ゼロ金利が生んだ「メガファンドの時代」とは?
今回のエピソードで宮武さんが取り上げるのは、アメリカのスタートアップ・VC業界に出てきた「インディーズVC」「インディースタートアップ」というカウンターカルチャー的な動きです。宮武さんは、それが何に対するカウンターなのかを理解するために、まず直前までの時代を振り返ります。
宮武さんによると、2008年から2022年前半ごろまでは、利率がゼロだった影響で資金が大量に溢れ、VC業界とスタートアップ業界は非常に景気が良い時代でした。スタートアップ側から見れば「ブリッツスケール ── 赤字や非効率を許容してでも、圧倒的なスピードで事業規模を拡大する成長戦略。リード・ホフマンらが広めた言葉として知られていますの世代」とも呼べる時期です。
この時期にはSnapchat、Twitter、Airbnb、DoorDash、Coinbaseなど大きなエグジットが立て続けに起き、業界は「次のマーク・ザッカーバーグ」を探し始めました。エグジットが増えるほど、起業家になりたい人、VCになりたい人、VCに出資するLPになりたい人がそれぞれ増え、資金が集まっていったと宮武さんは説明します。
2013年から2022年にかけて、これアメリカではあるんですけど、アメリカのVCファンドは合計調達額が8倍増えてるんですよ。
一方で、出資を受けた新規スタートアップの数は2倍も増えていません。宮武さんが計算すると、2022年のスタートアップは2013年のスタートアップに比べ、平均で5倍のVC資金にアクセスできる計算になります。
新しいVCが8倍に増えたわけでもないため、資金の多くは既存のVCに流れ込みました。1号ファンドより2号、3号と規模を大きくすることが「成長」とされ、アメリカでは1000億円以上規模の、いわゆるメガファンドも珍しくなくなっています。
宮武さんはピッチブックのデータを挙げ、2019年から2022年はVCファンドの調達額の50%以上が500ミリオンドル以上のファンドに流れ、2022年には半分以上が1ビリオンドル以上のメガファンドに向かったと紹介しています。
大きなファンドは本当にいいことなのか?
ファンドが大型化し続ける中で、宮武さんは「そもそも大きなファンドを立ち上げるべきなのか」という懸念を示します。それはVCにとって、スタートアップにとって、そしてLPにとって良いことなのかを考える必要があるという問題提起です。
リターンっていう意味で言うと、大きく集めた方がいいみたいな感じなんですかね。
草野さんの問いに対し、宮武さんは「大きい」が何を指すかで答えが変わると話します。リターンの「額」で見れば大きなファンドが有利な場合もありますが、リターンの「倍率」で見ると、小さいファンドの方が高くしやすいといいます。
宮武さんの例では、10億円のファンドなら100億円のリターンが1件出るだけでファンドは10倍になります。ところが100億円のファンドでは、同じ100億円のリターンが出ても1倍にしかなりません。額は同じでも倍率がまったく変わるわけです。
VCは一般に倍率でパフォーマンスを見るため、業界の一般的な知見としては「小さいファンドの方が倍率のパフォーマンスがいい」とされている、と宮武さんは説明します。
データが示す「小さいファンドほど高倍率」
ファンド規模とリターン倍率の関係について、宮武さんは2つの調査を紹介します。1つ目はSante VenturesというVCが2011年、2018年、昨年と3回行った分析で、いずれもおおむね同じ結果が出たといいます。
その分析では、750ミリオンドル以上のファンドのうち、TVPI ── ファンドへの出資額に対して、分配済みの金額と保有資産の評価額を合わせて何倍になっているかを示す指標。未実現の評価額を含むのが特徴ですで2.5倍以上を出しているのは17%だけでした。350ミリオンドル以下のファンドでは25%が2.5倍以上を出しており、小さいファンドの方が達成確率は約50%高い計算になります。
2つ目はシリコンバレーバンクの調査です。1981年から2003年のファンドのうち、3倍以上を出した250ミリオンドル以上のファンドは3%にとどまり、50〜250ミリオンドルのファンドでは22%でした。
| 調査 | 大きいファンド | 小さいファンド |
|---|---|---|
| Sante Ventures(2.5倍以上) | 750ミリオンドル以上で17% | 350ミリオンドル以下で25% |
| シリコンバレーバンク(3倍以上) | 250ミリオンドル以上で3% | 50〜250ミリオンドルで22% |
それは多いのか少ないのか。
草野さんの問いに、宮武さんはVCファンドのパフォーマンスがパワーロー ── ごく一部の上位が成果の大半を占め、多くはわずかな成果にとどまる分布。VC投資では少数の大成功案件がファンド全体のリターンを決めるとされますに従うため、もともと数字は低くなりやすいと答えます。それでも3%と22%の差は大きいという見方です。
パフォーマンスが低くてもGPが儲かる仕組み
業界の誰もが「小さいファンドの方が倍率を出しやすい」とわかっているのに、ファンドは大きくなり続けています。宮武さんはこれを矛盾だと指摘し、その理由をインセンティブ設計に求めます。
小さくするとファンドのパフォーマンスがある程度高いままキープできるのに、あえてどんどんファンドを大きくしてパフォーマンスを下げにいってるんですよ。
ファンドを仕切るGP ── ジェネラルパートナーの略。VCファンドを運営し、投資判断を行う責任者。出資者であるLPから資金を預かって運用しますの報酬は、年2%程度の管理報酬と、1倍を超えたリターンの20%を受け取るキャリーの2本立てが一般的です。10億円のファンドなら、毎年2000万円が給料やオペレーションの費用に充てられる計算です。
宮武さんは、4倍を出した100ミリオンドルのファンドと、1.5倍しか出さなかった1ビリオンドルのファンドを比べる単純計算を示します。草野さんも「1ビリオン」と答えたとおり、GPの取り分が多いのは後者でした。
管理報酬20ミリオン+キャリー約60ミリオンで、合計約80ミリオンドル
管理報酬200ミリオン+キャリー100ミリオンで、合計約300ミリオンドル
1.5倍しか出していないファンドの方が、キャリーだけ見ても4倍を出したファンドより多くなります。宮武さんは、単純計算で完璧な分析ではないと断りつつ、パフォーマンスが低くても規模でGPが報われる構造には問題があるのではないかという議論があると紹介しています。
メガファンドが変えるエグジットの期待値
ただし宮武さんは、大きいファンドにもLPが自らの判断で出資しているため、「大きいファンドはシャットダウンすべきだ」という話は違うと考えています。それでも大小を区別すべき理由は、メガファンドの増加がスタートアップのエグジットに求める水準を変えてしまうからです。
宮武さんによると、どのファンドも基本的に3倍以上のリターンを狙います。3倍を下回ると、S&P500に入れた方がリターンが良く、しかもいつでも現金化できるため、LPとしては3倍以上のVCファンドに入れたいというのが一般的な考えです。
(3ビリオンって)考えるとちょっとやばいですよね。すごい数字ですよね。
1ビリオンドルのファンドが3倍を出すには、3ビリオンドルのリターンが必要です。投資先の株式を15%持つ場合、1ビリオンドル規模のユニコーン企業が20社必要になると宮武さんは試算します。1つのファンドの投資先は30〜70社、多くても100社程度なので、これは非常に難しい数字です。
そのためメガファンドは、1ビリオンドルの会社では足りず、10ビリオンドルや100ビリオンドルの会社を求めるようになります。そうした会社の株を10〜15%持てば、3倍のリターンが出るからです。
100ビリオンドル級の企業は本当に生まれるのか?
草野さんは、大手テック企業が強くなりすぎた今、次のGoogleのような規模のエグジットが本当に生まれるのかと疑問を投げかけます。宮武さんも同じ疑問を持ち、実際に調べたといいます。
2012年にIPOしたFacebookは時価総額100ビリオンドルを達成し、そこから多くのVCが「次のFacebook」を狙うと言い出しました。宮武さんは、2012年以降にIPOしたVC出資のテック企業で、現在の時価総額が100ビリオンドルを超える会社が何社あるかをクイズにします。
(正解は)Aです。3社です。あとちょっとで4社になるんですけど、今現在収録してる2月中旬時点では3社です。
草野さんは3択の真ん中の10社を選びましたが、答えは3社でした。日本ではほとんど話題にならないビジネスプロセス自動化のBtoB企業ServiceNowが約166ビリオンドルで首位、続いてUberが約150ビリオンドル、Shopifyが約116ビリオンドルです。Airbnbも94ビリオンドルで迫っています。
| 順位 | 企業 | 時価総額 |
|---|---|---|
| 1 | ServiceNow | 約166ビリオンドル |
| 2 | Uber | 約150ビリオンドル |
| 3 | Shopify | 約116ビリオンドル |
| 次点 | Airbnb | 約94ビリオンドル |
未上場ではSpaceXが直近180ビリオンドルの評価を受けていますが、それ以外は少なく、Stripeは直近ラウンドで100ビリオンドルを下回り、Figmaも20ビリオンドルでの買収話があったものの10ビリオンドル程度に下がっていると宮武さんは話します。100ビリオンドルのエグジットを狙うべきなのか、考え直す必要があるという指摘です。
ラウンドごとの評価額に生まれた「キャズム」とゾンビスタートアップ
宮武さんは、メガファンドが10ビリオンドル級・100ビリオンドル級のエグジットを求めるようになった結果、VC業界内にキャズム ── 本来は新製品が初期の顧客から大衆へ広がる際に越えにくい溝を指す言葉。ここでは資金調達の段階間に生じた断絶の意味で使われていますが生まれたと話します。それが最初に見えるのが、ラウンドごとの時価総額の中央値です。
| ラウンド | 2021年 | 2023年 |
|---|---|---|
| シード | 11 | 12.7 |
| シリーズA | 41 | 37.5 |
| シリーズB | 130 | 83 |
| シリーズC | 350 | 170 |
| シリーズD | 804 | 222 |
シードやシリーズAはほぼ変わらない一方、シリーズBから下がり始め、シリーズCは半減、シリーズDは4分の1になっています。さらに重要なのは、2023年のシリーズDの中央値222ミリオンドルが、2021年のシリーズC(350ミリオンドル)を下回っている点だと宮武さんは指摘します。
このギャップによって、生き延びるためのブリッジラウンドが増え、ラウンド間の期間も延びています。宮武さんは、これがゾンビスタートアップを多く生むと見ています。
本当はいい会社なのに、2021年とか2022年の初めに高すぎるバリュエーションで調達してしまった会社。
たとえばARRが10〜50ミリオンドルで成長もしていて、プロダクトも良いのに、時価総額が10ビリオンドルもついてしまった会社です。大幅なダウンラウンドをしない限り新たな出資を受けられず、場合によっては潰れてしまう、と宮武さんは説明します。
崩れ始めたVCの「リレー方式」
キャズムの中で宮武さんが最も重要だと考えるのが、ステージごとのVC同士の関係です。これまでシード、シリーズA、B、C、Dと続くVCは、同じ目標を持っていたからこそ共存できていたといいます。
シード
プレシード・シードのVCが起業家にベットする
シリーズA
PMFを見つけたスタートアップのスケールを支援する
シリーズB
さらにスケールさせる段階を引き継ぐ
グロース
上場準備のためグロース投資家に引き渡す
ステージごとに提供する価値や戦略は違っても、全員が1〜3ビリオンドル程度のエグジットを目指していました。ところが小さいファンドは今も1〜3ビリオンドルで満足できる一方、メガファンドはそれでは足りず、最低でも5ビリオンドル、基本的には10ビリオンドル以上を目指す会社でなければ投資対象にしなくなっています。
シードで投資したVCがどんどん引き渡すんですけど、最後の投資家に引き渡らないんですよ。
最後のバトンを受け取る投資家がいなければ、スタートアップはその前にエグジットを見つけるか、別の方法で資金を調達するしかありません。しかしアメリカでは政府が買収に厳しくなり、多くの会社にとって上場も現実的ではない状況だと宮武さんは話します。
「黒字化するなら調達はいらない」インディースタートアップの登場
エグジットの道が細るなかで、宮武さんは「そもそも調達の考え方を変えるべきでは」と考える起業家が増えていると見ています。あるVCの言葉を借りて、宮武さんはこれを「インディースタートアップの時代」と呼びます。インディーズバンドのようなイメージです。
多くのVCが起業家に黒字化を求める時代になり、起業家側からは「黒字化するなら、そもそも調達は必要ないのでは」という発想が出てきました。宮武さんは、Off Topic自身もメディア企業にVCモデルは合わないと考え、あえて調達を選ばなかったと明かしています。
宮武さんは、メインストリームが「大きく調達する」「ユニコーンになる」「従業員を増やす」だったのに対し、「調達していない方がクール」「少人数でやるのがクール」というアンチVCの流れは、カウンターカルチャーの動きに似ていると話します。
代表例として挙がるのは、初期にあまり調達せず成功したAtlassian、Mailchimp、Zapier、Calendly、Webflow、Notion、Linear、GitHub、Qualtricsです。草野さんは、ずっと調達せずに買収されたMailchimpについて、そこまで耐え抜いたことに驚きます。
AI企業ではMidjourneyが有名な例です。創業者はLeap Motionを作った連続起業家で、一切調達せず、昨年は200ミリオンドルの売上ペースで黒字化しているといいます。ネット業界の古い例としては、一切調達せず、約50人で年間1ビリオンドルの売上を出しているCraigslistも紹介されました。
AIで超少数精鋭のユニコーンは実現できるのか?
宮武さんは、AIの発展によって1〜3人でユニコーン企業を作れる時代が来るという見方があると紹介します。最近ではサム・アルトマン氏も似たことを言っていたといいます。
自社サーバーが必要で、立ち上げに約1ミリオンドルかかっていた
AWSで数千ドルに下がり、AIで1人のエンジニアが2〜5人分の働きをできる時代へ
理論上は、1〜3人の優秀な人材だけで100ミリオンドル以上の売上を作れる時代が見えてきます。ただし宮武さんは、現実にどこまでそうなるかは気になっていると話します。
エンジニアのコストはもちろん下がるんですけど、それによって競争はすごい増えるので。
草野さんも、誰もが同じことをできるならそれは優位性にならないのでは、と応じます。宮武さんは、長期的にはリテール業界のようにブランドマーケティング費用が増え、ソフトウェア製品だけで優位性を作ることが難しくなると見ています。ネットワーク効果やコミュニティ作りは、今も優位性を保てる領域だといいます。
ファンド規模を追わないVC、ベンチマークとUSV
インディースタートアップと同じ動きはVCにも出てくる、と宮武さんは考えます。大きさではなく、倍率のリターンを重視する「リターンドリブン」なVCです。代表例が、ニューヨークのUnion Square Ventures(USV)とベンチマークの2社です。
USVはTwitterやEtsy、Coinbaseなどに投資してきたテーマドリブンなVCで、ネットワーク効果に強く投資するほか、Web3、ヘルスケア、教育、環境問題などにも取り組んでいます。ベンチマークは毎回おおむね200〜400ミリオンドル程度の規模を維持し、大きくしないといいます。
両社に共通するのは、GPが全員対等の取り分を持つ完全イコールパートナーシップです。ベンチマークでは5〜7人ほどのパートナーが基本的に同じ取り分を持っています。
LPの人とかからしたら、もっと大きくした方がいいんじゃないっていう風に言われるのかなと思ったんですけど。
宮武さんによると、多くのVCはそもそも十分なリターンを出していないため規模を増やせないのが実情です。しかしベンチマークとUSVは投資希望者が殺到し、規模を増やそうと思えば増やせるのに、あえて増やしていない点がすごいといいます。
ベンチマークが嫌うのは「機関」や「フランチャイズ」という言葉です。既存を潰すイノベーションに投資する彼らは、自分たちが既存になりたくない。草野さんはこれを「メインストリームにはなりません」というインディーのスタンスだと受け止めます。
ベンチマークの最古参メンバーピーター・フェントンさんは、自分がファンドに与える価値より、受け取る価値の方が大きいと感じる瞬間が来たときに辞められるかが重要だと語っているそうです。
宮武さんによれば、ベンチマークで誰かがクビにされたことはなく、全員が自ら辞めてきました。パートナーが激しく入れ替わりながら同じ文化を保ち、次のファンドを小さくしてもいいとまで言えるのは、大成功しているVCの中では彼らだけではないかと宮武さんは話します。
草野さんは、属人的になりやすい小さな組織でありながら入れ替わりが成り立つ点に驚き、個人が集まるノマド的なグループという文化がVCらしいと感じたと語ります。宮武さんは、インセンティブが倍率のリターンに揃っているからこそ、規模を変えず、価値を出せなければメンバーもファンドも辞めるのだろうと見ています。
「将来的な競合」を理由に止まる買収
エグジット環境の変化として、宮武さんはAdobeによるFigma買収の破談を取り上げます。当初20ビリオンドルとされた買収は、半分が株式での取引で、その間にAdobeの株価が2倍になったため、実質30ビリオンドル規模の案件でした。
買収を止めたのはイギリスのCMA ── イギリスの競争・市場庁(Competition and Markets Authority)。企業の合併審査や競争法の執行を担う規制当局ですです。宮武さんは、CMAが「FigmaはAdobeの将来的な競合になる」という理由を挙げたことを、危うい線を踏んでいると感じています。
重要なキーワードって「将来的」っていうところで。なんかそれってすごい主観的な見方?
宮武さんは、InstagramがFacebookにとってこれほどの競合になると予想できた人は誰もいなかったと例を挙げます。「将来的」という言葉を使えば何でもブロックできてしまい、大企業にとっては小さな会社を買収するより自社で作る方がよい、ということになりかねません。
アメリカでも、連邦取引委員会がMetaによるVRフィットネスアプリSupernaturalの開発元Withinの買収を止めようとしました。結果的に買収は成立しましたが、将来の競合を消すのではという論点がちらついていたといいます。
今どの市場を指すかを定め、その中で独占しているか、消費者への影響や価格、参入妨害があるかを見る
予想に基づいて買収を最初から止めるため、誰の予想が正しいかの話になってしまう
宮武さんは、買収後に明らかに競合が入れなくなったときに分割を命じるのは理解できるが、最初から止めるのはおかしいと話します。買収がだめなら上場しかありませんが、上場の流動性は高くなく、カバーするアナリストも不足しています。5〜7年で上場できるような、より小さく早いエグジットの環境ができれば、インディースタートアップの時代がさらに進む可能性があるといいます。
大きなエグジットを狙わない起業家と、売上重視のSNS
宮武さんはインディースタートアップのネガティブ要因として、そもそも大きなエグジットを狙わない人が増えるのでは、という点を挙げます。5億円しか調達していない会社なら、1ビリオンドルではなく50億円のエグジットで満足する可能性があるからです。
ただしAtlassianやNotion、GitHubなどは大きなエグジットを狙っていた例でもあります。宮武さんは、これが業界にとって良いか悪いかは、インセンティブ設計の変化で起業家がどう変わるか次第だとしています。
一方で、ソーシャル領域でも早めに売上を作る流れが出てきています。ユーザーを集めてからマネタイズするというマーク・ザッカーバーグ的な考えとは別に、Off Topicでも取り上げたアプリGasの開発者ニキタさんが興味深い仮説を語っていたといいます。
この予測から、最初から売上を伸ばす目的でソーシャルアプリを立ち上げた方がいいのでは、というのがニキタさんの仮説です。宮武さんは、初期から売上を重視し、あまり調達せずに大きな会社になったCalendlyやMailchimpが、その代表例かもしれないと話します。
「誰でも起業すべき」は本当か?
ブリッツスケールの世代からインディースタートアップの時代に移るうえで、宮武さんがもう1つの課題として挙げるのが人材の問題です。正確には人材不足ではなく、トップレベルの人材が分散しすぎているという「ディストリビューションの問題」だといいます。
過去10〜20年のスタートアップブームでは、起業家になることがかっこいいとされてきました。宮武さんによると、アメリカでは今、経営層に経験不足の人が多すぎると指摘する人が増えており、その原因は人材が起業しすぎたことにあるといいます。
資金が有り余っていた時代には、FacebookやGoogleの経営メンバーなら起業して何億も調達できました。しかしCMOとしては適任でもCEOとしては適任でない人もいます。宮武さんは、一度大きく調達すると辞めにくく、失敗しても再び調達できてしまうため、その人が5〜10年スタートアップにジョインしなくなることが業界にとって良くないと見ています。
宮武さんは今後、「全員起業しましょう」とはあまり言わないようにしたいと話します。成功した創業者は、「起業家になりたいから起業した」のではなく、自分が感じた課題を解決したい人か、マーク・ザッカーバーグのようにものづくりが好きな人のどちらかが多いという見方です。
PayPalマフィアのような「才能の渦」は再び生まれるか?
宮武さんは、ゼロ金利とメガファンドの時代が業界に与えた大きな影響として、人材の分散を挙げます。その結果、PayPal出身者がTesla、Palantir、YouTube、LinkedInなど約280社を生んだとされるPayPalマフィア ── PayPalの創業メンバーや初期社員が退社後に次々と起業・投資し、シリコンバレーで大きな影響力を持つようになった人々の通称のような集団は、今は作りにくいといいます。
草野さんは、優秀な人ほど組織に縛られず、複数の仕事や自分なりのキャリアを選ぶ傾向が、特に個人主義的なアメリカではあると話します。そのため、ドリームチーム的な集まりは生まれにくそうだと感じたといいます。
今は、でも多分それ(グループが生まれにくいの)ってインセンティブの問題だと思うんですよ。
宮武さんは、ビジネスを成長させるのが得意な人が起業せず、株などで十分に報われ、社会からもスタートアップへのジョインが評価されるようになれば、PayPalマフィア的な存在が再び可能になると考えています。草野さんは、会社に縛られずコミュニティプロジェクトとして始め、伸びたら続けるようなプロジェクト型の起業も増えていると話します。
かつてFacebookは上場前にGoogleから多くの経営人材を採用し、そこから学んだ若手を育てました。現在の例としては、OpenAIから最初の論文を書いた人たちがCohere、Sakana AI、Character.AI、Adept、Essential AIなどへスピンアウトしたことや、SpaceXの卒業生が100社以上を作っていることが挙がります。
宮武さんは、マフィア化が起きやすいのは生成AI、宇宙、防衛テックなど、かつて資金調達額が少なく競争が少なかった領域だと指摘します。PayPalマフィアにはピーター・ティール、リード・ホフマン、キース・ラボイス、ルロフ・ボータ、デイビッド・サックスなど、戦略やセオリー、実行に長けた非テクニカル人材も集まっていました。宮武さんは、才能の渦をどう作るかをもっと研究したいと語ります。
最後に宮武さんは、インディースタートアップ・インディーズVCへのシフトは明らかに起きていて、その良し悪しはまだ見えないとまとめます。そのうえで、人材の渦が生まれやすくなる可能性や、VCのインセンティブ設計が見直される点は良い影響だと述べ、スタートアップもVCも自分が求めるエグジットやファンド規模を自ら問うようになればいいと締めくくりました。
まとめ
ゼロ金利期に膨らんだメガファンドは、GPの報酬構造やエグジットへの過大な期待を通じて、VCのリレー方式やスタートアップの調達環境にひずみを生みました。その反動として、黒字化を重視するインディースタートアップや、規模を追わないベンチマークのようなVCが注目されていると宮武さんは見ています。
- VC調達額は約10年で8倍になったが、新規スタートアップは2倍未満しか増えず、資金は既存VCの大型化に流れた
- 小さいファンドほど倍率のリターンを出しやすいのに、報酬構造上GPは大きいファンドの方が報われやすい
- 2012年以降に上場し時価総額100ビリオンドルを超えたテック企業は3社だけで、メガファンドの期待とのギャップがキャズムやゾンビスタートアップを生んでいる
- 調達に頼らず黒字で伸びるインディースタートアップと、規模を追わないベンチマークやUSVのようなVCが、カウンターカルチャーとして存在感を増している
- 「誰でも起業すべき」という空気が人材を分散させたとして、宮武さんはスタートアップへのジョインを評価する文化の必要性を訴えている


