1997年創業、Googleと同い年のインターネット企業
「OUT OF OFFICE」は、普段はリモートで収録しているOff Topicが、さまざまな会社のオフィスに出向いてインタビューする企画です。今回の訪問先はクックパッドで、代表取締役の佐野陽光さんがゲストとして登場しました。
佐野さんがクックパッドを始めたのは1997年です。佐野さん自身は「多分Googleと同い年ぐらい」と振り返り、日本でインターネットが商業化された94年から間もない時期だったと説明しています。
まずその長く続く企業って全体的にいない中で、特にインターネット企業の中でも多分そこまで多くはないと思うので、そこでずっとやり続けていた。
長く続いてきたことを宮武さんが評価すると、佐野さんは「どうにかサバイブしてます」と短く応じました。
佐野さんは、2012年ごろに一度クックパッドの代表を降り、2023年10月に代表へ戻りました。収録時点では、復帰から1年半ほどしか経っていない時期です。
なぜ社長に戻ってきたのか
まずなぜ戻ってきたのかっていうところと、あとまあ(社長に)戻ってきて1年半経ってどうですかっていう。
佐野さんが代表に戻った理由は、とてもシンプルです。佐野さんは「料理が当たり前の未来」をつくりたいと考えていますが、その課題がまだ「未解決」だからだといいます。
佐野さんの見立てでは、このまま進めば、料理をしない未来が普通になっていきます。一方でクックパッドには、スタッフやユーザー、取引先など、料理の力を信じる人たちが集まっています。だからこそ、料理が当たり前の未来をつくる場所として、クックパッドはすごくいい場所だと佐野さんは考えています。
その料理がなくなるって、それっていわゆる自動化とかそういうものを通してなくなるっていう話なのか。
宮武さんの質問に、佐野さんは「自動化とかも全部含めて」と答えます。栄養を取るだけならHuel ── イギリス発の完全栄養食ブランド。粉末やドリンクなどで、必要な栄養素を手軽に摂れることを売りにしていますのようなものでもいい、という世界があります。冷凍食品やコンビニなど、出来上がったものも山のようにあり、料理をしなくても生きていける世の中になってきました。
佐野さんは、料理に限らず、あらゆるものが便利になるほど「人間は消費するだけになってくる」と話します。そのうえで、それが本当に人間の幸せなのかという疑問が根本にあるといいます。
佐野さんは、多くの人が消費するだけでなく、いろんなものを作る世界にしたいと考えています。料理は自分の健康をコントロールでき、おいしいものがあれば人が集まり、人を感動させたり、人に何かをしたりする「ギビング」の面もあります。
さらに佐野さんは、料理には毎日お腹が空くという大きな需要があると指摘します。80億人が高い頻度で作り、周りの人に振る舞える活動として、料理は相対的にますます重要になる、というのが佐野さんのイメージです。ただし放っておくと、料理は当たり前のように一度なくなってしまうかもしれない、とも話しています。
便利でパッシブになる時代に、なぜ「作る」が大事なのか
確かになんかどんどんその、例えばエンタメとかコンテンツもそうですけど、やっぱりその消費がどんどんパッシブになる方向性にどんどん向かっているのかなと思う。
場合によってはもう選ばなくても勝手に届いてくれる未来みたいなものがどんどん構えている中で、なんかそれと逆行する力もすごい重要になってくるっていうところですよね。
宮武さんの問いかけに、佐野さんは、人類がAIなどによって「分岐点」にいると答えます。一つは、技術によって人間が本当に何もやらなくなる未来です。もう一つは、機械が人間をサポートし、一人ひとりがやりたいことを実現できる未来です。
佐野さんがワクワクするのは後者の、人間中心の未来です。受け身で受け取るだけでなく、多くの人が発信したり作ったりしている未来のほうが楽しい、と佐野さんは話します。そして料理を徹底的に広げることがクックパッドのミッションであり、それがまだ達成できていないといいます。
技術によって便利になり、人間は消費するだけになっていく
機械が人間をサポートし、多くの人が作ったり発信したりする
何をもって「達成できていない」と言うのかを問われると、佐野さんは「負けてるじゃん」と即答しました。日常生活を見ても、自分たちの世代を見ても、世界を見ても、人々は以前より料理をしなくなっている、というのが佐野さんの認識です。
ただし佐野さんは、料理をしたいという気持ちはまだ多くの人にあるとも見ています。たとえばアメリカでは、家を建てるときにキッチンを立派に、家の中心に作ることが多いといいます。自分で作って振る舞い、みんなで囲んで食べることへの憧れは、今も残っているという見方です。
アメリカで最近読んだ記事ですごい面白かったのが、家を建てる時にダイニングルームをなくしてる家庭がどんどん増えてるみたいなことを言っていて。
やっぱり料理をした後にみんなで一緒に振る舞って食べるっていう、そこの集まるいい言い訳でもあったりするので、(そういう)需要はどんどん逆に高まってると思うんですよね。
佐野さんも宮武さんの話に同意し、人と集まる口実として、料理や食べ物は絶対にいいと話します。特別な日だけではなく、日常の中で気軽にそうした場を作れる世界のほうが「住みたい世界」だと佐野さんは語りました。
クックパッド・マート・モーメント、3事業に絞った理由
料理が当たり前の未来をつくるために、クックパッドは今、事業を3つに絞っています。佐野さんによると、その3つはレシピサービスの「クックパッド」、「マート」、「モーメント」です。
佐野さんは、料理が当たり前になるには2つの大きなブロッカーがあると説明します。1つ目は、新鮮な食材が手に入りにくいことです。今は新鮮な野菜を買うより、出来合いのものを買うほうがよほど簡単になっています。
佐野さんは、新鮮な食材を出来合いのものと同じくらい簡単に手に入れられるようにしないと、料理をするアドバンテージがないと考えています。
2つ目のブロッカーは、料理のスキルです。佐野さんは、料理のたびにいちいちレシピを見なければならない状態はおかしいと言います。レシピからアイデアを得て、何回か作るうちに自分のものになり、手元の食材やその日の気分に合わせて自分好みに作れることこそ、ものづくりのいいところだからです。
その微調整をできる、そのそこのある意味センスを身につけるっていうところ。
佐野さんは、食材はその日によって味が違い、自分の体調や気候も変わると続けます。プロの料理人はそれに合わせて調整できますが、それができる人は少ない、というのが佐野さんの見立てです。
この2つの課題が解ければ「料理に勝ち目はある」と佐野さんは話します。そうなれば「なんでUberEatsを頼んでたんだろう」と思える世界にもチャンスがある、という見方です。マートとモーメントは、まさにこの2つの課題を解くために立ち上げている事業です。
課題1: 食材
新鮮な食材が、出来合いのものより手に入りにくい
課題2: スキル
レシピを見ずに、自分好みに調整して作れる人が少ない
2つが解ければ
料理に勝ち目が生まれ、料理が当たり前になる可能性がある
では、最終的にクックパッド本体はどうなるのでしょうか。佐野さんは、クックパッドを感動を共有し、広げるプラットフォームだと位置づけています。「これすごくうまかった」というアイデアをみんなで共有し、広げていく「アンプリファイアー」としての役割です。
クックパッドが広告をやめた理由は?
あえて多分あの、コンテンツがまあ元々軸にあった会社としては、その割とわかりやすい展開の方法って、EC化みたいなパターンだったと思うんですけど、そこをあえて取らなかった理由とかってあるんですか?
佐野さんは、ECを選ばなかった理由を「優先順位」だと答えます。そのうえで、クックパッドは広告もやめたと明かしました。
佐野さんは、将来のクックパッドでは、レシピやアイデアだけでなく、料理を楽しくするモノやサービスが流通することが自然だと考えています。その未来を考えたときに、広告モデルが合わないと判断したといいます。
佐野さんの考える広告とは、大雑把に言えば、規模が大きいか利益率が高い商品やサービスが、広告費を払って一気に市場規模を広げる仕組みです。佐野さんは、そういう未来にはあまり面白みを感じないと話します。
佐野さんが目指すのは、本当に料理を楽しくする商品やサービス、人が、それを求める人たちに届く規模まで成長できる形です。その方向と、既存の広告モデルは「すごいコンフリクトする」と佐野さんは説明しています。
規模が大きいか利益率が高い商品が、広告費で一気にシェアを広げる
料理を楽しくする商品・サービス・人が、求める人たちに届く規模まで育つ
両方を同時にやるほど器用ではないと考えた佐野さんは、今のクライアントにも謝ったうえで、広告をいったんリセットしたといいます。白紙の状態から、料理を楽しくするものがちゃんと流通するプラットフォームにしたい、というのが佐野さんの狙いです。
月間1億3000万人、実は日本より海外が多いクックパッド
外から見て過小評価されているポイントを聞かれると、佐野さんは評価についてはあまり考えたことがないと前置きしました。そのうえで、あまり認識されていない事実として、利用者の規模と内訳を挙げています。
佐野さんによると、クックパッドの月間利用者数は約1億3000万人で、日本の人口を超えています。そのうち日本は約5000万人で、約8000万人は日本の外の利用者です。
さらに佐野さんは、海外利用者の中でも英語圏はまだ弱いと話します。利用者の多くは、インドネシアやスペイン語圏、アラビア語圏など、現地のコミュニティが活発な地域にいるそうです。
佐野さんは今後、こうした国ごとのコミュニティがもっと交われるようにしたいと考えています。たとえばボロネーゼなら、ボローニャの人たちが家庭で作っているボロネーゼがたくさんあり、それぞれが刺激し合えるのは「めちゃくちゃ面白い」といいます。
しかもそれが家庭料理っていうのが多分もっといいですよね。なんかレストランとかだと、なんかそのちょっとオフィシャル感がある中で、その家庭感が出るっていうのが多分あえていいと思うので。
もう一つ、佐野さんは率直な反省も口にしました。過去10年ほど、クックパッドは技術にあまり投資してこなかったといいます。料理と技術の交わりこそがクックパッドの独自性だと考えているのに、技術の面では面白いことができていなかった、という認識です。
佐野さんは、料理と技術の交わりが一番ワクワクし、変化の量も大きいと話します。そのため、今はもう一度そこに大きく舵を切っているといいます。
ハードウェアに挑む理由とテスラから学ぶこと
クックパッドはソフトウェアだけでなく、ハードウェアも作っています。モーメントでは、料理を撮影するカメラのようなトラッカーを、他社へのOEMではなく自社で開発しています。
自社で作る理由について、佐野さんは問題解決とソフトウェアとの統合が中心だからだと説明します。また、ウェブやインターネットの出身として、短い周期で改善を繰り返したいという考えもあります。ハードウェアは開発サイクルが長く、外部に頼むと時間がかかりすぎるため、少なくとも今は自分たちで作っているそうです。
なんかそこでハードウェアにもういかないといけないって思ったのか、なんかそこはなぜここにたどり着いたんですか?
佐野さんは、技術の面白さは変化量の大きさに加え、未来がある程度予測できることにあると答えます。今の大きな変化はAIと、まだ変化の続くインターネットです。時計、テレビ、AR・VR、車などがつながってきたように、すべてのものがつながる流れは止められないと佐野さんは見ています。
ものがインターネットにつながると、今まで解決できなかった問題が解決できるようになります。ところがキッチンはまだつながっていません。だからこそ「キッチンをつなげよう」というのが、佐野さんがハードウェアに取り組む理由です。
あらゆるものがつながる
時計やテレビ、車などがインターネットにつながり始めている
つながると問題が解ける
これまで解決できなかった課題が解決できるようになる
キッチンは未接続
だからこそ大きな変化を起こせるチャンスがある
参考にしている企業を聞かれると、佐野さんは「ハードウェアは正直難しい」と言いながら、テスラを挙げました。この時代に自動車会社をつくり、徹底的にファーストプリンシプル ── 物事を前提や慣習から考えるのではなく、根本的な原理にまで分解して考え直す思考法。イーロン・マスクがよく口にすることで知られていますで考える姿勢が気になるといいます。
製造をもうゼロから全部考え直すっていう。しかもそれを一回やってから何回も連続でやるじゃないですか。
佐野さんは、テスラのギガファクトリー ── テスラが運営する大規模工場の呼び名。電池や車両を大量生産する拠点ですについて、工場を基板のように多層で考え、縦方向も使って効率化しようとする発想を「狂ってる」と評しました。佐野さんは、もちろん失敗もたくさんしているとも付け加えています。
佐野さんがテスラで特に面白いと感じるのは、継続的な改善です。今日出てくるテスラと明日出てくるテスラが違うほど、ずっと改善を繰り返していく姿勢は、インターネットに近いといいます。
佐野さんは、同じリソースを使うなら、綿密に計画するより早く改善を繰り返すほうがよい結果を得られる、という考えに違和感がないと話します。特に不確実性の高い領域では、絶対にそちらが勝つと見ています。普通はソフトウェアでやることを、ハードウェアでやってしまっているのがすごい、という評価です。
さらに佐野さんは、3Dプリンティングなどで小ロット生産が可能になれば、製造が集約から分散へ向かい、自ら製造する人が増える未来もあり得ると話します。ただし、そちらには時間がかかるだろうとも述べています。
なんかソフトウェアのエキスパートがいて、ハードウェアのエキスパートがいたりするんですけど、なんかガッチャンコすると結構なんかめちゃくちゃなプロダクトになっちゃったりとか、そういうケースもあったりするので。
ソフトウェアとハードウェアを統合できる人材について、佐野さんは「ここは解けてない」と率直に認めました。電気系エンジニアが中心となって橋渡しする会社もあれば、JavaScriptに強いソフトウェアエンジニアがデバイス側まで踏み込む会社もあるといいます。
誰が中心になるべきかの答えはまだ出ていないものの、両方を橋渡ししてリードできる人が重要になる、というのが佐野さんの考えです。そうした人を探しているものの、今は「いないから俺がやってる」と佐野さんは笑いました。
AIはどこへ向かうのか、そして料理はどう変わるのか
特にそのLLMですと、場合によっては勝手にスクレイピングされて情報収集されてるわけじゃないですか。そこに関してはもうなんかそれはもう今後仕方ない未来っていう風に考えてるのか。
コンテンツを提供する会社としてAIをどう見ているのかと問われ、佐野さんは「正直言うと全然わかんない」と答えました。人間より賢いものを誰も体験したことがなく、しかもAIは自己改善していくので、人間は追いつけなくなる。その未来が何を意味するのか全くわからない、と佐野さんは話します。
一方で、料理という文脈では、佐野さんはモヤモヤを残しつつも明るい未来の可能性を語りました。佐野さんによると、今の世界は技術的な制約の上に成り立っています。製造を効率化するために、効率化しやすい6〜7割の部分を捉えて大量生産しているのです。
佐野さんは、ニンジン1つを取っても、本当は品種も多様で、1本1本も全然違うと指摘します。それでも同じ「ニンジン」として扱うことで、今の仕組みは成り立っています。AIによって抽象化しなくても、もの本来の状態のままシステム化できるようになれば、世の中の解像度が圧倒的に高まる可能性がある、と佐野さんは話します。
技術的な制約から、違う食材も同じ「ニンジン」として平均化して扱う
一つひとつの状態のまま扱え、多様性と解像度が高い流通が生まれる可能性がある
シェフとか、その料理をしてる人からすると、なんかこの食材の中でもこっちを今回は選んだ方がいいとか、こっちを選んだ方がなんか甘みがもうちょっと他よりあるから、そこの微調整ができるとか。
佐野さんも、自分が求める状態の野菜や魚を、より高い解像度で伝えられるような流通が生まれるかもしれないと応じます。そうなれば、これまで雑魚として扱われていたものや、平均化されていたものにも価値が出てくると佐野さんは見ています。
佐野さんは、AIが人間を補うことで、もっとおいしいものを食べたいという欲求がより具体的な形になり、人間の創造性が刺激される世界もあり得ると話しました。
モーメントは最初から5カ国で、グローバル展開をどう考えるか
話題はグローバル展開に移ります。佐野さんによると、モーメントの開発チームはイギリスにあり、最初から5カ国で立ち上げているそうです。佐野さん自身も現在はイギリスに住んでいます。
背景には、クックパッドへの反省があります。佐野さんは、クックパッドが日本に長くいすぎて、国内中心の会社になってしまったと振り返ります。料理をしなくなるという課題は全世界で起きているのだから、日本だけに限るのはもったいないと考えています。
佐野さんは「アメリカの会社ばっかりとか、なんか悔しいじゃない」とも話します。日本発で世界のスタンダードになったものは少ないと感じており、だからこそ最初から世界を目指したいといいます。
マートについても、佐野さんは「スケールアウト型」のモデルを目指しています。物流にも挑戦しながら、とても小さな単位で採算が合うモデルを考えているそうです。それが実現できれば、小さな形でいろいろな場所に展開できると佐野さんは見ています。
基本的にはやっぱりその考え方としては、その大きくなるとエコノミクスが成り立つようなモデルを皆さん想像してるんですけど、そうじゃないモデルをあえて取ろうとしてるっていうところですね。
日本の料理が世界で戦える理由は「裾野の広さ」
日本だからこそのユニークさって何かあるんですか?それともそこは特になくて、単純にもうグローバルでみんなと普通に戦うっていう話だけなのか。
佐野さんは、日本の強みとして料理が圧倒的にあると答えます。料理の解像度が圧倒的に高い、というのが佐野さんの評価です。
佐野さんは、ラテン系とアングロサクソン系では料理の考え方が大きく違うと話します。スペインやイタリアなどのラテン系には、日本に通じる「素材を生かす」考え方があり、日本人がイタリア料理を好きなのもそのためではないかといいます。そしてその考え方が特に研ぎ澄まされているのが日本だと佐野さんは見ています。
佐野さんは、東京のミシュランの星付きレストランの多さにも触れます。実際に料理人と話しても、知識や経験、考え方、実行力が「ピカイチ」だと感じるそうです。
その強さはどこから来るのか。佐野さんは、大雑把に言えば家庭料理の「裾野の広さ」だと答えます。サッカーや野球、音楽と同じように、参加する人の裾野が文化のレベルを決めるという考え方です。島国で資源が限られていることなど、ほかの要因もあると補足しつつ、料理をする人の層の厚さは確実に要因の一つだと話しました。
佐野さんは、日本の料理は日本人が自信を持っていいユニークな価値だと話します。
確かにあの、僕もアメリカに住む歴がまあまあ長かったんですけど、本当にまずい料理があちこちにあるので。
宮武さんの話に、佐野さんは、アメリカの料理はとりあえずソースなどを「足していく感じ」だと応じました。それでも文化のレベルが上がれば、複雑な味や素材が気になる人が増えていくはずだと話し、そういう未来をつくりたいといいます。
佐野さんはワインを例に挙げます。赤と白、ついでにロゼの3種類から選ぶ世界より、いろいろなワインを楽しめる世界のほうが絶対に楽しい、というのが佐野さんの考えです。
あと、それ(味や香り)を言語化することによって、そこにストーリーが乗っかってきたりもするじゃないですか。ワインとかもまさにそうだと思います。
佐野さんは、料理のいいところは食べ物が「ルーツ」につながることだと続けます。食材の解像度が上がると、それがどこでどう育ち、どう自分に届いたのか、土地や気候にまで意識が向きます。
佐野さんによると、そうした意識は精神的な安定にもつながり、大きなものとつながっている感覚も得られます。より多くのものが見えるようになると、その影響を踏まえて消費行動などの判断をするようになり、それが80億人分積み上がる、と佐野さんは語りました。
佐野さんのロールモデルと、いま読んでいる本
ロールモデルやメンターを聞かれると、佐野さんは特定の一人ではなく、伝記で読んだ人や実際に会った人の行動や考え方から影響を受けていると答えました。
一方で、佐野さんは前日にふと反省したことも明かしました。創業当初は、気になる人がいればとにかく会いに行っていたのに、今は本を読んだりポッドキャストを聞いたりで済ませてしまい、会いに行くことが圧倒的に減っているといいます。Zoomも悪くないが、本当に会いに行くことはもっとやるべきだと話しています。
最近面白いと感じたコンテンツについて、佐野さんは「情報の渦に埋もれちゃってる」と答えました。アメリカ大統領選は民主主義が機能しているのが面白く、登場人物の本まで読んでしまうといいます。AIのニュースも毎日あちこちで起きるため、じっくり読む時間が取りにくいそうです。
そうした中で、佐野さんは睡眠をテーマにした『Why We Sleep』を読み始めたものの、読むと寝てしまうので「俺には必要ないのかな」と冗談を交えて話しました。積読には、マイケル・ポーラン ── アメリカのジャーナリスト・作家。食や農業、料理をテーマにした著作で知られ、近年は幻覚剤についての本も書いていますやウォルター・アイザックソン ── アメリカの伝記作家。スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクの伝記で知られていますの本、数千年単位で歴史を見る本もあるといいます。
佐野さんは、マイケル・ポーランの『雑食動物のジレンマ』や『COOKED』は食の生産や料理を考えるうえで「絶対読んだ方がいい」と勧めます。その後ポーランがLSDなどのテーマに進んだことに当初は違和感を持ったものの、歴史的に普通に使われていた面もあると知り、そちらもちゃんと知りたくなったそうです。
やっぱりその時事ネタと、あともう歴史でなんかずっと読み返されてるものの、どっちも読むっていうのがすごい大事なんですけど、難しいことですよね。
宮武さんは、マーク・アンドリーセン ── ウェブブラウザ「Netscape」の共同創業者で、ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツを率いる投資家ですも同じことを意識していると話していたと紹介しました。佐野さんも、そのバランスをうまく取らないと、感覚的には今は少し情報に「溺れてる感じ」がすると答えています。
料理コーチングを150分から15分へ、モーメントが求める人材
最後のテーマは採用です。佐野さんが今いちばん力を入れているのはモーメントで、変化量の大きさという意味でもとても面白いと話します。モーメントは、プロの料理人のようなスキルを身につけるための料理コーチング事業です。
佐野さんによると、モーメントでは、料理がむちゃくちゃ上手になる再現性のある方法が見つかったそうです。仕組みは「赤ペン先生」のようなもので、料理の様子をデバイスで撮影し、それに対してフィードバックを返します。
ただし現状では、1回のコーチングに約2.5時間分の人間の時間がかかっています。一流の料理人と優秀なスタッフが、撮影内容の確認、プランニング、パーソナライズしたコンテンツ作り、動画での提供、レビュー、フィードバックまでを担っています。
こうした労働集約的なことをあえてやっている理由は、AIです。現在150分かかっている工程をまず15分にし、さらに1.5分、100分の1、1000分の1にもできる可能性があると佐野さんは考えています。
この取り組みを担う「コーチAI」チームでは、応用AIエンジニアや、モデルを本番に持っていくソリューションアーキテクトを強く求めています。特に、デバイスを含めてモデルを実世界にデプロイした経験のある人が求められています。
ハードウェアについては、これから量産に入り、コストを徹底的に下げる必要があります。佐野さんは全世帯にこのデバイスをつけたいと考えており、製造や画像品質などに関わるハードウェア経験者も求めています。さらに、新しいプロダクトの価値をグローバルに伝えるマーケティングの人材を含めた3つが、採用の軸です。
佐野さんは、技術と料理で世界の未来の常識をつくりたい人、料理の力も技術の力も信じている人に、ぜひ一度クックパッドを見てほしいと呼びかけました。応募はクックパッドの採用サイトからでも、XやTwitterで佐野さんに直接DMを送る形でもかまわないそうです。
まとめ
11年ぶりに社長へ復帰した佐野陽光さんの動機は、「料理が当たり前の未来」という課題が未解決だという一点にあります。効率化とAIによって人間が消費するだけになりかねない時代に、佐野さんは、料理を誰もが日常的に「作る」活動として取り戻すため、事業の集中、広告の終了、ハードウェアとAIへの投資、最初からのグローバル展開を進めています。
- 佐野さんが社長に復帰した理由は、料理をしない未来が普通になりつつある中で、料理が当たり前の未来がまだ実現していないから
- 食材の入手しやすさと料理スキルという2つの課題を解くため、クックパッドはマートとモーメントを立ち上げ、事業を3つに絞った
- 料理を楽しくするものが流通するプラットフォームを目指し、既存の広告モデルとは両立しないと判断して広告をやめた
- 佐野さんは、AIによって食材を平均化せずに扱えるようになれば、食の解像度と多様性が高い世界が来る可能性があると見ている
- 日本の料理の強さは家庭料理の裾野の広さにあり、モーメントは最初から5カ国でグローバル展開を進めている






