スタートアップの課題は本当にエンジニア不足なのか
宮武さんが去年から話したかったというこの回のテーマは、スタートアップエコシステムのコアな課題と、その解決策です。究極の問いは、アウトライヤー的な起業家を世界でどうやって生み出すか、というものです。
スタートアップの課題として一般によく言われるのは、エンジニアや、データサイエンティスト、AI・機械学習の知識を持つ人材の不足です。その対策として、学校でSTEM教育 ── Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字を取った言葉。理数系の教育を重視する考え方として、アメリカを中心に推進されていますを推進する起業家や関係者が増えていると宮武さんは説明します。
STEM教育って何でしたっけ?
宮武さんは科学、数学、エンジニアリングまでは挙げたものの、Tが思い出せず、草野さんが「テクノロジー」と補う場面もありました。宮武さんは「一番多分うちらが知っておかないといけないやつ」と笑い、本題に入ります。
人文学専攻の学生はどれほど減っているのか
宮武さんによると、STEM教育のトレンドが来る前のアメリカでは、人文学(ヒューマニティーズ)を専攻する学生の割合は全米で15%ほどありました。人文学には歴史、哲学、宗教学、英語学などが含まれます。
ところが、アメリカの人文学を学ぶ学生数は大きく落ち込んでいます。宮武さんは、過去10年で英語学と歴史を専攻する学生数が3分の1ほど下がり、人文学全体でも17%ほど学生数が落ちていると紹介します。
個別の大学の数字も挙げられました。アリゾナ州立大学では英語学専攻の学生が2012年の953人から2019年には578人に減り、オハイオ州立大学では人文学専攻の卒業生が2012年から2020年にかけて46%減ったといいます。
さらに宮武さんは、タフツ大学で50%、ボストン大学で42%減り、リベラルアーツに特化したバサーカレッジやベイツカレッジでも半減ほどしていると話します。ウィスコンシン大学スティーブンズポイント校では、2018年に哲学・英語学・歴史の専攻をなくすことまで検討されました。
えー、なぜ?
生徒数が少なすぎて、そこ(人文学の専攻)にリソースをかけられないっていう判断ですね、おそらく。
ハーバード大学でさえ、人文学の3つの専攻を1つにまとめる案が検討されたことがあるといいます(実現はしていません)。人文学関連の専攻を希望する新入生の割合は2012年の20%から2022年には7%まで落ち、英語学専攻者は2005年から2020年にかけて75%減りました。
宮武さんによれば、今のハーバードで英語学を専攻する学生は、約7000人の学生のうち60人もいないそうです。
コンピューターサイエンスとの逆転はどこまで進んだのか
宮武さんは1970年ごろのアメリカの大学では社会科学や歴史が一番人気の専攻だったと説明します。今はビジネスが19%で一番人気になり、社会科学は8%まで落ちています。
一方で、エンジニアリングやコンピューターサイエンスといったハードスキル型の専攻は人気を集めています。4年制大学でコンピューターサイエンスを専攻する学生数は2011年から2021年で3倍になり、2017年から2022年でも34%増えました。同じ期間に英語学専攻は23%減っています。
象徴的な例として紹介されたのが、メリーランド大学です。2010年にはアート・人文学系の専攻とコンピューターサイエンス専攻の学生数の比が4対1でしたが、現在はアートと人文学が2400人、コンピューターサイエンスが3300人と完全に逆転しています。
なぜ若者は人文学から離れるのか
人文学離れの理由として、宮武さんはまず、何がイケてるのか、何が今のステータスなのかという空気を挙げます。草野さんが「就職にも強そうですもんね」と返すと、宮武さんはそこが一番の理由だろうと応じます。
学生の多くは、エンジニアリングやコンピューターサイエンスを専攻した方が平均以上の収入を得られると考えています。宮武さんによると、ニューヨーク連邦準備銀行が公開している専攻別の給料データでも、中央値の上位5つはすべてエンジニアリング関連です。
もう1つの理由はメディアです。今の多くのメディアはAIやテックについて書きますが、昔のニューヨークタイムズは文学理論の記事も多く出していたといいます。メディアが扱うことで「これがみんなが話していることなんだ」と学生が認識し、学ぶきっかけになる、と宮武さんは説明します。
給料
ハードスキル系の専攻の方が収入が高いと学生が考え、データもそれを裏付けている
メディア
AIやテックの記事が増え、人文学の話題が扱われにくくなった
ステータス
何がイケているかの空気がテック側に傾き、学生の専攻選びが変わる
人文学は「woke」になったのか、それともROIを迫られているのか
宮武さんはもう1つの論点として、共和党派の人たちからよく出る批判を紹介します。今の大学の人文学は教育内容が変わり、woke ── もともとは社会的な不正義に「目覚めた」という意味のスラング。近年のアメリカでは、行き過ぎたリベラル的な政治姿勢を揶揄する言葉として保守派が使うことが多いになった、という批判です。
ただ宮武さんは、大学教授が自分の政治的意見を述べること自体は昔からあり、学生運動も起きてきたので、今だけ特別な現象ではないと考えています。むしろ、教授を採用する大学の管理側からのプレッシャーと、上がり続ける学費の影響が大きいのではないかと話します。
(人文学の価値を)見せないといけない時に、どうしても金銭的な結果が出せないんですよ。あのヒューマニティーズに関しては。
学生ローンの額が膨らむなかで、どの専攻にどんな価値があるのかを示す必要が出てきました。宮武さんの見立てでは、人文学は経済的な価値の代わりに、今の権力構造を理解し、平等性のもとで戦えるという社会的・政治的な価値を打ち出しているように見えるといいます。
宮武さんは、アクティビズムを推す方向が一部で過激派に寄っていることは課題だとしつつ、本来の人文学教育は、将来のビジネスや政府のリーダーにカルチャー的なナレッジを伝えるためのものだったはずだと語ります。
将来のビジネスや政府のリーダーに、歴史や哲学などのカルチャー的なナレッジを伝える
学費やROIのプレッシャーのもと、社会的・政治的な価値を打ち出し、一部が過激派に寄っている
成績インフレと「議論するだけでいい成績」批判
カルチャー的なナレッジは重要なのに、人文学はバカにされがちだと宮武さんは言います。STEMを学ぶ人からは「議論するだけでいい成績が取れる」と言われることもあり、実態としてそういう要素もあると認めます。
その根拠が成績インフレです。ハーバードの学生の平均GPAは右肩上がりで、平均でほぼ満点に近い状態になっています。イェール大学の科目別データでは、人文学系の科目の方がインフレ率が高い傾向もあったそうです。
それでも宮武さんは、だから人文学を学ぶ意味がないという話にはならないと続けます。人文学を学ぶことで人間のコアな体験を理解でき、それがビジネスにつながるという考えです。
トップ起業家たちは何を学んでいたのか
宮武さんは、起業家やVCの中には人文学を学んだ人が多いと具体名を挙げます。ピーター・ティール ── PayPalの共同創業者で投資家。Facebookの初期投資家としても知られ、著書『ゼロ・トゥ・ワン』は起業家に広く読まれていますはスタンフォードで哲学を学び、Palantir CEOのアレックス・カープは哲学のPhDを持っています。
さらにイーロン・マスクは物理と哲学、マーク・ザッカーバーグはハーバードでコンピューターサイエンスと心理学を学んでいました。Instagram共同創業者のマイク・クリーガーは、スタンフォードでコンピューターサイエンスに哲学や心理学を組み合わせた「シンボリックシステム」を専攻していたそうです。
| 人物 | 立場 | 学んだもの |
|---|---|---|
| ピーター・ティール | 起業家・投資家 | スタンフォードで哲学 |
| アレックス・カープ | Palantir CEO | 哲学のPhD |
| イーロン・マスク | Tesla・SpaceX | 物理と哲学 |
| マーク・ザッカーバーグ | Meta | コンピューターサイエンスと心理学 |
| マイク・クリーガー | Instagram共同創業者 | シンボリックシステム |
(イーロン・マスクは)そんな感じはしますね。今の彼を見ると。
宮武さんは、人文学の根本は人間の本性を理解しようとすることであり、それはビジネスに深く関わると話します。そのうえで、スタートアップエコシステムの課題はエンジニア不足ではなく、リベラルアーツや人文学を学ぶ人が足りていないことだという逆の見方を示します。
ハードスキルと人文学、先に学ぶならどちらか
草野さんは、テックの知識を持ったうえで人文学も知っておくべきという意味かと尋ねます。宮武さんは、ハードスキルは先に学んでも後で学んでも学びやすさはあまり変わらないと答えます。
大学だと無理やりでもディスカッションしないといけない状況っていうのは、実は結構いいんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。
哲学などはディスカッションが必要なので、大学で学ぶ価値が大きいという考えです。理想は両方学ぶことですが、選ぶなら先に人文学系だと宮武さんは話します。
草野さんに専攻を聞かれた宮武さんは、ビジネス専攻だったと明かします。アメリカの多くの大学では最初の1〜2年にリベラルアーツ系も含めて幅広く学びますが、宮武さん自身はそこで哲学を選ばなかったそうです。
なぜ「アウトライヤーに限る」アドバイスなのか
宮武さんは、人文学を学ぶべきというのは全員に向けたアドバイスではないと念を押します。一般的な平均的な人にとっては、3年前にOff Topicで話した内容と同じく、ハードスキルを学んだ方がよいという立場です。
全員が人文学を学ぶと、給料の面では平均的にレベルが落ちるだろうと宮武さんは見ています。ハードスキル重視によってテック従業員のスキルセットは平均的に上がり、業界は良くなっています。
テック従業員のスキルが平均的に上がり、業界全体が底上げされる
平均は下がる可能性があるが、世界を作るアウトライヤーを1人でも2人でも生む
平均的に良くなるのと、アウトライヤーを一人でも二人でも作るのって比べると、僕は一人二人作った方が、全体的に貢献度がそっちのが高いと思うんですよ。
だからこそ、アウトライヤーを目指す人こそ宗教、哲学、心理学、歴史を学ぶべきだというのが、このエピソードの前提になっています。
人文学はビジネスにどう生きるのか
人文学を活用したビジネスの例として宮武さんが挙げたのがAirbnbです。Airbnbはマズローの欲求五段階説 ── 心理学者アブラハム・マズローが提唱した理論。人間の欲求を生理的欲求から自己実現欲求まで5つの階層で捉えますをフレームワークにして、ミッションステートメントやゲスト体験を作ってきたといいます。
宮武さんは、Off TopicでこれまでしてきたSNSの進化やイノベーションの加速・減速、サービスが人気になる仕組みの話も、基本は人文学が裏にあると話します。人の本性を理解し、それに合わせたインセンティブ設計ができるかで、サービスの成否が変わるからです。
社会的地位やステータス、過去に扱ったミメーシス理論 ── 哲学者ルネ・ジラールが提唱した、人は他者の欲望を模倣して欲望するという考え方。ピーター・ティールが影響を受けたことでも知られます、認知バイアスなどを理解すれば、より良いプロダクトが作れると宮武さんは考えています。
そして人文学から生まれる重要な成果がマニフェストです。マニフェストは哲学そのものであり、ファウンダーが人文学から選ぶなら心理学か哲学が重要だと宮武さんは話します。草野さんも、ネットワーク効果も結局は人の動きの話なので、特に一般消費者向けのファウンダーには心理の話が面白いと応じます。
AmazonやGoogleの「哲学」はどう定着したのか
宮武さんによると、企業の哲学は最初は宗教のように変に見えても、うまく機能し始めるとみんなが賛同し、やがてテンプレートになることがよくあります。その代表例がジェフ・ベゾスの哲学であるAmazonの書き物文化です。
Amazonでは2004年に、パワーポイントのプレゼンをなくし6ページのメモを書くよう求めました。当時はおかしな人だと思われたはずですが、今ではAmazon方式と呼ばれ、Stripeなどにも受け継がれています。
Googleも2004年のIPOレターで創業者2人が哲学を書いており、それが有名な20%ルールです。従業員が時間の20%を自分で考えたプロジェクトに使うことで、Google News、Gmail、AdSenseが生まれたといいます。
Facebookの「Move fast and break things」は、シリコンバレーで最も浸透した哲学かもしれないと宮武さんは話します。2004年の初期からザッカーバーグとエンジニアが掲げていましたが、会社が大きくなり壊しすぎるのもよくないとして、2014年に正式にやめています。
TeslaとSpaceXについては、イーロン・マスクのFirst Principles Thinking ── 物事を既存の常識や類推ではなく、根本的な原理まで分解して考える思考法。第一原理思考とも呼ばれますをベースに会社が存在している部分があると宮武さんは見ています。創業者の哲学は会社に大きく影響し、人がその会社に入りたい理由がプロダクトではなく哲学であることも多いと話します。
イーロン・マスクのマニフェストは何がよかったのか
有名なマニフェストとして最初に紹介されたのが、イーロン・マスクが2006年に書いたTeslaの「秘密計画」です。名前に反して公開されていて、まずスポーツカーを作り、その収益でより低価格の車を作り、さらにそのお金でより低価格の車を作るという内容でした。
計画が実現したことで、10年後の2016年にはパート2が出され、バッテリーのストレージや電気自動車以外の商品、自動運転などに言及しています。
自分がやりたいことを明確にすることによって、まあ賛同しやすくなる、従業員側が。
草野さんは、マスクのマニフェストはビジョンやミッションより具体的で、事業計画とビジョン・ミッションの間くらいなのかと尋ねます。宮武さんはTeslaの場合はそうで、会社によってはもう少しバリューに近いものになるケースもあると答えます。
NIKEとMSCHFは危機や商品をどう語ったのか
バリューに近いマニフェストの例として宮武さんが挙げたのがNIKEです。「Just do it」とは別に、1977年に出された10個ほどの原則があり、「常にオフェンスにいる」といった項目を含むこの原則はTwitterでよくバズるそうです。
1977年当時、NIKEはまだブルーリボンスポーツという未上場の会社で、売上は3000万ドル弱ほどでした。そこへアメリカ政府が関税の未払いを指摘し、2500万ドルの罰金を要求します。フィル・ナイトは自著で、払えばNIKEは終わると語っていたといいます。
その対抗として、キーメンバーのロブ・ストラッサーが10個の原則を書き、従業員に再び競争心を吹き込んだとされます。宮武さんは、効果がどこまであったかは正直わからないものの、結果としては成功したと話します。
少し変わった例がMSCHF ── アメリカのクリエイティブ集団・企業。2週間に1回ほど奇抜な商品やプロジェクトを「ドロップ」として発表することで知られますです。2週間に1回クレイジーな商品をドロップし、日本では鉄腕アトム風の赤いブーツで初めて広く認知されたと宮武さんは見ています。
MSCHFの面白さは、商品ごとに専用のランディングページを作りマニフェストを書くことです。現代美術家ダミアン・ハーストの作品を切り抜いて個別に売った例でも、ただクレイジーなだけでなく、伝えたい意見を商品を通して示していると宮武さんは話します。
Appleが1987年に書いた「哲学」とは
宮武さんが一番好きなマニフェストは、Appleが1987年に作った「Human Interface Guidelines」です。初めてカラーディスプレイを備えたMacintosh IIが出た年の資料で、キャッチコピーではなく何ページもあるドキュメントです。
資料にはMacintosh IIのスペックや使い方もありますが、ガイドラインの中身をなぜそう書いたのかを丁寧に説明しています。宮武さんはリスナーに第1章だけでも読んでほしいと勧めます。
第一章目のタイトルが「哲学」なんですよ。なんでAppleが商品を作る上での哲学をちゃんと述べてるんですよ。
そこにはユーザーとコンピューターの関係はどうあるべきかが書かれています。過去の回で話したAppleの直感的なUI設計の強さも、このガイドラインを読むと納得できると宮武さんは話し、マニフェストは強い文化と強いプロダクトの両方に関わると締めくくります。
草野さんは、宣言は能動的な行為だと受け止めます。こうあるべきと言うことは、こうでないべきと言うことでもあり、共感する人には格好よく映ります。宮武さんが「共感しない人は『なんだこいつら』と思う」と返すと、草野さんは、だからこそファンを熱狂させられると応じました。
なぜ20代のトップ起業家が出てこなくなったのか
宮武さんは話をアメリカのテック業界全体につなげます。かつてはマーク・ザッカーバーグ、ビル・ゲイツ、マーク・アンドリーセン、スティーブ・ジョブズのように20代でトップ起業家と見なされる人がいましたが、今はトップ3どころかトップ10にも20代が入らないかもしれません。
その理由にマニフェスト作りが関わっているのではないか、というのが宮武さんの仮説です。1990年代から2010年代初めの起業家やスタートアップは、今以上にカルト的で、利益の最大化とは別のミッションを抱えていたといいます。
ソフトウェア企業が成功しすぎて、その初期のマジックっていうか、初期のなんか宗教っぽさがなくなってしまった。
今のアメリカで一番稼げるのはウォール街ではなくテックで、3000万〜4000万円の給料を求めて人が集まります。しかしその多くはGmailやInstagramの機能を少し改善する仕事で、重要ではあっても別の人に置き換え可能だと宮武さんは指摘します。
自分がやらないと起きないという使命感で、新しいムーブメントを自ら作ろうとした
高い給料を求めて入り、置き換え可能な機能改善を担う人が多い
宮武さんは、2エピソードほど前に扱ったエルセグンドの起業家には使命感が見えて良いとしつつ、全体としては足りていないと見ています。その理由は、それに合うマニフェストがないからだと考えています。
草野さんは日本の例として、インターネット起業家が増えた時期のネットエイジを思い出します。ミクシィ、ヤフー、グリーなどで活躍する人たちがいたコミュニティで、「ネットエイジウェイ」というマニフェストがあり、日本の経済を大きくしたいという思いもあったのではないかと話しました。
アンドリーセンやポール・グレアムはなぜ書いたのか
宮武さんが挙げたのは、2010年前後に出た起業家の考え方を変えた文章です。2011年にマーク・アンドリーセンが「Why Software Is Eating the World」を書き、同じ年にエリック・リースが『リーン・スタートアップ』を出しました。
その少し前から、ポール・グレアムがブログを始めています。ブログには信者がいて、それがYコンビネーター(YC)の土台になりました。当時の常識に反した「スケールしないことをしよう」という考えは、Airbnb共同創業者のジョー・ゲビアがYCで一番良かったアドバイスと語るほどだといいます。
草野さんは、コミュニティが大きくなりすぎて、今マニフェストを公開しても「あ、言ってるな」で終わるのではと疑問を投げかけます。
これマニフェストとかも宗教作りと同じ話だと思うんですけど、あのクレイジーなアイデア出さないといけないんですよ。
宮武さんは、今のテック業界で一般に思われていないことを述べ、しかもそれが真実でなければならないと続けます。正しくて変なことを言えば、本当に数名の信者から始まり、徐々に広がっていくという見立てです。
Udemyの共同創業者の1人もこのアドバイスでPMFを達成しましたが、ポール・グレアムから直接ではなく、Airbnbの創業者から聞いたそうです。考えが世代ごとに受け継がれていたことを示す例として紹介されました。
「ファウンダー」の常識は誰が作ったのか
ピーター・ティールの『ゼロ・トゥ・ワン』は起業家のバイブル的な存在でした。しかし今の創業者にとっては、読んではいても信者ではなく「そうですよね」と受け止める一般論になっていると宮武さんは話します。
でも、そこだと思うんですよ。当時は突拍子的だったんですよ。
宮武さんによると、そもそも昔は「ファウンダーはすごい」という概念が誰にもありませんでした。スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツも、ビジネスのビジョナリーではなく、タイミングが良かったコンピューターオタクとして見られ、ソフトウェア起業家はハッカーと呼ばれることもあったといいます。
当時のハッカーは犯罪に関わるネガティブな言葉でした。その見方を変えたのがポール・グレアムのブログで、ファウンダーはヒーローであり、ビジネスを立ち上げて生産性を上げお金持ちになることは道徳的に良いことだと述べたと宮武さんは説明します。
タイミングが良かったコンピューターオタク、あるいはネガティブな意味のハッカー
ポール・グレアムのブログを経て、生産性を上げるヒーローとしてのファウンダー
宮武さん自身もピーター・ティールイズムを受け継ぐ一人かもしれないと話します。今の起業家は本を読んでもイズムは受け継いでおらず、だからこそ次に起業したいと思う人が減るのではないか、つまり誰かが新しいマニフェストを作らなければならない、と宮武さんは語ります。
誰が書くべきかという草野さんの問いに、宮武さんはどこからでも出てこられるとしつつ、説得力が必要なので少し上の世代やVCの方が受け入れられやすいと答えます。近年の例として、2018年のリード・ホフマン『ブリッツスケーリング』、2020年のアンドリーセン「It's Time to Build」、そして「テクノオプティミスト・マニフェスト」が挙げられました。
マニフェストを書きたい人がいれば手伝いたいという宮武さんに、草野さんが立場を尋ねると、返ってきたのは「僕は信者です」という答えでした。ただ、最近は伝えたいと思えるマニフェストがあまり見つからないそうです。
起業家を生む教育機関はどうあるべきか
昔は大学などの教育機関がマニフェストの役割を一部担っていましたが、今は果たしていないと宮武さんは見ています。STEM教育に偏ると、起業家の哲学者がより出にくくなるため、アメリカの大学には革命と新しい試みが必要だと語ります。
1892年にロックフェラー家がシカゴ大学を始めたように、スタンフォードやハーバードにも創業者がいます。教育機関はマニフェスト作りに適しており、大学以外の形として、ピーター・ティールのティール・フェローシップ ── ピーター・ティールが設立した奨学プログラム。大学を辞めて起業や研究に取り組む若者に資金を提供しますやYCも挙げられました。
宮武さんは、マニフェストを作るだけでは足りず、組織化することが重要だと強調します。YCの第1期生からはサム・アルトマン、エメット・シア、ジャスティン・カン、アレックス・オハニアン、マイケル・シーベルが出ています。
志願者が殺到し、5%ほどだけを選別して入れるソーシャルクラブ的な立ち位置
組織側から出向いて、インバウンドでは見つけにくいアウトライヤーを探す
文化がイノベーションと経済成長を生むのか
宮武さんは最後に、人文学が重要なのは、アウトライヤーの発掘だけでなく、GDPの成長率や生産性につながるからだと述べます。根拠として紹介したのが、経済歴史学者ジョエル・モキア ── アメリカの経済史学者。技術進歩と経済成長の歴史的関係を研究し、産業革命の文化的背景に着目した研究で知られますの仮説です。
モキアは2016年の著書で、イギリスの産業革命は技術的な革命だけでなく、文化的な変動によって生まれたのではないかと唱えました。この考えを深掘りした研究者たちの論文が、2023年12月に出ています。
その研究では、1500年から1900年のイギリスの17万冊以上の本を分析し、「進展(プログレス)」や「イノベーション」といった単語の使用頻度を追いました。こうした言葉は17世紀初めから使われ始め、産業革命の前から文化的な土壌ができていたことが示されたといいます。
言葉の広がり
17世紀初めから「進展」「イノベーション」などの言葉が本で増える
文化的な環境
前向きな考えが社会に浸透する
産業革命・GDP成長
技術的な発明とあわせて産業革命が起こる。スペインでも同様のパターン
逆に、リスクや恐怖を表す言葉は今のアメリカで増えているといいます。Off Topicで以前話した、ポジティブなSF小説や映画が欲しいという主張にも、この背景があると宮武さんは語ります。
宮武さんは、こうした文化的・人文学的な要素が、個人、プロダクトや会社作り、そして国のGDPにまで関わるのではないかとまとめ、草野さんの「面白いですね」で回が締めくくられました。
まとめ
アメリカでは人文学の専攻者が大きく減り、コンピューターサイエンスとの逆転が進んでいます。宮武さんは、平均的な人にはハードスキルが合理的だと認めつつ、世界を変えるアウトライヤーを生むには哲学や心理学、そして人を動かすマニフェストが必要だと語ります。
- 人文学専攻者は大きく減り、メリーランド大学ではコンピューターサイエンスとの人数が逆転している
- 宮武さんは、スタートアップの課題はエンジニア不足ではなく、人文学を学ぶ人の不足だと見ている
- Amazon、Google、Tesla、NIKE、Appleの哲学やマニフェストは、文化とプロダクトの両方を形作ってきた
- ポール・グレアムやピーター・ティールの思想が一般論になった今、正しくて変な新しいマニフェストと、それを組織化する場が求められている
- 産業革命前から「進展」「イノベーション」という言葉が増えていたという研究は、文化が経済成長に先行する可能性を示している



