育休明けはフルタイムか時短か、どう決める?
本題の前に、桜林さんがリスナーからの感想お便りを読み上げます。第2子の育休中で、仕事への復帰の仕方に迷っているという内容です。
第2子の育休中ですが、自分のキャリアのためにフルタイム復帰したい気持ちと、2人の育児に時間を割きたい、割かないと回らないので、復帰を遅らせたり時短にしたりした方がいいのでは?という気持ちがあります。保育園に預けることを考えると、枠確保の関係上、0歳から預けたいし、AI活用が進む中で早めにキャリア基盤を作りたいので、前者寄りではありますが、迷いがあります。お2人の意見も聞いてみたいです。
さなぎさんは、桜林さんがジェーン・スーさんと配信している『となりの雑談』をきっかけに、この番組を聴き始めたそうです。
桜林さんは、この悩みを「全国あるある」だと受け止めます。0歳で保育園に入れておかないと後から入れないという切実な事情もある、と共感を示しました。
一方で中里さんは、この問いには番組として答えを出せないと話します。地域や実家の近さ、本人がキャリアのために仕事へ戻りたい気持ちの強さなど、家庭ごとの条件で答えが変わるからです。
ここでこういう選択ってさ、すっごい重要って思っちゃうけどさ、いくらでも後で変えれるからね。
やってみたけど無理だったわみたいなこととかさ。あるもんね。試行錯誤していきましょうね。
ダウン症の娘の「20年後」を思って泣いた母の相談
今回取り上げる「のろい」は、「障害のある子どもの将来を過剰に安全に固めたくなってしまう」というものです。桜林さんが、リズムさんからのお便りを読み上げます。
長女3歳、長男0歳、2児の母です。長女にはダウン症があります。今思えばせっかちだなと思いますが、生後数日で診断が下った際、20年後の娘の姿を思い浮かべられず不安で泣き暮らしたのを覚えています。それから3年たち、彼女の障害についてもたくさんのことを学びました。
現状の日本では、障害、特に知的障害のある方々が独立して生活していくためのルートというのは限られているように感じており、大体こんな人生を送るんだろうな、そのために私は準備をしてあげなくちゃと思いながらいます。
一方で、娘に障害があるからと私が準備しすぎてしまうことは呪いなのではないかとも感じています。障害があっても彼女のやりたいことはあるだろうし、尊重もしてあげたい。だけど現実的にそれは無理なのではと、呪いとそれに抗いたい自分でぐるぐるしています。親亡き後を常に考えながら育児をすることに少し疲れてきてもいます。
リズムさんの相談の中心は、娘のために準備したい気持ちと、準備しすぎは娘の可能性を狭める「のろい」ではないかという迷いの間で揺れていることです。そこに、先のことを考え続ける疲れも重なっています。
「それ、過保護じゃない?」と言われても気にしなくていい理由
中里さんはまず、Branchで発達障害のある子どもの親と多く接してきた経験から話します。ダウン症とは違うと断ったうえで、特性のある子の親は周囲から「過保護なんじゃないの?」と言われがちだといいます。
(発達の特性がある子は)見通しが立ってないこととかにすべてイライラしてしまうとか、次に何があるかがわかってないことがすごくストレスになっちゃうとかあったりして。
親御さんは、じゃあ次はこうだよとか、次会う先生はこんな先生だよとかって写真を見せたり、そういうこととかをすごいやってるんですよ。
中里さんによれば、こうした準備は他の保護者から見るとやりすぎに映りますが、子どもにとっては大切なことです。リズムさんも祖父母や友人から同じように言われているのかもしれない、と中里さんは推し量ります。
やりすぎかなって思っちゃうぐらいやってしまうのもしょうがないと思うんですよ。
桜林さんも、ダウン症の子を育てた経験はなく想像でしか言えないとしつつ、同じ考えを示します。子どもには一人ずつできることとできないことがあり、助けが必要な場面が多いなら、一番近くにいる親がやるのは当然だという立場です。
ただし桜林さんは、安全策をずっと続けることに疲れたり、「いつまでどこまで」と疑問に思ったりする気持ちも想像できると話します。そのうえで、3歳の今は親がやることがたくさんあり、10歳や12歳でできることは今はわからないと続けました。
親の疲れには「自分は1、9は他の人」で向き合う
中里さんが相談文の中で気にかけたのは、「親亡き後を常に考えながら育児をすることに少し疲れてきてもいます」という一文です。疲れている自覚があるなら、少し距離を取ってもよいかもしれないと話します。
中里さんは、とにかく一人で抱えないことを「何度言ってもいいぐらい大事なポイント」と強調します。夫や同居の親戚、公的な支援など、頼れる先を増やすことが具体的な対策です。
自分の子育てのパワーがもし10だとしたら、自分1ぐらいで見る、もう9は他の人に手伝ってもらうぐらい、それくらいでもいいから、とにかく味方を見つける。
桜林さんは、目の前のやることで疲れるのと、心配しすぎて疲れるのは相乗効果になっていると整理します。先回りしてやってあげたいことはやればよく、減らしたいのは心配だけで消耗する部分だといいます。
実際に必要な準備。やってあげてよいもの
なるべく減らしたいもの。目の前の課題に集中する、心配ごとを誰かに任せることで軽くできる
中里さんは、以前の回で桜林さんが話した「とにかく継続することが大事」という言葉にも触れます。周りを頼りまくる、自分を甘やかす、少し適当になるといった工夫は、子育てを長く続けるための手段だという考えです。
しかもさ、ずっと3歳なわけでもないじゃん。継続するって言っても成長するし、親も親で慣れてもくるしね。
中里さんは、長くやるための環境づくりなら今から始めてもよいと話します。支援してくれる場所を調べ尽くし、使えるものはすべて使ってよい、というのが二人の一致した意見です。
コミュニティの先輩保護者が「固めるのは賛成」と語ったわけ
中里さんは、BranchのDiscordコミュニティでリズムさんのお便りを共有し、アドバイスや体験談を募りました。届いた中から1件を中里さんが読み上げます。
その保護者は、子どもの将来を安全に固めることに「賛成派」だと書いています。「後ろで固めたその土台があるからこそ、きっと将来子は安心してやりたいことができ、親も安心して見守れるのではないでしょうか」という意見です。
さらに、親が用意した選択肢から子が選んでもよいし、選ばなくてもセーフティーネットがあれば子は他のことに挑戦できる、と続きます。「心配はぶつけず、あくまで見えないところでがっつり土台を固めておく、保険をかけておくようなイメージ」とも表現しています。
この保護者は、成人した自閉症の子をもつ複数の保護者から「小さい頃はたくさん悩んで心配したけど、そのうちの9割は起こらなかった」と聞き、気持ちが軽くなったそうです。投稿は「考えてしまうのは呪いではなく、愛情とか応援とかそんなものではないか」と締めくくられていました。
桜林さんは、この言葉は実際に手助けが必要な子の親だからこそ響くもので、「全お母さんにというより、ピンポイントでこのお母さんへのメッセージ」だと受け止めます。そのうえで、心配と「安全にしてあげたい」気持ちには境目がないことの難しさを口にしました。
考え尽くすのはいい、でも子どもにぶつけない
心配と準備の境目について、中里さんは「考え尽くしておく」のはよいと答えます。理由は、考え尽くしたという実感があると保護者自身が楽になるからです。
このお母さんの場合、他の障害を持つ親御さん大体そうだと思うんですけど、考えるなって無理なんですよね。考えちゃうから。
ただし中里さんは、子どもが思春期に入り、自分で選択肢を選べる年代になったときに、親が考え尽くした選択肢を押しつけるのはよくないと付け加えます。選択肢を見せるのはよくても、「このルートに行かなきゃダメ」となるのは問題だという考えです。
それは別。あくまでも親が安心するためにだからね。
桜林さんは、本を読む、事例を調べるといった行動も、安心できるならやった方がいいと話します。自分の子どもの例しか知らないと「唯一無二の困難」と思い込みがちですが、他の事例を知るだけで安心できることもあるからです。
中里さんは、ダウン症の子の場合、選択肢が現状少なく、早めに何かを選ばなければならない場面が出てくるかもしれないと話します。一方で桜林さんは、3歳の今は何ができて何ができないかわからないので、今すぐ決めることはあまりないかもしれないと応じました。
桜林さんは、3歳を過ぎれば本人が困ることやストレスに感じることも1歳や2歳の頃より分かりやすくなると話します。年齢を重ねてお互いのコミュニケーションに慣れることで、少しずつ楽になる部分もあるかもしれません。
「ダウン症の子」ではなく「この子」を見る
桜林さんが「ダウン症だからこうというより、本人の性格はこれから出てくる」と話したのを受けて、中里さんは障害名が生むレッテルについて語ります。ASDやADHDと聞くと物忘れや衝動性といったイメージが先に立ちがちです。
よくよくその子を見てみると、やっぱり子供一人一人はめちゃめちゃパーソナルなんですよ。
中里さんは、レッテルどおりの子どもはまずいないと話し、3歳からさらに出てくる個性を「ユニークだな」と楽しめるとよいと続けます。
桜林さんは、自分でASDやADHDだと話す大人の友人に「それ関係ないよ」とツッコむことがあると明かします。診断名で楽になる部分もあるものの、その枠に当てはまらないことの方がずっと多い、という実感からです。
「ダウン症の子」「ASDの子」というカテゴリーから入ると、レッテルどおりの子だと思い込みやすい
カテゴリーに関係なく、その子のユニークなポイントがたくさん見えてくる
結論は「これはのろいじゃないかも」
中里さんが「この呪いは解けるのかな」と問いかけると、桜林さんは、コミュニティの保護者も「賛成」と言っているように、のろいと思わなくてよいのではないかと答えます。
こういう思いがあるだけで、過剰にやりすぎてはいけないんじゃないかという疑問があるだけで、それはそれでいいんじゃないかなって。
桜林さんは、準備しすぎだとしても、それで親が安心できるならよいと話します。まだできないだけの健常な子に何でもやってあげることとは話が別だ、という整理です。
中里さんが最後まで気にかけていたのは、やはりリズムさんの「疲れ」でした。子育てはこれからも続くので、抱えていると感じる部分を他の人に頼る環境を設計していくことが大事だと締めくくります。
でも言えてよかった。
中里さんも、番組に打ち明けてくれたこと自体がよかったと応じ、他の人にも話して支援者を見つけるコミュニケーションを取れるとよいと話しました。桜林さんは、この相談を聴いて安心するリスナーもいるはずだと添えています。
まとめ
障害のある子の将来に備えすぎてしまう気持ちについて、中里さんと桜林さんは「のろいと思わなくていい」と結論づけました。考え尽くすことは親の安心につながり、気をつけるべきは、その心配を子どもにぶつけることと、親が一人で抱えて疲れ切ってしまうことだといいます。
- 特性や障害のある子への手厚い準備は過保護ではなく、実際に必要なこととして受け止めてよい
- 3歳には3歳のやるべきことがあり、遠い将来より目の前の課題に集中する方が大事
- 子育ての力を10とするなら自分は1、9は周りに頼るくらいの気持ちで環境を整える
- 考え尽くすのはよいが、選んだルートを子どもに押しつけない
- 障害名のレッテルではなく、その子本人のユニークさから見ていく



