Netflixは『SUITS』をどう変えたのか?
ストリーミング戦争2025の後編は、前編で話した「Netflixがテックプラットフォームとして回り始めた」という論点の具体例から始まります。宮武さんが例に挙げたのは、弁護士事務所を舞台にしたドラマ『SUITS』です。
宮武さんによると、『SUITS』は2023年にNetflixで最も人気の番組で、2024年もトップティアに入っていたといいます。もともとNetflixのオリジナル作品ではないため、NetflixがIPの獲得に大金を払ったと考える人も多かったそうです。
個人的に逆だと思っていて。(『SUITS』は)めちゃくちゃ人気ではなかったんですよね。ある程度のヒットではあったんですけど。
宮武さんの見立てでは、『SUITS』はNetflixに入ってから大きく伸びた作品です。今ではロサンゼルスの弁護士事務所を舞台にしたスピンオフ『SUITS LA』まで作られ、元の作品の人気キャラクターであるハービーも出演します。
つまりNetflixは、作品のアセットバリューを引き上げる側に回ったと宮武さんは考えています。今後は作品側が「Netflixで扱ってください」と頼む立場になっていくはずだ、という見方です。
草野さんも、日本では特にNetflixに作品があること自体が箔になり、一定のラインを超えた感じがすると応じます。一度終わった作品がNetflixで再び人気になり、一気にメインストリームに乗れることも、プラットフォームとしての強さだと宮武さんは話しています。
アメリカのケーブルテレビは、なぜ嫌われているのか?
話題はNetflixから、動画配信業界に大きく影響するテレビへ移ります。アメリカには誰でも見られる民放テレビのほかに、別途契約するケーブルテレビがあり、今も人気があります。
宮武さんによると、ケーブル会社はタイム・ワーナー・ケーブル ── かつてアメリカで大手だったケーブルテレビ事業者。書き起こしでは「タイムオーナー」と聞こえる表記で、現在はチャーター・コミュニケーションズに統合されていますなどが代表的で、ESPNやディズニー傘下のABCなど、何百ものチャンネルを束ねて提供しています。そのうち50がスペイン語専用といった構成も珍しくないそうです。
ただし、ケーブルテレビはアメリカでとても嫌われているといいます。古いからというだけでなく、対応が悪いことが大きな理由です。ケーブル会社は市場をほぼ独占しているので、顧客サポートをしなくていいと捉えている、と多くの人が受け止めているそうです。
宮武さん自身もアメリカでケーブルテレビを導入した経験があり、その際の「工事」の待ち時間が典型的な不満だと話します。
そこ(工事の訪問)の時間帯の差が長すぎて、それがすごいクレームが来るっていう。
なんか朝9時から夜の5時までみたいな。一日中もう家にいないといけないじゃんみたいな。
実際の作業はすぐ終わるのに、いつ来るかわからない。こうした不満が、ケーブルテレビ離れの一因になっていると宮武さんは見ています。
ケーブルテレビの視聴者はどれだけ減ったのか?
ケーブルテレビの衰退は、顧客対応への不満に加えて動画配信の影響も大きいといいます。宮武さんはニールセン ── アメリカを中心にテレビの視聴率などを調査する大手調査会社。書き起こしでは「ニューセン」と聞こえる表記ですのデータを紹介します。
ケーブルテレビで人気なのはニュース系かスポーツ系です。プライムタイム、日本でいうゴールデンタイムの平均視聴者数で100万人を超えたケーブルネットワークは、去年はFOXニュース、ESPN、MSNBCの3つだけでした。
2014年には19番組が平均100万人を超えていたそうです。しかも去年は大統領選挙の年で、トランプ効果でニュース番組の視聴率が上がるはずだったのに、それでも3つにとどまったといいます。
登録者が減ると売上も利益も落ちるため、ケーブル会社は提供チャンネルを100から80に減らすようなコストカットを迫られます。ただ、宮武さんは「それだけで足りるのか」という議論が出ていると話します。
ケーブル側が動画配信の領域に入るべきではないか、という議論です。自社でやるのは厳しく、CNNも一時期試したものの、今年また挑戦するという話があるそうです。
そこで増えているのが、ケーブルテレビと動画配信のバンドル化です。ディズニーならESPNとDisney+をまとめて契約させ、ケーブルのパッケージにParamount+やPeacockが入る、といった形です。
宮武さんは、動画配信でいったんアンバンドル化したテレビ業界が、再びバンドル化に戻ってきていると見ています。
YouTube TVはケーブルテレビより何が優れているのか?
テレビと動画配信がバンドル化に向かうなかで、最も有利な位置にいるのはYouTubeだと宮武さんは考えています。日本では普及していませんが、アメリカにはYouTube TV ── YouTubeが提供する、ネット経由でテレビ局のライブ放送などを視聴できる有料サービス。ケーブルテレビの代わりとして使われていますがあります。
YouTubeテレビって、ケーブルテレビよりも根本的にプロダクトがいいんですよ。なぜかというと、箱がいらないっていう。
ケーブルテレビは自宅に専用のボックスを置く必要があり、出張先や友人宅、ホテルに持っていくことはできません。YouTube TVはそれをすべてバーチャル上で提供できるので、プロダクトとして根本的に優れているという説明です。
専用ボックスが必要で、設置工事の待ち時間が長い。視聴できる場所は自宅に限られる
ボックス不要でバーチャル上で提供。登録者は約800万人で伸びている
草野さんはAmazonのFire TVも同じものかと尋ねます。宮武さんは、Amazonもスポーツの領域ではケーブルテレビに似た動きをしているものの、YouTube TVとは違うと答えます。YouTube TVは、ニュースなど通常ケーブルテレビで流れるテレビ放送を映す点で、他の動画配信サービスとは違う土俵で戦っているそうです。
では人は今も通常のテレビを見たいのか。宮武さんは、見たいのは一部のものだと話します。スポーツや『America's Got Talent』のような番組を「その瞬間に見る」ことが、テレビの強い要素だという見方です。
テレビ発のコンテンツとネタバレは、ネットでどう回るのか?
草野さんは、日本ではテレビが廃れたと言われつつもTVerなどを通じてテレビ発のコンテンツがよく見られていると話し、アメリカでもテレビ番組にブランド価値があるのかを尋ねます。
宮武さんの答えは、アメリカではSNSやインターネットを使わないと人気がなくなるケースが多い、というものです。レイトナイトショーも、テレビで放送しながら一部またはほぼ全エピソードをYouTubeで公開しており、テレビとネットの両軸だといいます。テレビにはまだお金もあり、いいコンテンツも存在するそうです。
草野さんは、SNLが以前は日本からYouTubeでフルに見られなかったのに、最近はコント単位で最新回まで見られるようになったと気づいたそうです。宮武さんは、Netflixでさえ予告などをYouTubeに無料で出して視聴者を引き寄せていると補足します。
そこから話は、作品のネタバレ解禁のタイミングへ移ります。草野さんの疑問は、『イカゲーム』のように出演者が「この日からネタバレOK」と言うとき、その日程はどう決まっているのかというものです。
本当にカルチャーモーメントに乗るものって、その瞬間から回るじゃないですか。で、しかもミーム化されるじゃないですか。
宮武さんは、今のネットのスピードでは公開から数日以内にネタバレが広まると見ています。草野さんは、Apple TV+の『セヴェランス』のような週1回配信ならコントロールしやすい一方、全話一挙配信だとすぐに広まると整理します。
宮武さん自身は、『セヴェランス』のファンセオリーを見てからエピソードを見ることもあり、半分ネタバレしながら楽しんでいたそうです。TikTokやTwitterを見ていれば出てきてしまうので仕方ない、と笑います。
YouTubeのUGCとGoogleのデータは、なぜ真似できないのか?
YouTube TVはケーブルテレビの領域を積極的に取りにいき、PeacockやParamount+などの動画配信サービスとも連携しています。草野さんも、Apple TV+やAmazon Primeで他社作品が表示されるなど、プラットフォーム同士が交わってきたと感じているそうです。
宮武さんは、Netflix以外のどのプラットフォームもバンドル化に力を入れていると話します。自社コンテンツをいろいろな場所に出したい一方で、ユーザーは自社プラットフォームに残したいからです。
そのうえでYouTubeの強みは、自分たちで作らない独自コンテンツ、つまりUGC ── User Generated Contentの略で、一般ユーザーが作って投稿するコンテンツのこと。YouTubeの動画の大半がこれにあたりますを持っていることだといいます。
(Netflixのような)コンテンツライブラリを作るのって、もちろんお金はめちゃくちゃかかるんですけど、割と独自で会社が真似はできると思うんですよ。
ディズニーやPeacock、Paramountもライブラリづくりには取り組んでいます。一方でUGCは、クリエイターを育てて引き寄せ、そこにオーディエンスも連れてこなければならないため、真似しにくいと宮武さんは指摘します。草野さんも、今から新しくUGCのプラットフォームを立ち上げるのは無理だろうと応じます。
さらにYouTubeの裏にはGoogleがいます。実際にやるかどうかは別として、Waze、Gmail、Google Maps、検索とつなげれば個人単位のデータを生かした広告商品を作れる可能性があり、そこは他社が真似できない部分だと宮武さんは見ています。
いま勝つのはディストリビューターか、IPホルダーか?
宮武さんは、動画配信とケーブルテレビの領域全体を見て、力関係が変わったと話します。昔はコンテンツを作る側になるのが大変でしたが、今はいいディストリビューターになるほうが難しく、各社がそこで戦っているという見方です。
だからこそ今だと逆にIPを売るタイミングなんですよ。
ただし、メジャーなIPホルダーの多くは自社の動画配信サービスを持っているため、IPを外に売れません。宮武さんは、NBCユニバーサルが『ジ・オフィス』のIPをNetflixに売れば、ユーザーがPeacockから離れてしまうという例を挙げます。
草野さんは、Amazon Primeで『ジ・オフィス』のオーストラリア版が配信されていると指摘します。宮武さんは、フォーマットは売っているのかもしれないと応じ、最も人気のアメリカ版はPeacockだけだと話します。草野さんによれば、日本のストリーミングではイギリス版とオーストラリア版しか見られないそうです。
では、IPを売れるのはどこか。宮武さんが挙げたのはソニーです。動画配信プラットフォームを持っていないので、マーベル関連など一部を除けば、ソニー配下のIPは販売できるのではないかという見立てです。
2021年ごろには、ジブリをはじめ多くのIPホルダーが高額でライセンスを売っていました。サウスパークも約5億ドルでライセンスを売っていたそうです。売るのは一定期間の放映権だけなので、ソニーにとってはリスクがほとんどなく利益が入る、と宮武さんは話します。
YouTubeはディズニーを超えるメディア企業になるのか?
宮武さんは、ある会社のリサーチとして、YouTubeが今年、売上ベースで世界最大級のメディア企業になるという予想を紹介します。これまでの1位はディズニーでした。
YouTubeの去年の売上は542億ドルで、ディズニーとは約50億ドルの差がありましたが、今年はそれを超えるかもしれないといいます。草野さんはアルファベット傘下の1社がそこまでになることに驚き、宮武さんも「Google本当にいい買い物しましたよね」と応じます。
同じ会社は、2026年時点でYouTube TVがアメリカ国内で一番のケーブル事業者になるとも予想しているそうです。宮武さんによると、ケーブルにはまだ何百万人もの登録者がいて、ディズニーの決算でも横ばいか減少しつつ、重要な売上の柱になっています。
YouTubeがこの領域を取りにいく理由は2つあると宮武さんは考えています。1つはUGC、動画配信、ケーブルテレビのコンテンツをすべて1つにまとめるマスタープランです。もう1つは、YouTubeが攻めているテレビ画面で重要になるのが、ケーブルテレビで流れるようなコンテンツだからです。
だって今、テレビ画面上でYouTube見ている平均一日の時間が10億時間ですからね。
草野さんは、ポッドキャストも音楽も映画もYouTubeが強すぎると話します。宮武さんは、日本ではスマホで見られることが多い一方、アメリカでは家にいるときはテレビ画面に映す感覚なのだろうと話しています。月間ユーザーは約25億人、地球の人口の3分の1ほどで、モバイルアプリのユーザーは平均で月29時間ほど見ているという予想もあるそうです。
YouTubeには動画が何本あり、何回見られているのか?
YouTubeのUGCのすごさを示す例として、宮武さんはある研究チームの調査を紹介します。YouTubeの動画総数は最近は公開されておらず、追跡するのも非常に難しい数字です。
研究チームが目をつけたのは動画URLの形式です。動画のURLは「youtube.com/watch?v=」のあとに11桁の文字の組み合わせが続くので、その組み合わせを洗い出せば動画の数がわかります。
ランダム生成
11桁の文字の組み合わせを自動でランダムに作る
URLを叩く
作ったURLにアクセスし、動画が存在するかをチェックする
推計
見つかった割合から動画の総数を年ごとに推計する
最初の約1万本を集めるのに、URLを18兆回叩いたそうです。1本あたり18〜19億回の試行が必要だった計算になります。その結果、動画は去年時点で約150億本、2022年時点で約100億本と推計されました。
宮武さんは、この150億本の再生回数の中央値を草野さんにクイズとして出します。限定公開も含めてURLで調べている点もポイントです。草野さんの「100とか」という答えに対し、正解は41回でした。
半分以上の動画は再生回数が500回未満だそうです。宮武さんは、私たちが見ているYouTubeはほんの一部にすぎないと話し、半分以上の動画はカメラがグラグラしていたという研究結果も紹介します。
これだけの量をいつでも再生できるようにしておくインフラコストは大きく、それを抱えていること自体がリプレースされにくい強みだと宮武さんは見ています。草野さんも、限定公開で記録用に上げたり友人と共有したりするのに便利だと話し、宮武さんはDropboxよりYouTubeのほうが保管しやすいという話もあると応じます。
ケーブル会社がHuluで逃したチャンスとは?
動画配信とケーブルは、人のアテンションを奪い合ってきました。宮武さんは、動画配信サービスが後から台頭したのは、正直ケーブル会社の失敗だと言います。ネットに早く行くチャンスがあり、それがHuluだったというのです。
Huluはもともと、テレビ業界とハリウッドがNetflixに対抗するために出したサービスでした。テレビで放映したものを翌日などにHuluで出すという、バンドルの発想だったそうです。草野さんは、日本のHuluと日本テレビが本編と未公開映像を出している形に近いと話します。
しかもこれを複数社とやるのが大事だったんですよ。
宮武さんによると、Huluは当初、トップ6社ほどのメディア企業のうち4社ほどからコミットを得ていました。成功していれば、今YouTube TVがやろうとしていることを実現できたかもしれません。
構想
テレビ業界とハリウッドがNetflix対抗として複数社のバンドルを狙う
不一致
各社のエコノミクスやブランディングの違いで合意がまとまらない
結果
Huluはディズニーへ。その間にNetflixがシェアを取っていく
テレビ番組はなぜYouTubeで無料公開するのか?
草野さんは、アメリカのテレビ番組では放送後に自社のYouTubeチャンネルで動画を出すのが主流なのかを尋ねます。宮武さんは、必ずしもそうではなく、日本と同じように番組や会社の方針で変わると答えます。
例として挙がったのが、HBOでコメディアンのジョン・オリバーが司会する人気番組『Last Week Tonight』です。この番組は昔からメインのパートを無料で公開していましたが、会社側が公開スケジュールを変えようとして、ジョン・オリバー側やファンと揉めたそうです。
宮武さんの記憶では、会社側は1週間遅らせて出したいと考えていたものの、結局そうはならなかったはずだといいます。草野さんは、時事を扱う番組なので早く出したほうがいいと応じます。
無料で出すからこそ、拡散されたりとか、認知度が増えて、それでカルチャーモーメントになったりとか、ミーム化されたりとか。
無料公開は直接売上に響きますが、ミーム化が重要な今、それを起こす方法は一部または全エピソードの公開だと宮武さんは話します。そうした施策をもっとやらなければというプレッシャーを感じるテレビ会社は多いそうです。
YouTubeの収益がホストに入るのかという草野さんの質問には、宮武さんは、最初は入っていなかった気がするが、今は契約に盛り込まれていると思うと答えています。
YouTubeとNetflixは、リスクの取り方で何が違うのか?
YouTubeが強いという話を受けて、宮武さんはYouTubeとNetflixの比較を別の角度から見直します。よく言われるのは「UGC対プレミアムコンテンツ」「無料・広告モデル対サブスクモデル」ですが、宮武さんが加えたいのはクリエイター側のリスクという視点です。
Netflixが業界を変えたのは、制作費をアップフロントで支払うことでした。Netflixが全リスクを取るので、クリエイターはやりたいものを作れます。Netflixの広報も、Netflixのコンテンツの一部はYouTubeでは作れないと話していたそうです。
NetflixっていわゆるVCなんですよ。
面白いコンテンツに出資し、ダメなら出資分がゼロになるか少しリターンが来る。大ヒットしたら、クリエイターよりNetflixがそのアップサイドを受け取る。宮武さんはこの構造をVCにたとえています。
アップフロントで支払い全リスクを取る。成功すればNetflixがアップサイドを得て、マージンも高くなる
アップフロントで1円も出さず、クリエイターが全リスクを取る。その分アップサイドの大半はクリエイターのもので、マージンはほぼ固定
草野さんは、Netflixには『イカゲーム』の公開を各種メディアに打ち出せるような宣伝の場があり、それはクリエイター個人にはできないことだと補足します。宮武さんも、YouTubeはMrBeastの新作をそれほど押さず、裏側でツールのアーリーアクセスを渡す程度で、ある程度フェアにやっていると見ています。
宮武さんは、YouTube対Netflixの話になったときはリスクの考え方がすごく大事だと締めくくっています。
Netflixは3度目の転換期を迎えているのか?
草野さんは、NetflixがDVDのレンタルから始まり、オリジナル作品を作るところまでスタートアップ的に進んできたことに驚きます。宮武さんは、Netflixのすごさはピボットを2〜3回やったことだと応じます。
DVDの郵送からストリーミングへの転換は、それ自体が大変な判断で、宮武さんの記憶ではおそらく上場後のことでした。さらに、いい立ち位置のプラットフォーマーだったのに、自ら投資してコンテンツを作ると決めたのは相当なことだといいます。
宮武さんは、ここにリード・ヘイスティングスの先見性があったと見ています。動画配信が当たり前になればIPホルダーは自分で作品を作り、他社に出さなくなる。そこまで予想していたはずだという見方です。
草野さんは、Netflixのヒット作にはストレンジャー・シングスの「以前・以後」があると感じています。『ハウス・オブ・カード』や『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』は最初の2つのヒット作で貢献は大きかったものの、宮武さんはグッズ化できない作品だったと話し、ストレンジャー・シングスが初めてIP化できる作品だったと考えています。
そろそろ3世代目が終わるんじゃないかと。
オリジナルコンテンツは作り続けるものの、次の施策に移るだろうというのが宮武さんの見立てです。その候補として挙げたのが、スポーツ兼ライブイベントでした。
スポーツ放映権は、いまいくらで売られているのか?
Netflixは去年から一部のライブスポーツを始めています。リーグ単位ではなく、NFLのクリスマスの試合の放映権を獲得して配信したそうです。
これまでスポーツ中継はケーブルテレビが担ってきましたが、ここ1年ほどでケーブルテレビが放映の一部をストリーミングに流すようになりました。最もうまくやったのはPeacockを持つNBCユニバーサルで、パリオリンピックの一部をPeacockで流して登録者を増やしたといいます。
宮武さんは、ケーブルテレビが落ちているため、数年前から今後1〜2年ほどが、スポーツリーグがケーブルテレビと結べる最後の超大型契約の時期だと話します。直近の例がNBAで、複数社合計で11年間760億ドル、年間約70億ドルと過去最高額だそうです。
毎年再交渉すると値段が上がるので、ケーブル会社は長期契約を望みます。760億ドルは複数社で分担し、どのプラットフォームでどの試合を流せるかを取り合う形です。
| 事業者 | 年間の支払額 | 主な内容 |
|---|---|---|
| NBC | 25億ドル | 1シーズン約100試合。うち50試合をPeacockで独占配信 |
| ディズニー | 26億ドル | 前回は15億ドル。ESPNと、今年ローンチ予定のESPNの動画配信サービスで配信 |
| Amazon | 18億ドル | シーズン中の試合とプレーオフの試合 |
余談として宮武さんは、NBCがNBAを放映していたころのNBA専用のテーマ曲が個人的に大好きだったと明かします。草野さんに歌ってほしいと言われ、「それはちょっと歌えないですよ」と断っていました。
NFLは日曜や木曜など曜日ごとに権利が分かれており、YouTubeは日曜の権利を年間20億ドル、おそらく10年ほどの契約で持っていると宮武さんは説明します。
アメリカで一番見られているスポーツは何か?
草野さんは「スポーツ初心者のバカなふりをして」、一番お金がかかっていて見るべきスポーツと試合は何かを尋ねます。宮武さんの答えは、アメリカならまずNFLです。
(NFLの)試合自体が面白いかっていうと、それはもうなんか結構止まるので、NFLって。
宮武さんは、サッカーも0対0で終わることがあるように、試合の面白さは別の話だとしたうえで、最も見られている番組は圧倒的にアメフトだと話します。放映権で一番高いのは、おそらくYouTubeが持つ日曜の枠です。
注目度で見るなら日曜か木曜の試合だといいます。木曜は、サンクスギビングが木曜日であることが理由の一つではないかと宮武さんは推測しています。金曜は大学アメフトで、その放映権も売られているそうです。
宮武さんによると、NFLは1チームの試合数がシーズン16試合と少ないことも大きいといいます。野球は100試合以上、NBAは82試合あるのに対し、NFLは1試合のインパクトが大きくなります。
試合数が少なく1試合の重みが大きい。日中の試合が多く、テレビで見るのに向く
試合数が多く、現地観戦に行きやすい。NBAは土日に日中と夜の試合がある
YouTubeはなぜ赤字覚悟でNFLに20億ドル払うのか?
宮武さんは、YouTubeが払う年間20億ドルは、この案件単体では黒字化できず、おそらく払いすぎだと見ています。それでもYouTubeにとってはそれでいい、というのが宮武さんの考えです。
似た事例として挙げたのが、1993年のFOXです。FOXは当時、年間3億9500万ドルでNFLの放映権を買いにいきました。前の契約は年間3億ドルで、1億ドル上乗せしたオファーでした。
弱小メディアで、放映エリアには弱い街や入れない街があった。「絶対儲からない」と言われる高額オファー
一気に視聴者数が増え、他の番組にも視聴者が流れる。弱い街で強くなり、入れなかった街にも入れた
やっぱりみんなNFL見たいので。
草野さんが「そんなに?」と聞くと、宮武さんは、特に1993年当時のアメリカでは「そんなに」だったと答えます。ボストンにいたころはトム・ブレイディがいて地元チームが強く、みんな大好きだった一方、ニューヨーク出身の学生とは喧嘩になるほどのライバル心があったそうです。
YouTubeも同じように、コンテンツのアグリゲーターになるうえで超ヒットコンテンツを持つことが圧倒的に強いと宮武さんは見ています。スポーツはライブで、後から振り返るのではなく、その瞬間にみんなで見ることが大事だからです。
そしてここが、Netflixが持っていない部分です。年間20億ドルは、Googleにとってはたかが知れた額でも、YouTube単体ならきつい。Google検索という巨大な利益源があるから払える、と宮武さんは説明します。
NetflixはなぜF1の放映権を逃したのか?
Netflixもスポーツに入りたかったものの、リーグの放映権を買う形では入れなかったと宮武さんは話します。しかも一度、大きな失敗をしているといいます。それがF1でした。
Netflixのドキュメンタリーシリーズ『栄光のグランプリ』 ── NetflixのF1ドキュメンタリー『Formula 1: 栄光のグランプリ』。ドライバーやチームの舞台裏を描き、アメリカでのF1人気拡大に影響したとされますはF1ブームを生みました。宮武さんによると、当時のF1はアメリカではNASCARの陰に隠れたニッチなスポーツで、放映権の価格も低かったはずです。
あのドキュメンタリー出た後に放映権買おうとしたらもう高いじゃないですか。人気にさせちゃったので。
草野さんは「自分たちでバリエーションを上げて買えなかった」とまとめます。宮武さんによれば、Netflixの経営陣もドキュメンタリーと同じタイミングで買えばよかったと後悔しているそうです。
それでもNetflixはライブスポーツに強い関心を持っています。去年のマイク・タイソン対ジェイク・ポールのボクシングは約6500万人の視聴者を集めましたが、ライブ中継が途中で止まったなどとして、10万人ほどが批判したといいます。
その1〜2か月後には、NFLのクリスマスゲームのハーフタイムショーにビヨンセを起用しました。宮武さんは、Netflixは「2つ目のスーパーボウル」を作りたいのだと見ています。
草野さんの「定番行事にしたい」「自らスポーツIPイベントを作り出す」という言葉に、宮武さんは「まさにそうなんですよ」と同意します。宮武さんによると、Netflixはこれから、NFLのような既存IPに乗る形と、有名人を起用して自らライブイベントを作る形の2パターンで攻めていくはずです。
成否はコスト次第だと宮武さんは話します。既存IPを活用するほどお金がかかり、今はF1ともまた話をしているそうです。一方で自前のイベントは、特にボクシングなら参加人数もスタジアムも小さく、放映権を買うよりコストが低いといいます。
ボクシングはなぜインターネットと相性がいいのか?
草野さんは、日本でもアメリカでも、インターネットのセレブがボクシングの選手になったり、自らビジネスにしたりする流れが起きていることを不思議に感じています。宮武さんは、ボクシングは昔からテレビでも人気のコンテンツで、日本でも年末にやっていると応じます。
ボクシングも基本的に重要な試合しか出さないじゃないですか。それも多分あって、この試合、この一瞬しか見れないっていう。
宮武さんは、ボクシングは最もライブに向いたコンテンツの一つだと考えています。草野さんも、自ら拳でぶつかる分、選手の人生が詰まって見えると話します。
NFLの熱狂は、どれだけ桁外れなのか?
とはいえ、人気で比べればアメフトのほうが上だと宮武さんは言います。Sporticoが毎年出している調査では、去年アメリカでテレビ視聴者数の多かった番組のトップ100のうち、NFLが占めたのは72でした。1位はもちろんスーパーボウルです。
大学アメフトも含めてアメフト全体で数えると90以上になるはずだそうです。NBAは決勝戦が入るかどうかで、ほぼ入らないといいます。むしろトランプ氏とハリス氏の討論会のような番組が入るそうです。
すごい宮武さんのNBAの愛を、バイアスかかってて、全然。
NBA好きの宮武さんも、バスケは人気だが「アメフトが強すぎる」と認めます。そのうえで宮武さんは、スーパーボウル以外のトップ10の視聴者数は約5000万人だと指摘します。
ジェイク・ポール対マイク・タイソンは約6500万人に達しました。グローバルなオーディエンスを持つNetflixなら、アメリカのテレビ放送でトップティアに入る規模の視聴者を出せる、というのが宮武さんの見方です。
イベントを作る側にとっても、お金がもらえて圧倒的なリーチを得られるので、Netflixでやるほうがいいはずだといいます。宮武さんは、ここがNetflixのプラットフォーム化の強いところだと話します。
さらにライブイベントは、Netflixの広告プランの戦略にもフィットしていると宮武さんは説明します。
低価格の広告プラン
安い価格の代わりに幅広いリーチを取る
ライブイベント
カルチャーモーメントを作り、もっと多くの人を呼ぶ
入会しやすさ
低価格プランがあるので新規の人が入りやすい
定着
最大のライブラリを持つため離脱率が低く、残ってくれる
宮武さんは、ライブイベントを通じてようやくマスに行けることが、これからのNetflixの戦略になると見ています。
WWEの契約と、試合を全部見ない若い世代
Netflixは、女子サッカーワールドカップの2027年と2031年のアメリカでの放映権も持っています。放映権はFIFAが入札させて売っているそうです。
宮武さんが特に評価するのが、格闘団体WWEとの契約です。10年契約で年間5億ドルですが、Netflix側の判断でさらに10年、同じ価格で延長できるといいます。
失敗したらそれは、オプション(契約延長)を行使しなければいいだけなので。
草野さんが、人気が下がっているスポーツはあるのかと尋ねると、宮武さんは今年NBAの視聴者数が下がっていると答えます。アルファ世代やZ世代は試合を全部見ない流れがあり、2時間、まして3時間の試合は耐えられないと感じる人もいるそうです。一方で、試合を現地に見に行きたいという欲求はあるといいます。
宮武さん自身も最近はバスケをハイライトで見ており、時間がないので仕方ないものの、ある程度は満足するそうです。スポーツ自体が進化すべきか、スマホやAIでコンテンツがどう進化するかは、また別の回で話したいとしています。
草野さんは「何をスポーツと呼ぶか」も論点になりそうだと話し、eスポーツやSASUKEのような競技に触れます。宮武さんが本気でビンタし合う「スラップなんとか」という競技を紹介すると、草野さんは「ちょっと嫌だな」と苦笑していました。
5年後に生き残る配信サービスはどこか?
最後に草野さんは「ストリーミング戦争はNetflixの大勝ち?」と問いかけます。宮武さんは、まずYouTubeがめちゃくちゃ手強い相手だとしたうえで、5年後に誰が生き残っているかを話し合おうと提案します。
ディズニーについて、2人は生き残ると見ています。草野さんはスポーツが強くHuluも持っている点を挙げ、宮武さんは自社でやりたいという強い意志があり、落ちているケーブルの代わりが必要だと話します。
NBCユニバーサルのPeacockは、次のロサンゼルスオリンピックを持っているのでギリギリ生き残るかもしれない、と宮武さんは言います。ただし今は一番の赤字だと考えられ、持ちこたえられなければPeacockを捨て、配信分の権利を他社に売ることもあり得るそうです。その場合はNetflixが来るかどうかだといいます。
Amazonについては、宮武さんもGoogleと似たポジションで手強いと認めます。一方で、CEOのアンディ・ジャシー氏に厳しく見られているという話や、ロード・オブ・ザ・リングの作品が巨額の予算に対して視聴者を集められていないという話もあるそうです。
ジェームズ・ボンド関連の動きやニュースへの参入の可能性もあるものの、Amazonには特定の看板作品があまりないと宮武さんは指摘します。プライムに入っているからたまにライブラリを見る、という使われ方が多いのではないかという見方で、草野さんもNetflixほどプロモーションをしないので気づきにくいと応じます。
作品のクオリティで選ぶ配信サービスのトップ3は?
宮武さんは、作品数ではなくコンテンツのクオリティで見た1〜3位を草野さんに尋ねます。草野さんの答えは、1位Apple TV+、2位Netflix、3位Disney+でした。
草野さんがApple TV+を好きな理由は、難しそうなテーマでも見てみると面白いことと、クリエイターを推すプラットフォームであることです。『セヴェランス』では制作の裏話や監督の紹介が入り、『テッド・ラッソ』の作り手が次の作品で監督やプロデューサーとして関わり、『ザ・スタジオ』のように俳優が初めて製作総指揮に挑む例も多いといいます。
作り手側の見せ方もすごく他のプラットフォームより上手いなっていう、リスペクトがあるなって感じはしてて、それはすごい好きですね。
宮武さんの答えは、1位Apple、2位MAX(元HBO)、3位Netflixでした。Appleはコンテンツ数が少ない分、カメラワークなども含めた平均的なクオリティが高いといいます。ただしマーケティングでは、『セヴェランス』以外はそれほどではなく下のほうだと話しています。
| 順位 | 草野さん | 宮武さん |
|---|---|---|
| 1位 | Apple TV+ | Apple TV+ |
| 2位 | Netflix | MAX(元HBO) |
| 3位 | Disney+ | Netflix |
宮武さんによると、HBOは昔から今のAppleのような立ち位置で、数は多くなくてもいい作品を作り続けてきました。『ゲーム・オブ・スローンズ』の放送時には、「日曜日はゲーム・オブ・スローンズの時間だ」という空気ができるほどカルチャーモーメントを作っていたといいます。
草野さんも『ユーフォリア』を思い出し、HBOを忘れていたと話します。Netflixを3位にした理由について、宮武さんは「何でもある」ことを挙げています。
まとめ
ストリーミング戦争2025の後編では、ケーブルテレビの衰退とバンドル化への回帰を起点に、UGCとGoogleを背景に持つYouTubeの強さと、ライブスポーツやイベントでマスを狙うNetflixの戦略が語られました。
- ケーブルテレビは視聴者も登録者も減り、動画配信とのバンドル化に向かっている。その中心にいるのがYouTube TVだと宮武さんは見ている
- YouTubeの強みは真似しにくいUGCとGoogleのデータで、売上ではディズニーを超える勢いがある
- NetflixとYouTubeの違いは、制作のリスクとアップサイドを誰が取るかという視点で整理できる
- Netflixはオリジナル作品の次の段階として、NFLのクリスマスゲームやボクシングなどのライブイベントでカルチャーモーメントを作ろうとしている
- スポーツ放映権は高騰していて、NFLの人気は桁外れ。一方で若い世代は試合を通して見ない傾向もある




