前回の「我慢」から続く、親の余裕のなさ
「親の『のろい』をとくラジオ」の第9回は、前回のテーマ「親が我慢すれば家庭はうまくいく」の振り返りから始まります。中里さんは、番組を続けてみると、子どもの話に見えて実は親御さん自身の話であることが多いと感じています。
桜林さんは、子どものためと言いつつ親の心配や不安から来るものが多いと応じます。中里さんは、桜林さんが第1話で話した「すべては余裕のなさから来る」という言葉に改めて納得したといいます。
何らかの余裕がない。
いろんなものの始まりはそれ(余裕のなさ)だよね。
今回のテーマも、テーマこそ変わるものの、親自身の問題という点で前回とつながっていると二人は確認し、お便りの紹介に移ります。
お便り「完璧でなければいけない」と娘に言ってしまった母親
今回の「のろい」は「子どもに完璧を求めてしまう」です。桜林さんが、パイナップルママさんからのお便りを読み上げます。
私はずっと自分が完璧でいなければいけない、完璧でなければいけないという呪いに縛られて生きてきました。幼い頃から両親に厳しく育てられ、常にテストや習い事では1番を狙い、期待に応えることが当たり前でした。1番じゃないと「どうして1番じゃないの」と言われ、期待に応えられない自分はダメな人間だと思い込んで生きてきたんです。だからこそ、娘には同じ苦労をさせたくない、ありのままを愛してあげたいと強く願っていました。
娘は小学校3年生で、何でも器用にこなす子です。先日、算数のテストで計算ミスで1問だけ間違えたんです。たった1問です。それなのに私は「どうしてこんな簡単なミスをしたの」と厳しく言ってしまい、娘は泣き出してしまいました。その時、娘が「ママは私が全部できるのが好きだから、間違えたら嫌いになるんでしょ」とつぶやいたんです。
私は、自分自身が長年苦しんできた完璧でなければいけないという呪いを、無意識のうちにそのまま娘にかけてしまっていたのかもしれないと深く反省しました。どうすればこの呪いから解放され、ありのままの娘を愛することができるのでしょうか。そして、娘の完璧な自分に対する呪いもどうすれば解いてあげられるのでしょうか。
お便りを読み終えた桜林さんは、書くこと自体がしんどかっただろうと思いやります。そのうえで、相談者は自分がされたことを無意識に娘にしてしまい、それがまずいとすでにわかっている、と受け止めています。
なぜ「できないこと」ばかり見てしまうのか
中里さんは、親から完璧を求められて苦しかったという話は、身近な友人にも何人かいると話します。桜林さんも、雑談の仕事でいろいろな人の話を聞くなかで、本当によく聞くテーマだといいます。
桜林さんによれば、完璧を目指して頑張るだけならまだよいものの、多くの人は「できないことばかり見る」ようになってしまいます。自分への評価が減点方式になるのです。
だから他がどんなにできてても、ここができてないからダメみたいな見方を自分に対してしてしまう。
なんでそんな厳しいの?って聞くと、大体こう、親の評価がそういう評価だったり、厳しかったり。
中里さんは、第1話か第2話で桜林さんが話した「鬼コーチタイプ」に近いと指摘します。親や部活の先生から厳しく言われたことが自分にインストールされ、大人になっても抜けないという話です。
桜林さんは、そうした癖がつくと自分を責めたり、自分に異様に厳しくなったりすると応じ、完璧を求めるのはとても厳しいことだと語ります。
わかっているのにやめられないのはなぜか
中里さんは、自分が嫌だったことを娘にしてしまったと気づいた相談者の悲しさを思いやります。桜林さんは、嫌だというだけでやめられればいいが、相談者自身がまだ「完璧でなければいけない」に囚われているのかもしれないと話します。
中里さんは、第7話の「自分のエゴを子どもに押し付けてしまう」話と同じタイプだと見ています。メタ認知で「しないほうがいい」と気づいていても、ついそうしてしまうという状態です。
(相談者は)自分自身に対しても完璧だとOKが出せるんだろうね。完璧じゃないとOKが出せないから。
やっぱりお子さんの前に自分の扱い方がやっぱり問題なんじゃないかしら。
桜林さんの見立てでは、子どもへの接し方より先に、親が自分自身をどう扱っているかが問題の出発点になっています。
学校のテストと、正解のない大人の世界
桜林さんは、完璧主義の背景として学校のテストの仕組みを挙げます。100点満点で、2個間違えたら90点というように、間違えた分だけ点数が減っていく評価を、多くの人が同じようにたどってきました。
テストであれば、満点が100点と決まっているので「ここが合っていたら100点だったね」という指摘はその通りです。子どもの性格によっては、悔しがって間違えた所を勉強し直すこともあるかもしれない、と桜林さんは認めています。
ところが大人になると、枠も正解もなく、合っているか間違っているかを誰かが評価してくれるわけでもありません。そこで減点の癖が残っていると、途方もなく終わらない、と桜林さんは語ります。
満点が100点と決まっていて、間違えた所を直せば済む
完璧の基準も正解もなく、誰も採点してくれないので責め続けてしまう
まだ学校のテストは完璧が100点って決まってるけど、大人になると完璧なんてないし。
中里さんはさらに、日本の学校教育の影響もあると考えています。大人数を管理するなかで、できない子をできるように、外れた子を外れないようにするルールやノルマが積み重なってきたという見方です。
中里さんは、凸凹のままで伸びている所を見ていく緩い教育なら完璧主義にはなりにくいと話します。一方で、全員が一斉に同じ行動を取れることが重視されるため、できない部分に目が向き、完璧を求める方向に進むのだろうと語っています。
家庭の「マルバツ」を自分で決め直す
桜林さんは、親自身が「間違いなくできることがマル、間違いはバツ」という価値観で育てられ、それがまだなくなっていないのだろうと話します。
それって自分の考えじゃないんだったら、自分の親の考えであって。
(家庭の中の)よしあしっていうか、マルバツみたいなのを本当に馬鹿らしいかもしれないけど、改めて考えてみるっていうのをやってもいいかもしれない。
桜林さんの提案は、親から受け継いだ基準を当たり前とせず、自分の家庭で何をOKとし、何をダメとするかを改めて考えてみることです。
桜林家の基準は「かっこいいか、かっこ悪いか」
桜林さんは、自分の家庭の基準を振り返り、正解不正解や点数ではなく「かっこいいかどうか」が大きかったと思い出します。本人は「これも全然良くないんだけど」と前置きしています。
娘を注意したり怒ったりするときも、桜林さんは「ダサい」「かっこ悪い」という言い方をしていたといいます。その基準は学校の先生の評価とはまったく違う可能性があるものでした。
かっこいいかっこ悪いでいうと、別にテストの点数が低いからかっこ悪いっていう感覚が私はないから。
だけど、例えば言い訳をするとか。で、それかっこ悪いよみたいな。
桜林さんによれば、テストの点数が良くて「かっこいいね」と言うことはあっても、点数が低いことをかっこ悪いとは思っていません。ただ、その基準は自分にしかわからないので、子どもには期待に応えようがない「自分勝手なルール」でもあったと話しています。
桜林さんがこの基準を明確にしたのは、自分が子どもの頃に理不尽な怒られ方をしていた反動だといいます。怒られるとしても理由を知りたかったので、自分は何で怒るのかを子どもに説明したかったのです。
私が何で怒るか知ってると子供も安心するかなと思って。実際どうかはわからないけど。
桜林さんは、お便りの娘さんが「間違えると怒るんでしょ」と思ってしまっている点と、この話を対比させています。
一方の中里さんは、前提としてなるべく評価はしないほうがいいと考えています。それでも反応してしまうのは、ADHDとASDの傾向がある子どもが危険な目に遭いそうなときや、周囲に明らかに迷惑をかけているときだといいます。
中里さんの子どもは、大人数でいると6人いても2〜3人が見えていないほどの不注意型だそうです。そのため怒るというより、「(そこに人が)いるよ」と伝えたり、後で相手の気持ちを一緒に振り返ったりしてきたと話しています。
小3の今のやりとりが、思春期の相談を左右する
中里さんは、呪いを解く話ではないと断ったうえで、娘さんが小学3年生であることに注目します。思春期以降に親へ相談できるかどうかがとても大事だという話は、Branchの保護者面談でもよくしているそうです。
この小学校3年生の時点で今のようなコミュニケーションを娘さんとしている場合、まあ多分ですけど、相談はしてくれないようになると思いますね。
中里さんは、相談されなくなることはリスクだと語ります。命の危険がありそうなことや犯罪に巻き込まれるかもしれないこと、学校でのいじめなども、親が検知できなくなるからです。
外部から受けた相談では、子どもに「お母さんに言ったってどうせわかんないでしょ」と言われ、何も教えてもらえないという母親もいたそうです。
お母さんに言っても完璧じゃなかったら、どうせいい反応してくれないから、完璧なこと以外は報告を上げない。
桜林さんは、ネガティブな気持ちでなくても「お母さんをがっかりさせたくない」という理由で言わなくなることもある、と付け加えます。
中里さんによれば、相談されない状態の先には、衣食住を提供していても感謝もコミュニケーションもなくなり、断絶していくケースもあります。桜林さんは、「関わるといいことがない」がインストールされてしまうと表現しています。
間違いを責める
完璧でないと親の反応が悪いと子どもが感じる
報告しなくなる
完璧なこと以外は親に伝えなくなる
危険を検知できない
いじめや命の危険、犯罪への巻き込まれに親が気づけない
断絶する
感謝やコミュニケーションがなくなり、関わらないのがお互いのためになっていく
中里さんは、過去の自分を後悔している母親は少なくないと話します。桜林さんは「全部良かれと思ってやってたことなんだけどね」と応じています。
低学年なら関係は立て直せる
中里さんは、分かれ目は思春期に入る前かどうかだと話します。小学校1〜3年生くらいなら、子どもはまだ素直に親を慕っている時期です。
中里さんが例に挙げたのは、小学1年生の子どもが不登校になりかけた家庭です。母親が無理に学校へ連れて行こうとし、子どもが家で包丁を出したことをきっかけに、母親は子どもを全面的に支える方向へ切り替えました。
不登校になりかけた小学1年生の子を、無理に学校へ連れて行こうとしていた
子どもの側に立つと切り替え、中学2年生の今は何でも母親に相談してくれる
本当にワンポイントとしては、思春期入ったぐらいでも、親御さんに娘さんが相談してくれるようになるかどうかっていうコミュニケーション関係性は作れるといいと思いますけどね。
親の価値観は「上書き」するしかない
桜林さんは、相談者が親から厳しくされていた以上、完璧でなければという呪いは相談者自身から生まれた考えではなく、親のものだと話します。だからこそ「自分はどうしたいんだっけ?」を見つけてほしいといいます。
それ(完璧でなければいけない)はおばあちゃんの考えだから、全然取れる。私の考えじゃない。
中里さんは、第7話では親のエゴへの対処として物理的に距離を取る話をしたものの、それは中学生の子どもの例だったと振り返ります。小学3年生ではまだ距離を取るのは難しいため、親自身の思考をアップデートし、新しい癖を作るほうがよさそうだと話しています。
桜林さんは、子育てで子どもにどうあってほしいのか、自分がどういう親でありたいのかを見つけることで、初めて自分が受けた教育を剥がせると語ります。完璧主義だけを急にやめるのは難しいので、新しい価値観を決めることが大切だという考えです。
価値観を広げる材料はどこで探すか
新しい価値観の見つけ方について、桜林さんは本や小説などで自分の良し悪しの基準を見つめ直すことを挙げます。時間はかかるかもしれないとしています。
中里さんは、呪いの多くが自分の中や家庭の中など、狭い範囲の世界観でグルグルしていると考えています。そこで他の家庭や海外の教育に目を向けることを勧めます。例として、マレーシアなどの教育についてnoteを書いている野本京子さんの名前を挙げています。
これでも完璧かどうかとかって、もうそのおばあちゃん、私の思考でグルグルしてるなとか。
ただし中里さんは、第1話で桜林さんが話した「SNSで新しい正解を見つけてしまう」問題にも触れます。SNSで探すと、キラキラした他人と自分を比較して新たな呪いを生むかもしれないからです。
そうだね、(SNSだと)できないものばっかり見つけちゃうね、それこそ。
桜林さんは、自分の頭の中にないものを、共感は求めずに広げるつもりで見るのがよいと話します。責任を持って書かれた本や、小説・映画などの物語も勧めています。
本と研究が示す「期待」の重さ
中里さんは、中身は読んでいないと断ったうえで関連書籍を紹介します。原田マサフミさんの『完璧思考が子供をつぶす』は、現代日本の母親の強い完璧思考が子どもにプレッシャーを与え、教育で失敗を許さない雰囲気が強まっていると訴える内容だそうです。
もう1冊は広田さんの『日本人のしつけは衰退したか』で、礼儀正しく優しく成績優秀で無邪気であれというパーフェクトチャイルド願望 ── 子どもにあらゆる面で理想的であってほしいと願う親の心理を指す言葉。しつけや教育への期待が過剰になる問題として論じられることがありますを考察した内容だと紹介しています。
さらに中里さんは、九州大学の研究「親からの期待と青年の完全主義傾向との関連」を紹介します。親の期待を強く感じている子ほど完全主義になりやすく、女子の場合は親子関係の近さが重なるとさらに強まる可能性があるという内容です。
期待してるよなんて、よかれと思って言っちゃうし、本音だもんね。
中里さんは、この研究に照らすと、相談者の母親からかかった呪いが娘さんにも受け継がれる可能性はかなり高いと話します。桜林さんは「負の連鎖断ちたいよね」と応じています。
祖母
相談者に1番であることを求め、強い期待を寄せた
相談者
完璧でなければいけないという価値観を抱えたまま親になった
娘
母親の期待を強く感じ、完璧でいなければと思いやすくなる
「期待してるよ」の代わりに「大丈夫」
桜林さんは、子どもに「期待してるよ」という感覚はあまりなかったといいます。代わりにずっと言っていたのは「大丈夫」でした。
一番子供に言いたいのってそれなんだよな。大丈夫だよって。
あなたは大丈夫って意味もそうだし、そんな失敗したって大したことないっていう大丈夫もそうだし。
子どもからは「無責任だ」「大丈夫じゃないんだよ」と言われたこともあったそうです。それでも桜林さんは、「期待してるよ」に代わる言葉として「大丈夫」を提案しています。
中里さんはこれを2段階で整理します。まずは心の中が不安でも「大丈夫」と言ってみる。そのうえで、新しい思考の癖を作ることで不安そのものを減らしていく、という流れです。
中里さんは、言葉を言い続けると自分がそちらに乗っ取られることもあり、「大丈夫」と言っていると本当に大丈夫になってくると話します。桜林さんは、厳しい言葉で思い込んだのなら、優しい言葉でも同じだと応じています。
だってこれ(完璧でなければ)だって厳しく言葉で言われ続けてそう思い込んじゃったんだから一緒だよ。
最後に中里さんは、怖い話が多かったと詫びつつ、この呪いを次の世代に続けないほうがいいと思ってもらえたなら、まず解いてみようという気持ちになれたのでは、と締めくくります。
次回は、テーマを決めない初めての雑談回になると予告されています。
まとめ
子どもに完璧を求めてしまう悩みの根っこには、親自身が受けてきた減点方式の価値観があります。二人は、子どもへの接し方より先に、親が自分の価値観を新しく上書きすることを勧めています。
- 完璧主義は「できないことばかり見る」減点方式の癖で、正解のない大人の世界では自分を責め続けることにつながる
- 親から受け継いだマルバツの基準は自分の考えではないので、家庭の良し悪しを改めて決め直してよい
- 小3の今のやりとりは、思春期に子どもが親へ相談するかどうかを左右し、低学年なら関係は立て直せる
- 新しい価値観は、SNSではなく本や物語、他の家庭や海外の教育など、視野を広げられる場所で探す
- 「期待してるよ」の代わりに「大丈夫」と言い続けることが、親子双方の不安をほどく一歩になる






