Lux Capitalはどんな投資とインキュベーションをしているのか
今回のOff Topicは、スタートアップスタジオを扱うシリーズの3回目です。ただ宮武さんは、スタートアップスタジオそのものよりも、VCファンドの「Lux Capital」を中心に話すと前置きします。
宮武さんによると、Lux Capitalは前回取り上げたFounderSandと共同投資することが多いファンドです。宇宙工場のValdaではシードラウンドを共同リードし、Hadrianにはリードで出資、Andurilにも投資しているといいます。
後半では、Lux Capitalのトップでメディアにもよく出るジョシュ・ウルフさんのメンタルモデルを掘り下げる、というのがこの回の構成です。
Lux CapitalはシードからシリーズBあたりまでの企業に投資しています。宮武さんによると、シリーズAで投資する場合は20%ほどの株式を取りますが、自社でインキュベーションする場合は、多いと50%ほどまで株式を持つケースもあります。
汚染水処理のCurionはなぜファンドを丸ごとリターンさせたのか
Lux Capitalのインキュベーションの代表例として、宮武さんはCurionという会社を挙げます。Curionはもともと原子力関連の汚染水を処理する会社で、福島第一原発の事故の際には、海外企業として汚染水処理のために呼ばれたといいます。
宮武さんの説明では、Curionはジョシュ・ウルフさんが考えたビジョンから生まれた会社です。MIT出身の人材を社長として迎え、Lux Capitalが3割ほどの株式を持っていました。
Curionは2016年に、汚染水処理などを手がけるフランスの会社に400ミリオンで買収されました。持ち分が30%なので、リターンは120ミリオンほどです。もともと100ミリオンのファンドから出資していたため、Curion1社だけでファンド全体の元を取った計算になります。
構想
ジョシュ・ウルフさんのビジョンから会社を設計
経営者の採用
MIT出身の人材を社長に据える
保有
Lux Capitalが約3割の株式を持つ
買収
2016年に400ミリオンで買収され、約120ミリオンのリターン
上の図は、Lux Capitalがインキュベーションした会社から大きなリターンが生まれるまでの流れを整理したものです。
Lux Labから生まれたゲノム編集と「匂いのデジタル化」
Lux Capitalには、社内のインキュベーションプログラムとしてLux Labがあります。宮武さんによると、Lux Labの情報はあまり公開されていませんが、いくつかの会社がここから生まれています。
Lux Labから生まれた会社の1つがAera Therapeuticsです。宮武さんは、CRISPR ── 遺伝子を狙った位置で切ったり書き換えたりできるゲノム編集技術。2020年には開発者がノーベル化学賞を受賞していますという技術を作った人物が関わる会社だと紹介しています。
もう1つはOsmoという、匂いをデジタル化する会社です。OsmoはLux Capitalが、Google Brainのディレクターだったアレックスさんと共同創業しました。
Lux Capitalは「ディープテックに強い」と言われるファンドです。宮武さんは、AI×バイオテック、製造×宇宙、科学ツール×自動化のように、分野を掛け合わせた投資をしている点を特徴に挙げています。
1ビリオンの8号ファンドはどう使われるのか
宮武さんによると、Lux Capitalはおそらく今年、1.1ビリオンほどの8号ファンドを立ち上げました。投資先はアーリーステージの会社で、40〜50社ほどに出資する計画です。
ファンドの規模に比べると、40〜50社という投資先の数はそれほど多くありません。宮武さんは、1社あたり20ミリオンほどを入れる計算になり、アーリーステージとしては高めだが、ディープテックだからこその金額だろうと話します。
Lux Capitalの投資先のうち、5〜10社ほどは社内でインキュベーションされるといいます。宮武さんは、この形をFounders Fundに近いとしたうえで、パートナーが創業者として会社に残るのではなく、ジョシュ・ウルフさんが中心になって動くケースが多い点が違うと説明します。
草野さんが「組織としてはジョシュ・ウルフさんがトップなのか」と尋ねると、宮武さんは、Lux Capitalは2人で創業した会社で、ジョシュさんはPR的な意味もあって前に出ている人物だと答えます。
もう1人の創業者のピーターさんは、宮武さんによればとても楽天的な人です。自分を「ネガティブ思考」と言うジョシュさんのほうをあえて表に出している点を、宮武さんは面白いと感じています。インキュベーションの案件も、ジョシュさんの考えから生まれることが多いそうです。
資本コストが上がった時代に、何に投資するべきか?
宮武さんは、ジョシュ・ウルフさんの話をここ2〜3年追いかけてきたといいます。最初に紹介する考え方は「資本コスト」、つまり資金を調達しやすいかどうかへの注目です。
ジョシュさんはSF好きで、資本コストが低い時期にはトラクタービーム ── SF作品に登場する、光線で物体を引き寄せる架空の技術。UFOが人を吸い上げる光のイメージでよく描かれますのような効果があると表現します。草野さんは最初、農業用の車のトラクターを想像していたと笑います。
ジョシュさんの考えでは、資本コストが低いと資金が集まりやすいため、本来は未来に起きるはずのプロジェクトが前倒しで起きます。20年かかるはずの取り組みが、20ヶ月で実現することもあるといいます。
資本コストが低い時代は調達しやすく、いろんな実験が前倒しで進む
資本コストが高い今は調達できるプロジェクトが少ないぶん、一つひとつが重要になる
一方で今は、資本コストが高い時代です。調達できるプロジェクトが減るからこそ、それぞれがより重要になり、きちんと出資する人が必要になる。宮武さんは、その役割をLux Capitalが担おうとしていると紹介します。
ジョシュさんはさらに、今ある情報の100%は過去に基づくものだが、投資家や起業家にとって会社の価値の100%は未来に作られる、とも話しています。そして、未来に確実なものはないので、リスクを考えることが重要になります。
「失敗は失敗を想像しないことから生まれる」とは?
宮武さんは、起業家にはリスクを考えていない人が意外と多いと言います。起業はそもそも楽天的でないとできない仕事でもある、というのが宮武さんの見方です。
楽天主義だけど、ネガティブ、なんていうか、どっちも持ってる人が強いですね。なんか長期的には楽天主義で、その身近なことは悲観的な人がいいって言いますよね。
宮武さんもこれに同意し、両方を持つのが理想で、チームで補う形もありうると話します。ジョシュさんは、ポジティブな考えだけでは良くないという立場です。
Lux Capitalでよく言われるこの言葉は、英語では「Failure comes from a failure to imagine failure.」です。草野さんは最初、意味を逆に受け取りましたが、宮武さんは「失敗を想像していないから失敗する」という意味だと説明します。
ジョシュ・ウルフさんは、起業家は「リスクテイカー」ではなく、リスクを潰す「リスクキリング」をしているのではないかと考えています。ある程度は楽天的でなければリスクは取れませんが、起業家が最もやっていることはリスクを殺す作業だ、という見方です。
飛行機を作る楽天家と、パラシュートを作る悲観家
ジョシュ・ウルフさんは、自分のことをとてもネガティブな人だと言います。だからこそリスク管理が得意で、楽天的な共同創業者のピートさんとの組み合わせがうまく機能していると話しています。
周りから言われてるのはピートさんが飛行機を作りましたと。でもジョシュさんがパラシュートを作りましたと。
楽天主義。周りからは「飛行機を作った」と言われる
悲観的でリスク管理が得意。「パラシュートを作った」と言われる
草野さんは、ジョシュさんがSFっぽいユニークな会社に攻めた投資をしている印象だったので、チームの中では守りの側だったことに驚きます。宮武さんは、実際のやりとりは見たことがないので真偽はわからず、ジョシュさん本人がそう話している、と断っています。
宮武さんによると、このバランスは起業家にも持ってほしいものだといいます。
VCがコントロールできるのは「どの市場に賭けるか」
ジョシュ・ウルフさんは、どの起業家やどの会社が成功するかは正直わからない、と考えています。一方で、Lux Capitalのような投資家には、世の中がどの方向に向かい始めているかは見えるといいます。
起業家の成功には運やチャンスも関わります。それに対して、VCにとって「どの市場にベットするか」は自分たちで選べるもので、そこでリターンに差がつく、というのがジョシュさんの考えです。
宮武さんはその例として、2010年代初めのアメリカでのクリーンテックブームを挙げます。2012年ごろ、クライナー ── シリコンバレーの名門VC、クライナー・パーキンス。GoogleやAmazonなどへの初期投資で知られていますのジョン・ドーアさんが「クリーンテックの時代だ」と言って大きなファンドを立ち上げましたが、投資の多くは失敗し、クライナーの評判は一時的に落ちました。
多くのVCが再生可能エネルギーのような代替エネルギーに注目していた中で、Lux Capitalが見ていたのは原子力発電でした。宮武さんは、原子力発電は意見が分かれるテーマだとしつつ、Lux Capitalは原子力発電がこれからも重要だと考えたと説明します。
Lux Capitalは原発を増やす方向ではなく、原子力発電の課題は何かを考え、その課題を解決する会社として2008年ごろにCurionを作りました。当時、原発はアメリカに104か所、世界に440か所しかありませんでしたが、防衛関連にも大きな市場があると見ていたといいます。
宮武さんはCurionの例から、Lux Capitalはタイミングを読むのがとてもうまいチームなのではないかと評価しています。
「Chips on shoulders」はなぜお金を生むのか
Lux Capitalには、起業家を選ぶときの基準もあります。その基準を表すのが「Chips on shoulders puts chips in pockets」という言葉です。
「Chips on shoulders」は英語の慣用句で、宮武さんはこれをひとまず「コンプレックス」と訳しています。後半の「puts chips in pockets」は、ポケットにチップ、つまりお金が入ってくるという意味です。
(Chips on shouldersは)コンプレックスが金になるみたいな。
VCにとっては。
宮武さんによると、Lux Capitalが好むのはこの「Chips on shoulders」を持つ起業家です。その原因は家庭の問題かもしれないし、子どもの頃に太っていてバカにされたことかもしれないし、人種差別を受けた経験かもしれない、と宮武さんは例を挙げます。
草野さんが調べたところ、この表現には不満や恨み、挑戦的な態度といったニュアンスが含まれているようです。宮武さんは、社会や何かのシステムから強い拒絶を感じつつ、「自分はもっとできる」と思っている人、と説明を加えます。
やっぱり何か、なんか自分を証明したい。なんか気持ちを持ってる人たち。
草野さんは、昔会った起業家が、言われて嫌だったことや舐められて嫌だったことをメモしていた話を紹介します。「見返してやる」という気持ちだけがモチベーションでは困るものの、やはり大事なものだと話します。
一生満たされない気持ちは、社会にとって悪いことなのか?
宮武さんは、「Chips on shoulders」を持つ人は、どれだけお金を稼いでも、どれだけ成功しても、その気持ちを感じ続けるのが面白いと言います。
なんか個人としてはなんか良くないかもしれないなって思っちゃうんですよ。そういう気持ちを持ってるのって。
一生満足しないっていう話でもあるので。
だからこそ瞑想などで解消しようとする人もいます。それでも宮武さんは、コンプレックスは社会にとってはむしろ良いもので、イノベーションはそうした実感から生まれる、と話します。
宮武さんはさらに、全員が平和に暮らす世界では、イノベーションが生まれにくくなる可能性がある、とまで考えています。草野さんも、「今のままでも幸せ」と感じている人は世の中を変えようという覚悟を持ちにくく、「これをやったらみんな幸せになるのに」と強い不満を抱く人が動くのだろうと応じます。
ノーベル賞スピーチで「意見を変えた人の表」を出した科学者
宮武さんは、「Chips on shoulders」の極端な例として、ノーベル賞を受賞した科学者のピーター・ミッチェル ── イギリスの生化学者。ATPが作られる仕組みを説明する化学浸透説を唱え、1978年にノーベル化学賞を受賞しましたさんを紹介します。ミッチェルさんの研究は、受賞するまで周囲からバカにされていたといいます。
ミッチェルさんは受賞スピーチで、研究の成果だけでなく、ある図を見せました。左側に元同僚などの科学者の名前、右側に年が並び、それぞれがいつ意見を変えたかを示したものでした。
それはチップスオンショルダーだなって思いましたね。
草野さんは、売れた芸能人が「お前は絶対売れない」と言った人を思い出して「どうだ」と思う気持ちに通じると話します。宮武さんは、なかなか「ざまあみろ」とは言えないものですが、ミッチェルさんははっきり示した、と笑います。
マイケル・ジョーダンは怒りをどう作っていたのか?
バスケ好きの宮武さんは、NBAにも「Chips on shoulders」の例が多いと話します。2009年のドラフトで、ある選手は「190センチ・83キロの小柄な体格、運動能力は平均以下、ゴール下での決定力やボールハンドリングも弱い」と評価されていました。その選手は、今やリーグを代表するステフィン・カリーです。
宮武さんが最も代表的な例として挙げるのは、マイケル・ジョーダンです。ジョーダンは努力家であるうえに、自分を「Chips on shoulders」の状態にするモチベーション作りがとてもうまかったといいます。
2020年のドキュメンタリー『ラストダンス』にも出てくる話です。1993年、無名の選手がジョーダンを相手に37得点を取りました。ジョーダンは27本のシュートのうち9本しか決められませんでしたが、試合にはブルズが勝ちました。
試合後、その選手が皮肉っぽく「ナイスゲーム、マイク」と言ってきた、とジョーダンは話しました。翌日も同じチームとの試合があり、ジョーダンはチームメイトに「あいつが昨日取った37点を前半で取ってやる」と宣言し、実際に前半で36点、最終的に47点を取りました。
その無名な選手は「ナイスゲーム、マイク」って言わなかったらしいんですよ。
ジョーダン勝手に作った話なんですよ。
草野さんは「すごいけど、その選手からしたら怖い」と反応します。ジョーダンにはほかにも、試合前日のレストランで相手チームのコーチが挨拶をしなかったことに怒った、という話があります。こちらは実際に起きたことだそうです。
宮武さんによれば、ジョーダン自身も、勝ち続けることはモチベーションの面でとても難しいと話していました。だからこそ、何があってもモチベーション、場合によっては怒りを作る必要があったのかもしれません。
「ジョーダンを怒らせるな」がNBAの暗黙のルールになった理由
宮武さんがインターンをしていたボストン・セルティックスにも、ジョーダンの逸話があります。プレーオフ中、セルティックスのダニー・エインジ ── 元NBA選手。セルティックスで活躍し、引退後は同チームのGMとして長くチーム作りを担いましたさんが試合の前日にジョーダンとゴルフをして勝ち、トラッシュトーク、つまり軽い悪口を言いました。
ジョーダンは帰り際に「覚えとけよ」と言い、翌日の試合で63得点を挙げます。宮武さんによると、この63得点はいまもプレーオフで1人の選手が1試合に取った最多得点です。セルティックスのスター、ラリー・バードさんは「神がジョーダンに扮してプレーしていた」と語ったといいます。
挑発
ゴルフで負けたうえにトラッシュトークを受ける
宣言
帰り際に「覚えとけよ」と言う
結果
翌日の試合で、プレーオフ史上最多の63得点
その後、「ジョーダンを怒らせるな」はNBA全体の暗黙のルールになったといいます。若手がジョーダンにトラッシュトークを始めると、同じチームのベテランがジョーダンに「こいつは若手だから知らないんだ。怒らないでくれ」と止めに入ったそうです。
大学中退より大事なのは「どこで拒絶されたか」?
宮武さんは、スタートアップの世界では大学中退の話がよく語られるが、それよりも「人生のどこかで拒絶されたかどうか」のほうが重要ではないか、と話します。ニューヨーク大学のある教授は、職場で評価されなかった経験のほうが起業のモチベーションになるのではないか、という論文を書いているといいます。
例えばスティーブ・ジョブズは、リード大学を中退したことで有名です。宮武さんは、ジョブズがAppleを始めたのは中退が理由なのか、それともHPに応募して落ちたことが原因なのか、と問いかけます。
WhatsAppの創業者も、TwitterとFacebookの両方の採用に落ちているといいます。宮武さんは、特に自分が入りたかった会社に落とされた経験は大きなモチベーションになると考えています。
ただし宮武さんは、ジョーダンのようなやり方はあまり勧めないと付け加えます。周りに被害が出てしまうからです。そのうえで、拒絶をバネにする気持ちは、個人の健康にはあまり良くないかもしれないが、社会にとっては良い結果を生む可能性がある、と繰り返します。
草野さんが「宮武さんにはそういう経験はあるか」と尋ねると、宮武さんは「ありますが、具体的にはあまり言いたくない」と答え、草野さんも「私もありますが、言わないでおきます」と笑って返しています。
情報・分析・行動のうち、優位性が長続きするのはどれか?
ジョシュ・ウルフさんは、起業家や投資家がアドバンテージを作れる源泉は3つあると話しています。1つ目は、他の人が持っていない「情報」です。ただ、今はインターネットに情報があふれているため、情報で差をつけるのは難しくなっています。
2つ目は「分析」で、同じ情報を違う形で読み解くことです。しかし世の中には優秀な人が大勢いるため、分析で優位に立つのも難しいといいます。
| 源泉 | 中身 | 持続性 |
|---|---|---|
| 情報 | 他人が持っていない情報にアクセスする | ネットの普及で難しい |
| 分析 | 同じ情報を違う形で読み解く | 優秀な人が多く難しい |
| 行動 | 集団がどこへ向かうかを見極め、逆張りか乗るかを決める | 最も長続きする |
最も長続きするのは3つ目の「行動」で、市場やユーザーの好みといった「集団」がどこへ向かっているのかを見極める力が大切だといいます。宮武さんは、最終的にはその流れに逆張りするか乗るかの判断になると考えています。
宮武さんは、この話はピーター・ティールさんがゼロ・トゥ・ワン ── ピーター・ティールの著書『ゼロ・トゥ・ワン』。競争を避けて独占を築くこと、他人が知らない「秘密」を持つことの重要性を説いた起業論ですで語っている、スタートアップは周りが知らない「秘密」を持つべきだという考えに近いと話します。
時間のアービトラージは、投資にも交渉にも効くのか?
宮武さんが特に面白いと感じたのが、ジョシュ・ウルフさんの「時間のアービトラージ ── もともとは価格差を利用して利益を得る取引のこと。ここでは、他の人と時間の捉え方が違うことを優位性に変える意味で使われています」です。他の人より長い時間軸で考えられるかどうか、という考え方です。
Lux Capitalがディープテックに投資できるのは、長い時間軸で考えているからです。時間軸が長い分野ほど今は競争が少なく、入り込む余地がある、という見方です。
宮武さんは、ここ数ヶ月、時間について考えることの大切さを強く感じているといいます。マーケティングで時間をコントロールしてカルチャーモーメントを作ること、投資で新しい機会を見つけること、そして交渉にも時間の視点が関わります。
LinkedInの創業者リード・ホフマンさんは、交渉ではほとんどの人がお金の条件しか考えないが、時間をどうレバレッジするかをもっと考えるべきだと話していたそうです。
いわゆる期限が迫ってる時は、より相手、相手が期限が迫ってる場合は、より自分が優位的な交渉ができるんですよね。
宮武さんは、交渉で時間を意識する人は意外と少ないと言い、ジョシュさんの話を聞いて、時間という軸をもっと気にするべきだと感じたと振り返っています。
テクノロジーはなぜ体に近づき続けるのか
ジョシュ・ウルフさんは「テクノロジーの半減期」というコンセプトも考えています。時間がたつにつれて、テクノロジーは人間とより親密な関係になる、という考え方です。
テクノロジーが体に近づいてきたこの流れを見ていたLux Capitalは、かなり前にCTRL-labsに投資しました。CTRL-labsは、人間の神経の信号をモニタリングしてデバイスを操作する技術の会社で、のちにMetaに買収されています。Metaのリストバンド型デバイスにも、CTRL-labsの技術の一部が使われているといいます。
宮武さんによると、CTRL-labsの創業者は17歳の頃にビル・ゲイツさんに見いだされ、1990年にMicrosoftへ採用されました。その4年後には、ほぼ1人でInternet Explorerを作ったといいます。
この創業者は33歳で大学に戻り、ラテン語などを学んだあと、8年間神経科学を勉強しました。その後CTRL-labsを立ち上げ、Lux Capitalがそこに投資し、のちにFacebookで神経科学研究のトップを務めた、と宮武さんは紹介しています。
サイファイとサイファクトの差はどこまで縮まったか?
Lux Capitalを語るうえで欠かせないのが「SF思考」です。英語ではサイエンス・フィクションを略して「サイファイ」と呼びます。ジョシュ・ウルフさんは、サイファイ(フィクション)とサイファクト(現実)のギャップがどこまで縮まっているかを強く意識しているといいます。
宮武さんによると、一世代前の起業家にインスピレーションの源を聞くと、SF映画がよく挙がります。エンジニアや科学者になったのは、子どもの頃に見た映画の世界を作りたかったから、というわけです。
| SF作品 | 作中の発想 | 現実のテクノロジー |
|---|---|---|
| スタートレック | 携帯端末、タブレット | 携帯電話、iPad |
| スペースオデッセイ | ビデオ通話 | FaceTime |
| ターミネーター | 視界への情報表示 | Google Glass |
| パラドン | 匂いを把握する | Osmo |
Osmoのように匂いを扱う技術について、ジョシュさんは、コンピューターが「見る」「聞く」をできるようになったときに社会が大きく変わったように、匂いでも同じことが起きるのではないかと考えています。ジョシュさんによれば、ガンやコロナにも匂いがあり、まだ可視化されていないだけだといいます。宮武さんは、真偽はわからないとしながらこの話を紹介しています。
色にはRGB、音にはヘルツという枠組みがあり、それがカメラやマイクを作る土台になってきました。草野さんは、そう考えると匂いはまだ未知の領域なのだと驚きます。
ジョシュさんは、Lux CapitalのLP向けミーティングで、人と犬が話せる時代の話をしたこともあるそうです。宮武さんは、そう思う人は多くても実際にやろうとする人が少ないから、Lux Capitalは成功するのだと話します。ふさわしい起業家を常に探し、場合によっては自分たちで会社を作る、という姿勢です。
「Fake it till you make it」は起業家に必要なのか?
宮武さんは、起業家が最初に思い描く世界はフィクションだと言います。最初のピッチは「こういう世界を作りたい」というストーリーテリングで、それをファクトにするのが起業家の仕事だ、という見方です。
一方で、TheranosやWeWorkの件をきっかけに、メディアは「Fake it till you make it ── 「成功するまで成功しているふりをせよ」という意味の英語の言い回し。シリコンバレーでは、未完成の構想を先に語る文化を指して使われます」というシリコンバレーの文化を強く批判しました。
なんかフィクションからスタートして、それをどうファクトに寄せられるかっていう、そこのギャップを見るっていう考えってすごい重要だなっていうのは思いましたね。
宮武さんは、ずっとフィクションのままでは意味がないものの、フィクションから出発すること自体は起業に欠かせないと考えています。
宮武さんは、SFが生まれなくなると次の世代に夢を与えられなくなるのでは、と心配しています。SFにはディストピアを描く作品が多いですが、ほしいのはユートピアではなく、「こういう新しいことができるかもしれない」という希望です。
草野さんは『ブラックミラー』を例に、結末は暗くても、目を閉じるだけでゲームの世界に入れる技術のように「あったら面白い」と思える技術は描かれていると話します。宮武さんは、未来を想像する授業を学校でやってほしいとも提案しています。
宮武さんによると、起業家にインスピレーションの源を聞くと、スタートレックの名前がよく出てくるそうです。スター・ウォーズ派とスタートレック派は互いに張り合っている、という余談もありました。
起業家が見つからないなら自分で作る、という完全な逆張り
最後に宮武さんは、スタートアップスタジオのシリーズとしての話に戻ります。Founders FundもLux Capitalも、ファンドを軸にしながらインキュベーションの力を持っています。仮説を立ててそれに合う起業家を探し、見つからなければ自分たちで会社を作る、というスタイルです。
起業家が見つからないからインキュベーションするということは、まだ誰もその事業をやっていないということです。宮武さんは、これを完全な逆張りでしかできない投資だと表現しています。
草野さんは、会社の立ち上げと投資は別のスキルなのに、両方を持っている人は唯一無二だと話します。宮武さんも、今のVC業界ではなかなかいない人材で、だからこそリターンを出せると応じます。
宮武さんは以前のメンタルモデルの回で、マーク・アンドリーセンさんやピーター・ティールさんを「自分の肩に乗せて」判断を見てもらうという考え方を紹介していました。ここ1年半ほどは、そこにジョシュ・ウルフさんも加わっているといいます。
まとめ
今回のOff Topicでは、Lux Capitalのジョシュ・ウルフさんの考え方を通して、リスクを想像すること、コンプレックスをエネルギーに変えること、時間の軸で考えること、そしてフィクションを現実に近づけることが、起業と投資の土台になることが語られました。
- 起業家は単なるリスクテイカーではなく、失敗を想像してリスクを潰す「リスクキリング」の担い手だと捉えられている
- 「Chips on shoulders」、つまり拒絶された経験からくるコンプレックスは、個人には負担になりうる一方で、イノベーションの原動力にもなる
- アドバンテージの源泉は情報・分析・行動の3つで、集団の向かう先を見極める「行動」が最も長続きする
- 時間の捉え方の違いは、ディープテック投資、交渉、マーケティングで優位性を生む
- SFは未来を想像させるもので、フィクションをファクトに変えることが起業家の仕事だと語られた


