なぜテイラー・スウィフトは「宗教」なのか?
「Off Topic」の年末シリーズ「宗教OS」は、今回がパート3にあたります。宮武さんによると、パート1では宗教の重要性、パート2では宗教が抱える課題を扱い、パート3では宗教を「どう作るか」に踏み込みます。
宮武さんが今年最も強かった宗教の例として挙げたのは、テイラー・スウィフトです。ファンは「スウィフティー」と呼ばれ、草野さんもその呼び名を確認しながら話に入っていきます。
もうテイラー・スウィフトも宗教じゃないですか。
宮武さんは、テイラー・スウィフトがSpotifyで1日に最も再生されたアーティストになったことや、アルバムの記録、主に音楽でビリオネアになったことなどを挙げます。他の人にはなかなかできない成果を出している点から、強い宗教を作ったと見ています。
2018年のレーベル移籍から始まった「テイラーズ・バージョン」
テイラー・スウィフトの宗教化の大きなきっかけとして、宮武さんは2018〜2019年の出来事を挙げます。テイラー・スウィフトは2018年に所属していたビッグ・マシン・レーベルを離れ、2019年にはそのレーベルが買収されました。
買収によって、テイラー・スウィフトの昔の楽曲のマスターレコーディング ── 楽曲の原盤(録音そのもの)の権利。原盤権を持つ者は、映画やCMなどでの音源使用を許諾し、使用料を受け取ることができますの権利は、音楽マネージャーのスクーター・ブラウンが持つことになります。草野さんが挙げたHYBE ── BTSなどを擁する韓国の大手エンターテインメント企業。2021年にスクーター・ブラウンの会社を買収しましたは、のちにスクーター・ブラウンの会社を買収した企業だと宮武さんは補足します。
宮武さんの説明では、古い曲をテレビや映画で使いたい場合、スクーター・ブラウン側の許可とライセンス料が必要になります。しかもスクーター・ブラウンは、テイラー・スウィフトと因縁のあるカニエ・ウェストと親しい人物でした。
テイラー・スウィフトは買収時にTumblrへ投稿し、この状況を最悪のシナリオだと表明しました。その直後の取材で、古い曲をもう一度レコーディングすると宣言します。
背景には、2018年に新しいレーベルへ移る際、自分が作った音楽のマスターの権利を自分で持つという交渉をしていたことがあります。この交渉があったからこそ、再録音した楽曲は自分の権利として出せるわけです。
再録音版は「(Taylor's Version)」を付けて順に再リリースされていきます。宮武さんは、この括弧の部分こそが重要だと強調します。
草野さんは、最近の再録音版では歌い方や編曲も少し変わっていて、その違いが話題になっていたと話します。一方で宮武さんは、ベースとなる曲は同じだという点に注目します。
敵がいるとファンは何をするのか?
宮武さんは、マスター権をめぐる出来事によって、テイラー・スウィフトの宗教化がしやすくなったと考えています。その最初の理由は、明らかに敵ができたことです。
まず、明らかに敵ができたっていう。
草野さんは関連する例として、2020年の楽曲「The Man」を紹介します。「もし自分が男だったらこんなに叩かれていない」という内容の曲で、ミュージックビデオには、テイラー・スウィフトが憎んでいる人物を思わせる男性キャラクターが登場し、話題になったそうです。そのキャラクターを特殊メイクで演じているのはテイラー・スウィフト本人です。
草野さんは、テイラー・スウィフトが作品に隠しネタを仕込むのが好きで、ファンの中に考察班が大勢いることにも触れます。宮武さんは、こうした仕掛けが強いナラティブを作ると見ています。
敵がいる物語の中で、ファンは自分たちにも何かできないかと考えます。スウィフティーがたどり着いた答えは、オリジナル版ではなくテイラーズ・バージョンを聴くことでした。
自分をスウィフティーって呼んだ時点で、やっぱりなんかそれに対して多分責任感を感じないといけない。
(それ)であれば、もうオリジナルバージョン絶対聴かないと。
宮武さんは、この行動を、前回までに話した宗教の「クレイジーなアイデア」に近いものだと位置づけます。曲としてはほぼ同じでも、宗教の内側にいる人にとっては全く違うものになるという点が、宗教化の重要なポイントです。
レコード売上15分の1とウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿
宮武さんは、テイラー・スウィフトがファンとの関係性の作り方をよく考えるアーティストだと話します。その表れとして、CDやレコードも販売しています。
宮武さんが調べたデータでは、2021年1月から2023年11月初めまでに、アメリカ全体で約1.2億枚のレコードアルバムが販売されました。そのうちテイラー・スウィフトの分は527万枚で、宮武さんは「15分の1かな?」と迷いながら、レコード市場で大きなシェアを持っていると説明します。
宮武さんはさらに、テイラー・スウィフトが2014年にウォール・ストリート・ジャーナルへ記事を寄稿していたことを紹介します。テーマは、その後20〜50年で音楽業界がどこへ向かうかというものでした。
当時はSpotifyが伸び始め、音楽業界ではCDの売上が落ちることが心配されていました。そこでテイラー・スウィフトが書いたのは、ファンと音楽の関係は人と人との関係に似ている、という考え方です。
楽しい音楽もあれば、一時的な音楽もあれば、トレンドな音楽もあれば(中略)、場合によってはなんかもう愛する音楽もあれば、なんかそれって人と同じように置き換えられる。
ファンといかにそうした関係を作るかが重要だという意識が、これだけの宗教を作れた理由ではないかと宮武さんは考えています。
3時間半・44曲のツアーと深夜1時半まで帰らないファン
テイラー・スウィフトを語るうえで欠かせないのが、現在のツアーです。宮武さんによると、アメリカだけで52公演、売上は5億9000万ドルで、グローバルでは10億ドル以上の売上になります。
1回のコンサートは3時間半で、約44曲を歌い、衣装を約15回替えます。草野さんも、グループならともかく1人で歌うには長いと驚きます。
ポッドキャスト運営者のビル・シモンズも、コンサートに行った際に、1970〜80年代のコンサートとは比べものにならないほど盛り上がっていたと話していたそうです。宮武さんが注目するのは、親子連れを含め、観客が世代を完全に超えている点です。
宮武さんが特に宗教的だと感じたのは、土砂降りの雨で開演が大幅に遅れた公演のエピソードです。18時か19時の予定が22時開始になり、そこから3時間半の公演を行って、終わったのは深夜1時35分頃でした。
でも、ほんの一部のファンしか帰らなかったんですよ。
草野さんはチケットが高いことを考えれば当然だと応じ、宮武さんはチケット代を200ドルほどと補足します。途中で帰れなくなって残った人もいたかもしれないとしながらも、一度きりの体験を作るのがうまいと宮武さんは評価します。
展開がわかっていても盛り上がるのはなぜか?
テイラー・スウィフトの公演では毎回サプライズゲストが登場します。一方で、宮武さんによると、セットリストや曲順は観客のほとんどが大体わかっているそうです。
それでも「次はこの曲だろう」と思った曲が始まった瞬間に、会場は盛り上がります。宮武さんは、これをポップミュージックのサビ前のビルドアップ ── 楽曲でサビやクライマックスに向けて徐々に緊張感や音数を高めていく展開のことや、マーベル映画にたとえます。
ストーリー自体で驚きたいのではなくて、それどういう風にそれが実現するのかっていうのを見たいって思ってるんですよね、多分。
展開を全員が知っているからこそ、一緒に歌えて参加しやすくなります。宮武さんは、参加型になることでよりカルトっぽくなると説明し、教会の讃美歌も曲数が限られているので「またこの曲か」「この曲知ってる」となる感覚と同じだと話します。
テイラー・スウィフトのコンサートでは、観客がテーマに合わせた服でドレスアップします。草野さんは、アルバムごとにテーマがあり、好きな数字や好きな色までファンが知っている点がすごいと話します。
宮武さんは、その色の服を着ることで「ちゃんとしたファン」だとわかるため、ある程度の自由があるユニフォームのようだと見ています。教会でもサンデーベスト ── 日曜礼拝に着ていく、手持ちの中でいちばん上等な服のこと。キリスト教圏の慣習的な言い方ですと呼ばれるきちんとした服装で礼拝に行く習慣がある場合があり、コンサート自体が1つの教会になっていると宮武さんは考えます。
摩擦かスケーラビリティか、ディズニーも抱えるトレードオフ
宮武さんは、宗教を作るには摩擦が必要だと考えています。クレイジーなアイデアのように、入るのにハードルがあることが信仰を強めるからです。
ところがインターネットがやってきたのは、摩擦をできるだけなくすことでした。その代わりにスケーラビリティが大きく得られるため、両者のトレードオフをどう考えるかが宗教作りでは重要になります。
音楽で考えると、インターネットはコピーを容易にし、供給が増えたことで価格、つまり価値が下がりました。Spotifyのような配信によって音楽はコモディティ化 ── 製品やサービスの差がなくなり、どれも同じようなものとして価格で比べられるようになることしました。
その結果、一度しか体験できないコンサートのようなフィジカルな体験に需要が集まり、摩擦の大きい体験ほどカルト作りに使えるようになります。ただし、コンサートには会場の収容人数という限界があり、売上もどこかで頭打ちになります。
一度きりの体験やハードルが熱狂を生み、カルト化しやすい。ただし会場や人数の制限で売上に上限が出る
インターネットのようにコピーと拡散が容易でスケールする。ただしコモディティ化して価値が下がる
宮武さんは、テイラー・スウィフト個人ならこの限界は問題にならないとしつつ、ディズニーのような上場企業には課題になると話します。ディズニーはコンテンツでユーザーとの関係を深め、テーマパーク事業の売上を伸ばす戦略を取ってきました。
宮武さんによると、ディズニーのテーマパーク事業は売上全体に占める割合に比べて、営業利益に占める割合がずっと大きいそうです。それでも1日に入れる人数や、パークを作れる場所と数には限りがあります。
ミッキーの1日のスケジュールもだいぶタイトになっちゃうので、いっぱいテーマパーク作っちゃうと。
摩擦を入れるほど人を集めやすくなる一方、アップサイドやスケーラビリティを制限してしまう。上場企業として売上を伸ばし続けるなら、このバランスをどう考えるかが、カルトブランド作りの最初の重要点だと宮武さんは整理します。
0ドルと1000ドルの間を埋める映画とVision Pro
摩擦とスケールを両立する方法として、宮武さんは、配信を広げながら層ごとに課金を変えるマルチティア ── 顧客を支払い意欲や熱量で複数の層(ティア)に分け、それぞれに合った価格や商品を用意する考え方のマネタイズ戦略を挙げます。
テイラー・スウィフトの場合、Spotifyではお金を出したくない人も音楽を聴けます。ここが布教の場になりつつ、1再生ごとに少額の収益が入ります。
反対に、超パワーユーザーはツアーに行きます。チケットは平均200ドル以上で、アメリカでは飛行機に乗って行く人もおり、航空券やホテル、飲食、服を含めると平均1000ドルほど使っているといいます。
1000ドル払う人と、まあゼロ払う人がいますと。じゃあその間の層に対して何を提供するかというのがすごい重要になってきて。
その中間を埋めるのが、草野さんが先に触れたコンサート映画です。草野さんは映画の方がコアファン向けだと思っていたと驚きますが、宮武さんは、200ドルは払えない人やもう一度見たい人に向けた選択肢であり、映画館の数が多いぶん多くの人が見に行けると説明します。
映画は最初の1時間で2600万ドル分のチケットが売れ、10月末時点でグローバルの興行収入は約2億ドルだったと宮武さんは紹介します。こうした複数の層を設ける手法は、もともと映画会社が使ってきた戦略でもあります。
高級映画館
まず支払い意欲の高い層向けのプレミアムな劇場で公開
全国の映画館
一般の映画館へ広げる
ペイパービュー・機内・ホテル
家の外の有料視聴チャネルへ
DVD・配信・ケーブルテレビ
最後に家で安く見られる形に
宮武さんは、コンサートも映画も「家から出ないといけない」摩擦のある体験だと指摘します。次のステップは家の中で見られる体験で、Apple TV+でのドキュメンタリー化や、噂レベルではAppleがコンサートを収録しApple Vision Proで体験できるようにする可能性を挙げています。
クリエイターの「教会」とサードプレイス
宮武さんは、テイラー・スウィフトに加え、Mr.Beastやドゥード・パーフェクトのようなクリエイターが今のカルトリーダーになっていると見ています。そうした人々は、自分たちの「教会」は何かを考えるようになっています。
テイラー・スウィフトの教会はコンサート会場ですが、ドゥード・パーフェクトはテーマパークを作っています。宮武さんはそれもまさに教会であり、ブランドが店舗を作るのと同じだと話し、草野さんも同意します。
Netflixもグッズ店舗、体験施設、レストランなどを試してきましたが、今噂されているのはそれらを合わせた常設店舗です。宮武さんは、これをNetflixが教会を作ろうとしている動きだと捉えます。
その背景にあるのが、サードプレイス ── 自宅(ファーストプレイス)と職場・学校(セカンドプレイス)以外の、居心地のよい第3の居場所。社会学者レイ・オルデンバーグが広めた概念ですの重要性です。昔は教会がサードプレイスでしたが、もう1つの古いサードプレイスとして、宮武さんは街の広場を挙げます。
宮武さんによると、広場には明確な役割がないからこそ広く使えます。ローマやパリを訪れる観光客も、美術館やエッフェル塔だけでなく、広場のカフェに座ってお茶やお酒を飲み、雰囲気を味わうことに多くの時間を使っています。
何かを求めて行ってるわけではなくて、どちらかというと、なんかそこの雰囲気とか、そこの宗教?を、えっと、求めに行ってるのかな。
広場ではワールドカップの優勝を祝うようなポジティブなことも起きれば、抗議や反乱、昔なら死刑台のようなネガティブなことも起きます。そのユースケースの広さがすべて宗教につながると話す宮武さんに、草野さんは「人が集まると宗教が生まれる」と応じます。
セルフレジは宗教作りに向かない?家のような店と独自の言葉
宮武さんは、現在、広場や教会の役割を果たそうとしているのは商業化された組織だと見ています。かつてはスターバックス、今ならグロシエやニューヨークのエメ・レオン・ドレのようなブランドがサードプレイスを作ろうとしており、デジタルではTwitterのようなSNSが「タウンスクエア」と呼ばれています。
ただ、ここ数年は良いサードプレイスがあまり生まれていないと宮武さんは指摘します。その1つの要因がコロナで、ある調査では、頻繁に通う好きなローカルな場所があるアメリカ人の割合が大きく下がりました。
2019年(コロナ前): 約3分の2
2021年(コロナ後): 半分ちょっと
もう1つの要因は、テクノロジーによって買い物から摩擦がなくなり始めたことです。宮武さんは、セルフチェックアウトは便利である一方、店のスタッフと話して雰囲気を味わう機会をなくすため、決済の場面では宗教を作りにくくなると説明します。
そこで今のブランドが工夫しているのが、家の雰囲気の出し方です。フランスのブランドのセザンヌは店舗を「アパート」と呼び、サンフランシスコのコミュニティSF Commonsの創業者は自宅を撮影スタジオとして開放し、ある家具デザイナーは自宅をポップアップにして行列ができたといいます。
宮武さんは、儀式や宗教的なものを求める人が増えているからこそ、それに合うサードプレイス体験が必要になると話します。ただし、摩擦を強めすぎると誰も来なくなるので、バランスが難しいとも述べています。
草野さんは、以前読んだ『孤独なボウリング』を紹介します。人と人とのつながりであるソーシャルキャピタル ── 人間関係やネットワーク、信頼など、人々が協力し合うことを可能にする社会的なつながりを資本にたとえた概念が、テレビやテクノロジー、働き方の変化で失われていると論じた本で、教会や地域行事などの中で最も参加率が落ちたのがリーグボウリングだったそうです。
何かペイフォワードしたくなる。しても別にそれ(は)お返しなくてもいいよっていう関係性ができるのって、結構そのストレンジャー同士だとできないですし。
草野さんは、同じ気持ちを持つ人が集まる教会やコミュニティだからこそ、そうした関係が生まれると話します。生活の中にそういうコミュニティがたくさんあると人生が豊かになるのではないか、というのが草野さんの感想です。
宮武さんは、家のようなポップアップや店舗を「アパート」と呼ぶことは、他人同士でも家族のようにいられるアットホーム感を再現しようとする試みであり、オフィスを「家族」と呼ぶのも同じだと見ています。草野さんがディズニーランドの「キャスト」「ゲスト」のような呼び方を挙げると、宮武さんは独自の言語が宗教のスタンダードになり、そこに理念が感じられると応じます。
ブランドの頂点にあるのは「イデオロギー」
宮武さんは、ミシガン大学ビジネススクールのマーケティング教授で、ビヨンセのデジタル戦略も担当したマーカス・コリンズの「ブランドのイデオロギー」の議論を紹介します。マーカス・コリンズによると、ブランドとは会社や商品、人に対する気持ちであり、その意味合いはイデオロギーを示すことにあります。
イデオロギーがあるかどうかで、すべての会社がブランドになれるわけではないとマーカス・コリンズは述べています。ただし、最初からユーザーにイデオロギーを語るのは難しく、ユーザーは段階を踏んでそこへたどり着きます。
最後の段階まで来たユーザーは、ブランドを通して自分のアイデンティティを表現するようになります。宮武さんは、これは宗教と全く同じ話で、最後のイデオロギーのハードルは宗教でいうクレイジーなアイデアにあたると話します。
例として宮武さんは、ブラックフライデーに「商品を買わないでください」と呼びかけたパタゴニア、「500ドルのiPhoneなんて誰も払わない」と言われた中で出したApple、ビューティーブランドのパーカーを着させたエミリー・ワイスを挙げます。トリックショット動画のドゥード・パーフェクトや、24時間かけて1から10万まで数える動画を出したMr.Beastも同じだといいます。
それはなんかそういうクリエイターも同じですし、ブランドもそうですし、スタートアップも同じ。
キリスト教に学ぶ「コミットグラフ」とUGC
宮武さんは、クレイジーなアイデアに至るまでにはステップがあるとして、キリスト教の入信の過程を例に挙げます。まずはイエス・キリストの物語を学ぶことから始まり、聖書が物語形式で書かれているからこそ読みやすいと宮武さんは指摘します。
宮武さんは、パンとワインがキリストの体と血を意味するのは普通に考えればおかしく、そこにもコミットが必要だと話します。それでも「パンとワインだね」と思えば誰でも口にできるため、段階としては低いハードルです。
宮武さんによると、宗教作りで重要なのはコミットグラフ ── 信者になるまでの関与の深さを段階的に設計した道筋。宮武さんがOff Topicの記事などで使っている考え方ですを作ることです。最初から摩擦が高すぎると誰も入ってこないため、摩擦を徐々に上げていくことで、ユーザーは自分の宗教内でのステータスが上がる感覚を得られます。
「あ、ようやくここまで来たんだ」と、自分が。
ブランド作りでUGCが重要なのも、それがコミットのレベルを示すからだと宮武さんは説明します。Off Topicでは、リスナーのメモフリートさんが毎回インフォグラフィックを作ってくれていて、宮武さんは「Off Topicカルトの中でランクが高いのでは」と冗談交じりに話します。
同じ水なのにLiquid Deathが熱狂される理由
宮武さんは、宗教になると機能性だけの話ではなくなり、真実がある程度どうでもよくなると話します。ブランドでいえば真実とはプロダクトのことで、プロダクトが完璧でなくてもよくなるというのです。
その最もわかりやすい例が、缶入りの水を売るLiquid Deathです。同じ水なのに人気を集めていて、TikTokでは缶のクレイジーな開け方を募り、最もクレイジーな人に1年分の水を贈るチャレンジを行いました。プールの中で開ける人や、茹でる前のスパゲッティで開ける人まで現れたそうです。
宮武さんは、D2Cブランドが血を使うとカルトブランドだと感じると話します。スケートボーダーのトニー・ホークが自分の血を使ってLiquid Deathとコラボ商品を作ったのを見て、これはカルトブランドだと思ったといいます。
草野さんが、ファン以外の人はこれをどう受け止めるのかと尋ねると、宮武さんは「ダメだろう」と思う人も、「クレイジーだけど面白い」と思う人も、よくわからない人もいるはずだと答えます。CEOのマイク・セサリオも、それが大事だと話しているそうです。
愛されるブランドになるためには、あの憎まれないといけないと。
とはいえ、全員から嫌われるのも良くありません。宮武さんは、エンタメを使って、ある程度みんなが納得できるクレイジーなアイデアをどう出すかがポイントだと見ています。
他の水ブランドは、1789年創業のエビアンのような歴史や、フィジーウォーターのような産地を打ち出します。一方でLiquid Deathは、自らを「面白い飲料会社」と位置づけ、人を笑わせながら水を飲ませ、プラスチック汚染を「殺す」という悪っぽいミッションを掲げています。
宮武さんが特に重要だと考えるのは、「コーポレートマーケティングが嫌い」という点です。多くの人が嫌うありがちなCMを敵にしてパロディでバカにすることで、共感しやすく、宗教を作りやすくしています。
ハーレーダビッドソンに学ぶ「ちょっとだけの反抗心」
Liquid DeathのCEOは、ブランドでは感情作りが重要で、Liquid Deathが作ろうとしている感情は反抗心だと話しているそうです。反抗心を打ち出す飲料はビールやエナジードリンクが多く、そうした気分になりたいときに選べるものが限られていました。
宮武さんは、水なら誰でもいつでも飲めるため、反抗心のコミュニティに入りやすくなると説明します。見た目はパンクバンド風ですが、Liquid Deathが参考にしたのはハーレーダビッドソンだといいます。
宮武さんによると、ハーレーダビッドソンのターゲットはバイカーギャングではなく、300万円ほど出せる歯科医師のような一般の人です。毎日同じことを繰り返す中で、少しだけ反抗心が欲しい人がハーレーを買います。
普段はちゃんとしなくちゃいけない人が、逆にそこの別の一面が出せる場所みたいなのもありそう。
しかもなんかそれをなんかフルフルやってるわけではなくて、ちょっとだけ欲しいと。
宮武さんは、ブランドはこうした感情作りにもっと気をつけるべきだと話します。反抗心のほかによくある感情が期待感で、映画の予告や、Supremeのドロップの日に仲間と店の前に並ぶ時間も宗教っぽいと話しています。
昔の人ならAIを「神様」と呼んだ?
宮武さんは、AIが広がる時代の宗教がどうなるかという問いを立てます。紹介したのは、アメリカ・カトリック大学のジョン・アスコナス准教授の、ChatGPTのようなAIは昔の人の方が受け入れていたのではないかという発言です。
昔のクリスチャンの多くは神や天使、悪魔の存在を信じていました。カメラやセンサーにアクセスして何でも見え、何でも知っていて、何でも答え、しかも人間が恐れている存在を何百年も前の人に説明すれば、こう返ってくるだろうと宮武さんは言います。
「え、それって神様じゃん」って多分回答が来るんですよね。
宮武さんは、人間がAIをどんどん信頼していけば、宗教がより強かった時代に戻る可能性があると考えています。同時に起きると見ているのが、カルトの民主化です。
例として挙げたのが、シンギュラリティ ── AIが人間の知能を超え、技術の進歩が予測できなくなる転換点を指す概念。SF作家ヴァーナー・ヴィンジが広めたことで知られますの概念を広めた著者によるSF小説『レインボーズ・エンド』です。作中ではARが普及し、仲間内だけで同じ景色を見る「ビリーフサークル」が生まれています。
同じビルの前に立っても、自分と友人のグループには自然あふれる建物に見え、別のグループには全く違う景色に見えるかもしれない。宮武さんは、同じ世界なのに全く違うものを見る状況が、テクノロジーによる集権から分散への流れと重なると話します。
宗教を強める需要が増えるなかで、パート1で話した4000年前のように、より小さなカルトがたくさん生まれる可能性があると宮武さんは見ています。草野さんが「今のカルトブランドがもっと細かくなるイメージか」と尋ねると、宮武さんは、細かくなるかもしれないし、それに合わせた商品や体験が必要になるかもしれない、あくまで1つの可能性だと答えます。
宮武さんはさらに、草野さんが今年シリアルトークで書いた「スペクタクル系の野外広告」の記事に触れます。草野さんは、パリの建物に草間彌生が乗っているルイ・ヴィトンとのコラボ、街を車のように走るバッグ、電車が通るたびにまつ毛がカールするメイベリンのマスカラ広告などを紹介していました。
宮武さんは、こうした広告を宗教でいう塑像、たとえばキリスト像にたとえます。昔の人が像の前で祈り、何かを捧げたように、今の人は商品を買い、写真を撮って共有するというわけです。
その究極版が、今年ラスベガスに登場した巨大球体のSphere ── ラスベガスにある球体型の大型アリーナ。外壁全面がLEDスクリーンで、内部でもコンサートや映像体験が行われますです。宮武さんによると、Sphere自体は宗教ではなく、さまざまなブランドが使える宗教化しやすい場所であり、ブランド化されていない教会をブランドが活用する形だといいます。
行く前と行った後の体験は変わりそうですよね。
まさになんか、その洗礼を受けるみたいな。
Off Topicの4年間は「宗教OS」でつながっていた
宮武さんは、今年Off Topicで扱ってきたトピックの裏テーマが、実は宗教OSの作り方だったと明かします。クリエイターがアテンションと信頼で新しいブランドを作る話、ソフトウェア版の次世代カルトとしてのSNSの進化、インターフェース、カルトブランドとしてのApple、Stripeが薄い顔なしのプラットフォームとして広げる話などです。
収録中に「宗教」という言葉を言うかどうか何度も悩み、言いすぎるのも良くないと思っていたと宮武さんは話します。この年末のシリーズで話したかったからだといいます。
宮武さんの考えでは、人間は社会的な生き物で、人生の意味や愛、幸せの答えを求めます。答えが明確に出ないからこそ孤独が生まれ、宗教はそれに対する1つの回答として、聖書やミッションステートメントで道徳や理念を伝えます。
問い
人生の意味や愛、幸せの答えを求めるが、明確な答えは出ない
回答
宗教が聖書やミッションステートメントで道徳と理念を示す
共感と結束
共感した人が集まり、敵がいれば憎しみを共有してより仲良くなる
貢献の証明
グループへの貢献を見せるため、クレイジーなアイデアにさらに踏み込む
宮武さんは、このダイナミクスには良い使い方も悪い使い方もあり、昔の宗教と比べるとだいぶ凶悪化しているとも話します。同時に、宗教がスケールして学校や政府機関といったシステムが生まれ、それらがカルチャーを作ってきたと見ています。
SNSという宗教が新しいカルチャーメーカーを生み、ブランドが自らカルチャーメーカーになったり、それを活用したりすることで、クリエイターエコノミー、メタバース、Web3、AIといったトレンドが出てくる。宮武さんは、この全体の流れが過去4年間のOff Topicだったと語ります。
最後、なんか4年後に宗教の話なんかしてるのって、絶対、絶対ありえないだろうって思ってたので。
2020年末に「アテンション・アンド・トラスト・エコノミー」というテーマを考えたときには、こうなるとは想像していなかったそうです。世界の複雑さを知るほど深掘りが必要になり、宗教にたどり着いたと宮武さんは振り返ります。
草野さんが「来年は?」と聞くと、宮武さんは、さすがにもう十分深く行ったのではないかと笑います。死ぬとどうなるのか、生きる意味は何か、愛とは何かという人間の根源的な問いが、今の宗教作りのドライバーだと宮武さんは見ています。インターネットの普及や友達が減っていることも連動しており、米中関係のような政治環境も宗教の視点で見ると納得できる部分があると話しています。
次世代のカルトリーダーとなるCEOは誰か?
シリーズの最後に宮武さんが投げかけたのは、次世代のカルトリーダーは誰になるのかという問いです。ここでは会社の社長に絞って話が進みます。
宮武さんによると、CEOのトレンドは雇われ社長から、ビジネス経験のある創業者、シリコンバレー時代のエンジニアやプロダクトの人へと移ってきました。上場企業では元CMOや元COOなど、マーケターやオペレーターがCEOになるケースもあります。
一方で、AirbnbのCEOブライアン・チェスキーは、CEOになりにくい職種が2つあると話しているそうです。宮武さんの記憶では、Figmaのイベントでの発言です。
1つ目は人事のトップです。理由は説明されていなかったため、草野さんと宮武さんは、組織の話とプロダクトを経営する話は違うからか、全体を見る役割の違いか、と考えます。
2つ目はデザイナーです。宮武さんは、人事とデザイナーの共通点は科学的ではないソフトなスキルで、よりクリエイティブで人と関わる職種であることではないかと推測します。これまでの経営論はもっと数字寄りだったからです。
草野さんが「Airbnbのブライアン・チェスキーはデザイナーでは」と指摘すると、宮武さんは、ブライアン・チェスキーはまさに例外にあたると答えます。
売上8割減からのAirbnb改革とは?
ブライアン・チェスキーは途中から優秀な経営者を周りに取り入れ、Airbnbはデザイン中心ではない一般的な会社になっていきました。10ほどの部門それぞれにサブ部門があり、PMが会社を仕切って多くのABテストを行う組織です。
そこでブライアン・チェスキーが気づいたのは、人やプロジェクトを増やしてもアプリがほとんど変わらず、コストだけが上がることでした。2019年末、ブライアン・チェスキーは元Appleのクリエイティブディレクターの浅井裕基と、ジョニー・アイブの2人に会います。
浅井裕基は1998年から2016年までAppleで働いた人物です。草野さんは、経営系の人に会ったのかと思えば2人ともデザイン系だったことに驚きます。2人は、スティーブ・ジョブズがやったような、デザインを中心にした会社の運営方法を伝えました。
ただ当時はAirbnbの上場を控えた時期で、組織再編は難しいとブライアン・チェスキーは考えていました。そのきっかけを作ったのがコロナです。
コロナで一瞬で売上が8割落ちるんで。
会社が消える可能性が高まり、ブライアン・チェスキーは「どう覚えられたいか」を考え、自分らしい終わり方をしたいと思うようになったそうです。そこから、自分が運営したいように会社を動かし始めます。
部門制の組織、事業部ごとのロードマップ、PMが仕切り、ABテストを多用
職能制組織、全社で1つのロードマップ、PMをプロダクトマーケターに、ABテストをやめ年2回リリース、CEOが隔週でレビュー
全マネージャーに1つのロードマップへ案を載せてもらい、その1割しかやらないと決めます。さらにABテストもやめました。草野さんは、Appleの基調講演のようにリリースが年1〜2回になったことに触れ、宮武さんは年2回になったのはまさにこの改革が理由だと答えます。
プロダクトマネジメントだけを担う役割もなくし、プロダクトマーケターを置きました。自分のプロダクトについてきちんと語れなければ開発はできない、という考え方で、建物のデザインとマーケティングの両方を担う建築家のようなデザイナーを採用したいとしています。
彼が言うにはチーフエディターになったと。
草野さんは、最近のAirbnbのリリース動画が音楽付きでデザインに凝っていて、ブライアン・チェスキーのInstagramもクリエイターのような投稿になっていると話します。宮武さんは、しっかりカルトリーダーになったと評します。
CEOが「チーフエディター」になることには、もっと任せるべきだという批判もあったはずだと宮武さんは見ています。それでもブライアン・チェスキーは、判断軸を下に押し出すのではなく自分の周りに引き寄せたいと考え、その結果、上位30〜40人が会社について共通の認識を持つ「1つの大きな脳」になったといいます。
宮武さんは、これも宗教っぽい考え方だと指摘します。ブライアン・チェスキーがこのトークで伝えたかったのは、デザインは画面上のピクセルを動かすだけでなく、これからのデザイナーは会社そのものをデザインする、ということでした。
デザインって結局その世界の、世界に対する考え方でもあるので。
だからこそ次世代の宗教やビジネスでは、ストーリーファーストでデザインドリブンなものが出てくる可能性がある、と宮武さんはシリーズを締めくくります。
まとめ
宗教OSシリーズの完結編では、テイラー・スウィフトのテイラーズ・バージョンやツアー、サードプレイスとしての広場や店舗、Liquid Deathの反抗心、AIとカルトの民主化、Airbnbのデザイン中心の経営まで、現代の「宗教」がどう作られるかが語られました。宮武さんは、摩擦・物語・場所・独自の言語を設計し、段階的にコミットを深めてもらうことが鍵だと見ています。
- テイラー・スウィフトは、マスター権をめぐる「敵」とテイラーズ・バージョンによって、ファンが自ら行動する強いナラティブを生んだ
- 宗教作りには摩擦が必要だが、スケールとのトレードオフがあり、マルチティアの設計で両立を図れる
- 広場や家のような店舗、独自の言葉など、サードプレイスと儀式を求める人は増えている
- ブランドピラミッドやコミットグラフのように、ハードルを徐々に上げることで信者のステータスとロイヤリティが生まれる
- ブライアン・チェスキーのように、デザインで会社そのものを形作るCEOが次世代のカルトリーダーになる可能性がある




