なぜ創業者マークはCEOを降りたのか?
Netflix創業物語の前編では、立ち上げのきっかけ、ローンチ、Amazonからの買収オファーまでが語られました。当時のNetflixは売上の99%がDVD販売で、DVDレンタルは1%しかなく、宮武さんはそこに強い危機感があったと振り返ります。
Netflixは結局Amazonの買収オファーを断り、DVDレンタルで勝負すると決めて資金調達を終えます。後編は、その調達の直後に起きた「1つの事件」から始まります。
調達がうまくいったのは、共同創業者のリード・ヘイスティングスさんがいたおかげでした。マーク・ランドルフさんのピッチは投資家の反応がよくなかったと語られています。
1998年の秋、創業から1年ほどたったある日、リードさんはマークさんのオフィスを訪れます。リードさんは会社の今後、特にマークさんの判断能力が心配だと伝え、その理由をまとめたプレゼン資料を出しました。
宮武さんによると、リードさんは感情的ではなくロジカルに話す人です。資料では、マークさんのどこが良くてどこがだめか、だからどう変えるべきかを提案していたといいます。
背景には直前の資金調達があります。リードさんはこの調達でNetflixの会長になり、リード投資家のIBPからも、より事業に関わるよう求められていました。
リードさんの提案は、自分がフルタイムでNetflixに入ってCEOになり、マークさんはプレジデントに移るというものでした。ストレートな言い方だったこともあり、マークさんは当然怒ったと宮武さんは話します。
ちょっと(マークさんにとっては)自分の会社。
自分の会社なんで。
マークさんは考える時間がほしいと言って帰宅します。その夜、リードさんから話の内容をまとめたメールが届き、そこには追加のお願いが1つ書かれていました。
そのお願いは、大量に発行する予定のストックオプションをリードさんに付与し、さらにマークさんの株をリードさんに移すという内容でした。マークさんはさすがに受け入れられず、話し合いが重ねられます。
最終的にマークさんはCEOを降り、プレジデントになりました。ただし、マークさんの仕事の中身はあまり変わっていません。
ユーザーとの関係づくり、DVDプレーヤーの製造者との関係づくり、PR、マーケティング、ウェブデザイン
ファイナンス、オペレーション、エンジニアリングなどのバックオフィス全般
上の図のように、マークさんは顧客や外部との接点を、リードさんは会社の内側を受け持つ形に分かれました。マークさん自身も、結果としてこの交代はとても良い判断だったと振り返っています。
回してたのはマークさんなんで、(CEOを)降りろって言われるのは結構きついですよね。
リードさんの真意について、宮武さんは、本気でこちらのほうが会社のためになると考えていたのだろうと推測します。リードさんがいることで投資家が安心するという面もありました。
延滞料金をなくすと何が起きたのか?
CEO交代と同じ頃、AmazonもDVD販売を始めていました。実は初期のNetflixとAmazonは提携していて、NetflixはDVDを買いたいユーザーをAmazonへ、AmazonはレンタルしたいユーザーをNetflixへ送る約束をしていました。
ところが、Netflixが毎月何万人もAmazonへ送っていたのに対し、Amazonから戻ってくるのは数百人ほどだったといいます。割に合わないため、Netflixはこの提携を打ち切りました。
転機は、マークさんが自社の倉庫を見ていたときに訪れます。なぜこんなにDVDを自社で保管しているのか、このコストをユーザーに負担してもらえないかと考えたことから、延滞料金をなくすというアイデアが生まれました。
当時はNetflixでも、見終わったDVDを返さないと延滞料金がかかっていました。延滞料金そのものをなくし、ユーザーが永久に持っていてもよいことにすれば、保管をユーザーに任せられます。
(延滞料金なしで永久に持てるなら)販売じゃないんですか?それは。
ただレンタルっていう形にして、いわゆるサブスクモデルをとって。
マークさんには、返却されたDVDをNetflixではなく、次にそのDVDを欲しがっているユーザーへ直接送れないかという構想もありました。そうすればコストが大きく下がるからです。こうした考えから、3つのアイデアが出てきます。
| アイデア | 内容 | ユーザーにとっての意味 |
|---|---|---|
| レンタル図書館 | 月額16ドル(約2000円弱)で4枚を同時に借り、永久に持てる。1枚返すとサイト経由で新しく借りられる | 延滞料金の負担がない |
| キュー | 次に借りたい作品をプレイリストのように登録しておき、返却すると自動で次が届く | 毎回選ぶ手間がない |
| 月額制 | 月額料金で使うサブスクモデルを試す | 定額で使い続けられる |
マークさんは3つのアイデアを1つずつ試すつもりでした。しかしリードさんが、全部いっぺんにテストしたほうが楽ではないかと提案し、1999年の秋ごろにまとめてテストすることになります。
結果は爆発的な伸びでした。延滞料金がなく永久に持てる月額制も、見たい作品が自動で届く仕組みも、どれも好評だったと宮武さんは話します。
自分が見たいやつ(が)自動的に送られてくるのも普通にいいUXですね。
サブスクのためクレジットカードを登録してもらえるかという懸念もありましたが、テスト初日のバナー広告からページに来た人の90%がカード情報を登録しました。
最初の1カ月は無料だったため、2カ月目に継続してもらえるかが大きな心配でした。ところが2カ月目になっても、ほぼ誰もキャンセルしなかったといいます。
翌日配送が伸ばしたのは継続率ではなかった?
テストの成功を受けて、Netflixは2000年2月にサブスクへ完全に切り替えます。続いて試したのが、DVDを24時間以内に届ける配送でした。当時のNetflixは、ほとんどの地域で翌日配送をしていませんでした。
Netflixの仮説は、配送が速くなれば離脱が減り、リテンション ── サービスを使い続けてもらうこと、またはその割合。サブスク事業では、新規獲得と並ぶ重要な指標とされますが上がるというものでした。数カ所で試したところ、リテンションはまったく変わりませんでした。
一方で、新規のユーザー登録は大きく増えました。宮武さんは、翌日に届くことが友達同士の口コミで広まったからだと説明します。
配送が速くなれば離脱が減り、リテンションが上がる
リテンションは変わらなかったが、口コミで新規登録が大きく増えた
草野さんは、使ってみると速さはそれほど重要ではなくても、サービスのすごさを人に伝えるときには言いたくなるポイントだと受け止めています。
1日内で、もうなんか見たいDVDが見れるよみたいな。
それはやばいサービスだね。
同じ頃、Netflixはレコメンドエンジンも作りました。マークさんはもともと手間のかかるパーソナライズのやり方を考えていましたが、リードさんが「アルゴリズムを入れろ」と主張し、アルゴリズムを入れたことでうまくいったといいます。
なんかNetflixっぽくなってきましたね、今の。
上場直前にITバブルが崩壊、残る道はブロックバスターへの売却?
Netflixは順調に成長していましたが、時期が悪くなります。2000年の春にシリーズEで50億の調達をし、従業員は350人ほどになっていました。IPOの準備にも入り、申請書類であるS-1のドラフトも作っていました。
投資家からも早く上場しろというプレッシャーがかかるなかで、ITバブルが崩壊します。ナスダック ── アメリカの株式市場の1つ。テクノロジー企業が多く上場しており、ITバブル崩壊時には株価が大きく下落しましたが25%下落したまさにその週に、NetflixはSECへS-1を申請していました。
バンカーが全員撤退し、上場は一旦取り下げになります。Netflixが上場したかった理由は資金調達で、当時は資金を大量に使っていたため手元のお金がなくなり始めていました。
宮武さんによると、NetflixはもうM&A ── 企業の合併や買収のこと。資金繰りが苦しいスタートアップにとっては、他社に買ってもらうことが生き残りの選択肢になる場合がありますしかないという段階に入り、売り先はブロックバスターしかないと考えるようになりました。
ブロックバスターは、店舗でビデオやDVDを貸し出すレンタル最大手です。宮武さんは日本でいうTSUTAYAのような存在だと説明し、両社の規模には圧倒的な差があったと話します。
宮武さんは、当時のアメリカでは10分か15分も行けば必ずブロックバスターがあったと語ります。映画を見る方法はほぼレンタルしかなく、DVDを買うこともできたものの高かったからです。
まあ僕が多分(ブロックバスターに)行った時はだいぶ下がってた時期なんですけど。
ブロックバスターとの面談で、CEOは何を笑いこらえたのか?
リードさんや投資家を通じてブロックバスターとの面談を申し込んでいましたが、返事はまったくありませんでした。そんななか2000年9月、地方で社内の合宿パーティーをしていた夜遅くに、ブロックバスターの弁護士から「明日来てくれ」と連絡が入ります。
全員飲んでいたうえに、地方にいたためフライトがなく、仕方なくプライベートジェットを手配しました。スーツを持ってきた人もおらず、二日酔いのまま向かったといいます。
当時のブロックバスターは、店舗で音楽や服まで売ろうとして業績が悪化した時期を経て、社長が交代したばかりでした。新しく入ったジョン・アンティオコ ── ブロックバスターのCEOを務めた経営者。業績不振の企業を立て直す経営再建のプロとして知られていましたさんは、会社を立て直すスペシャリストでした。
ジョンさんは服の販売などから撤退し、ブロックバスターは再び成長し始めていました。草野さんは、ジョンさんがセブン-イレブンの再建にも関わっていたのではと触れ、宮武さんも「そうかもしれない」と応じています。
マークさんが考えたNetflixの唯一の強みは、みんながブロックバスターを嫌っていることでした。宮武さんは、ブロックバスターのビジネスモデルの中心にあった言葉が「満足度を管理する」だったことを挙げます。
それって満足度が低いからそれを管理しないとできないっていう話と同じことなんですよ。
高い延滞料金がかかり、仕方なくブロックバスターに行くしかない。そうした不満があるからこそ、オンラインという新しい市場を取れると売り込めるはずだ、とマークさんたちは考えました。
CEOのリードさんがピッチしたあと、ブロックバスター側は、Netflixを含めほとんどのオンライン事業はうまくいっていないと指摘します。そして値段を聞かれたリードさんは、50ミリオン(約50億)と答えました。
マークさんはこのときジョンさんの表情をじっと観察していて、一瞬表情が変わったのを見たといいます。マークさんは、それを笑いをこらえていたのだと受け取りました。
いわゆるバカにしてたっていう。そんな50億なんてないでしょみたいな。
ただし宮武さんは、これはあくまでマークさんの見方だと念を押しています。面談はその後もうまくいかず、何も決まらないままプライベートジェットで帰ることになりました。
社員の4割を手放したNetflixは、どう上場にたどり着いたのか?
ブロックバスターへの売却が実現せず、ITバブル崩壊で調達も難しい状況のなか、Netflixは毎年40億〜50億ほどの資金を使う赤字経営を続けていました。残る手段は人員削減でした。
Netflixは社員の4割、約半分近くをレイオフします。マークさんはこれが本当につらかったと語っていますが、同時に、少ない人数で集中できたことで2度目の成長につながったとも振り返っています。
このレイオフを経て、Netflixは上場までたどり着きます。草野さんはこの流れを「ハードシングスがいっぱいありますね」と表現しました。
上場が近づくころ、マークさんはプレジデントとして新しい挑戦を始めていました。今後は動画をデジタルで見られるようになると考え、Netflixでストリーミングサービスができないか試していたのです。
しかしマークさんのストリーミングの試みは進捗が出ず、マークさんはNetflixを辞めることを決めます。辞めるにあたって、プレジデントだけでなく取締役の役職も手放しました。
取締役も降りた理由について、宮武さんは、上場申請のときに「取締役だった創業者が辞めた」と見られるのは印象が悪いからだと説明します。マークさんは会社のことを考えて取締役も諦め、Netflixは無事上場しました。
マークさんが残した「自由と責任」の文化とは?
マークさんは現在のNetflixにもストリーミング事業にも関わっていません。それでも宮武さんは、マークさんはNetflixに大きな爪痕を残したと考えています。初期のNetflixの文化の一部は、マークさんが作り上げたものだからです。
マークさんが徹底していたことの1つが、決まった曜日には必ず夕方5時にオフィスを出て、奥さんと食事をする「デートナイト」でした。4時55分に「ちょっと話いいですか」と声をかけられても、車まで歩きながらなら話すという対応だったといいます。
最初のオフィスも、家族の近くにいたいという理由でわざわざ自宅に近い場所を選んでいました。
Netflixの文化の柱は、自由と責任という2つの価値観です。たとえば最初の受付担当者にもルールは渡さず、「あなたはこの会社の顔になるので、そのために何かしてください」というミッションだけを伝え、あとは任せたといいます。
優秀な人って何をやれって言われたくなくて、どっちかというとミッションを与えて、彼らにスペースを与える、いわゆる自由を与えて、そこの責任だけ持たせる。
マークさんのこの考え方は、部下だったテイさんとパティさんによってスケールされ、文化として言葉にされていきました。
ただしマークさんは、文化は言葉にするだけでは意味がないと考えていました。マークさん自身が実践し、ほかのメンバーも同じように行動したからこそ、文化がオーガニックに作り上がったと宮武さんは話します。
草野さんは、Netflixの文化にはどこか厳しいイメージを持っていたため、こうした話は意外で、いい会社だと感じたそうです。宮武さんによると、Netflixはアメリカでもよい企業文化の事例としてよく挙げられ、有名なカルチャーデック ── Netflixが自社の価値観や働き方をまとめて公開したスライド資料。多くの企業が組織づくりの参考にしたことで知られますもあります。
当時はなかった無制限の休暇制度も、Netflixが早くから始めたものだといいます。ここで大きな役割を果たしたのが、人事部門にいたパティさんでした。
従業員のルールブックやセクハラのガイドを書き、それをレクチャーする部署
ルールだけでなく、文化を作る部署
マークさんは、人事を文化を作る部署へと作り変えたのはパティさんだったのではないかと語っています。宮武さんは、カルチャーデックにもパティさんがかなり手を入れたはずだと見ています。
マークさんがNetflixを去るときには、盛大な見送りのパーティーが開かれたそうです。
ブロックバスターは今もどこかに残っているのか?
振り返りで草野さんは、今のNetflixにはストリーミングの印象しかないものの、全体の歴史を見るとDVDのレンタルと販売の時代が本当に長かったと話します。
宮武さんは、Netflixの歴史は長くも短くも感じると言います。Amazonからの買収オファーは創業1年ほどで届き、ブロックバスターとの面談は2000年なので創業2〜3年目の出来事です。2〜3年目でもうそこまで行っていたと考えると成長の速さに驚く一方で、会社の歴史そのものは長いと語ります。
話題はブロックバスターのその後に移ります。草野さんは2013年ごろに営業をやめたと触れ、宮武さんは最後の店舗がオーストラリアにあり、それも去年閉まったと調べながら話します。
さらに宮武さんは、アメリカではアラスカが最後だったとしつつ、まだあるのかもしれないとも言い、はっきりしないまま「皆さんちょっと調べてください」とリスナーに投げかけました。あるとしても都心ではなく、どこかの田舎だろうという見立てです。
まとめ
Netflixの初期は、創業者のCEO交代、サブスクへの転換、ITバブル崩壊による上場延期、ブロックバスターへの売却失敗、大規模なレイオフと、苦しい転機の連続でした。そのなかでマーク・ランドルフさんは、自ら実践することで「自由と責任」の文化の土台を残し、上場前に会社を去りました。
- 1998年秋、リード・ヘイスティングスさんがCEOに就き、マークさんはプレジデントとして顧客や外部との接点を担う形になった
- 延滞料金の廃止、キュー、月額制の3つを同時にテストした結果が爆発的に伸び、2000年2月にサブスクへ完全移行した
- 翌日配送はリテンションを変えなかったが、口コミで新規登録を大きく増やした
- ITバブル崩壊で資金難に陥り、ブロックバスターに50ミリオンでの売却を持ちかけたが、まとまらなかった
- ルールではなくミッションを与えて任せる文化は、マークさんの実践とパティさんの人事改革によって形になった




