高校生時代からの8年、そして島川さんの意外な原点
番組冒頭、伝説さんは島川さんとの付き合いがすでに8年ほどになると振り返ります。伝説さんが高校3年生のころからの関係だといいます。
島川さんはまず自己紹介として、IVS代表であると同時に、ベンチャーキャピタル「Headline Asia」のプリンシパルとして投資活動も行っていると説明します。
島川さんのキャリアの出発点は、意外にも研究の世界でした。大阪大学の大学院に所属しながら理化学研究所 ── 日本最大級の自然科学の総合研究所。物理・化学・生物学などの基礎研究を行う。ここでは島川さんが生物学の研究をしていた場を指す。で生物学の研究をしていたといいます。
もともと研究者にいたかったんですけど、そこから研究の世界めちゃくちゃ時間かかるやんみたいな感じで絶望して。
研究の道に絶望した島川さんは、その時代にIVSのボランティアスタッフを始め、テック系スタートアップ界隈の人たちとつながっていきます。そこからこちらの世界に入ってきたと話します。
最初に関わったのが、ライブ配信アプリ「17LIVE」の日本法人立ち上げでした。1号社員的な立場で、登記から自分で行ったといいます。
(17LIVEでは)最初は営業から契約書作るから、芸能事務所みたいなところにも営業しに行ってたな。
IVSの歴史と、独立系で30億円を立ち上げられた理由
IVS自体は2007年から続く、スタートアップの経営者や投資家のカンファレンスです。島川さんが関わり始めたのは2015年ごろで、この収録時点でちょうど10年前にあたります。
ファンドの規模についても話が及びます。伝説さんが現在のHeadlineのファンドサイズを尋ねると、島川さんは5号ファンドが立ち上がったばかりだと答えます。
今は、5号ファンドがちょうど立ち上がったところで、5号ファンドだけで220億のファンドですね。
1号ファンドは30億円、次が80億、100億と大きくなり、今回の220億に至ったといいます。累計では前回時点で400億弱を運用してきた計算です。今回のファンドから、台湾系や韓国系、行政系の機関投資家からLP出資を受けることになったと話します。
もうめちゃくちゃすごいプロセスが進んだ、もう終盤やろっていう時に、(機関投資家から)100個ぐらい質問が載ったエクセルファイルぶん殴られてくるんで。
伝説さんが気になったのは、1号ファンドができた2009年当時の話です。当時の独立系VCは、若手キャピタリストだとファンドサイズが2億から3億程度のイメージだったといいます。その中で、独立系でありながら最初から30億円をレイズできた理由を尋ねます。
島川さんは、当時はプレイヤーが少なかったこと、そしてイベントであるIVSが先にスタートしていたことを挙げます。まずイベントで経営者や投資家のつながりができ、そのメンバーで2年後にファンドを立ち上げる流れだったといいます。
IVSの前身は「NILS」というイベントで、これはグロービスのイベントから派生したものでした。現在ICCを運営する小林雅さんがグロービスにいて、そこから自分たちのイベントを作っていく流れだったと島川さんは説明します。
2007年のスタートアップ界隈と、日本最古のカンファレンス
伝説さんは自身の原体験として、高校2年生ごろにF Venturesに入り、福岡のピッチ大会で優勝してTechCrunchに連れて行ってもらった経験を語ります。それが2018年のことでした。
伝説さんにとって東京の一番大きなカンファレンスはTechCrunchというイメージでしたが、島川さんはIVSやB Dashあたりが最初期のイベントではないかと補足します。
2007年当時、まだ「スタートアップ」という言葉は一般的ではなく、「ベンチャー」と呼ばれていたと2人は振り返ります。いつごろ呼び方が変わったのかは明確ではないといいます。
(IVSは)日本のこういうスタートアップ向けのカンファレンスの中で一番歴史あると思いますけどね。
開催地についても話が及びます。IVSは那須、那覇、神戸、金沢など、毎回場所を変えて開催してきました。コロナ前にはタイや台湾など海外でも開催していたといいます。
しかし直近3年は京都で腰を据えています。1万人規模になったことで、毎回場所を変えるとコストが読めずリスクが大きすぎるというのが理由でした。
沖縄でのクリプト同時開催が生んだ、2000人から1万人への急拡大
来場者数の急拡大について、伝説さんが具体的に掘り下げます。2024年は1.2万人が参加し、これはスタートアップ界隈のイベントとして最多規模だといいます。
島川さんによれば、B Dashは千人前後、IVSも昔は千人規模で、「三大カンファレンス」と呼ばれるIVS・B Dash・ICCはいずれも千人を超えたら多いという規模感でずっとやってきたといいます。
転機になったのが沖縄での開催でした。WEB3・クリプトに特化した「IVSクリプト」を同時開催したことで、いつもの千人にクリプトの参加者が加わり、一気に2000人規模になったといいます。
(チケット購入が止まらなくて)むしろ最後止めたんですよ。これ以上はチケット買えないですって。マジキャパがやばいんでなしですみたいな。
当時は2000人でもすごいと感じていたものの、その翌年には1万人に到達します。島川さん自身、スタートアップ界隈に1万人もいることに驚いたと話します。
2019年の神戸開催のころには、日本全国のスタートアップ関係人口をフェルミ推定的に算出したことがあり、多くても6000人程度ではないかと見積もっていたといいます。1万人という規模は当時の想定を大きく超えるものでした。
サイドイベント文化と、島川さんが目指す「SNS的なカンファレンス」
現在のIVSでは、参加者が自主的に開くサイドイベントが週ほどの期間に400以上も開催されるといいます。今年は500近くになるかもしれないと島川さんは話します。
京都の街で毎晩、百近いIVS関連イベントが開催される状況になっています。年数を重ねるにつれてクオリティも上がり、サイドイベントだけに登壇する登壇者も豪華になっているといいます。集客も500人規模になり、「サイドカンファレンス」と呼ぶ人も出てきました。
伝説さん自身も「伝説会」というクローズドなサイドイベントを開催しています。深夜に開かれるゲリラライブ的なイベントで、去年は前日に声をかけたにもかかわらず、VIPや重鎮が集まって大盛り上がりだったと2人は振り返ります。
ほんとクローズドな、ちょっと深夜に開催される、ちょっとビッグイベントがあるんですけど。
島川さんは、このサイドイベント文化の背景にある設計思想を語ります。カンファレンスは形態としてはメディアに似ていると前置きした上で、従来型と現在のIVSの違いを説明します。
トップが編集長のように、コンテンツを一つひとつ担保して高めていく作り方
参加者自身がコンテンツを作れる仕組みを用意し、企画サイドに回れるようにする作り方
島川さんが2020年以降に意識しているのは、参加者がコンテンツを作れる仕組みを作っていくことです。YouTubeのように参加者がUGC的に自分の企画を作れる仕組みを目指し、それが最もハマったのがサイドイベントだといいます。
「怪しいインターネット感」をプロダクトに落とし込む発想
話題は、2人が共有する「怪しいインターネット感」への愛着に移ります。伝説さんは、そうした感覚をプロダクト作りで意識していると語ります。
伝説さんの原体験は小学生時代のマインクラフトでした。クレジットカードでしか買えなかったため、「代行キング」という怪しいサイトにウェブマネーのコードを送り、代わりにプロダクトキーを買ってもらったといいます。
クレカないけどマイクラやりたいみたいな。だけどどうしようみたいな感じになって。その怪しいサイト送ったら送られてくる。
伝説さんは、怪しいけれど挑戦したくなる感覚が今のクリプトに通じると考えています。オフラインイベントのデザインにも、「これいいと言われているが誰も見たことがない」ような未知数の要素を盛り込みがちだといいます。
去年の伝説会では、Lumaのイベントページに内容をほとんど書かず「伝説作りましょう」程度しか記載しなかったにもかかわらず、20〜30人の応募が集まったといいます。伝説さんのSNSアカウントすら知らずに、Lumaだけを頼りにDMが来る状況だったと話します。
島川さんも、IVSの作り方はインターネット的なものを意識していると応じます。インターネット上で成立している仕組みを、オフラインにそのまま持ち込んだらどうなるかをイメージして作っているといいます。
大体スタートアップ界の人Xでコミュニケーションしてるから、なんかそのX上のスタートアップ界のオフ会かなと思ってて。
一万人ネットワーキング戦略と、海外の超VIPが歩く会場
島川さんは、1万人にした背景にはスタートアップの5カ年計画が行政から発表されたことがあると説明します。従来と同じことをしても他のプレイヤーもできるため、差別化を考えたといいます。
そこで意識したのが、起業家を増やす「横の軸」と、ユニコーンを作っていく「縦の軸」でした。参加できる裾野を広げて起業前の人でも参加できるようにする一方、海外の投資家を呼び込んで日本のスタートアップやVCへの出資につなげる環境を作ろうとしたのです。
その戦略の結果、IVSには海外の投資家やレジェンドファンドが毎年来るようになりました。例として、Zyngaの創業者であるジャスティンさんが挙がります。彼は日本でWEB3のプラットフォームを起業し、最初からユニコーンだったといいます。
伝説さんは、資産で数千億を持つような人が会場を普通に歩いている点にこそ価値があると語ります。招待制の時と違い、今は京都の超大企業の経営者層も参加するようになったと島川さんは補足します。
野良でこの前吉本の会長来てた気がする。急になんかレジスターって。え?普通に来るの?みたいな。
クリプト文脈での海外勢キャスティングは、Headline傘下のクリプトファンド「IVC」のパートナーメンバーがキーマンとつながっているために可能になっているといいます。IVCも億規模のファンドだと島川さんは明かします。
Headlineのグローバル体制と、TikTokの前身を最速で見つけたツール
Headlineには、アメリカ、ヨーロッパ、ブラジルなど各拠点ごとにファンドがあります。島川さんが所属するのはHeadline Asiaで、それぞれ独立したファンドでありながらブランドを共有しているといいます。
Headlineの特徴として、VC用のツールを自社開発している点があります。ソーシング用とDD用のツールで、ソーシング用はネット上のサービスをクローリングし、急成長しているサービスをリコメンドしてくれるものです。
裏側ではGitHubやApp Annieなどのデータソースを買ったり提携したりして持ってきており、サービスごとにデータを出力するといいます。このツールを使い、TikTokの前身である「Musical.ly」をどこよりも早く見つけて声をかけたと島川さんは話します。
(Musical.lyは)Android版とかが出ただけの状態とかかな。
ただし、バリュエーションが高すぎて出資は見送ったといいます。最終的に判断するのは人間だという難しさがそこにあります。
(結局出資できなくて)大大大ホームラン。
当たったポートフォリオとしては、FreeeやウェルスナビなどをHeadlineは挙げます。さらに、ジモティーは自分たちでゼロから作った会社だと明かします。海外には大きなサービスがあるのに日本だけにないという理由で、ファンドが100%株を持つ状態から立ち上げ、後に経営のうまい社長に引き継いで上場まで至ったといいます。
17LIVE立ち上げ。投げ銭文化ゼロの日本で始まった爆速の日々
17LIVEも同様のパターンから始まりました。もともと台湾のHeadlineの投資先で、日本進出時に大企業に任せる予定が、急に自分たちで立ち上げることになったといいます。
いや、とりあえず登記しに行ってくれみたいな。それで僕が登記しに行ってスタートしてるの。
VCとして働くつもりが、急にライブ配信の立ち上げが始まったのです。2017年当時、日本には投げ銭の文化がまったくありませんでした。
マケドンの人たちから全員から、いや日本はチップの文化がないから、こんな投げ銭文化なんて絶対流行らへんみたいな。
それでもやってみると、7月に立ち上げてから10月のハロウィンのリアルイベントでは、投げ銭で1日に1億円ほどが動いたといいます。島川さんは、新しい文化が広がっていく瞬間に立ち会えたと振り返ります。
これ絶対来るやんみたいなのを目の前で見て、それはこれはもういけるわっていうので。
そこから最適化を進め、12月にはテレビCMを打つほどの爆速だったといいます。当時のライブ配信界隈は、中華系サービスの日本法人が不義理をしてメンバーが辛い思いをするなど、仁義なき戦いが繰り広げられていたと島川さんは話します。
島川さん自身、サービス理解のために配信者としても配信していました。視聴者が台湾のユーザーしかいなかったため、中国語をGoogle翻訳でフリップに書いておき、投げ銭に応じてハンバーガーを食べたりテキーラを飲んだりしていたといいます。当時は24歳ほどでした。
何でも屋からIVS代表へ。そして「上司がお坊さんになった」話
17LIVEでの島川さんは、契約書作成、ライバーへの給与計算システム作り、バックオフィスチームの立ち上げまで手がける「何でも屋」でした。ゲーム配信の立ち上げでは、OBSを使って機材のセッティングまでほぼ一人で行ったといいます。
当初は半年で引く予定だったものの、新しい社長が見つからず、気づけば3年ほど経っていたといいます。社員は約200人、売上は数十億円規模になっていました。この間、伝説さんがIVSで会っていたころの島川さんは、実は17LIVEで働いていたのです。
IVS代表になった経緯も、この17LIVEと深く結びついています。一緒に立ち上げた小野さんが日本法人社長を務めていましたが、日本の売上が他国を抜いて1位になり、グローバルの社長を任されることになりました。
そのトレードとして、小野さんが見ていたIVSやファンド周りをカバーするために島川さんが戻ったのです。2019〜2020年前後のことで、ここから正式に島川体制のIVSが始まりました。
さらに驚くべきは、その小野さんの現在です。17LIVEは上場したものの、小野さんは資本主義に疲れ、今はお坊さんになっているといいます。
きっかけは、出家した起業家仲間がインドで仏教を学ぶ様子を、小野さんが撮影班として追ったことでした。訪問先の寺で、インドで有名な日本人のお坊さん・佐々井さんにインタビューしたところ、「お前もお坊さんになれ」と言われたといいます。
それで割とその場ではいってて、お坊さんになって帰ってくるっていう、坊主が2人になって帰ってくるっていう謎のイベントがあって。
島川さんは、IVSも17LIVEも作った上司がお坊さんになったことに驚きつつ、17LIVE時代の朝会でブッダの話をするなど布石はあったと振り返ります。
いやーほんま人生何が起こるかわからへんなと思って。
島川さんの原点と、「伝説」という概念になりたい理由
島川さんは、自身も理化学研究所にいたころは1日人と喋らない生活を続けていたと明かします。17LIVEに来て芸能事務所の女性にライバーの営業をするようになり、「世の中は男女比が一対一なのだ」と気づいたと笑います。
IVS代表になった当初は、有名な経営者たちの前で喋ることが嫌で仕方なかったといいます。2019年の神戸開催が、実質的に島川トップのIVSのスタートでした。
何者でもない、なんか俺がなんでこんな前立たなあかんのやろみたいな。何をこんなレジェンド級の経営者に対して言わなあかんねんっていうので、すごい最初嫌やった。
話は伝説さんの原点にも及びます。伝説さんは、最初に投資してくれた家入一真さんをリスペクトし、「家入一門」として生きていこうと高校生のころから思っていると語ります。
伝説さんが印象に残っているのは、家入さんが人生のライバルを問われた場面です。最年少上場、政治への挑戦などを経た家入さんが挙げた答えが、伝説さんに強く残っています。
(家入さんは)法然か親鸞どっちかって言ってて。やっぱり僕は概念になりたいって言ってて。
伝説さんは、この言葉から「概念になりたい」と思い、「伝説」という名前になったと明かします。飲み会で「伝説作っていきましょう、乾杯」と短くぶち上げられる実用性も、この名前を選んだ理由の一つだといいます。
男6人兄弟の育ち。UCバークレー、哲学専攻、YouTuber
話題は島川さんの家庭環境に移ります。島川さんは男6人兄弟の次男で、母親はずっと女の子を欲しがっていたといいます。6番目も男だったため、母親はせめてもの思いでメス犬を飼ったと笑います。
元旦に兄弟みんなで心霊スポットへ行くような家庭でした。一番上と下では干支が一回り違う12歳差だといいます。
兄弟の進路も個性的です。一番下はUCバークレーに合格し、この年の9月から進学します。IVSのスタッフとして呼んだことがきっかけで、そこでの体験を出願エッセイに書いたところ、UCシリーズすべてに合格したといいます。
一方で、4番目は7〜8回生でようやく大学を卒業した哲学専攻で、卒業後は芸人兼YouTuberになると言い出したそうです。地元は大阪の枚方で、ふらっとR-1に応募して出るような兄弟もちらほらいると島川さんは話します。
伝説さんも4人兄弟で、自身が一番上だと明かします。男3女1でみんなラグビーをやっており、友達は東福岡や小倉高校といった強豪校に進む中、自身は中学受験をしたと振り返ります。
島川さんが好きなスタートアップと、事業の中から見た熱狂
伝説さんは、チケット価格の話から質問を掘り下げます。海外のオールインサミットはチケット代が百万円ほどする一方、IVSは5万〜15万円のレンジ、学生は5千円程度だといいます。
もう学生やっぱもう無限にチャンスつかめる。
島川さんは、AIを使えば学生でもすぐプロダクトを作れる時代であり、優秀な学生が1ヶ月で作ったものが普通にビジネスになっていると話します。今は大きなチャンスがある時代だといいます。
伝説さんは、Notionの創業者を捕まえて飲み会を開くだけで大御所が来る、京都の飲み屋に詳しくなるだけで数億円調達できるかもしれない、と学生にとってのチャンスを語ります。
島川さんに好きなスタートアップを尋ねると、「新しい雇用が生まれるサービス」という答えが返ってきます。
やっぱそういう新しい、動詞が生まれるレベルの、成形建てれる人たちが生まれるみたいなのはめっちゃ面白いなと。
ライバーやタイミーのように、新しい経済圏が生まれるサービスに燃えると島川さんは話します。個のエンパワーメントという文脈は2018〜2019年ごろのテーマだったといいます。
一方で、事業の中から見た熱狂は投資家として外から見るのとは違う強烈さがあったと振り返ります。17LIVEでは、配信を通じてユーザーがギャン泣きしたり、チームが一体となって感情を爆発させたりする様子を目の当たりにしたのです。
自分たちがなんか日々あんなシコシコ作ってたものが、こんな感情を動かすものになってんねやみたいな。
Launchpadの打率と、京都から生まれたNotion
今年のIVSの登壇者は豪華で、DeNAの難波さん、LINEヤフーの川邊さん、楽天の三木谷さん、Notionの創業者、VercelというAI系スタートアップの創業者などが来ると島川さんは明かします。
IVSのピッチイベント「Launchpad」についても掘り下げられます。毎回3〜400社の応募があり、書類審査と2回の面談を経て、最終登壇する15社が決まる審査形式です。
その登壇企業のうち、約15%が上場やEXITに至るといいます。SmartHR、ウェルスナビ、Freee、そしてVTuber事業の初期のカバーもLaunchpad出身だと島川さんは挙げます。
(Launchpad出身企業のEXIT率は)割とね、打率高いと思う。
Notionが京都で生まれたという話も出ます。創業者が京都に長期滞在した際、日本の洗練された文化にインスパイアされてシンプルなUIのNotionが生まれたといいます。今回、京都市長と話したいという創業者の希望が実現したと島川さんは説明します。
伝説さんは、この5年ほどのスタートアップ界隈でワンプロダクトで上場できた会社がほぼないことを指摘し、日本で生まれたNotionがグローバルを席巻していることのすごさを強調します。
1000万円の京都府賞と、InvestZに登場できるボーナス特典
Launchpadには金銭的な特典もあります。京都のLaunchpadでは、京都国際賞として京都府から真水の1000万円が現金で贈られるといいます。伝説さんは知らなかったと驚きます。
さらに今年はボーナス回として、Launchpad登壇企業の中から選ばれた1社が漫画「インベスターZ」の本誌に登場できるといいます。著者の三田先生とのコラボで、ホリエモンや遊戯王の出雲さんのように登場人物としてサービスが紹介されるのです。
しっかりガチのストーリーに乗るから。永遠に残り続ける。
三田先生とのつながりから、島川さんは漫画家支援の活動も紹介します。世田谷にある「テオドラ邸」という洋館は漫画家たちが運営するギャラリーで、ピークを過ぎた漫画家を原画販売を通じて支援しているといいます。IVSではこの原画販売を行い、作品を買った人がテオドラ邸で漫画家と交流できる特典も用意されているそうです。
上場の新ルールと、みんなが悩むVCのキャリア
伝説さんは、二桁億で出口した同世代を例に、二周目の起業家にもIVSに出てほしいと語ります。上場は100億円未満はダメ、大企業はM&Aすると優遇されるといったルール変更で、日本のスタートアップ市場がアメリカ的になっていくと2人は見ています。
この変化は特にシードファンドに影響します。島川さんは、超シードで出資して50億円ほどでも上場してくれればリターンが出ていたモデルが封じられる形になると説明します。
M&Aイグジットにも難しさがあります。10億円を超えると買い手がほぼいなくなり、それ以上のバリュエーションで調達していると、投資家とのコンフリクトからM&Aが許されなくなるといいます。
島川さん自身のキャリアについても話が及びます。VCキャリア8年で、多くの人が3〜4年で独立する中、独立を考えることはあるといいます。
VCのビジネスモデルってGPしか基本的に儲からへんというか、インセンティブがやっぱほぼ設計できへんみたいなのもあったりとかして。
島川さんは、IVS代表も務めているため独立するとそこがごちゃごちゃすると悩みを語ります。伝説さんは、直近3年でキャピタリストの数が急増し、2020年ごろまで友達だったVCが、今では知らない人も増えたと実感を述べます。
「VCは必要ない」への反論。地方の若者を拾う存在として
VCは必要ないという声に対し、伝説さんは強く反論します。福岡の筑豊という田舎が地元で、インターネットとスタートアップに人生を変えてもらったという実感が根拠です。
僕からしたらスタートアップとインターネットが神様みたいな感じなんですね、本当に。
伝説さんが拾われたのは、福岡を拠点とするVC「F Ventures」があったからでした。そうしたVCがもっとあれば、地方で技術を磨いている若者が拾われる確率が増えると訴えます。
島川さんも、東京に集中する現状の中で、優秀な学生が全国各地にいることを指摘し、それを発掘するのがVCの仕事だと応じます。インターネットによって情報の差分がなくなり、挑戦しやすくなっているとも話します。
「経済圏は藩で分かれている」。IVS全国開催という構想
IVSの全国開催について、かつて全国行脚の構想があったと島川さんは明かします。その際、日本の経済圏の単位として行き着いたのが「藩」でした。
経済はやっぱ藩ですね。地方経済は藩で細分化できると思う。
都道府県よりも、昔の藩の単位でコミュニティや経済が存在しているという説です。例として、広島県では広島市だけでなく福山市も盛り上がっており、それは藩が違ったからだと伝説さんは説明します。
日本には元々264藩ほどあったといい、それを巡る企画を検討したこともあったそうです。ただし1万人規模のイベントを一度やるだけで体力を使い切るため、仕組み化できないかという話に留まっていました。
伝説さんは、地銀や行政、そして地場の優良企業の二代目社長を巻き込むことで、地方でスタートアップを盛り上げられると語ります。尖ったことをやりたい二代目社長は多いといいます。
明治学園と炭鉱の町。地元を深く調べる島川さんの視点
伝説さんは、後輩の中でスタートアップを志す人が減り、TikTokやYouTuber、ラッパーといったクリエイターを目指す人が増えていると感じています。近年の起業家もクリエイター的である一方、スタートアップに出会う機会が少ないのではないかと問題提起します。
その上で、IVSでピッチやLaunchpadを見て、こんな人たちがいるのだと知ってほしいと2人は語ります。存在を知らなければ選択肢にすら入らないからです。
島川さんの一番下の兄弟がUCバークレーに進む話とも重なりますが、家庭の背景も語られます。島川さんの父は小学校の先生で社会が専門だったため、地元の歴史を教えてもらったといいます。
島川さんの実家がある福岡県のみやこ市は、元々炭鉱の町でした。北九州で入れ墨を入れている人が多い理由についても、炭鉱時代の話を紹介します。
これで火花が散っちゃった瞬間、ガスが充満してるんで崩落しちゃうんですよ。それでバラバラになって誰かわかんなくなるから(入れ墨を)掘ってるみたいな。
島川さんは、入れ墨が身元を示すタグの役割を果たしていたという話を聞いたことがあると語ります。地元の時代背景をよく調べているといいます。
怪しいインターネットが育てたITリテラシー
話題は、2人が育ったインターネット環境に移ります。伝説さんは学生時代、「Age of Empires」にハマり、それがきっかけで世界史が常にクラス一位になったと語ります。
こうやって戦争起こるんやとか、こうやって取り合って文明発達させてんねやっていうので、めちゃくちゃ世界史好きになって。
当時はコンソールを持っておらず、友達のノートパソコンを一緒に使ってゲームをしていたといいます。有料ソフトをTorrentでダウンロードするなど、お金がない中であの手この手で遊んでいたと振り返ります。
島川さんも、エラーコードを自分で英語のサイトを調べて解決することでインターネットの基礎力がついたと同意します。学校のパソコンのセキュリティをかいくぐる工夫も、ITリテラシーを高めたといいます。
それによってだいぶこのエラーコードはこうやって解決するんやとか、自分でググって解決していくやん。もう英語のサイトとか行って。なんかそれでインターネット基礎力ついた。
2人は、この「怪しいインターネット感」の中で更地から物事を作った体験が、今のスタートアップ好きにつながっているのではないかと語り合います。抑制されるからこそ工夫して欲求を満たすムーブが、そこにあったのです。
スマホ世代の島川さんが感じる、スタートアップ史への興味の差
島川さんは、自身がガラケーを通っていない世代だと明かします。iPod touchやiPhoneのアプリから入っており、パソコンのインターネットには詳しいものの、スマホが普及する瞬間を見ている世代だといいます。
その上で、今スタートアップに入ってくる子たちについて島川さんは疑問を投げかけます。デバイスもプラットフォームもコンテンツも整った状態から入るため、インターネット史やスタートアップ史に興味が湧きにくいのではないかというのです。
今の新しく入ってきてるスタートアップの子たちって、そこに興味が湧かないんじゃないかなって今思いましたね。
伝説さんは、IVSで昔「龍馬セッション」という卒業生が集まって語る企画をやったことがあると紹介します。第2弾としてネットエイジセッションをやろうという話もあったものの、実現しなかったといいます。
ネットエイジ出身者として、ミクシィの笠原さん、グリーの田中さん、Incubate Fundの本間さん、メルカリの小泉さんなどの名前が挙がります。会議を秒で終わらせるなど、当時から最先端のことをやっていたと伝説さんは語ります。
上原仁という「立会人」。スタートアップ史を紐解く面白さ
島川さんは、スタートアップ史の面白い一例として上原仁さんの話を挙げます。島川さんが尊敬し、エンジェル出資も受けている元ミクシィCEOの原田さんを、スタートアップ界に連れてきたのが上原仁さんだったといいます。
上原仁さんと原田さんは元々NTTで一緒でした。原田さんをスタートアップ界に引き抜き、笠原さんとも引き合わせたのが上原仁さんだったと島川さんは説明します。
だから仁さんが実はめちゃめちゃキーマンっていう。
伝説さんは、こうした人のつながりや歴史がスタートアップ界隈には生々しく残っており、それを紐解くのがシンプルに面白いと応じます。経営陣や株主構成の背景がわかると、恩を積むことの大切さも理解できるといいます。
そういうスタートアップ界隈っていうてもやっぱ狭いからさ、なんかそういう人の繋がりとか歴史みたいなって、なんかほんと生々しく目の前に残ってるじゃん。
島川さんは、上原仁さんが人に良いことをして自分は結果的に上場もしている生き方をかっこいいと評します。この収録では、こうした「立会人」たちの物語がIVSから語られてほしいという願いが繰り返し語られます。
株主が株価を10倍にした話と、背中で示す先輩たち
島川さんは、株主であるさくらインターネットの田中さんの話も紹介します。かつてサーバーを安く貸していた時代、株でもらっていれば今頃さくらの株価は一兆円だったかもしれないという逸話です。
さらに、田中さんが投資先を集めるカンファレンスでの出来事が語られます。当時さくらが200億円ほどの時価総額だったころ、島川さんの投資先である植地蓮さんが「一兆いきます」と発言したのを聞いた田中さんが、自身を「しょうもない」「頑張ってない」と感じたといいます。
そこから2年半で2兆行ったらしいです。
伝説さんは、10倍にできることのすごさに驚きます。島川さんは、エンジェル投資をしている先輩がスタートアップから影響を受けて自らも成長する稀なケースだと語ります。
この関係は伝説さん自身にも及びます。株主が背中で成長を示してくれると、言い訳ができなくなるといいます。
株価10倍上げたけどお前らはどうなん?とか言われたら、おっす頑張りますしかないっすよね、そんなの。
ディールとカルチャー。飲みの場で継がれる経営ノウハウ
島川さんは、スタートアップ経営のノウハウについて核心的な見方を示します。メディアに載る情報もある一方で、本当に困った時や判断すべき時は、直接相談したり口伝で伝わるノウハウをもとに判断することになるというのです。
口伝で伝わってるノウハウをもとに判断してこうことになるやん。だからね、なんかまさにポッドキャストとか、形式は割と口伝っぽく、ラフにリアルなところを伝えられると思うけど。
そうしたリアルな情報は、飲み会やクローズなカンファレンスでしか話されないため、経営者がそこに参加することで生存率を高めていくという立ち回りがあると島川さんは語ります。
IVSも元々は、50人規模のスタートアップ経営者の合宿から始まったものでした。東京だとすぐ帰ってしまうため、東京以外の土地で開催してきたといいます。
伝説さん自身も、酒に弱い先輩の代わりに飲む役として飲み会に連れて行ってもらい、酔った経営者から昔の話を聞くことが勉強になったと振り返ります。基本的にスタートアップは辛いことばかりの中で、こうした場での鼓舞が翌日の仕事を支えるといいます。
八割で九割つらい頃で、一割のいいことを探しに行く旅みたいな。
個をエンパワーする採用と、後輩に奢り続ける流儀
話題は採用に移ります。伝説さんは、福岡の高校の先輩で2回メディアを売った経験を持つ人物が、シンガポールのビザ取得を機に一緒に会社をやることになったと明かします。次に大きな挑戦をしたいという先輩を、新規プロダクトに巻き込んだのです。
伝説さんの会社は経営陣5人のうち3人がEXIT経験者で、お金がなくなるとEXITした先輩から借りているといいます。伝説さんは、こうした成功した先輩をIVSに引きずり出したいと語ります。
伝説さんは、自身の消費のほとんどが後輩との飲み代だと明かします。物はほとんど買わず、服も会社のパーカーやTシャツばかりだといいます。
僕は先輩に本当に可愛がってもらってるんで、もう後輩はマジで借金してでも奢るっていう風に決めてるんで、本当に。
この流儀の背景には、島川さんや溝口さんといった先人が、意識せずに後輩を可愛がっていたことへの感謝があります。伝説さんは、自分以降の世代は意識してそれをやらないといけないと考えています。
コロナで断絶した飲み会文化と、人生は思い出作り
伝説さんは、後輩への奢りにこだわる理由として、コロナで飲み会や新歓文化がなくなったことを挙げます。伝説さん自身、上京して半年ほどでコロナ禍に入り、文化が断絶してしまったといいます。
これだからIVSとかで戻すみたいなことができれば、もっとスタートアップ伸びると思うんですよね。
この文化の断絶が、伝説さんの世代でスタートアップを志す人が少ない一因ではないかと2人は考えます。優秀な人がクリエイター寄りに流れているという実感です。
伝説さんは、家事の自動化やAIの進化で人は暇になりつつあり、だからこそ人生は思い出作りだと語ります。飲み会の場にいることで若い世代がエッセンスを受け取り、10年後に一緒に起業するような縁が生まれることを期待しています。
死ぬ時にどれだけ思い返せるかなってめっちゃ思うんで。
島川さんも、悩みや師弟関係、系譜が人から人へと引き継がれていくことがスタートアップ史だと応じます。そのメインストリームに入れるかどうかで成功確度が変わるため、IVSに参加してその流れを引き継いでほしいと語ります。
自分から声をかける力と、ワンチャンをつかむ場所
伝説さんは、自分から飲み会を開き、知らない人にも声をかけることの重要性を語ります。営業の会社をやるなら、道端でナンパできないような人がうまくいくわけがないという主張です。
だって道端でナンパできない子が別に営業うまくなるわけないじゃないですか。
IVSにはいろんな人が来るため、一見すごそうに見えない人に話しかけたら実はすごい人だった、という出会いも多いといいます。伝説さんは、こうしたワンチャンをつかむ場所として若手に意識してほしいと語ります。
この収録自体、島川さんが軽い誘いで引き受けたものでした。3時間20分にわたる対話を経て、島川さんは普段カンファレンスでは表面的な紹介しかしないと振り返ります。
いや普段、普段喋んないもん、こんな。
2人は、次はIVSの歴史や大御所を招いた回をやりたいと語り合います。IVSにはまだ語られていない伝説がいくつもあるといいます。
IVS史上一番大変だった那須と、オンライン開催の炎上
番組終盤、島川さんはIVS運営で最も大変だった回として、那須高原での開催を挙げます。那須塩原駅から車で40分の陸の孤島のような場所で、宿泊のコテージ間を巡回バスで回すオペレーションが困難を極めたといいます。
参加者からは「私の宿は徒歩40分なのか」というクレームも来た一方、たまたま会場近くの宿の人の部屋にみんなで集まって朝まで飲む文化が生まれ、評価は二極化したそうです。
伝説さんは、この那須の回で原田さんに出資してもらい、その紹介で対比の小川さんからも出資がついてきたと明かします。当時はコロナ禍で、まだ上場が見えない厳しいタイミングでの出資でした。
さらに島川さんは、3時間近く聞いた人向けの話として、2020年のオンライン開催での炎上を語ります。1つ目は、女性アナウンサーを司会に多数起用したことがビジネスインサイダーに取り上げられ、大炎上した事件です。
だからビジネスインサイダーにまあ言うなれば記事書かれて、で、それに対してバーッとネット上でもめちゃくちゃ叩かれて。
島川さんは矢面に立って丁寧に説明し、アンサー記事も出たものの、そちらは一切バズらなかったといいます。当時のパートナー体制とのコンフリクトの調整も含め、精神的に非常に辛い時期だったと振り返ります。
一方で伝説さんは、その体制のキーマンだった溝口さんについて、無名だった自分に上場企業の役員(小池さん)を紹介してくれた恩があると語ります。世間では悪く言われることもあるが、忘れられているくらいの良いこともしているはずだと、伝説さんは自身の立場を明かします。
海外で鍛えられた原点と、日本を好きになる理由
島川さんは、大学時代にバックパッカーとして世界各地を回った経験を語ります。この経験がVCになったことともつながっているといいます。
インドでは睡眠薬強盗に遭った経験もありました。電車で隣に座った男にピーナッツを勧められ、窓際からこっそり吐き出したものの、5分後には頭がシャットダウンしていく感覚に襲われ、荷物をまとめて逃げたそうです。
あの時はほんまにあれ、寝てたら死んでんのかなみたいな。
エジプトでは、アラブの春の内戦中に訪れ、シナイ半島でスキューバダイビングのライセンスを取得したといいます。こうした海外経験が、島川さんの原点になっています。
2人は、海外を見るほど日本が好きになると語り合います。手足のない人がたくましく生きる姿を見ると、五体満足の自分は何でもできると感じるといいます。
海外見れば見るほど、やっぱ日本のことは好きになるね。本当に稀有な国やなって思う。
治安の良さや貧富の差の小ささが、エンタメだからこそ面白いものが作れる国という日本の特徴につながっていると2人は結論づけます。この回は、島川さんの伝説的な歩みと、IVSに込められた思いを聞くものとなりました。
まとめ
研究者から17LIVEの立ち上げ、そしてIVS代表へと歩んだ島川敏明さんの半生と、1万人規模のカンファレンスの舞台裏が語られた回でした。伝説さんとの掛け合いを通じて、スタートアップ史が人から人へ引き継がれていくものであること、そしてIVSがその縁を結ぶ場であることが繰り返し強調されました。
- IVSは2007年から続く日本最古のスタートアップカンファレンスで、沖縄でのクリプト同時開催を機に1万人規模へと急拡大した
- 島川さんは理化学研究所での研究者から17LIVEの立ち上げを経てIVS代表になり、共同創業者の小野さんは資本主義に疲れてお坊さんに転身した
- 現在のIVSは参加者自身が企画を作れるSNS的な仕組みを目指し、400以上のサイドイベントが京都の街を舞台に開催される
- 上場100億円ルールやM&A優遇など市場のルールが変わる中、VCのキャリアや若手起業家の合併といった新しい動きが模索されている
- スタートアップの経営ノウハウは飲み会やクローズな場で口伝で継がれるものであり、IVSはその縁と系譜を結ぶ場として位置づけられている





