なぜ今、スタートアップスタジオを語るのか
今回のOff Topicのテーマは、新しいスタートアップのアイデアを社内で考え、会社として立ち上げる「スタートアップスタジオ」です。草野さんが、なぜこのタイミングで取り上げるのかを宮武さんに尋ねるところから話が始まります。
宮武さんによると、番組では今年、リーンスタートアップモデルの課題や、プラットフォームを作るのに大きな資本が必要になる話、AIネイティブな会社を作る必要性などを扱ってきました。
こうした議論を聞いた多くの人は、起業家が会社を立ち上げてVCから調達するという、いつもの流れを想像していたはずだと宮武さんは言います。その流れ以外にも会社設立のパターンがあることを示したかったのが、今回の出発点です。
多分ほとんどの人は、それ(大きな会社づくり)が、起業家がスタートアップを立ち上げて、VCから調達するっていう、いつもの流れを想像してたと思うんですけど。
加えて、次回はスタジオモデルの事例を抱える会社を紹介する予定で、その前提として今回で全体像を押さえておきたいという狙いもあります。
背景には二人の前職との縁もあります。宮武さんと草野さんの前職は、ニューヨークのスタートアップスタジオであるBetaworks ── ニューヨークを拠点とするテック企業。スタートアップを自ら立ち上げるスタジオとして知られ、現在は投資やアクセラレーターも手がけていますの株主でした。
宮武さんはBetaworksについて、最初のスタートアップスタジオではないものの、インターネットバブル後としてはおそらく初めての存在で、今のスタジオの原型があると見ています。
VCやアクセラレーターと何が違うのか
宮武さんはスタートアップスタジオを、ごく簡単に言えば「新しいスタートアップのアイデアを考え、開発してローンチする会社」だと説明します。
VCファンドやアクセラレーターとの大きな違いは、スタジオがいなければそのスタートアップ自体が存在しない点にあります。アイデアも基本的にスタジオの中で生まれます。
場合によっては、CEO候補がすでにスタジオに入っていて、そこでアイデアを考え抜くパターンもあります。ただしその場合も、スタジオの存在が会社の前提になっている点は変わりません。
スタジオは自社のメンバーが社長を務めないことが多く、アイデアを考えたあとでCEOを採用して会社を任せるのが一般的です。そのためか、スタジオ発の会社はBtoBに寄りやすいと宮武さんは話します。
宮武さんの見立てでは、BtoCは課題解決型になりにくく、創業者の感覚値が必要になりがちです。BtoBは課題がわかりやすく、創業者の感覚に頼らなくても作れるため、スタジオと相性がよいというわけです。
グローバルで見ると、スタートアップスタジオは400弱ほど存在するといいます。もちろんBtoC領域で成功したスタジオ発の会社もあります。
もう一つの違いは、スタジオが持つ株式の割合です。シードVCが1億〜2億円ほど出資して10〜20%を取得するケースが多いのに対し、スタートアップスタジオは場合によっては50%ほどのオーナーシップを持つことがあります。
| 項目 | シードVC | スタートアップスタジオ |
|---|---|---|
| アイデアの出どころ | 起業家 | 主にスタジオ内 |
| CEO | 創業者自身 | 後から採用することが多い |
| 株式の取得割合 | 10〜20%程度 | 場合によっては50%程度 |
雇われ社長に近いCEOは、なぜ引き受けるのか
株式の半分近くをスタジオが持つと聞いた草野さんは、CEOのモチベーションを保つのが難しいのではないかと疑問をぶつけます。
頑張ってもなんかあんまりアップサイドないし、なんかあんまりこれ(会社)が失敗しても、
雇われ社長みたいな感じですもん。何ですかね、どうなんですかね。
宮武さんは、スタジオのCEOが雇われ社長に近いことを認めます。そのうえで、ゼロイチの部分をやらなくてよいこと、つまり立ち上げが苦手な人にとって負担が減ることを、引き受ける理由の一つに挙げます。
スタジオはオフィススペースの用意や給料の支払いなど多くのリソースを提供するため、CEO側は比較的低いリスクで新しいスタートアップに関われます。
雇われ社長に近しいことではあるんですけど、ただよりアーリーステージでの雇われ社長なので、より多くのエクイティをもらえるっていうところもありますし、
さらに、最初のPMF ── プロダクト・マーケット・フィットの略。製品が市場のニーズにしっかり合い、顧客に受け入れられている状態を指しますまでスタジオが進めてくれる場合もあり、アクセルを踏むのが上手な人には向いているかもしれないと宮武さんは話します。ただし、ポリシーややり方はスタジオごとに大きく異なります。
VCファンドの中にスタジオ機能を持つところもあります。宮武さんは、Greylockのアシーム・チャンドラさんとアニール・ブスリさん、Sequoiaのジム・ゲッツさん、Thrive Capitalの社内メンバーなどを例に挙げました。
宮武さんによると、スタジオの最大のリスクは、株式の扱いと、よいCEOを探せるかどうかの2つです。400ほどのスタジオが常に1000社ほどをインキュベーションしているため、1000社が常にCEOを探している計算になります。
CEO候補を集める仕組みの一つがEIR ── Entrepreneur in Residenceの略で、客員起業家のこと。ファンドやスタジオに一定期間所属し、アイデアを練りながら起業の準備をしますです。起業家をファンドやスタジオに招き、一定期間、あるいは期限を設けずにアイデアを一緒に作る代わりに、エンジニアリング、デザイン、営業、資本といったリソースを提供します。
SnowflakeもModernaも、スタジオから生まれた
スタートアップスタジオからは、実際に大きな会社も生まれています。宮武さんは、Delivery Heroがチームグローバルから生まれたことを最初に挙げました。
ソフトウェア業界を代表するSnowflakeはサッターヒル、ModernaはFlagship Pioneering、OscarはThrive Capital、AffirmやDivvyはHVF Labsから生まれています。サイバーセキュリティ領域のWizはCyberstartというスタジオ経由で、急成長を遂げた会社として紹介されました。
Web3領域ではDapper Labs、AI領域ではGreylockが手がけたInflection AIがあり、消費者向けではDollar Shave ClubをScienceというスタジオが作っています。
こうした会社のCEOも雇われで入ったのかという草野さんの質問に、宮武さんは「一緒に創業したパターンが多い」と答えます。起業家とスタジオが一緒にアイデアを考える場合もあり、よくあるのは、起業家がEIRとしてスタジオやVCに入り、1年ほど一緒にアイデアを模索して、よいものがあれば出資を受ける形です。
アクセラレーターの場合ですと、やっぱりあの起業家に任せるっていう基本的なスタンスを持っているので、スタジオの場合ですと、結構スタジオ側がかなり入ってくる、共同創業者に近い
起業家がスタジオに入る動機もさまざまです。宮武さんは、リスクをどこまで負うか決めきれない人、プロダクト開発は得意でも営業や調達が苦手な人、そもそも調達が難しい領域に挑む人などを挙げました。
スタジオ側がアイデアを考え、最初の半年から1年はスタジオが運営し、その後にCEOを採用する完全な雇われ社長のパターンもあります。草野さんが尋ねたドイツのロケットインターネット ── ドイツ・ベルリン発のインキュベーター。海外で成功したネットサービスのモデルを各国で素早く立ち上げる手法で知られていますも、基本的にはスタジオと似た存在だといいます。
2015年より前に設立されたスタジオ発のスタートアップを見ると、およそ3割が上場やM&Aなど何らかのイグジットをしています。アメリカではBtoBのほうがM&Aの対象になりやすく、スタジオ発の会社も同じ傾向にあると宮武さんは話します。
よいスタジオはアイデアとCEOをどう選ぶのか
よいスタートアップスタジオをつくる第一の要素は、アイデアをどう考え抜くかです。宮武さんは、多くのアイデアを集めて候補を絞り込み、検証にかけるのが典型的なやり方だと説明します。
CEOの採用では、初めての起業家よりも、2回目、3回目の起業経験がある人が好まれる傾向にあります。スタジオ発のスタートアップの創業者は、平均で16年ほどの経歴を持っているそうです。
ただし、BtoBとBtoCで傾向が分かれ始めています。BtoBのスタートアップで雇われるCEOは年々若くなっている一方、BtoCでは逆に経歴が伸びているといいます。
CEOは年々少しずつ若くなっている
CEOの経歴は逆に伸びている
草野さんは、起業する人口が増えたからではないかと推測しますが、宮武さんはBtoCの場合はむしろ逆の動きだと指摘し、理由は自分にもわからないと率直に話しています。
EIRプログラムでは、年間150K、日本円で2000万円ほどの給料を出すのが一般的です。一見高く見えますが、CEO候補であればFacebookなどに行けば3倍以上もらえるため、実は低い水準だと宮武さんは言います。
いわゆるちょっとだけ渡すけどっていう、なんか渡しすぎるとそれ(給料)でそれで生活しちゃうので。
スタジオが給料を低めに設定するのは、あくまで起業してもらうためです。会社ができたらその後はスタジオから給料を出さない代わりに、CEOにエクイティを渡し、アップサイドを一緒に狙う設計になっています。
CEOがずっとその会社を率いるとは限りません。株や議決権の多くをスタジオ側が持つため、交代の判断をスタジオができてしまうのが実情です。それでもスタジオとしては、最初に多くの株を渡す以上、長く務めてほしいと考えているはずだと宮武さんは話します。目指すのは上場や数千億円規模のM&Aで、VC的なリターンを求めています。
サッターヒルとマイク・スパイサーの「年1社」モデル
スタートアップスタジオを代表する一社が、Snowflakeを生んだサッターヒル・ベンチャーズです。1964年設立の、非常に古いVCファンドでもあります。
創業者はポール・ワイスさんとビル・ドレイパーさんです。ビル・ドレイパーさんの父は西海岸で最初のVCを立ち上げた人物で、息子は今もアクティブに活動するティム・ドレイパーさんという、VC業界で有名な一家です。
サッターヒルは10年以上前からスタジオ的な取り組みを続けており、Pure StorageやSnowflakeなどをインキュベーションしてきました。Snowflakeについては、上場時に20%ほどを保有していたといいます。
このアプローチを率いるのがマイク・スパイサーさんです。普通の投資よりも会社を作ることにフォーカスしていて、およそ年1社のペースで会社を立ち上げています。
創業者として参加
自らも創業者として入り、2〜3人の共同創業者を探す
出資とCEO就任
サッターヒルとして出資し、最初の1〜2年は自らCEOを務める
PMFまで進める
アイデアからPMFまでを徹底して担う
CEOを交代
シリーズAかBのころに新CEOを迎え、自らは役員として残る
スパイサーさんが重視するのは、よいテクニカルな共同創業者を見つけることです。会社を辞めるほどのリスクは取りたくない人に対し、作りたいもの、採用したいチーム、プロダクトは全部自分で決めてよく、調達・オペレーション・営業はスパイサーさんが担当するという形を示しました。
サッターヒルはファンドとして資金を持ち、複数ラウンドをリードできるため、共同創業者は当分の間資金のことを考えなくてよいといいます。スパイサーさんは1社に週2日ほど時間を使い、忙しいときは2社を並行しながら次のアイデアも考えているそうです。
なんかゼロイチをずっとやれるってめっちゃすごいですね。
宮武さんが面白いと感じているのは、このモデルが生む「成長中の会社のCEO」というポジションです。シリーズAやBでCEOを募集するのは、通常は会社がまずい状況にあるか、大きくピボットしたときだと宮武さんは言います。
そのサッターヒルの場合ですと、やっぱり成長してる中でシリーズAかシリーズBの社長を募集するので。
成長している会社を手放したくならないのかという草野さんの問いに、宮武さんは、次のプロジェクトがあるうえ、だからこそ出資してアップサイドを取っているのだと答えます。CEO候補にとっても、1から100、10から100へと会社を伸ばす経験は、CFOやCOOとは違い、なかなか得られない機会だといいます。
株は3.4%、CEOは交代。サッターヒル型の代償
サッターヒル型のモデルには、ネガティブな面もあります。まずエクイティの問題で、宮武さんによると、Snowflakeのある共同創業者は上場時に3.4%ほどの株式しか持っていませんでした。
もう一つは、CEOも結局は雇われであり、交代させられる可能性があることです。今のSnowflakeは有名経営者のフランク・スルートマンさんが率いていますが、その前にはボブ・ムグリアさんがCEOを務めており、途中で交代しています。
スタジオ側にもリスクがあります。サッターヒルの場合、年1社というペースのため、1つの会社が1年分の賭けになり、確実に当てる必要があります。
なんかスタートアップスタジオだと、なんかいろいろ試してうまくいったやつやるみたいなイメージだったんですけど、割と本気の1アイデアやっていくぞって感じですね。
それでも、マイク・スパイサーさんがインキュベーションした会社のユニコーン率は、現在2割ほどだといいます。宮武さんはこの数字を挙げ、その実力を評価しています。
アトミックはなぜ「EC特化」を選ばなかったのか
サッターヒルと対照的なのが、アトミックというスタジオです。自社で作ってスピンアウトさせた会社にしか出資しないと決めています。
アトミックを率いるのはジャック・エイブラムさんです。ショッピング系の会社Miloを2010年にeBayへ7500万ドルで売却し、当時まだ24歳でした。アトミックではHims、Shopifyのアグリゲーターであるopen store、TalkIQなどを共同設立・出資しています。
アトミックは2021年だけで10社ほどを立ち上げており、チームが大きい分、サッターヒルとはペースがまったく違います。どちらがよいかという草野さんの質問に、宮武さんは別のモデルがあると考えており、それは次回話すと答えました。
サッターヒル的なだとちょっとリスクが高すぎるかなって思っていて。
一方でアトミック側に寄せすぎると、スタジオがまあまあな割合の株式を取るため嫌われるケースもあると宮武さんは話します。アトミックは常に600以上のアイデアを抱えているそうです。
ユニークなのは、アトミックのファンドに出資するLP ── リミテッド・パートナーの略。投資ファンドに資金を出す出資者のことで、通常は個別の投資先には直接関わりませんが、アトミックが立ち上げた会社にも直接投資できるアクセス権を得られる点です。LPにとって直接投資の選択肢はなかなかないため、宮武さんは非常に面白い仕組みだと評価します。
アトミックはEC系の会社が多いものの、ECだけには絞らないと決めています。当初はEC特化も考えていたそうですが、LPであるマーク・アンドリーセンさんの助言で方針を変えました。
大体1年間で、その、本当に意味ある会社が15社ぐらい生まれてきますと。
その15社が毎年毎年同じカテゴリーで出てくるはずがないと。
またアトミックは、立ち上げた会社をステルスにしておくことが多く、場合によっては1年半から2年ほど非公開のままにします。コピーが多く出てくるのを避けるためです。
スタジオによっては、アイデアを全部公開したり、一部を公開して採用を呼びかけたりするところもあります。アトミックのように公開しない場合、アイデアは守れますが、人材探しは自社のネットワークに頼るしかなくなるというトレードオフがあります。
| サッターヒル | 年1社ほど | スパイサーさんが自らCEOを務め、PMFまで担う |
|---|---|---|
| アトミック | 2021年に10社ほど | 自社発の会社だけに出資し、多くをステルスで運営 |
| フラクタル | 3年で130社 | EIRと技術者をマッチングし、自らは社長にならない |
3年で130社を生んだフラクタルとブラックリスト
スタジオの課題を示す例として、宮武さんはビジネスインサイダーでも取り上げられたフラクタルを紹介します。元投資銀行、PM、コンサルなどの人材をEIRとして採用し、フラクタルのネットワークにいる技術系の共同創業者候補とマッチングさせて、一緒にプロダクトを作る仕組みです。
フラクタルは3年間で130社を立ち上げました。アトミックが11年かけて作った会社数を、3年で出したことになります。フラクタル自身は最初から社長として入らず、マッチングに徹します。
技術者のプールを持っていることがフラクタルの強みですが、最大で50%弱という大きなオーナーシップを取ります。営業支援やオフィス提供、アイデア提供などのサポートはあるものの、その分シェアが大きいのです。
VCによっては、フラクタルの名前をブラックリストしてるVCもいたりとか。
宮武さんは、スタジオが株を取りすぎると、ファウンダーが会社に残るインセンティブが失われると指摘します。草野さんも「もったいない」と反応しています。
Betaworksがスタジオをやめたのはなぜか
Betaworksは、スタジオの変遷を考えるうえで面白い事例です。宮武さんは創業者のジョン・ボースウィックさんと何度か話したことがあり、同社は大きく進化してきた会社だと話します。
今のBetaworksは、ほぼスタジオモデルを取っていません。ファンドとアクセラレーターが中心で、スタジオ、ファンド、アクセラレーターのすべてを運営した経験を持つ会社になっています。
Betaworksの創業は2007年で、タイミングが非常に良かったことはボースウィックさん自身も認めているそうです。最も重要だったのはリーマンショックでした。
リーマンショック
経済不況で起業家が資金を調達できなくなる
給料が払えない
スタートアップを続けても次の調達ができず、自分の給料も出せない
Betaworksの環境
給料を払い、アイデアをいろいろ試せる場を提供した
会社が次々誕生
GIPHY、Bitly、Dots、Chartbeat、SocialFlow、Instapaperなどが生まれた
ただ、生まれたスタートアップの中には、CEOが交代したり、インセンティブの問題が起きたりした会社もありました。Betaworksは最終的にファンドを作り、毎年テーマを変えるアクセラレーターを運営する形へ移っていきます。
宮武さんの見る限り、Betaworksのスタジオから生まれたスタートアップはここ2〜3年ないようです。やろうと思えばできるものの、事実上運営はしていないと見ています。
スタジオが今の時代に生き残るための条件
スタジオが廃れた理由は、タイミングの問題に加え、スタジオが提供する価値そのものが進化しなければならないからだと宮武さんは言います。
今のソフトウェア領域では、スタートアップを立ち上げるのにそれほどお金がかかりません。スタジオが提供するインフラも、他の場所で受けられるようになっています。
場所やインフラ、給料を提供し、起業家を集めて会社を作らせる
スタジオのメンバー自身がゼロイチを作り、スピンアウトさせて次期社長に任せる
結局多分より重要になってくるのは、そのスタートアップスタジオのメンバー自身がそのゼロイチをしっかり作れるかどうかっていう。
草野さんは、よい社長を引っ張ってくる力と、さまざまな領域でゼロイチを続ける力の両方が必要だとして「すごい人材すぎる」と驚きます。宮武さんも、それでもスタジオ自身がゼロイチを担う方向に寄せないと厳しいと考えています。
ディープテックとスタジオの相性がいい理由
それでもスタートアップスタジオにはまだチャンスがあると宮武さんは考えています。特に調達が難しい領域で、今ならディープテックがそれにあたるといいます。
大学や政府からIPをライセンスし、科学者を集めて事業化し、少なくとも30か月分のキャッシュを集めるのは、今の経済環境では難しい話です。草野さんが挙げたKana Technologiesについては、最初に30億円を集めたインキュベーションで、スタジオとほぼ同じ存在だと宮武さんは説明します。
バイオテックが普通のテックと違うのは、1位にならなければならない点です。ソフトウェアならシェア2番手や3番手でもイグジットできますが、バイオテックはそうはいきません。
例えば、2番目のがんの治療を作りましたって言っても、誰も欲しくないじゃないですか。
ソフトウェアはマイルストーンごとに少しずつ調達できますが、ディープテックはマイルストーンの達成が難しく時間もかかります。最初から多額を集めて科学者をまとめて押さえれば、他社が参入しにくくなるという面もあります。
科学者は競争心が強く、自分の研究をしたいというエゴを持つ人が多いため、似た領域の研究者を自分の会社に誘うのは難しいと宮武さんは話します。だからこそ資金と、スタジオ側の働きかけが必要になり、この領域にはアップサイドもあると見ています。次回紹介する2社も、この領域でスタジオモデルを展開している会社だそうです。
株式とCEOの任期をどう設計するか
日本でもスタジオを立ち上げるという話を聞くことがありますが、宮武さんは非常に難しいビジネスだと感じています。場所やインフラを用意して起業家を集めれば勝手に事業が進むと想像されがちですが、実際にはスタジオ側が思った以上に動く必要があります。
自ら最初の1年間社長になる、ぐらいの勢いでいかないと。
もう一つの難題が、株式をめぐるインセンティブの設計です。ゼロイチを担ったスタジオが多めに持つのは理解できても、CEOにもインセンティブは必要で、その配分の正解はありません。
宮武さんは、CEOに多く渡しても、後で交代が必要になったときには少なめのほうがよかったりするため、設計が非常に難しいと話します。前職で見てきたBetaworks発の会社でも、急な社長交代や「株が足りない」という裏の会話が起きていたはずだといいます。
これに対して草野さんは、CEOの任期の期待値を最初に調整するアイデアを出します。
このあなたはもう、アーリーから3年だけお願いしますみたいな形にして、こう延長してったらそのインセンティブちょっと変えてくみたいな。
宮武さんもこの設計を「ありかもしれない」と受け止めます。株式の割合については、20%なら難しいのか、50%なら、70%ならいいのかは正直わからないと話しています。
これ(会社)自分で最初から1からやればよかったじゃんみたいな気持ちには絶対なりますよね。
だからこそ宮武さんは、最初のCEOがスタジオ側であるサッターヒル型のほうが期待値が明確でわかりやすいと考えています。シリーズAやBで入るCEOは創業者とは呼びにくく、雇われ社長として迎えられる分、創業メンバーとして入る場合とはメンタルが違うだろうと話して、この回は締めくくられました。
まとめ
スタートアップスタジオは、アイデアから会社を生み出し、資金やリソースを提供する仕組みです。ただしソフトウェアの立ち上げコストが下がった今、場所や給料を提供するだけでは価値が薄れ、スタジオ自身がゼロイチを担う力と、CEOとの株式配分の設計が問われていると考えられます。
- スタートアップスタジオは、スタジオがいなければ会社が存在しない点でVCやアクセラレーターと異なり、50%ほどの株式を持つこともある
- サッターヒルのマイク・スパイサーさんは自らCEOとしてPMFまで担い、シリーズAかBで後任に任せるモデルで、ユニコーン率2割を実現している
- フラクタルのように株を取りすぎるとVCに避けられ、ファウンダーの残るインセンティブも失われる
- Betaworksはリーマンショックのタイミングでスタジオが成立したが、現在はファンドとアクセラレーターが中心になっている
- 調達が難しいディープテックはスタジオと相性がよく、CEOの任期や株式配分の期待値調整が今後の鍵になりそう




