宇宙に「工場」を浮かべるVardaとは何者か
Varda Space Industriesは、宇宙空間で素材を製造し、それを地球に持ち帰ることを目指す「軌道上製造」の会社です。宮武さんは以前から番組でも取り上げており、今回は同社のオフィスを訪ねてのインタビューとなりました。
話し手のエリック・ラスカーさんは、Vardaの創業チームの一員で、最高収益責任者(CRO)を務めています。ラスカーさん自身は役割を、社内向けの冗談として「調子のいい日には、この会社を実際に成り立つビジネスにするためのすべて」と説明しています。
ラスカーさんによると、VardaはNASAなどが20〜30年、40年近くかけて積み重ねてきた研究を土台にしています。そのうえで「技術の進歩によって、軌道上で素材をつくって持ち帰ることが経済的に成り立つようになったのか」を問い直しているといいます。
Vardaの技術は2つの要素でできています。1つは、地球を周回する人工衛星のような自律型の素材科学プラットフォームです。もう1つは、そこでつくった製品を地上へ持ち帰るための再突入カプセルです。
宮武さんは、Vardaの仕組みを次のような流れで整理しています。
機体を製造
製薬会社などが中で製品をつくれる宇宙機をVardaが自社で組み立てる
打ち上げ
SpaceXなどの打ち上げ事業者のロケットで軌道へ運ぶ
軌道上で製造・研究
地球を周回しながら、医薬品などの製造や研究を行う
再突入・回収
一定の時点で、カプセルを地球へ戻して製品を回収する
事業としては、微小重力下での医薬品の製剤開発と、再突入技術そのものの2つに分かれています。再突入技術にはそれ自体の顧客がいて、商業の製薬分野に加えて、NASAや空軍などとの仕事もあるそうです。
宮武さんは、国際宇宙ステーションでは微小重力での医薬品の実験が多く行われてきたものの、商業版はこれまでなかったのではないかと指摘しています。
無重力は製薬に何をもたらすのか
宮武さんの「微小重力でものをつくると、地球でつくるのと比べて何が特別なのか」という質問に、ラスカーさんは重力の話から答えます。地球上にいる限り、体中のあらゆる分子に1Gの加速度がかかっていて、その「重力井戸」からは逃れられない、という説明です。
宇宙を漂う宇宙飛行士はその影響を受けません。ラスカーさんはこの状態を微小重力 ── 宇宙空間などで重力の影響がごくわずかになった状態。完全な無重力ではないものの、物体が浮遊するほど重力の効果が小さく、マイクログラビティとも呼ばれますと呼び、完全なゼロではないけれど、かなり近いと話しています。
ラスカーさんによると、分子のレベルで見ると、微小重力の環境では分子をこれまでと違う形や並び方に組み直せるといいます。結晶の並び方を変えられれば、素材によっては目に見えるほど大きな効果につながることがあるそうです。
医薬品の場合、その効果は投与方法の違いとして表れる可能性があります。ラスカーさんは例として、次のような変化を挙げています。
点滴バッグで投与する薬、1日5錠飲む薬
皮下注射で打てる薬、吸入器で使える薬
医薬品以外にも、光ファイバーなら透明度が高く信号が減衰しにくいものができ、半導体ならより秩序立った構造のものができる、といった研究があるといいます。どれも、地上では得られない「とても静かで制御された環境」があるからこそ生まれる効果です。
ラスカーさんは、反重力装置がないからこそ宇宙に行く手間をかけているのであり、必要な時間だけ微小重力を得られる場所は宇宙しかない、と説明しています。
宮武さんが「製薬会社が重力をオンにしたりオフにしたりできる、追加の変数ということですね」と確認すると、ラスカーさんは「オーブンに新しいつまみが付いたようなもの」と例えました。
温度のつまみがない箱はただの箱で、温度を下げられれば冷蔵庫、上げられればオーブンになります。ラスカーさんは、無重力は製剤開発者に渡す新しいつまみであり、それ自体に良い悪いはなく、レシピにうまく組み込めたときに劇的な効果が出るかもしれない、と話しています。
創業から2年で打ち上げられたのはなぜか
宮武さんが驚いたのは、Vardaが創業から初の打ち上げまでを非常に短い期間で実現したことです。ラスカーさんは、正確な日付は引用しないでほしいとしたうえで、およそ2年だったと答え、そのせいで白髪が増えたと笑っています。
短期間で実現できた理由について、ラスカーさんは「本当に長い答えになる」と前置きしつつ、優秀なチームと良い出資者に恵まれたことを挙げました。エンジニアの多くは、SpaceXやBlue Origin、Boeingなどで再突入システムに携わった経験を持っていたそうです。
ただしラスカーさんが強調するのは、Vardaの宇宙機の部品や再突入カプセル、製薬の取り組みは、一つひとつが新しいわけではないという点です。ラスカーさんの言葉では、新しいのは「組み合わせとして」であり、既存の要素をこれまでにない形で組み合わせたことに意味があるといいます。
その背景には、時代の変化もあります。衛星の部品が市場に増え、ロケットは2〜3日おきに打ち上がるようになりました。再突入カプセルでも、DragonやSoyuzがあり、Vardaの初号カプセルが戻る2か月ほど前には、小惑星に向かったOSIRIS-REx ── NASAの小惑星探査ミッション。小惑星ベンヌから試料を採取し、カプセルで地球に持ち帰ることに成功しましたが着地していたそうです。
NASAエイムズ研究センターやNASAラングレー研究センターといった、こうしたカプセルを手がけてきた組織との早い段階からの協力もあり、一気に開発を進められたといいます。ラスカーさんは、自分たちが史上初の再突入カプセルだとは言わず、多くの先人の肩の上に立っていると話しています。
宮武さんは、すべてを統合したことが新しさであり、今できることと将来できるようになることを見極めて組み合わせるのが一番難しいところではないか、と応じています。
ラスカーさんがVardaの構想を描くにあたって見ていたのは、業界のトレンドの連鎖でした。
打ち上げが増える
SpaceXは打ち上げ数を減らす気配がなく、ほかの打ち上げ企業も多い
価格が下がる
打ち上げが増えれば価格が下がるか、少なくとも十分な頻度になる
衛星と人材が増える
Starlinkや国防総省の衛星網などで部品と人材が産業に流れ込む
新しい事業機会
その条件がそろったときに開く機会として、軌道上製造に注目する
ラスカーさんは、打ち上げが頻繁になれば、宇宙への輸送を特別な便ではなく、海を越えて荷物を送るような感覚で考えられるようになるとも話しています。そのうえで、最も面白く、最大になってほしい機会が、医薬品を最初の製品とする軌道上製造だという強い意見を持っているそうです。
宇宙のラボと「DHL」を同時に提供する理由
取材時点で、Vardaはミッション2を完了していました。回収されたカプセルはラボではなくワシントンDCにあるとのことです。宮武さんは、ミッション1では承認手続きなどで再突入に時間がかかったこと、Vardaが商業の再突入を行った3番目の機体だったことに触れ、まだすべてが新しい段階だと話しています。
ミッション3はすでに宇宙にありました。ラスカーさんによると、ミッション2の着地から14〜15日ほど後に打ち上げられ、取材から1週間ほどで再突入する予定だったそうです。
宮武さんが「今後は打ち上げ・試験・再突入の回数を増やし、いずれはSpaceXのように3日おきに宇宙へ行って何かをつくり、戻ってくるようになるのか」と尋ねると、ラスカーさんは「まさにその通り」と答えています。
ラスカーさんの狙いは、微小重力で製剤をつくりたい人が、上がるだけでなく戻ってくる便があることを当然の前提にできるくらい、頻度を上げることです。現在の打ち上げ業界、特にSpaceXのおかげで、打ち上げたいときには宇宙へ行く道がある、という状況になっています。
ラスカーさんは、もしハワイの施設で仕事をしたいのに、船がいつ出るかわからず、年に2便しかないかもしれず、満席かもしれない、という状況だったら商売にならないと例えます。宇宙産業はごく最近までそういう世界で、持ち帰る側については今もある程度そうだといいます。
ラスカーさんによると、そこには「鶏が先か卵が先か」の問題がありました。再突入の頻度が安定しなければ、誰もそれを前提にした事業に投資しません。Vardaは、NASAの研究を引き継ぐ製薬の取り組みと、再突入の頻度を上げる取り組みの両方を同時に進めることで、この膠着を崩そうとしています。
宮武さんは、製薬会社から見れば、Vardaは研究所にサンプルを送るのと同じような存在になるのだろうとまとめています。
(Vardaは)ラボが宇宙にあるだけなんですよね。打ち上げて、戻ってくる。ラボと、行き来するDHLのサービスの両方を提供しているわけです。
ラスカーさんは、輸送だけでなくラボまで提供する理由も、先ほどの「鶏と卵」の問題にあると説明しています。これまでの手がかりは、国際宇宙ステーション ── アメリカ、ロシア、日本、欧州、カナダなどが共同で運用する有人の宇宙施設。地上約400km上空を周回し、さまざまな科学実験が行われていますという非常に貴重な設備で、高コストな政府職員が、宇宙での暮らし方の研究など別の任務と並行して行った少数の研究に限られていました。
そのため、製薬会社が一気にこの分野に飛び込まなかったのも無理はない、とラスカーさんは話します。仮に何かを見つけても、行って帰ってくるためのインフラがなかったからです。
ラスカーさんのお気に入りの事実は、宇宙までの距離が、アメリカ南岸のメキシコ湾にある石油掘削施設までの距離とほぼ同じか、それより少し短いということです。掘削施設に物資を運び、製品を持ち帰ることは誰も不思議に思いません。ラスカーさんは、宇宙が難しいのは距離ではなく、海と違って行き来するインフラがないからだと話しています。
製薬と再突入の二本柱はどう噛み合うのか
宮武さんは、Vardaの事業が「宇宙でものをつくって製薬会社と契約する」ことと「再突入機の試験でお金をもらう」ことの2つに分かれている点に注目し、それが最初からの計画だったのかを尋ねました。
ラスカーさんの説明は、機体の設計思想から始まります。国際宇宙ステーションは研究に適した場所ですが、経済的に成り立たせるにはプロセスをできるだけ単純にしたい。そのための方法の1つが、人間をプロセスから外すことでした。
人がいなければ、生命維持装置も、人間を宇宙に送って生かしておく必要もありません。ラスカーさんによると、製剤の作業は難しいものの、やっていることは混ぜる、温める、冷やすといった単純な工程で、人が介在する必要はないといいます。
こうしてVardaは、どの宇宙ステーションにも依存しない独立飛行型の衛星と、再突入カプセルという構成を選びました。そうなると、Vardaは短期間で誰よりも多くの再突入の機会と、誰よりも安いカプセルを持つことになります。
実際に、再突入の分野からも早い段階で需要がありました。惑星探査向けの耐熱シールドを研究するNASAエイムズの人たちや、国防総省の周辺で再突入システムを扱う人たちです。ラスカーさんによると、ミッション1で得た研究データが、2020年代末に予定されている天王星探査ミッションの耐熱シールドの選定に使われたという論文も出たそうです。
微小重力を使った医薬品の製剤開発。商業の製薬会社が主な相手
頻繁に飛ぶ安価なカプセルを使った試験。NASAや空軍、国防総省の周辺が主な相手
宮武さんが「再突入機を試したい顧客向けのA/Bテストのようなものか」と尋ねると、ラスカーさんは少し訂正しています。試すのはほかの再突入機そのものではなく、本物の再突入環境の中に置いたさまざまな部品だといいます。
製薬ミッションで使うカプセルに、センサーや試験用の搭載物を加え、再突入の環境でデータを集めます。ラスカーさんは、Vardaを「本物の大気の中をマッハ25で飛ぶ、極めて正確な風洞」と考えられると話しています。
高エネルギーの風洞はアークジェット ── 電気アークで気体を数千度以上に加熱し、高速で噴き付ける試験装置。再突入時の過酷な加熱を地上で再現し、耐熱材料を評価するのに使われますとも呼ばれます。しかもVardaのカプセルは陸上で回収できるので、試料を持ち帰ってラボで好きなだけ調べられる点が強みです。
国の仕事との関係について、ラスカーさんは、商業の目標に向けて開発する技術が政府の仕事と重なるなら避けない、と最初から考えていたといいます。ただし、軌道上製造を最初に解決する会社になることへの関心が強いため、まったく関係のない仕事を頼まれた場合は断るだろうと話し、実際に過去に断ったこともあるそうです。
ラスカーさんは、天王星に向かう耐熱シールドの極超音速試験と医薬品の製剤開発を同時にやっているのは奇妙に見えるかもしれないと認めつつ、手元の技術と照らし合わせれば筋が通る、と説明しています。
シェフ、Stripe、Zipline、そして宇宙へ
話はラスカーさんの経歴に移ります。Vardaの前に在籍していたのは、ドローン物流のZipline ── アフリカなどでドローンを使い、血液や医薬品を医療施設へ空輸する物流企業。のちにアメリカなどにも事業を広げていますです。ラスカーさんによると、Ziplineは西アフリカと東アフリカで長く事業を続け、国防総省との仕事もしていたといいます。
Ziplineでのラスカーさんの役割はVardaと近く、ドローン配送の基盤を広げる新しい市場を探すことでした。ガーナ、ルワンダ、フィリピン、インドネシアなどを飛び回り、パスポートにたくさんのスタンプが増えたそうです。
その前は決済のStripe ── オンライン決済の仕組みを開発者向けに提供するアメリカの企業。シリコンバレー発のスタートアップとして大きく成長しましたにいました。宮武さんが「少し断絶があるように見える」と言うと、ラスカーさんは「断絶ですね、指摘してくれてうれしい」と笑って応じています。
ラスカーさんは比較的初期のStripeで5年間働き、事業開発、オペレーション、オフィスの立ち上げ、営業、さらにごく初期にはメールサポートまで手がけたといいます。小さく急成長する会社では、何でも少しずつやることになるそうです。
ラスカーさんは物理学の学位を持ち、ずっと航空宇宙に関心がありました。Stripeは「一流の会社をどうつくり運営するかを学ぶ大学院のようなもの」だったと振り返ります。決済の改善は立派な仕事だとしつつ、自分の情熱はハードテック、とりわけ宇宙技術にあると以前からわかっていたそうです。
宮武さんがLinkedInを見て気づいたのは、さらにその前に「シェフ」として7年ほどの経歴があることでした。ラスカーさんはニューヨーク州の田舎で育ち、料理に夢中だったといいます。週末にコードを書いてシリコンバレーへ向かうタイプではなく、プロの料理人を目指していたそうです。
料理と並行して物理学の学位も取り、大学卒業後もしばらく料理の仕事を続けました。サンフランシスコに移ったのも、ミシュランの星付きレストランで働くためだったといいます。そこから街の空気に巻き込まれるようにStripeへ移った経緯は、説明が難しいとして詳しくは語られませんでした。
今も料理はしているそうで、仕事ではなく趣味になった分ストレスがなくなり、妻も以前より楽しんでくれていると話しています。
シリコンバレーの人材が宇宙に流れ込む理由
宮武さんは、かつての宇宙スタートアップは航空宇宙の専門家が中心だったのに対し、今はシリコンバレー出身者と航空宇宙出身者が混ざっていると指摘し、その理由とVardaの成功との関係を尋ねました。
ラスカーさんは、自分こそがその「目の前にいるデータポイント1つ」だと笑います。そのうえで、SpaceXなどが業界に人材を送り込み、打ち上げコストを下げ、頻度を上げたことで、単純に事業の機会が増えたことを理由に挙げています。
(打ち上げコストの)グラフを見たことがあります。ゆっくり下がっていって、SpaceXが出てきたら一気にガクッと下がるんですよね。
ラスカーさんは、それは打ち上げコストの話であって、自分が言いたいのはその結果として生まれた宇宙産業そのものの成長だと補足しています。宇宙産業は長いあいだ横ばいで、NASAの大型ミッションか、年に数基の国防総省の衛星くらいしか関われる仕事がなかったといいます。
だからこそ、宇宙が好きなシリコンバレーの人たちが入ってこなかったのも責められないとラスカーさんは話します。インフラと人材が流れ込んで産業が広がっている今は、起業家精神のある人にとってさらに刺激的な場所になっているそうです。
ラスカーさんは、シリコンバレーの友人たちにもっとこうした会社に来てほしいと呼びかけます。ストレスはあっても楽しく、「流れ星をつくれる」のは本当に格好いい、Stripeではそれはできなかった、と冗談まじりに語っています。
宮武さんは、Vardaにはトップクラスのハードウェア人材とソフトウェア人材がそろっていると話し、ラスカーさんはそこに「トップクラスの製薬人材」も加えました。3つの領域をどう組み合わせているのかという質問に、ラスカーさんは「秘伝のタレはない」と答えています。
ラスカーさんによると、Vardaがうまくやってきたのは、別の分野にいながら宇宙に少し好奇心を持っていた人を見つけ、移ってきて貢献する道を用意することでした。ラスカーさんのチームでも、政府渉外、事業開発、マーケティング、広報の多くの人が宇宙の経歴を持っていないそうです。
ラスカーさんは、Boeingに20年いた人だけでなく、航空宇宙企業に1〜2年、自動運転の会社に数年いた人を呼び込むことで、業界全体の人材の層が広がると考えています。
火星ではなく低軌道にこだわる理由
宮武さんは長期的なビジョンとして、火星などほかの惑星へ人類が進出したとき、Vardaは宇宙と惑星をつなぐ「ラストワンマイル物流」の会社になるのか、と尋ねました。
ラスカーさんの答えは、あくまで低軌道 ── 地表からおよそ2000km以下の高度を回る軌道。国際宇宙ステーションや多くの通信・観測衛星がこの領域を周回していますに集中するというものでした。ラスカーさんによると、低軌道を経済的に成り立たせた事業は、通信や「見る・感じる」観測を除けばまだ誰もつくれていないといいます。
観測の市場は大きいものの、いずれは飽和します。ラスカーさんは、微小重力を使って地球上のすべての人に影響を与えうる素材を持ち帰ることこそが大きな挑戦であり、そこに真正面から取り組んでいると話しています。
月や火星への進出は、大部分をほかの人に任せるつもりだそうです。少し重力がある月では、望遠鏡をつくったりヘリウム3を採掘したりといった面白い話もあるかもしれないが、自分の専門ではない、とラスカーさんは述べています。
ラスカーさんは、軌道上でつくった素材を惑星間ミッションに使える可能性は否定しません。ただ、市場の大きさで見れば、ほかの惑星に行く人がこの地球より多くなるとは考えにくく、宇宙に行くのは地上の市場に応えるためだと語っています。
エルセグンドでしか始められなかった会社
取材の舞台となったエルセグンドは、ロサンゼルス近郊の街です。宮武さんは、SpaceXが拠点を置き、それ以前にはChevronやスペースシャトルの関係もあったこの街の歴史に触れ、ラスカーさんは「さかのぼればHughesまで」と付け加えています。
ラスカーさんは、Vardaは南カリフォルニアのこの地域以外では始められなかったと断言します。今のVardaの建物も、アポロ時代に航空電子機器の制御基板の製造に使われていたそうです。途中にはスケートボードの配送工場だった時期もあったといいます。
ラスカーさんは、6万平方フィートの施設はサンフランシスコでは手に入らないこと、この地域から航空宇宙の人材が離れていないこと、SpaceXの登場で新しい人材とエネルギーが注入されたこと、住みやすく市政府も歓迎的なことを挙げ、人材とインフラの密度がすばらしい会社を生んでいると話しています。
宮武さんの「夜も眠れないほど考えていることは何か」という質問に、ラスカーさんはまず冗談で答えました。もうすぐ再突入カプセルがオフィスにあふれるので、どこに置けばいいのか、博物館に寄付できる数にも限りがある、というものです。
宮武さんが「うちのオフィスが広ければ」と言うと、ラスカーさんはITAR ── アメリカの国際武器取引規則。防衛関連の物品や技術の輸出・移転を規制しており、宇宙機の部品も対象になることがありますの規制があるから難しいかもしれないと返しています。
本題としてラスカーさんが挙げたのは、Vardaのような事業を誰もつくったことがなく、軌道上製造を解決した会社もまだないことです。宇宙で製造された医薬品は、今は誰の棚にもありません。人類史上初めてのことに挑むには、従うべきロードマップがない。その機会を与えられたことに伴う不安だ、とラスカーさんは語っています。
最後の質問は「破るべきルールと、守るべきルール」でした。破るべきルールとしてラスカーさんが挙げたのは、キャリアは直線でなければならないという思い込みです。いちばん興味のあることに取り組み、その間に点線を見つければいい、自分もそれでなんとかうまくいった、と話しています。
守るべきルールについては、「テーブルに肘をつかない、とかかな」と笑ったうえで、人に親切にすること、それくらいだと答えています。
オフィスツアーで見た耐熱シールドと初号機W1
インタビューの後は、社内のハードウェアを見て回るツアーになりました。ロビーには初回の再突入時の写真が飾られていて、着地したのはオーストラリアではなく、ソルトレイクシティの西にあるユタ州の試験・訓練場だったとラスカーさんは説明しています。
最初に見たのは、次のカプセルに使う耐熱シールドです。タイルが宇宙機の内部を冷たく保つ仕組みで、ラスカーさんは「製剤した医薬品が太陽表面のような温度になるのは避けたい」と冗談めかして話しています。
再突入の映像で見える、表面が削れて飛んでいく現象は「アブレーション」と呼ばれます。ラスカーさんは、再突入の摩擦で生じる熱を、耐熱シールドが汗をかくように逃がしていると考えればいい、と説明しました。
宮武さんが部品の再利用について尋ねると、ラスカーさんは一部の部品は再利用するが、耐熱シールドは再利用しないと答えています。再利用の目的はコスト削減であり、単純な部品を使い回すより大きく効く手段がほかにある、というのがラスカーさんの考えです。
ラスカーさんによると、カプセルは自動車の製造用治具のような、頑丈な金属の塊でできていて、凝った精巧なものではないといいます。カプセルに1ドル足せば、最終顧客にも1ドル請求しなければならないので、部品表のコストを下げ、できるだけ単純にすることが経済性につながると話しています。
続いて見たのが、初号カプセルのW1です。並べて見ると、W1の耐熱シールドも最初は先ほどの新品と同じような見た目だったことがわかり、大気圏再突入を経た姿に宮武さんは驚いています。ラスカーさんによると、W1はアメリカの地に着地した初の商業再突入機だそうです。
カプセルの中には三角形の搭載物取り付け用ブラケットがあり、上下に搭載物を置けます。社内で開発する搭載物にも、空軍やNASAから預かる搭載物にも使える、標準化された取り付け面になっているそうです。
宮武さんは、地上に戻るまでの打ち上げや着地の衝撃で、微小重力でつくったものに影響はないのかと尋ねました。ラスカーさんは、まだ実証が必要だとしつつ、一般的に結晶の形になったものは非常に安定していると答えています。
ラスカーさんによると、製薬ラボの卓上遠心分離機は500〜1000Gで回転させてろ過や分離に使われていますが、それで分子が壊れることはありません。それに対し、Vardaのカプセルにかかるのは10〜12G程度だといいます。
ラスカーさんは、微小重力の効果が表れるのは、溶けた状態や液体に近い状態、粘度の低い状態のときだと説明しています。結晶化させるか、結晶化を抑えて凍らせるかして効果を「閉じ込める」。もし液体のまま持ち帰るなら、そもそも宇宙に行く意味がない、と話しています。
タングステンの重りと、宇宙へ行く前の試験装置
ツアーの後半で、ラスカーさんは「何かかっこいいものを見たい?」と言って、カプセルの先端に入れる重りを持たせてくれました。最も密度の高い金属のタングステンでできていて、宮武さんは何度も「本当に重い」と声を上げています。
怖い。うそでしょ。無理。
草野ミキさんも持ち上げようとして、思わずこう声を漏らしました。ラスカーさんによると、この重りは機体が正しい向きで降下するよう重心を調整するためのものです。マッハ25で飛ぶバドミントンのシャトルのようなもので、正しい向きを保つことが欠かせないといいます。
次に見たのは、ハードウェア・イン・ザ・ループ ── 実機の電子機器やソフトウェアを、模擬した環境とつないで動かす試験手法。本番前に、機器が想定どおりに反応するかを地上で確かめられます、略してHILラックです。機体から電子機器をすべて取り出し、宇宙で起こることを模擬する試験台で、ラスカーさんは「機体そのもの以外のすべて」「頭脳とセンサーのすべて」と説明しています。
HILラックでは、「軌道上にいるつもりで」「今は太陽が見える、今は見えない」と条件を与え、機器が意図どおりに反応したかを確認します。この仕組みは、その後のソフトウェア開発にも大きく役立っているそうです。
最後に見たのが、Vardaが「超重力マシン」と呼ぶ、直径10フィートの遠心分離機です。地上で無重力は再現できませんが、回転させれば2G、3G、4G、5Gと、より大きな重力の負荷はつくれます。
ラスカーさんによると、高い重力での挙動から予測モデルをつくり、無重力で何が起こるかを推測するのに使っているといいます。たとえば10種類の分子のうち3つが重力に敏感なら、その3つを宇宙に送るべきだ、と判断できるそうです。同社はこの研究について論文の発表も始めています。
製薬チームがこの工程に時間をかけるのは、宇宙が安く頻繁になってきたとはいえ、道路を車で走るようなものではないからです。ラスカーさんは、そこまでのおごりはないとしたうえで、「近づいてはいるし、運が良ければたどり着く。でもまだそこにはいない」と語っています。
まとめ
Varda Space Industriesが目指しているのは、無重力という新しい「つまみ」を製薬に加え、宇宙のラボと往復の輸送を同時に提供することです。エリック・ラスカーさんは、既存技術の組み合わせと打ち上げ頻度の増加という追い風を読み、低軌道の産業化に集中する姿勢を一貫して語っていました。
- 微小重力では分子の並び方を変えられ、点滴を皮下注射に、錠剤を吸入器にといった製剤の変化につながる可能性がある
- 再突入の頻度が安定しないと事業が育たない「鶏と卵」の問題を、製薬と再突入の両方を進めることで崩そうとしている
- 頻繁に飛ぶ安価なカプセルは、NASAや国防総省向けの「本物の大気を飛ぶ風洞」としても需要がある
- シェフ、Stripe、Ziplineを経たラスカーさんは、キャリアは直線でなくていいと語る
- 超重力マシンやHILラックなど、宇宙へ行く前の地上での検証にも力を入れている



