「過去3ヶ月で考えが変わったことは?」から始まった問い
「Off Topic」の今回のテーマは「イノベーションは減速しているのか、加速しているのか」です。宮武さんがこのテーマを選んだきっかけは、前回話した「シンキングラダー」の流れで出会った1つの質問でした。
その質問は「過去3ヶ月間で、自分の考えが変わったものは何か」というものです。意見Aを持っていたのが、この3ヶ月で意見Bや意見Cになったものは何か、と自分に問う考え方です。
そういう考え方って意外と重要かなと思ってまして。いろんなエビデンスが出る中で、違う意見にちゃんと乗り換えられる。
宮武さんがこの質問を自分に投げかけたときに出てきたのが、イノベーションの加速・減速の問題でした。VC業界にいてテクノロジーを信じる立場から、もともとは「完全に加速」と考えていたといいます。
(テクノロジーが)世の中をもっといいところにしてると思っているので、加速してるんじゃないかと考えていたんですけど、ここに対してもいろんな課題はありますよねっていうのは、ここ1、2ヶ月ですごい気づかされて。
同じ質問に、草野さんは「加速しているかなと思うかもしれない」と答えます。ただ、草野さんは右肩上がりにはなっていても、倍々で伸びるほど加速しているかは難しいと迷いも見せています。
宮武さんは今回の話を2回に分けると説明します。前半はイノベーションが生むベネフィットと、減速を主張する人たちが使う指標、そしてその指標の課題を洗い出します。後半は、イノベーションを減速させている他の要素と、それが社会にとってなぜ重要かを扱う予定です。
ソフトウェアは世界をどこまで変えたのか
宮武さんはまず、テクノロジーが右肩上がりで世界を変えてきた例を挙げます。わかりやすい例がTwitterで、リアルタイムに世界中の人とコミュニケーションできるツールは、電話やラジオ、テレビが主流だった時代には「ありえない」技術だったはずだと話します。
確かに。普通に全然知らないテキサスの誰かにリプライすることまでできますもんね。
ソフトウェアの影響はコミュニケーションにとどまりません。宮武さんは交通の例として、UberやLyftによる車の台数の変化、渋滞データをユーザー同士で共有して混雑を避けるWaze ── ユーザーから集めた交通情報をもとに、渋滞や事故を避けるルートを案内するナビアプリ。現在はGoogle傘下ですのようなアプリを挙げます。さらに、Zoomのように移動そのものを不要にするサービスも出てきたと続けます。
研究の担い手も増えています。宮武さんによると、科学者や研究者、クリエイティブ職の人数は過去30〜40年ずっと増え続けており、アメリカでは1970年から2010年の40年間で次のような変化があったといいます。
もう1つの例が農業です。農業は100年以上同じ指標を使っているため、長期の変化を追いやすい分野だと宮武さんは説明します。アメリカのトウモロコシの生産量は、1880年代から2017年あたりまでで約8倍に伸び、特に1905年から急激に上がり始めたそうです。
1905年ごろ以降、トウモロコシの栽培に使う土地の広さはほぼ横ばいで、労働者はむしろ減っています。そのため、宮武さんは何らかのテクノロジーが生産量を押し上げたと考えられると話します。
こうした例から、宮武さんは1980年や1990年、2000年と比べて、2022年の世界のほうが圧倒的に全体的に良くなっているという結論を示します。ヘルスケアや交通など、さまざまな領域が発展しており、完璧ではないにせよ成長はしているという見方です。
21世紀に、電話やトイレほどの発明はあったのか?
世界がこれだけ良くなっているのに、なぜ専門家の中には「イノベーションは減速している」と言う人がいるのか。宮武さんによれば、この問いをめぐって多くの記事が出ています。
減速論の1つ目の論点は、車、電話、ラジオ、ワクチン、トイレ、インターネットほどの発明が21世紀にあったのか、という議論です。宮武さんは、これらはすべて1800年代から1900年代に生まれたものだと指摘します。
確かにそういう意味で、その生活を変えたものって、そんなに変わってないですね。
スマホはどうかという点について、宮武さんはスマホは電話とインターネットを組み合わせたもので、ベースにはパソコンの技術があると説明します。数えるかどうかは人によるとしつつ、宮武さん自身はスマホが生活を劇的に変えたと考えています。
草野さんは、SFアニメやドラえもん、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を例に、思い描いた未来と現実の差を挙げます。自動で靴紐を結ぶ靴は実際に出たものの、一般には普及しなかったという話です。
今ここなんだから絶対宇宙行けるっしょみたいな。そんなになってないみたいな。あんまり変わらなかったねみたいな。
宮武さんはこの草野さんの指摘を「めちゃくちゃ正しい」と受け止め、SF映画と現実の差は確かに大きいと話しています。
減速論者が見る「生産性」の数字
世の中がデジタル化しているのに、それが社会全体にどこまで影響しているのか。宮武さんによると、減速を主張する人たちが見ているのは、国や世界の生産性です。宮武さんは同時に、生産性という指標にはテクノロジーと相性が悪い部分があり、その点は後で話すと前置きしています。
ニューヨークタイムズの記事が取り上げている生産性は、1労働時間あたりに作れるモノやサービスの価値です。アメリカの生産性の成長率は、時期によって次のように変わってきたと宮武さんは紹介します。
| 時期 | 成長率 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 1948〜1972年 | 約3.8% | アメリカが最も成長した時期 |
| 1996〜2004年 | 約3% | ITの普及期 |
| 2010年ごろ以降 | 約1% | 昨年もほぼ同水準 |
宮武さんは、成長率が落ちているのにテクノロジーは発展し続けている点が、減速論の根拠の1つになっていると説明します。
収入や労働時間にも同じ傾向が見られます。アメリカの平均収入はインフレを考慮しても、1933〜1973年の40年間で約350%伸びましたが、1973〜2013年の40年間では22%しか伸びていません。また、1850年から1970年までは労働時間が下がっていたのに、その後は同じペースで下がっていないといいます。
コンピューター以外の分野でも、宮武さんは1970〜80年代が転換点だったと話します。ガソリンや石油の値段は上がり続け、バイオテクノロジー企業にFDA ── アメリカ食品医薬品局。医薬品や食品、医療機器などの安全性と有効性を審査し、承認する政府機関ですが承認する数は20年前の3分の1ほどになっているそうです。交通手段も、平均すると速くなるどころか遅くなっていると宮武さんは指摘します。
1970年代には「がんの治療法が見つかる」と言われていましたが、50年たった今も見つかっていません。そして宮武さんが特に衝撃を受けたのが、月面着陸の話です。
最後に人間が月に行ったのって1972年なんですよ。50年前なんですよ、本当に。
1972年の月面着陸はアポロ計画 ── 1960〜70年代にNASAが進めた有人月面探査計画。1969年のアポロ11号で初めて人類が月面に降り立ち、17号が最後の有人月面着陸となりましたの17号で、それ以降、人間は月に行っていません。宮武さんは、スペースシャトルなどの技術も50年ほど前の技術をベースにしており、車のエンジンもいまだ19世紀に生まれた内燃機関がベースで、テスラがようやくそこを変えつつあると話します。
IT業界でも、宮武さんは減速の兆しを挙げます。1990年代にはIT企業への就職者がほぼ2倍に増えましたが、2003年以降の伸びは38%にとどまっています。また昨年の調査では、アメリカの68%の人が「自分の子どもは自分より貧しい人生を送る」と考えているそうです。
研究者の数は確かに増えています。大学を出た科学者やエンジニアは2000年の約210万人から2008年には約370万人に、研究者も400万人弱から570万人に増えました。それでも宮武さんは、同じ生産性の伸びを生むのに20倍ほどの研究者が必要になっているという調査を紹介しています。
本来はテクノロジーが、必要な研究者の数を減らすはずです。宮武さんは、その効率化が実現していないため、同じペースで人を増やし続けることはできず、減速しているという見方が生まれると説明します。
上がって平坦になって上がって平坦になってみたいな。そういうイメージなのかなって、ちょっと聞いてて思いました。
宮武さんもこの草野さんのイメージに同意し、自分が示したデータがたまたま平坦な時期だった可能性もあると認めています。
イノベーションの担い手は軍から大企業、そしてスタートアップへ
同じ成長率を保つには効率を上げる必要があるのに、なぜそれができていないのか。宮武さんが1つ目の理由として挙げるのは、イノベーションを「誰が作るのか」が変わったことです。
1940年代のアメリカでイノベーションを生んだのは、アメリカ軍でした。虫除けのスプレー缶、ガムテープ、電子レンジ、GPS、インターネットなどがその例で、第二次世界大戦という状況がイノベーションを必要としていたと宮武さんは話します。
電子レンジってほんとハイテクですね、本当に。
戦後、イノベーションの担い手は徐々に大企業へ移ります。1940年代から1970〜80年代にかけて、アメリカの大企業は研究開発に大きく投資していました。化学品メーカーのデュポンの研究開発部門だけで、1960年代の10年ほどで出した論文数が、MITとカリフォルニア工科大学の合計を超えたといいます。
AT&Tにはベル研究所 ── AT&Tが持っていた研究機関。トランジスタのほか、情報理論やUNIXなど多くの基礎技術を生んだことで知られますがあり、半導体のトランジスタを発明しました。宮武さんによると、ベル研究所の元社員にはノーベル賞受賞者が14人ほどいるそうです。
ところが1970〜80年代になると、上場企業は株主からの強い圧力を受け、競争も激しくなり、一部の投資の失敗もあって研究開発への投資を減らしていきます。AT&Tはベル研究所を別会社の配下に置き、IBMは1990年代に研究を事業に活かしやすい形へ切り替え、デュポンは2016年に研究開発部門を閉じました。
レーザープリンターやイーサネットを生み、スティーブ・ジョブズがマウスやアイコンのアイデアを得たXerox PARC ── 米ゼロックスが1970年に設立した研究所。グラフィカルな画面操作など、現在のパソコンの基礎となる技術を多く生みましたも、2002年ごろにXeroxから切り離されて別会社になっています。
宮武さんは、研究開発(R&D)の中身の変化にも注目します。新しいものを研究する「R」の予算の割合は減り、それを事業に使う形に開発する「D」や特許申請が増えているといいます。
その結果、イノベーションの担い手は大きく移りました。宮武さんは、アメリカのイノベーション関連の賞のうち、フォーチュン500の大企業が獲得した割合は1971年には41%でしたが、2006年には6%まで下がったと紹介します。
アメリカ軍(1940年代)
第二次世界大戦を背景に、電子レンジやGPS、インターネットなどを生む
大企業(1940〜80年代)
デュポンやAT&Tのベル研究所が基礎研究に大きく投資
研究縮小(1970〜80年代以降)
株主の圧力や競争激化で、大企業が研究への投資を減らす
大学・スタートアップ
大企業が担っていた役割を、VC業界が一部補う
宮武さんは、大企業が巨額の予算で担ってきた研究を今はVC業界が一部補っていることが、減速の理由の一部かもしれないと話しています。
テクノロジーのデフレ効果は生産性を押し下げる?
減速論が生産性を根拠にしている以上、問われるのは「生産性を見るのが本当に正しいのか」という点です。宮武さんは、テクノロジーには「デフレ効果がある」「時間がかかる」という2つの面白い性質があると説明します。
1つ目のデフレ効果について、宮武さんは昔と今のパソコンやテレビを比べれば、コストは圧倒的に下がっていると例を挙げます。テクノロジーが発展するほど、モノを低い価格で売れるようになるということです。
場合によってはその値段がめちゃくちゃ下がると業界の売上も上がんなくなるので、そうすると全体的にいい方向性に行くものの、生産性にはつながらない。
宮武さんによると、場合によってはGDPが落ちることもあり、わかりやすい例がインターネットに打撃を受けた新聞業界です。テクノロジーが値段を下げる以上の規模の市場を狙っているのか、別の形で影響しているのか、新しい業界を作っているのかを見極めるのが難しいと宮武さんは話します。
テクノロジーは自動化によって生産性の低い仕事を置き換えることもあり、仕事が奪われると嫌がる人もいます。宮武さんはその恐怖は理解できるとしたうえで、過去の事例では完全に置き換えられたわけではなく、人の役割が変わってきたと説明します。
宮武さんが例に挙げるのはATMです。ATMが導入されたとき、人々は銀行の窓口の仕事がなくなると心配しました。
窓口でお金を渡す業務を人が担っていた
お金の受け渡しは自動化され、窓口はローンの組み方など銀行の生産性を高める仕事に集中
宮武さんは、アメリカには、そして日本にも多少は、生産性の低い仕事が多すぎるという課題があると指摘します。そうした仕事を変えていかなければ、今後も状況は変わらないのではないかという見方です。
イノベーションは「1つの出来事」ではない
宮武さんがデフレ効果以上に重要だと考えるのが、2つ目の「テクノロジーには時間がかかる」という性質です。宮武さんは、イノベーションを1つの出来事として見てしまうことに課題があると話します。
その1つのイノベーション、イベントによって人生が変わって良くなりましたっていう話をやりがちだと思うんですけど、実際にイノベーションってそういうふうに起きてなくて。
「エジソンが電球を作った」「フレミングがペニシリンを見つけた」「ジョブズがMacを発売した」といった語られ方がその典型です。宮武さんによると、エジソンが最初の発電所を作ったのは1882年ですが、電気が生産性に影響したのは1920年代、つまり約40年後のことでした。
1884年には500軒ほどの家に電気が送られていましたが、家庭に電気が入るだけでは生産性はそれほど上がりません。電気が生産性に効いたのは、工場が変わり、冷蔵庫や洗濯機のような、それまで考えられなかったものが作れるようになってからだと宮武さんは説明します。
宮武さんは、エジソンへの初期の投資にまつわる逸話も紹介します。お金を持っていなかったエジソンに早い段階で出資したのが、銀行家として知られるJ・P・モルガンでした。モルガンは株を受け取る形で投資しており、草野さんは「ほんとVCですね」と反応しています。
エジソンの電球システムを家に導入した最初の顧客もJ・P・モルガンで、モルガン邸の図書室に設置されました。しかし設置の際に火事が起き、図書室が燃えてしまいます。
でもさすがJPモルガンだなと思ったのは、(図書室を)作り直してもう1回エジソンを雇って、「もう1回やってくれ」って言って。
草野さんはJ・P・モルガンを「いい投資家」と評し、宮武さんは「リスクを恐れない投資家」と応じています。
「パソコンなんて馬鹿らしい」と書かれた時代から考えること
発明から実用化や生産性への影響までに時間がかかった例は、エジソンの電気以外にもあると宮武さんは話します。フレミングが1928年に見つけたペニシリンが薬として販売されたのは、1945年ごろでした。
パソコンも同じです。1974年にAltair ── 1975年に発売されたキット型のパーソナルコンピューター「Altair 8800」を指すと考えられます。ホビー向けパソコンの先駆けとされますが登場し、続いてMacなども出ましたが、パソコンが生産性に影響したのは1990年代だといわれています。
宮武さんによると、ニューヨークタイムズが1981年に出したCOMPAQのパソコンのレビューでは、20キロもあるスーツケースのような本体に、4インチほどの画面という製品が紹介されていました。
あのレビューは、「パソコンなんてこんな馬鹿らしいアイデアないです」みたいなこと書いてあって。
| 技術 | 発明・登場 | 生産性・実用化 |
|---|---|---|
| 電気(エジソン) | 1882年に発電所 | 1920年代に生産性へ影響 |
| ペニシリン(フレミング) | 1928年に発見 | 1945年ごろに販売 |
| パソコン | 1974年ごろに登場 | 1990年代に生産性へ影響 |
宮武さんは、新しいテクノロジーが良い使い道を見つけ、生産性に影響するまでには、発明から20〜30年かかるといわれていると説明します。スマホもアプリという概念が後から生まれ、今では新しい業界が生まれていると例を挙げます。
つまり、生産性が思ったほど上がっていないのは、これから上がる途中だからという可能性もあります。ただし宮武さんは、「それはいつなのか」「どうやってわかるのか」という疑問が残り、毎年のように「待ってくれ」と言い続けることへの反論もわかると話しています。
ちょっとパソコンみたいになってほしいですね。「こんな重たいの頭につけてらんないよ」って今思ってたのがめちゃくちゃ軽くなって。「ああ、やっぱVRの世界来たわ」っていう。
草野さんが挙げたAR・VRについて、宮武さんは、ヘッドセットが普及しただけでは影響は小さく、VR内の会社やサービスが当たり前になって新しい経済圏が生まれたときに生産性につながると話します。そこまでにはヘッドセットの普及、体験づくり、ネイティブなユーザーが必要で、時間がかかるのは避けられないという見方です。
前半の締めくくりとして、宮武さんは現状では生産性が加速していないことを認め、次回は生産性以外の要素から減速の理由を探ると予告します。草野さんは、ずっと進んでいると思っていたイノベーションのスピードを考えると「確かに」と思う、と感想を述べています。
電子レンジみたいな衝撃は?
ないかもしれないですよね。でも今回も次回のエピソードもそうですけど、これを個人としては全然ネガティブに捉えてなくて。
宮武さんは、減速の理由を洗い出すことで、その課題に取り組む起業家が生まれてくることを望んでいると語っています。
まとめ
前半では、イノベーションが世界を良くしてきた証拠と、生産性の伸び悩みを根拠にした減速論の両方が示されました。そのうえで宮武さんは、テクノロジーのデフレ効果や、発明が生産性に効くまでの長い時間差を挙げ、生産性だけで判断することの難しさを指摘しています。
- ソフトウェアや農業の数字を見ると、世界は全体として良くなっていると宮武さんは考えている
- 減速論者は、生産性・収入・労働時間の伸び悩みや、20倍の研究者が必要になった調査を根拠にしている
- イノベーションの担い手は、軍から大企業、そして大学やスタートアップへと移ってきた
- テクノロジーは価格を下げるデフレ効果を持つため、良い変化が生産性やGDPに表れにくい場合がある
- 電気やパソコンのように、発明が生産性に効くまでには20〜30年かかることがあり、次回は生産性以外の要素から減速の理由を探る





