ユニコーン期に入社した日本立ち上げ役は、何から始めたのか
Off Topicのこの回は、普段のリモート収録ではなく、Stripe Japanのオフィスに出向いての対面収録です。前回の161回でStripeを深掘りした流れを受けて、今回は本人に直接聞いてみるという企画になっています。
ゲストのダニエル・ヘフェルナンさんは、Stripe Japan株式会社の代表です。ダニエルさんは2014年5月にStripeに入社し、それ以来ずっと日本での立ち上げを担ってきました。
ダニエルさんの入社当時のStripeは100人ちょっとの規模で、時価評価額が1ビリオンに達してユニコーン ── 評価額10億ドル以上の未上場スタートアップを指す言葉。希少さを伝説の生き物になぞらえた呼び名ですになった頃でした。Uber、Dropbox、Airbnbのような「すごいユニコーンが出た」と話題になる会社が続いた時期の、最後のほうだったと振り返っています。
収録時点で、ダニエルさんのStripeでのキャリアは9年目に入るところです。聞き手からは、そのまま海外から使えるサービスとは違い、決済はインフラから整えなければならないため、日本での認知の差も含めて大変だったのではないかという問いが投げかけられました。
ダニエルさんによれば、日本での初期の利用者は、ニーズがありそうな人たちを特定して開拓したほか、アメリカで事業をしている日本人起業家のように、すでに海外でStripeを導入していて日本法人でも使いたいという層から広がっていったといいます。
前回の考察回は、本人の目にどう映ったのか
前回のエピソードでは、宮武さんがStripeについて独自の考察を語りました。草野さんは聞きながら「Stripeすごい」と感じたと話し、ダニエルさん本人にも率直な感想を尋ねます。
ダニエルさんは、ちょうど前日に社員と宮武さんの話をしていたと明かします。英語圏のTwitterでの議論をよく押さえたうえで、「実はこういうことなのでは」と一歩踏み込んでいる点がうれしかったといいます。
ダニエルさんが特に挙げたのは、StripeのシリーズI ── スタートアップの資金調達ラウンドの呼び名。シリーズA、B、Cと進むにつれ後期の大型調達になり、Iはかなり後期の段階ですの資金調達をめぐる話です。数字がメディアに出たことで競合のAdyenとの比較やEBITDAの変化がTwitterで盛んに語られましたが、宮武さんはどこを比べるべきで、どこを比べても意味がないかを整理していたと評価しています。
逆にここはちょっと違ったなとか、なんかそういうところってなかったですか?
宮武さんのこの問いに対して、ダニエルさんは、創業者のパトリックさんとジョンさんがかつてネオバンクをやろうとしていたという話は知らなかったと答えました。宮武さんも、その話はどこかのインタビューで第三者が語っていたもので、ソースが1つしかないので正直わからないと補足しています。
ダニエルさんが知る範囲では、当時の2人が手がけていたのは、eBayのパワーセラー向けのSaaSと、Wikipediaを圧縮して電波がなくても携帯から読めるようにする試みでした。bzipという圧縮アルゴリズムを使えばうまくいくとパトリックさんが気づいたというエピソードに、宮武さんは「パトリックさんらしい」と反応しています。
なぜStripeはボトムアップから始めたのか
宮武さんは前回の回で、Stripeを開発者や起業家、クリエイター向けのボトムアップ型の会社として語っていました。一方で、MicrosoftとSlackの競争ではトップダウン型のMicrosoftが優勢に見える現状もあり、その両方をStripeがどう考えているのかを尋ねます。
ダニエルさんの答えは、Stripeは基本的にボトムアップでやっている、というものです。どの開発者でもホームページに来ればすぐに導入できることを、Stripeはベンチマークにしているといいます。
Stripe登場以前のオンライン決済の導入は、アクワイアラー ── 加盟店と契約し、カード決済の売上を加盟店に支払う役割を担う事業者。日本ではカード会社などが担っていますと交渉して加盟店契約を取り、加盟店番号を発番してもらい、それを収納代行サービスに持ち込むという長い手順を踏むものでした。営業と打ち合わせて提案を受け、仕様書を見るにもNDAが必要という流れは、開発者としては納得がいかなかったとダニエルさんは話します。
Stripeの導入の流れについて、従来の決済導入とStripeが目指す世界観を、ダニエルさんの説明をもとに並べると次のようになります。
アクワイアラーとの交渉、加盟店契約と番号の発番、収納代行への登録、営業からの提案、NDAを結んで仕様書を確認
ホームページで料金体系がわかり、仕様書は全部オープンで、SDKもオープンソースですぐダウンロードできる
ダニエルさんは、ボトムアップから始めてアップマーケットへ進むことは大変でもできる一方、大企業向けから始めてロングテールへ広げて成功した企業はとても少ないと見ています。宮武さんも「そっちの方が難しいですよね」と応じました。
そのうえでStripeはここ5年ほど、エンタープライズの攻め方にも力を入れてきました。日本ではトヨタや全日空、海外ではフォードといった導入事例があり、徐々に重心が移ってきているといいます。
自社で作るか、買収か、外部に任せるか
Stripeのプロダクトは20ほどに増え、自社開発、買収、投資、そしてApp Marketplaceのような第三者のアプリエコシステムが並び立っています。宮武さんは、Shopifyなども抱える同じ課題として、何を自社で作り、何を外部に任せるのかの判断軸を尋ねました。
ダニエルさんによれば、Stripeはまず自分たちが何をやりたいかを決め、やりたいことは基本的に自分たちでやります。Terminal、App Marketplace、Taxなどは買収で加速しましたが、「いい会社があるから買えばこれが作れる」という発想から始めたことはないといいます。
Stripeがまだ手をつけていない領域は、APIを通じて他のプレイヤーがエコシステムを作る形になります。Stripeの新商品が、それまでAPIでビジネスを作っていた事業者と競合することもあり得るため、事前にできる限り密に話をして、納得してもらえるよう努力しているそうです。
宮武さんは、ShopifyのプレジデントであるハリーさんやStripe共同創業者のジョンさんの考え方として、幅広いユーザーが使う基本のブロックは自社で作り、全ニッチはカバーできないので専門的な部分は他社に任せる、という方針を紹介しました。
ダニエルさんはこの考え方を非常に合理的だとしたうえで、Stripeのシステムはオーガニックに構築されてきたため、本来は第三者が入るべき場所に入れない箇所があると話します。ロングテールのユーザーで10パーセントほどしか使わない機能や、特定のセグメントでしか使わない機能をきれいに切り出し、第三者が入れるようにアーキテクチャを見直しているところだといいます。
全員CCのメールと、Slackのポータル絵文字
宮武さんが次に取り上げたのは、Stripeの独特なカルチャーです。かつて全社員が全てのメールにCCされていた時期があったという話は本当なのか、という問いに、ダニエルさんは「そうです」と即答しました。
当時のダニエルさんは、朝起きると300件ほどのメールがあり、それをさばいてから仕事に入っていて、1時間かかっていたそうです。やがて朝の1時間では終わらなくなり、夜中の2時に起きて30分から1時間で100件、200件に目を通してからまた寝る、という生活になったといいます。
夜中にアメリカのメールをさばいておくと、アメリカが夕方に入るころには日本のメールが入ってくる、という時差を前提にした回し方でした。宮武さんの「一回アメリカのメールをさばくっていう」という確認に、ダニエルさんはそうやっていたと答えています。
今のStripeでも、各チームのメーリングリストや社外とのやりとり用のリストを使い、各社員になるべく多くの情報が入るようにしているそうです。ダニエルさんは、情報を多く与えて透明にコミュニケーションすることで、各社員が貢献できる範囲が広がると考えています。「このチームは方向が違うのでは」「あっちに機会があるのでは」と、社員が自分で考える材料になるからです。
ただし透明性には副作用もあり、送ったメールに「この言い方は違うのでは」と指摘が入ることもありました。そうした指摘はしないようにしよう、という文化も意図的に作り始めたといいます。
Slackでも、プライベートチャンネルはあるものの、必要がなければオープンにし、他チームのチャンネルにも入れるようにしています。チームによっては、チーム内用とチーム外とのやりとり用でチャンネルを分け、外から来た人がチーム内用を使うのは失礼という使い分けもあるそうです。
Stripe社内のDMの扱いも独特です。DMでのやりとりが長くなると、Valveのゲーム「Portal」の絵文字を打って「#japanチャンネルに行きましょう」と促し、他のメンバーにも見えるようにするといいます。宮武さんは、それが共通言語として全員に通じていることを面白がっていました。
ライティング文化で知られるStripeについて、宮武さんはAmazonに影響を受けたのかと尋ねます。ダニエルさんは、当時Amazon出身者がいたわけではないものの、Amazonがそういう文化だということは皆知っていたと話します。シックスペイジャー ── Amazonの会議で使われる、6ページ程度の文章形式の資料。スライドではなく文章で考えを伝えるための形式として知られていますほど厳密ではないものの、書くことで頭が整理され、他人の指摘を受けて整えることでアウトプットが良くなる、という考え方が昔から根づいているといいます。
書く文化のメリットとデメリットを問われたダニエルさんは、バランスが取れればライティング寄りが一番いいとしつつ、やりすぎの弊害も挙げました。ダニエルさんの話を整理すると、次のようになります。
オペレーティング・プリンシプルズは誰が書いたのか
宮武さんは、Stripeが採用したい人物像だけでなく、フィットしない人物像まで明確にしている点に注目し、それがチームで話し合って決めたものなのか、トップダウンなのかを尋ねました。
ダニエルさんによれば、その源はオペレーティング・プリンシプルズです。Stripeの最初のCOOであるクレアさんが形にしたものですが、クレアさんが一から考えたのではなく、社内に「なんとなくあった」やり方を空気から取り出したものだといいます。人が増えていく中で、形にしたほうがためになるとわかっていたからです。
宮武さんの「もともと書いてはなかった」という確認に、ダニエルさんは、書いてはいなかったが、どういうふうに皆が仕事をしているかは共有されていた、と答えています。それを「ユーザーズファースト」などのプリンシプルに落とし込んだのです。
現在、Stripeの採用ページのサブページには、オペレーティング・プリンシプルズの一部が載っています。そこには、全員がこのプリンシプルと価値観に合うわけではないとわかっている、合わないならそれでいい、合うと思うならぜひ応募してほしい、と書かれているそうです。ダニエルさんは、プリンシプルを書くことが採用にも生かせると考えています。
クレアさんが組織のまとめ方について書いた本は、収録現場にも置かれていました。草野さんがデザインの格好よさに触れ、宮武さんも出版部門のStripe Press ── Stripeの出版部門。テクノロジーや経済、組織づくりに関する書籍を刊行し、装丁の美しさでも知られていますを「めちゃくちゃいい」と称えます。
草野さんは、Stripeがもともと雑誌「Increment」を出していたところから、本や映像も手がけるようになった理由を尋ねました。ダニエルさんによれば、Incrementは、GAFAのような大企業のエンジニアだけが知っていて外に出ていないベストプラクティスを広め、世界中のエンジニアの効率を上げるための雑誌でした。それがStripeの掲げるインターネットのGDP拡大につながる、という考えです。
Stripe Pressの本は、イラッド・ギルさんの『High Growth Handbook』から始まりました。ジョンさんとイラッドさんが話す中で「本を書いているみたいだ」「出版社が決まっていないなら出しましょうか」という流れで生まれたといいます。リックライダーを描いた『The Dream Machine』のように、絶版になっていた本を「もったいない」と復刊したものもあるそうです。
ダニエルさんは、こうした出版もオーガニックに広がったものだとしつつ、根底には「皆のためになる情報が広がればインターネットのGDP拡大につながる」という、とても長い目で見た考え方があると話しました。日本語版は『High Growth Handbook』が日経BPから『爆速成長マネジメント』として出ているだけで、宮武さんはクレアさんの本などの翻訳を、聴いている出版社に呼びかけています。
「ミクロでは悲観、マクロでは楽観」とは何か
宮武さんが個人的に気になっていたというのが、CEOのパトリックさんがインタビューで語ってきた「Micro pessimism, macro optimism」という考え方です。Stripeの理念のページにも、会社全体が楽観的であることが記されています。
ダニエルさんは、この言葉を時間軸で考えるとわかりやすいと説明します。インターネットは世界中の人に浸透し続けていて、インターネットの経済圏も伸びていくことが決まっている。途中でトラブルは起きても、長期的には楽観的であるべきというのがマクロの側です。
一方で、今年出す新プロダクトのリスクや問題点を詰めるような目の前の仕事では、パトリックさんやジョンさんにも見られる完璧主義が求められます。長期の楽観を持ちながら、目の前のことをしっかりやる、というのがダニエルさんの捉え方です。
ただ楽観的になるのは良くないですし、ただ悲観的になるのも良くないっていう。
宮武さんは、楽観と悲観の両方が明記されていることが重要だと指摘しました。楽観すぎるとリスクを見失うので、小さいところや短期では慎重に見る、という整理です。
ダニエルさんは、Stripeのプリンシプルには意図的に矛盾するものが置かれていると明かします。素早く動くことを求める「Urgency and Focus」と、しっかり考えることを求める「Be meticulous」が並んでいて、どちらなのかと問われれば「自分で考えろ」ということだといいます。
ダニエルさんによれば、バランスは上から教わるものではなく、その場のコンテクストで考えるものです。この方向に進んだら戻れないならゆっくり考え、失敗しても大丈夫なものはやってしまう、という判断を一人ひとりに委ねているそうです。
なぜStripeには肩書きがないのか
宮武さんは、書く文化や矛盾するプリンシプルの話から、Stripeが社員一人ひとりに考えてもらう文化を作ろうとしていると感じたと話します。そのうえで、初期のStripeでは誰と話しても「PMです」と名乗っていたという役職の考え方について尋ねました。
ダニエルさんによれば、ごく初期のStripeは全員が同じ給料で、肩書きも役職も一切なく、ほとんどがエンジニアでした。ユーザーと話してニーズをつかみ、作るものを考え、自分で作り、試してもらってブラッシュアップし、ブログポストを書いて出すまでを1人がやっていたといいます。
宮武さんが「もう起業家じゃないですか」と反応すると、ダニエルさんは、当時の社員の3分の1から40パーセントほどが元起業家だったと答えています。マネージャーも基本的にいらないというスタンスでした。
Stripeの組織は、40人ほどになった頃にマネージャーが入り始めました。ダニエルさんが入社した頃には、マネージャーがいて給料も人によって異なっていたそうです。
ごく初期は全員同じ給料で、肩書きも役職もマネージャーもなく、1人が企画から開発、発信までを担う
40人ほどでマネージャーが入り、給料にも差が出る。チームや職種ははっきりしているが、Cレベル以外にタイトルは基本的にない
肩書きをあえて付けない理由について、ダニエルさんは、初期は平等な組織を作るためだったと説明します。インターンでもパトリックさんと普通に話せるし、偉いから聞く、下っ端だから聞き流す、ということがないようにするためです。
クレアさんの本では、組織が大きくなる中での別の意味も語られているそうです。例えば広報で優秀な人を雇っても、組織が2倍、4倍、8倍と拡大すると、その人が経験したことのない規模になり、上に外から人を入れる必要が出てきます。そのとき肩書きがあると、本人が降格させられたような気持ちになってしまいます。
そこでStripeは、組織のためにあえて肩書きを曖昧にし、個人の傷にならない形で上からのサポートを入れられるようにしているといいます。今後について、ダニエルさんは、エンジニアにスタッフエンジニアというレベルを入れた以外は、変わりそうにないと話しました。Googleで急成長を見てきたクレアさんが、うまくいったパターンといかなかったパターンを参考にしたそうです。
肩書きのない会社が、日本ではなぜ「代表」を名乗ったのか
草野さんは、日本支社の立ち上げでも役職を曖昧にしたのか、そして規制なども違う日本で一から立ち上げるのは非常に難しいのではないかと尋ねました。
ダニエルさんは、社内ではなるべく平等で曖昧にしたい一方、日本の社会では誰が目上か、どういうポジションかがわからないと物事が動かないと話します。社内では「Japan Ops」という、当時も今も誰も意味がわからない曖昧なポジションで入りました。
一方で社外向けには、登記の時点から代表取締役を名乗れるように意図的にしたといいます。海外から来た誰も知らないサービスで、ダニエルさん自身も25歳前後と若く、外国人でもありました。東大卒という経歴と代表取締役の肩書きを使って、その不利を乗り越えようと大手パートナーとの交渉に出向いていたそうです。
宮武さんが、日本に展開したい海外スタートアップへのアドバイスを求めると、ダニエルさんは「よく聞かれるのでトーキングポイントはすでに整理している」と答えました。
ダニエルさんの1つ目のアドバイスは、誰を入れるかです。業界の経験者を入れてチームを作るのか、コネクションはなくてもプロダクトを深く理解しフットワークの軽い人から始めるのか、それを1人でまかなうのか、2人、3人に分けるのかをよく考える必要があるといいます。
Stripe Japanでは、ダニエルさんが1人目で、2人目が入ったのは11〜12か月後、その次はさらに9か月後ほどと、最初はとてもゆっくりでした。業界の経験者を見つけられたのは4〜5年前だそうです。業界に染まりすぎた人はシリコンバレーの急成長企業のやり方に合いにくく、両方を兼ね備えた人はなかなかいないといいます。
宮武さんが英語力の問題にも触れると、ダニエルさんは、間違えることも多く、シリコンバレー寄りすぎたと思えばドメスティックに寄りすぎる、という行き来を何年も繰り返したと振り返りました。採用を間違えると直すのにも時間がかかります。
ダニエルさんの2つ目のアドバイスは、ゴートゥーマーケットの選び方です。ダニエルさんが挙げた選択肢を整理すると、次のようになります。
| 方式 | 進め方 | ダニエルさんが挙げた例 |
|---|---|---|
| 直販 | 国内で営業部隊を作って自分たちで攻める | Stripe |
| 合弁 | ジョイントベンチャーを組んで始める | - |
| パートナー・代理店 | 現地のパートナーと契約して販売してもらう | GitHub、Twilio(KDDIウェブコミュニケーションズ) |
Stripeが自社でやることにしたのは、日本に持ち込もうとしたものが既存の市場にあるものとあまりに違い、うまく売ってくれる代理店が見えなかったからだといいます。当時の日本はStripeにとって10か国目ほどで、他国での経験もありました。
宮武さんが「長期的には独自で持っていたほうがいい」と確認すると、ダニエルさんは「絶対そうなる」と応じます。合弁や代理店で始める場合も、3年後、5年後、10年後に直販へ移るなら、どれだけコミットし、いずれ競合する日が来たらどうするかをじっくり考えるべきだ、というのが2つ目のアドバイスでした。
インターネットのGDPは、社内でどう意識されているのか
宮武さんは、Stripeのビジョンである「インターネットのGDPを拡大する」が社内でどれくらい語られているのか、流通総額のうちインターネット上の割合をトラッキングしているという話は本当なのかを尋ねました。
ダニエルさんによれば、そうした数字は実際に見ているものの、毎月変わるものではないので、年に1〜2回見れば十分だといいます。どこかのオフィスにダッシュボードが置かれているわけでもないそうです。
ダニエルさんの話では、日々頻繁に語られているのは、オペレーティング・プリンシプルズに沿って仕事ができているかという「やり方」のほうです。新商品の公開など大きな仕事のあとに送る社内メールも、ユーザーズファーストの観点で何をしたかという内容になるといいます。
長期的な目標で、関連する数字は年に1〜2回見る程度
日々意識され、大きな仕事のあとの社内メールもこれに沿って書かれる
OpenAIとの提携で、Stripeの何が変わるのか
宮武さんは、生成AIがブームになる中でStripeがOpenAIとの提携を発表し、ドキュメントに質問できる機能などが加わったことに触れ、今後の取り組みを尋ねました。
ダニエルさんによれば、すぐに進んでいるのは、ドキュメントへの質問に答える機能と、不正利用対策です。Stripeは誰でもサイトで登録すれば使える形にしているため、利用者が誰か、サービスに問題はないか、利用規約違反がないかといった確認にLLM ── Large Language Modelの略。大量の文章で学習し、文章の理解や生成を行うAIモデルですが適しているといいます。
長期的には、変わらないところのほうが少ないとダニエルさんは見ています。エンジニアはGitHub Copilotでコードのアシストを受け、サポートでもエージェントの補助として導入を模索しているそうです。この1年でほぼ全てのチームに影響があると考え、社内にAIのグループを作って他チームと導入を相談しているといいます。
ダニエルさんが夜も気にかけていること、信じていること
最後は、アメリカのポッドキャストでよくあるクイックな質問のコーナーです。Stripe Japanの運営で常に心配していることを問われたダニエルさんは、ブランドを挙げました。ブランドは海外からただで持ってこられないので、日本で作り続けなければならないといいます。
よく読み返す本として、ダニエルさんが挙げたのはStripe Pressの本ではなく、SF小説の『Pandora's Star』と『The Hobbit』でした。ビジネス書も読むものの、期待値に合うものがあまり出てこないので、読み返すのはフィクションになるそうです。
ダニエルさんの朝のルーティンは、今は朝に約100件のメールをさばくことと、3人の子どもを玄関から送り出すことです。一番上の子は収録の前日に小学校の入学式を迎えたばかりでした。
かつてのダニエルさんは、朝起きるとまずインフラが落ちていないか、パートナーから電話が来ていないかを心配していたそうです。近年はStripeのリライアビリティが業界トップクラスになり、そうした心配はなくなったといいます。
「周りがあまり信じていないけれど、自分は信じていること」という難しい問いに、ダニエルさんはコンテクストがいかに大事かを挙げました。部署の異動はあっても、ずっと日本展開の空いている部分を埋めるという同じ仕事をしてきたからこそ、その大切さを実感しているといいます。
ダニエルさんの言うコンテクストとは、社内の誰がどこにいるか、顧客のユースケースと困りごと、プロダクトでできること、規制の現状と今後、パートナーに期待してよいことといけないことなど、あらゆる制約の理解です。長年かけて学べたことに感謝し、今はコンテクストのない新入社員を自分の時間を使って支えるよう努めているそうです。
感謝している出来事を問われたダニエルさんは、2年前に読んだジェフ・ホーキンスの『A Thousand Brains』を挙げました。脳の仕組みや意識について説明する本で、人間が存在すること自体がいかに奇跡かに感謝できるようになったと話しています。
まとめ
ダニエル・ヘフェルナンさんの話からは、開発者がすぐ使えるボトムアップの設計、全員に情報を届ける透明なコミュニケーション、そして空気から言語化されたオペレーティング・プリンシプルズが、一貫して「社員一人ひとりに考えさせる」文化につながっていることが見えてきます。日本支社の立ち上げでは、その文化を守りつつ、日本の商習慣に合わせて代表の肩書きを使い分けるという現実的な判断もしていました。
- Stripeは「ホームページに来ればすぐ導入できる」ボトムアップを軸にし、近年はエンタープライズにも広げている
- 全員CCのメールやオープンなSlack、ライティング文化は、情報を広く届けて各社員の貢献範囲を広げるためのもの
- オペレーティング・プリンシプルズには矛盾する項目があえて置かれ、バランスの判断は一人ひとりに委ねられている
- 肩書きを曖昧にするのは、平等さに加え、急成長の中で個人が降格感を抱かないようにするため
- 日本展開では、誰を入れるかと、直販・合弁・代理店のどれで始めるかを長期視点で考えるべきだとダニエルさんは助言している



