レントゲンは偶然の発見だった?
レンさんはまず、病院でおなじみのレントゲン撮影が、もとは偶然見つかったものだという話から始めます。ある実験中に謎の光が出ていることに気づき、手をかざしたら自分の手の骨が見えた、というのが始まりだといいます。
しかもさ、偶然見つかって、それ(謎の光)が骨見えるってなるの相当な正気だと思う。
エマさんは、レントゲンは肉眼で骨が透けて見えるのかと疑問を投げかけます。レンさんによると、手そのものが透けるわけではなく、光が手を通った先に紙があり、その紙に骨の影が映るという仕組みです。
レンさんは、この回のメインはレントゲンではなく電子だと説明します。レントゲンのような「パッと見よくわからない実験」を続けていたら、気づけば原子の研究になっていた、というのが今回の話の筋です。
今回そういうパッと見よくわかんない実験してんだけど、それをやってたら、なんか気づいたら原子の研究してたみたいな話がね、今回ですね。
「もう全部わかった」はずの物理学に残った謎
X線が見つかったのは1895年のドイツです。レンさんによると、当時の研究者は、電気・磁気・光を同じような式で説明できるようになり、「この世のほとんどはもうわかった」と感じていたといいます。
エマさんは「今でもわからないことがいっぱいあるのに」と驚きます。それでも、特殊な環境で実験すると説明できない現象がちょくちょく出てきました。
そのひとつが、蛍光灯のような細長いガラス管の端から端へ電気を流すと、ビームのような光の線が見える現象です。ガラス管の中を真空にしても見えるこの光は、のちに陰極線 ── 真空に近いガラス管の陰極(マイナス極)から出る粒子の流れ。のちにその正体が電子だとわかり、ブラウン管テレビなどにも応用されましたと呼ばれ、多くの研究者がその正体を調べていました。
黒い紙で覆ったのに光った?X線の名前の由来
レントゲンさんも陰極線を研究していた一人です。外からの光が邪魔にならないよう、実験装置を黒い厚紙で覆っていました。
ところが、光は漏れていないはずなのに、装置から離れた机の上の蛍光紙が緑色に光りました。蛍光紙は光に反応して光る紙です。
レントゲンさんが「何か出ている」場所に手をかざすと、蛍光紙に自分の骨の像が写真のように浮かび上がりました。未知の光線が骨以外を通り抜け、骨だけが影になっている、とレントゲンさんは直感したといいます。
よくわかんねえなっていうので、よくわかんないXっていうのをつけようってのでX線って名前付けられてる。
正体がわかった今でもX線と呼ばれているのは、この「未知の光」という命名の名残です。X線は電磁波の仲間で、大体のものを通り抜けますが、骨には吸収されやすいため影になります。レンさんはこれを「僕らの体の影絵みたいなもの」と表現しています。
装置を覆う
陰極線の実験装置を黒い厚紙で覆い、光が漏れないようにした
蛍光紙が光る
離れた机の上の蛍光紙が緑色に光った
手をかざす
蛍光紙に自分の骨の像が浮かび上がった
X線と命名
正体不明の光として「X」の名前が付けられた
J.J.トムソンはビームに何を見つけたのか
陰極線を調べていたもう一人が、イギリスのJ.J.トムソンさんです。1856年から1940年まで生き、レントゲンさんと同じ時代にガラス管へ電気を通す実験をしていました。
ビームの通り道に十字架の形の金属を置くと、後ろに十字架の影ができました。小さな風車を置くと、くるくる回り始めました。光は波だと考えられていたのに、このビームは何かがぶつかっているように見えたのです。
レンさんはここで前回までの内容を振り返ります。ファラデー ── 19世紀イギリスの科学者。電磁誘導を発見し、電気と磁気の関係を実験で明らかにしましたさんは電気と磁気の関係を示し、マクスウェル ── 19世紀イギリスの物理学者。電気と磁気をまとめる方程式を整え、光が電磁波であることを理論的に示しましたさんは電気と磁気がつくる波、つまり電磁波が光だと示しました。
それなら謎のビームも、電気や磁気で動かせるのではないか。実際にガラス管へ磁石を近づけるとビームは曲がり、プラスの電気を近づけるとプラスの方向へ曲がりました。プラス同士なら反発するはずなので、ビームの正体はマイナスの何かだと考えられました。
| 試したこと | 起きたこと | 考えられたこと |
|---|---|---|
| 十字架形の金属を置く | 後ろに影ができた | 金属は通り抜けない |
| 小さな風車を置く | 風車が回った | 何かがぶつかっている |
| 磁石を近づける | ビームが曲がった | 磁気の影響を受ける |
| プラスの電気を近づける | プラス側へ曲がった | マイナスの何かが流れている |
電気の重さはどうやって測ったのか
レンさんが「天才やな」と話すのが、トムソンさんのここからの工夫です。プラスの電気でビームを曲げ、反対側に磁石を置いて引き合いを釣り合わせることで、ビームの粒の性質を計算できるようにしました。
レンさんは遠心力で説明します。軽い粒は磁気で曲がりやすく、重い粒は曲がりにくい。曲がり具合と磁気の強さの関係から速さがわかり、電気の力と組み合わせると、粒の質量と電気の比率がわかります。
要は電気の重さ測ろうとしてるのに近いね。
この比率は比電荷 ── 粒子が持つ電気の量を質量で割った値。トムソンは陰極線の比電荷を測り、未知の小さな粒子の存在を示しましたと呼ばれます。エマさんは「一粒の重さはどうやってわかるのか」と問いかけ、レンさんは、そもそも一粒ずつ飛んでいると仮定して計算しており、その仮定が正しいかはこの時点ではわからないと答えています。
トムソンさんは、風車が回ったことなどから、ビームは粒なのではないかと考えていたといいます。
水素の1800分の1という小さな粒
計算の結果、ビームの粒の重さは、ドルトン ── 19世紀イギリスの化学者。物質は原子という粒でできているという原子説を唱えましたさんの時代にわかっていた水素原子の重さの1800分の1ぐらいしかありませんでした。
水素は一番軽く、原子は一番小さいと思われていたので、これは大きな謎でした。この「むちゃくちゃちっちゃいやつ」が、のちの電子です。当時はコーパスキュル、つまり微粒子と呼ばれていました。
電子の存在は、原子をただの粒と考えると説明できなかった電気の伝わり方にも手がかりを与えます。銅線の端に電気を流すと線を伝っていきますが、原子がただの玉ならブロックされて伝わらないはずです。
そこで、原子の中に入っている小さな電子がリレーのように電気を受け渡しているのでは、という考えが出てきます。レンさんは、原子の中にマイナスの粒が入っていると初めて具体的に言ったのがこの発見だと説明しています。
原子はそれ以上小さくならない粒で、水素が一番軽い
原子の中に、水素の1800分の1ほどのマイナスの粒が入っている
エマさんは、元素から原子、原子から電子へと少しずつ解像度が上がっていくのが面白いと話します。
いや、でもなんか少しずつ解像度が上がっていくのが面白いんじゃないですか。
それ(原子の研究)もう謎解きみたいな感じなのよ。
原子はプリン?プラムプディングモデル
電子を見つけたトムソンさんは、原子がどんな姿をしているのかを考えます。その答えが、原子をプリン、電子をそこに埋め込まれたプラムに見立てたプラムプディングモデルです。
エマさんは、プラムが埋め込まれていたら電子は動けず、リレーできないのではと疑問を投げます。レンさんの説明では、外からプラムが飛び込むと反対側のプラムが押し出され、次のプリンへ移るという形で電気が伝わるイメージです。
なんかもうプラムがさ、プリンの中で移動できないのかと思ってたけど、そうじゃなくて、もうプリン柔らかいし、まあプラム移動できそうみたいな感じ。
このモデルは日本では別の名前で呼ばれていました。当時の日本にはプラムもプリンもなかったため、エマさんは「梅干しモデル」と予想しますが、答えは「ぶどうパンモデル」でした。
プリンやパンの部分はプラス、プラムやぶどうの粒はマイナスとされました。プラスとマイナスはセットでなければ安定しない、という発想があったためです。
まあそのプラムの位置とかはちょっと微妙かもしれないけど。でも、まあそれ(プラスとマイナス)が一つ、セットになって一つの原子を構成してるっていうのはなんか合ってるから。
トムソンさんはこうした研究と電子の発見により、1906年にノーベル物理学賞を受賞しました。エマさんはこの100年での発展の大きさに驚き、レンさんは原子に関する僕らの常識はまだ浅いと応じています。
X線もプリンで説明できる?残された謎
レンさんによると、プラムプディングモデルでX線もある程度説明できます。電気をかけて飛び出した電子がガラス管などに当たると、他の電子が飛び出し、そのとき目に見えない光が出る。それがX線の正体ではないか、という考え方です。
ただし、このモデルでは説明できないこともありました。プリンとプラムがどう入っていて、なぜ安定しているのかがわかりません。
さらに、ガラス管に電気を流して見える光は、特定の色だけが出てきます。プラムプディングモデルなら電子の飛び出し方は自由なので、あらゆる色が出てもおかしくないはずでした。
ってことは色としてもあらゆる色出てきておかしくないっていう気がしてくるんだけど、実際そうじゃないと。なぜか特定の波長の光しか出てきません。
この謎をうまく説明する理論を考える人は、次回に登場するといいます。
ここまでの流れと「まだみんなの頭はぶどうパン」
レンさんは、原子の中身がわかっていく流れを改めて整理します。
レンさんは今回を「よくわからんビームを調べていたら電子だった」という話だとまとめます。プリンにプラムが埋まった絵が真面目に描かれていることもあり、日本語なら「ぶどうパンモデル」で検索するといろいろ出てくるそうです。
X線は発見の翌年には実用化されていた
エマさんが、レントゲンさんはX線を実用化するところまで行ったのかを尋ねます。レンさんによると、X線発見の翌年、1896年にはもうX線の診療所ができ、骨折の診断などに使われていました。
戦争でピストルに撃たれたときに、弾丸がどこにあるかを特定する用途にも使われたといいます。
エマさんは、体への影響がわからないまま使うのは今の感覚では怖いと話します。レンさんは、当てすぎは良くないとは思われていたかもしれないが、すぐに具合が悪くなるものではないため影響はわかっていなかった、と答えています。今では飛行機の手荷物検査にもX線が使われています。
レンさんの新番組「サイエンスポット」
最後にレンさんは、新しく始めた番組「サイエンスポット」を紹介します。科学のニュースをひたすら話す番組で、平日毎日1本、10分以内ほどで配信しています。
始めた理由は、情報収集のサイクルを続けたいことと、自分の知見を広げる勉強のためだそうです。サイエントークで以前「科学のニュースをやる」と言いながら2、3回で終わったことが、ずっと心残りだったといいます。
収録時点で14回ほど配信し、Appleの技術ニュースで日本一になり、再生数も1000回を超えたそうです。三毛猫の毛の色の仕組みが60年間謎だったが遺伝子的にわかった話、肥満で尿酸値が上がりやすい理由、唾液で睡眠の質がわかるかなどを扱っています。
ニュースはAIに日本の研究機関のサイトから集めさせ、そこからレンさんが選んでいます。英語の練習を兼ねて英語版も配信しており、台本はAIにかなり頼っているとのことです。
めっちゃ手間かかってるんで、だから聞いてほしいですね。ぜひScienceTalk聞いてる人も。
まとめ
今回は、正体不明のビームを追った実験から、レントゲンさんのX線とJ.J.トムソンさんの電子が見つかり、原子の中身を探る研究が始まるまでがたどられました。生まれたプラムプディングモデルは画期的でしたが、光の色の謎など説明できない点も残り、話は次回へ続きます。
- 1895年、黒い紙で覆った装置から蛍光紙が光ったことでX線が見つかり、翌年には医療に使われ始めた
- J.J.トムソンさんは陰極線を電気と磁石で曲げ、水素の1800分の1ほどの粒、つまり電子を見つけた
- 電子の発見で、原子の中にマイナスの粒があり電気を受け渡しているという考えが生まれた
- 原子をプリンとプラム、日本ではぶどうパンに見立てたモデルが提案されたが、特定の色の光しか出ない理由は説明できなかった


