なぜ賢い人ほどXで発信しなくなったのか
冒頭からけんすうさんは、いまのインターネットに感じている危機感を口にします。
今賢い人ほどXでもう投稿しないんですよね。本当に世の中に流通する情報が今のXとかでいいんですかっていう。
三浦さんも、Xを開くと知らない人同士のいさかいばかりが目に入ると同意します。
もうX開くと大体知らない人が知らない人にキレてて、知らない人が知らない人に謝罪してて。
でも激怒と謝罪にはつい目が行ってしまうから追いかけちゃうっていう。
二人は、知らないキャバ嬢の不倫話をつい真面目に追ってしまったと苦笑いします。けんすうさんは、それを「人生で一番無駄な時間」と評しつつ、問題はその先にあると続けます。
賢い人が発信をやめると、質の高い情報がエリートの間だけでやりとりされ、外に出てこなくなる。それはチャンスを掴みたい若い人にとって不利益だと考えています。
賢い人が発信しなくなると、賢い人とかエリートとか、そういう中でのみ情報がやりとりされるじゃないですか。
これからチャンス掴みたい若い人とかがXとか見ても不倫の話とかばっかりだと掴めないじゃないですか、チャンスを。
だからこそ、ある程度の文脈を聞いてもらえるポッドキャストに力を注いでいると話します。けんすうさんは現在、週5本ほどのポッドキャストを定常的に配信しているそうです。
自分は「インターネットの庭師」だという自認
話題は、けんすうさんのXへの並外れた愛情に及びます。三浦さんは、突然「これツイートしてみてください」と絶妙な短文が送られてくると明かします。
それが絶妙に三浦っぽい言い回しなんだが、ちょっと優しくて謙崇ナイズされてて、言われた通りにつぶやくと割とちょっとバズるみたいな。
なぜそこまでするのか。けんすうさんの答えは、単なる楽しさを超えたところにありました。
ここで三浦さんがこれ言うことによって、バタフライエフェクトじゃないですけど、こう感じる人が多くなって、世界がめっちゃ良くなるみたいな道筋がもう見えてるんだと思います。
三浦さんは、この感覚を「X世界における観測者であり、介在者である」と言い換えます。けんすうさんはそれを、神の目線でやってるのが楽しいのだと表現します。
Xっていう庭を管理する庭師。
自分が育てる植物は自分で管理し、勝手に育つ巨大な木は枝を切り、庭全体の景観を保つ。三浦さんはけんすうさんのXとの関わり方をそう描写しました。けんすうさんがXを触り始めたのは2007年ごろだといいます。
「したい」ではなく「せねば」——使命を自認する人たち
二人は、能力の有無ではなく「自分がやらねばならない」という謎の自覚を持つ人の話へと進みます。
自分がすごいとか能力あるとかではなくて、自認の話じゃないですか。
けんすうさんは、コテンラジオの深井さんが「歴史のデータベースくらい人類先に作っとけよ」と怒っていた話を紹介します。人類代表としての自覚だと指摘され、自身も驚いたそうです。
三浦さんも、広告・クリエイティブ業界に対して同じ感覚を持つと打ち明けます。
広告業界誰も俺に背負ってほしいと思ってないと思うんだけど、俺はお前ら全員救ってやるって思ってる。
この使命感は、意識して思い込むものではなく、気づいたら本当にそう思ってしまっているものだといいます。だからこそ人は大きなパワーを出せるし、人を巻き込むときの照れがなくなるとも語られます。
その自分の野望のために呼んでるんじゃなくて、世界の必要性のために呼んでるから。
けんすうさんは、ある漫画家が「絶対面白いのに誰も描いてないから仕方なく描いている」と語っていた例を挙げます。描きたいでも評価されたいでもなく、仕方ないという感覚が印象的だったと話します。
二人はこの感覚を、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクにも重ねます。地球がこのままでは滅びるから火星に行くしかない、という発想がその典型だといいます。
だからこそ、けんすうさんは仕事選びの軸を提案します。
やりたいことや向いていることを探すより、自分がやらねばと思える使命を見つける方が、人は強くなれる。二人はそう結論づけます。ただし、こうした「世界を背負う自認」は、危うさと紙一重のギリギリのボーダーだとも自嘲していました。
「今AIを覚えようとするのが一番愚か」の真意
話題はAIとの向き合い方へ。けんすうさんの著書『メタスキル』を、三浦さんは社員全員に薦めたいほど面白かったと評します。
キーワードは、スキルからメタスキルへの移行です。個別のプロンプト技術は、すぐに陳腐化してしまうといいます。
プロンプトのやり方とか覚えてももうすぐ陳腐化するから、プロンプトのやり方を世界から探して一番いいやつをまとめてってAIにお願いしましょうみたいなのが、超ざっくりいうとメタスキルで。
三浦さんはこれを「構え方」だと整理します。技術を覚える前に、技術に対してどういう視点を持つか、技術を何と定義するかが問われる時代だという理解です。
だからこそ、二人は「これだけ覚えればいいプロンプト20選」のような発信に厳しい視線を向けます。
これだけ覚えておけばいいプロンプト20選とかツイートしてるやつとか、本当に恥ずかしいぞと思いましたよ。
愚かな脳の使い方。
けんすうさんは、これがAIを触り始めた人が最もやりがちな間違いだと指摘します。ソフトの使い方を覚えるノリでAIに触ってしまう、というわけです。
その理由を、けんすうさんはサッカーに例えます。
今サッカーのルールがこうだから、ここをうまくやるテクニック身につけようってやっても、ルール変わったら意味ないよねっていうのが1週間単位とかで変わっていくので。
1週間単位でルールが変わる世界では、暫定的なルールの中の細かい技術を覚えても意味がない。変わり続けるルールとの向き合い方こそを身につけるべきだ、という主張です。
メタスキルの実例——将棋・就活・仕事の「枠の外」
メタスキルとは何かを、けんすうさんは具体例で語ります。まず、ルールや世界観を別の角度から捉える発想です。
将棋の盤面の戦略とか戦術にみんなフォーカスしがちだけど、指してるのが人間だったら、その人の体調を見るとか、金曜日は疲れてるから金曜日に対局入れた方が有利だなとかを見つけてやった方がいいみたいな。
続いて、けんすうさん自身の就活の話です。採用人数が決まっているなら、早く受けたほうが有利だと考えたといいます。
採用人数100人に対し、序盤の人事は「採用できなかったらどうしよう」という不安を抱えている。逆に90人が決まった終盤は、無能な人を入れて怒られたくないという不安に変わる。だから最初に受けたほうが入りやすい、という読みです。
4月1日に解禁されたのが僕の年なんですけど、4月1日にもう面接入れて、2次試験4月2日にしてもらって内定もらうっていう。
個別の問題を解く前に、そもそもこのゲームの勝ち方は何かから考える。三浦さんは、採用する立場になった今、この読みが完全に正しいと実感していると語ります。
三浦さんはこの発想を仕事にも重ねます。先週の全社集会で、仕事の価値は「枠の外側」にこそあると熱弁したそうです。
普通に仕事をしようってだけだったら、我々みたいな小さくて新しい会社はお客様に信頼を得られないよっていう話を滔々としました。
本当の職人は、枠の外まで自動的に考えているといいます。三浦さんは、最高の仏師は良い仏を彫るための椅子から彫る、という例を挙げます。
さらに、宮本武蔵の『五輪書』にも触れます。刀の持ち方から始まった内容が、最後には「武道とは生き残ることの追求であり、最終的に政治家になるのが良い」というところまで及ぶといいます。
ただし三浦さんは、この武蔵の話は記憶で語っているので正確ではないかもしれないと補足しています。
クラフトマンシップとは何か。三浦さんは、映像の先輩の言葉を引きます。画面の中で考えられていないポイントが一つもないことだと。スパイダーマンの映画で、ほとんど見えないほど小さく映るスマホの画面まで割れて描かれていた例を挙げ、その徹底ぶりに感嘆します。
ポッドキャストの「まだない形」を探す実験
けんすうさんは、発信の企画を最初に固めすぎないほうがいいと考えています。コテンラジオの樋口さんから、試行錯誤する感じがあったほうがポッドキャストは面白いと言われたそうです。
樋口さんとの番組「まだない」では、ポッドキャストのまだない形を探す実験を重ねています。その一例が、AIによる文章の実験でした。
AIが100行の文章を書くんですけど、絶対に前の一文と関係ない一文を生成するっていうので、100行書いてもらって、それを人間が読み続けると、聞いてると人は狂うんですよ。
意味がありそうで意味のない文が続くと、脳がオーバーヒートする。会話の内容ではなく、人間の脳に直接効く何かを作ろうとする発想です。
けんすうさんは、墓地で収録された「ひとりぼっち」という番組にも触れます。素人の一人語りは普通聞けないのに、「これは墓地で撮っている」と思った瞬間に聞けてしまう、と。
一人語りで素人が喋ったのって基本みんな聞けないんですけど、この人今これ墓地で撮ってんだと思った瞬間聞けるんですよ。
三浦さんは、会話の内容ではなく音や韻律、波長の組み合わせで感情を動かすことができるはずだと展開します。祝詞や曼荼羅、真言がその例かもしれないと語り合います。
三浦崇宏への宿題——「パッケージしない」勇気
最後に、三浦さんはThe Solutions自体をどうすべきかをけんすうさんに尋ねます。けんすうさんの見立ては率直でした。
全部三浦さんがいい感じにパッケージしてお届けしちゃってると。だから外れ回がないんですよ。いい意味でも悪い意味でも。
だからこそ、隙を見せる回があってもいいのではないか、というのがけんすうさんの提案です。毎回「その手があったか」と学べるようにまとめてしまう構成には、無理があるとも言います。
三浦さんは、この「毎回きれいにパッケージしてしまう癖」を、自身の仕事の背景から自己分析します。
僕がやっぱりその15秒でクライアントのサービスを紹介して、ちょっとクスッと笑わせたり、感動させたり、面白かったりさせるっていうパッケージを死ぬほど作ってきた人生だから、パッケージであることにこだわりすぎちゃうんだよね。
けんすうさんは、素人が作る動画や音声では、プロっぽさが逆にチープに見えることもあると指摘します。これもまた、一つのメタスキルだと三浦さんは受け止めます。
プロの最下位じゃなくて、素人のトップランクの方がいい競技であるってこと。
ただし、弱みを見せることすら「見せる用の弱み」になってしまう難しさも二人は語ります。本心や気を使っていない姿を、どう出すか。三浦さんは、これを生々しい宿題として受け取りました。
本当のパッケージしないをやってみたい。いずれやらねばならない。
この回そのものが実験だった
この回は、三浦さんいわく「ソリューションというより、友人との知的な会話をしてみる」という試験的な回でした。まとめや拍手といった、いつものパッケージをあえて外そうとする試みです。
もっとも、二人は最後に「今回もパッケージしない風のパッケージになってしまっている」と笑い合います。本当のパッケージしない回は、これからのトライアンドエラーの先にある宿題として残されました。
まとめ
賢い人が黙り込む情報空間への危機感から、AI時代のメタスキル、そして番組の在り方まで、飾らない知的な会話が続いた回でした。共通するのは、目の前のルールに従うのではなく、一段上の視点からゲームそのものを捉え直すという姿勢です。
- 賢い人が発信をやめる「賢く黙る」状態が、情報格差を広げる一因になっている
- 「したい」ではなく「せねば」と思える使命を見つけることが、人を強くする
- AIは個別のプロンプト技術より、変わり続けるルールとの向き合い方=メタスキルが重要
- 将棋・就活・仕事のいずれも、個別の問題より「ゲームの勝ち方」から考えると景色が変わる
- きれいにパッケージしない「隙のある回」が、ポッドキャストでは強みになりうる







