子どもが傷つけられたとき、親の怒りはどこへ向かう?
番組の冒頭で中里さんと桜林さんは、前回のテーマ「過去のトラウマから学校の先生を恨んだり、自分を責めてしまう」という呪いを振り返ります。
桜林さんが挙げたのは、子どもが何かをされたときの親の怒りの扱いにくさです。自分が言われたときより、我が子が言われたときのほうが強く怒ってしまうと二人は話します。
そう、子供の代わりにじゃないけど、子供以上に怒っちゃう。
自分に来る時の方がまだ耐えれる。
中里さんは、小学生くらいの子どもは体格の差もあり、大人である先生に言い返せないことが多いと指摘します。大人の言うことを正しいと思ってしまう状況で理不尽なことを言われる点が、親の怒りをさらに強くするのかもしれません。
「母が望んでいた子どもの姿を演じてきた」というお便り
今回のお便りは、ラジオネーム「さつまいもおいしい」さんからです。桜林さんが読み上げた内容は次のとおりです。
早速ですが、母の呪いの後遺症について相談させてください。最近、母が望んでいた子供の姿を長年演じてきたことに気がつきました。距離を置いて今はかなり楽になりました。父が9歳の頃に亡くなってから、一対一で母の機嫌を取らないと生きていけませんでした。
考えても仕方ない過去について考えたくないのですが、もっと本当は楽な子供として伸び伸び生きたかったなとたまに悲しくなります。この気持ちをどうしたらいいと思いますか?
中里さんは、相談者のお母さんが「子どもにはこうなってほしい」という思いの強い人だったのかもしれないと受け止めます。桜林さんは、親が子どもに願いを持つこと自体は悪いことではないとしたうえで、相談者がその期待に応え続けてきたのだろうと話します。
(母一人子一人だと)逃げ場がなかったってことだよね。
中里さんは、きょうだいがいないために、お母さんの期待が降り注ぐ先が相談者一人に集中していた点に注目します。桜林さんは、一人で子どもを育てる母親側も「自分がちゃんとしなきゃ」というギアが入り、それが子どもへの期待に変わりやすいのではないかと語ります。
期待に応える癖は、親だけがつくるもの?
桜林さんによると、「気づいたら全部親の期待だった」という状態はよくあることです。期待に応えること自体が悪いわけではないものの、あるとき「本当は自分はどうしたかったんだっけ?」と立ち止まることになります。
中里さんは、最近打ち合わせしたエリートサラリーマンの方の例を挙げます。Branchが好きなことを大切にしていると話すと、その人は「自分には好きなことがない」と答えたそうです。中里さんは、親や学校、社会の期待に応え続けた結果ではないかと考えます。
多分誰もが知らないうちにさ、期待に応えるってやってるじゃんねとか、勝手に思わされてるとかさいっぱいあるじゃん。
桜林さんは「女性はこうあるべき」のように、違うとわかっていても長年思わされてきたことはすぐには剥がせないと話します。期待に応える機能は誰にでも搭載されているものの、親はいちばん身近で、応えたときに喜んでくれるため、癖になりやすいといいます。
親の願い
いい子でいてほしい、お金に困らないでほしいといった本来は悪くない願い
期待と指示
「だからこうしなさい」「これはやめなさい」と言葉が先へ進む
子どもが応える
親が喜ぶ反応がわかるので、期待に応えることを繰り返す
癖になる
自分がどうしたいかより、相手の期待が先に立つようになる
子育てでは「期待しないほうがいい」と言われますが、中里さんも桜林さんも、親はどうしても期待してしまうものだと認めます。桜林さんは、期待はもともと本当の願いであり、「あなたのためを思って」がどう出るかの問題だと整理します。
過去は変えられなくても、今から伸び伸びすれば取り戻せる?
中里さんは相談への向き合い方として、お母さんに当時の話をぶつける方法もあるものの、傷を広げてしまう可能性があると考えます。桜林さんも、それは相談者側のタイミングだけで、お母さんのタイミングではないと補います。
そこで中里さんが提案するのは、今の自分が幸せで楽しいと感じられる状況をつくる方向です。桜林さんはこれに強く同意します。
そう思うよ。なんかもっと伸び伸びしたかったなっていうことを今からやればいいんだよ。
過去は確かに変えられない。あの時そういうことしたかったっつっても戻れないけど、
今からその時したかったこと全部やったら、なんか取り戻せたって。
桜林さんの考えでは、過去は変えられなくても取り戻すことはできるというものです。「あの時できなかったけど、今やってやった」と思えることは、取り戻していると言えるのだと話します。
中里さんは、限界まで伸び伸びしてみると「これくらいでいいか」と満足する時が来ることもあると続けます。お金に困っていた人が大人になって使えるだけ使ってみると、使い切れないと気づく話をよく聞くそうです。
気が済むまでやったらいいんだよね。
「自由にしていい」と言われても、何をすればいいかわからない
桜林さんは、伸び伸びすることには弊害もあると指摘します。子どもの頃から期待に応えるのが癖になっていると、親以外の周りの人に対しても同じように応えてしまうからです。
(人の期待に応えるのが)自分のToDoやるべきことって思ってると、じゃあ自由になってあなたのしたいことしなさいっていうと、自分が何したいか分かんないっていう状態も弊害として出てくる
桜林さんは、当時どうしたかったかを振り返ることに加え、今の自分がいちばん望んでいるものを知る作業が必要だと話します。中里さんは、小さなことでもいいので本当にやりたいことをリストアップする方法を勧めます。
やりたいことを100個書けなかった桜林さんの体験
桜林さんには、この話に身に覚えがあります。10年近く前、友達と一緒に「やりたいことを100個書く」というワークをしたとき、友達はいくらでも書けたのに、桜林さんは全然書けなかったそうです。
「あれ食べたい」「沖縄に行きたい」のようなことは書けても、桜林さんにとってそれは自分の中から湧き出る欲求ではありませんでした。中里さんは、今の桜林さんからすると意外だと驚きます。
じゃあ3ヶ月ハワイに住みたいみたいなことを例えば書こうと思ったら、自分の中ででもそんなのできないよねとか、でもお金どうすんの?とか、余計なことが止めてくんの、書くことを。
桜林さんは、書けないこと自体より、書くことを邪魔してくるものと向き合う必要があると考えました。そして、何が自分を自由にさせないのかを観察する期間を過ごしたといいます。
中里さんは、相談者が今も伸び伸びしたいのに邪魔するものが定期的に来るのは、子ども時代に培ってきた癖のためだと整理します。桜林さんは、他人を満たすばかりで自分が満たされていないと欲求が育たないのは当たり前で、自分の欲求を見つける作業には何年使ってもいいと語ります。
結婚相手さえ「母の希望」で選ぼうとしていた人
桜林さんは、ずっとお母さんの望みを叶えてきた別の人の話を紹介します。お母さんが夢のようにただ言っていた「結婚相手はこういう人がいい」という言葉を、その人はずっと覚えていたそうです。
その人は、自分の結婚相手を探すときでさえお母さんの希望を満たそうとしていたことに自分で気づき、本当にびっくりしたといいます。中里さんは「ぞぞっとする」「呪いだ」と反応します。
でもそれはお母さんの希望だよね。あなたの希望じゃないよねっていう当たり前のこと聞いたら、でも私の希望はお母さんが喜ぶことなのでって言ってたの。
それぐらい自分のリアル欲求がなくなっちゃう構造ってあるんだよね。
中里さんはこの話から、Netflixのオリジナル番組で観たインドの婚活リアリティショーを思い出します。そこでは結婚相手に求める条件に、必ず家族の意向と宗教が入ってくるそうです。
中里さんは、価値観は生きてきた環境で刷り込まれるもので、日本も昔はそうだったのだろうと話します。桜林さんも、同じ層やレベルの相手を望むことは日本でもあったと応じ、刷り込まれたものを解き放つのは難しいと二人は確認します。
さつまいもから始める、自分の欲求を満たす練習
桜林さんは、さつまいもおいしいさんはすでに「お母さんのためにやっていただけで、自分の欲求ではなかった」と気づいている点を評価します。次の段階は、自分の欲求を探し、その通りに動くことです。
中里さんは「さつまいもを食べればいいのでは」と提案し、桜林さんも「秋だからいっぱい食べよう」と乗ります。やりたいことを書けないときも、「明日何したい?」のような超小さなことからなら書けるし叶えやすいと桜林さんは話します。
自分の欲求を満たす練習。人の欲求を満たすのはさんざんやってきたから。
桜林さんが挙げる小さな欲求の例は、日常のささいなものばかりです。
- 気持ちいいから外を歩きたい
- 新発売のアイスを食べたい
- そろそろあの人と喋りたい
靴下の色を選ぶことが、なぜ自己決定力につながる?
中里さんは、自己決定力が人生の幸福につながるという研究結果に触れます。Branchでは、大きな自己決定の前に、小さなことを子ども自身に決めてもらう経験が大事だと伝えているそうです。
Branchの根底には「好きなことを誘導しない」という考えがあります。親がゲームをやめさせて別のことをさせると、子どもの自己決定力を蝕んでいくと中里さんは話します。
さっきの話と一緒でもゲームをしたいけど、お母さんの目を見るとやらない方がいいかなって。もしなってたんだとしたら、この方と同じ話なわけじゃないですか。
桜林さんは、それはコントロールであり「自分で決めていない」状態になると応じます。小さなこととは、たとえば「青と白、どっちの靴下を履く?」のような選択です。
「二十歳から急に自分で決めろ」は日本全体の呪い?
桜林さんは自分の子どもに対し、「私の顔を見ても書いてないよ、自分で決めるんだよ」とスパルタに言い続けてきたそうです。答えをくれない親だったので厳しかっただろうとしつつ、二十歳になってから自分で決める必要性に直面するよりはいいと話します。
やることやルール、ノルマをガチガチに決められ、みんなと同じことをするよう求められる
成人や就活のころから急に「自分で考えなさい」「自分で決めなさい」と言われる
桜林さんは、誰かの欲求を満たすのが上手になると、自分の欲求を知らないので掘り起こすところから始めなければならないと指摘します。ただし欲求はなくなったわけではなく、抑えているだけだといいます。
中里さんは、美味しい、楽しい、嬉しいといったポジティブな感情がやりたいことに近いと考えます。楽しいと感じる人と遊ぶ、楽しい気持ちになれる映画をたくさん観るなど、感情を手がかりにする方法を挙げます。
欲求を止める「ストッパー」をどかすという順番
桜林さんは、楽しいと思っているのに頭の中で禁止するものがあるなら、それも観察したほうがいいと話します。桜林さんの場合、そのストッパーはお金でした。
お金に困ることが多かった桜林さんは、ハワイに3ヶ月住む想像をしても「お金どうするの?」と考えて欲求が止まってしまったそうです。そこで、まず困らないくらいお金を稼ぐことを目標に設定しました。
やっとそれを思えるようになった。自分が何しようとか思えるようになったから。その邪魔してるものをどかすっていうのも大事かもしれない。
中里さんは、ストッパーをどかすとまずやるべきことが見え、それをやりきった後に自分の欲求が出てくるのだと整理します。桜林さんは長丁場だけどやってほしいと相談者へエールを送り、中里さんも桜林さんの体験談がとても参考になったと締めくくりました。
まとめ
母の期待に応え続けてきた相談者に対し、中里さんと桜林さんは、過去を責めるより今から伸び伸びすることで取り戻せるものがあると語りました。ただし期待に応える癖が強いと自分の欲求がわからなくなるため、小さな「やりたい」を叶える練習と、欲求を止めるストッパーの観察が鍵になると考えられます。
- 親の期待はもともと悪い願いではないが、一対一の親子関係では子どもが応え続ける癖になりやすい
- 過去は変えられなくても、当時やりたかったことを今やることで取り戻せると桜林さんは話す
- 「自由にしていい」で迷うなら、明日何したいか、靴下の色など小さな選択から始める
- 欲求を邪魔するもの(桜林さんの場合はお金)を見つけてどかすと、やりたいことが自然に出てくる
- 子育てでは小さな自己決定を子どもに任せることが、大人になってから決められる力につながる





