上げるのか
この回の主人公は、物理学者のエドワード・テラーです。レンさんは、本来はもっと後に出す予定だったテラーのエピソードを前倒ししたと説明します。
きっかけは、レンさんが8月にnoteへ投稿した「COTEN RADIOさんに意見を送った話」という記事です。COTEN RADIOを非難したいわけではなく、テラーの発言について事実と異なる内容があるのではないかと問い合わせた、という趣旨だといいます。
レンさんによると、COTEN RADIOでは、原爆の実験を見たテラーが「しょぼ」と言い、のちに水爆の父 ── 水素爆弾の開発を推進したことから、エドワード・テラーに付けられた異名ですと呼ばれた怖い人物、という面だけが語られていたそうです。
単純にエドワード・テラーさんかわいそうだなと思って。ちょっと印象違う形で広まっちゃうんじゃない?と思って。
レンさんは、テラーには原爆開発に関わった怖い面も実際にあると認めたうえで、「ただ怖い」で片づけず、科学者としての面や考えていたことを伝えたいと話します。
エマさんは、映画『オッペンハイマー』も見たうえで、兵器を作る科学者には心の葛藤がありそうだと感じています。レンさんは、日本では使われた側としてアメリカを批判する記述が多く、アメリカ側には正当だったと書く人もいるため、単純な善悪の話ではないと指摘します。
またレンさんは、今回の内容は自分が文献を調べて話すものであり、絶対に正しいとは言えないと前置きしています。
名前も怖い?テラーの生い立ちと苦難の青年期
エドワード・テラーは1908年にハンガリーで生まれました。レンさんは重い話を和らげるように、「テラー」という名前が英語の恐怖(terror)と日本語では同じ表記になることも、怖い印象の一因ではないかと話します。
なんかこれもちょっと要因なんじゃないかなと思って。なんかこう、しかも水爆の父とか言われたらさ、めちゃくちゃやべえやつじゃんみたいな。
実際のスペルはTELLERで、ファミリーネームなので恐怖の意味はありません。テラーは幼いころから数学が得意な科学好きだったといいます。
テラーはユダヤ人で、ナチスドイツの影響が広がるハンガリーで育ちました。父親から実用的な学問を勧められ、ドイツの大学で化学工学を学びます。20歳のときには路面電車の事故で右足を失い、義足になりました。
ヤーン・テラー効果とBET理論、テラーの科学者としての功績
テラーは核兵器開発の前から、物理学と化学の分野で重要な成果を残しています。その一つが、分子の形と安定性にかかわるヤーン・テラー効果 ── 分子の電子状態に由来する不安定さを、分子がゆがんで対称性を下げることで解消し安定になる現象。1937年にヤーンとテラーが理論的に示しましたです。
電子がエネルギー的に同じ状態にある非線形の分子は不安定なため、分子の対称性を崩すことでこの不安定さを解消する。それで安定になるっていう効果なんだけど。
レンさんは、対称になってよさそうな分子が、実は特定の結合が伸びたり縮んだりして少し非対称になることで安定する、と噛み砕きます。八面体の分子や、銅などの金属イオンを含む分子でよく見られるそうです。
もう一つが、ブルナウアー、エメット、テラーの3人の頭文字を取ったBET理論です。ものの表面に別の分子がどう吸着していくかを説明する理論で、応用範囲が広いといいます。
レンさんは例として、薬の錠剤の表面が体内で溶けて吸収されていく過程や、穴がたくさん空いた活性炭がにおいを吸着する仕組みを挙げます。
テラーは1934年にドイツを離れてデンマークで過ごし、1935年にアメリカへ亡命しました。ヤーン・テラー効果の研究は、アメリカに渡った後のものだといいます。
アインシュタインの手紙からマンハッタン計画へ
1940年ごろ、ドイツが核兵器を作っているという情報がアメリカに伝わります。アインシュタインを代表とする研究者たちは、核技術の開発が進んでいてこのままではアメリカも危ないと、大統領に手紙を書きました。この時点で、テラーもすでに関わっていたといいます。
レンさんは、最初に核兵器を持った国が他国を脅せる有利な立場になるため、当時は「誰が最初に作るか」が世界の科学の最先端の戦いになっていたと説明します。
ただし、テラーは最初から積極的だったわけではなく、道徳的な観点で悩んでいたと言われています。最終的に当時のルーズベルト大統領の演説を聞き、自国のために自分の能力を使おうと参加を決めたそうです。
計画は、オッペンハイマーを中心にニューメキシコ州のロスアラモス研究所 ── マンハッタン計画のために砂漠地帯に設立された研究所。現在もアメリカの国立研究所として続いていますに物理学者を集めて進められ、テラーは理論物理学部門のリーダーの一人になりました。研究者が家族ごと移り住み、街のようになっていたといいます。
原爆か水爆か、オッペンハイマーとの対立
レンさんによると、計画の初期には、どんな兵器を作るかはまとまっていませんでした。原子爆弾と水素爆弾は、起きる現象がまったく違います。
ウランやプルトニウムなど重い原子の核分裂反応を使う
水素どうしをぶつけてヘリウムにする核融合反応を使い、威力がはるかに大きい
オッペンハイマーは最終的に完成した核分裂型の原爆を推進し、テラーは核融合を使う方向を追い求めました。核融合は実現すれば出てくるエネルギーがはるかに大きいためです。
オッペンハイマーたちは、水素爆弾は大量殺害兵器になるとして推進しない結論を出し、テラーは孤立していきます。エマさんは、この話を聞くとテラーが怖い人に思えると率直に話します。
水爆は実際の戦争では使われていませんが、1954年にアメリカがビキニ環礁で行った水爆実験では、日本の漁船第五福竜丸 ── 1954年のビキニ環礁での水爆実験で、降り注いだ放射性物質を浴びて乗組員が被爆したマグロ漁船ですが被爆しています。
「しょぼ」と言ったのは本当か?原爆実験での発言
研究が先に進んだのは原子爆弾でした。人類が誰もやったことのない実験で、空気の爆発が連鎖して地球ごと吹き飛ぶのではないかという懸念すらあったといいます。
その実験を見たテラーが「しょぼいな」と言った、という話が一人歩きしています。レンさんによると、COTEN RADIO以外にも個人ブログでそう書かれたものがありましたが、元ソースは示されていなかったそうです。
レンさんが調べたところ、テラーの言葉は「Is this all?(これで全部か)」でした。しかもこれは一連の発言の冒頭部分だけが切り取られたものだといいます。
その後って実際その後に自分がめちゃくちゃあの防護用のゴーグルをしていて、あのあまりちゃんと見えてないっていうのを思い出したと。
テラーはその後、本当は良くないと知りながらゴーグルを少しずらし、ものすごい光を目にして「I was immersed(没頭していた)」という感想を残しています。
原爆実験を見て「しょぼ」と言った、とだけ語られる
ゴーグル越しに「Is this all?」と言った後、ゴーグルをずらして強烈な光に没頭した
エマさんは、発言の一部だけを訳して切り取ると印象が大きく変わると受け止めます。歴史上の人物の言葉は別の言語に訳されて伝わるため、意訳も入り、正確に伝えるのは難しいとも話しています。
広島・長崎への投下を、テラーはどう見ていたか
原爆が広島と長崎に使われた後、テラーは作ったものを使うこと自体には反対していませんでした。ただし、東京湾上空など人のいない場所で威嚇投下すべきだと提案しており、広島と長崎への投下は大きな誤りだったという発言もしています。
レンさんは自分の意見として、これはアメリカ側の視点だと感じると話します。東京湾で使っても放射線の被害を防げたわけではなく、使う側を支持していることに変わりはないという見方です。
一方でエマさんは、当時は日本も含めてみな戦争をしていて、何とか勝たなければと思っていたはずだと、テラーの考えに至る経緯は想像できると話します。家族を守りたい気持ちもあったのではないかと付け加えています。
だし、自分たちがやらないと敵がそれを作っちゃって、本当に滅ぼされるとか。
レンさんは、危ない国が地球を壊しうる技術を持つ恐怖から、自分たちが理性で管理できるところで作り抑止力にしよう、という考えにアメリカがなったと説明します。そのうえで「本当にそんな理性が効くのか」という問題が残るとも話します。
テラーは後に、無人地帯での威嚇投下では単なる花火大会と間違えられる可能性があると説明され、納得したという記録も残っているそうです。
冷戦と水爆の父、オッペンハイマーとの決裂
冷戦に入りソ連も原爆を開発すると、アメリカはさらに強力な水爆の開発に向かいます。テラーは水爆開発を推進し、「水爆の父」と呼ばれるようになりました。実験的には、広島に投下された原爆の約1000倍の威力のものが作られたといいます。
ただし、テラー自身は「水爆の父」と呼ばれることを趣味が悪いと感じていたという記述もあるそうです。一方でその呼び名が知名度にもつながっており、複雑だとレンさんは話します。
冷戦期のアメリカでは、共産主義者と関係を持った人をスパイとして洗い出す赤狩り ── 1950年代のアメリカで、共産主義者やその同調者とみなされた人々を公職などから追放した動き。マッカーシズムとも呼ばれますが行われ、オッペンハイマーも標的になりました。
公聴会で証言したテラーは、オッペンハイマーをスパイとは断定しなかったものの、遠回しに怪しい人物だという印象を巧妙に植え付けたと言われています。オッペンハイマーは公職追放となり、彼の味方の多い科学界からテラーは孤立していきました。
アインシュタインは、原爆を作ってしまった倫理的な責任は自分にもあると語る立場で、日本を訪れた際に謝ったという記録もあるとレンさんは紹介します。
晩年は地球を守る防衛システムを構想
孤立したあとも、テラーは1980年代に国の防衛システムの開発に関わるなど、生涯を通じて防衛関連のプロジェクトに取り組みました。1989年以降はハンガリーに何度か帰国しましたが、拠点はアメリカのままでした。
1990年代には、彗星や小惑星が地球に衝突する危険に備え、小惑星を破壊する防衛システムが必要ではないかと考えていたそうです。エマさんは「もう地球レベルのことを考えてる人」と驚きます。
テラーは2003年9月9日、カリフォルニア州スタンフォードで95歳で亡くなりました。国家科学賞などを受け、地球を衝突から守る構想にちなんで小惑星にテラーの名前が付けられたこともあるといいます。
彗星からいかにさ、地球守ってもさ、地球壊れたら意味ないね。
科学者は技術に、政府は使い道に責任を持つ。テラーの哲学
レンさんは、冒頭の問いに対するテラーの哲学を紹介します。オッペンハイマーやアインシュタインは深い後悔を抱き、オッペンハイマーは自分の手が血で汚れていると感じていたとも言われます。
一方テラーは、科学者は技術と知識に責任を持ち、応用を決めるのは政治指導者という役割の区別を、ごちゃまぜにしてはいけないと考えていました。
使う判断は大統領でも、研究者として深い後悔と個人的な責任を感じた
科学者は扱った技術と知識に責任を持ち、応用を決める責任は政治指導者にある
ある意味テラーさんって研究者の立場としてちゃんとここは責任持つっていう、そういう哲学なんだよね。それもすごくわかるなっていう気はするんだよね。
エマさんは、どちらの立場もわかるので答えを出せないかもしれないと話します。レンさんも、自分が関わった兵器で惨状を見たら責任を感じると思うと打ち明けます。
レンさんによると、戦争以前は科学者が政府に積極的に助言する立場でもありましたが、今は政府は政府のやり方で、科学者は専門知識を提供するという区分けが進み、結果的にテラーの言う通りの関係になっているといいます。
エマさんは、科学者が政治家に直接助言できる時代なら責任は重いが、仕組みとして完全に分かれているなら科学者に責任はないという考えにも一理ある、と整理します。
「無知でいることはもっと危ない」知識をめぐるテラーの言葉
レンさんは、地球を壊しうる兵器がすでに存在する以上、この問題に無関係な人はいないと話します。核兵器が抑止力として平和を保っているという見方もありますが、だからといって知らないままでいるのはまずいという考えです。
エマさんは、核兵器の数が増えるほど事故や隕石の衝突で爆発するリスクがゼロではないことに不安を語ります。レンさんも、安易に爆発するようにはなっていないと思いつつ、リスクはゼロではないと認めます。
レンさんは、テラーがこれを言うのかという驚きもあると話します。エマさんは、核のリスクがない原始時代より、生活を豊かにした今の科学技術があるほうが嬉しいと答えます。レンさんも、スマホの材料にもテラーの物理学が関わるなど恩恵を受けていると話します。
さらにレンさんは、技術者と、使うことを決める政府の関係はとても大事で、会社の研究部門と社長の関係でも同じだと指摘します。学者もあぐらをかかず、ビジネス側も「学者はビジネスがわからない」と決めつけないことが大切だという考えです。
ポッドキャストは学術とエンタメのどこに立つべきか
レンさんは、この関係はポッドキャストと学術の間にもあると話します。学術の世界では査読を受け、再現性が取れなければ論文が撤回されますが、ポッドキャストにはそうしたチェックがありません。
ポッドキャストやってる人は別にそういうのはないわけよ。だからある意味言いたいこと何でも言えちゃうんだけど。
レンさんは、面白く伝えることは素晴らしいとしつつ、学者が培ってきた学問をないがしろにして発信するのは良くないと考えています。間違いの修正を求めて「粘着」と言われることがあるのも、この考えからだと話します。
エマさんは、科学を伝えようとする番組がエンタメに寄りすぎると、リスナーはそれを科学だと思って聞いてしまうため、ある程度の正しさが重要だと応じます。
一方で二人は、すべてを科学的に正しく言うのは無理で、そうすると教科書の読み上げになって面白くなくなるとも話します。レンさん自身も間違えることは多く、気づいたら直しながら歩み寄るコミュニケーションが大切だという結論に落ち着きます。
科学者の責任はどれくらいか、答えのない問いへの向き合い方
レンさんは、どちらが倫理的責任を負うかに正解はないが、目を背けても何も変わらず、テラーの時代から続く未解決の問題だと話します。ポッドキャストも、AIの開発も、遺伝子組み換えも同じだといいます。
政府側がさ、責任あるのはもう、もうほぼ確定じゃん。その上でプラスで科学者に責任がどれだけあるかって話じゃないの?
エマさんは、科学者の責任が100%か0%か5%くらいなのかというグラデーションの問題だと整理します。レンさんは、作った技術と結果の距離によっても変わり、兵器に比べればAIや遺伝子組み換えは遠いと話します。
エマさんは最終的に、開発している技術で人が死ぬ可能性があることを、科学者は少なくとも理解すべきだと考えます。インスタグラムなどのSNSも含め、問題につながりうると認識しながら作る姿勢が大事だという意見です。
あまりにもさ、どっちかって言ったらさ、研究者悪くないみたいなさ、立場に思われたらちょっと今やだなと思って。僕は決してそう思ってないですよ。
レンさんは、知識がないと「全員悪い」「決めた人だけが悪い」という極端な意見になりがちで、知識があるからこそ自分で考えられると話し、これが今回伝えたいことだとまとめています。
COTEN RADIOと聴き比べて見える視点
エマさんは、COTEN RADIOの件でSNS上の議論が巻き起こり、レンさんのTwitterも荒れていたと振り返ります。レンさんは「お騒がせしました」と謝りつつ、核の抑止力の話なども含めて人によって意見が分かれる回だと話します。
レンさんは、十数回にわたって配信されているCOTEN RADIOの科学技術の歴史シリーズもぜひ聴いてほしいと勧めます。エマさんは、似た題材を違う立場の番組がどう語るかを比べられるのが面白いと話します。
なんかそれをいろいろ聞けるのも、ポッドキャスト聞くことの醍醐味でもあるんじゃないか。
レンさんは、リスナー数が桁違いに多いCOTEN RADIOに対しても、一配信者としてフラットでいたいと話します。自分の発信は好きな科学の話をお裾分けしているくらいの気持ちだとして、この回をシェアや周りとの議論、自分で調べるきっかけにしてほしいと呼びかけています。
まとめ
エドワード・テラーは「水爆の父」として怖い人物と見られがちですが、亡命や事故を乗り越えて化学・物理で成果を残し、晩年は地球を守る方法を考えた科学者でもありました。兵器開発の責任は誰にあるのかという問いに正解はなく、知識を持って考え続ける姿勢こそが大切だと、二人は語り合っています。
- テラーはヤーン・テラー効果やBET理論など、兵器以外でも重要な業績を残した物理学者だった
- 「しょぼ」とされた原爆実験での発言は「Is this all?」の切り取りで、その後は強烈な光に没頭したと語っていた
- テラーは、科学者は技術と知識に、政治指導者は使い道に責任を持つべきだと考えていた
- 科学者の責任は技術と結果の距離によっても変わり、少なくとも被害の可能性を理解する必要があると二人は話した
- 科学を伝える発信者も、面白さと正確さのバランスに向き合い、間違いを直しながら歩み寄る姿勢が大切だと語られた





