なぜ個人のエンジェル投資家が増えているのか?
Off Topicの今回のテーマは「資金調達の進化」です。前回はアンドリーセン・ホロウィッツや新世代のベンチャーキャピタリストのメディア戦略を扱いました。今回はシードより先の、アーリーステージからプレIPOまでで誰が投資しているのかを、草野さんが宮武さんに聞いていきます。
宮武さんによると、アーリーステージでは個人投資家やマイクロファンドが大きく増えています。投資先のHOUSEという会社には100人ほどのエンジェル投資家がいて、場合によっては個人がラウンドをリードするケースも出てきているそうです。
エンジェル投資家の多くは、元起業家や元VCの人たちです。宮武さんは、時価総額4000億円で調達したクラブハウスにも、200人以上のクリエイターやファンド、エンジェル投資家が株主として入っている例を挙げました。
(スタートアップ側の)メリットって、たくさんお金を集められるところが一番のメリットなんですか?
自分たちのクリエイターとかファンも投資できるっていうところで、いわゆるアンバサダー化するっていうことですよね。
株主側にとっても、会社の株を持てばその会社を自然とプロモーションするようになります。宮武さんは、株主のネットワークをスタートアップが使えるかもしれない点も含めて、双方にとってWIN-WINの関係になると話しています。
前回話したように、今のVCは「何か手伝えることはありますか」と聞くのではなく、何を支援できるかを先に見せる必要があります。宮武さんは、その点で個人のほうが軽く動けて支援しやすいと見ています。
例えばSaaSのプライシングについてすごい特化してる人がいるかっていうと、(大手VCには)いないかもしれないじゃないですか。
特定の分野に詳しい個人にエンジェル出資してもらえば、その人から直接アドバイスをもらえます。起業家が投資家を一人ずつ選べるようになったことが、個人投資家が増えている背景の一つだと宮武さんは説明しています。
セコイアの後追いだけをするファンドがあった
個人投資家が増える一方で、アンドリーセン、セコイア、アクセルといったトップティアのファンドの価値は今も残っていると宮武さんは言います。その価値は2つあり、1つ目はPR効果です。
例えばセコイアが投資してたら、多分いい案件なんだろうなみたいな。
このPR効果をそのままコンセプトにしたファンドが、過去にいくつか存在したそうです。セコイアが投資した会社に、次のラウンドで、より高いバリュエーションで投資するというファンドです。
その一つがDAG Ventures ── シリコンバレーのベンチャーキャピタル。レイターステージの企業への投資を中心に手がけてきましたです。LPへのピッチが「全セコイア案件に入れます」というもので、シリコンバレーでは一時期かなりバカにされたといいます。
ちょっとダサいですけど、なんかあの、わかります。やりたい気持ちは。
宮武さんは、VC業界には勝ち組がさらに勝つパワーロー ── ごく一部の投資先が全体のリターンの大半を生み出すという、ベンチャー投資の収益分布の特徴を指す言葉ですの構造があるため、こうしたフォローオンファンドが生まれるのは自然な流れだと話しています。
トップティアのファンドの2つ目の価値は、マーク・アンドリーセンやアンドリュー・チェンのような著名な投資家が取締役に入ることです。多くの経験とネットワークを持つ人から直接アドバイスをもらえる点は大きいと、宮武さんは見ています。
トップティアVCがシードまで降りてきた理由
宮武さんによると、セコイアやアンドリーセンなどの「オールスターファンド」は、もともとシリーズAやBに集中していました。それが最近はレイターステージ、シードステージ、スカウトファンドまで広げ、あらゆる案件を取りにいく形になっています。
アンドリーセンは高いバリュエーションを出し、資金も名前の知名度もあります。そのため、アンドリーセンが来たら起業家に断る理由がなく、他のシード投資家が入れなくなることもあるそうです。
一方で、アンドリーセンが得意としてきたレイターステージ自体も、競争が激しくなっています。上場企業に投資していたPEファンドなどが、プレIPOやレイターステージに投資し始めているからです。
宮武さんは、タイガーグローバル、C2、Durable、フィデリティなどを挙げました。この10年ほどで、こうした投資家がレイター、ミドル、場合によってはアーリーステージにまで入ってきており、C2は最近アーリーステージにも投資しているそうです。
大きな資金を持つ投資家が、大きなチェックを切るようになった背景には、EXITの規模が大きくなったことがあります。宮武さんは、この流れを本当に変えたのはソフトバンクのビジョンファンドだと話しています。
EXITの大型化
上場時の企業価値が大きくなり、レイターステージへの大型投資が成り立つようになった
大口資金の流入
ビジョンファンドやPEファンドがレイターステージに巨額を投じ始めた
既存VCの押し出し
レイターやミドルにいた投資家が、よりアーリーステージへ移った
トップVCのシード参入
アンドリーセンなどがアーリーやシードにも入ってくるようになった
こうしたレイターステージの大口投資家は、EXIT周りも管理してくれる存在であり、その点でも価値を持つと宮武さんは補足しています。
SPACは「株主を選ぶための上場」なのか?
レイターステージの状況を変えている要因として、宮武さんはSPAC ── 特別買収目的会社。まず事業を持たない会社を上場させ、その後に未上場企業と合併させることで、合併先を実質的に上場させる仕組みですや直接上場といった新しいEXITの形を挙げました。
宮武さん自身も、最近までは「直接上場でいいのでは」と思い、なぜSPACを選ぶのか疑問に感じていたそうです。考えが変わったのは、アルティメーターの人からSPACの考え方を聞いたことがきっかけでした。
SPACって結局その、なんですかね、投資家選びができるんですよね。
未上場のスタートアップは、誰を株主に入れるかを自分で選べます。しかし通常の上場では、そのコントロールが一気に効かなくなります。IPO価格で投資する人たちの多くは、初日に株価が上がると売ってしまい、そこで大きく儲けているケースが多いそうです。
それならSPACを選び、売らない投資家や本当に価値を提供してくれる投資家を最初に選んでおいたほうがいい。宮武さんは、この判断に納得したと話しています。
草野さんがSlackはSPACだったかと尋ねると、宮武さんはSlackとSquarespaceは直接上場だと訂正しました。SPACの例としては、これから上場するGrabや、前年のOpendoorを挙げています。
上場時に、長く持ってくれる投資家や価値のある投資家を選べる
従業員も株主も初日から売れるので、EXITする人には良いが、株主は選べない
宮武さんは、直接上場はEXITする人たちにとっては良い手法だとしつつ、株主選びができない点が違いだと整理しています。
10年でレイトステージのラウンドは5倍に
上場の選択肢が増える一方で、宮武さんは真ん中のミドルステージが「微妙な雰囲気」になっていると指摘します。アクセルを踏みたいものの、100億円の出資を受けるほどではない、これから伸びそうな会社の状況です。
こうした会社向けの選択肢は後で話すとして、宮武さんは先にレイターステージのラウンドの大型化を数字で示しました。
平均のディールサイズは過去10年で3倍、レイトステージに限ると5倍になっているそうです。グロースステージやレイターステージの案件は、2010年はプレマネー100億円が平均でしたが、今はプレ570億円になっていると宮武さんは話しています。
昔は1000億円から2000億円のEXITが良い結果とされていましたが、今は1ビリオンドル以上のEXITが普通になってきています。理由について宮武さんは、SaaS企業のポテンシャルが実はもっと大きかった、つまり過小評価されていたと説明しました。
草野さんは、上場のハードルが上がっているということでもあると受け止めました。宮武さんは、だからこそSPACのような手法が生まれ、レイターステージの競争が激しくなっていると応じています。
タイガーグローバルはなぜ48時間に1件投資できるのか?
今VC業界で特に話題になっているのが、タイガーグローバルです。宮武さんによると、2021年は平均すると48時間に1件のペースで投資しています。
YCとか、そのシードで数百万とか数千万入れるのであればまだわかるんですけど、彼ら(タイガーグローバル)って10億、100億単位でいる人たちなので。
投資判断はおおむね3日以内だそうです。宮武さんは、タイガーグローバルには明確な戦略があり、それをやりきっている点が大事だと話しています。
タイガーグローバルは、スピード重視で良い会社に投資しますが、多額を出してもボードシートを取らず、長期で株を保有すると決めています。社員も多くないため、ハンズオン支援は基本的に一切しません。
その代わり、支援が必要なときはベイン・アンド・カンパニーを使ってよく、費用はタイガーグローバルが全額負担するといいます。宮武さんは、これを戦略コンサルを自社のハンズオン部門としてアウトソースしている形だと表現しました。
コンサル費用に1億円、2億円かかっても、最終的に1000億円のリターンが出れば十分にペイします。宮武さんは無茶な戦い方としつつ、コインベースやHopin、ストライプにも投資しており、ストライプは10%弱を持っていたはずだと話しています。
お金だけ、なんか何も文句も言わないというか、なんかある意味本当にいい投資家ですよね。
宮武さんは、レイトステージの会社は事業も順調に回っており、アドバイスよりアクセルを踏むための資金が必要な場合が多いと説明します。タイガーグローバルはその点をあえて割り切っていて、ソフトバンクも同じような形だったと見ています。
VCである必要がない段階で、Pipeは何をするのか?
レイトステージの一つ手前のシリーズB、C、Dでも、特定の価値を与えられるVCは少ないと宮武さんは言います。順調に伸びている時期なので、海外展開などよほどのことがない限り、どの投資家のお金も同じに見えるからです。
草野さんが「微妙な雰囲気」とはこのことかと確認すると、宮武さんは「まさに」と応じました。この段階ではVCである必要がなく、そこにVCではない資金調達の選択肢が出てきているといいます。
株式で資金を集めるエクイティファイナンス ── 新しく株式を発行して投資家に買ってもらい、資金を調達する方法。返済は不要ですが、既存株主の持ち分は減りますは、創業者の持ち分を希薄化させます。宮武さんは、希薄化しない資金調達の例としてPipeとClearbancの2社を挙げました。
宮武さんは、自身がPipeに投資しているためバイアスがかかっていると前置きしたうえで、それでも重要なポイントだと話しています。シードやシリーズAでは著名投資家の助言が必要でも、その後の顧客獲得に資金を投じるグロース段階では、VCのアドバイスはそれほど必要ないといいます。
Pipeが着目したのは、SaaSの月額契約です。顧客は解約リスクや支払いの手軽さから月払いを好みますが、SaaS企業としては、年間分のキャッシュを先に受け取って次の顧客獲得に使いたいという事情があります。
宮武さんは、Off TopicがSaaSを提供しているという仮の例で、Pipeの仕組みを説明しました。
宮武さんによると、Pipeが自ら契約を買うのではなく、投資家を用意してマッチングする仕組みです。顧客が途中で解約した場合への対応も、きちんと用意されているそうです。
「売上のナスダック」と呼ばれるPipeの広がり
なんで彼ら(Pipe)はその売上のナスダックって呼ばれてるんですけど。
Pipeは会社の売上をトレーディングできるプラットフォームだから、この呼び名がついているそうです。シードで投資したCraft Venturesのデイビッド・サックスさんは、Pipeと15分会っただけで投資を判断したといいます。
創業者のハリーさんは、以前Skurtという会社を立ち上げ、Fair.comに買収された人物です。宮武さんは、まだそれほど有名な人ではないと思うと話しています。
Pipeを使えば、順調なSaaS企業は株を手放さずにグロースできます。宮武さんによると、最近はSaaS以外の会社や上場企業も使っており、コンセプトとしては誰にでも当てはまる仕組みだといいます。
それ(サブスク料金)を年間払いで一括で先にアップフロントでもらえたら、Spotifyもいろんな投資ができるとか。
解約が多い企業はどうなるのかという草野さんの質問に、宮武さんは、Pipeに登録する際に会計システムなどとの連携が必要だと答えました。Pipe側がそのデータからリスクプロファイルを作り、解約の多い契約には大きなディスカウントがかかるそうです。
Clearbancは広告費を前払いする
宮武さんは、Pipeが自社で資金を出していない点が重要だと強調します。Clearbancは自社で資金を出しているため、成長には借り入れなどで大金が必要になり、累計で1600億円以上を投じているそうです。
ClearbancはEC向けのサービスで、出発点は広告でした。特にD2C企業は広告に多く投資するため、広告のROIがわかれば先に資金を渡すという発想です。
ROIを把握
Facebook広告に1000円出すと3000円返ってくると見込める
先に貸す
Clearbancが広告費の1000円を先に提供する
回収する
返ってきた3000円のうち、Clearbancが手数料として一部を受け取る
宮武さんは、手数料は仮の数字だとしたうえで、3000円ではなく2700円を企業が受け取り、Clearbancが300円を取るような形だと説明しました。ファクタリング ── 企業が持つ売掛金を専門業者に売り、入金予定日より前に現金化する資金調達の方法ですに近いものだといいます。
草野さんは、サブスクか広告かの違いはあっても、先にお金を出してくれる点はPipeと似ていると整理しました。宮武さんは、違いはClearbancが投資家とのマッチングではなく、自社で判断して資金を出している点だと答えています。
宮武さんによると、スタートアップ全体の調達額の3〜4割は広告に流れます。Clearbancを使えばその分を調達しなくて済み、希薄化も抑えられます。最近はShopifyも同様のサービスを始めているそうです。
宮武さんは、KickstarterやIndiegogoも、プロダクトを作る前に希薄化せずに資金を集めるという点で、似た概念だと話しています。
エクイティクラウドファンディングは何が変わったのか?
資金調達の進化として、宮武さんが最後に挙げたのがエクイティクラウドファンディングです。KickstarterやIndiegogoのようにプロダクトを事前購入するのではなく、株をクラウドファンディングで売って資金を集める方法です。
草野さんが株主名簿が長くなる問題を心配すると、宮武さんは、そこにいくつかイノベーションがあると答えました。まず、アメリカでこの年の3月に法律が変わったそうです。
1社あたり毎年1億円までしか調達できなかった
毎年5億円まで調達できるようになった
1億円は10億円や20億円規模の会社には大きいものの、それより大きな会社には使いにくい額でした。上限が5億円になり、使える会社が広がったと宮武さんは見ています。
さらに、エクイティクラウドファンディングのプラットフォームRepublicは、Crowd SAFEという新しい投資契約書を作りました。参加者が1つのエンティティ経由で出資するため、スタートアップから見ると株主は1つにまとまります。
参加者には基本的に議決権がなく、権利はほぼありません。Republicの最低投資額は50ドルほどで、宮武さんは「5000円でスタートアップに出資できる」と説明しています。
それ(5000円)投資してめちゃくちゃでかくなったら悔しいですね。
宮武さんによると、アメリカではスタートアップに投資できる人が限られています。年収2000万円以上や、1億円以上の資産を持つといった条件があり、多くのアメリカ人は当てはまりません。
UberのドライバーやAirbnbのホストは、自ら会社に貢献し、可能性も感じていても投資できません。草野さんの「お金持ちしかできない」という言葉に、宮武さんも同意しています。
Gumroadに8650人が出資した「ミニIPO」
宮武さん自身も参加した例として挙がったのが、クリエイターエコノミー系の老舗企業Gumroadです。法改正のタイミングで、エクイティクラウドファンディングを使って5億円を調達しました。
Gumroadは直前に著名なエンジェル投資家から1億円の投資を受けて株価を決め、それを基準にクラウドファンディングを実施しました。出資者は8650人ほどにのぼったそうです。
この仕組みの面白さとして、宮武さんは上限が毎年リセットされる点を挙げます。株価を変えて翌年また5億円を調達でき、Gumroadも来年またやると話しているそうです。
1年経つとその持ってる株主たちが自分の保有分を売れるんですよ。なのでいわゆるミニIPOなんですよ、これって。
株の売買は個人間で行う形で、Republic上でできるようになる見込みですが、宮武さんもまだ詳細は聞いていないそうです。Gumroadからは「来年売買できますよ」と言われたといいます。
スタートアップにとって嫌な面もあるのではという草野さんの問いに、宮武さんは嫌な場合もあると認めました。そのうえでGumroadの狙いは、自社のスーパーファンに会社の一部を持てる選択肢を与えることだったと説明しています。
スタートアップ投資はカジノより身近になるべきか
宮武さんは、今後はシードやシリーズAでも、VCではなく個人や著名投資家から調達しつつ、一部をエクイティクラウドファンディングに回す形が増えると見ています。自分のスーパーファンから調達し、さらに熱心なファンにしていく形です。
一緒に上がっていきましょうっていうシステムを作れるっていうところで、これってすごい重要だと思ってまして。
宮武さんは、これを投資の一般化と捉えています。アメリカでは誰でもカジノやスポーツベット、宝くじにはお金を賭けられるのに、スタートアップには投資できません。
宮武さんによると、スタートアップ全体に投資すれば、上場市場よりも価値が伸びるといいます。もちろん、どの案件に入れるかが重要で大失敗する人も増えるだろうとしつつ、それはカジノなども同じだと話しています。
宮武さんは、オーナーシップのエコシステムを作ることが今後重要であり、その第一歩としてRepublicのようなエクイティクラウドファンディングが出てきていると見ています。なお、前半で触れたクラブハウスの多くの株主は、おそらくAngelList経由だそうです。
2回にわたる話のまとめとして、宮武さんは、アーリーステージの競争がどんどん激しくなっていると振り返りました。日本のVCやファンドがアメリカの良い案件に入るのは難しく、今もシリコンバレーにはインサイダーがいるため、そこに入れる人を生み出したいと話しています。
草野さんは、日本や各国のスタートアップもすごいものの、やはり中心はシリコンバレー、アメリカ全体の強さを感じると語りました。宮武さんは、進化を理解したうえで動くことを、各ファンドやスタートアップに期待しています。
まとめ
今回のOff Topicでは、アメリカのVC業界で投資家の顔ぶれと役割が大きく変わり、グロース段階ではVCに頼らない資金調達が現実的な選択肢になりつつある様子が語られました。
- アーリーステージでは個人投資家が増え、起業家が専門性で投資家を選べるようになっている
- PEファンドやビジョンファンドのレイター参入が、トップVCをシードまで押し出した
- タイガーグローバルは、スピード重視で口を出さず、支援はコンサルに外注する戦略を徹底している
- PipeやClearbancは、売上や広告ROIを前払い資金に変え、希薄化しない調達を可能にしている
- 法改正とRepublicの仕組みにより、5000円からのスタートアップ投資やミニIPOが生まれている




