食い逃げ事件から始まる、ユニークさへのこだわり
今回のThe Solutionsのゲストは、ブラックサンダーで知られる有楽製菓の3代目社長・河合辰信さんです。この回では、普段MCを務める川口葵さんが急性胃腸炎で倒れたため、裏方で企画構成を担当していた石川ミクさんがピンチヒッターとしてMCを務めます。
三浦崇宏さんと河合さんの出会いは、幻冬舎の編集者・箕輪さんが営むラーメン屋での忘年会のあと、近くのスナックだったといいます。ご機嫌なナイスガイが輪に入ってきて、それが河合社長だったそうです。
有楽製菓は1955年創業。1994年に発売したブラックサンダーが大ヒットし、2025年時点で累計出荷本数は19億本に達しています。
19億本も出荷してるんですか?
そう、もう多分ぼちぼち20億本なんじゃないかなと。
河合さんは番組冒頭、「チョコバージャパン」と書かれたブラックサンダーの衣装を披露します。三浦さんは、小学校2年生でもわかる英語がさん然と輝いていると笑いを誘います。
有楽製菓が創業時からユニークさを大事にしてきた理由を、河合さんはこう説明します。
大手の企業がたくさんある中で、中小企業が生き残るためには、ユニークなことをどこよりも早くやっていかないと生き残れない。
そのユニークさの源流にいるのが、創業者である河合さんの祖父です。ただし思い出として語られたのは、意外なエピソードでした。
家族みんなで食事に行って、最後デザートが全然来ないと。怒って(お金を払わずに)帰っちゃいましたね。
結局、大人が1人戻って会計を済ませたため食い逃げは免れたそうですが、三浦さんは「ブラックサンダー創業食い逃げ事件」と面白がりました。
名前は中二病、パッケージは英語表記。売れなかった初代ブラックサンダー
ブラックサンダーが生まれたのは1994年です。もともと有楽製菓はOEMやPBの商品を手がけており、原料として扱っていたココアクッキーがきっかけになりました。
当時、軽い食感のパフを使ったチョコレートバーが主力でした。それに対して、ココアクッキーを使い満足度の高い重い食感のものを作ろうという発想から生まれたのがブラックサンダーです。名前は、ココアクッキーの黒さから「ブラック」、子供が好みそうな戦隊もの風の響きから「サンダー」を付けたといいます。
ブラックサンダーって名付けてるのが、もうこの中二病がすごいですよね。
でもどう考えても売れそうにないじゃないですか。
河合さんは自社商品に対して終始客観的です。初代パッケージが商品名をアルファベット表記にしていたことにも、厳しい目を向けます。
(初代パッケージは商品名を)アルファベットで書いてあるんですよ、ブラックサンダーって。
これ結構改めて見るとひどいなと思って。よくこれで売ろうと思ったなっていう。
子供向けなのにアルファベット表記という状態は、発売から10年ほど続きました。カタカナ表記に変わったのは2003年のパッケージからです。
(19)94年に生まれて、(19)95年には早速販売不振で一時生産中止になって。
発売翌年には販売不振で一時生産中止となっており、当時は「一時」ではなく、終売としての判断でした。
よくこんなメジャー商品になりましたね。
九州の営業マンの直談判と、大学生協で起きた逆転
一度は終売となったブラックサンダーが復活したきっかけは、九州の営業マンの働きかけでした。担当エリアで売れるからと、当時専務だった河合さんの父に何度も直談判したそうです。
(九州の担当先が)ブラックサンダー売れるからちょっと売らしてくれっていう話を上げてくる。
あまりにしつこいため、残っている資材の分だけ作ろうということで、なんとか復活したといいます。九州で売れた理由については、テレビ番組の調査で、中秋の名月の頃に子供がお菓子をもらいに歩くハロウィンのような習慣があり、その中でブラックサンダーが使われていたのではないか、と説明されました。ただし河合さん自身も詳細は曖昧だと率直に話します。
大ヒットへのターニングポイントとして、河合さんはまず2003年のカタカナ表記への変更を挙げます。ブラックサンダーの3大パッケージの一つだといいます。
商品特性が名前の中にないわけですよ。
三浦さんは、おばあちゃんのぽたぽた焼のように商品特性を名前に持つ老舗菓子と比べ、ブラックサンダーはカタカナにしただけでも大きな進化だったと指摘します。パッと見て何かわからない状態から、認識してもらえる状態への変化です。
もう一つの転機が、大学生協での広がりでした。ブラックサンダーは30円で、駄菓子としては高い価格帯だったため、10円20円の駄菓子が並ぶ場所では手が伸びづらかったといいます。
駄菓子の世界ではちょっと高いから手が伸びづらかった。
ところが大学生協では、100円のお菓子が並ぶ中で、安くてコストパフォーマンスのいい商品というポジションに変わりました。関西エリアの大学生協では、売り場でナンバーワンの商品になった話もあると河合さんは語ります。
三浦さんは、これをマーケティングの観点から評価します。場所が変わることで、同じ価格の商品の位置づけが「高い」から「安い」へ反転したというわけです。
(売り場の変化は)全くです(意図していなかった)。
元エンジニアの社長が、有楽製菓にマーケティングを持ち込むまで
話題は、有楽製菓のマーケティングへと移ります。河合さんはもともと家業ではなく、シスコシステムズでシステムエンジニアとして働いていました。
そうなんです、SEなんです。
マーケティング未経験で入社した河合さんですが、外的要因で売れ始めたブラックサンダーを、今度は自分たちの力で伸ばそうという方針が社内で立ち上がります。
外からの風で動いてるだけじゃなくて、自分たちでこがなきゃいかんと。
まず社内で勉強会を立ち上げ、河合さんも参加しました。半年ほど学んだのち、開発出身の2人でマーケティング部を発足させます。
半年勉強して。
半年勉強して、もういけるだろう。
マーケティング部が徹底して求められたのが、消費者インサイトの追求でした。顧問の先生から、ニーズではなくインサイトを考え抜けと言われ続けたといいます。
とにかくお客さんのニーズではなく、インサイトを考えて考えて考え抜けっていうのを。
三浦さんは、インサイトを、お客様自身もまだ言語化できていない心の奥の欲望と説明します。有楽製菓では、ブラックサンダーがなぜ愛されたのかを分析し、次の商品展開につなげることをミッションに据えました。
「ひと目で義理とわかるチョコです」が生まれた発想
マーケティング部の立ち上げから3年ほど経ったころ、有楽製菓は義理チョコキャンペーンで大きな話題を呼びます。「ひと目で義理とわかるチョコです」と自ら名乗るプロモーションでした。
きっかけは、河合さんが数字を見ていて気づいた素朴な違和感でした。
2月の売上が別にそんなに高くないなと思ったんです。
バレンタインで他社のチョコが売れる時期なのに、ブラックサンダーは何も企画をしていなかったのです。そこで河合さんは、ブラックサンダーで本命チョコは無理なら、潔く義理と名乗ろうと考えました。
ブラックサンダーでバレンタインやるんだったら絶対本命じゃないでしょと。もう義理って言うしかない。
三浦さんは、これこそインサイトの発見だと評価します。義理チョコをあげるのも買うのも、お返しも煩わしい。でも本当は欲しい。そうした心の動きに応える商品として、ブラックサンダーが位置づけられたのです。
気を使わない価格で買って渡せて、なんならお返しもブラックサンダーでいいでしょみたいなことが関係性として生み出せるといいな。
「義理って言いすぎました」からの方向転換と、下駄箱を売る発想
義理チョコキャンペーンの数年後、有楽製菓は「義理って言いすぎました」と反省し、より自由に楽しむ方向へ舵を切ります。背景には、義理チョコをめぐる空気の急激な変化がありました。
義理チョコが義務チョコみたいな。
三浦さんは、ゴディバの「義理チョコをやめよう」という新聞広告が話題になった時期を振り返ります。サステナビリティとジェンダーの両面から、義理チョコという文化そのものが批判される流れになっていたと整理します。
そこで有楽製菓は、義理チョコ文化を応援しつつ、義理ではないところへメッセージを移しました。子供のころ、バレンタインはそわそわとワクワクする楽しいイベントだったはずだ、という原点への回帰です。
子供の頃の気持ちを取り戻そうと。ということで、バレンタインもっと自由に楽しみましょうっていうのを始めた。
その方向性をブラックサンダーらしく体現したのが、下駄箱の販売でした。コロナ禍でオンライン販売となったブラックサンダー付きの下駄箱は、2台売れたそうです。
菓子メーカーで下駄箱売ったのって多分うちぐらいなもんだと思う。
ほかにもマネキンやマフラーを販売するなど、菓子メーカーの枠を超えたユニークな企画が続きました。
なぜ王道を外すのか。お金を使わずにUGCを生む発想
有楽製菓は、テレビCMのような王道より、下駄箱の販売や駅への自販機設置といった王道から外れた手法を得意としています。その理由を、河合さんは狙いと事情の両面から語ります。
事情のほうは、そもそもお金が使えなかったことです。マーケティング立ち上げ当時、企画予算が100万円を超えると社長だった父に怒られていたといいます。
お金をいかに使わずに面白いことをやるかっていうのをとにかく工夫してやってきた。そのDNAが今も続いてる。
三浦さんは、ブラックサンダーが1個30円、現在は40円であることを踏まえ、100万円の企画をペイするには何個売る必要があるのかとシビアさを指摘します。
広告費使わなければ純利益。
もう一つの理由が、ブラックサンダーがそもそも口コミで育ったことです。メーカーが一方的に出すメッセージよりも、お客さん自身が作り上げたUGCのほうが浸透していくという実感が、王道を外す発想につながっています。
(大事なのは)いかにUGC作り出せるか、口コミで広めてもらえるか。
三浦さんは、これはむしろ今の時代のマーケティングの王道だと評価します。マスに一気に打つのではなく、ユーザーがどう発信してくれるかを軸に、時にメディアそのものを作る手口ニュートラルな発想だからです。
データに頼らず、人間の感情を読み解くインサイトの考え方
インサイトを重視する河合さんですが、ユーザー調査やデータだけに頼ることは避けています。調査もデータもインタビューも行うものの、それだけに頼らないという姿勢です。
データを見てると何か分かった気になるんですよね。しかも平均値だったりとか、多い少ないとか、そういう話になっちゃう。
相手にしているのは人間なので、心の動きや感情こそが大事で、そこは数字には出てこない。だからデータやインタビューの背景にある思いを読み取ることを大事にしていると河合さんは語ります。
三浦さんは、データに頼らないことと、データを使わないことは違うと補足します。そのうえで、自身が過去に手がけたコカ・コーラの「い・ろ・は・す」の商品開発の例を紹介しました。
コンビニユーザーの環境意識を調査したんですよ。そしたら(スーパー中心の人より)コンビニで主に買い物する人のほうが環境意識がちょっと高かった。
三浦さんは、そのデータを額面どおり受け取らず、コンビニユーザーは少し見栄っ張りなのではないかと読み解きました。そこから、周りに面白がられるように「絞れる」というボトルの特徴を中心にコミュニケーションしたところ、大きく売れたといいます。
「社内フリー素材」を自称する、客観的すぎる社長
河合さんは自らPRに積極的に出ているように見えますが、本人は目立ちたいタイプではないと否定します。
出なくていいなら出したくないんですよ。でも出た方が多分メリットがあるなっていうので出てる。
社内では自らを「フリー素材」と呼んでいるといいます。メディアの取材やプロモーション動画の企画では、最初から社長が出る前提のアイデアが上がってくるそうです。
社内フリー素材なので、社長が出る体のアイデアが出てくるんですよ。
打算的な側面もあると河合さんは正直に話します。お菓子は身近なイメージのほうがポジティブで、顔を知っている人が作っているものには親近感が湧いて買いたくなる、という考えです。
三浦さんは、河合さんの独特の魅力を、一貫した客観性にあると指摘します。メジャーなお菓子を売るオーナー企業の3代目でありながら、自社を持ち上げるのではなく、常に引いた目線で語る姿勢です。
(河合さんは)ずっとおじいちゃん食い逃げしてブラックサンダーどうなんすかねみたいな。ずっと客観的なんですよ。
河合さん自身も、自分たちがお客さんと同じ目線でブラックサンダーを見ている感覚だと語ります。発信や提供という感覚ではなく、一緒に企んでいるようなスタンスです。
社員がアイデアを出しやすくする工夫として、河合さんはしょうもないことを率先して言うようにしていると明かします。社長が率先すれば、みんなも発言しやすくなるという狙いです。
児童労働をなくす「スマイルカカオプロジェクト」への本気
いい意味でおふざけの印象が強い有楽製菓ですが、サステナビリティにも真剣に取り組んでいます。この5年間の平均売上成長は112%で、毎年12%ずつ成長してきたと河合さんは実績を語ります。
取り組みの一つが、社内で「スマイルカカオプロジェクト」と呼ばれる活動です。チョコレートの原料であるカカオの世界的な産地は西アフリカのコートジボワールやガーナで、この地域には今なお児童労働が残っているといいます。
ブラックサンダーは子供向けに作って、みんなを楽しませようとしているのに、その原料が子供の笑顔を搾取している。
子供を楽しませるはずの商品が、原料の段階で子供の笑顔を犠牲にしている。この矛盾を解消するために取り組みを始めたと河合さんは説明します。
河合さんは、社内がワクワクして働くことでお客さんにもワクワクを届けられると考えていたからこそ、その原料でワクワクできないことに気づいたと語ります。
自分たちそんな原料使ってたらワクワクできなくない?と思って。
三浦さんは、ヒーローのような名前で生まれたブラックサンダーが、今まさに本当のヒーローになろうとしていると表現しました。
面白がられるブランドであり続けるための3つの要素
最後に、河合さんは面白がられるブランドを作り、あり続けるために必要な要素を語ります。まず挙げたのが、一緒に面白がることでした。
上からお客さんに面白いものを提供してるよみたいなスタンスでいると絶対面白くならない。
お客さんと同じ目線で「こういうものって面白くないですか」と提案し続けるスタンスが大切だといいます。そのために欠かせないのが、人を理解することです。
なぜこれをやっているのか、なぜこれが好きなのか。その感情を理解しなければ、一緒に面白がることはできないと河合さんは語ります。そして、一度で終わらせず、しつこくやり続けることの重要性を強調しました。
約1時間の収録を通して、河合さんは一度も偉そうにならなかったと三浦さんは振り返ります。淡々と、謙虚に、時に自社への皮肉も交えながら話す姿勢です。
どれだけヒット商品を作っても、お客様と同じ目線でいられる。(それが)一緒にワクワクし続ける一番大事な、社長の人格。
三浦さんは、その社長の人格がそのまま企業の人格になっていると感じたと締めくくりました。
まとめ
ブラックサンダーは、名前も英語表記も「売れるワケない」と本人が振り返る商品でしたが、九州の営業マンの直談判と大学生協という売り場の発見、カタカナへの変更などが重なって逆転しました。その背景には、お金をかけずにインサイトと口コミで勝負する発想と、お客さんと同じ目線で一緒に面白がる社長の姿勢があります。
- ブラックサンダーは発売翌年に一時生産中止となったが、九州での需要と大学生協での価格ポジションの反転で復活・成長した
- 同じ30円という価格でも、駄菓子売り場では高く、100円のお菓子が並ぶ大学生協では安く見える。場所を変える発想が転機になった
- 「ひと目で義理とわかるチョコです」は、2月の売上が伸びていないという数字への違和感から生まれたインサイト発の企画
- 予算が限られていたことがきっかけで、お金をかけずUGCと口コミで広げる王道外しの手法が磨かれた
- 児童労働をなくす「スマイルカカオプロジェクト」など、ふざけた企画の裏でサステナビリティにも本気で取り組んでいる


