「面白いね」で止まる広告の壁とは
この回のテーマは、広告の常識を覆すアイデアです。取り上げるのは、昨年末にSNSで大きく話題になったマウントレーニアの売上連動型出演契約です。
ゲストは森永乳業株式会社マーケティングコミュニケーション部マネージャーの山西啓代さん。聞き手は三浦崇宏さんと進行役が務めます。
山西さんは冒頭で、この契約が従来の広告契約とは違うものだったと説明します。売れた分だけ、翌年の森田さんの露出が増える仕組みを契約書にした取り組みです。
売上連動型出演契約っていうのも、今までの広告契約とやっぱり一線を画して、この冬この商品が売れたら、売れた分だけ森田さんの来年の露出が増えますっていう約束を契約書にしたと。
三浦さんは、企画がバズった段階で満足してしまう広告の問題を指摘します。話題になったかどうかで止まらず、実際に売れているかまで見届けられるかが重要だと話します。
いい企画でしたよねとかバズりましたよねで止まってしまって、売れてますっていう、棚大丈夫ですかってことをちゃんと確認できるかってすごく重要なポイントで。
100億本のロングセラーが抱えていた「風景化」の恐怖
マウントレーニアは発売から30年以上経つロングセラーで、累計販売本数は2025年時点で100億本を突破しています。
三浦さんはこの数字の大きさに驚きます。人類がおよそ70億人であることを引き合いに、一人あたり1本以上飲んでいる計算になると話します。
100億本ってすごくない?一応人類が今70億人くらいなので、一応人類全員一回これ(マウントレーニアを)飲んでるっていう、
山西さんは、ロングセラーだからこその難しさを語ります。認知はされていて一度は飲んだことがある人も多いものの、強く買いたい理由も、強く買わない理由もないという状態です。
三浦さんは、日常化した先に「風景化」してしまうことが老舗ブランドにとっての恐怖だと表現します。売り場に並んでいてもなんとなくスルーされてしまう状況が課題でした。
日常化した後に風景化してしまうというか、そこがやっぱり一番老舗ブランドにとっての恐怖ですよね。
山西さんは、この状態をどう改善するかが大きな課題だったと振り返ります。「このブランドってこんなことするんだ」という新しいニュースをどう作るかが、ロングセラーならではの宿題でした。
なぜ森田哲矢さんだったのか、3年続いた起用の理由
マウントレーニアは森田哲矢さんを3年連続で起用してきました。三浦さんは、老舗ブランドと森田さんの組み合わせが一見はまりにくいのではないかと問いかけます。
山西さんが挙げた一番の理由は、森田さんが実際に毎日マウントレーニアを飲んでいることでした。YouTubeチャンネルの撮影でも、いつも商品を置いて撮っていたといいます。
一番の理由は、本当に森田さんが毎日この商品を飲んで、マウントレーニア飲んでくださってるっていうのが一番の理由で。
三浦さんは、本当は飲んでいないのにCMだけ出るような起用は今の時代に必ずバレると指摘します。森田さんのファンから、森田さんきっかけで飲み始めたと山西さんに直接伝えられることもあったそうです。
本当は好きじゃない、本当は普段飲んでないのに、なんかCMだけ出てやってますみたいなのは絶対にバレる時代なんで、それは本当正しいですよ。
山西さんは、30周年のテレビCMに起用した菅田将暉さんも以前からマウントレーニアを愛飲していたと明かします。タレント自身の「本当に好き」という気持ちがにじみ出ることを重視していました。
さらに森田さんは自身の事務所の社長でもあるため、ビジネス面で新しい取り組みを一緒にできるという期待もあったといいます。
バズっても売れない、2年間で残った課題
森田さんとのコラボレーションは、まず2年前にスタートしました。三浦さんの発言に沿えば、2年目にあたる企画です。
最初の企画は「お疲れニア」でした。森田さんが「お疲れ」といろんな場面で声をかける動画で、1年の折り返しである6月に、マウントレーニアが一人ひとりの心に寄り添うという狙いで作られました。
今までお疲れ様っていう風にねぎらう気持ちで、マウントレーニアが一人一人の心に寄り添うっていうところを大事にしてたので。
ファンからの反響は大きく、「ついに森田さんに案件が来た」といった声も寄せられました。三浦さんは、ちゃんとした企業との取り組みを望む森田さんと、新しい挑戦をしたいマウントレーニアが握手できた瞬間だと表現します。
翌年の企画は「さらばAI森田に褒められニア」でした。森田さんの生成AIを作り、その日の出来事を伝えると森田さんが褒めてくれる、会話のような体験をデジタル上で用意したものです。
三浦さんは、多くの人がAIで面白くもない動画を量産していた時期に、森田さんを使うことで意味のある企画になっていたと評価します。
一方で山西さんは、施策が話題になってもビジネスのインパクトが見えにくいことが課題として残ったと語ります。この反省が、翌年の売上連動型出演契約につながっていきました。
「売り上げを回復させたい」というお願いから生まれた企画
3年目、山西さんは代理店に対し、市場環境が厳しい中で冬の時期の売り上げを回復させたいとオリエンをしました。三浦さんはこれを「オリエンとも言えないようなお願い」と評します。
冬場はアイスドリンクが多いという季節要因もあり、過去2年の取り組みを踏まえて、今回は売り上げに直結するものを求めていました。
三浦さんは、バズっても売れないからといって森田さんの起用をやめず、チームを組み直さなかったことに意味があると指摘します。1年目・2年目で築いたキャラクターを、3年目でいよいよ数字につなげようとした流れです。
もう一回一年目二年目で作ってきたそのブランドのキャラクターを、いよいよ三年目で数字につなげようって、ここまでがあってのこれだったと思いますね。
同時に懸念もありました。売り上げを森田さんに押しつけ、好きで飲んでくれている気持ちをないがしろにしていると思われないか。企画を進めるうえで最初に気になった点だったと山西さんは話します。
三浦さんは、ユーザーを挑発することはよくてもバカにしてはいけない、そのギリギリのラインの見極めが大事だと語ります。2年間の積み重ねがあったからこその企画だったと振り返ります。
森田さん本人に知らせず進めた企画のドキュメンタリー性
企画を進めるにあたり、森田さん本人は当日まで内容を知らない状態でした。まず事務所やマネージャーに経緯を伝えたところ、これまでの関係性から「面白いね」と一緒に企画を考えてくれるようになったといいます。
三浦さんは、森田さんが個人事務所であり、マネージャーの上司でもある点に触れます。タレントであり社長でもある森田さん本人に知らせないまま進めた大胆さを面白がります。
そのタレントさんであり、同時に社長である森田さんに知らせないまま進めたんですね。めちゃくちゃでいいですね。
山西さんは、さらば青春の光のYouTubeのように、森田さんに楽しんでもらえるコンテンツにしたかったと語ります。企画そのものがドキュメンタリーになればいいという狙いでした。
三浦さんが、森田さんがキレたり断ったりするイメージはなかったかと尋ねると、山西さんはどんなリアクションでもコンテンツになるという強い信頼があったと答えます。
森田さん、どういうリアクションされても、それがコンテンツになりますよという。
契約書が企画になる、という発想への戸惑い
山西さん自身も、このアイデアを初めて聞いたときはピンと来なかったと明かします。契約書が企画の骨子だと言われても、契約が面白くなるのだろうかと疑問に思ったといいます。
この契約書が企画の骨子ですって言われた時にピンと来なくて。契約が面白くなるのだろうかっていうのは、最初の印象はそれでしたね。
生活者が契約書を面白いと感じるのか、メーカーが買わせようとしていると思われないか。そうした不安が最初にはありました。
三浦さんは、この数年で情報公開や透明性が重要になった時代背景を挙げます。タレントの報酬をめぐるさまざまな情報が飛び交う中で、裏側を明かすものにバズが生まれやすくなっていたと分析します。
三浦さんは、めちゃくちゃ面白い契約書をきちんと公開したことが、情報公開を求める時代の雰囲気に非常にはまっていたと評価します。
社内に潜んでいた「熱量の高いファン」の存在
さまざまな懸念がある中で踏み切った決め手について、山西さんは森田さんという人物と、熱量の高いファンがいれば、広告ではなく一緒に作れるドキュメンタリーになると思えたことを挙げます。
三浦さんは、信頼関係があったからこそ、タレントを試すのではなく共にチャレンジする企画に変えられたと指摘します。
山西さんによれば、森田さんは以前から自分がなぜウェブ広告なのかとネタのように発信していました。菅田さんが地上波CMに出た番組を写真に撮り「チッ」と書いてストーリーに上げるなど、地上波への思いを見せていたといいます。
自分が最も貢献してる売り上げにっていうこととかを、この企画の前から本当にずっとおっしゃってくださって、隙あらば地上波、地上波とか、ちょっとネタのようにお伝えいただいていた。
さらに社内には、森田さんへの熱量が非常に高い社員がいたことも明かされます。今は異動しているものの、その社員が「絶対に取り組みをやりたい」と強く思っていたそうです。
三浦さんは、その社員の思いを引き継ぐ形で企画が残されたことを、森田さんへの思いを遺言のように残していったと表現します。担当していたのは畠さんという方だといいます。
全員が毎日売り上げを見守る「ワンチーム」の緊張感
1年目・2年目はバズっても売りにつながらなかった中で、3年目は結果が出るまで誰もが緊張していました。三浦さんも、終わった後だから解説できるが本当にドキドキしたはずだと語ります。
山西さんは、社内メンバーも代理店も森田さん側も、全員が売り上げを気にしていたと振り返ります。毎日の売り上げが何パーセントかを共有し、みんながワンチームのように見守る、初めての経験だったといいます。
もうみんながなんかワンチームじゃないですけど、こんなふうな経験は正直初めてで、ドキドキしながら見守っているっていう。
三浦さんは、広告会社など外部のサポートは、メーカーほど当事者意識を持って売り上げを追いにくいと指摘します。いい企画だった、バズったで止まらず、「棚は大丈夫ですか」まで確認できるチームを作れたことが、この仕掛けの最もよくできた点だと評価します。
山西さん自身も、コミュニケーションを企画・実行する部隊として、世に出すまでには注力しても、出した後のチューニングや売り上げへの責任は持ちにくかったと反省を語ります。今回はそこにチームで踏み込めたことが新しい経験でした。
上がっても下がっても「取れ高」、ライブ感で回した報告
三浦さんは、売り上げが上がらなかった場合の対応策を考えていたのかと尋ねます。山西さんは、細かくは決めていなかったと答えます。
初週報告や中間報告などのリリースを何本か打ち、毎回それをネタにしていました。毎日の売り上げを全員が把握し、上がりそうなタイミングを見計らって報告する形で進めていたといいます。
本当にブリーチ並のライブ感で毎回毎回。
最初の報告では前年比145%と好調で、ファンから「私たちの力が届いた」という声が出ました。その後いったん落ちると、森田さんが「あと5倍買ってください」と呼びかけ、ファンも反応するという流れが生まれました。
山西さんは、森田さんという存在があったからこそ、売り上げが上がっても下がってもコンテンツになると計算していたと語ります。
最終的な結果は前年比102.3%でした。前年比横ばいにあたるため、露出は「変わらないウェブ広告」に落ち着き、森田さんが「またウェブ広告かよ」とオチをつける展開になりました。
透明性へのこだわりと、契約書の中身の作り方
三浦さんは、契約書やプレスリリースなどクリエイティブなアウトプットでこだわった点を尋ねます。山西さんが挙げたのは、裏側をちゃんと見せる透明性でした。
契約書は最初からすべて決まっていたわけではなく、売り上げに応じた露出の中身は森田さんと話し合って決めたといいます。森田さんが取り組んだモルックの協賛も、その中で出た露出でした。
山西さんは、演出や嘘はどうしても見抜かれてしまうため、そこは必ず本物にこだわったと語ります。透明性が企画の軸になっていました。
どれくらいで着地すると見込んでいたかという問いに、山西さんは市場が厳しい中で前年超えができれば本当に素晴らしいと考えていたと答えます。全国で売られ販売本数も多いため母数が大きく、施策の影響力がどこまで出るかは半信半疑だったといいます。
三浦さんは、全国のほぼすべてのスーパーやコンビニにある商品の2%は非常に大きいと補足します。前年超えは悲願だったといえます。
バイヤーが動いた、売り上げ以外に生まれた成果
売り上げ以外の成果についても語られます。契約書を投稿した最初のXの投稿は、広告なしで約875万インプレッションに達し、最終的にインプレッションは約2500万、リポストやコメントを含めて1万件弱に上りました。
予想外の反響として、森田さんのファンの中にスーパーやコンビニのバイヤーがいたことが挙げられます。企画開始後、SNS上で発注した、売り場を増やしたと報告する動きがありました。
森田さんのファンの中にスーパーとかコンビニのバイヤーさんがいらっしゃって、この企画が始まった後にX等で発注しましたとか、売り場増やしましたって。
三浦さんは、棚の奪い合いは熾烈だと語ります。通常は多額のテレビCM出稿を根拠に売り場拡大を交渉する中で、森田さん×SNSというローバジェットな打ち手で棚を動かせたことは非常に大きいと評価します。
SNSの役割は「感情を動かす装置」
三浦さんは、メジャー商品を作るうえでのSNSプロモーションの役割をどう考えているかを尋ねます。山西さんは、SNSはあくまで施策を広げ盛り上げる装置だと答えます。
情報に溢れる世の中では企業やブランドの投稿は流されやすいため、見てもらえたチャンスをしっかり掴み、そこで感情を動かせるかに特化していると語ります。いいねやリポストといった行動をする価値がある情報かどうかにこだわっていました。
その行動をする価値がある情報かどうかとか、価値があるコンテンツかどうかっていうところにこだわって、一方的なものではなくて、お客様の立場に立った時にそれが面白いか。
三浦さんは、SNSはバズで止まりやすいものだと整理します。3年目で絆ができたからこそ、SNSを使って買ってもらう行動まで動かせたと分析します。
山西さんは、お客様が誰かに言いたくなる、参加したくなる状態を作れるかが鍵だと語ります。その熱量が大きさを生み出すという考えです。
三浦さんはこれをKPIの捉え方の問題として説明します。売り上げそのものは直接コントロールできないため、その手前にある行動をどう増やすかが重要だという考えです。
買いたいという感情を作るのは難しくても、森田さんを応援したいという感情はすでにSNS上にあります。その応援したい感情を増やすことが、売りにつながる一つ手前の設計になっていたと三浦さんは評価します。
チーム感を財産に、この仕組みをどう発展させるか
山西さんは、企業やブランド、商品とタレントの自然体の関係、今回でいうチーム感ができたことを、他のブランドでも大事にしたいと語ります。
三浦さんは、売上連動型出演契約という形そのものを他ブランドでやっても意味は薄いと指摘します。商品や宣伝、SNS、広報といった社内の各チーム、代理店、タレントの三者がワンチームで本気に棚を追える構造こそが最大のアセットだという見立てです。
三浦さんは、そうしたワンチームを作れる取り組みを重ねることが、森永乳業にとって大きな財産になると語ります。考え方やチーム編成のやり方を他のブランドにも広げられるとよいという展望です。
新しい広告を仕掛けたい若手へのエール
最後に、話題になる新しい広告を仕掛けたい若手マーケターやクリエイターへのアドバイスが求められます。山西さんは、完成度の高さよりも、その先にいる人をどれだけ熱くできるかに集中するとよいと語ります。
今回は新しい挑戦で生々しいものだったからこそ、お客様に届いたものがあったと感じているといいます。関わった全員が自分ごと化してワンチームになれる関係で企画することの大切さを強調します。
なんかその先にいる人をどれだけ熱くできるかっていうことに集中していくといいのかなというふうに思っていて。
受発注の関係ではなくて、我々も皆さんも一緒にやっていくっていうことが大事なのかなというふうに感じてます。
三浦さんは最後に、機会があれば自分たちも売上連動型の広告企画契約をトライしたいと申し出て、対談を締めくくりました。
まとめ
マウントレーニアの売上連動型出演契約は、単なる話題づくりではなく、バズで止まっていた広告を購入という行動まで届かせるための仕組みでした。3年間の信頼関係と、社内・代理店・タレントが一体となったチーム感が、その突破口になっています。
- 売れた分だけ翌年の露出が増える契約書で、タレントを「一緒に売るチーム」に変えた
- 3年連続起用は、森田さんが実際に毎日飲んでいるという本物の関係が土台にあった
- 1年目・2年目でバズっても売れなかった反省が、購入までつなげる企画を生んだ
- 最終結果は前年比102.3%で横ばい、露出は「またウェブ広告」というオチに着地した
- 売り上げそのものより「応援したい感情」という一つ手前の行動をKPIに置いたことが鍵だった


