映画『AIR』のフィクションは悪なのか?
本題のスタートアップスタジオの話に入る前に、宮武さんはエア・ジョーダン誕生を描いた映画『AIR』について投稿したツイートのスレッドを振り返りました。そのスレッドは、映画の内容にフィクションが多かったことを指摘するものでした。
宮武さんによると、映画『AIR』では、ジョーダンの母親と主人公のサニーさんによる最後の交渉シーンなどがフィクションで、サニーさんは実際にはジョーダン家を一度も訪れていなかったといいます。
ところが宮武さんは、そのツイートを少し後悔していると話します。Off Topicのメンバーシップ向けに書いた記事と、ツイートで伝えた内容が、同じ事実を扱いながら伝えたいことが異なっていたからです。
ツイートだと「こういうフィクションがいっぱいありましたよね」っていうのだけを並べてたんですけど、メンバーシップの方ですと、(そういう)フィクションがあることは、実は悪くない時もある。
メンバーシップ記事で宮武さんが例に挙げたのは、Facebookの創業を描いた映画『ソーシャル・ネットワーク』です。この作品にもフィクションの部分がありますが、日本でもアメリカでも多くの起業家を生んだ映画だと宮武さんは見ています。
映画『AIR』に含まれるフィクションを並べて指摘した
フィクションにもポジティブな効果があり、『ソーシャル・ネットワーク』のように起業家を生む場合もあると論じた
宮武さんは、WeWorkやセラノスを描いた映画・ドラマのようにネガティブな面を見せる作品もあるとしつつ、コンテンツの影響力はさまざまな形で現れると語ります。その極端な例として挙げたのが、ドラマ『フレンズ』です。
あれ(『フレンズ』)って多分すごいGDP、世界のGDPに貢献したコンテンツだなって思いました。
草野さんも、BTSのメンバーが『フレンズ』で英語を勉強したと話していたことを思い出し、ドラマがそうした形で人に影響していることに納得します。宮武さんは、海外では『フレンズ』で英語を学んだ人が非常に多いと話しています。
宮武さんの結論は、フィクションを嘘として指摘するだけでなく、そのインパクトを測る視点でも作品を見ることが大事だ、というものでした。草野さんは、Off Topicもファクトを選んでナラティブを伝えている点では同じだと応じています。
VCがスタートアップを作る「第3のモデル」とは
ここから本題です。前週に続くスタートアップスタジオの話として、宮武さんが今回紹介したのは、ピーター・ティールさんが立ち上げたVC業界の有名ファンド、Founders Fundです。Founders Fundは投資だけでなく、インキュベーションも行っています。
宮武さんによると、VCがスタートアップを立ち上げるスタートアップスタジオのモデルには、大きく2つのパターンがあります。1つ目は最も人気があるというEIR ── Entrepreneur in Residenceの略で「客員起業家」と訳されます。VCなどが起業家を一定期間迎え入れ、新会社の構想づくりを支援する制度ですモデルです。
EIRモデルでは、外部の起業家を例えば1年間採用し、その間にアイデアを開発してもらいます。やりたいことが決まれば、最初の資金調達をVC側が担います。多くの場合、1年以内に何かを始めなければならないといった時間制限が設けられているといいます。
2つ目は、インキュベーションだけを行うベンチャースタジオモデルです。草野さんの質問に対し、宮武さんはベンチャースタジオとスタートアップスタジオは基本的に同じだと答えています。
ベンチャースタジオモデルの好例として宮武さんが挙げたのが、前週にも話したサッターヒルです。VCの人がSnowflakeなどの最初のCEOとして会社をスタートさせ、後から別のCEOを探して任せる形をとっています。ただし1社ずつしか手がけられず、数が限られることが課題です。
そこで宮武さんが「第3のモデル」として紹介するのが、Founders Fundのやり方です。普通のVCとして超アグレッシブに投資を続けながら、ファンドのメンバーがやりたいときには1社、自分で会社を立ち上げてよいという仕組みです。
(立ち上げる先は)投資先にってことですか?
いや、自分で、自分で立ち上げていいですと。
| モデル | やり方 | 特徴・課題 |
|---|---|---|
| EIRモデル | 外部の起業家を1年ほど採用し、決まれば最初の資金調達をVCが担う | 多くの場合、時間制限がある |
| ベンチャースタジオモデル | VCの人が最初のCEOとして立ち上げ、後で別のCEOに任せる | 1社ずつしかできず数が限られる |
| Founders Fund型 | 投資を続けながら、メンバーが自分で1社創業してよい | リソースの問題はあるが、創業自体が許されている |
宮武さんはこの仕組みから生まれた例として、2004年にピーター・ティールさんが始めたPalantir、2017年にパートナーのトレイ・ステファンズトレイ・ステファンズさんが始めたAnduril、2020年に新しくパートナーになったデリアンさんが始めたVardaの3社を挙げています。
社名はすべて『ロード・オブ・ザ・リング』?
Founders Fund、正確にはピーター・ティールさんが作る会社の名前には共通点があると、宮武さんは紹介します。すべて『ロード・オブ・ザ・リング』にちなんでいるのです。
オタクだなあ。
理由について宮武さんが見つけられたのは、ニューヨーカーの取材か何かで、ピーター・ティールさんが10代の頃に『ロード・オブ・ザ・リング』を何度も読んでいたと語っていたことくらいだといいます。
宮武さんの説明によると、3社の名前はそれぞれ事業内容と結びついています。
| 会社 | 事業 | 『ロード・オブ・ザ・リング』での意味 |
|---|---|---|
| Palantir | 政府機関向けに、判断を可視化・分析できるツール | 未来や遠くの場所を見ることができる石 |
| Anduril | 防衛テック | 「西の炎」という意味をもつ重要な剣 |
| Varda | 宇宙で製造する工場 | 星を作った女王の名前 |
宮武さんによれば、今ではFounders Fundの投資チームの半分ほどが自分たちでも会社を作っているといいます。最初からそうだったわけではなく、徐々にそうなってきたそうです。
Andurilはジェットエンジンを作る男の家で生まれた
Andurilは防衛テックの会社で、創業者の一人はFounders Fundのメンバーであるトレイ・ステファンズさんです。トレイさんは2008年から2014年までの6年間、Palantirでエンジニアとして働いていました。
トレイさんがFounders Fundに入ったとき、自分の中で抱えていたミッションは、創業ではなく「次のすごい防衛スタートアップを探して投資すること」でした。
多分半年以上、まあ1年弱探したんですよね。なかったんですよ。じゃあもう自分で作るしかないと。
そのとき、トレイさんはOculusを作ったパルマー・ラッキー ── VRヘッドセット「Oculus Rift」の開発者。Oculusはのちに当時のFacebook(現Meta)に買収されましたさんと話す機会があり、彼となら一緒に作れると考えてピッチしました。パルマーさんにも元々そうしたアイデアがあったからこそ、一緒にやることになったといいます。
トレイさんがAndurilのアイデアをピッチした場所は、パルマー・ラッキーさんの家でした。パルマーさんは水を抜いたプールの中で物を作っていたそうです。
物を作ってたんですけど、何を作ってたかっていうと、ジェットエンジンを作っていて。
草野さんは、Metaに買収されるほどのOculusを作った人らしい「戦闘力」だと驚きます。創業メンバーは最初4人で、5人目として採用されたCEOは、元Palantirのエンジニアのトップだった人物でした。
Varda創業者デリアンとキース・ラボイスの出会い
次に紹介されたのが、宮武さんが個人的に大好きで、2021年にOff Topicの注目スタートアップにも選んだというVardaです。好きな理由は、創業者がすごい人で、やりたいこともぶっ飛んでいるからだといいます。
Founders Fund側の創業者は、デリアン・アスパルホフデリアン・アスパルホフさんです。収録の1〜2か月前にFounders Fundの新しいパートナーに選ばれた人物で、収録時点で29歳とみられます。パートナーは本当に数名だけのトップレベルの役職で、若手がそこまで行くのは珍しいといいます。
デリアンさんは、ピーター・ティールさんと、Founders Fundのキース・ラボイス ── PayPalやSquareの初期経営に関わった起業家・投資家。ピーター・ティールさんと近い「PayPalマフィア」の一人として知られますさんの弟子で、特にキースさんの弟子にあたります。ティールフェローではありません。
デリアンさんは元々Squareのインターンで、その後自分で立ち上げたスタートアップが失敗します。次のスタートアップを考えていた時期に、キースさんに誘われてコースラ・ベンチャーズKhosla VenturesのChief of Staffになり、そのままキースさんと一緒にFounders Fundへ移りました。
宮武さんが「すごい」と話すのは、キースさんがFounders FundにGPとして誘われた際、「デリアンさんも一緒に採用してください」という条件を付けたことです。それほどキースさんはデリアンさんを買っていたといいます。
2人の出会いのエピソードも印象的です。キースさんの家でのディナーで、デリアンさんが「ハーバードを中退した友人が仕事を探している」と話すと、キースさんはその友人にChief of Staffのポジションを打診してほしいと頼みました。
ところがデリアンさんは、キースさんの家を出てすぐ友人に電話でピッチしている最中、そのポジションを自分が欲しいと気づきます。電話を切ると、そのままキースさんの家のドアをノックしました。
キースさんがドア開けて、「お前なんでここにいるんだ?」って。「1時間前にディナー終わったけど」っていう話をしたら、
(デリアンさんが)「私が適任です」って。
デリアンさんは、キースさんから学び、理想の共同創業者を探し、自分のアイデアを磨いたうえで、いずれ起業したいと最初から伝えました。キースさんの答えは「それ最高じゃん」で、最低1年はいること、その間キースさんが育成することを条件に合意したといいます。
起業家ではなく投資家に向いていた理由
デリアンさんはChief of Staffとして半年ほど働くうちに、自分は起業家より投資家に向いていると気づきました。宮武さんによると、デリアンさんは強い好奇心を持ち、思ったことをそのまま言い、人の感情を管理するのが嫌いな人です。
起業家は従業員を管理する必要があるため、CEOにはセラピスト的な役割が重要です。一方で投資家は、ダイレクトにものを言ったほうがよい場面もあります。デリアンさんの性格は、起業家には向かず、投資家には非常に向いていたというわけです。
従業員を管理するため、感情に寄り添うセラピスト的な役割が重要
好奇心が強く、思ったことをダイレクトに言う性格が生きる
何かの業界でトップ5パーセントになるっていうよりも、トップ1パーセントとかトップ0.1パーセントの人にならないといけないと思ってるんで。
デリアンさんは、自分の強みを最大限に生かせる仕事として投資を選びました。その投資スタイルは、いかにもFounders Fundらしいものだと宮武さんは話します。
「ノンコンセンサスで正しい」に賭けるピーター・ティールイズム
宮武さんによると、Founders Fund、特にキースさんの考え方は「ピーター・ティールイズム」と呼べるほど、ピーター・ティールさんの思想に根ざしています。キースさん自身、ピーターさんから学んだことだと語っているそうです。
その中心にあるのが「コンセンサス」の考え方です。コンセンサスとは、業界のいろいろな人がそのアイデアに賛同しているかどうかのことで、草野さんの「日本語で言えば意見が合うというイメージ」という確認に、宮武さんも同意しています。
Founders Fundは、「ノンコンセンサスかコンセンサスか」と「正しいか間違っているか」の2つの軸で投資を考えます。草野さんは、ピーター・ティールさんの著書ゼロ・トゥ・ワン ── ピーター・ティールさんの著書。「賛成する人がほとんどいない、大切な真実は何か」という問いで知られ、独占や逆張りの思考を説いていますにある「自分だけが知っている真実」の話を連想し、宮武さんもそこに深く関わる話だと答えています。
コンセンサスで正しい例として挙げられたのがUberです。Uberはシリコンバレー内で割と早く「これは絶対いける」というコンセンサスが取れたといいます。
最もわかりやすいノンコンセンサスの例はSpaceXです。2002年に設立され、2012年ごろまでノンコンセンサスだったため、評価が変わるまで10年かかりました。過小評価される期間があるからこそ、その分大きなリターンが得られると宮武さんは説明します。
デリアンさんの投資先である法人カードのRampも、BrexBrexなど大手スタートアップがすでにいて、少なくとも数千億円規模の時価総額やトップティアの投資家もそろっていました。「もう無理」という状況で、あえて投資したといいます。
宇宙製造は新しくない。違いはタイミングとチーム
コンセンサスはリターンの考え方にすぎず、デリアンさんはそれ以外に初期チームとDNAを重視しています。実は、Vardaが掲げる「宇宙で製造する」というアイデア自体は新しくありません。
宮武さんによると、1970年代から10年おきに大型プロジェクトが立ち上がり、多額の資金が投じられてきました。
上の図のTips的な補足を除けば、宮武さんの主張はシンプルです。
デリアンさんは、ハードウェアやディープテックでは特にタイミングが重要だと考えています。ここでいうタイミングとは時期そのものより、「どこまでシリコンバレーの影響が入ってきたか」を指します。
2008〜2011年ごろに出てきた初期の宇宙系企業には、シリコンバレーのDNAがほとんど入っておらず、メンバーは基本的に防衛系企業の人たちでした。当時はVC業界にも、そうした会社に出資できるだけのスケールがなかったといいます。
2017年ごろのRelativity Spaceはロケットを3Dプリントする会社で、創業メンバーは元SpaceXの人たちでした。ただ、当時のSpaceX自体も宇宙産業出身者が多く、シリコンバレーのDNAは完全には入っていなかったと宮武さんは見ています。
変化が起きたのは2019〜2020年ごろからです。トップティアのシリコンバレーのオペレーターがSpaceXに入り始め、例えば衛星インターネット「スターリンク」の海外事業のトップは、キースさんのもとで働いた初期Opendoorのメンバーだといいます。
Vardaでも、デリアンさん以外の共同創業者2人は宇宙関連の人材ですが、最初に採用した従業員は元Stripeの人でした。宇宙の専門性とシリコンバレーのDNAをミックスしたことが成功につながったと、デリアンさんは語っているそうです。
防衛出身の人とシリコンバレーの人の違いを尋ねた草野さんに、宮武さんは調達の考え方もあるとしつつ、一番はスピード感だと答えました。Andurilも、大型予算をもらってから作る業界の慣習とは逆に、先に作ってから「買ってくれ」と売り込むことでスピードを上げています。
なぜわざわざ宇宙で作るのか?
Vardaの事業仮説は、イーロン・マスクさんの火星構想にインスピレーションを与えたとされるロバート・ズブリン ── アメリカの航空宇宙エンジニア。火星探査を推進する「マーズ・ソサエティ」の創設者で、有人火星探査の構想で知られますさんの本から取られたものです。宮武さんはどの本かは忘れたとしています。
その本では、宇宙空間で物を作り、宇宙で使うのではなく地球に戻して使うというアイデアが語られていました。特に光ファイバー、半導体、バイオ医薬品は宇宙で作ったほうがよいとされています。
宮武さんは、無重力空間では重力がないため化学反応が変わると説明し、ろうそくを例に挙げます。地球では密度の低い熱いガスが重力で上へ昇るため、手をかざすと熱く感じます。無重力では熱が真上ではなく全体に広がるため、熱さを感じるまでに時間がかかるといいます。
結局その無重力空間の中の方がより細かく、ものの分子の扱いとかができるんですよ。
医薬品のようにごく小さな部分をいじったり、特定の場所に何かを入れたりする作業は、無重力のほうがやりやすいとされます。そこでVardaは、地球では作れない高性能な半導体・光ファイバー・医薬品を作る自動化された工場を宇宙に置こうとしています。打ち上げ自体はSpaceXを使います。
ただし、宇宙で物を作ること自体は、国際宇宙ステーションでも行われてきました。宮武さんが強調する本当の問題は、作ったものを地球に戻せるかどうかです。
それ(宇宙での製造)ってすごい新しいことではないんですけど、問題はそこから地球に戻せるのかっていう問題で。
これまでは、国際宇宙ステーションの宇宙飛行士が帰還するときに一緒に持ち帰ってもらうしかありませんでした。しかも国際宇宙ステーションは研究にしか使えず、商業利用には向きません。そこでVardaは、大気圏に再突入するデバイスを自社で開発しています。
打ち上げ
SpaceXのロケットで宇宙へ運んでもらう
宇宙で製造
無重力空間の自動化工場で、半導体・光ファイバー・医薬品などを作る
大気圏再突入
自社開発のデバイスで、作ったものを地球に戻す
Vardaは無重力での製造と大気圏再突入サービスの2つを提供しており、再突入サービスだけでもすでにアメリカ空軍と契約しています。宮武さんは、この両方を手がけていることが大事だと話します。
設立から打ち上げまで874日。宇宙スタートアップの作り方
Vardaは7月にSpaceXの打ち上げに参加して成功し、収録時点では実際に宇宙で物を作っている最中でした。地球に戻れるかどうかは、配信時には結果が出ているかもしれないと宮武さんは話しています。
宮武さんが特にすごいと感じたのは、そのスピードです。Vardaの設立は2020年12月ごろで、約2年半で打ち上げに至りました。
具体的に言うと、これもデリアンさんがツイートしてますけど、874日間。(それが)設立から打ち上げ(までの期間です)。
Vardaを立ち上げようと考えたのは2020年5〜6月ごろでした。当時Founders Fundはコロナ禍で新規投資をほぼ止めており、何をしようか考えていたデリアンさんに、キースさんが「会社でも立ち上げたら」とアドバイスしたといいます。
デリアンさんは、金利がほぼゼロでVCの調達がしやすく、みんなが投資したがっているタイミングなら宇宙企業を作るべきだと考え、宇宙製造の道を選びました。このことは本人もツイートしているそうです。
デリアンさんは宇宙産業を調べてはいたものの、完全なエキスパートではありません。そこで、2種類のDNAを持つ共同創業者を探しました。
1人目は、無重力空間で物を作った経験がある科学者で、しかも論文を書くことが目的の学術寄りではない人です。2人目はさらに少なく、宇宙機、特に大気圏再突入の宇宙機を作ったことがある人でした。草野さんは、こうした人材がいるのはアメリカならではだと感想を述べています。
見つかったのが、SpaceXで7年半働き、国際宇宙ステーション行きのドラゴンのミッションコントロールを運営し、航空電子工学チームのトップも務めたウィル・ブルーイウィル・ブルーイさんです。CEOとして採用されたウィルさんが、初期の約10人の従業員のほとんどを連れてきたといいます。
VardaのチームがLK-99を再現してみた
Vardaのチームは別の意味でも話題になりました。収録時期にテック業界の内外でバズっていた「LK-99」を、自分たちで再現しようとしたのです。
宮武さんによると、LK-99は常温、つまり室温で超伝導体 ── 電気抵抗がゼロになる物質。従来は極低温に冷やす必要があり、常温で実現すれば送電や電子機器に大きな影響があるとされますを実現しているかもしれない物質です。
今の電線では、電気がワイヤーの中の分子に当たって分子を揺らし、熱が出ます。銅線に電気を通すと熱くなるのはそのためです。宮武さんは、熱などで無駄になっているエネルギーは7割ほどあると話しています。
通常のワイヤー
電気が分子に当たり、分子が揺らいで熱が出る
エネルギーの損失
熱などで、エネルギーの7割ほどが無駄になっている
超伝導体
分子にほとんど当たらず、電気が非常に効率よく流れる
これまで実用化された超伝導体は、非常に低い温度でしか使えないか、高価な素材でできていて、MRIや量子コンピューター、核融合のデバイスなどに使われてきました。常温で作れれば、電力系統の効率が上がって電気が安くなるほか、道路に素材を敷いて車を浮かせ、タイヤの摩擦によるエネルギーの無駄を減らすといった可能性もあるといいます。
ただし宮武さんは慎重です。超伝導体の素材はすでに数千ほど見つかっていますが、扱いやすく大量生産でき、コストや強度の面でも実際に使えるものは4つほどしかありません。LK-99は、そもそも本当なのかというところから確かめる必要があります。
論文が出て話題になると、Vardaの研究トップのアンドリューさんがデリアンさんに、オフの時間にVardaの機材を使って再現を試したいと申し出ました。
で、デリアンさんは「もちろんいいよ」と。「やりましょう」と。
アンドリューさんはその作業をTwitchでライブ配信し、一時は5〜6万人ほどが視聴しました。何も起きていない瞬間がほとんどで、みんなで物質を焼いているのを眺めるような作業配信だったと宮武さんは笑います。
宮武さんは、再現そのものの重要性も強調します。以前のOff Topicでも話した「再現性の危機」のように、ほとんどの論文や科学研究は再現できないものが多いからです。Vardaのチームは10〜20人ほどがほぼ毎日徹夜で取り組み、10日間ほどで実際に物質が浮くところまで到達しました。
論文には計算ミスなど細かな間違いがありましたが、指示に従える手順があったことが速さにつながりました。草野さんの「ほぼ再現できたなら正しかったのか」という問いに、宮武さんは「正しい部分があった」と答えています。完全な再現ではなく、残りのテストはしっかりした研究所に引き継いだといいます。
常温超伝導は昔から議論されてきたテーマで、2020年にも似た論文が出て撤回されています。開発すればノーベル賞は確実なので、ミスがあっても急いで出した面もあるのではないかと宮武さんは推測しています。
すごいいいのは、世界中の科学者とかテック業界が「これってなんか実現したら本当にポジティブですよね」っていうのを言ったことかなと思うので。
最終的にLK-99が超伝導体でなかったとしても、新しい素材や物質の作り方を考えるヒントにはなったのではないか、というのが宮武さんの見方です。
SNSは数学者に、ディープテックはパーティー屋に?
話はFounders Fundに戻ります。宮武さんが面白いと感じたのは、Founders Fundの起業家像です。普通の感覚とは逆の組み合わせになっています。
数学などで教授レベルの強みを持つPhDの人たち。プロダクト自体がバイラルループで広がるため、行動を数値化してループを作る力が勝負になる
パーティーのプロモーションがうまい人たち。最大の課題は資金調達で、ビジョンを売り込むストーリーテラーが必要になる
ディープテックの起業家像について、草野さんは「イーロン・マスクみたいな」と返し、宮武さんも同意しています。草野さんは、ミームの達人のような要素がディープテックの敷居を下げてくれるとも話しています。
宮武さんによると、ディープテックには基本的に指標も顧客もありません。そのため、技術的な進捗だけでは資金を集めにくいといいます。
(ディープテックは)テクニカルな成長で調達できないんですよ、基本的に。なぜかというと、そもそも理解できる人が少ないのと、なんか面白く聞こえないっていう。
Vardaのアイデアも、100人以上の研究者が思いつき、資金調達を試みてきたものだと宮武さんはみています。それでも、Vardaほどシンプルに、しかもビジョンのある形で説明できた人はいなかったといいます。
こうしたリスク削減こそVCの役割であり、Founders Fundなら調達も担えます。デリアンさん自身はその投資判断には関わっていません。宮武さんは、VCがディープテックでインキュベーションをするべき理由はまさにここにあると語ります。
ビットの時代から原子の時代へ。ハードウェア回帰は起きるのか
宮武さんは、2010年代のリターンが主にデジタル上の「ビットの世界」で生まれたのに対し、2020年代は「原子の世界」になるかもしれないと話します。AWSがソフトウェア開発を安く容易にしたのと同じことが、物理の世界でも起きているというのです。
10年前なら、おそらく1000人規模の会社と、1000億円ほどの調達が必要だった
今はその10分の1ほど。打ち上げはSpaceXやRocket Labから誰でも買え、衛星も他社から買える
宮武さんは、2010年代にUberが成功できた一因もAWSのような基盤にあり、なければ自社のデータセンターを作る必要があったと説明します。草野さんの「ムーアの法則ですか」という問いには、一部関連するとしたうえで、ようやく原子の世界が追いつき始めたのだと答えています。
宮武さん自身、ハードウェアやディープテックへの投資には懸念を持っていたといいます。お金がかかり、マージンも低く、ソフトウェアのほうがリターンを得やすいと考えていたからです。
ところがここ1年の株式市場を見ると、その前提が揺らいでいると宮武さんは感じています。ソフトウェアは開発しやすい分、優位性を作りづらく、思ったほどマージンが高くないのではないかというのです。
今最も評価されてる会社って何かというと、AppleとかTeslaとかNVIDIAとかハードウェア作ってる会社ですよね。そのハードウェアこそ、より難しいからこそ優位性が作れる。
宮武さんは、ソフトウェアでも儲かる会社はたくさんあると断りつつ、ハードウェアを嫌っていたシリコンバレーでカルチャーシフトが起きているかもしれないと話します。半導体やトランジスタを作り、防衛企業を支援していたシリコンバレーのルーツに、ある意味で戻りつつあるのではないかという見立てです。
投資家が自ら創業すると、ファンドとの関係はどうなる?
最後に草野さんは、Founders Fundのメンバーが創業した場合、株や関わり方はどうなるのかを尋ねました。宮武さんによると、Founders Fundはその会社に投資し、デリアンさんは創業者として株を持ちます。
メンバーは最初のメンバー集めや採用、アドバイスに関わり、場合によってはPR上の「顔」にもなります。AndurilでもCEOはパルマー・ラッキーさんではなく、会長とみられる立場ですが、会社の顔はパルマーさんだと宮武さんは説明しています。
宮武さんによれば、Founders Fundはアンドリーセン ── ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)のこと。採用や広報などの支援チームを持つ「プラットフォーム型VC」の代表格とされますとは逆を行くファンドで、プラットフォーム的な支援は一切行いません。その代わりに重視しているのが、メンバー自身がものを作ることです。
だからこそFounders Fundは、投資メンバーがものを作ることをむしろ推奨し、作るからこそ適切なアドバイスができると考えています。最近もFlexportのCEOをパートナーに迎えるなど、実績ある起業家をパートナーにすることが多いといいます。
次回は、今回紹介した会社のほとんどにFounders Fundと同じく出資している、宮武さんが個人的に好きなVCの考え方を取り上げる予定です。
まとめ
Founders Fundは、普通のVCとして投資を続けながら、メンバー自身が会社を作ることを認める独自のモデルで、Palantir、Anduril、Vardaを生んできました。その背景には、ノンコンセンサスで正しいものに賭ける思想と、作る人こそ起業家を支援できるという考え方があります。
- Founders Fundは、メンバーが投資と並行して1社まで自ら創業できる「第3のスタジオモデル」をとっている
- 大きなリターンはノンコンセンサスで正しい領域から生まれ、SpaceXのように評価が変わるまで時間がかかる
- 宇宙製造のアイデアは古く、Vardaは宇宙人材とシリコンバレーのDNAを組み合わせ、設立から874日で打ち上げに至った
- ディープテックは理解されにくく調達が難しいため、ビジョンを語れる起業家とVCによるリスク削減が鍵になる
- 原子の世界のコストが下がり、シリコンバレーでハードウェア回帰のカルチャーシフトが起きている可能性がある


