「ちゃんとした親になれていない」悩みはなぜ多いのか
第4回の冒頭、中里さんと桜林さんは収録にも慣れてきたと振り返り、前回のゲームと子どもの将来、自己決定力の話に触れたうえで、今回のテーマに入ります。
中里さんによると、Branchで保護者と面談を重ねる中で、「ちゃんとした親になれていない気がする」という悩みは本当によく聞くものだそうです。
ちゃんとしなきゃみたいな悩みっていうのは本当によく聞くなっていうふうに思うんですよね。
桜林さんは「ちゃんとって具体的に何ですか」と思いつつも、その感覚はわかると応じます。自分の親にこうしてほしかったという理想や、嫌だったからこうしたいという思いは無視しなくていい一方で、漠然とした「ちゃんとした親」になれていない感じは常にあるといいます。
中里さんはこの感覚を、ストライクゾーンのような抽象的な枠の中にいたいという気持ちに追い立てられている状態ではないか、と表現しています。
ごっこ遊びが苦手だった桜林さんは、なぜ早くに諦めたのか
桜林さんは子どもの頃から、みんなができて自分はできないことが多く、「しょうがない」と諦めるのが早い性格だったと話します。
親になってからも同じで、子どもを産んだ友人が「ちゃんとお母さん」をしている姿に違和感を覚えたといいます。
なんかお母さんっぽいこと言ってんじゃん。逆に言うとあんたらしくないねっていうこととかを結構気づいちゃう方で。
桜林さんは、お母さんごっこのような「なりきる」遊びが昔から苦手でした。自分を俯瞰してしまい、没頭できないからかもしれないといいます。
そのため、母親になったから母親らしく振る舞うこともできず、いわゆる「お母さん」になるのは無理だと早くから諦めていたそうです。子どもにもその気持ちを伝えていました。
子供にも残念ながらあなたの親は私で諦めてって。
ただ桜林さんは、諦めることも裏を返せば「なれていない」とずっと気にしていることだと振り返ります。その意味で、自分にも同じ呪いがあったと認めています。
リスナーのお便り「毎日反省ばかりです」
ここで中里さんが、今回のテーマにぴったりのお便りを読み上げます。
私はどうすればちゃんとした親になれるのかわからず、毎日疲れています。仕事も家事も育児も完璧にこなさなければいけない。子供の前では笑顔でなければいけない。SNSで見る他の親御さんはみんなキラキラしていて、自分だけ不甲斐ない親だと感じてしまいます。些細なことでも子供にイライラしてしまう自分を許せなくて、毎日反省ばかりです。この親はちゃんとしなきゃという呪いからどうすれば解放されるのでしょうか。
桜林さんがまず問いかけたのは、「ちゃんとした親」という像がどこから来ているのか、という点です。二人は思いつく出どころを挙げていきます。
- 育児書やSNS
- 自分の親(「お母さんはしてくれたから自分も」)
- 義理の両親からの、言葉にされないプレッシャー
中里さんは、孫を溺愛してプレゼントをたくさんくれる義両親からも、ちょっとしたプレッシャーを感じることがあるのでは、と例を挙げています。
漠然とした「ちゃんと」が、できていない所ばかりを見せる
桜林さんは、「ちゃんとする」が漠然としているため、何ができたらOKなのかがわからないのだと指摘します。その結果、できている人と比べて、できていない部分ばかりを見てしまうといいます。
だからちゃんとした親像が自分できっちり自分はこうありたい、これとこれができるようになりたいって思ってたら、そこまでつらくはなさそうなんだよね。
つまり、つらさの源は基準の曖昧さと他人との比較にある、というのが桜林さんの見立てです。
中里さんは別の角度の例も出します。親がしっかりしたご飯を作っても、子どもは食べられないものが多く、結局「マクドナルドがいい」となることがあります。そのとき、子どもに合わせるのか、自分のこだわりを通すのかという分かれ道が生まれます。
桜林さんは、「こうあるべき」だけで進むと子どもが本当に喜んでいるかが見えなくなり、自分も追い詰められてしまうと答えています。
中里さんはここまでを、比較相手がいて自分ができていないと感じるタイプと、自分に厳しい「鬼コーチタイプ」で家族が求めるものとずれるタイプの、2つがありそうだと整理しました。
SNSの親など比較相手がいて、自分はできていないと感じてしまう
自分に厳しくどんどんしっかりしたいが、子どもや家族の求めるものとずれる
SNSのキラキラはどこまで信じていいのか
桜林さんは「私ひねくれてるから」と前置きし、SNSの完璧に見える料理やお出かけの投稿も、そう見せたいだけだと受け止めていると話します。
だって自分だって綺麗なとこだけ切り取ってちゃんとしてる風に見せることなんてできちゃうから。
さらに桜林さんは、いろいろな人のいいところを集めて、総合的に超強い架空の他人を作ってしまうことに注意を促します。一人ひとりにはできることもできないこともあるはずだからです。
自分を責める材料を集めてくる「鬼コーチ」とどう向き合うか
桜林さんによると、自分の中に鬼コーチがいる人は、その鬼コーチが自分を責める材料を勝手に見つけてきてしまいます。
いかにお前はできてないかのための材料を勝手に見つけてきて、ほら、あの人はできてるのにお前はできてないって見つけてきちゃう。
そうなると、SNSの相手が本当にちゃんとしているかどうかより、自分を責めること自体が目的になってしまいます。だから「気にするのをやめよう」だけでは難しく、ちゃんとしないと何が起きると恐れているのかを根本的に考える必要がある、と桜林さんは話します。
中里さんは、親など実在の人物の厳しさが内在化している場合もあるのか、と尋ねます。桜林さんは、部活のコーチや親、身近な大人の場合もあれば、言葉ではなく非言語コミュニケーション ── 表情、態度、沈黙、雰囲気など、言葉以外の手段で伝わるコミュニケーション。直接言われていなくても期待や圧として受け取ることがありますで圧を受けていた場合もあると答えます。
たとえば「長女だから」「お兄ちゃんだから」と自然に思わされ、実際にはそれほど言われていなかったという人もいるそうです。
例えばまともな大人になれないぞって言われてたりすると、ちゃんとしないと大変なことになるって、私はまともな大人になれないって信じてるみたいなこともあるけど、今冷静に考えたら馬鹿らしかったりするじゃないですか。
桜林さんは、なぜ自分を責めようとするのかは「結構昔に遡る」ことが多く、今の表面だけを考えても難しいかもしれないとしています。
冷凍食品に「いいね」が集まるBranchのコミュニティ
中里さんは、Branchのコミュニティで生まれている文化を紹介します。「今日は疲れていたので冷凍食品で手抜きしました」という投稿に、他の親が「お疲れ様でした、いいね」「今日は飲んじゃいましょう」と応じるやりとりが定期的に起きるそうです。
背景には、子どもを大事にするあまり親自身のメンタルをないがしろにしていないか、という問いかけをBranch全体で大切にしている雰囲気があるといいます。
なんだろうな、大きな声で手抜きしましたとかって、なんならXとかに書けない気もするんですよ。
中里さんによれば、子どもは冷凍食品が好きだったりするし、親は休む時間が増えるので、いいことしかありません。それでも大々的に言えない空気が社会にあり、そこが親を苦しめているのではないかと話しています。
桜林さんはこれを「弱みを見せられない」状態だとまとめ、本当は見せたら喜ぶ人もいるのに、と応じました。
「今日はダメかも」と言うと、子どもは喜ぶ?
桜林さんは、親が弱みを見せると子どもも喜ぶと考えています。疲れた日は、真っ先に子どもに「今日はダメかもしれない」と伝えていたそうです。
もう今日はじゃあサイゼリアに食べに行こうかとか。
すると子どもの方から「ちょっと高いアイスでも買ってゆっくりしようよ」と言い出したりするといいます。桜林さんは、子どもは頼られると嬉しいのだと話します。
桜林さんはそれに味を占めて、できないことも「今日はもう無理」ということも子どもに見せてきましたが、子どもが困ることはなかったように思うといいます。むしろ子どもが張り切ることもあったそうです。
親は「ちゃんとしなきゃ、弱みを見せてはいけない」と思い込んでいる
「今日はダメかも」と伝えると、子どもがアイスやサイゼリアを提案し、頼られて張り切る
弱みを見せるのは「技術」
中里さんは、子育てに限らず弱みを見せることはとても大事だと話します。主語が大きいと断りつつ、日本人は弱みを見せるのが下手だと言われることにも「ちょっとわかる」といいます。
桜林さんは、これも主語が大きいとしたうえで、男性の方が下手だと応じます。一方で女性同士は、弱みを見せ合うことで「毛繕い」をするようなところがあるといいます。
え、私もだよとか、私もこんなできてないよとか言って、毛繕いトークみたいなことが結構あって、それが生存戦略でもある。敵じゃないよっていう。
それでも、自分の親や子どもには弱みを見せられないことがあるのだろう、と桜林さんは考えます。そのうえで、弱みを見せるって技術だから、やっていった方がいいと話しています。
中里さんも、「ちゃんとしなきゃ」の呪いから脱却することは、ちゃんとしていない自分をどう出すかという話であり、弱みの見せ方の話に近いと受け止めました。
「凸凹ごと見せる親」の方が子どもは安心する
桜林さんは、「親は全然ちゃんとしていないけど楽しそうに生きている」という姿を見せることを、むしろ意識してきたと話します。自分ができていないのに「ちゃんとしなさい」とは言えず、自分がちゃんとすることも、子どもに求めることも早くから諦めていたそうです。
ただし桜林さんは、何もしなくていいわけではないとも付け加えます。みんなと同じことはできなくても、「これができるからこれをやっている」というものは伴う、という考えです。
親が子どもに影響を与えるのは避けられないので、いい影響を与えたい気持ちはよくわかる、と桜林さんは言います。それでも、ごっこ遊びのような「ちゃんとしているっぽいこと」より、別の姿の方が子どもは安心するのではないかと考えています。
この凸凹含めて見せちゃう方が安心するんじゃないかなとかは思うね。
弱みを見せる親が、子どもの「相談力」を育てる
中里さんは、以前にも番組で紹介した信州大学の本田英夫先生の話を引きます。先生は、子どもが身につけるとよいものとして、自己決定力と並んで「相談力」を挙げているそうです。
相談力とは、自分ができないことを認知し、大人や友達に助けを求めたり相談したりできる力のことで、これがあると生きやすくなるといいます。中里さんは、この相談力が「親の弱みを見せる力」とつながっているのではないかと考えています。
親が弱みを見せる
完璧ではない姿を子どもの前で隠さない
子どもが安心する
「大人もこんなでいいんだ」と感じる
弱みを許せる
自分のダメなところを認知し、許しても大丈夫と思える
相談できる
苦手な部分を人に相談したり、助けを求めたりできる
逆に、親が完璧を目指して子どもにもそれを求めると、子どもも「ちゃんとしなきゃ」となり、相談しにくくなる傾向があると中里さんは話しています。
そうかもね。私、なんなら子供に相談してたもんな。ご飯作りたくないんだけど、どうしたらいいと思う?
桜林さんは、相談や弱みを見せることを「当たり前にすること」だと思えた方が気は楽だ、とまとめています。
呪いを解く3つのヒント
中里さんは「結論を考えずに話し出した」と笑い、桜林さんも大きなテーマなのでこれからも話していくことだと応じます。そのうえで中里さんが、この回の話を整理しました。
桜林さんは「時間かかってもね」と添え、中里さんは「意外と皆さん許してくれますからね」と締めくくりました。
次回は「勉強させなきゃ」という呪いを取り上げると予告されています。
まとめ
「親はちゃんとしなきゃ」という呪いは、基準が漠然としているからこそ、比較や自分を責める気持ちに飲み込まれやすいものです。中里さんと桜林さんは、その出どころをたどりつつ、弱みを見せることが親にも子どもにも楽な道になりうると語りました。
- 「ちゃんとした親」が漠然としていると、できていない所ばかりに目が向いてしまう
- SNSの姿は一部であり、他人のいいとこ取りで架空の完璧な親を作らない
- 自分を責める「内なる鬼コーチ」は、過去の親や先生などにさかのぼって分解してみる
- 「今日はダメかも」と弱みを見せると、子どもは頼られて喜ぶこともある
- 親が弱みを見せる姿は、子どもの相談力につながるかもしれない






