外部投資家ゼロで動く「ミダス」とは何者か
吉村英毅氏は、学生時代にエアトリの前身を共同創業し、航空券販売で日本最大手に育てた人物です。エアトリは東証マザーズ、東証一部に上場し、子会社3社もそれぞれ別分野で上場しました。
吉村氏はその後エアトリ社長を退任し、8年前にゼロから立ち上げたのがミダスキャピタルです。見た目はマジョリティ取得型のプライベートエクイティファンドに近いものの、決定的に違う点があると話します。
私たちの一番の特徴は、(ミダスファンドの)LPに外部の投資家がいらっしゃらないってことなんです。
通常のファンドは、年金などの外部投資家から資金を集めるため、取得した株式を5年ほどで転売してエンド投資家に資金を返す必要があります。ミダスはこの外部投資家がいないと吉村氏は説明します。
大本の資金を全て自己資金のみでやっているので、(ファンドの)期限が到来しない。途中で転売しなくて、全案件上場させて、上場以降も売り切らずに、半永久的に対象会社の筆頭株主であり続ける。
資金の出どころは、吉村氏がエアトリ株の一部をマーケットで売却して得た30億円です。これが外部調達なしで、今では2000億円強のファンドサイズになっていると話します。
ミダスキャピタルが筆頭株主となる会社を「ミダス企業群」と社内で呼び、その数は17社にのぼります。この企業群の時価総額の総計が約5000億円、うちミダス持ち分が約2000億円という規模です。
この17社の従業員はパートも含めて約2万3000人にのぼります。そして、17社の主要経営陣とミダス本部の一部、合わせて約70名のみがミダスファンドの出資者になっていると吉村氏は語ります。
外部の出資者いなくて、全てミダスキャピタル、あるいはミダス企業群のフルコミットで参加している人の主要経営陣のみが(ファンドの)LPになっています。
ミダスは永久保有を基本としつつ、まったくExitしないわけではありません。上場後に発行体側からの要望で少しずつ売却し、その際にファンド出資者へリターンを返す設計だと吉村氏は説明します。
ビル・ゲイツに憧れた大阪の少年時代
ミダスの独自性の背景を探るため、話は吉村氏の生い立ちに移ります。吉村氏は1982年生まれの現在43歳で、大阪の箕面市で育ちました。
吉村氏は子どもの頃から偉人伝を読むのが大好きで、社会に影響力のある人になりたいと考えていました。中学生の頃、世界的に有名になった2人に強く憧れたと話します。
一人がマイクロソフトのビル・ゲイツさんで、もう一人がグラミン銀行のムハンマド・ユヌスさん。
この2人を見て、吉村氏は自分で会社を作って極大化していく道を思い描きます。世界一のお金持ちになって、経済的に解決できる社会問題を全部解決したいというのが中学生の頃からの夢だったと振り返ります。
吉村家は代々の経営者家系で、曽祖父が約140年前の明治時代に石鹸工場を立ち上げました。石鹸の原料である植物性油脂はマーガリンと共通していたことから、後にマーガリン、そしてチーズ製造販売へと業態を変えていきます。
この乳製品メーカーは現在も続き、売上約400億円の規模です。父が4代目で一族経営ですが、家族の持ち株は約30%でした。ミダスが外部株主から株式を買い取り、今では企業群の1社になっています。
一方で、吉村家の家庭は非常に厳しかったと吉村氏は語ります。会食から遅く帰る父の車の音が聞こえると、家族一同が玄関で座って待っていなければならなかったといいます。
体調が悪くてベッドから出てこれなかったりしたら、父親から一通り殴られ、で、下に帰ってくんですけれども、今度は泣いてる声が小さくて元気がないってことで、また殴られた。
厳しさは吉村氏が小学生の頃までで、中学生以降は父はほとんど何も言わなくなったといいます。理不尽な経験も含めて、結果的にはよかったと吉村氏は捉えています。
(家で)何か嫌だったらもうすぐ出て行ったらいいと言われていた。でもそれって社会に出たり、自分で会社を経営していたらまさにそういうことだと思う。
中流階級と言われて育った、離れと日本庭園のある家
吉村氏の家庭は経済的に恵まれていましたが、母は子どもたちに「典型的な中流階級」だと言い続けていました。吉村氏はそれを信じ、自分たちは普通だと思って育ったといいます。
もしかしてお金持ちなのかなと思って(母に)聞いてみたら、もう全然そんなことなくて、もう典型的な中流階級だってずっと言われていて。
そのため吉村氏は友達の家に行くと戸惑うことがありました。自宅との違いに驚き、思わず余計なことを聞いてしまったと振り返ります。
(普通の家に行くと)本当の家はどこなの?って聞いちゃったりしていて。気まずかったりもしたんですけど。
実際の自宅は、離れがあり、日本庭園があり、露天風呂もある広い家でした。それでも母の言葉を信じていたため、吉村氏は自分の家を特別だとは思っていませんでした。
小学校時代の吉村氏は、友達と話すより本を読むほうが楽しかったといいます。幼稚園の頃から横山光輝の三国志を愛読し、小学校では偉人伝を中心に読みふけっていました。
勉強はよくでき、中学は大阪星光学院という進学校に進みます。小学校受験は面接で全部落ちたものの、中学受験は自分でも強く望んでいたと吉村氏は話します。
20歳での起業と、阪神タイガース缶コーヒー60万本
ビル・ゲイツに憧れた吉村氏は、東大に進み、大学3年の20歳のときに最初の会社を立ち上げます。ビジネスを決めるより先に、とにかく起業したかったという動機でした。
最初の事業は、2003年に阪神タイガースがリーグ優勝した年の阪神フィーバーに乗ったものでした。阪神タイガースとロイヤルティ契約を結び、球団ブランドの缶コーヒーを製造販売します。
学生の会社なのでスーパーや商社は相手にしてくれません。そこでパチンコチェーンの景品やラブホテルチェーンの冷蔵庫といった販路を自ら開拓し、缶コーヒーを約60万本売ったといいます。
選手が載った缶コーヒー10人セットをスポーツ新聞広告で売る形で、当初は1セット3000円ほどの高単価で売れました。しかしペナントレース終了までに売り切る必要があり、最後は原価スレスレで卸すことになります。
終わって見てればもうほぼトントンぐらい。倉庫費もかかりますし。ただ勉強になったって感じですね。
この会社は有限会社バルコムとして、資本金700万円で設立されました。うち200万円は自己資金、500万円は親類からの出資や借入で、社名はバリアブルコミュニティに由来します。
価値があるコミュニティが一番重要なことだと、今でもそれを思ってます。
吉村氏はこの缶コーヒー事業から、在庫を持たず、スポットではなく積み上げていける仕事のほうがよいという学びを得ます。この気づきが、次の旅行事業へとつながっていきました。
非常階段で寝袋、株主優待券をしのぐ自転車操業
旅行事業は缶コーヒーとは連続性のない出会いから始まりました。後にエアトリを共同創業する大石氏と知り合い、大石氏が旅行会社として航空会社から仕入れた航空券を卸してもらう形でスタートします。
当時から旅行とインターネットの親和性は高いと見られていましたが、楽天トラベルなどはまだありませんでした。今からでもいけると考え、国内航空券の販売サイトから事業を始めます。
ただし当時は同種のサイトが50個も100個もあり、資金もブランドもありませんでした。そこで自分たちのサイトに集客するのではなく、すでに集客のあるサイトへ自分たちのサービスを持ち込むOEM戦略を取ります。
具体的にはTSUTAYAの「Tトラベル」やアスクルの出張サポートといった形で、媒体ごとに雰囲気を変えたコンテンツを約600社に提供しました。そのうち300〜400社は吉村氏が直接営業して獲得したといいます。
そんだけ獲得できたのは、要するに断られないサービスになったから。
この時期の吉村氏の生活は壮絶でした。昼間は営業に回り、夜はアルバイトが終電で帰った後に一人で顧客対応を続け、間借りしていたオフィスの非常階段に寝袋を持ち込んで寝ていたといいます。
一週間に一回ぐらいカプセルホテルに行けるのが非常に一番の贅沢。そこに行くとお風呂も入れますし。
一番大変だったのは資金繰りでした。旅行ビジネスは動く金額が大きい一方で粗利は限定的で、仕入れの支払いが10日ごとと早く、連休があると数千万円が足りなくなることがあったといいます。
そのしのぎ方として、吉村氏は掛けで買える航空会社の株主優待券を使いました。5000万円分を購入し、それを大黒屋などに持ち込み、4000万円ほどで換金してその日の支払いに充てていたといいます。
一回飛ばしてしまったら、もうそれで全部終わっちゃう、そのビジネス自体が全部終わっちゃう環境だった。
当時はeチケットもなく、国内航空券も紙の券が必要でした。宅配便で届かないこともあり、空港まで自分で券を届けに行くこともあったと吉村氏は振り返ります。
M&Aで総合旅行サービスへ、そしてエアトリ上場
資金繰りから本当に解放されたのは、2016年のエアトリ上場のときだったと吉村氏は語ります。それまでの道のりは、経営統合とM&Aによる事業拡大の連続でした。
吉村氏が25歳頃、大石氏と経営統合してエアトリの原型を作り、仕入れ力を強化します。国内航空券から始まり、海外航空券、海外ホテル、国内ホテルのサービスを買収していきました。
これらを統合し、総合旅行サービス「エアトリ」としてまとめ直したことで、GoogleなどへのSEM・SEO経由の広告費を集約できました。同時にテレビCMを投下し、誰もが知るブランドへと育てます。
上場準備には8年を要しました。売上は伸びていたものの利益率が上がらず、上場準備自体もなかなか整わなかったといいます。この長い期間に、吉村氏は最も重要な気づきを得ます。
上場2年前まで、エアトリは吉村氏か大石氏が最終的に何とかする組織でした。幹部採用も、年俸やストックオプションの上限を決めてヘッドハンティング会社からまとめて紹介を受ける方式で、ほぼ全部失敗したといいます。
そこで吉村氏は考え方を変えます。年俸もストックオプションも上限を取り払い、自分たちが直接知っている業界で一番いい人に来てもらう方針に切り替えました。
年俸もストックオプションも上限を取っ払って、その業界の中で一番いい人に、自分たちが直接知っている一番いい人に来てもらおう。
この方針で、CMOにはヤフートラベルやGoogleの旅行統括責任者だった松波氏、CFOには大学の同級生でIPO監査や審査の経験者、COOにはコンサル出身者と、業界屈指の人材が集まりました。彼らが入った組織は一気に活性化したといいます。
上場後、エアトリはDeNAトラベルの買収などを経て時価総額約1000億円に達します。吉村氏はエアトリをソフトバンクグループのような会社にしたいと考えていましたが、あるとき限界を実感します。
この先にソフトバンクグループとかトヨタ自動車とか、ましてやマイクロソフトとかがあるわけではないってことを、投資家として深く実感をして。
そこで吉村氏は、上場企業とはいえ資本主義社会の端ではなく、ど真ん中に行きたいと考えます。それは数十兆円規模の到達点であり、1社や1人では不可能でも、企業群としてなら届くのではないかという発想でした。
なぜ上場発行体でもPEファンドでもない「第3の形」なのか
数十兆円規模を目指すために最低限必要なことが3つあると吉村氏は考えていました。この3つが、ミダスという第3の形を生む出発点になります。
吉村氏は、特に人材の結集とマックスベットを1つの上場発行体でやり続けるのは難しいと考えました。この3条件を満たす形を突き詰めた結果が、現在のミダスの構造です。
同時に、既存のPEファンドには2つの限界点があると吉村氏は見ていました。1つは首脳陣がコンサルや投資銀行出身に偏り、ゼロから事業を作った起業家があまり関わっていない点です。
会社を安く買ってきたり、高く売ったりはできたとしても、そのコスト削減以外に会社のグロースアップをできているケースが、マクロ要因以外だと結構限定的なんじゃないか。
もう1つの限界は、ファンドに絶対的な期限があり、そこまでに現金化しなければならない点です。ミダスはこの2つの制約を取り払い、起業家や実業家も参画する多様なメンバーで、超長期目線の運営を目指しました。
吉村氏がこだわったのは「企業群」という形でした。VCが多数の会社に少額出資しても、経済団体に所属しても、それは企業群とは呼ばないと考えます。
大きなビジョンを共有していきながら、いい時も悪い時も助け合いながら向かっていく仲間、企業群っていうのにそここだわりたかった。
総合商社やバークシャー・ハサウェイもマジョリティ保有型ですが、最上位会社が上場しているためコングロマリットディスカウントがかかり、子会社の経営陣に最上位会社の株式報酬を使いにくいと吉村氏は指摘します。
ミダスは自らは上場せず、傘下の各社を個別に上場させていくため、最初からコングロマリットディスカウントから解放され、各社に魅力的な株式報酬を設定できると吉村氏は説明します。これが人を引きつけやすさにつながるといいます。
また、戦前の日本の財閥や韓国の財閥のように一族に財産が集中する形も取りません。ビジョンに共感した人が現金やリソースを持ち寄り、影響力を極大化していく新しい形を目指すと吉村氏は語ります。
1号案件バイセル、5000万で買い2000億円に
ミダスの最初の一歩は、自己資金30億円で始まりました。これはエアトリ株の段階的な売却資金の全額です。吉村氏はまず「吉村ミダスファンド」を作り、そこに資金を投下しました。
運営会社である株式会社ミダスキャピタルがGP(無限責任組合員)としてファンドを管理し、そこに1人LPとして資金を入れるところからスタートします。
ファースト案件は、リユース会社のバイセルテクノロジーでした。吉村氏に加え、現在バイセル会長の岩田氏、エアトリ共同創業者の大石氏らが資金を出し、合計50億円で買収します。
買収時のバイセルは売上70〜80億円、営業利益2〜3億円、純資産フラットの会社でした。それを50億円で買うのは割高に見え、周囲からは反対もあったといいます。それでも吉村氏はリユース市場に魅力を感じていました。
多くの日本人が新品じゃないと嫌だと思っている中で、エコとか給料が上がりにくいとか、いろんな文脈でリユースでもいいかという人が飛躍的に増えていって、マーケットがどんどん拡大している。
さらに、リユース業界にはずば抜けて大きな会社が存在せず、同業を次々に買収するストロングバイヤーもいませんでした。バイセルを上場させ、そのストロングバイヤーに育てる狙いでした。
バイセルは訪問買取を主力とし、生前整理などシニア向けの需要が伸びていました。ここに店舗型のブランドや同業をM&Aで加え、両輪で拡大していきます。
結果は目覚ましいものでした。50億円で買収し、2年後に約130億円の公募価格で上場します。上場時に売ったのはわずか2%前後で、以降も保有し続けました。
2017年の買収時、売上70〜80億円、営業利益2〜3億円、買収額50億円
今期売上約1200億円、営業利益約125億円、時価総額約2000億円
現在もミダスファンドとしてバイセルの約半分を保有しています。買って売り抜けるのではなく、持ち続けて成長させるという吉村氏の思想が、最初の案件で体現されました。
私たちは短期的なIRRを求めているのではなくて、中長期で世界に冠たる企業群を作り上げていきたいっていう思いでした。
ゼロから作るGENDAと、経営者ごと迎える「オーナーファンド」
2号案件は、バイセル買収の約1年後に立ち上げたGENDAです。バイセルが買収案件だったのに対し、GENDAはゼロから作った会社でした。ミダス企業群17社のうち7社は、こうしてゼロから作られています。
GENDAは、イオンファンタジーやイオンシネマの社長を務めた片岡氏をミダスに迎えて共同で立ち上げました。ゲームセンターへのゲーム機リースから始まり、大きな転機はセガのゲームセンターを丸ごと買収できたことだったといいます。
国内のゲームセンターはセガから約200店舗を買い、現在は約400店舗になりました。上場後はカラオケのカラオケバンバン、映画配給のギャガ、海外のアミューズメントチェーンなどへとエンタメの幅を広げています。
GENDAは売上高1000億円突破、EBITDA100億円突破がいずれも過去最速記録になっているといいます。設立から約5年、2023年に上場しました。
ミダスにはさらに第3の形があります。オーナー経営者が自社株をその人専用のミダスファンドに現物出資し、会社ごとミダスにジョインする「オーナーファンド」です。
例として吉村氏が挙げたのが、マーケティング支援会社イングリットです。ほぼ100%株を持つ創業社長の黒川氏が、自身専用の「黒川龍介ミダスファンド」にイングリット株を丸ごと現物出資しました。
イングリットから見ると、オーナーが黒川さん個人から黒川龍介ミダスファンドに切り替わっていて、黒川龍介ミダスファンドのオーナーは黒川さんなんです。
将来、黒川氏がこのファンドの持つイングリット株を売却した場合、キャピタルゲインの10%をミダス本部に入れる仕組みです。会社を売りたいわけではない経営者を、そのままグループに迎えるための設計といえます。
黒川氏にとってのメリットは2つあると吉村氏は説明します。1つはミダスからM&A、ファイナンス、人材などの全面支援を受けられる点です。イングリットには副社長やCFO、CTOを含め約50〜70人がミダスの紹介でジョインしたといいます。
将来のイングリットの株価が十倍以上上がるんであれば、売却時にキャピタルゲインの十パーを払うってことは別にペイしている。
2つ目のメリットは、規模の到達点です。イングリット単体でも時価総額1000億円までは狙えても、1兆円や10兆円には届きにくい。しかしミダス企業群全体としてなら行き得る、その面白みに共感してジョインしたと吉村氏は語ります。
3つの手法を貫く「傑出人材がバスに乗れば」の思想
ミダスには、買収してくる、ゼロから作る、株の現物出資という3つの手法があります。どれを選ぶかはケースバイケースで、相手の意向も踏まえてミダスの中心メンバーの意思決定会議で決めるといいます。
バイセルのように資金を出して買う、またはイングリットのように経営者ごと株を現物出資で迎える
GENDAやアソビダスのように、傑出した経営者と組んで新規に立ち上げる
最近はゼロから作ることも増えています。直近ではアソビシステムと折半出資で、推し活プラットフォームのアソビダスを立ち上げました。分散した投げ銭やファンクラブ、グッズを1つにまとめる構想です。
M&Aの件数も加速しています。ミダスキャピタルおよび企業群のM&Aは、一昨年で22件・約500億円、昨年で33件・約920億円を投下しました。ファンドが直接買う場合も、各社が買う場合もあり、買い手が多数存在します。
では、ゲームセンターのように具体的に何をやるかは、どこから出てくるのか。吉村氏は、ゲームセンターの展開は完全に片岡氏発信だったと明かします。事業の中身は、傑出した人材から自然に生まれてくるという発想です。
適切な人たちがバスに乗れば、もうちゃんと一番いいところに連れてってくれる。二十歳の頃読んだ時には懐疑的だったんですけれども、今ミダスは結構それに近いことができている。
ミダスが追いかける目標は、企業群の時価総額の総計だけだと吉村氏は言い切ります。2027年に1兆円、2035年に20兆円、2050年に200兆円という明快なロードマップです。
同時に、公益財団法人のミダス財団も同じ時間軸で目標を持ちます。2027年に1万人、2035年に100万人、2050年に1億人の人生に深いポジティブな影響を与えるというものです。
やるかやらないかの判断基準は、その会社が単体で時価総額1000億円以上に行けそうか、というものです。オーガニック成長に周辺領域のM&Aを組み合わせ、一定期間内にそこまで到達できるかを見ます。
この基準は、ミダスがマジョリティ投資家であることと結びついています。会社単体で行けるかどうかではなく、ミダス自身も手伝った結果として到達できそうか、という視点で判断すると吉村氏は説明します。
目標が「過程を楽しむため」の装置である理由
日々深く議論するのは、70名の出資者のうち上位10人ほどだといいます。あれを俺にやらせろといった争いは起きないのかという問いに、吉村氏は喧嘩はしないと答えます。
ミダスは2017年に設立され、10年間で時価総額1兆円という目標を掲げました。その期限が来年末で、順調に来ていると吉村氏は評価します。
現在の総計約5000億円には、上場3社(バイセル、GENDA、AVIC)に加え、未上場会社の評価額も含まれます。残り約1年9カ月で、既存上場会社の成長、新規IPO、未上場会社の企業価値向上、新規案件の4つを合わせて1兆円を目指すといいます。
目標を達成しなかった場合のペナルティはあるのかという問いに、吉村氏はないと答えます。数字自体に本質的な価値があるわけではないと明かします。
その景色が変わった瞬間として、吉村氏はいくつかの場面を挙げます。高すぎると言われたバイセルを上場させたとき、セガのゲームセンターを買収できたとき、AVICがオーナーファンドとして史上初めて上場したときなどです。
最近では、みずほ銀行の常務だった大筆氏がミダスのCMOとして加わったことも、景色が変わる出来事だったといいます。ディールだけでなく、スーパースターの参画も同じ重みを持つと吉村氏は語ります。
「触れたものを黄金に変える」ミダスという名の由来
現在のミダス企業群には、紹介済みの3社以外にも多様な会社があります。その1社が、AI企業へと転換したGrowthBirthです。買ってきてAI化すると伸びそうな会社を買収する戦略を取っています。
直近では電話の自動応答の最大手を買収し、これをAI化しました。GrowthBirthはすでに4〜5社を買収し、会長兼CTOにはディープラーニング協会の最年少理事で元フィンクCTOの南野氏が入っています。
ほかにも、訪日外国人向けサービスを買い集めるラシンバンや、美容系オンライン診療で最大手のラトリコなど、ゼロから作った会社が並びます。ラシンバンはハイヤーやバス手配最大手のキャブステーションを買収しています。
ミダスという社名は、ギリシャ神話のミダス王に由来するダブルミーニングだと吉村氏は明かします。触れたものすべてを黄金に変えるという意味と、もう1つの意味を込めています。
自分たちが触れたものは全て黄金に変えるっていう意味と、いつまでも謙虚でい続けるっていう意味でミダスにしてます。
一方で「ミダス」という名前には、強面のビジネスマンが揃うマッチョなイメージがあるという指摘も出ます。実際の内部の雰囲気はどうなのかという問いに、吉村氏はむしろ仲がいいと答えます。
70名が集まる「ミダス総会」が3カ月に一度、会長・社長が集まる社長会が毎月あり、中心メンバーは週一で会います。それとは別に、家族を呼ぶ家族会も頻繁に開かれるといいます。
分野は違えど尊敬し合える仲間たちが集まっている。昔からの知り合いが多い、みんながリファラルのためですね、非常に仲がいいコミュニティ。
リファラルとコミュニティで「一番いい人」を集める
ミダスの中心メンバーは実は全員がリファラル、つまり紹介で集まっています。70名の出資者のうち20〜25名が吉村氏のリファラルで、以降はその人たちからの紹介で広がっているといいます。
リファラルの強みは、その人の仕事上の評価も人柄もよくわかっている点だと吉村氏は言います。実際に入ってからのミスマッチが起きる確率がかなり低いといいます。
リファラルを支えるのが、意識的なコミュニティ作りです。技術分野では開発言語ごとにカンファレンスやパーティーを主催し、若い層向けには東京大学でサークルを作っています。
その一例が東京大学の「UTTC」です。ミダスグループのCTOたちが直接最先端の技術を教える3カ月プログラムで、一部はインターンや新卒でジョインします。当初は数十人だった応募が、今は毎回100人以上に増えたといいます。
既存メンバーとの条件の逆転を気にせず、業界で一番いい人に来てもらう方針を、吉村氏はエアトリ時代から貫いています。この設計を、ミダスではさらに純度を高めて実践していると語ります。
いかにその決した人たちに来ていただくかってことがほぼ全てというか、本当に設計してる感じです。
バイネームで一緒に働きたい人を採るこの方式は、パフォーマンスしなかった場合に組織が崩れるリスクもあります。それでもリファラルなら仕事の評価も人柄もわかっているため、そのリスクは低いと吉村氏は考えています。
「決死した人が集まりきる」ことが唯一の勝因
3人ほどの規模で始めた本部で、多数のM&Aやソーシングをどうさばくのか。吉村氏は、株式会社ミダスキャピタルに所属する本部メンバーが約20人、日々議論する上位層が約10人という体制を明かします。
M&Aに慣れたバイセルやGENDAには案件をパスした後は各社が実行します。一方、M&Aが2〜3件目でまだ慣れていない会社には、パスするだけでなくデューデリジェンスや実行、統合まで本部が並走するといいます。
ミダスのサポートには2つのエンジンがあると吉村氏は整理します。1つは本部メンバーによるファイナンスや人材、バリューアップの支援。もう1つは、企業群の主要経営陣による相互扶助です。
横の会社が困ってることがあったらどんどん助けていくってことをみんなでやってます。
ミダスがやらない領域もあります。基本的に上場を前提とするモデルなので、上場が見込めない事業はやらないという線引きです。吉村氏自身の実家の乳製品会社も企業群に入っていますが、父が上場に消極的なため時期を見ている状況だといいます。
最も傑出した人材が集まりきることを、吉村氏は繰り返し最重要と位置づけます。この一点が、多様な事業を並行して回せる根拠になっています。
ビジネスも財団も、貫くのは「資本効率」
吉村氏は自身の時間の使い方を、ビジネスに約7割、財団活動に約15%、個人のシンクタンクに約15%と説明します。プライベートも含めてビジョンにフォーカスした生活だといいます。
ミダス財団は2019年に設立され、今6年目です。他団体への寄付ではなく全部自分たちで直接やること、資本効率を追求して社会的インパクトを最大化すること、毎年1つ新たな社会課題に挑戦することの3つが特徴です。
国内では特別支援学級のマッチングを最大級の規模で手がけ、子どもの体験事業やひとり親支援も行っています。海外では東南アジアや南アジアで完全無償の小学校などを毎年複数作っています。
ここで吉村氏の言う資本効率が具体的に表れます。世界銀行が学校を作ると1校あたり1.5億円ほどかかるケースが多い一方、ミダスは約8分の1のコストで進められるといいます。
その理由は、団体への寄付ではなく直接事業を推進するため間接コストが小さいこと、現地のゼネコンから数十社の相見積もりを取ること、行政リーダーと組んで土地選定や承認のコストを抑えることなどだと吉村氏は説明します。
そういうことをしてる団体に寄付をしてるんではなくて、私たちが直接事業を推進しているので、間接コストが極小化されている。
財団も、ビジネスと同じく人材の集め方を徹底しています。三菱総研やKPMG、マイクロソフトのソーシャル分野で活躍した人がチームに加わり、多岐にわたる事業を分担しているといいます。
日本を「トップティア」に留めるためのシンクタンク
吉村氏はミダスとは別に、個人のライフワークとしてシンクタンク「NEXT JAPAN Initiative」を運営しています。長期衰退傾向にある日本を再び蘇らせたいというのがビジョンです。
吉村氏は、失われた30年の主因は、短期最適・部分最適な意思決定を政官財が一体となって繰り返してきたことにあると見ています。それを打破するため、長期・全体・グローバルの視点で日本を進められる次代の政治リーダーの育成支援を掲げます。
第一弾として、現代版の松下政経塾にあたる「令和政経塾」を立ち上げました。政治家志望と政策起業家志望に約200人が応募し、約40人を選抜する1年間のプログラムです。
その成果も出ています。先の衆院選では、一期二期合わせて約90人のうち21人が立候補し、10人が当選しました。自民党、維新、チーム未来など超党派にわたるといいます。
私自身は右とか左とかっていうイデオロギーを持ってるわけではなくて、私たちが旗印にしてるのは長期最適、全体最適、グローバル。
シンクタンク機能としては政策の研究提言も行い、先々月には書籍『政府破綻』を出版しました。イーロン・マスク氏が米国で進めた政府効率化に呼応する形で、日本版の政府効率化を提言する内容です。
提言の中身は、ソブリン・ウェルス・ファンドの設立、白書行政の縮小、行政のコンサル活用の見直しなどです。吉村氏は、日本が世界トップティアの国であり続けることを目指すと語ります。
吉村氏がこの活動を始めた背景には、エアトリ上場後に官僚や政治家と会う機会が増えた経験があります。限られたコミュニティの中で大きな意思決定が歪んだ形でなされているのではないかと感じたといいます。
日本の場合、ビジネスマンが政治に意見を表明することがタブー視されていると思うんですけれども、それ自体ってあんまり良くないんじゃないか。
プライベートも仲間と、そして誰にでも敬語
硬い印象の吉村氏ですが、プライベートは妻と6歳の息子との3人家族です。ほぼ毎週末どこかへ旅行に行き、その多くをミダスの仲間の家族と一緒に過ごすといいます。
仕事の人とプライベートで会いたくならないのかという問いに、吉村氏は明快に答えます。大きなビジョンに向かって仲間と歩むこと自体が幸せだという価値観です。
大きなビジョンに向かって仲間と一緒に歩んでいくってことが一番幸せなことだと思ってる。
子どもとは、マインクラフトや3Dプリンターで一緒に遊んだり、本を読んだりしています。自分の読書体験がとても良かったので、子どもにも読書体験をつけてもらいたいと考えているといいます。
吉村氏は基本的に誰に対しても敬語です。新卒に対しても敬語で、会社を始めてからそうなったと振り返ります。これには理由があると語ります。
自分自身がずっと謙虚でい続けたいってことはすごく強く思っていて、その一つの表れとして(敬語で話しています)。
白いスーツと葉巻バー、その裏にあるQOL
番組では、ミダスの「北斗の拳のような」強面イメージが繰り返し話題になります。白いスーツに刈り上げという見た目の印象です。実際にはメンバーの属性は多岐にわたると吉村氏は言います。
AIの専門家である南野氏や、元ZOZOTOWN・現CTO協会代表の今村氏など、テクノロジー人材も複数います。内部には釣り部やキックボクシング、ゴルフ、フットサルといったサークル活動も多いといいます。
象徴的なエピソードが葉巻バーです。吉村氏は以前から好きだった西麻布の葉巻バーを店ごと買い取り、一般営業をやめてミダスのメンバーだけが来られるクローズドな場にしました。
一般営業も全部やめて、クローズドでミダスの方だけが来れる場にしてたりして。二次会でみんなそこに来たりして。
吉村氏個人でも、船や飛行機を持ち、仲間と遊びに行くといいます。人が持っていないものを持ちたいというより、それがあるとQOL(生活の質)が上がるからだと説明します。
アートやアンティークジュエリーも収集しています。有名画家が同じ絵を複数描くのに対し、アンティークジュエリーは一点物で歴史的文脈があり、その唯一無二感が好きだといいます。値段については言わないほうがいいと控えました。
物や体験について、吉村氏はもう結構使い切っている感覚だと語ります。高いから何かをやめるということはなく、やりたいと思えばやる。仕事以外でやりたいことはないと言い切ります。
引退せず、ビジョンを追い続ける人生
43歳の吉村氏に、どういう人生を歩んでいくのかを問うと、どこかで引退したいとは思っていないと答えます。ビジョンを追いかける過程そのものが一番楽しいという考えです。
これを追いかけ続ける限りにおいては飽きないと思うんです。もうこれを追求して続けていくことが一番楽しい人生だと思ってます。
プライベートとビジョンは相反しないと吉村氏は言います。妻は財団活動にも関わり、財団設立時から事務局長を務めています。妻とはエアトリ時代、GREEの取引先として仕事で知り合ったといいます。
吉村氏の話し方は、重要な点が2つ、3つと整理されているのが特徴です。それは分かりやすくするための工夫であり、ミダスの思想がずっと考え続けブラッシュアップされてきたものだからだと説明します。
今お話してるミダスの話って、自分たちがずっと考え続けてる、ブラッシュアップし続けている思想なので、だから整理されてる。
マックスベットの連鎖と「全幅の信頼」
吉村氏が淡々と語る裏には、具体的なマックスベットの積み重ねがあります。GENDAを作った際、資本金に加えて銀行から約25億円を個人保証で借り、内容を細かく確認しないまま連帯保証していったといいます。
なんでそれができたかというと、片岡さんに対する信頼があったので。
担保の連鎖も特徴的です。エアトリ株の売却資金でバイセルを買い、上場したバイセル株を担保に個人で借り入れ、その資金をGENDAやGrowthBirthに投じる。そしてGENDA上場後はGENDA株を担保に次の案件へ、という循環です。
上場企業単体では、こうしたマックスベットは説明責任やガバナンスの面で難しいと吉村氏は指摘します。ソフトバンクは例外的だが、ああいうことをしないと永久に大きくならないとも語ります。
一方ミダスは上場していないため、出資メンバー約70名の合意があればマックスベットを続けられます。これが上場発行体との大きな違いだと吉村氏は説明します。
この思想を人生に置き換えたときのレバレッジポイントを問われると、吉村氏はそういうポイントがたくさんあり、本当に恵まれていたと答えます。エアトリの上場、バイセルの成功、GENDAの成長、財団やシンクタンクの立ち上げが連なります。
いずれにも共通するのは、各分野でいかに傑出した人材を集めきるかを徹底したことだと吉村氏は総括します。それが大きなレバレッジとなり、現状はうまくいっていると語ります。
一番強い経営陣を組成し、最大手まで駆け上がる
ミダスがやっていることを、吉村氏は少し生意気に聞こえるかもしれないと前置きしつつ説明します。参入した業界で、最大手の経営陣より優れた経営陣を組成することを目指すというものです。
その業界の中で一番優れた経営陣を組成して、短期間の間で一気にその業界の最大手まで上り詰める。
これがうまくいった例が、アミューズメント業界のGENDA、リユース業界のバイセル、そして航空券販売で最大手になったエアトリだと吉村氏は挙げます。いろんな業界で連続的にやっていきたいと語ります。
その鍵は、今いる場所でスーパースターとして活躍し、普通なら動かない人を口説けるかどうかです。そういう人にミダスが声をかけると来てくれることがある、それが最大の強みだと吉村氏は言い切ります。
人を口説く際、吉村氏はミダスのビジョンとスキームを語ります。ポイントは、1つの会社のポジションだけでなく、企業群全体を一緒に運営する仲間になってほしいと伝える点です。
一つのスタートアップの話だけだと来てくれなかった人が、(企業群と財団の)二つの文脈でアトラクトすることによって来てくれるってことがよくあります。
大きなディールや重要人材の獲得では、みんなで寄ってたかって口説くこともあるといいます。ある会社の役員を口説く際、吉村氏だけでなくGENDAの片岡社長やバイセルの徳重社長も一緒に口説くと、非常に有効だと語ります。
ミダスの内部から抜ける人が出た場合も、出資金は残すも引き上げるも本人が選べるように設計されています。人生の自由だとして、抜ける際に喧嘩になったことはないといいます。
辛さがない8年間と、他社にやられて嫌なことがない理由
ミダス以前の20代は資金繰りが大変だったものの、ミダスを始めてからは辛いことが一度もなかったと吉村氏は振り返ります。ほぼすべてがうまくいき、仲間も多いからだといいます。
その感情は「楽しい」だと吉村氏は語ります。企業群が17社あるため、どこかの会社にとって景色が変わるディールが頻繁に起き、その度にみんなで盛り上がれるといいます。
他社にやられて嫌なことがあるかという問いにも、あまりないと答えます。ミダスのやり方はすべて公開しており、同じことをやろうと思えばできる。それでも本質は別のところにあると吉村氏は言います。
このスキーム自体に価値があるわけじゃなくて、このスキームに乗っかっていただける、その決心した方々がいるっていうことに価値がある。
1人の若者に資本を投じて経営を教える、といった支援をしないのかとも問われます。吉村氏は、それは経済的リターンにも社会的リターンにも当てはまらないと整理します。
同じ1億円なら、東南アジアに学校を5つ作れば500人や1000人が学校に通える。1人の起業家志望に投じるより社会的インパクトが大きいと吉村氏は説明します。資本効率を軸に、投じる先を選ぶ思想です。
経済的リターンを追いかけたいのであれば、いい会社を適切な価格で買って上場させ株を伸ばす。社会的リターンを最大化するなら財団やシンクタンクに投下する方が資本効率がいい。
各社の状況を「濃淡」で把握するグループ運営
17社と財団の複数プロジェクトを、吉村氏はどう把握しているのか。会長・社長が集まる社長会が月一であり、そこで各社が困りごとを共有し、本部や他社にサポートを求めるといいます。
ミダス本部でも各社を毎月レビューします。原則として、各社のことは各社の経営陣が決めます。バイセルやGENDAのM&Aも本部が認識しないことが多く、発行体の中で完結するといいます。
吉村氏の各社への関与には濃淡があります。バイセルやGENDAのようにうまくいっている会社には、現経営陣が最適と考えているため細かく口を出しません。
現経営陣が一番いいと思っているので、細かくなんか言うこと自体が全く意味ないというか。
一方、苦戦している会社にはアテンションを高めてサポートします。GrowthBirthはその一例で、当初のSaaS企業としてのマルチプル低下とプロダクトの優位性の限界が想定外でした。
そこで営業に強い元セールスフォースの渡辺氏を社長に据えたうえで、AI専門家の南野氏を会長兼CTOに迎え、SaaS企業からAI企業へと組織とビジネスの両面で転換しました。これは非常にうまくいったと吉村氏は語ります。
ミダス本部の意思決定は、中央リソースをどう振り分けるかが中心です。全体の時価総額の総計を最も追いかけているため、それに最もインパクトの高い優先順位で振り分けると吉村氏は説明します。
大隈重信の別荘、5年かける自宅、国立競技場の二次会
番組後半、吉村氏はやや踏み込んだプライベートも明かします。旅行が好きで、新婚旅行の南アフリカやボツワナ、最近のタンザニアやセーシェル、乗馬を楽しんだモンゴルなどを挙げます。
国内では、複数所有するNOT A HOTELをよく利用し、ミダスのメンバーにMVPとして贈ることもあるといいます。最近は軽井沢で大隈重信の別荘を購入しました。
大隈重信が使ってた(約100年前の)数寄屋造りの家がそのまま残っていて、それを買わせていただいたり。
東京の南麻布では自宅を建設中です。300坪の土地を、2020年のコロナ禍の混乱期に坪500万円ほどで取得できたといいます。当時の相場の半分ほどで、今は坪2500万円ほどになっているとのことです。
この自宅兼グループの迎賓館は、地下1階・地上5階建てで、完成は2031年の予定です。設計を凝りすぎたため一部の工務店しか手がけられず、時間がかかっているといいます。
さらに吉村氏は、グループのメンバーが結婚する際に、二次会のパーティーをプレゼントすることがよくあると明かします。豪華客船を借り切ったり、国立競技場を借り切ったりするといいます。
結婚式はその方がやられて、二次会のパーティーを私がプレゼントすることが結構よくあって。豪華客船を全部借り切ってデコレーションしたり、国立競技場を借り切ってとか。
吉村英毅にとっての「伝説」と、これからのミダス
番組の締めとして、吉村氏にとっての伝説とは何かが問われます。吉村氏は、再現できないような傑出した結果が長く語り継がれることだと答えます。
さらに吉村氏は、世界中が語るような伝説だけでなく、コミュニティ内での伝説もあると付け加えます。傑出した成果でも、振り切れた楽しい思い出でも、コミュニティの人たちがずっと思い出せる話が伝説だと語ります。
最後に吉村氏は、ここからが本当に面白いと展望を語ります。時価総額の総計を来年に1兆円まで持っていくことを目指す中で、ディールサイズがどんどん大きくなっていくからです。
誰もが知ってる会社ブランドを手掛けて、それをさらにどんどんグロスアップさせていく。動くお金も人材もどんどん大きくなっていく。
そのうえで吉村氏は、今まさに新たな傑出人材を強く求めているタイミングだと呼びかけます。ミダスや企業群にはオポチュニティが多くあると語り、インタビューを締めくくりました。
まとめ
吉村英毅氏が率いるミダスは、外部投資家を持たず、傘下企業を売り切らずに保有し続けるという独自のファンドモデルでした。その根底には、傑出した人材を集めきることがほぼ全てだという一貫した思想があります。
- ミダスは外部投資家ゼロの自己資金型ファンドで、傘下企業を上場後も売り切らず、半永久的に筆頭株主であり続ける
- 自己資金30億円で始まり、17社・時価総額の総計約5000億円の企業群に成長。買収・ゼロから創業・オーナーファンドの3手法を使い分ける
- 1号案件バイセルは50億円で買い時価総額約2000億円に、2号案件GENDAはゼロから作り売上約1100億円に成長した
- 最重要はリファラルとコミュニティで各業界の「一番いい人」を集めること。上場発行体では難しいマックスベットを、非上場のミダスは出資者の合意で続けられる
- 時価総額の総計を2027年に1兆円、2050年に200兆円へ。目標は数字自体でなく、その過程を仲間と楽しむための装置だと吉村氏は語る





