「アメリカはダンキンで動いている」は本当か
この回のテーマは、ファストフードがアメリカを中心に、さまざまな文化へどう影響してきたかです。ファストフードを語るとマクドナルドの話が避けられないため、宮武さんはマクドナルドを中心に据えて話を進めます。
宮武さんが最初に持ち出したのは、ドーナツチェーンのダンキン ── アメリカのコーヒー・ドーナツチェーン。2019年に正式名称を「ダンキンドーナツ」から「ダンキン」へ変更しました。東海岸に多く出店していますです。草野さんは行ったことがないといい、宮武さんも、ダンキンは主に東海岸にあり、西海岸ではあまり見かけないと補足します。
ダンキンのスローガンは「America Runs on Dunkin'」で、18年ほど前から使われているそうです。ドーナツとコーヒーでエネルギーを補給して一日が回る、というイメージで、ブルーカラーの労働者や「警察官がコーヒーとドーナツを食べる」というステレオタイプにも合わせた言葉だといいます。
(このスローガンは)めちゃくちゃ正しいなと思いますし、これってダンキンだけではなくて、ファストフード全体で言える話かなっていうふうに思うんですよね。
宮武さんは、健康や体重の問題があることを認めたうえで、ファストフードチェーンのインパクトはアメリカでもグローバルでも思った以上に大きい、と話します。
ここで草野さんが「ファストフードはどこまでを指すのか」を確認します。宮武さんによれば、タコベルやサブウェイはもちろん、少しハイエンドで健康的なチポトレも含まれ、スイートグリーンもぎりぎり入るかもしれないとのことです。チェーン展開とスピード重視が目安で、アメリカではピザ店を数えることも多いといいます。
宮武さんが挙げた数字は次のとおりです。
このほか、マクドナルドはアメリカだけで120万人分の仕事を生み、税金でも15ビリオンドルほど貢献しているそうです。学費支援を行い、食材を各地から仕入れることでも経済に影響しています。店舗数は、スターバックスがグローバルで2万店以上、マクドナルドも1万店舗以上と紹介されました。
マクドナルドで働いた経験のある有名人として、宮武さんはジェフ・ベゾス、ファレル・ウィリアムス、ピンクの名前を挙げます。ベゾスさんは、何十年ぶりにマクドナルドのポテトを食べたという写真をTwitterに上げていたそうです。草野さんは、日本でもオペレーションの分厚いマニュアルで学ぶ研修システムが有名だと応じました。
インフレで「スーパーよりファストフード」へ
宮武さんによると、アメリカでは最近、スーパーに行くよりファストフードに行く人が少しずつ増えています。背景にあるのはインフレです。
ファストフード各社はインフレを受けて、家族向けのバンドルや安めのセットを出しています。マクドナルドに限らず、まず安いセットで来店してもらい、追加の商品を買ってもらえれば利益が出る、という考え方です。
宮武さんは、Twitterで見た数字なので正確さは確認が必要だと断ったうえで、オレンジジュースの価格が2020年から5倍ほど上がったという話を紹介します。草野さんは、ソーダが人気なのも価格の問題があるのかもしれないと返しました。
アメリカで一番人気のファストフードについて、宮武さんは全体ではおそらくマクドナルドで、認知度は圧倒的だとしつつ、Z世代や商品によってはChick-fil-Aも非常に人気だと話します。草野さんはTikTokでよく見かけるWingstopの名前を挙げました。
二人の普段の利用も話題になります。草野さんはマクドナルドの新作が出ると食べたくなり、ケンタッキーのようなチキンの店も好きだといいます。宮武さんはデリバリーで頼むことが多く、アメリカではチポトレ、日本ではマクドナルドや、駅地下の唐揚げ店で買って家で食べることがあるそうです。
日米のマクドナルドの違いとして、宮武さんは季節限定・期間限定メニューを挙げます。日本は限定商品をよく出しますが、アメリカのマクドナルドは、最近は変わってきたものの、昔はメニューがほとんど変わらなかったといいます。
マクドナルドさえも何か新しいものと何かクリエーションをしていかないといけないっていうプレッシャーがあるのかなっていうのは、いろんなところで起きてるのかもしれないですね。
草野さんは、マクドナルドが別のIPやアパレルブランドとコラボする流れを、大手テック企業にもコラボが求められている状況と重ねます。宮武さんも、マクドナルドは強いプレッシャーを感じているはずだと同意しました。
誕生日パーティーの場所から、通り過ぎる場所へ
宮武さんは、ここ5年ほど、あるいはもう少し前から、ファストフードの店舗とその思想が変わったと指摘します。今の店舗は利便性と効率性を重視し、店内で食べない前提で作られることも増えています。
昔のマクドナルドは、誕生日パーティーを開く場所でもありました。草野さんは東京の店舗について、硬い椅子で回転率を上げるイメージが昔からあったと話しつつ、ロナルド・マクドナルドのベンチがあったことを思い出します。そのベンチも今は見かけなくなったといいます。
宮武さんによれば、アメリカでも、ニューヨークの真ん中はともかく、少し地方に行くとちゃんとした遊び場がありました。マクドナルドはかつてバースデーケーキも出しており、9ドルほどのケーキは1980年代から90年代にかけて人気だったそうです。今でもまれに提供できる店舗があるといいます。
変化のきっかけについて、宮武さんはドライブスルーの導入で効率重視の考えが強まり、最近はデータの可視化やテクノロジーでさらに加速したとみています。その結果、店の形や使うスペースが大きく変わりました。
1980〜90年代。大きな遊び場があり、店内の食事スペースも広い。誕生日パーティーやバースデーケーキも提供
現在。建物が小さく、遊び場はなく、店内席は削減や撤廃も。セルフサーブのキオスクと、車の動線を考えたドライブスルー設計を重視
宮武さんは例として、草野さんが以前話したタコベルのドライブスルー専用店舗を挙げます。マクドナルドについては、AIを使ったドライブスルーの取り組みは止めるという話があるものの、ドライブスルー自体の売上は伸びているそうです。
アメリカにもタッチパネル式のキオスクがあり、ハンバーガーの具材を全部抜くと大きく値引きされ、やりすぎると金額がマイナスになる、というハックがTikTokで話題になったこともあるそうです。宮武さんは、今はもちろんそんなことはできないだろうと付け加えました。
かつての遊び場はマクドナルドで「プレイプレイス」、一時期は「マクドナルドランド」と呼ばれていました。ある州のフェスティバルで10日間公開されたマクドナルドランドには、35万人が訪れたといいます。人気が高まった1980〜90年代には、レストランを含まない遊び場だけの施設を作ったこともあるそうです。
それでも需要の拡大に応えるため、遊び場はスペースの無駄になり、ターゲットも大人へ広げられていきました。宮武さんは、昔のファストフード店は子どもたちにとって「めちゃくちゃイケてる場所」だったと振り返ります。
ピエロと悪役たち、マクドナルドのキャラクターはなぜ独特なのか
マクドナルドランドとほぼ同じ時期に、マクドナルドは多くのキャラクターを生み出しました。宮武さんは、Mayor McCheese、Officer Big Mac、Hamburglar ── マクドナルドの初期キャラクターの一人。ハンバーガーを盗む悪役として描かれ、アメリカでは比較的よく知られています、当時の名前でEvil Grimace(グリマス)、Captain Crookなどを挙げ、子どもたちにも人気だったと話します。
他のファストフードもキャラクターを作ってはいましたが、宮武さんによれば、人気や予算の面でマクドナルドほどではなかったようです。マクドナルドはテレビ番組も作っていたはずだといいます。
ただただマスコットキャラクター作りたかったっていうよりは、キャラクター同士のコンテンツを作りたかったのかなと思ったんですけど。
草野さんの問いに対し、宮武さんは、悪役のキャラクターが2〜3人いたことに注目します。対立するストーリーを作るには、キャラクターが1人より複数いるほうが作りやすい、という見方です。
一方で、二人ともデザインの独特さには首をかしげます。宮武さんは昔の着ぐるみのグリマスは「めっちゃ怖い」といい、草野さんは、かわいくてふわふわした日本のキャラクターと比べて、なぜピエロなのかと疑問を投げます。
ピエロ(が)結構怖い人は多いので。よくそれを選んだなっていうのは思いますよね。
宮武さんは、ちゃんとした理由があるはずだが調べきれていないとしつつ、ヒーロー的な要素を入れてもよかったかもしれないと話します。草野さんは、着ぐるみの量産が難しいので顔を塗ればすぐ対応できるようにしたのでは、という仮説を出しました。結果的に、マクドナルドはこのキャラクター路線をいったん諦めています。
ファストフードはなぜ若者の「反抗」の場になったのか
宮武さんは、ファストフードがアメリカのソフトパワーになったと話します。アメリカがよく見えただけでなく、ファストフードが他国の文化に入ることで、新しいサブカルチャーが生まれた例もあるといいます。
(ファストフードは)その国の食べ物に対しての反抗心を表すものじゃないですか。
たとえば日本料理ではなく、海外のモダンで安いものを食べることは、今では普通でも当時は「変」とされていたはずだ、と宮武さんは説明します。そのため若者が集まり、クラブやスケートをする場所と似た扱いを受けていたそうです。
また宮武さんによれば、1970年代より前はヨーロッパでもアメリカでも外食の概念があまりなく、所得がなければ外食できず、店自体も少なかったといいます。安い食べ物を出せるファストフードは、ある種の技術革命でもあった、という見方です。
サブカルチャーが生まれた好例として挙げられたのが、1980年代のミラノです。社会問題に苦しんでいた若者たちが、ハリウッド映画などアメリカのポップカルチャーを受け入れ始め、その一つがファストフードでした。
ただ当時のイタリアには、マクドナルドもサブウェイもケンタッキーもまだありませんでした。そこで若者が集まったのが、イタリアで一番早く食べ物を出してくれるパニーニのサンドイッチショップです。
ミラノのパニーニショップに集まった若者たちはパニナーリ ── 1980年代のミラノで生まれた若者のサブカルチャー。パニーニ店にたむろしたことからこう呼ばれ、アメリカ風のブランド服で着飾ったことで知られますと呼ばれました。独自の言葉を持ち、ティンバーランドやリーバイス、モンクレールのジャケット、ロレックスのデイトナを身につけていたそうです。
宮武さんは、イギリスでも放課後の若者がファストフード店に集まっていたとして、ファストフード店は文化的に重要な役割を果たしていたとまとめます。
『スーパーサイズ・ミー』は何を突きつけたのか
宮武さんによると、ファストフード店の売上は伸び続けた一方で、文化的なインパクトは2000年代からかなり落ち始めました。ちょうどその頃、主に健康面から強い批判を受けたためです。
草野さんが挙げたのが、ドキュメンタリー映画『スーパーサイズ・ミー』です。30日間マクドナルドを食べ続けるとどうなるかを追った作品で、ちょうど20年前に公開されました。監督・主演のモーガン・スパーロックさんは最近亡くなっています。
この作品は外部の資金を受けずに自主制作されたもので、予算は約65Kドル、今の円換算で1000万円ほどでしたが、売上は22ミリオンドルの大ヒットになりました。宮武さんは高校の授業の一環で見せられたといい、草野さんも日本で有名な映画だと話します。
撮影のルールは、30日間、朝昼晩のすべての食事をマクドナルドにするというものでした。当時のマクドナルドにはスモール、ミディアム、ラージの上に「スーパーサイズ」があり、提供している店舗に行ったときは必ずスーパーサイズを頼まなければならなかったそうです。
草野さんは、「アメリカ人といえばマクドナルドを食べている」というステレオタイプを口にする人が、こうした映画やコンテンツで増えた気がすると話します。作品はアカデミー賞にもノミネートされました。
映画の裏側と、6週間後に消えた「スーパーサイズ」
宮武さんは、『スーパーサイズ・ミー』には後から指摘された問題点もあったと続けます。スパーロックさんは毎日の飲食内容を記録していたものの、それを公開しませんでした。何人かの研究者が同じ実験を再現しようとしましたが、再現できなかったそうです。
さらに2017年、スパーロックさんは過去30年間ほぼ毎週大量に飲酒していたことを明かし、撮影期間中も飲んでいたと話しました。草野さんはアルコールにもカロリーがあると反応し、宮武さんも、それが結果に影響した可能性があると話します。
宮武さんは、作品が完全に正しかったとはいえないが、影響力は非常に大きかったとみています。作品の前から言われていたことではあるものの、ここから多くの人がファストフードの健康面を問題にし始めました。
マクドナルド側は「関係ない」って言ったものの、「あのドキュメンタリーが出た6週間後にスーパーサイズがなくなりました」と。
草野さんが「偶然だな」と返し、宮武さんも「偶然ですよね」と応じました。
「チェーン店はイケてない」時代でも売上と株価は伸びた
宮武さんは、マクドナルドへの逆風は健康意識だけではなかったと話します。もう1つの要因が、インターネットの普及です。
YouTube、Twitter、Instagram、ブログやVlogで自分の生活を発信するなかで、英語で「フーディー」と呼ばれる文化が広がり、トレンドやおしゃれさのある食事をしたいという欲求が高まった、と宮武さんはみています。
ファストフードに毎日行ってるっていうのを写真で上げられないっていう。
ファストフードは以前からおしゃれというより「普通に行く場所」でしたが、フォロワーが求めるのは今イケている場所です。特にミレニアル世代では、トレンドの店やローカルな店へ行動がシフトしたといいます。
その結果、TGI Fridays、オリーブガーデン、チリーズといったカジュアルダイニングはミーム化され、バカにされた時期がありました。日本でいえばファミレスにあたる、と宮武さんは説明します。マクドナルドも、行っていても行っているように見せたくない存在になり、「悪」のようなイメージを持たれた時期がありました。
宮武さんは、「太ったアメリカ人のおじさんがポテトやビッグマックを食べている」というイメージや、低賃金で先のない仕事を指す「McJobs」という言葉も、ネガティブな印象の例として挙げます。
それでも、マクドナルドの売上はグローバルでも大きく伸びていました。株価も同様です。
健康面での「悪」、チェーン店はイケてない、McJobsという言葉、太ったアメリカ人のステレオタイプ
売上はグローバルでも上昇。株価は『スーパーサイズ・ミー』公開時の約26.7ドルから約10倍に。S&P500の約2倍のリターン
宮武さんは、マクドナルドは普通に十分成長してきたとしたうえで、特にここ4年ほどで、マクドナルドへのパブリックな印象が大きく変わったと話題を移します。
モスキーノの「無許可コラボ」が開いた扉
草野さんは、マクドナルドのマーケティング担当者やTwitterを見ていて、キャラクターがよりフレンドリーになり、昔のキャラクターを前に出したり、新しいコンセプトストアを作ったりしていると感じたそうです。BTSのような世界的スターの起用も、それまでになかったことだといいます。
宮武さんによれば、文化面での印象が強まったのはここ4年ですが、そのターンアラウンドの始まりはおそらく10年ほど前の2014年です。きっかけは、モスキーノ ── イタリアのファッションブランド。ポップカルチャーを取り入れた遊び心のあるデザインで知られますのクリエイティブディレクターだったジェレミー・スコットさんでした。
スコットさんはマクドナルドとコラボすべきだと考え、マクドナルドの許可なしにコレクションを作りました。ファッションショーでは、ハッピーセット風のハンドバッグ、フライドポテトの容器のようなスマホケース、マクドナルドを象徴する赤と黄色のジャケットやスカートなどが登場したそうです。
ファッションショーの後、マクドナルドは一部のアイテムに限って正式に許可を出しました。条件は、売上の一部を寄付することだったといいます。
宮武さんによると、マクドナルドのCMOは、このコレクションを機に社内でリスクテイクが許されるようになったと語っています。非公式なコラボでしたが、その後多くのブランドから問い合わせが来るようになり、現在のさまざまなコラボにつながったそうです。
「自信を失った」マクドナルドと、代理店が集めたファンの真実
マクドナルドの近年の有名キャンペーンの多くを手がけているのが、広告代理店のワイデン・アンド・ケネディ ── アメリカ・ポートランド発の広告代理店。ナイキの広告などで知られ、日本にも拠点がありますです。宮武さんによれば、Famous OrdersやAs Featured Inといったキャンペーンもここが仕切っています。
2019年ごろ、マクドナルドは代理店を探していました。依頼の中身は、ネガティブな声を聞きすぎて失った自信を取り戻させてほしい、というものだったそうです。
ところがワイデン・アンド・ケネディは、最初のピッチで「君たちじゃない」「ニューヨークすぎる」と断られたといいます。そこから模索を続け、クライアントになるまでに9か月かかりました。
集まった「ファンの真実」の例として、宮武さんはいくつかのエピソードを紹介します。インタビューした8歳の子どもは「もう自分はハッピーセットの人じゃない。僕はクォーターパウンダーの人だよ」と話したそうです。ほかにも、一緒に行った人のポテトを盗む、包み紙に残ったチーズを食べる、といったあるあるが出てきました。
最初期のキャンペーンでは、クォーターパウンダーのファンクラブを作り、5本すべてを灯すとクォーターパウンダーの匂いになるキャンドルを用意しました。5つの素材それぞれの匂いのキャンドルだったそうです。
宮武さんはこの流れを、コラボや遊び心のあるキャンペーンで成長したクロックス ── 樹脂製サンダルで知られるアメリカの靴ブランド。一時は「ダサい靴」とされましたが、コラボ戦略などで人気を取り戻しましたのターンアラウンドに似ていると話します。ターンアラウンドとは、下がっていたところをもう一度戻し、成長させることだと説明しました。
トレーだけで有名人を描いた「Famous Orders」
宮武さんが最近のキャンペーンの軸と見ているのが、Famous Ordersキャンペーンです。有名人がマクドナルドで何を食べているかを見せるもので、トラヴィス・スコットとのコラボのきっかけにもなりました。
スーパーボウル ── アメリカのプロフットボールの優勝決定戦。全米で非常に多くの人が視聴し、CM枠が極めて高額なことでも知られますで有名人の顔を使うと費用がかさみます。そこでマクドナルドはトレーだけを映し、下に「キム・カーダシアンの注文」のように名前をテキストで入れる広告にしました。
登場したのは実在の有名人だけではありません。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマーティ・マクフライには古いロゴ、『三匹の子豚』のオオカミにはポークサンドのマックリブを3つ、うち1つを食べかけにしたトレーが用意されたそうです。
架空のキャラクターもセレブも一般のあなたたちも食べたことある食べ物ですよっていう、本当にマクドナルドにしかできないキャンペーンですよね。
宮武さんは、誰もが自分なりのマクドナルドの注文を持っていて、セレブも同じように注文を持っている、という親近感のあるメッセージがうまいと評価します。
ただ、SNSで最も話題になったのは、キャンペーンの作り方ではなく、冒頭に出てくるキム・カーダシアンのトレーでした。チキンナゲットをハニーソースにつけるのが珍しいと注目され、真似する人が続出したそうです。
ワイデン・アンド・ケネディにとってこれは意外な反応で、やはり「この人が何を食べているか知りたい」というセレブへの関心は強いとわかった、と宮武さんは話します。この発見が、トラヴィス・スコットとのキャンペーンにつながりました。
トラヴィス・スコットのセットは、1992年のマイケル・ジョーダン以来、初めてセレブの名前がマクドナルドのセット名に入った例でした。それまで途絶えていた理由について、宮武さんは『スーパーサイズ・ミー』などの影響でセレブ側が嫌がった部分もあるのではないかとみています。
草野さんは、日本の食品広告は有名人をよく使うのに対し、アメリカのCMやキャンペーンには人があまり出てこないと指摘し、だからこそコラボやドロップの形で一緒にやったのかもしれないと話しました。
トラヴィス・スコットのセットはなぜ「コンサート」になったのか
トラヴィス・スコットとのコラボはコロナ禍の時期と重なり、大きな人気を集めました。草野さんは、トラヴィス・スコットの人形のようなものが出てくるCMが面白かったと振り返ります。
マクドナルドは、トラヴィス・スコットのブランドであるカクタス・ジャックのカスタムアパレルを従業員用に作りました。誰もコンサートに行けない時期だったため、「コンサートに行っている気分だ」と言う人もいたそうです。
注文の仕方もTikTokで広まりました。ドライブスルーで「You know why I'm here(来た理由はわかるだろう)」と言うか、トラヴィス・スコットの曲を流すだけで注文になる、というものです。
マクドナルドはこの盛り上がりを予想しておらず、途中からスタッフ向けのトレーニングまで実施したといいます。「You know why I'm here」と言われたら聞き返さず、トラヴィス・スコットのセットの注文だと受け止める、という内容です。
レシートをコンサートのチケットのように飾る人もいたそうです。宮武さんは、ある店舗オーナーの話として、従業員が初めてシフト後に制服から着替えずに帰っていったというエピソードを紹介します。
本当にマクドナルドであることを自信持って(いられる)。自信持てるようになるっていう、そのキャンペーンは本当にうまくいってますね。
数字の面でも成果は大きかったといいます。
その後の12か月で、マクドナルドはBTS、J・バルヴィン、Saweetieの3組とも似たキャンペーンを行いました。宮武さんによれば、それだけで283ミリオンドルほどの追加売上があったそうです。
どの世界にもマクドナルドがある「As Featured In」
次に紹介されたのが「As Featured In」キャンペーンです。草野さんによると、マクドナルドやマクドナルドらしき店が登場したアニメ、映画、ドラマのシーンをミックスした動画で、ストリートブランドのパレスとのコラボの予告も兼ねていました。
みんなマックのハンバーガー食べてます。どう?どう?どや?みたいな。
宮武さんは、どのユニバースにもマクドナルドが存在し、誰かしらが食べている、という見せ方だと応じます。草野さんは、黄色と赤のハンバーガー店といえばマクドナルドだと誰もがわかること自体がすごいと話しました。
このキャンペーンでは、マーベルのドラマ『ロキ』も宣伝されていたそうです。宮武さんによれば、マーベル側は最初から1982年のマクドナルドを台本に入れていたため、こうしたコラボをある程度想定していたとみられます。
宮武さんは、ここ4年のマクドナルドのキーワードは「名声と記憶」だったといいます。昔マクドナルドをどう楽しんだかという記憶と、新しく一緒に作る記憶。そして、どのセレブにもどのユニバースにもマクドナルドがある、という名声。この2つを組み合わせようとしていた、という見方です。
草野さんは、縦長のタッチパネルにアニメのキャラクターが店員のように登場するキャンペーンも面白かったと話します。宮武さんは、As Featured Inにアニメのシーンが出てきた流れともつながっていた点を評価しました。
日本のアニメや漫画ではマクドナルドの名前をそのまま書けないため、「ワクドナルド」と描かれることがよくあります。マクドナルドはこれを逆手に取り、アメリカの実店舗でカタカナの「ワクドナルド」にロゴを変えました。スタジオぴえろとコラボし、新しいソースや漫画風パッケージ、4本のショートアニメ、ポップアップまで展開したそうです。
ハローキティと遊戯王が合体する、各国のマクドナルドコラボ
アニメコラボはワクドナルドだけではありません。宮武さんによると、ヨーロッパのマクドナルドでは、ハローキティと遊戯王のキャラクターを合体させた10種類のハッピーセットのおもちゃが出たそうです。
ハローキティがブラック・マジシャン、マイメロディがブラック・マジシャン・ガール、シナモロールがブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン、けろけろけろっぴがクリボーという組み合わせでした。宮武さんは「どうやって許可を取ったのか」と思うほど面白いコラボだったといいます。
草野さんも、国ごとのコラボの事例を挙げます。いずれも各国の限定で展開されたものです。
- フィンランド: 若手デザイナーとスタイリッシュな制服やコレクションを制作
- シンガポール: 流行のパフバッグ風の「マックグリドルバッグ」を限定で発売
- インドネシア: 日本在住のインドネシア人歌手とコラボ曲を発表
宮武さんは、各国がある程度の柔軟性を持ちつつ、全体としてコントロールできているのだろうとみています。
インドネシアの事例では、日本語を話すイカザラさんという歌手と『日本のフレーバー』という曲を作りました。インドネシア人に向けた曲なのに歌詞は日本語で、最初はCM曲だと誰も知らず、普通のJ-POPとして人気になったそうです。その後マクドナルドは歌詞バージョンを作るなど、TikTokで広まりやすい形にしていきました。
さらに去年ごろには、クロックスとのコラボで、マクドナルドのキャラクターをジビッツ ── クロックスのサンダルの穴に付ける飾りパーツ。キャラクターやブランドのものが多数あり、靴をカスタマイズできますにしたものも出したといいます。
グリマスシェイクはなぜTikTokで大バズりしたのか
最近は昔のキャラクターも復活しています。草野さんが挙げたのは、紫色のグリマスと、コンセプトストアの「CosMc's」です。宮武さんが特に大きかったと話すのが、グリマスシェイクです。
グリマスはもともと「Evil Grimace」という名前の悪役でした。子ども番組なので本当に意地悪というより、ハンバーグラーがハンバーガーを盗むように、グリマスはおそらくシェイクを盗む役で、それをロナルド・マクドナルドが止める設定だったそうです。
今はもう少しかわいらしく見せたい意図もありそうですが、グリマスを見たことがある世代にはノスタルジーもあります。そこでマクドナルドは、グリマスの誕生日である6月12日に合わせてグリマスシェイクを出しました。グリマスは2024年時点で53歳だそうです。
喋らなくて、ちょっとこう、怖いっていうか、ユニークだけど、なんかよくわかんないみたいなのって、[[ここはQのためTipsなし]]
草野さんは、喋らず、少し怖くて、よくわからないキャラクターは、Duolingoのデュオのようにミームになりやすいと話します。
しかもその喋らないっていうことは、ユーザーが代わりに喋ってくれる(ということで)、そこでコンテンツが作りやすくなるっていう意味合いでもあると思うんですよ。
プロモーションでも、マクドナルドは工夫を凝らしました。グリマスがマクドナルドを乗っ取るという設定で、マクドナルドのTwitterのプロフィール写真をグリマスに変えたのです。Twitterの企業向け認証では、関連する従業員のアカウントにも企業のロゴが表示されるため、従業員がツイートするたびにグリマスが表示されて広がっていきました。
TikTokでは、グリマスシェイクを飲んだ人がさまざまな形で死んでしまう、という動画のトレンドが生まれました。宮武さんは、マクドナルドがこれを推奨することは絶対にないとしつつ、もしかすると種をまいたのはマクドナルドかもしれない、とも話します。
共通の始まり
誰の動画もシェイクを飲む場面から始まるので、一瞬で何の動画かわかる
それぞれのオチ
結末は各ユーザーのクリエイティビティに任される
最後まで見たくなる
オチを見たくて視聴が続き、関連動画も増える
ある投稿者は、グリマスシェイクを飲んで一人だけ生き残った人へのインタビューという設定で、「グリマスシェイク・ドキュメンタリー」の予告編まで作ったそうです。関連ハッシュタグのTikTok動画は29億回再生を達成しました。
マクドナルドはグリマスの誕生日に合わせてゲームも出し、モバイルやデスクトップだけでなくゲームボーイカラー用まで作りました。アメリカの店舗の売上も10%上がったといいます。
マクドナルドは「コンポージングカルチャー」の勝者なのか
宮武さんは、この回の半分以上がマクドナルドの話になった理由として、Off Topicが2021年末のトレンドとして話した「Composing Culture」をもっともうまく実践しているブランドがマクドナルドだから、と説明します。
いい商品を作り、その周りに自分たちのナラティブを作って宣伝する。ただし、それを1つのカルチャーにするのは難しい
自分たちでもナラティブを作りながら、周りのカルチャーにも相乗りする。複数のパターンで勝ちにいく
マクドナルドの場合は、ファンあるあるという自社のカルチャーを活用しつつ、有名人、有名な注文、IP、アニメといった今のトレンドに乗り、ファンにクリエイティビティを委ねました。ワイデン・アンド・ケネディは、一部のキャンペーンで「ユーザーがファンアートを作るか」をKPIの1つに置いていたそうです。
草野さんは、マクドナルドやNotionの事例から、ユーザーがコンテンツを作りやすいか、それを受け入れる土壌があるか、センスのある面白いものを作れるファンがいるかが重要だと話します。
宮武さんによれば、こうした会社はインターネットを、オマージュやミーム化やリミックスをしてくれる人たちがいる場所だと理解しています。そうした人に向けて面白いコンテンツを出すと、拡散されやすくなるという考え方です。
その作っていく企業も面白いセンスがないといけないし、そのセンスをあなたは返してくれますよねっていう、ユーザーに挑戦させられるというか、そういう関係性はすごいいいなと思います。
宮武さんは、冒頭で草野さんが話した「マクドナルドが感じているプレッシャー」にも話を戻します。10〜20年前のネガティブな出来事が重なって自信を失ったからこそ、「自信を取り戻したい」という依頼につながり、ここ4年で大きく変わったのではないか、という見立てです。
ロナルド・マクドナルドはグリマスのように戻ってくるか
草野さんは、ロナルド・マクドナルドもグリマスのように推される日が来るかと尋ねます。宮武さんの答えは、ミーム化しやすいかどうか次第だというものでした。
ロナルドはヒーロー役なのでミーム化しづらい、と宮武さんは話します。草野さんは、ヒーローなのに共感しにくく、少し怖いところがユニークで、それが面白さになるかもしれないと返しました。
宮武さんが映画『IT』風にする案を出すと、草野さんは赤い風船を持って下水道から出てくるかもしれないと乗っかります。ただ宮武さんは、ロナルドを悪として描くのはマクドナルドには難しく、グリマスだからこそできることだと話しました。ロナルドを戻すか、戻さないと判断するかも含めて、気になるところです。
締めくくりとして宮武さんは、ファストフードは需要に合わせてスケールする中で大きくなってきたが、昔は文化的に重要な場所でもあり、今マクドナルドをはじめとしてそのカルチャーを取り戻そうとする動きが出ている、とまとめます。次回は、ファストフード店という「場所」の重要性を掘り下げる予定だそうです。
最後は思い出のマクドナルドの話です。宮武さんは学生時代、父親がニューヨークに住んでいた頃に遊びに行き、一人の時間にアンガスバーガーと、とても甘いアイスティーのスイートティーをよく頼んでいたといいます。
草野さんは、子どもの頃はあまり行けなかったからこそ、たまの朝マックが楽しみだったと話します。最近はご飯で具を挟むバーガーが好きだそうです。宮武さんの定番はビッグマックとポテトで、ナゲットのソースはハニーマスタード派。リック・アンド・モーティで取り上げられたシェズワンソースは一度食べてみたいと話していました。
まとめ
ファストフードは、経済や雇用だけでなく、若者のサブカルチャーを生む場所としても大きな役割を果たしてきました。健康批判とフーディー文化で一度は「イケてない」存在になったマクドナルドは、業績を伸ばしながら、コラボとファンの創作を軸に文化的な存在感を取り戻しつつあります。
- ファストフードはアメリカで毎日約8400万人が利用し、かつては若者の反抗心やサブカルチャーの受け皿にもなっていた
- 『スーパーサイズ・ミー』とSNS時代のフーディー文化で、マクドナルドは「ダサい」存在と見られたが、売上と株価は伸び続けた
- 2014年のモスキーノの非公式コラボを起点に、マクドナルドはファンあるあるやセレブ、アニメなどのカルチャーへ相乗りする戦略へ転じた
- トラヴィス・スコットのセットやグリマスシェイクは、ユーザーが自らコンテンツを作る余白を残したことで大きく広がった
- インターネットを配信経路ではなくエコシステムと捉えることが、マクドナルドの文化的な復権を支えている



