電気ひざ掛けに布団乾燥機、冬をどう乗り切る?
今回の親の「のろい」をとくラジオは、テーマを決めない雑談回です。配信が2月になることから、桜林さんは中里さんに「寒い時期をどう過ごしているか」と問いかけます。
中里さんが最近買ったのは、足先を包んで電気で温めるグッズです。仕事中、デスクの下で足先が冷えるのが悩みだったといいます。
ちょっとその低温火傷っぽい感じになる時があるじゃん。
足先を温めるグッズは温度が直に伝わりすぎることがあり、中里さんは温度を下げたり靴下を重ねたりしながら、まだお試し中だと話しています。
一方の桜林さんが何年も愛用しているのは、コード付きの昔ながらの電気ひざ掛けです。コードレスも試したものの、温かさが弱かったそうです。
だから結局コード付きの昔ながらのやつなんだけど、めっちゃいい。こたつほぼ。
桜林さんによると、電気ひざ掛けで下半身全体を温めると、直接届かない足先まで温まるといいます。エアコンの温度を上げても足元までは暖かくならないため、娘や母にも買って勧めているそうです。
桜林さんの寒さ対策は、ほかにもいくつもあります。どれも日々の工夫として紹介されています。
- 寝る前の布団乾燥機。本当に寒い日は湯たんぽも足す
- 外出時はシルクの入ったスパッツ状のズボンを重ねる
- 暑すぎる日はニットのレッグウォーマーで足首を温める
- 長時間外にいる日は、靴の中に貼るシート状のカイロ
布団乾燥機は中里さんも去年から使い始め、「革命だったかもしれない」と話します。靴については、中里さんがモコモコした靴を履く一方、よく歩く桜林さんはスニーカー派で、そのぶん足首を温める工夫をしているといいます。
寒さを我慢しなくていい、と思えるようになった理由
桜林さんは雑談サービスでいろいろな人と話すなかで、エアコンをつけても寒いときに「もう一枚着て我慢する」という人がちょいちょいいることに気づいたといいます。
え?なんで我慢するの?って思うようになった。もう我慢なんて一個もしなくていい。あっためなって思ってる。
桜林さんは、寒さで外に出なくなり日を浴びないことが、気分の落ち込みや元気のなさにつながると考えています。「寒さはなめちゃいけない」というのが桜林さんの実感です。
中里さんは、机ごとこたつのようにするグッズや、保護者さんに勧められた2万8000円のノンオイルヒーターを、大きさや価格で迷って買えずにいると打ち明けます。桜林さんも、オイルヒーターで電気代が高くついた失敗を挙げつつ、昔よりはあったかグッズを買うことに躊躇がなくなったと話します。
その実感を強めたのが、正月の沖縄旅行でした。桜林さんによれば、沖縄は長袖Tシャツでも暑いくらいで、持って行った薄いコートは一度も着なかったそうです。
中里さんが、沖縄は南にあるため年末年始でも18時ごろまで明るいのではないかと補うと、桜林さんもうなずきます。桜林さんは3日間とも2万2000歩以上歩き、それでもヘトヘトにならなかったといいます。
でもそれって寒くないからはでかいなと。
沖縄までバスケを見に行けるほどの「好き」はどこから来た?
桜林さんが正月に沖縄へ行った目的は、バスケットボールの観戦でした。桜林さんは、好きなもののために出かけられるようになったこと自体をよかったと感じています。
中里さんが「昔はできなかったのか」と尋ねると、桜林さんは、そもそも好きなもの自体があまりなかったと答えます。
少なくともこんなバスケみたいに沖縄に行くほど好きなものって今まで本当になかったから。すごく珍しいことで、自分にとって。
中里さんが育児の手離れを理由に挙げると、桜林さんはそれもあると認めます。学費の心配がなくなり、お金を使うことに躊躇がなくなったことも重なっているそうです。
一方で桜林さんは、10年前ごろは「やるべきこと」「クリアしなきゃいけないこと」が先にあり、自分の好きなものを探そうともしていなかったと振り返ります。
約10年前は、やるべきことをクリアするのが先で、好きなものを探そうともしていなかった
育児の手離れや学費の心配がなくなったことも重なり、好きなバスケのために沖縄まで行けるようになった
漫画は今も読んでいるものの、桜林さんにとっては当たり前の習慣に近く、「没頭」や「夢中」とは少し違うといいます。好きなもののために遠征や旅行に出かけるフットワークの軽さは、桜林さんにとって初めての感覚だそうです。
「推し活だね」と言われるとピンとこないのはなぜ?
桜林さんがバスケ観戦の話をすると、「推し活だね」と言われることがあります。けれど桜林さんは、その言葉に自分のことだという感覚が持てないといいます。
推し活って言われると全然自分のことっていう感じがしない。ピンとこなくて。それは推し活をバカにしてるわけじゃなくて、それと自分のしてることが全然合致しないっていうか。
なんかすごい淡々と好きなわけ。
桜林さんは、「推し」という言葉自体が変わってきていて、「私の推しはハンバーグです」と言ってもおかしくなくなったことも認めています。そのうえで、推しという言葉に若干引っかかる自分がいると話します。
中里さんは、推しのイメージを「推しの対象の成長に共感し、自分にはできない成長を一緒に喜ぶこと」だと説明します。桜林さんはそれを「同化する」と言い換えます。
桜林さんが「自分の子どもを推しと言われたら気持ち悪くないか」と尋ねると、中里さんの答えは意外なものでした。Branchの中では「子どもが最強の推し活」という言葉がちょいちょい出てきていて、中里さん自身も納得しているといいます。
このやり取りを受けて、桜林さんは推しへの違和感の正体に近づいていきます。桜林さんが苦手なのは、自分と相手を混ぜる部分だといいます。
私たちファンのために供給してくれてるみたいな感覚とか、なんかファンのために彼らはやってくれてるみたいな。
なんかこう、自分のためにとか、あなたのためにみたいな、その混ざり具合みたいなものが、多分私はちょっと苦手で。
桜林さんは、子どもに対して「あなたと私は別」という感覚が強いのも、同じ話だと考えています。バスケの会場で最前列から写真を撮り続けるファンや、選手のプライベートまで知りたがるファンを見ても、桜林さんは自分とは違うと感じるそうです。
推しの対象と自分を重ね、成長を自分のことのように喜ぶ。対象がファンのためにやってくれている感覚も伴う
追いかけて見に行くほど好きだが、淡々と好き。彼らの頑張りは彼らのもの、自分の楽しみは自分のものと分けておきたい
中里さんが「自分の夢や人生を他人に預けるなよ、という感じか」と尋ねると、桜林さんは、その楽しさもわかるとしたうえで答えます。
その楽しさもわかるから、それってめっちゃ気持ちいいし楽しいよね。でも私は絶対したくないみたいな感じが多分あるんだよね。
桜林さんによれば、アイドルは「ファンのおかげです、ファンのためにやっています」という仕事です。バスケもファンがいなければ続けられないものの、「ファンのためにやっている」という感じは薄く、それを前に出されると背負わされるようできついといいます。
中里さんもこの話に共感し、「何々のためにではなく、その人がその人のままやっている素の姿が好きだ」と話します。中里さんにも好きなものや応援している人はたくさんいますが、この回の文脈での「推し」はいないそうです。
誰かに自分の人生を預けるとか、誰かの人生に同化してその人の成長を喜ぶみたいなところまで深みにはまれない自分はいるかもしれない。
桜林さんは、「それって推しじゃん」と言われて「そうかもね」と終わる日もあれば、何かが違うと感じる日もあるといいます。その堂々巡りを、ガムを噛み続けるように考えるのが今は楽しいと話しています。
100人いれば100通り?「推し」という言葉の不思議
中里さんは、推しに関する本が最近たくさん出ていることに触れます。コテンラジオ ── 歴史を題材にしたトーク番組として人気のポッドキャスト。本編のほかに、ゲストを招く番外編も配信されていますの番外編でも、LINEヤフー会長の川邊さんが、ビジネスの話を一切せずにハロプロ ── ハロー!プロジェクトの略称。モーニング娘。などが所属する女性アイドルグループの総称ですの推しについて話し続けていたそうです。
桜林さんは、推しは100人いれば100人違うものなのに、「それなら推しとは言えない」とは誰にも言えない点を不思議に感じています。
みんな同じこと言ってるようで、全員違うこと言ってるみたいな。
中里さんは推しにも「右翼左翼」のようなグラデーションがありそうだと話し、桜林さんは「流派」もありそうだと応じます。アイドルのようなファンダムが発端だとしても、今は「推し企業」や、グループ全体を応援する「箱推し」のような使い方まで広がっているといいます。
推し企業の例として、桜林さんは「山崎実業大好き」という言い方を挙げます。そのうえで、自分は推しそのものより言葉に興味があるだけかもしれない、とも話しています。
推しを扱う本として、中里さんは朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』や、三宅香帆さんの若者の考察をテーマにした本の名前を挙げます。桜林さんによれば、どちらの著者もご自身がオタクで、何かを推している人だといいます。
推せない私から見た推しっていうのって、やっぱ全然違うものを見えてる気がしてて、面白いなって思っている。
中里さんは、本当に推している人は推すことで本人も幸せそうでキラキラしていて、自分はそこまで行けていないと話します。ところが桜林さんは、友人から「バスケの話をしているときはめっちゃ嬉しそうだし早口になる」と言われるそうで、推しかどうかはやはりグラデーションだと笑います。
自分で生み出す「好き」は推しとどう違う?
桜林さんの娘さんは、放っておけばずっと絵を描いている、ずっと同じゲームをしているというタイプです。好きなものが時期によって変わっても、本人がそれを分かっていて探す必要がない状態を、桜林さんはずっと羨ましく思ってきたといいます。
それでも桜林さんは、娘さんの「好き」を推し活と呼ぶのは違う気がしています。中里さんはその違いを「自分の中から生み出している感じ」と表現します。
自分が絵を描くとかっていうのってさ、なんかやっぱり何か自分以外のものを応援するとか、供給されたものを浴びてるみたいな感じとはちょっと違うからね。
桜林さんは、没頭や夢中といったオタク気質の子でも、推しのようにはならないパターンがあると考えています。自分のやることがある子は、外側からもらい続けたいという気持ちがあまりないのかもしれない、という見立てです。
中里さんも、自分は『進撃の巨人』や漫画のオタクだと自認しているものの、「推している」と言われたいわけではないと話します。桜林さんは、推しという言葉には「詳しい」とは少しずれた意味合いが含まれていると応じます。
中里さんは、推しは終わったテーマではなく2026年にさらに出てくるテーマだと感じているそうです。ファンダムの話はポピュリズムやマーケティングにも近く、もう少し本やポッドキャストで深めてから改めて話したいといいます。
桜林さんは最後に、好みの形がわかると安心するものだと話します。避けたいものと好みの形が見えてくることが、この雑談のひとつの手応えだったのかもしれません。
次回は、子どもを心配しすぎてしまうという「のろい」について話す予定だと告知されています。
まとめ
寒さを我慢しないという話から始まり、桜林さんがバスケ観戦をきっかけに「推し活」という言葉への違和感を言語化していく雑談回でした。答えを出すのではなく、好きなものとの距離感を考え続けること自体が楽しい、という姿勢が印象に残ります。
- 寒さは気分や元気にも影響するので、温めるための工夫やグッズへの出費をためらわなくていいと二人は話している
- 桜林さんは好きなもの自体があまりなかったが、今はバスケのために沖縄へ行けるほどの「好き」を持てるようになった
- 桜林さんの推し活への違和感は、対象と自分を混ぜ、「ファンのために」を背負わされる感覚への苦手さにあるようだ
- 推しの意味は人によって違い、グラデーションや流派があるため、誰かの「好き」を推しかどうかで線引きするのは難しい
- 自分の中から生み出す「好き」は、外から供給されたものを浴びる推しとは少し違うのではないか、という見方が示された





