人生初の「海苔食べ比べ」で何が起きた?
本題に入る前、中里さんは桜林さんから年末の挨拶として3種類の海苔をもらった話をします。以前、中里さんが海苔が好きだと話していたことがきっかけでした。
中里さんは以前から、納豆ご飯やだし巻き卵、味噌汁、キムチなどを全部海苔で巻いて食べる朝食を続けています。そこに3種類の海苔と付属の説明書を並べ、一つずつ味の違いを確かめたそうです。
いや、俺あの、初めて(だったんです)。人生初海苔食べ比べなんてものをしたんで。
説明書に「チーズも合う」と書いてあったため、中里さんはその海苔のためだけにスーパーでチーズを3種類ほど買ってきて、巻いて食べたといいます。
いいね、豊かだね。
2025年の年末にもらった海苔を年末年始に味わった中里さんは、「豊かになりました」と振り返ります。小さな楽しみが暮らしを豊かにするという、穏やかな雑談から番組が始まります。
「叱らない育児」に悩む母親からの相談
今回取り上げるのは、ラジオネーム「ねこぱん」さんからのお便りです。テーマは「叱らない育児」という呪いで、桜林さんが読み上げます。
現在4歳、年少の子どもを育てているねこぱんと申します。親になって、べき思考や子育ての価値観の違いから来る呪いのせいで、味方だったはずの夫や親などの身近な人も敵になる瞬間が増えてきました。このポッドキャストを聞いて、母親である私を自己肯定していいんだと思いましたし、敵になったと思っていた夫や親自身もきっと呪いにかかっているだけなんだと思えるようになりました。
昨今の叱らない育児は自己肯定感を高める第1項目目くらいの位置づけにいると私は思っているのですが、叱らざるを得ない瞬間が年々増えてきました。怒り任せに叱らないように話し合いをしようとすると、お話ししたくないと子供に言われてしまい、私自身もイライラが募ってくると、叱るというより怒るになることが度々あります。
叱って泣かせたことで、自己肯定感を下げたんじゃないかと心配だし、結果として泣かせて理解させることになり、自己嫌悪にもなります。
あまり褒められた記憶がなく、よく母の機嫌が悪いタイミングで怒られたという印象が強く、叱る、怒るイコール悪いことと根付いているのかもしれません。叱らない育児についてお二人のご意見を聞けたらと思います。
ねこぱんさんは、幼少期は共働きの両親に代わって祖父母に育てられたことや、持病もあって仕事をセーブし、子どもを叱る役が自然と自分に集中していることも書き添えていました。
相談の中にある「2つの別問題」とは
お便りを聞いた中里さんは、子どもの気持ちを想像してドキドキしたと話しつつ、相談には論点が2つあると整理します。
まず1個は4歳の未就学のお子さんと対話というか、言葉でやりとりするっていうのはまだちょっと早いので、言葉で理由を理解してもらうみたいなのは多分できないと思います。
中里さんはまず、4歳の子に言葉での話し合いを求めるのは期待が大きいのではないか、と指摘します。そのうえで、ねこぱんさん自身が母親から機嫌次第で怒られていたという後半の話のほうが大事そうだと続けます。
桜林さんも、「怒るのは悪いこと」と思い込んでいる呪いと、「叱りたくないのに怒ってしまう」という悩みは別の問題だとうなずきます。
4歳の子に言葉で理由を理解させ、話し合いで解決しようとするのはまだ早いかもしれない
機嫌次第で母親に怒られた経験から、「叱る・怒る=悪いこと」と根付いている可能性がある
叱らないことは「当たり前」なのか
桜林さんが最初に引っかかったのは、自己肯定感を高めるために叱らない、という考えが当たり前になっているのか、という点でした。中里さんも台本を読んで初めて知ったといい、スタッフや保護者に聞くと「叱らない育児の話はよく出てくる」と言われたそうです。
全く(子どもを)叱らないも危ないよね。
中里さんは、生存に関わる危ないことは「やめた方がいいよ、危ないよ」と伝えるべきだと話します。一方で、イライラが募って怒りになってしまう点については、ストレスをコントロールするか、子ども以外のところにぶつけられるほうがよいのでは、と考えています。
桜林さんは、機嫌が悪い母に怒られて嫌だった経験と、自分が今イライラで子どもを怒っていることが重なり、ねこぱんさんの自己嫌悪が生まれているのだろうと読み解きます。
桜林さんが決めていた「怒るときのルール」
中里さんに意見を聞かれた桜林さんは、自身も親の機嫌次第で怒られて納得いかなかった子ども時代を過ごしたため、同じことはしたくなかったと語ります。
(怒るとしても)自分の機嫌が悪いからぶつけるっていうのじゃなくて、これをやめてほしいとか、これはこうしてほしいとか、ちゃんと説明できることじゃないと怒りたくないなっていうのは思っていて。
桜林さんは日によって怒ったり怒らなかったりしないことも意識していました。大人の基準がブレていると、子どもは「これって怒られる?」と顔色をうかがうようになるからです。
日によって基準が変わり、子どもは顔色をうかがうようになる
何で怒られるかがわかり、子どもは怒られたくなければ避けられる
二人は言葉の使い分けにも触れ、叱るは理由のある注意、怒るは感情が乗ったもの、と考えるなら「叱るけど怒らない」が近く、「叱らない育児」という言い方自体が少し変ではないかと話します。実態は、危ないことを感情的にではなく説明して諭すといった「言い方の問題」なのかもしれない、という推測です。
「わかってほしいから怒る」は悪いことか
桜林さんは、自分は「これをしたら私が怒る」ということを子どもに学習してほしかったと振り返ります。
私それすっごい嫌だから、それすると私怒るよって言ってたの。それがもうすでに怒ってんじゃんって話なんだけど。
だからそれ(私が何で怒るか)は怒らないで説明してたら多分伝わらなかったと思うから。
中里さんも、子どもの立場から見て「命に関わるから怒ってくれている」「友達とトラブルになりやすい言動だから怒られている」と理由がはっきりしていれば大丈夫だろうと話します。問題なのは「今日はお母さんご機嫌斜めだから怒られそう」と感じさせてしまうことです。
桜林さんは、3歳や4歳の子がダメだとわかっていても反射で友達を叩いてしまうような場面でも、「わざとじゃなくても良くない」と伝えると話します。
(わざとじゃないのに)怒られて泣くけど、全然それでいいと思う。
泣かせちゃった、自己肯定(感が)下がるんじゃないかみたいなのは、ちょっと自己肯定感をなんか勘違いしているような気がする。
完璧な育児フォーマットに振り回されていない?
中里さんは、叱らない育児には言い方の工夫のほかに、叱るような行動が起きないよう環境を整える文脈もあるのかもしれないと推察します。そのうえで、番組の第1回で桜林さんが話した「育児書は完璧なことが書いてあるけれど、その通りにやろうとすると疲れる」という話が大事だと続けます。
中里さんの見立てでは、ねこぱんさんは「叱らない育児」というフォーマットに自分を合わせるべきなのに合わせられず、「他の正解は何か」を二人に問いかけている状態ではないか、ということです。
フォーマット
「叱らない育児」という完璧な型がある
べき思考
その型に自分を合わせるべきだと思う
挫折
実際には合わせられない
迷い
合わせられない自分はダメだと感じ、別の正解を探す
中里さんは、二人の話も含めて正しい方法は子どもを観察しないとわからず、最終的には本人が決めることだと話します。桜林さんも、自分の娘はビビリで危ないことをするタイプではなかったため、怒らずに済んでいただけかもしれず、まったく参考にならない場合もあると付け加えます。
子どもの自己肯定感より「自分が先」
桜林さんは、ねこぱんさんが「母の機嫌で怒られたせいで自分の自己肯定感が下がった」と認識しているのだろうと推測します。中里さんも、ちょうど同じことを言おうとしていたと応じます。
だから自分がそれ(機嫌で怒ること)をしなければ、子供は自己肯定感高くなるんじゃないかって思ってる。
しかし桜林さんは、それは短絡的すぎて、自己肯定感が下がる原因は「怒ったから」ではないと考えています。中里さんは、むしろ自己肯定感が低いからこそ、どんな育児をするかの判断がしづらくなっているのかもしれないと指摘します。
私のこの判断は、子供を一生懸命観察して考え出した方法だから、これで私がいいと思ってるんだからいいんだって思えるかどうかかもしれないと。
桜林さんは、親が自分の行動のたびに自己嫌悪したり心配したりしていると、その不安のほうが子どもに伝わると話します。
桜林さんはさらに、番組を聴いて夫や親を「敵ではないかもしれない」と思えたことを、すごくいい発見だと評価します。「こう思っていたけど違うかも」と、べきを少しずつ外していけるとよい、という励ましです。
余裕がないと、違う意見が「敵」に見える
中里さんは、未就学児を育てる母親はほとんど余裕がなく、自己肯定感が下がりやすく判断も難しい状況にいることを、メタ認知しておいてもよいと話します。
桜林さんは、なぜ余裕がないのかを自覚し、隙間を作ったり人に任せたりして、少しずつ余裕を作るのが先かもしれないと続けます。
中里さんは、ねこぱんさんがこれまで夫や親を敵だと感じ、子どもを預けたり相談したりできていなかったのではと推測します。もし「敵じゃない」と思えるようになったなら、どんどん甘えていけるとよいと話します。
桜林さんは、自分の考えが狭く強くなっていると、違う考えの人を敵と感じやすくなり、そこにも余裕のなさがにじみ出ていると指摘します。
最後に中里さんは、叱らない育児というフォーマット自体はそれほど大事な話ではないのかもしれないとまとめます。何とかの育児に頼るかどうかも含め、自分でジャッジできる余裕を持てるかどうかのほうが大切だ、というのが二人の結論です。
まとめ
「叱らない育児」に悩む相談から、二人は叱るか叱らないかという方法論より、親自身の余裕と自己肯定感を先に整えることの大切さを語りました。
- 4歳の子に言葉での話し合いや理由の理解を求めるのは、期待が大きいかもしれない
- 問題は叱ることではなく、親の機嫌で基準がブレること。理由が説明できれば叱ってもよいと二人は考えている
- 泣かせたから自己肯定感が下がる、という考えは自己肯定感の誤解かもしれない
- 育児フォーマットに自分を合わせるより、子どもを観察して自分で判断することが大切
- 余裕のなさを自覚し、夫や周囲に頼って、まず親自身を整えるのが先






