「Out of Office」シリーズはなぜ始まったのか
Off Topicの今回は、決済サービスのStripeを取り上げる深掘り回です。いつもは2人だけで会社を分析していますが、今回はパート1とパート2の構成で、パート2では実際にStripeのオフィスを訪ねて質問することになっています。
草野さんは、取材を組み込むこの形式を続けたいと考え、「Out of Office(仮)」という仮タイトルをその場で付けました。Off Topicには実在のオフィスはないものの、たまには引きこもらずに外へ出て取材しよう、という意味を込めています。
あの、ちょっとたまには引きこもってないで、ちょっと取材もしてみましょうという意味も込めて。
(会社の分析は)我々の推測でしかないので、ほとんど。今回ちょっとStripeさんでできることは他の会社でも試してみたいですね。
宮武さんによれば、Stripeは前からずっと取り上げたかった会社です。去年も何度か扱おうとしましたが、資金調達のタイミングなどで準備するたびに「なんか違う」と感じ、見送ってきたといいます。
宮武さんが引っかかっていたのは、Stripeのスローガン「インターネットのGDPを拡大する」でした。ビジネス戦略はなんとなく理解していても、なぜこの会社がこのスローガンを掲げるのか、もう一歩深いところがわからなかったそうです。
なんかそれ(スローガン)って、なんか一見すごい綺麗事に聞こえるので。
創業者のパトリック・コリソンさんとジョン・コリソンさんの兄弟の話を聞き込むうちに、宮武さんは「Stripeはただの決済サービス屋さんではない」と理解できたといいます。今回はStripe独特のカルチャーにはあえて触れず、初期の歩みとビジネス戦略が、どのようにビジョンにつながるのかに絞って話すことになりました。
Slackの裏にもStripe?20近いプロダクトの全体像
草野さんは、Stripeは主に企業向けのサービスで、プロダクトの数も多いため、全体像がつかみにくいと感じていました。宮武さんはまず、中心にあるのはオンライン決済の裏側を支えるインフラだと説明します。
宮武さんによると、SlackやSubstackの支払いの裏側ではStripeが使われていて、Shopifyの決済機能Shop Payの裏側もStripeです。ほとんどの人は気づかないまま、実はStripeを使っていることになります。
基本的にそのStripeを使ってるってほとんどの人は知らないんですよね。
宮武さんの説明では、Stripeのプロダクトは今20ほどあります。決済を土台に、サブスクの支払い、請求書、実店舗でも使えるオムニチャネル決済、会社登記のAtlas、税金の自動計算、オンラインでの本人確認、カード発行、資金提供などが並んでいます。
草野さんが「大きなStripeの配下にあるのか、並列なのか」と尋ねると、宮武さんは並列だと答えました。全部を使う必要はなく、売上の一部を取るもの、月額費用がかかるものなど、プロダクトごとに課金の仕方が違います。
さらに、登記サービスのAtlasのように無料で提供されるものもあります。宮武さんは、この「直接お金を取らないサービス」の存在が、あとで話すStripeの戦略につながると予告しています。
YCを顔パスした兄弟とPayPalとの決定的な違い
Stripeが広く知られたきっかけは、開発者が自分のサイトに簡単に決済を組み込めることでした。「7行のコードで決済を可能にできる」という話が有名になったのは、2011年ごろだと宮武さんは振り返ります。
StripeはYコンビネーター ── YCとも呼ばれる、シリコンバレーの代表的なスタートアップ支援プログラム。少額の出資と短期集中の指導を行い、最後の「デモデー」で投資家に発表する場を設けています出身ですが、デモデーには出ていません。コリソン兄弟は最初の起業でYCに参加し、その会社を売却した経験があったため、2度目のプログラムは不要だと考えたからです。
顔パスでもういけちゃう。
2011年のローンチ当時、Stripeには他社との大きな違いが2つありました。1つはStripeのロゴがあまり表に出ないホワイトレーベルであること、もう1つは利用者が自分のサイト内で決済を完了できることです。
今では当たり前に聞こえますが、2000年代にオンライン決済で最も人気だったPayPalは事情が違いました。宮武さんによると、当時のPayPalは買い手と売り手の両方にPayPalアカウントが必要で、決済のたびにPayPalのサイトへ移動する仕組みでした。
AirbnbやUberが伸びていた2010年代、オンラインマーケットプレイスは利用者を別のサイトに飛ばしたくありませんでした。この需要にStripeがぴったり合った、というのが宮武さんの見立てです。
以下は、宮武さんが説明した当時のPayPalとStripeの違いを整理したものです。
買い手と売り手の両方にアカウントが必要。決済時はPayPalのサイトに移動する
ロゴがあまり出ないホワイトレーベル。自社サイト内で決済が完了する
ネオバンクの挫折からアルゼンチンのビーチへ
宮武さんは、立ち上げ当時のStripeは「そもそもいけてない」と見ることもできたと話します。PayPalという大手の競合がいて、創業メンバーは若く、決済業界の経験もなく、Twitterで大勢のフォロワーを抱えるような有名人でもなかったからです。
一方で、パトリックさんはコーディングをしていたため、決済の不便さは自分自身が感じていた課題でした。2人は、似たサービスが既にあるはずだと探し回りましたが、見つかりませんでした。
コリソン兄弟は、ないとわかってもすぐに「だったら作ろう」とはなりませんでした。2人は以前、ネオバンク ── 実店舗を持たず、スマートフォンアプリなどで銀行サービスを提供する新しいタイプの金融サービス。既存の銀行の免許や仕組みを借りて運営する例が多くありますを作ろうとして、リーマンショック直後の規制の厳しさに阻まれた経験があったからです。
決済にも同じ壁があるのではないかと、2人は数か月調べましたが、答えは出ませんでした。宮武さんによると、当時は消費全体に占めるデジタルの割合が2%ほどで、マクロで見ればインターネットはまだ本当に初期でした。サービスがなかったのはそのためだろう、と考えて作ることにしたといいます。
初期バージョンのStripeが作られた場所はどこか。宮武さんがそうクイズを出すと、草野さんは兄弟の地元アイルランドと答えましたが、正解はアルゼンチンのビーチでした。
アルゼンチン?斜め上でした。
宮武さんによると、当時のアルゼンチンはハッカー文化と相性がよかったそうです。天気がよく、1日10ドルで過ごせ、どのカフェにもWi-Fiがありました。レストランは昼過ぎまで開かず、バーは朝5時ごろまで営業しているため、午前中は街が動かず、エンジニアの生活リズムにも合っていたといいます。
2人はアルゼンチンで1か月ほどでプロトタイプを作りましたが、この時点のStripeはまだサイドプロジェクトで、別のiPhoneアプリも同時に開発していました。
検索・ソーシャルの次は決済。スタバの例が示す発想
アメリカに戻ったコリソン兄弟は、夏のあいだ何をやるべきかを考えました。検索の課題はGoogleが、ソーシャルの課題はFacebookが解決したので、それくらい大きなことをやりたいと考え、半年ほどかけて決済に決めたといいます。
当時オンライン決済がほとんど行われていなかったのは、毎回カード番号を手で入力するような面倒なプロセスだったからだ、と宮武さんは説明します。宮武さんは、Off Topicの第90回で扱った「インターネットの最初の過ちは決済を組み込まなかったこと」という話とも、ここがつながると話しました。
コリソン兄弟が作りたかったのは、単なる決済システムではありませんでした。テクノロジーで人が新しいものを作り、収入を得られる形を作りたかったのだと宮武さんは言います。その考え方を表すのが、スターバックスの例です。
現金
昔はコーヒーを現金で買っていた
カード
その後カードで払うようになった
スタバのアプリ
さらにアプリで払うようになった
変わらないこと
支払い手段が変わっても、買うもの(コーヒー)は同じ
コリソン兄弟の発想は、インターネット上の決済の課題を解決すれば、人はそもそもスタバのコーヒーではないものを買うようになるのではないか、というものです。購入のパターン自体が変わるからこそ、インターネットの決済レイヤーを取りに行く、という考え方です。
そもそもスタバのコーヒーじゃないものを買うんじゃないかっていう発想があって、彼らは。
サイトを立ち上げてウェイトリストを出すと、ほぼ口コミだけで数千人のエンジニアなどが登録しました。そのころYCなどから資金を調達しましたが、宮武さんはその顔ぶれが「すごすぎる」と話します。
初期の出資者は、YC、ピーター・ティールさん、イーロン・マスクさん、セコイア ── シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタル。Apple、Google、YouTubeなどへの初期投資で知られていますでした。ティールさんとマスクさんはPayPalの創業者です。宮武さんによれば、セコイアのマイク・モリッツさんはコリソン兄弟のアパートまで行って「投資させろ」と言ったほどで、完全に人を見ての投資だったといいます。
そこからStripeは、銀行との連携などのインフラ開発に14か月ほどかけました。開発期間は2010年8月から2011年9月ごろまでで、2011年9月末にようやくローンチしています。YCのポール・グレアムさんは、初期から兄弟の才能を高く評価していたそうです。
技名にまでなった「コリソン・インストレーション」
技術者出身のコリソン兄弟は、銀行との交渉の仕方がわかりませんでした。そこで大きな役割を果たしたのが、5人目ごろの従業員で、現在はチーフビジネスオフィサーとされるビリー・アルバラードさんです。最初のウェルズ・ファーゴとの提携も、アルバラードさんが仕切ったといいます。
兄弟の役割分担は、ジョンさんがビジネス側、CEOのパトリックさんがエンジニアです。宮武さんによると、初期の従業員の1人はStripeの顧客だった人で、最初の10人ほどの多くは元ファウンダーでした。
顧客があの、わざわざ「この会社すごいからそっちに行こう」って思ったのが、えー、すごいと思いますし。
最初の10社から20社ほどの顧客は、ほぼすべてがYCの企業でした。YCでは、ポール・グレアムさんが毎回のバッチで「Do things that don't scale ── 「スケールしないことをやれ」という意味のYCの有名な教え。初期は効率を気にせず、手作業で顧客を一人ずつ獲得すべきだという考え方です」と説いていたといいます。泥臭くメールを打ちまくれ、という教えです。
Stripeは、その教えのさらに上を行きました。「ベータ版を試してください」とメールを送るだけでなく、カフェなどで相手に会い、導入してもいいと言われたら「じゃあパソコン貸して」とその場でStripeを入れてしまったのです。
「じゃあパソコン貸して」って。その場で入れるっていう、のそれが「コリソン・インストレーション」です。
このやり方にポール・グレアムさんが感動し、YC内で「コリソン・インストレーション」という技名が生まれました。グレアムさんは、他の起業家にもこれをやるよう勧めていたそうです。
ちなみに初期の名前はStripeではなく「SladevsPayment」というエンジニアらしい名前で、草野さんは「読みにくい」と反応しています。宮武さんは、登記の際にその名前が使えなかったと記憶しています。
Stripe PressとAtlasに表れる開発者コミュニティへの思想
Stripeは開発者コミュニティに向けたブランディングが非常に強い会社だと、宮武さんは話します。本やブログを出すStripe Pressのほか、IndieHackersを買収してコミュニティも作っています。
宮武さんによると、ベータ版に参加した開発者全員に手書きのお礼を送ったり、社内の出来事を公の場で話したりもしていました。YCの卒業生として、YCへの応募内容を送ればフィードバックする取り組みも行っていたといいます。
無料の登記サービスのStripe Atlasも、その一環です。アメリカの株式会社であるC Corpを無料で設立でき、日本の会社がアメリカに子会社を作るときにも使えるはずだと宮武さんは話しています。設立した会社にはもちろんStripeアカウントが付いてきます。
草野さんはStripe Pressのファンで、Substackのニュースレター「Works in Progress」の執筆チームがStripe Pressに加わったことにも触れました。世界をよくするための過小評価されたアイデアを特集するメディアで、コリソン兄弟の哲学的な思想に合っていると草野さんは感じています。
インターネットのGDPを成長させるみたいな、すごく大きなビジョンの中にある一つの事業なんだなっていうのはすごい感じますね。
宮武さんも、Stripe Pressは普通のユーザー獲得やブランディングのための施策とはレベルが違うと同意しました。Stripe Pressも、Stripe Atlasも、思想があったうえでの事業だというのが宮武さんの見方です。
数字で比べるとAdyenが優勢?
最近のStripeは、オランダの決済会社Adyen ── オランダ発の決済サービス企業。上場していて、大企業向けの決済処理に強みがありますと比べられることが増えています。アメリカのテック系Twitterでも、よく両社が比較されているそうです。
宮武さんは、The Informationなどが入手したStripeの流出ピッチ資料をもとに、2022年の数字を紹介しました。Adyenは上場企業なので、ある程度の情報が公開されています。
| 項目 | Stripe | Adyen |
|---|---|---|
| 決済処理額 | 約800ビリオン | 約800ビリオン |
| 最終的な取り分(売上) | 3.2ビリオン | 1.37ビリオン |
| 利益 | 約500ミリオンの赤字 | 700ミリオンの黒字 |
| 手数料の目安 | 2%弱(1.88%ほど) | 1%ちょっと |
| 従業員数 | 約7000人(レイオフ前は約8000人) | 3332人 |
| 2019〜2022年の成長率 | 58%ほど | 38% |
| 直近1年の成長率 | 20%ほど | 30% |
Stripeの決済処理額は前年比23%伸びています。グロスの売上は14.3ビリオンですが、カード会社への支払いなどを除いた取り分は3.2ビリオンで、2021年の2.5ビリオンから伸びました。ただ、2021年には黒字だった利益は、2022年には赤字に転じています。
数年前までは決済ボリュームでStripeが上回っていましたが、最近Adyenが追いつき、しかも黒字を出しています。売上ではStripeが上なのに、なぜこうした差が出るのか。宮武さんは理由を2つ挙げました。
1つ目は、両社の狙う市場の違いです。Stripeはスタートアップや中小企業、開発者から始めて大企業へ広げるボトムアップ型で、Adyenは超大手から始めて中規模へ下りてくるトップダウン型です。大手と組むと取引量が増える代わりに手数料の値下げを求められるので、Adyenの手数料は低くなります。
宮武さんは、Stripeの手数料が高い理由として、プロダクト数の多さも挙げています。Stripeの約20に対し、Adyenは10ほどしかありません。
2つ目は、利益の差が従業員数に表れていることです。Stripeは去年14%ほどを削減しても7000人ほどいますが、Adyenは3332人と半分以下で、多くがサンフランシスコより給料の低いヨーロッパにいます。
まとめると、Stripeは売上の成長がAdyenより鈍り、コストは上がっている状態です。宮武さんは、Off Topicで以前扱ったSlackやNotion対Microsoftの話でもトップダウン型が勝ったことに触れ、テック系Twitterでも「Adyenが強いのでは」という分析が出ていると紹介しました。
Amazon提携、技術的負債、M&A。Stripeの弱点は
Stripeも大手の獲得を進めていて、最近Amazonと提携しました。プレスリリースでは、Amazon Prime、Audible、Kindle、Amazon Pay、Buy with Primeの決済の多くをStripeが担うとされています。
ただし宮武さんは、提携の範囲にAmazonの中核であるリテール事業が含まれていないと指摘します。具体的な割合はわからず、最も大きな決済ボリュームが取れる場所ではなかったはずだ、と話しています。
でもAmazonみたいな大きい会社でもStripe使いたいってなるんですか?
いや、でもやっぱり決済ってすごい難しいので、やっぱりそこはエキスパートに任せたいっていうところですね。
Shopifyとは深い連携がありますが、Shopifyも大きなプラットフォームなので、Stripeはおそらく手数料をかなり下げているだろう、と宮武さんは推測しています。
もう1つのネガティブ要素として宮武さんが挙げたのが、技術的負債 ── 急いで作ったコードや古い設計が積み重なり、後の改修や開発を難しくしている状態のことの噂です。13年前に立ち上がった会社なので、初期のコードベースが古いのではないかと見られています。The Informationの記事では、コードを整理するリファクタリングに投資したものの、そのプロジェクトをやめたと書かれていたそうです。ただし実態はわからない、と宮武さんは断っています。
M&Aについても、宮武さんは、買収した会社がStripeの税金機能などに組み込まれてはいるものの、FacebookによるInstagram買収やGoogleによるYouTube買収ほどの成功例はまだないと話しました。草野さんが「そういう大成功は時期の問題では」と返すと、宮武さんも若干アンフェアな指摘だと認めています。
FAXで銀行口座?「プラットフォームのプラットフォーム」とは
数字ではAdyenが追い上げ、場合によっては追い越しています。それでも宮武さんは、StripeとAdyenを普通に比べること自体が間違いだと考えています。Stripeは思想が根本的に違い、その思想から完全に違うビジネス戦略を取っているからです。
宮武さんは、この戦略を最もうまく説明しているのは、ストラテチェリー ── ビジネス戦略アナリストのベン・トンプソンさんが運営するニュースレター兼ブログ。テック企業の戦略分析で広く読まれていますを書くベン・トンプソンさんだと紹介しました。トンプソンさんはプラットフォームの強さについての記事で、かつてのWindowsの例を挙げています。強いからこそ、どのハードウェアもアプリケーションもWindowsに対応したがった、という話です。
Stripeもプラットフォーム化していて、その例の1つが、顧客企業が金融サービスを組み込めるTreasuryというプロダクトです。Stripeはゴールドマン、シティバンク、バークレイズなどと提携し、顧客企業が銀行口座などを簡単に作れるようにしています。
アメリカでも、銀行口座を作るのは非常に面倒です。宮武さんは、ジョン・コリソンさんが去年話していた内容として、半分ほどのケースでは支店へ行く必要があり、アメリカの事業の4分の1は口座開設のためにFAXを送っていると紹介しました。
アメリカでさえFAX使ってるんですよ。
宮武さん自身がバンク・オブ・アメリカのサイトを見たところ、メールでも可とは書いてあったものの、FAXを推奨していたそうです。草野さんは、ペーパーレスの印象が強いアメリカでこうなっていることに驚いていました。
Stripeの顧客は個人開発者や中小企業、スタートアップなので、こうした会社こそTreasuryのようなサービスを必要としています。そしてボトムアップ型の営業には、大企業へ広げていく道とは別の、もう1つの道があると宮武さんは言います。それが「プラットフォームのプラットフォーム」になることです。
宮武さんの挙げた例がShopifyです。ShopifyはECブランドの販売は手伝いたいものの、バンキングには触りたくありません。そこでShopifyはStripeのAPIを使い、マーチャントはShopify上のまま、法人カードの発行などの金融サービスを使えます。
Stripe
決済や金融サービスをAPIで提供する裏方
Shopify
Stripeを組み込み、自社上で金融サービスを提供する
マーチャント
Stripeのサイトに行かず、Shopify上だけで法人カード発行などを使う
インターネットのGDPを拡大するには、膨大な数のインターネットユーザーとつながる必要があります。全員と1対1の関係は持てないので、届け方を考えなければなりません。プラットフォームの裏方になることが、その答えの1つだと宮武さんは説明します。
宮武さんは、ネット上で最大のプラットフォームであるFacebook、YouTube、Amazon、Appleは、個人のクリエイターがいる個人向けのプラットフォームだと指摘します。そうしたプラットフォームの裏方になれば、大手企業と組むより多くのユーザーに影響を与えられる、という見方です。
あえて銀行を持たない「薄いプラットフォーム」
宮武さんは、Stripeのプラットフォームにはもう1つの特殊さがあると話します。トンプソンさんの言う「プラットフォームの太さ」の考え方でいうと、Stripeは何でも自社開発する太いプラットフォームではなく、薄いプラットフォームを持っているというのです。
代表例は、Stripeが自前の銀行を持っていないことです。自前の銀行を持つと、その銀行に入っていない顧客に対応できなくなり、顧客を無理やりStripeのエコシステムに入れなければならなくなります。Stripeはそれを避け、わざわざ多くの銀行と提携し、アプリのマーケットプレイスも作っています。
プラットフォーム上の商品を自社ですべて開発する。自社のエコシステムに入らないと使えない
どこにでも入れる薄い層をまず差し込み、そこから自社の他のプロダクトを使ってもらう
他のプラットフォームにこう薄いやつ入れて、ちょっともう一枚、もう一枚、もう一枚つって、どんどん太くするみたいな。
でも一枚差し込むことによって全世界にリーチできると。
宮武さんは、これを「Finance OS」というアイデアとして紹介しました。ジョン・コリソンさんも、各プロダクトをブロックとして考え、さまざまな事業の役に立つものでなければ作らない、と話しているそうです。Shopifyのプレジデントのハーレー・フィンケルスタインさんも、全ユーザーの役に立つものに集中していると語っています。
草野さんは、競合に勝ち抜く発想ではなく、すでにある関係の中にどう入り込み、インターネット全体をどう伸ばすかという考え方が他のサービスと違うと感じていました。
宮武さんはさらに、ほぼ5年ほど前までのインターネットでは、FacebookやGoogleのようにユーザーと直接つながるプラットフォームが最も価値を持っていたと話します。次のフェーズで重要になるのは、ユーザーからは見えない透明なプラットフォームで、宮武さんはこれを「顔なしプラットフォーム」と呼びました。
宮武さんは、開発者やクリエイター向けにいい体験を作る会社として、Stripe、Shopify、OpenAI、Unity、NVIDIAを挙げています。草野さんがOpenAIもいろいろなサービスの裏側で働きそうだと言うと、宮武さんも同意しました。
それと同じ立ち位置を決済でStripeは持っていますと。
決済の摩擦が奪うビジネスと、起業家が生むGDP
宮武さんによると、決済にはいまだに多くの摩擦があり、その摩擦が新しいビジネスモデルや事業の誕生を妨げています。例として挙げたのは3つです。
- 10円や1円を払うマイクロ決済は、固定費用が高く事業にしにくい
- 賃貸は高額でも詐欺リスクが低いのに、オンライン決済があまり使われていない
- 国境をまたぐ決済には、今も大きな壁がある
国境をまたぐ決済について、宮武さんはブラジルの例を挙げています。ブラジルのクレジットカードの9割以上はオンラインでは国外で使えないため、ブラジルの人はドイツや日本のものをそもそも買えません。草野さんは、サンフランシスコで商品を買えなかった自分の経験もそのせいかと尋ね、宮武さんは「そうかもしれない」と答えています。
Stripeが社内で見ている指標の1つが、世界の取引のうちオンラインで行われている割合です。宮武さんによると今はまだ12%ほどで、これが伸びていくうえに、さらに大きな市場機会があるといいます。
その市場機会とは、まったく新しい市場が生まれていくことです。パトリック・コリソンさんは「インターネットのGDPを増やすとはどういうことか」を突き詰めて考え、起業家によってGDPが上がるという結論に至ったと宮武さんは説明します。
シリコンバレーのFacebook、Google、Amazon、Microsoftは、アメリカに大きなGDPをもたらしました。この例からStripeが気にするのは、世界に会社がいくつあるか、それがイノベーティブか、何%が生き残るか、何があれば生存率が上がるか、といった問いです。
起業、VCとかでもない、なんか神様みたいな。どうやったら地球が良くなるのかみたいな。
会社の数を増やす手段がAtlasです。数年前にパトリックさんが話したところでは、Atlasで会社を作った起業家の6割が「Atlasがなければそもそも起業していない」とStripeに伝えていたそうです。宮武さんは、実際はもっと低いだろうとしつつ、3割だとしても、新しくGDPを生む可能性のある会社が生まれたことになると話しています。
宮武さんは、Atlasを長期的には「バットを振る回数を増やす」ものだと表現しました。国境をまたぐ決済やStripe Pressによる事業支援もすべてこの目的に関わります。さらに決済データを持てば、顧客の事業がうまくいっているか、つまりGDPが上がっているかどうかもわかります。
サンフランシスコの住宅問題とGDPの関係
こうした話は綺麗事に聞こえるかもしれない、と前置きしたうえで、宮武さんはパトリックさんの住宅をめぐる発言を紹介しました。サンフランシスコに土地と家を持つパトリックさんは、自分の家の価値が下がってほしいと言っているのです。
サンフランシスコでは規制や自治体の反対で家がなかなか建てられません。供給が増えないまま需要が伸びるので、住宅価格が上がっていきます。パトリックさんは、もっと家を建てるべきだと主張しているといいます。
家が建てられない
規制や自治体の反対で住宅の供給が増えない
住宅価格の上昇
需要が伸びて価格が上がる
参入コストの上昇
シリコンバレーで起業するためのコストが高くなる
起業家の減少
GDPの成長が失われる
パトリックさんが挙げているのは、スタンフォード大学の誰かによるものと思われる調査です。宮武さんによると、1964年から2010年のアメリカでは土地の配分が非効率で、そのせいでアメリカのGDP成長の50%が失われたといいます。
宮武さんは、実際は50%でなかったとしても、25%でも大きな損失だと話します。パトリックさんにとっては、自分の土地の価値が少し下がっても全体のGDPが上がれば全員がハッピーになる、という考えです。
世の中の権力全てあるぐらいの、なんか偉大な街なのに、なんか住み、家が制限されてて、住む場所がないみたいな。
草野さんは、マイアミやテキサス、ユタの盛り上がりにも触れながら、コミュニティを作ること自体が難しいのに、すでにある集積地に課題が多いのはもったいないと話しました。
インフレ統計は「最近どうですか?」から。Uberが示す次の経済圏
宮武さんは個人的に、Stripeが政府と連携できるポイントがあるのではないかと考えています。例として挙げたのがインフレの計算です。アメリカで「今月のCPIが5%上がった」と言える裏側は、実はかなりマニュアルな作業だといいます。
宮武さんがウォール・ストリート・ジャーナルの記事から紹介したところでは、アメリカの労働統計局は477人の担当者を雇っています。担当者は美容室、ジュエリー店、食料品店などを回り、オーナーと話して価格を確認し、iPadに入力しているそうです。
なんか「牛乳の値段どうなりました?」みたいな。
労働統計局の担当者が店舗を回って価格を聞き、iPadに入力する
Stripe(あるいはVisaやMastercard)の決済データを政府にリアルタイムで流す
宮武さんはこのやり方を「まあまあ間違っているデータセットでは」と見ていて、Stripeが持つ決済データを政府にリアルタイムで流せるのではないかと考えています。草野さんは、プライバシーの問題はありそうだとしつつ、経済的にいい効果もありそうだと応じました。
宮武さんは、去年末にStripeが出した記事「The Internet Economy is Everywhere」にも触れました。Stripe自身の数字はほとんどなく、あまりシェアされなかった記事ですが、アメリカの町がインターネット経済に参加することでGDPや雇用がどう変わったかを扱っています。Stripeの視点がそこにあることを示す記事だと、宮武さんは見ています。
宮武さんによれば、Adyenとは直接戦う部分もあるものの、戦っている次元が違います。Stripeが賭けているのは、「Uberのような会社がもっと出てくる」ということです。
宮武さんの説明では、Uberはタクシーをデジタル化しただけでなく、ギグエコノミーと呼ばれるほどの新しい経済圏を作りました。インターネットネイティブな会社が次々に生まれれば、これまで考えられなかった市場が生まれます。それを作るのは開発者やクリエイター、つまり起業家です。
アントレプレナーエコノミーですね、これは。
宮武さんは、「インターネットのGDPを拡大する」は単なる会社のナラティブだと思っていたと振り返ります。しかし実際には、コリソン兄弟は、インターネットから生まれるはずの新しい経済圏が決済によって制限されていると考え、そのドアを開けようとしているのだと話しました。
ただし、これは宮武さんの分析です。草野さんは、次回Stripe Japanのオフィスを訪ねたときに、Stripe側からどんなフィードバックが返ってくるかが気になると話しています。宮武さんの「全く違うと言われたらどうしましょう」という言葉で、話題は次回に引き継がれました。
まとめ
Stripeは数字だけ見るとAdyenに追い上げられていますが、宮武さんの分析では、両社は狙っているものが根本的に違います。Stripeは、開発者や起業家向けのプラットフォームの裏方に薄く入り込み、決済の摩擦を取り除くことで、新しい会社と経済圏を増やそうとしていると考えられます。
- Stripeは開発者が自社サイト内で決済できる仕組みで支持され、「コリソン・インストレーション」のような泥臭い顧客獲得で広がった
- 2022年の数字では、Adyenが決済処理額で並び、黒字や直近の成長率でStripeを上回っている
- Stripeは自前の銀行を持たない「薄いプラットフォーム」として、ShopifyやSubstackなどの裏方になる戦略を取っている
- 「インターネットのGDP拡大」の中身は、起業家が増えて新しい経済圏が生まれることへの賭けだと宮武さんは見ている
- 次回はStripe Japanを訪ね、この分析への反応を聞く予定


