日本初のタクシーメディアは、どんな課題から生まれたのか
『The Solutions』は、「その手があったか」と言わせるアイデアに着目するビジネスメディアです。今回のテーマは、世の中に新しい当たり前を生み出すアイデアです。
ゲストは、日本初のタクシーメディア「TOKYO PRIME」を手掛ける株式会社IRIS代表取締役社長の眞井卓弥さんと、番組コンテンツを手掛ける株式会社dof執行役員/クリエイティブディレクターの工藤拓真さんです。
間違いなく10年前にはなかった当たり前が、今目の前にあるわけじゃないですか。これ本当にすごいと思う。
TOKYO PRIMEは2016年に始まった、全国36都道府県のビジネス層に動画広告を届ける日本最大のタクシーメディアです。存在しなかったアイデアが、なぜ10年で当たり前になったのかが、この回の中心テーマです。
眞井さんによれば、TOKYO PRIMEを運営するIRISは、タクシーアプリ「GO」を手掛けるGO株式会社と、インターネット広告のフリークアウトによるジョイントベンチャーです。番組内では、この配車アプリのGOを「タクシーGO」と呼んで区別しています。
片方はタクシーのことだけを考える会社だったため、車内空間や乗車体験をどう良くするかという発想が起点になったと眞井さんは話します。ただ自社だけだとタクシーのDX屋になってしまうため、広告メディアの知見をフリークアウトから借りる形で始めたそうです。
当時のタクシーは、画面がない場所にリーフレットの広告が挟まれていました。三浦さんは、痩身やコンプレックス商材のチラシが多かった印象だと振り返ります。
タクシーの乗車体験を、もっと気づきを与えるとか、ラグジュアリーなものにしたいという思いがどこかにあったので、それを実現するために動画という形を思いついたのがちょうど10年ぐらい前です。
100台では反響ゼロ。一気に3500台へ踏み切ったチャレンジ
最大のハードルは、ハードウェアを買って取り付ける必要があるための先行投資だったと眞井さんは説明します。インターネットメディアと違い、タブレットサイネージという物理的な端末が必要だからです。
最初は都内で始めたんですけど、100台で始めたところ、ぶっちゃけほとんど反響がなくって、それで一気に3500台。
当時の都内のタクシーは約4万台。3500台はおよそ1割弱にあたります。眞井さんは、この規模なら「たまに見るよね」という遭遇率まで到達できるという読みでのチャレンジだったと語ります。
事業成長に効いたのが、決済機との統合です。広告端末をつけてくださいという依頼から、決済もできるGOとTOKYO PRIMEの端末をつけませんか、という提案に変えていったと眞井さんは話します。
決済機は高価で運用も大変なため、そこまでGOやIRISが見てくれるなら、とタクシー会社に受け入れられ、導入が爆発的に進んだそうです。特に2020年頃のキャッシュレス推進の流れに乗れたことが、コロナ直前の伸びにつながったといいます。
ビジネスモデルの根幹は「三方よし」だと眞井さんは強調します。事業会社、広告主、そして場を貸すタクシー会社の三者すべてに利益が落ちる形を意識したそうです。
タクシーGOの利用者が増える
メディアを見る人も増える
GOを使うタクシー会社が増える
メディアを載せる車両も増える
決済とレベニューシェアで相殺
タクシー会社が安く導入できる
この座組がなければ成立してないんじゃないかなっていう。
「あれやんなきゃよかった」2つの失敗。地方特化と海外進出
三浦さんが「今となってはやらなきゃよかった意思決定はあるか」と尋ねると、眞井さんは2つあると答えます。
この10年の歴史の中で、今となってはあれやんなきゃよかったなとか、そういう意思決定とかあるんですか?
三浦崇宏 さんからの質問
眞井さんは、特定都市に絞ったタクシーメディア展開と、コロナ前の海外進出の2つを挙げました。
1つ目は、東京プライムとは別に、特定の地域に限定したメディアを立ち上げてみたことです。地場の広告主や代理店が担いでくれれば成立するのではという発想でした。
すごく東京の稼ぐ力の強さを全国のいろんな都市に降らせているようなところもあって、それを切り出した時に、ここ単体で同じような売り上げが上がるのかっていうと、やっぱりなかなか上がらない。
桁が1つも2つも違ってしまい、単体より全国統一で大きな数字を生み出すことが勝ち筋だったと眞井さんは振り返ります。マスメディアを目指すうえで、全国規模であること自体が重要だったわけです。
2つ目は、コロナ前の海外進出です。シンガポールでライドシェアのGrabと提携し、その車両でタクシー広告を展開しました。
日本の、特に法人のタクシーがどれぐらいオペレーションエクセレンスだったのかっていうことを結構気づかされた。
三浦さんは、日本人のサービス精神や接客のクオリティがサービス体験を支えており、同じ事業でも海外ではうまくいかない例が多いと指摘します。眞井さんも「よくあるのにハマっちゃった」と苦笑まじりに認めました。
広告だけでは疲れる。コンテンツが必要だと気づいた転換点
三浦さんは、収入のあるタクシー利用者に刺すメディアという今の形は当初からの構想だったのかと尋ねます。眞井さんは、そこまで考えきれておらず、動画で広告を届けるところまでが起点だったと明かします。
転機は、広告がずっと流れ続けることでUXが疲れてしまうという課題でした。眞井さんは、広告ではないコンテンツでユーザーに価値を提供する方向へ、2〜3年前に工藤さんらと議論を始めたと話します。
やっぱりタクシーの乗車体験をよりリッチにするっていうところが、やっぱり一番根幹なんですね。
工藤さんは、GOアプリの立ち上げ当初に相談を受けたときは半信半疑だったと振り返ります。流しでタクシーを止めるのが当たり前だった時代に、アプリで呼ぶことが当たり前になるのかと感じたそうです。
ところが実際には、GOの普及で若い利用者が急増しました。それなのに車内メディアは止まったまま、ずっとSaaSの広告が流れていることに、工藤さんは価値を見出します。
びっくりするぐらい若い人増えたんですよ。だけどメディアは止まってて、ずっとSaaSが流れてる。ここってすごい宝物なんじゃないかなと思って。
工藤さんによれば、換算すると朝の情報番組にも引けを取らない数字が出ていたといいます。それなのに広告しか流れていないのは、もったいないというのが最初のきっかけでした。
三浦さんは、SaaS広告はビジネスをしていない人や子供の送迎の母親には関係がなく、嫌な気持ちにさせてしまうと補足します。豊かで面白いものを作らなければ、という気持ちに変わっていったわけです。
この気づきから、メディア「東京プライム」のリブランディングが始まりました。ロゴや世界観の刷新と同時に、その中心に据える番組コンテンツを何にするかがセットで考えられたと眞井さんは話します。
テレビでもOOHでもない。「令和のお茶の間」という発想
番組「秘密のプライム」の狙いを、工藤さんはメディアが目指す未来の選択肢から説明します。
工藤さんは、渋谷や銀座のような目立つ屋外広告ではなく、足元で数字が伸びていて誰もが目にする実態を踏まえ、目指すべきはテレビ、それも「ありし日のテレビ」だと考えたそうです。
めちゃイケとか見てたよねと。けどあれってもう奇跡みたいな会話だったんじゃないかっていうところを議論してて。
三浦さんは、「昨日のあれ見たよね」という会話が翌日学校で交わされることは、すごく豊かなことだったと応じます。工藤さんは、BtoB広告でも子供が口ずさむTOKYO PRIMEにこそ、その宝物が埋まっていると考えました。
工藤さんは、マスメディアで最も大事だったのは「半強制的に見せられる」ことだと分析します。趣味や嗜好を無視して、ただ見てしまう場所にならなければ「あれ見たよね」は生まれないからです。
あのマスメディアがターゲティングし始めた瞬間、終わっちゃったんですよね。
三浦さんは、この10年でメディアの資料がすべてターゲティングの議論に切り替わってしまったと指摘します。一方、GOは10代から80代まで全員が使うため、ただ見せられて「へー」となる場所を作りたかったと工藤さんは語ります。
だからこそ、今トップを歩く俳優にも魅力を感じてもらえるのではないか。それが「秘密のプライム」への発想につながったわけです。
広告が目立つが、知る人ぞ知る状態になりやすい
趣味嗜好を問わず全員が半強制的に目にする
公式キャラ「ラビー」に込めた、番組の見た感の作り方
公式キャラクターのウサギ「ラビー」について、工藤さんはその狙いを説明します。多くの人に見てほしい一方、強力なキャスティングは諸刃の剣で、ゲストは記憶に残っても番組自体が残らないという難しさがあったそうです。
そこで、この番組を見たという「見た感」を作るために、スタジオの大場さんという人形劇団の協力を得て人形を制作し、番組独自のIPを強く持つ方針をとりました。
一個キャラクターを挟むIPにすることによって、番組のオリジナリティが高まるし、番組のファンが、そのキャラクターのファンが同時にタレントのファンになる。
工藤さんは、キャラクターを通すことで10代から80代まで反応が全然違う手応えがあると話します。年代を問わず届く番組にするうえで、IPが要になっているわけです。
もう1つ工藤さんが強調するのが、SNSでどう見られるかをある時からやめた点です。SNSで話題になるのは嬉しいものの、お茶の間の会話は翌日ゆるやかに盛り上がるもので、そそくさとつぶやかれるものではないと考えたからです。
キラーワード連発みたいなことではなく、緩やかにボールを投げるっていう気持ちで編集してまして。
その結果、オチでもない場面に70代が響いたり、ちょっとした仕草を10歳の子がずっと面白がったりと、てんでバラバラな反応が生まれているそうです。
三浦さんも、仲のいいテレビプロデューサーがSNSの反応を気にするのをやめてから番組評価が上がった例を挙げ、全国視聴率とSNSの反応は意外に一致しないと補足します。
平穏の番組の方がいいってことですね。
工藤さんは、芸能ニュースより「いい話」や人情系の話のほうが受け入れられると気づき、量を増やしたといいます。さらに、ラビーが「目を休ませましょう」と語りかけ、30秒ただ目を瞑るコンテンツも好評で続いているそうです。
なぜ声を恵さんに? 令和の虎ではない知的なチャーミングさ
三浦さんは、キャラクターの声を恵さんにした理由を尋ねます。工藤さんは、知的な会話ができる場所でありたかったことを挙げます。
タクシーは暗い環境や明るい環境などさまざまで、片手でスマホを見ている人も多い場所です。だからこそ、声一つで「聞いたら何かあるかもしれない」とドキッとしてもらえるものを考えたと工藤さんは話します。
単に明るくて楽しくてでもなくて、単に知的でもなくて、なんかチャーミングなんだけど、その声の奥に何かもらえるかもしれないって思えるもの。
三浦さんも、恵さんの声で「ちょっと聞いてよ」と言われたら思わずスマホから顔を上げてしまうと共感し、いいキャスティングだと評しました。
一人目のゲストは長澤まさみさんでした。三浦さんは、いきなり大女優から始まって最初は苦労したのではと尋ねます。
工藤さんは、CMという考え方ではまったくダメだったと明かします。俳優の側にも、ミュージシャンが誰もが口ずさめる曲を作りにくくなった状況と同じで、「みんなが知っている」の「みんな」が狭くなっている悩みがあったといいます。
番宣の出口ってテレビしかないっていうのが長らくあって。
番宣の出口が自分のインスタやファンにしか届きにくいという歯がゆさに対し、工藤さんは「句と出会う場所に一緒に出てくれないか」という伝え方で提案したそうです。その思いに共感する俳優が出演し、最初の数名は覚悟が据わっていたと振り返ります。
本当にこの2年、3年ですかね、もう僕も出たいって思う。
全国47都道府県とパーソナライズ。マスとの両立という賭け
これまでの成果について、眞井さんはマスメディアに近づくところまで広げられたこと自体を成果に挙げます。現在の36都道府県から、GOと同じ47都道府県への展開をしっかり目指したいと語ります。
新しい取り組みとして眞井さんが挙げるのが、モビリティデータを生かした出し分けです。セグメントを切りたいというより、乗った人に適したものをより届ける発想だといいます。
現在は全員に同じものが流れますが、GOアプリに登録されたデモグラフィックデータを使い、たとえば男性30代に向けて出す、といった連携を少しずつ始めているそうです。今後はタクシー利用の多いインバウンドユーザーへの出し分けにも挑戦したいと眞井さんは話します。
三浦さんは、アプリ連携でSNSのフォロー傾向まで見えれば、人によって長澤まさみさんの番組が、別の人にはあのちゃんの番組が流れるといったコンテンツの出し分けも可能になると展望します。
マスメディアであると同時にパーソナライズもできるっていう、すごい特殊な立ち位置のメディアになっていく可能性がありますよね。
なぜ当たり前になれたのか。「勝手に公を背負う」原動力
なぜ当たり前になれたのか、という問いに、眞井さんはタクシーという空間にここまでの熱量で取り組んだプレーヤーがいなかったこと、そして日本のタクシーの乗車体験が他のメディアと比べて非常にユニークだったことを挙げます。
工藤さんが議論のたびに感じるのは、「勝手に公を背負っている感」だといいます。株式会社でありながら、みんなのためにという青臭い話をどれだけまっすぐな目でできるかが大事だと語ります。
三浦さんが感じた「その手があったか」は、出発点の角度です。広告メディアを作ろうから始まったのではなく、タクシーの乗車体験を豊かにしようから始まったことが、その後の成功すべてにつながったと語ります。
広告媒体を作ろうじゃなくて、タクシー体験をより豊かにしようっていう、この入り口から始まったことが、実はその後の全ての成功につながってきたんじゃないかな。
工藤さんは、壮大な話は企画会議で出るものの早々に宙に浮いて消えてしまいがちだと指摘します。それをキャッと捕まえて絶対に離れないでいることが、日々求められていると話します。
日本初を根付かせるために。ストイックさと「委ね合う」現場
最後に、日本初の取り組みを社会に根付かせるためのスタンスを2人が語ります。眞井さんは、一番のミッションに常に真摯であり続けることだといいます。
眞井さんによれば、乗車体験の向上に効かないものは、やらないことのほうが多いそうです。やれば儲かるかもしれなくても、乗車体験を損なうならやらない。そこにストイックであることが重要だと語ります。
工藤さんが挙げたのは、プロが集まる現場で「委ね合う」ことです。撮影ではカメラマン、照明、音声、それぞれがプロ意識でやり続けてくれると話します。
眞井さんとかも、ここ工藤さんそれ行くって決めたならいいですって、もう委ねてくれたりだとか。
初の取り組みには前例がなく、外からの逆風もあります。それでも、このチームはみんなで任せ合うと決めきることが、やりきる力につながっていると工藤さんは語ります。
いろんなプレイヤーがお互いのプロフェッショナリティをリスペクトして委ね合うっていうのは、めちゃくちゃいい現場になりますよね。
まとめ
TOKYO PRIMEが10年で当たり前になれたのは、広告媒体づくりではなく、タクシーの乗車体験を豊かにするという入り口から始まったからです。分断のSNS時代に、ターゲティングせず全員が目にする「令和のお茶の間」を目指した発想と、思想をぶらさず委ね合う現場が、その挑戦を支えていました。
- 出発点は広告ではなく「タクシーの乗車体験を豊かにする」こと。この角度が後の成功につながった
- 100台では反響ゼロ。約1割の3500台へ一気に踏み切り、決済機統合とGO連携で三方よしのモデルを築いた
- 地方特化と海外進出は撤退。全国規模のマスメディアであることが勝ち筋だった
- SNSのバズを追わず、半強制的に全員が目にする「令和のお茶の間」を狙い、キャラクター「ラビー」で見た感を作った
- 乗車体験を損なうことはやらないストイックさと、プロ同士が委ね合う現場が、日本初を根付かせる原動力になっている


