ビジネス書を読み切らない人が、なぜビジネス書を書いたのか
宮武テツローさんは、StripeのイベントStripe Sessions ── 決済インフラ企業Stripeが毎年開催するユーザー向けカンファレンス。新機能の発表や、起業家・経営者の講演が行われますを訪れるのは2回目です。今回は『Scaling People』の著者、クレア・ヒューズ・ジョンソンさんをゲストに迎えています。
クレアさんの経歴は、カリフォルニアに移ってGoogleに入社したところから始まります。GoogleにはIPO前の2004年から2014年まで、ほぼ11年在籍しました。オペレーション、セールス、ゼネラルマネージャーやプロダクトの役割を経験しています。
その後、クレアさんはStripeのCOOに就任し、約6年半務めました。現在はStripeのコーポレートアドバイザーとして毎週何らかの仕事をしつつ、取締役や投資の仕事もしています。COO在任の終盤に書いた本が2023年に出版され、最近日本語版も出ました。
宮武さんは、出版社から書評の依頼を受け、先に英語版を読んでいたそうです。宮武さんは、クレアさんがティム・フェリス ── アメリカの起業家・作家。インタビュー番組「The Tim Ferriss Show」で知られ、各界の第一人者に習慣や考え方を聞いていますのポッドキャストで話した内容を引き合いに出し、こう尋ねます。
(ビジネス書は)最後まで読まないことが多いとおっしゃっていましたよね。それはなぜなのか、そしてなぜ(自分で)1冊書いたのかを聞きたいです。
クレアさんによると、多くのビジネス書は序章や最初の数章で主張とフレームワークを示し、残りはその実例になっているといいます。要点はつかめても、読み続ける動機が続かないそうです。普段はフィクションを好み、ビジネスのフレームワークより人間の経験を学ぶほうが多いと話しています。
クレアさんの執筆のきっかけは、Stripe創業者のジョンさんとパトリックさんの後押しでした。Stripeは多くの企業のプラットフォームでありインフラなので、世界中のさまざまな段階の創業者やCEOと会う機会があります。そこで話題になるのは、組織、スケール、リーダーシップのことが多かったといいます。
会社の計画をどう立てるか、幹部採用をどう進めるか。ジョンさんとパトリックさんは、クレアさんの助言を書き残すよう勧めました。二人は独学で多くの経営書を読んできたうえで、細部まで踏み込んだ本は存在しないと感じていたそうです。
求められていたのは、採用の評価基準(ルーブリック)やQBR(四半期ビジネスレビュー)の資料が実際にどんな形をしているのか、という具体例でした。クレアさんは「自分が書くべきかはわからなかったが、創業者たちはとても説得がうまかった」と振り返り、執筆に踏み出しました。
宮武さんは、こうした実践的な内容はブログでは見つかっても本では見つかりにくいと指摘します。クレアさんも、この本をリファレンスマニュアルやブログ記事集のようなものと表現し、演習・テンプレート・例をQRコードからオンラインで参照できるようにしたと説明しています。
型を嫌う創業者に、仕組みをどう受け入れてもらったか
宮武さんは次に、クレアさんがStripeに新しい仕組みを持ち込んだとき、創業者のパトリックさんとジョンさんを説得するのに苦労したかを尋ねます。創業者や起業家は、決まったフレームワークを与えられると縛られていると感じがちだからです。
クレアさんは、創業者が反発するのは「これがやり方だ」「みんなXをやっているでしょう」と外から持ち込まれることだと話します。会社ごとにミッションも製品も違うので、他社の型をそのまま当てはめることはしない、という感覚です。
クレアさん自身は、持ち込んだ仕組みの多くは目新しいものではなく、目標や計画の考え方、チームの組み方など、始めるのにちょうどいい時期だっただけだと話します。そのうえで、新しい組織に入る人への助言としてまず聞くことを挙げました。質問し、なぜ今のやり方をしているのかを理解し、事業を理解してから提案する、という順番です。
具体例として、クレアさんはオフサイトで人事評価(パフォーマンスマネジメント)を議論した場面を挙げます。評価ツールの設計や購入に多くの時間をかけるより、「完璧を善の敵にしない」ことが大事だと伝え、シンプルで導入しやすいバージョンを自分が作ると提案しました。
製品と同じように最高のものを設計したい創業者にとって、この提案を受け入れるのは「信じて飛び込む」ような判断だったとクレアさんは見ています。それまでに築いた信頼があったからこそ、より基本的な形でも悪い方向には行かないと任せてもらえたといいます。
宮武さんが「まず導入して、会社の成長に合わせて改善する狙いだったのか」と確かめると、クレアさんはそうだと答えます。ユーザーから学ぶのと同じように、データとフィードバックを集め、何が機能しているかを理解する考えでした。意外なことに、そのシンプルな仕組みは長く残ったそうで、プロセスは作り込みすぎてしまいがちだとも話しています。
Stripe Homeと「標準化か、外れ値か」の線引き
宮武さんは、本で紹介されている社内ポータル「Stripe Home」(前身はStripe People)について質問します。本にある4つの原則の1つが「自分たちのオペレーティングシステムに立ち返る」ことで、Homeという名前はそれにぴったりだと感じたからです。
クレアさんによると、Stripe Homeは社員が情報を探すときに最初に開くイントラネットのトップページです。誰がどのチームにいるか、チームの目標、会社の目標や資料などが見つかります。名前はOSの原則ではなく、1日の始まりは「家」からという発想から来たそうです。
Stripe Homeが必要だった理由について、クレアさんはStripeが複雑な業界にいることを挙げます。ユーザーに対しては複雑さを単純にするのが仕事ですが、社内では金融のエコシステムと入り組んだ製品に向き合っています。スケールしながら速く動くには、誰が何に取り組み、誰に判断を仰ぐのかを整理し、社員の認知的な負荷を減らす必要があったといいます。
宮武さんはここで、標準化への反発という論点を持ち出します。革新的な会社には外れ値的な人材が多く、創業者もスタートアップで働く人もそうした人たちだからです。
クレアさんの答えは、すべてを一から設計する時間はない、という先の話に戻ります。会社にはミッション、ユーザー、製品という優先事項があるので、標準的でよいものと、独自でありたいものを決める必要があるという考えです。
独自性の例として、クレアさんはイベントで対談したLinear創業者のカリ・サーリネン ── プロジェクト管理ツールLinearの共同創業者・CEO。デザイン出身で、製品の品質やクラフトへのこだわりで知られていますの話を紹介します。サーリネンさんは、品質が保てると思えるまでチームを大きくしないといった選択を重ね、その意図的なこだわりが会社の性格そのものになったそうです。よく設計された、質の高い、思慮深い製品という軸で、採用も製品も会社運営も行っているといいます。
ただし、すべてでそれをやろうとすると「一塁にも出られない」とクレアさんは話します。Stripeには元創業者も多く、標準的な手順への許容度は高くありません。だからこそ、標準化する部分は摩擦を小さくし、なぜやるのかを説明し、そのうえで最もインパクトのある仕事に集中してもらうことが大事だといいます。
手間をかけすぎず、摩擦を小さくし、なぜやるのかを説明したうえで全員で受け入れる
会社の独自性の核として見つけ、言葉にし、称え、追求する。ただし全部ではなく選んだ領域だけ
宮武さんは、中核の製品や人材は他社とそれほど違わないことも多く、どこで意図的になるかを選ぶことが一番難しいと応じます。クレアさんは「どこで卓越するかを選ぶこと」と言い換え、独自性を記録しつつも会社っぽくしすぎて殺さないことが鍵だと話します。一方で、標準化しなければただの混沌になる、とも付け加えました。
クレアさんは、基本的な構成要素がありつつ、独自に生まれたものをどう称えるかを考えるところが会社づくりの面白さだと語ります。その工夫こそが、長く続く事業をつくるものだと考えているそうです。
「好かれたい」マネージャーが厳しくなって起きたこと
宮武さんは、本で語られている直接的なフィードバックについて、クレアさん自身の考えがどう変わってきたかを尋ねます。
クレアさんは、マネージャーになりたての頃は好かれることを重視しすぎていたと振り返ります。チームを支え、味方であり、成長を助けたいという気持ちは今も正しいとしたうえで、当時は直接的で厳しいフィードバックを避けていたといいます。
クレアさんは、個人へのフィードバックだけでなく、基準を設定することについても同じだったと話します。創業者は「来週には出荷できるはず」と、時に理不尽に感じるほど高い卓越性の基準を示すのが得意です。Stripeも品質やクラフトへの期待が非常に高い会社ですが、クレアさんは自分のチームをその基準で見ていなかったといいます。
クレアさんは、品質が足りないときに遠回しで優しすぎる態度をとることが、本当にチームのためになっているのかと自分に問い直しました。好かれることを手放すつもりで厳しくなったところ、上方向のフィードバックの調査では、厳しくなるほどマネージャーとしての評価が上がったそうです。直感が間違っていたと話しています。
好かれることを重視し、共感しすぎて、品質が足りないときも遠回しで優しすぎる態度をとっていた
高い基準を示し、率直に伝えるようになった結果、部下からの評価はむしろ上がった
クレアさんが気に入っているのは、フランシス・フレイ ── ハーバード・ビジネス・スクール教授。組織文化やリーダーシップを研究し、Uberの組織改革に関わったことでも知られていますが『Move Fast and Fix Things』で示すフレームワークです。非常に高い基準と非常に深い思いやりを両立させることを、フレイ氏は「正義(justice)」と呼びます。どちらも欠けていれば「放置(neglect)」です。
クレアさんによれば、相手を大切に思っていても高い基準を求めなければ、相手は本当に大切にされているとは感じないといいます。「おばあちゃんなら別ですけどね」と笑いを交えつつ、特に優秀な人ほど成長したがっていると強調しました。ギャップと成長に必要なことを明確に示さなければ、彼らはやる気を失ってしまうといいます。
遠回しな文化でも率直に伝えるには「隣に座る」
宮武さんは、日本はコミュニケーションやフィードバックが比較的遠回しだと一般化したうえで、こう問いかけます。
こうした課題に向き合っている日本の人たちに、もっと率直になる方法をどうコーチしますか。(課題を)心の中ではわかっていても、直せていない人たちです。
クレアさんは日本が大好きで、GoogleとStripeの仕事で4〜5回訪れたことがあるそうです。遠回しという一般化は日本に限らずいくつかの文化に当てはまり、会社の文化でも起こりうると認めます。そのうえで、どこにいても通用する考え方として、良いフィードバックの多くは条件を整え、許可を得ることだと話します。
クレアさんがよく使うのは、上司と部下が向かい合う構図ではなく、二人が隣に並んで座り、ひとつの成果物を一緒に見ている構図です。話しているのは「あなたは良い人か」ではなく、分析モデルや顧客向けプレゼンといった仕事そのもの。目的は仕事を良くすることで、上司も一緒に学ぶという位置づけです。
許可の得方として、クレアさんはプレゼンを例にした進め方を説明します。階層的な会社ではあまり一般的ではないかもしれないと断ったうえで、まず本人の意見を聞くところから始めるといいます。
宮武さんは、座る位置だけで力関係が変わるという捉え方に感心します。クレアさんは、人ではなく仕事について話すことも大切だと加えます。「あなたはプレゼンが下手だ」と言われたい人はいないし、それは事実でもない、あのプレゼンのある瞬間がもっと良くできただけだ、という考え方です。そうすれば相手はあなたを味方だと感じる、とクレアさんは話しています。
意味は伝わったのか?確かめる「プレイバック」
宮武さんは、リーダーの仕事は意味を伝え、受け取ることだというクレアさんの言葉を取り上げます。どれだけ伝わったか、どれだけ受け取れているかを見極めるのは難しいため、具体的な確かめ方を尋ねました。
クレアさんの答えは、質問と要約です。全社会議や顧客・投資家とのやり取りでは、投げかけられた質問が本当の質問ではないことが多く、遠回しな環境ではなおさらだといいます。少し間を置き、「戦略的な発表について理解したいということですね」と言い直して相手がうなずくのを確認してから、本当の質問に答えるという方法です。
クレアさんは、フィードバックや仕事の割り振りでも同じだと話します。「何が重要だと思うか、言い直してみて」と頼んで、相手に自分で課題を言い直してもらう方法があります。逆に、優先順位がつけられないと相談されたら「5つの案件があって、どれを優先すべきか意見がほしいんですね」と要約して返すといいます。
こうしたやり取りを、クレアさんは積極的傾聴(アクティブリスニング)と呼びます。言い返し、要約し、確かめる作業は十分に行われていないと見ています。
確認しない
5分で済む言い返しや要約を省く
すれ違いが続く
1週間、相手は誤った前提で作業を進める
大きな損失
「計画と違う」と手戻りになる。質問に答えないと、相手は不誠実だと感じる
クレアさんによれば、確認にかかる5分はとても安く、1週間後のコストはとても高いといいます。そして、これは率直すぎることではなく、より積極的な参加者になることだとまとめました。
AIエージェントが同僚になっても、組織は壊れないのか
残り時間が少なくなる中、宮武さんはAIが組織に与える影響について質問します。AIエージェントがデジタルな労働力として社員や同僚になる世界で、会社のつくり方や組織の在り方は根本から崩れるのか、という問いです。
クレアさんは、このテーマをよく考えていて、次の本を書くかと聞かれると、AI時代に向けて今の本を書き直す必要があるかもしれないと答えているそうです。ただ、それを見極めるには数年かかるとも話しています。
クレアさんは、AIが乗っ取るのではなく人間との協働であり、人間による調整と制御がある、という前提を置いて答えます。結論は、感覚としては大きく変わるものの、根本的には変わらないというものです。人間は何世紀も組織をつくってきており、マネジメントの構造は新しいものではないからです。
変わりそうなのは、人間の社員が減る可能性です。AIの社員がいたり、AIの支援で3〜4人分の仕事をする人がいたりするようになると、クレアさんは見ています。選ばれた少数の人に賭けることになるため、人材の重要性はむしろ増し、本の内容も同じかそれ以上に重要になると話しています。
一方で、扱う人数が減る分、スケールの構造はより効率的になり、個別に合わせやすくなるかもしれないともいいます。クレアさんは、Stripe Sessionsに登壇したマーク・ザッカーバーグさんの「人がもっといればもっと良くできる仕事がある」という考えにも触れました。AIエージェントによる運用という新しい事業領域が生まれ、それがうまくいっているかを人間が確かめる必要も出てくるといいます。
そのうえで、これからますます必要になるのは、適応力が高く、複数のレベルで動ける人だとクレアさんは話します。作業やプロセスの品質と、新しいやり方が長期目標につながっているかという戦略の両方を見られる人です。
クレアさんが眠れないほど考えていること
最後に宮武さんは「良い意味でも悪い意味でもいいので、夜眠れないほど考えていることは何ですか」と尋ねます。
クレアさんは、リーダーの役割の多くは視点を示し、今がどんな時期なのかを理解できるよう枠組みを与えることだと話します。安定と一貫性の土台を提供したいとも語りました。
しかし今は、クレアさんの人生の中でも不安で、揺さぶられる時代だといいます。技術の変化、地政学的な変化、それらがもたらす社会的・文化的な影響が、世界中のどこにいても急速に押し寄せているという認識です。
クレアさんは、ジーン・トゥエンギの著書『Generations』を挙げます。世代を定義しているのはその世代のテクノロジーだという主張で、変化が速くなった今は、TikTokがあった時期に生まれたかどうかのような「サブ世代」の区切りまで生まれているといいます。クレアさんは、それを自分の子どもたちにも見ているそうです。
だからこそクレアさんが考え続けているのは、不安と不確実性の時代にどう率いるかです。リーダーシップはかつてなく重要で、自分の枠組みや視点を常に更新し、わからないことが多い中で前向きな道筋をどう描くかを問い続けているといいます。
クレアさんは聞いている人に向けて、自分の役割を「情報を統合し、不確実性がどれほど高くても前向きな行動をとれる道筋を示す人」と捉えてほしいと語りました。それをどうすればうまくできるかが、眠れないほど考えていることだと締めくくっています。
まとめ
クレア・ヒューズ・ジョンソンさんの話は、組織づくりを型の押し付けではなく、聞くこと・選ぶこと・確かめることの積み重ねとして捉えるものでした。標準化と独自性の線引き、高い基準と思いやりの両立、そしてAI時代にも変わらない人間の組織化という視点が一貫しています。
- 『Scaling People』は、創業者たちが求めた「具体的にどうやるのか」を示す、リファレンスマニュアルのような本として書かれた
- すべてを独自にせず、標準化する部分と外れ値でいたい部分を選び、標準部分は理由を説明して摩擦を小さくする
- 高い基準と深い思いやりの両立が大切で、厳しくなったクレアさんは部下からの評価がむしろ上がった
- 遠回しな文化でも、隣に座って仕事について話し、許可を得てから伝えることで率直なフィードバックは可能になる
- AIで人数は減っても組織化の本質は変わらず、適応力のある人材と、不確実な時代に道筋を示すリーダーが一層重要になる





