Netflixは本当に危ないのか?noteの記事への補足
Off Topicの創業物語シリーズ、今回の題材はNetflixです。本題の前に、宮武さんは以前noteで書いたストリーミング戦争の記事について、Netflixの先行きを不安視しすぎたと補足しています。
宮武さんによると、記事ではDisney+の急成長に触れたことで「Netflixは大丈夫か」という論調が強くなってしまいました。実際のNetflixは、アメリカでも圧倒的なリードを持っているといいます。
まあ多分ここ4、5年ぐらいは、マーケットリーダーとして(Netflixが)居続けるんだろうなと思いますし、逆にアメリカ外のところで見ると、圧倒的にNetflixが勝ってる。
アメリカではマーベルやスター・ウォーズのファンが多く、それらを見られるDisney+は強い存在です。一方で日本では、Netflixがオリジナル作品や日本のライセンスコンテンツを多く持っているため、圧倒的に強い可能性があると宮武さんは見ています。
草野さんも、日本ではNetflixやAmazon Primeが強い印象があると応じます。宮武さんは、一部に危うい点はあっても、世界で見ればNetflixはいい会社だと強調しました。
延滞料金40ドルの逸話は本当だったのか?
Netflixの創業は1997年で、収録時点で23年が経っています。当時はDVDの郵送レンタルで知られ、その仕組み自体も画期的でした。今回の前編は、そこにたどり着くまでの道のりを追います。
ネットでよく語られる創業のきっかけは、現CEOのリード・ヘイスティングス ── Netflixの共同創業者。のちにCEOとして同社をDVDレンタルからストリーミング企業へと転換させた人物ですさんが、映画『アポロ13』をブロックバスター ── かつてアメリカ最大手だったビデオレンタルチェーン。実店舗中心の事業を展開していましたで借り、延滞料金を40ドル取られたことだという話です。
その延滞料金がなければいいのにって思ってNetflix始めたみたいな話があると思うんですけど、それ結構嘘で。
宮武さんが根拠に挙げるのは、初期のNetflixにも延滞料金があったという事実です。実際の始まりはもっと普通で、失敗も多かったといいます。UberやAirbnbの創業物語と同じく、きれいなストーリーの裏側は違っていたという見方です。
初代CEOマーク・ランドルフとは何者か?
今のCEOであるリードさんは創業メンバーではあるものの、もともと社長ではありませんでした。初代の社長はマーク・ランドルフさんです。
二人ともシリアルアントレプレナーで、リードさんが経営していたピュアアトリエがマークさんの会社を買収したことで知り合いました。その後、ピュアアトリエ自体の売却話が進み、二人は次の事業を考え始めます。
マークさんとリードさんは仲がよく、毎朝同じ車で通勤していました。その車中で、マークさんはひたすら事業アイデアをリードさんにぶつけていたといいます。
パーソナライズ好きのアイデアはなぜ却下されたのか
マークさんが車中で出したアイデアには、カスタマイズできる野球バット、パーソナライズされたサーフボードやドッグフード、シャンプーなどがありました。草野さんは、1997年とは思えない今っぽさだと驚き、D2C ── Direct to Consumerの略。メーカーが小売店を介さず、自社サイトなどで消費者に直接販売するビジネスモデルですのようだと反応しています。
マークさんが話したアイデアは100以上にのぼりました。リードさんの返事はほぼ毎回同じだったといいます。
リードさんが却下した理由は、パーソナライズやカスタマイズはスケールしにくいからでした。リードさんが求めていたのは、次のような条件を満たす事業です。
パーソナライズやカスタマイズが前提で、1個ずつ手間がかかりスケールしにくい
10個売るのも1個売るのも同じ努力ででき、ワンタイムではなく何回も購入してもらえる
そこでマークさんがビデオテープ、つまりVHSのレンタルを提案します。リードさんは最初はNGを出しつつも「もしかしたら」と言い、マークさんはこのアイデアを深掘りすることにしました。
VHSレンタルではなぜ儲からなかったのか
当時はまだVHSしか普及しておらず、DVDという言葉を知る人はほとんどいませんでした。マークさんたちはまず、VHSの郵送レンタルが成り立つかを調べます。
最大手のブロックバスターでさえ、実はそれほど儲かっていなかったといいます。宮武さんはその理由を数字で説明しています。
ブロックバスターは実店舗だけで、オンラインにはまったく取り組む気がなかったといいます。宮武さんは、その結果ブロックバスターは今では1店舗しか残っておらず、フランチャイズの店がノスタルジーのために残っているらしいと話しています。
一方、オンラインで郵送レンタルをすると配送コストがかかり、1回あたり1ドルほどしか利益が出ない計算になります。そうなると1本を80回貸さないと儲からず、VHSでは無理だという結論になりかけました。
DVDとの出会いはなぜ転機になったのか
VHSではだめだと話していた最後の最後に、チームメンバーかリードさんのどちらかが「DVDというものがある」と言い出しました。誰が言ったかはマークさんも覚えていないそうです。
宮武さんによると、1997年以前はDVDは日本にしかなく、アメリカでDVDプレーヤーを使うには日本から買って持ち込むしかありませんでした。マークさんもリードさんも、DVDという単語はリサーチで見たものの、実物は見たことがなかったといいます。
CDのような形なら封筒に入り、配送コストを格段に安くできるのではないか、と二人は考えました。さらに、DVDの価格の安さも追い風でした。
8000円ほどで販売。高いので、消費者は買わずにレンタルする
15〜20ドル(2000円ほど)で販売。安いので、レンタルではなく購入を促せる
宮武さんの説明では、映画業界はレンタル業者を嫌っていて、CD業界のように販売中心にしたいと考えていました。マークさんは、DVDが流行ればいい市場を取れると見込んだのです。
CDを郵送した実験の陰にあった幸運とは
DVDレンタルの構想をカフェでリードさんにピッチしたマークさんは、実際に郵送できるか試すことにします。カフェの手前のレコード店でCDを買い、近くにあったリードさんの家に郵送しました。
確かめたかったのは、ディスクが無事に届くか、割れないかでした。CDは24時間後に無事届き、二人はいいアイデアだと確信します。
ところが宮武さんは、ここに大きな幸運があったと話します。当時の郵便はローカルと市外で処理が分かれていて、たまたま届けた郵便局のローカル便は手作業で仕分けていたのです。
送り先をリードさんの家に
近場だったためローカル郵便の扱いになった
手作業での仕分け
機械を通らなかったのでディスクが割れなかった
無事に到着
24時間後に届き、二人がアイデアに確信を持った
だから、もしマークさんの家に(送り先を)設定していればNetflixって生まれなかったかもしれない。
実際に事業をスケールさせる段階では、機械を通しても割れないような封筒の工夫を重ねたといいます。草野さんは、壁打ちの中の1アイデアで終わっていたかもしれないと話し、宮武さんは「アイデア120番目とか」だったかもしれないと応じました。
パワポ1枚で2億円を集めた資金調達
1997年当時は、決済のStripeも、広告のAdSenseも、Shopifyもなく、そもそもクラウドのAWS ── Amazon Web Servicesの略。Amazonが提供するクラウドサービスで、2006年に本格的に始まりましたもありませんでした。サーバーから自前で用意する必要があったため、パワポ1枚のアイデアだけで数億円を集めるのが普通だったといいます。
シリコンバレーで成功していたリードさんは、もともと2億円を出資すると言っていました。プレマネー3億円で2億円を調達し、時価総額5億円のときに投資を受ける計画です。
ただ、リードさん自身は社長になるつもりはなく、投資家として関わるだけの予定でした。テック業界を変えても世界は変えられないと落ち込んでいて、世界を変えるには教育を変えるしかないと考えていたからです。
教育の方に行きたいんですけど、テック業界からやっぱり身を消したくないので、つながっていたいので、マークさんに投資するっていう判断にして。
ところがリードさんは最後に、全額出すのはリスクがあるとして1.9ミリオンにとどめ、残りは誰かから集めるようマークさんに求めます。自分以外を説得できるビジネスなのかを確かめるためでした。
マークさんは元上司に無理やり出資してもらい、母親にも電話をかけました。母親は250万円を入れてくれましたが、もう二度と戻ってこないだろうと思っていたそうです。こうしてマークさんは無事に2億円を調達しました。
映画好きのミッチさんが担った初期のレコメンド
市場調査の一環で、マークさんは実店舗を持つビデオレンタル事業者向けのイベントに参加します。店舗を持っていないマークさんは、従業員7人ほどで売上8000万円ほどの店だと嘘をついて入り込みました。
そこで出会ったのが、Netflixにとって非常に重要な人物になるミッチさんです。10店舗ほどのチェーンを経営し、客一人ひとりの好みを理解して映画を勧める人でした。
(ミッチさんは)Netflixのレコメンド機能の塊みたいな人ですね。
マークさんは何度も食事に誘って、ようやくミッチさんを採用しました。ミッチさんはローンチ前、各作品のDVDを何枚仕入れるべきかを考えていました。買いすぎれば借りられない在庫がただのコストになるからです。
ミッチさんはデータベースを持っていたわけではなく、頼りにしていたのは映画好きとしての経験と勘だけだったといいます。
サイトも自前、仮の名前はKibble
ローンチ準備では、銀行の金庫がDVDの在庫置き場になりました。返却用封筒を同封するパッケージなども、マークさんたちが考えています。
Shopifyのようなサービスはないので、サイト、検索エンジン、決済機能まですべて自社開発でした。DVDのタイトル数も当時300ほどで、ローンチ時でも800ほどしかなく、ほぼすべてを取り寄せていたといいます。
ローンチ前の仮の社名はKibbleでした。アメリカ人には、Kibbleと聞くとドッグフードを思い浮かべる言葉だといいます。
由来は広告マーケティングの古い格言で、どれだけ広告がよくても、犬がドッグフードを食べなければ意味がない、つまり商品がよくなければ意味がないという話です。マークさんは今もKibble.comのドメインを持っていて、本の読者向けのページになっています。
Netflixという名前はどう決まったのか
映画と関係のないKibbleはさすがに使えず、最終的に15ほどの社名候補が挙がりました。宮武さんが読み上げた候補には、次のようなものがあります。
マークさん自身は候補にないRent.comが好きでした。投票はなく、決めなければならない中で、なんとなく全員がNetflixにたどり着いたそうです。Netflixが絶対にいいと言った人は誰もおらず、少しマイナスだという声さえあったといいます。
宮武さんによると、flixは映画や動画を連想させる言葉で、Netflixはネット映画のような意味合いになります。草野さんは、Take Twoというサービス名になっていたかもしれないと笑っています。
ローンチ日に何が起きたのか
ローンチ前、Netflixの従業員はオンラインのフォーラムで「DVDレンタルの会社が出てくる」と書き込み、コミュニティを作っていました。草野さんは、1997年版のインフルエンサーマーケティングだと評しています。
その従業員は17人分の人格を作り、サイトごとに違う名前と性格で投稿していました。名前は著名人の名前を逆にしただけで、たとえばジョージ・ハミルトンをハミルトン・ジョージにしていたといいます。
ローンチ当日はメディアに事前通知し、その日に記事やインタビューが出るようにしていました。注文確認メールは自動化が間に合わず、手作業で送る予定でしたが、そんなに注文は来ないだろうと見込んでいました。
注文が入るとベルが鳴る仕組みで、マークさんの最初の購入の後、数分おきにベルが鳴り続けます。しかし15分ほどで急に止まりました。
アナリティクスを入れていなかったため、どれだけのアクセスが来たのかはわかりませんでした。社内では最初の100件の注文までにかかる期間を予想し合っていて、マークさんは1〜2か月と見ていましたが、1人のエンジニアだけが1日もかからないと言っていたそうです。
その日は注文が多すぎて、サーバーだけでなく箱、テープ、紙、インクなどの配送用品まで尽きてしまいました。草野さんは、インターネット人口が少なくコミュニティが狭い時代だったからこそ、フォーラムでの告知がよく広まったのではないかと話しています。
売上の99%が販売だったという危機
数週間以内にアナリティクスを自社で作り、売上を毎日レポートできるようにしました。GoogleアナリティクスもMixpanel ── ユーザー行動を分析するプロダクト分析ツール。AmplitudeもMixpanelと同種のツールですもない時代です。
2か月目の売上はおよそ1000万円、ランレートで1億円に達しました。しかし、その売上の99%はDVDの販売で、レンタルはわずか1%でした。
どこかのタイミングでAmazonがここ入ってくると、やっぱ理解してたので、レンタルにどっかで切り替えないときついなっていうのは思ってましたね。
レンタルを増やし、ユーザー数も増やすため、NetflixはDVDプレーヤーのメーカーとの提携を目指します。当時のメーカーは日本企業だけで、各社のアメリカ部門に話を持ちかけました。
最初に応じたのは東芝でした。宮武さんは、市場をリードするソニーに勝つためにリスクを取れたのではないかと見ています。東芝のプレーヤーにNetflixのチラシを同封し、3本のDVDレンタルを無料で提供しましたが、ユーザーは無料分の後にレンタルを続けてくれませんでした。
東芝との提携後にはソニーも加わりました。ただマークさんによると、日本企業との仕事は承認プロセスなどが大変で、苦労したといいます。
草野さんは、カラオケボックスでNetflixを見られたり、テレビのリモコンにNetflixボタンが付いていたりするのは、この初期戦略を今風にしたものだと指摘します。宮武さんも、アメリカのホテルでリモコンのNetflixボタンを押したエピソードを話し、ユーザー獲得の戦略として非常に優れていると同意しました。
Amazonからの買収打診をどう受け止めたのか
レンタルが伸び悩む中、AmazonのCFOからリードさんに「シアトルに来ないか」と連絡が入ります。Amazonは1997年に上場して54億円ほどを調達し、他社の買収を表明していました。
CFOは買収とは一言も言いませんでしたが、全員が買収の話だろうとわかっていました。マークさんもリードさんも売る気はあまりなかったものの、Amazonから声がかかれば行くしかないと考えます。
当時のAmazonのCFO、ジョイさんは、15歳で高校を中退し、スーパーのレジで働いて大学に進み、2年で卒業した人物です。会計士の資格試験では全国2位で、ベゾスさんに冗談で「なぜ1位じゃないの?」と聞かれ、「勉強しなかったから」と返したといいます。
当時のAmazonにはドアで作った机に象徴される徹底したコスト削減の文化があり、マークさんの家の家具を使っていたNetflixと似ていました。仮の名前もNetflixがKibble、AmazonがCadabraでした。Cadabraは死体を意味するcadaverに似ているため、Amazonに変えたそうです。
面談では文化の話ばかりが続き、しびれを切らしたリードさんが買収の話を促します。数字の話の後、ジョイさんは買収するなら十数億円ほどだと示しました。
DVD販売をやめるというマークさんの決断
帰りの飛行機で、マークさんとリードさんは買収の長所と短所を話し合いました。マークさんは、AmazonがDVD販売に参入すればNetflixは終わると考えていました。
当時のNetflixはスケールもしておらず、黒字化できるビジネスモデルもありません。Amazonに売れば多くの課題は解決するかもしれませんでしたが、マークさんはNetflixの可能性を信じていました。
売上の99%がDVD販売、レンタルは1%
DVD販売から抜け、レンタルに絞る
レンタルがわずか1%だった時点で、マークさんはDVD販売から抜けるとリードさんに宣言しました。資金も減っていたため、もう一度調達に動きます。
しかし投資家からは、レンタルと言いながら販売ばかりしていると指摘され、マークさんのピッチはうまくいきませんでした。最終的にはリードさんのおかげで、IBPから投資を受けられたといいます。
前編は、1998年に起きる次の大きな出来事を予告して終わります。草野さんは、リードさんは株主というより共同創業者だったと感想を述べました。
まとめ
Netflixの創業は、延滞料金への不満という美談ではなく、100以上のアイデアの却下、DVDとの偶然の出会い、郵便の幸運、そしてレンタル比率1%という危機を経た泥臭い歩みでした。初代CEOマーク・ランドルフさんの行動力と、リード・ヘイスティングスさんの厳しい問いかけの両方が、Netflixを立ち上げたといえそうです。
- 延滞料金40ドルの逸話は後付けのストーリーで、初期のNetflixにも延滞料金があった
- VHSでは採算が合わず、安くて封筒に入るDVDの登場が郵送レンタルを可能にした
- 郵送実験の成功は、リードさんの家に送ったことで手作業仕分けになった幸運に支えられていた
- ローンチ日は注文が殺到してサーバーが何度もクラッシュするほどの反響だった
- 売上の99%が販売という状況で、マークさんはAmazonの買収打診を受けた後にレンタル専業への転換を決めた





