宗教離れの時代に、なぜ「新しい宗教」が求められるのか
Off Topicでは年末に「宗教」をテーマにした回を続けており、今回はおそらく3回構成の2回目にあたります。前回は、宗教は道徳や倫理を知りたいという人間の需要から生まれた、という話をしていました。
宮武さんによると、アメリカでは過去20年ほどで、キリスト教などの既存の宗教に入りたいという需要は落ちています。一方で、スピリチュアルなものを求める人はあまり減っておらず、何かしらの宗教に入りたいという需要は残っているのではないか、と宮武さんは見ています。
確かに。むしろなんか、強くなっ……どうなんですかね。
いや、めちゃくちゃ正しいと思います。(需要は)強くなってると思います、むしろ。
宮武さんは、パーパスを見失って心に穴が空いたように感じている人が多いことを、この需要の背景として挙げます。その穴を埋めるのが「新しい宗教」だという見立てです。
宮武さんが挙げる新しい宗教の例は幅広く、社会問題、フィットネスやランニングクラブ、バーニングマン ── アメリカ・ネバダ州の砂漠で毎年開かれる大規模なイベント。参加者が一時的な街をつくり、アートや共同生活を体験することで知られています、コンサートなどのイベント、会社やブランド、さらにトランプ支持者やバイデン支持者まで含まれます。
ま、コミュニティ系はほとんど宗教化できるものですよね。
宮武さんはさらに、その週のトレンドに乗りたいという「カルチャームーブメント」への需要も、宗教に入りたいという動きの一種ではないかと考えています。番組では2年ほど前、こうした流行を「Current Things」と呼んでいました。
(カルチャームーブメントは)ただテンポラリーな宗教。でもなんかそれがテンポラリーだからこそ、次のやつを常に探すっていう、そういうことも起きてるんじゃないかな。
宮武さんは、宗教を作ること自体は人にパーパスや達成感を与える非常に良いことだと前置きします。今回取り上げる事例も、多くは良い意図で作られ、入っている人もほとんどが良い人だとしたうえで、過激派のように変な方向へ行ってしまう課題を扱う、と説明しています。
「弱い者は良い人」はどこから来て、どこで行き過ぎるのか
宮武さんは、wokeと呼ばれる現代の宗教の話に入る前に、アメリカが抱える大きな課題としてキリスト教が作ったバリューを取り上げます。キリスト教が悪いという話ではなく、良い価値観が行き過ぎた先で社会に影響している面がある、という問題提起です。
宮武さんによると、キリスト教以前の倫理観では「強いものは良い人、弱いものは悪い人」でした。狩りに行けるかどうかが生死を分けるような時代では、生き残れるのは強い人なので、強い人に従うべきだとされていたといいます。
宮武さんは、この考え方を君主道徳 ── ニーチェが用いた概念で、強さや高貴さを「善」とする価値観。これに対し、弱者の立場から強者を「悪」とみなす価値観を奴隷道徳と呼びましたと呼ぶ人もいると説明します。そのダイナミクスを大きく変えたのがキリスト教で、「弱い者を守りましょう」「弱い者を救いに行きましょう」という教えが広まりました。
弱い者を助ける考え方は、それ自体はとても良いことです。宮武さんは、アメリカではこのキリスト教的な考えが今も強いと話します。問題は、その考え方が行き過ぎたときに起きることです。
宮武さんは、行き過ぎた形を奴隷道徳と呼び、世界が「虐げられた弱い者」と「弱い者をいじめる人」に二分されてしまう状態だと説明します。
(いじめる側を)敵みたいに思っちゃうみたいな。
まさに。いわゆるそのいじめる人たちがもう絶対の悪だみたいな。
宮武さんはこの状態を「ディズニー状況」と表現します。善悪がはっきりしていて、いじめられた側が自動的に善になってしまう構図です。
強い者が良い人、弱い者が悪い人。生き残れる強い人に従う「君主道徳」
弱い者を守り、救う。行き過ぎると「弱い者は善、いじめる側は絶対悪」という二分法になる
宮武さんが問題にするのは、弱い者が必ず良い人になってしまう点です。ある領域では弱くても、別の領域では強いかもしれないからです。
さらに宮武さんは、社会が進歩するにつれて「弱い者」の定義が変わり、人々が次々と弱い者を探し求めるようになると指摘します。昔は食べ物がないことが「救うべき弱さ」だったのが、どんどん変わってきているといいます。
いわゆるその道徳を保つためには、次の犠牲者を探さないといけないんですよ。
草野さんは、被害者意識を主張することで何かを得ている面があるのではと問いかけ、宮武さんもおそらくそうだと応じます。善悪がはっきりしているように捉えるほど、その傾向は強まるという見方です。
なぜ強くなり続けるヒーローは描かれないのか
宮武さんは、以前の雑談回で話した「どんどん強くなるスーパーヒーローの話はあまりない」という話題も、キリスト教の道徳と関係していると話します。めちゃくちゃ強く、計画を持ち、さらに強くなっていく人物の物語は、今のアメリカのキリスト教的な道徳に合わないというのです。
草野さんが、好かれているビジネスパーソンもヒーローではないかと尋ねると、宮武さんは個人レベルではあり得ても映画にはならないと答えます。
映画で結局マーク・ザッカーバーグを描いたとしても、いいように終わらないっていう。
宮武さんによれば、強い人として描かれるスーパーマンは最初から強く、人を救う同じサイクルを繰り返すだけで、強くなり続けるわけではありません。唯一許されているのはアンチヒーロー的な人物だといいます。
確かにヒーロー、どんどん強くなるのができないから、なんかマルチバースで出現し続けるっていうのをやってるのかもしれないですね。
宮武さんは、アンチヒーローが許されるのは、強くなっても最後に負けるか、明らかに悪役だとわかっているからだと説明します。例として挙がったのが『ブレイキング・バッド』と『デスノート』です。
「デスノート」とかだと、夜神月が自分神様って思ってるので、「それはおかしいですよね」っていうのは読者もわかってるので。
あれがなぜか夜神月とかすごい、いい人だってなると、多分、成立しないんですよ、ストーリーとして。
草野さんは「いつか失敗する計画だと思っていると成立する」と受け止めます。宮武さんは、キリスト教の道徳がどこまで私たちのカルチャーに染み込んでいるのかが面白いところだと話しています。
「神は死んだ」の後、神の座を継いだのは誰か
宮武さんは、昔は神様が100パーセント正しい存在だったのに対し、今は既存の宗教を信じる人が減り、100パーセントの存在がなくなったと話します。その空白を何かで置き換えなければならないものの、それがとても難しいという指摘です。
宮武さんによると、この流れはずっと前から続いています。ニーチェ ── 19世紀ドイツの哲学者。キリスト教的な価値観を批判し、『ツァラトゥストラはかく語りき』などで知られますが「神が死んだ」と書いたのは1882年ごろで、ダーウィンが進化についての本を書いた20〜30年後だったといいます。
宮武さんは、科学者の知識が一般にも広がり、科学が真実とみなされるようになって、神という概念が死んだのだろうと説明します。ニーチェ自身も神を信じていたわけではありませんが、これはかなり危険だと考えていたそうです。
神が死ぬと何が起きるかというと、人間が自らゼロから、そのバリューを作り直さないといけないです。
「それを本当にできるのか」と。「それほど難しいチャレンジってないんじゃないか」と。
宮武さんは「なぜ人は盗まないのか」という問いで、神の後継者の移り変わりを説明します。昔は神の罰や地獄を恐れたから、その後は政府が法律や社会契約で「盗んではいけない」と定めたからです。
宮武さんは、政府が宗教になると、政治イデオロギーという名の宗教戦争が起きると指摘します。西洋の民主資本主義と、ナチズムや共産主義はどれも新しい宗教であり、どれもバイラルに広がりました。そのうちナチズムと共産主義はかなりひどい失敗に終わったといいます。
宮武さんによると、21世紀に次の神様になり始めたのがインターネットです。2000年代はネットワークが行いを可視化し、2010年代はTwitterなどのSNSがキャンセルカルチャーを生み、さらにアプリがBANするようになった、という流れです。
ただし宮武さんは、インターネットには神様が1人いないと指摘します。そもそも分散型のネットワークなので、インターネット全体として道徳や倫理を作りにくく、それだけでは足りない部分が残るという見方です。
ニュースはなぜリアリティ番組になったのか
宮武さんが最初に挙げる新しい宗教はメディアです。複雑な社会や世界で何が起きているかをまとめて伝えることが、メディアの本来の役割だと宮武さんは説明します。
宮武さんによると、かつてアメリカで全米にニュースを流すテレビネットワークは3社ほどで、全国ニュースは1日30分だけでした。30分で世界の出来事を伝えるため、意見を語る余裕はなく、ファクトを伝えるしかなかったといいます。
それを人が見て、テレビを消して、もう普通に暮らしてたっていう。それがもともとのテレビのニュースのあり方だったんですよね。
宮武さんは、この形を大きく変えたのが1980年に誕生したCNNだと話します。CNNは初のケーブルテレビかつ24時間のニュースネットワークで、1990年代にはFOXニュースやMSNBCも登場しました。
「人は見たいのはニュースではなくて、リアリティ番組なんだ」と。「エンタメを見たいんです」と。「エンタメでいい人と悪い人を見たいんです」と。
宮武さんの説明では、自分のチームと相手チームのようにパーソナルな構図になるほど、人はニュースを見てくれます。そこで30分ではなく24時間、しかもリアリティ番組的に放送すれば人気になると考えた、というのが新しいビジネスモデルです。
宮武さんは、アメリカのケーブルニュースで政治の話をするとき、AOCやトランプ、バイデンなど10〜20人ほどの名前しか出てこないことを不思議だと話します。実際には委員会の長など多くの人が判断しているのに、知らない人が見れば政府は20人で動いていると思うほどだといいます。
リアリティ番組的に考えると、何をやってるかというと、いわゆるキャストがいるんですよね。
宮武さんによれば、昔のニュースは全米に届けるためニュートラルである必要があり、バイアスや誤った情報は厳しく指摘されました。今は左寄り・右寄りの特定の層を満足させたり怒らせたりすればよいので、正しい情報を伝えなくてもよくなり、どんどん宗教化していくといいます。
1日30分、全米向け。ニュートラルにファクトを伝え、誤報は放映できなくなるほど重い
24時間、特定の層向け。10〜20人のキャストでいい人と悪い人を描くリアリティ番組型
日本との違いと、40年前の予言映画『ネットワーク』
草野さんが日本はどうかと尋ねると、宮武さんは日本のニュースはあまり見ないと断ったうえで、アメリカほどではないと思うと答えます。そもそも日本には24時間のニュース番組がないという点も挙げています。
草野さんは、AOCのように多くの人が好き嫌いを語れる政治家は日本ではアメリカほど多くないと話します。さらに、アメリカは政治への関心が高いからこそエンタメっぽさがあるのでは、と続けました。
関心度が高いっていうのは、いわゆるその人が本当に興味を持ってるのか、それともそれをメディアがエンタメ化してるから興味を持ってるのかっていう。で、後者だと思うんですよ。
草野さんは、日本ではメディアがエンタメ化を試みても、視聴者側も演者側もあまり乗っていないと感じています。宮武さんは理由の1つとして、前回話した「宗教化にはクレイジーなアイデアが必要」という点を挙げ、日本ではクレイジーなアイデアを言いにくい環境があるのではと推測します。
でもアメリカだと、もう、どっち側に寄ればいいだけなので。いわゆる相手がクレイジーだって言えばいいんですよ。
宮武さんは、アメリカのレストランでFOXニュースやCNNが常に流れている光景を、『フレンズ』を背景音として流すのと同じ感覚なのではと話します。リアルタイムで動くリアリティショーという宗教を作っているのがメディアだ、という整理です。
宮武さんが個人的に面白いと感じたのは、CNN誕生の4年前、1976年に今の状況を予言したような映画『ネットワーク』があったことです。視聴率不振で2週間後のクビを告げられたアンカーが、放送中に「来週自殺する」と発言してしまう物語です。
映画では、謝罪するはずのアンカーが放送中に再びキレて「人生クソだ」とヤジを飛ばし、視聴率が上がります。それを見たスタッフが、ニュース部門ではなくエンタメ部門の配下で新しいニュース番組を作り、過激さで視聴率を稼いでいく、というストーリーだと宮武さんは紹介します。
宮武さんは、『サウスパーク』にもこの映画のパロディのような回があり、ニュースのエンタメ化を極端まで押したらどうなるかを描いていると話します。20分で見たい人はサウスパーク版を、と勧めていました。
「The science is settled」はなぜ危険なのか
宮武さんは、批判されるかもしれないと前置きしたうえで、次の宗教として科学を取り上げます。アメリカでは「The science is settled」という言葉をよく聞き、「これは科学で証明されている」「100パーセントそうだ」と示すときに使われるといいます。
宮武さんの例では、「10年後に人類が滅びる」という話に対し、「もう決まっていることだ」「科学的に証明されている」と返すような使い方です。草野さんは、科学の話をするときの決まり文句のようなものだと受け止めました。
なんか、そもそもその発言って結構危険な発言で。
宮武さんはリチャード・ファインマン ── アメリカの物理学者で、ノーベル物理学賞受賞者。科学の本質を語る講演やエッセイでも広く知られていますの言葉を引き、科学はコンセンサスではなく真実の追跡であり、エキスパートを鵜呑みにせず全部確認するべきだというのが科学のプロセスだと説明します。
絶対はない。
そうなんですよ、絶対がないんですよ。もちろんなんかファクトっていうのはあるんですけどね、その過去に何が起きたかっていうものとかは。
宮武さんは、100パーセントがあるという考えが行き過ぎると、科学そのものが宗教化してしまうと指摘します。その例として、以前の回でも話した論文の再現性の危機 ── 発表された研究結果を、別の研究者が同じ方法で試しても再現できない例が多数見つかっている問題。心理学や医学などで特に議論されていますを挙げ、ある調査では50パーセントの論文が再現できないと紹介しました。
宮武さんは次にピアレビュー ── 論文を学術誌に掲載する前に、同じ分野の専門家が内容を審査する仕組み。査読とも呼ばれますを取り上げます。ピアレビューの概念自体は正しく、第二次世界大戦後、アメリカ政府が多くの研究に投資する際、変な提案にお金を入れないために作られたファクトチェックの仕組みだったといいます。
宮武さんによると、今もきちんとピアレビューをしている人はいるものの、やっていない人も多く、ピアレビューはコンセンサスのためのものになっています。とりあえずピアレビューされれば良いものだと言えるから受ける、という形です。
承認されるための過程みたいな。
そうなんですよ。しかも承認する側もちゃんと承認してないんですよ。
ピアレビューはどこまで機能しているのか
宮武さんは、ピアレビューが機能しているかを確かめる調査が過去に何度かあったと紹介します。論文にわざと大きな間違いを入れてレビュアーに渡すという方法です。
宮武さんはさらに、論文を公開するジャーナルの多くがデータの公開を求めていないと指摘します。ジャーナルがデータを求めても、出さずに別のジャーナルへ行けば済んでしまうといいます。草野さんは「不透明ですね」と反応しました。
宮武さんが実例として挙げたのが、その年にスタンフォード大学の学長が辞任した件です。宮武さんによると、学長が筆頭として名前を出していた論文の5つほどに誤ったデータが含まれていたのが理由でした。本人の説明では研究員の問題でしたが、チェックをしていなかった責任を問われた形です。
宮武さんは、人間の問題だけでなくテクノロジーの問題もあると話します。研究データの多くはExcelに入れられますが、Excelはこうした用途に慣れておらず、ときどき誤った変換をしてしまうといいます。
宮武さんの例では、SEPTIN2という遺伝子名を略したSEPT2をExcelにデフォルト設定のまま入力すると、9月2日、つまりSeptember 2ndに変換されてしまいます。本来はピアレビューで見つかるはずの誤りでも、データがもらえなければ確認できません。
宮武さんによると、一般の人は「ピアレビューされた」と聞くと信頼しますが、トップの科学者はピアレビューされていない論文もよく読み、信頼しています。重視しているのは、どんな研究をし、どんな手法で、どんな結果が出たかだといいます。
いわゆるコンセンサスではなくて、単純にそのファクトを見てる。やっぱりそのコンセンサスを見始めると、その変な形でその宗教化してしまう。
宮武さんは、アインシュタインの論文でピアレビューされたのはたった1本しかないというエピソードも紹介します。当時はピアレビューという概念がなく、アインシュタインはピアレビューされたことに怒り、別のジャーナルで論文を公開したといいます。
間違ってるのであれば間違ってもいいんですけど、なんかそれは別にピアレビューっていう制度を取る必要なくないですかっていう。
宮武さんの推測では、アインシュタインは、間違いがあるなら別の論文で証明すればよいと考えていたのではないかということです。宮武さんは、科学や研究やピアレビューそのものが悪いのではなく、インセンティブが変な形になると宗教化してしまうのだとまとめています。
環境問題の議論は、なぜ「可能性」を見失うのか
宮武さんは、コメントが来るかもしれないと前置きして、環境問題も変に宗教化されていると話します。ただし、災害の増加、気温の上昇、極端な天候など、環境問題が起きていること自体は信じていると明言しています。
宮武さんが問題にするのは、環境問題の伝え方です。環境問題はとても複雑でニュアンスを含むものであり、その点ではメディアにも一部責任があると宮武さんは考えています。
宮武さんによると、環境問題の研究は「地球でこういうことが起きれば、こういう結果が生まれる」というシミュレーションです。薬の検証のように変数の影響を受けないコントロールグループを作ろうにも、地球は1つしかないため、完全にモデリングに頼るしかありません。
宮武さんは、真空中でボールを落とすような特定のモデリングなら100パーセントに近い予測ができると説明します。しかし地球は80億人が暮らす複雑なシステムで、ランダムなことが起きます。宮武さんは前年にシリコンバレーで流行ったカオス理論 ── 初期条件のわずかな違いが、将来の結果に大きな差を生む現象を扱う理論。天気予報が長期になるほど難しい理由としても知られていますを挙げ、AからBではなく、急にAからZやDへ行くこともあると話します。
多分重要な言葉って可能性っていうところで、AからBの可能性がより高い。でももちろん百パーではないと。
宮武さんによれば、多くの科学者は実際に可能性ベースで話しています。ところがメディアや一般の人は可能性ベースで物事を捉えないため、結果を絶対的なものと思ってしまうといいます。
宮武さんが例に挙げたのはIPCC ── 気候変動に関する政府間パネル。各国の研究者が気候変動の科学的知見を評価し、報告書としてまとめる国連の組織ですの研究です。研究者たちは2000年から2100年にかけての二酸化炭素排出量について、4つのシナリオを作りました。
宮武さんによると、そのうち1つはほぼ最悪のシナリオで、炭素の利用を5倍に増やし、排出を制限する政策をまったく入れない場合を想定したものです。研究には、このシナリオが起きる可能性は3パーセントしかないと書かれていました。
それにもかかわらず、この最悪のシナリオは2000本以上の論文に使われていると宮武さんは話します。研究者が3パーセントだと伝えなかったのか、読まれなかったのか、あえて言わなかったのかはわからない、としています。
草野さんは、自分のナラティブに合うパーツとして、可能性の数字を無視して入れてしまうのではと問いかけます。宮武さんは、わざと無視する人は少数派だろうとしつつ、メディアで見てそういうものだと思い込み、論文を読み込まずに使った人はいたかもしれないと答えています。
『Don’t Look Up』が描く白黒の世界と、科学の2つの戦い
宮武さんは、確率の数字が抜け落ちた時点でもうファクトではなく、宗教的でクレイジーなアイデアを押し出したことになると話します。だからこそ、科学や医療の話では絶対的な発言をなるべく避け、できればパーセンテージで話すべきだという考えです。
草野さんは、自分も結論を曖昧にして複数の可能性を挙げるタイプだと話しつつ、組織のリーダーや実行する立場の人にとっては難しいと指摘します。
「いやーなんかまあ、今はこっちだと思うんですけど、また2、3日したら変わるかもしれないです」みたいに言ったら「え?」ってなっちゃうから。まあなんかそのポジション難しいですね。
それこそなんかリーダーが、「いや、なんか60パーセントの確率でこうなると思うんですよね」って言われると。「え、どうしたらいいんですか?」みたいなことになっちゃいますね。
宮武さんは、物事によって違うとしたうえで、特に科学の話では気をつけてほしいと話します。その流れで、前年の雑談回でも触れたNetflix映画『Don’t Look Up』があまり好きではない理由を語りました。
『Don’t Look Up』はレオナルド・ディカプリオやジェニファー・ローレンスが出演する、人類を滅ぼす星が落ちてくる話です。宮武さんは環境問題を重ねた映画と捉えており、見る人が宗教的な受け止め方をしてしまうと感じています。
でもなんかいわゆる上を見ない人はなんかバカだっていう、ふうに多分見る人多いと思うんですよ。
宮武さんは、上を見るか見ないかの2つにはっきり分かれる描き方もよくないと話します。白黒をはっきりさせたがり、信じるか信じないかの話になる点が宗教と似ており、本来は常に疑うべきだという指摘です。
宮武さんによると、科学では常に2つの戦いが起きています。1つは独断主義との戦いで、17〜18世紀にカトリック教会が世界で起きていることを決めていたのに対し、科学者が太陽中心のモデルなどで挑みました。もう1つは懐疑主義で、科学者自身が変なことを言っていれば「それはさすがに変だ」と指摘することです。
権威が真実を決めること。かつてのカトリック教会に科学者が挑んだ
科学者自身の変な主張を「さすがに変だ」と疑うこと
宮武さんは、科学の歴史を見れば両方が必要だとしつつ、どちらかに寄せるなら独断主義への対抗のほうが大事だと話します。ところが今の科学界は、ほぼ全部が「アンチ懐疑主義」になっているように見えるといいます。
いわゆる陰謀論を言う人たちをひたすら叩きに行くっていう。
宮武さんは、外部から見ている立場なので内部の実情はわからないと断ったうえで、独断主義と戦っているようには見えないと話します。そう考えると、昔のカトリック教会と同じものが科学になっているという見立てに納得がいく、という結論です。
草野さんは、世の中が複雑になり続けているため、疑うことが面倒になっているのではと問いかけます。宮武さんは、何かを信じたい気持ちもあり、神様に近い100パーセントのものとして科学を届けようとしている面があるのではと応じました。意図自体は悪くないものの、行き過ぎると宗教化してしまうという整理です。
働く時間はなぜ減らないのか、ワーキズムという宗教
宮武さんが最後に取り上げる宗教は仕事場で、「ワーキズム」と呼ばれるものです。1930年から1950年にかけて、多くのエコノミストが、人間の生産性が上がれば仕事が楽になると予想していました。
未来は週3回働けばみたいな。え?今は土日も働いてますけどみたいな人いっぱいいますよね。
当時の予想では、勤務時間が減り、人のアイデンティティは趣味や家族や友達に移っていくはずでした。宮武さんは、最近はAIをめぐっても似た議論が行われていると話します。
宮武さんによると、アメリカの年間平均労働時間は1970年の1891時間から、2022年には1791時間へと多少減っています。ただし最も低かったのは2010年で、そこから少し増えているといいます。
宮武さんは、生産性はある程度上がっているのに労働時間が増えている理由として、サム・アルトマンさんがポッドキャストで話していた内容を挙げます。人々は労働時間を増やすべきか減らすべきか困惑しており、それは仕事自体がアイデンティティに結びついているからだというものです。
結局その何かを、その生産性ではなくて、人のアイデンティティとか、そのグループの宗教を作るものにもなってるんじゃないかと。
草野さんは、人生で一番時間を使っているのは働いている時間だと応じます。宮武さんは、仕事場や学校は「セカンドプレイス」と呼ばれ、昔はお金持ちになれば仕事をしなくてよかったのに、今はほぼ逆になっていると話しました。
宮武さんは、10年ほど前から従業員がCEOや経営陣に社会問題についての立場表明を求めるようになったことにも触れます。宗教的に見れば、会社の道徳や倫理を知りたかったのではないか、という解釈です。
宮武さんは、教会に行かなくなり既存の宗教が薄れるなかで、仕事場という宗教ができたことはむしろ良いことだと考えています。
リモートワークは「セカンドプレイス」を壊したのか
宮武さんによると、仕事場というセカンドプレイスは今、宗教として成り立たなくなり始めています。原因はリモートワークです。
宮武さんは、リモートワークの短期的なメリットは通勤時間ゼロや朝のヨガなどわかりやすい一方、長期的なデメリットはまだ見えないと指摘します。コロナで仕方なく進んだ面もありますが、すごいペースでセカンドプレイスを壊しに行ったのではないか、それが本当に良いのかを考えるべきだといいます。
会社はもちろんサービスを宗教化しないといけないと同時に、組織を宗教化しないといけない。
宮武さんは、多くのスタートアップやGAFAなどのテック企業がオフィス回帰を求めているのは、この理由からだろうと見ています。
宮武さんによると、ピーター・ティールさんが昔こう語っていました。ティールさんやキース・ラボイさんらFounders Fund ── ピーター・ティールらが設立したシリコンバレーのベンチャーキャピタル。FacebookやSpaceXなどへの投資で知られますのメンバーは、他社と共有するコワーキングスペースを嫌っていたといいます。カルト、つまり宗教が作りにくくなるからです。
宮武さんは、アメリカでは教会がなくなるなか、多くの人が1か所に集まる最後の場所がオフィスだったのかもしれないと話します。一人の時間が増えることの影響をきちんと考えるべきだという問題提起です。
宮武さんは、フルリモートで運営しているOff Topicを例に、仕事着の意味にも触れます。パジャマではなく仕事用の服に着替えることは「もう仕事するぞ」というマインドセットの切り替えであり、キリスト教で日曜に教会へスーツで行く「サンデーベスト」と同じような習慣だといいます。
宮武さんがもう1つ重要だと考えるのは、オフィスのゴシップです。アメリカのウォータークーラー、日本でいえばタバコ部屋のような場での雑談は、時間の無駄に見えて重要な役割を持っているといいます。
(ゴシップは)コミュニティの、いわゆる道徳と倫理を、そのインフォーマルな形で、そこで教えてくれるんですよ。
宮武さんによると、同僚のゴシップを通じて、何が評価され何が評価されないのか、社長が口にしない会社内の良し悪しがわかります。リモートではこうしたインフォーマルな会話がとてもしにくいという指摘です。
草野さんは、帰属意識が薄れる話はパンデミック当初から言われてきたと問いかけます。宮武さんは、個人としてはある程度リモートでもできると思っていたものの、宗教を作るうえではオフィスが思った以上に重要だと感じたと答えました。
草野さんは、リモートで時間を効率的に使えるからこそ、優秀な人が別のプロジェクトやクリエイター活動で新しい価値を生む良さもあると話します。一方で、会社に貢献している感覚はドライになり、より個人主義になると感じているといいます。
宮武さんは、リモート環境で宗教を作るのは不可能ではないもののめちゃくちゃ難しく、経営者が一番それを感じているかもしれないと話します。草野さんも、オンラインサロンなどでも定期的なイベントや場所を持つコミュニティは最終的に強いと感じているそうです。
リモートワークで友達が減る、という問題
宮武さんは、宗教の重要な役割として友達作りを挙げます。同じ倫理観を持つ人と一緒に過ごすことは大切で、アメリカでリモートワークを追求すると友達の数が減るのではないか、と懸念しています。草野さんは「もう実際起きていますよね」と応じました。
宮武さんが紹介した調査では、アメリカの大人が友達を作る場所は、近所が35.8パーセントで1位、仕事場が25パーセントで2位、友達の紹介が8.2パーセントで3位でした。近所と仕事場だけで半分以上を占めます。
| 順位 | 場所 | 割合 |
|---|---|---|
| 1位 | 近所 | 35.8% |
| 2位 | 仕事場 | 25% |
| 3位 | 友達の紹介 | 8.2% |
宮武さんによると、カジュアルな友達になるには40〜60時間、一般的な友達には80〜100時間、親友には200時間以上を一緒に過ごす必要があるといわれます。物理的に近いほど会話の回数が増えるため、親しくなりやすいという話です。
宮武さんは、仕事場に友達がいると離職率が下がるため、会社にとっても友達が減るのはよくないと話します。また、スタートアップの創業者同士は仕事場で出会うことが多く、宮武さんと草野さん自身も仕事場で出会っています。
完全リモートワークでうちらが仕事してたら、もしかしたらこのポッドキャスト始まってなかったかもしれないですし。
宮武さんは今回の話を振り返り、ニュースがリアリティ番組化したメディア、宗教化すべきかが問われる科学、宗教化すべきなのに難しくなった仕事場と、新しい宗教にはさまざまな課題があると整理します。それでも新しい宗教への需要は下がっておらず、むしろ上がっているため、次回はどう新しい宗教を作るのか、その良い事例を見ていくといいます。
最後に草野さんは、アンチ懐疑主義の話について、環境問題や政治は個人の利益から遠い問題だと指摘します。一方で会社は自分の利益に直結するため、会社のカルチャーという宗教では、懐疑主義へのアンチが生まれやすいのではと話し、宮武さんも「確かに」と同意しています。
まとめ
今回のOff Topicでは、宗教への需要が残るなか、メディア・科学・仕事場がそれぞれ「新しい宗教」となり、行き過ぎによって課題を生んでいる様子が語られました。宮武さんは宗教化そのものを否定せず、何を宗教化すべきで、何をすべきでないかを見極めることが大切だと示しています。
- キリスト教の「弱い者を守る」価値観は、行き過ぎると善悪二分法と「次の犠牲者探し」を生むと宮武さんは指摘する
- 1980年のCNN以降、ニュースは10〜20人のキャストを追うリアリティ番組のような宗教になったという見立てが語られた
- 科学は真実の追跡であり、ピアレビューのコンセンサス化や3%のシナリオの一人歩きは科学の宗教化につながるとされた
- 仕事場はアイデンティティと友達作りを支える宗教だが、リモートワークがそのセカンドプレイスを壊しつつあると議論された




