22歳の息子を心配し続けた親が、番組で気づいたこととは
中里祐次さんと桜林直子さんは、今回のテーマに入る前に、リスナーから届いた番組の感想を紹介しました。送り主は22歳の息子を持つ親で、第3回の放送を聞いて動揺したといいます。
第3回では、子どもの将来を心配する親の話と、桜林さんの父親の話が語られていました。送り主は、桜林さんの父親と同じことを自分も息子にしていたと書いています。
私は桜林さんのお父様と同様のことを息子にしています。そして、親が真剣に心配しなければ、誰がこの子を本気で心配してあげられるのかと思っていました。逆だったのかもしれないですね。親が信じてあげなければ、誰が根拠なくこの子を信じてあげられるのかだったのかもしれません。
送り主は続けて、息子が自己肯定感が低く承認欲求の強い大人に育ったこと、大学4年生の10月になっても就職先が決まっていないことに、自分の子育ての結果が表れている気がすると書いています。それでも冷静に就職活動に向かう息子は偉いと思うので、せめて邪魔にならないよう見守りたい、と結んでいます。
送り主の言う「心配」から「信じる」への転換を、二人は「素晴らしい」と受け止めました。
親が真剣に心配しなければ、誰がこの子を本気で心配するのか
親が信じなければ、誰が根拠なくこの子を信じられるのか
桜林さんは、自分の父親は「お前はダメだ、俺に似て」と言っていたのだろうと振り返ります。桜林さんの父親は心配からではなかったと思うとしつつ、心配だからこうしなきゃと親が背負ってしまう構図は同じだと話しました。
中里さんは、送り主の息子は就職先が決まっていなくても就職活動に向かっているのだから、22歳としてもう何も問題はないと話します。桜林さんも、心配するのが良かれと思っていたけれど違ったと気づけたこと自体が素晴らしい、と応じました。
「普通にして」と「ここでは静かに」は何が違う?
今回取り上げた呪いは、「私の中の普通から外れた言動や行動をしたときに叱ってしまう」というものです。トトトさんから届いた相談を、桜林さんが読み上げました。
軽度の発達障害のある小学2年生の息子がいます。できたことを褒めることが大切と聞くのに、それがなかなかできません。周りの普通、私の中の普通から外れた言動や行動を子供がした時に「普通にして」「おかしいよ」「恥ずかしいよ」と言ってしまいます。私の中で何かこじらせてしまったのか、息子に申し訳なく、そんな自分が悲しいです。
中里さんは、この悩みは「かなりあるある」だと受け止めます。桜林さんは、「恥ずかしいよ」と言うとき、恥ずかしいのは子どもではなくお母さんのほうだと指摘しました。
中里さんが例に挙げたのは、乗客が静かに座る新幹線の中で、小学2年生の子どもが騒いでしまう場面です。桜林さんは、新幹線で静かにするのは「普通だから」ではなく、「ここでは静かにする場所だから」と言うべきことで、その注意はしてよいと話します。
後ろ向きに歩くなど変わった歩き方をしたときも、桜林さんの考えでは、危ないから止めるのはよいものの、「普通じゃないから」止めるのはおかしいといいます。
中里さんも、以前の回で話したように、子ども自身の健康や安全を害する場面と、たたく、オンラインゲームで「死ね」と言うなど周りに悪い影響を与える場面では注意してきたと振り返ります。桜林さんの言葉を借りれば、そうした場面は「やめなさいでしかない」ものです。
本人が危険、周りに害を与えている、その場所に静かにするなどのルールがある
みんながそうしているから、普通じゃないから、という以外に理由がない
ただ、相談者が叱ってしまう場面はそれとは別の場面だろう、と二人は考えます。中里さんは、発達の特性がある子なら、ほかのことはできるのに同学年の子が書けるひらがなが書けない、ASD傾向があればみんなが帰る時間になっても夢中になっていることから離れられない、といった場面がありうると挙げました。
理由を伝えること、謝ることが子どもに残すもの
桜林さんは、自分が子どもを注意するときには、なぜやめなければいけないのか、なぜ自分が怒っているのかという理由を伝えていたと話します。理由がなく気分で怒ってしまったときは「ごめん」と謝っていたそうです。
桜林さんによれば、相談者の場合は「普通じゃないから」「みんながしているから」という以外に理由がないのかもしれず、そこに気づけるとよいといいます。
中里さんは、桜林さんのやり方のうち、大人が違ったと思ったときに謝ることを特に大切だと考えています。親や大人でも間違うのだとわかると、子どもは自分も間違っていい、失敗しても大丈夫だと思えるようになるからです。
桜林さんは、怒ってしまうこと自体が問題なのではなく、どういうときに怒ってしまうのかにお母さん自身が納得できていないから、それを「呪い」と感じているのだろうと話しました。
Branchがあえて一対一で子どもと遊ぶのはなぜか
中里さんは少し角度を変えて、収録場所でもあるブランチルーム ── 中里さんが代表を務めるBranchの、子どもとスタッフが過ごす対面の場。今回の収録もここで行われていますでの取り組みを紹介しました。Branchでは昔から、スタッフが子どもと一対一で遊ぶことを大事にしているといいます。
中里さんによると、発達障害のある子どもは集団生活がうまくいかず、学校の先生や友だちから何度も怒られてきたケースが多いそうです。本人は「なんで今これをしちゃいけないの?」とわからないまま、自分はダメだと思い込み、自己肯定感を失っていきます。
そこでBranchの一対一の場では、子どもを叱らず、何をしてもいい、むしろ何をしても褒められるという、ほかとは違う空間を用意しています。オンラインのブランチオンプラスでも、「好きなことプログラム」として同じことをしているそうです。
集団で怒られ続ける
理由がわからないまま学校や周囲で叱られる
自己肯定感が下がる
「僕はダメだ」と思い込むようになる
何をしても褒められる場
一対一で、叱られない空間を経験する
見方が変わる
場所によっていいこともあり、自分の全てがダメなわけではないと思える
中里さんは、誰にでもそうした場が必要だとは思わないとしつつ、周りでずっと怒られて自己肯定感が下がった子には有効だと話します。相談者の家庭でも、少なくとも家でお母さんと一対一のときは何をしても怒らず、むしろ褒めるくらいに切り替え、外出先では他の子に悪い影響がある場面だけ注意する、という使い分けを提案しました。
桜林さんは、相談者の息子はガードレールの上しか歩かないといった、大人の想像をはるかに超える行動をしているのかもしれず、それなら怒ってしまうのも当然だと応じます。中里さんも、家でも危険はあるので一対一の場を親だけでつくるのは難易度が高く、放課後デイや療育など特性に理解のある支援者がいる場所を頼ったほうがいいと話しました。
桜林さんはさらに、大人の常識の範囲で動いてくれたほうが親は楽だけれど、息子の中にはまったく違う「普通」の世界があるのかもしれないと言います。お母さんも本当は、その衝動を抑えたいのではなく知りたいのではないか、という見立てです。
中里さんは、子どもの視点に立って行動の理由を理解することが最初のポイントだとしつつ、長く親子を見てきた経験から、いきなり切り替えるのは無理で、支援者と一緒に試すうちに少しずつ身についていくものだと話しました。
「普通であることは、子にとって無茶な要求」という気づき
番組では毎回、Branchの保護者コミュニティにも相談への意見を募っています。今回は、ある保護者からの意見を中里さんが読み上げました。
Branchの保護者からの意見は「私は考えを改められたきっかけとしては、子供に発達障害の診断が下りたことがあります。普通であることは、子にとって無茶な要求なのだと気づかされたことです。それ以降、ああ、またやっているなと受け止めることができています」というもの。さらに、親の心の余裕や疲労度、周囲の環境も大事な要素で、自分もホルモンバランスや体調によってブレて反省することが多いとしたうえで、トトトさんに体を休めて息子さんとの時間を大切にしてほしいと結んでいます。
桜林さんは、実際に困る場面や「今はやめて」と言いたい場面はあるとしつつ、この保護者の「普通であることは子にとって無茶な要求」という気づきは大きな発見だと話します。
中里さんも、社会でなんとなく決められた「普通」ができないからこそ発達障害という診断が下りている、とある意味では言えると応じました。
桜林さんは、診断自体が普通からどれだけ外れているかでつく以上、その考え方から完全には逃れられないと認めます。そのうえで、時代や国が違えば何が普通かはわからず、集団生活しやすい性質を勝手に「普通」としているだけで、彼にとってはそちらが普通なのだと話しました。
障害の名前は、社会のルールから生まれたもの?
中里さんは、言うか迷ったと前置きしつつ、コテンラジオの「障害の歴史」の回に触れました。集団生活や社会ができたとき、その生活ができないものに障害という名前をつけてきた順番があり、桜林さんの話はまさにその通りだと話します。
中里さんの印象では、発達障害はその最たる例で、今の社会のルールから逸脱しがちなものに名前がついています。だからこそ親は「普通」という思考を外し、子ども本人が何をしたいかに目線を合わせていく必要がある、と中里さんは考えています。
桜林さんは、小学校のような場では普通を求められ続けるので苦しいけれど、大人になるにつれて「これができないとダメ」ということは減り、世界は広がっていくと話します。それまでの間は、Branchに通う子どもたちと同じように「僕がダメなんだ」と思わない方向に導くしかない、という考えです。
親ひとりで抱えず、褒める目を増やすには?
中里さんは話を相談に戻し、トトトさんひとりで頑張って解決しようとするのはかなり難しいと話します。診断が下りているならすでに支援者とつながっているかもしれないが、もっと幅広い支援者と出会ってみてほしい、という提案です。
桜林さんも、親子はたまたま親子になったのであって、全てを親の責任として「あなたが子どもをどうにかしなさい」とするのはありえないと話しました。親と子が二人きりでいると、親が強く子どもが弱い立場になるため、褒めるのはかなり頑張らないとできないのかもしれない、といいます。
中里さんは、似た経験をしている保護者の意見を聞いたり、一緒に子どもと遊んだりすると、よその家がどんな目線で子どもを見て、どこを褒めているかがわかると勧めます。
Branchでは、プログラムの後に「好きなこと発見シート」を渡し、褒めポイントをたくさん書いています。中里さんによれば、親から「そんなところがうちの子にあったんですね」とよく言われるそうです。見ているものは同じでも、ひとりでは気づけないのだといいます。
中里さんは自分の例として、料理が得意ではないので、もし子どもが料理上手でも上手に褒められないだろうと話します。料理が得意な友人に褒めてもらうほうがいい、というわけです。
桜林さんは、褒める目は数が多いほうがいいと応じ、中里さんもお母さん自身が楽になると付け加えました。最後に桜林さんは、自分のものではない「普通」を増やしていくことで幅が広がる、と話を締めくくりました。
まとめ
「普通」から外れた子どもを叱ってしまう悩みに対して、二人は叱る理由を見直すことと、親ひとりで抱え込まず多くの目を借りることを提案しました。
- 危険や他害、その場のルールなど理由のある注意と、「普通じゃないから」という注意は分けて考える
- 理由を伝え、気分で怒ったときは謝ることが、子どもに「間違ってもいい」という安心を残す
- 発達障害のある子にとって「普通」は無茶な要求になりうるので、子ども本人の普通や衝動に目を向ける
- 家で一対一のときは叱らない場を意識しつつ、その場づくりは支援者や療育の力を借りる
- 支援者や似た経験の保護者など、褒める目を増やすことで親自身も楽になる




