リモートワークは「仕事のデジタル化」で終わらない?
今回のテーマは、リモートワークとオフィスを考え直す必要性です。オフィスを持たずにリモートで活動しているOff Topicの二人が、この話題を掘り下げます。
宮武さんは、リモートワークを単に仕事をデジタル化する話として捉えるのでは足りないと考えています。これまで普通だと思っていたものを、ゼロから考え直さなければならないという立場です。
(リモートワークは)今まで考えてた普通だと思ってたものを、ゼロから考え直さないといけないと思ってまして。
考え直す対象として宮武さんが挙げるのは、オフィスという概念だけではありません。給料、家、家族構成、場合によっては街まで含まれます。前半ではリモートへのシフトの背景とオフィスを、後半では社内カルチャーや街・国への影響を扱う構成です。
草野さんは、宮武さんが今年よく口にするキーワードが「ゼロから考え直す」だと指摘します。宮武さんによれば、いまはさまざまな業界がターニングポイントを迎えていて、リモートワークもその一つだといいます。
リモートワークが広がったきっかけは、やはりコロナです。宮武さんが紹介したアメリカの数字では、コロナ前は500万人以上の従業員が勤務時間の半分以上を自宅で過ごしていました。一方で、56%ほどの仕事が少なくとも一部はリモート可能だったにもかかわらず、93%の従業員がほぼ毎日オフィスに通っていたそうです。
現在は、アメリカの従業員の35%が週5日リモートで働ける環境にあるといいます。スタートアップでは、本社がない州での新規採用の割合が2019年の35%から今年は62%に伸びています。
草野さんは、半分以上という数字に驚きます。宮武さんによれば、テックやスタートアップが先行しているものの、ほかの業界にも徐々に広がっているそうです。
通勤ゼロと100万円のコスト削減、その裏で失われるもの
リモートワークの利点として宮武さんがまず挙げるのは、通勤時間の削減です。アメリカは車社会なので、ガソリン代が高くなっている今の経済環境では、ガソリンを使わずに済むことも大きいといいます。
都心から郊外へ引っ越せることも利点の一つです。会社側も、オフィススペースや、スタートアップによくあるケータリングなどのオフィス特典を減らせます。年間で従業員1人あたり100万円ほどのコストを削減できるという試算もあるそうです。
草野さんは「いいことだらけな気がしてました」と反応しますが、宮武さんはネガティブな影響もあると続けます。1つ目は、都心のオフィス周辺にあるレストランなどへの打撃です。
ランチとか。そうですよね。帰りに(オフィス街で)ご飯買ってくみたいなのがなくなりますもんね。
2つ目は、新しく入った従業員が同僚を知らず、仲良くなりにくいことです。宮武さんが紹介したマイクロソフトの調査では、ハイブリッドワークやリモートワークで働く従業員の半分ほどが、以前の働き方より寂しさを感じているといいます。
3つ目は、会社のカルチャーが伝わりにくくなることです。同じマイクロソフトの調査では、会社のバリューの認知率が2割ほど下がるとされています。
草野さんは、Zoomで顔を合わせていても実際には会ったことがない状態で、リモートの中でカルチャーを浸透させるのは難しいと話します。宮武さんも、アメリカでいうスモールトークのようなカジュアルな会話ができなくなる点を挙げます。
(ウォーターサーバーの前のような)そこだとよりカジュアルな会話できたりとか、本音を喋れたりとか、あとそこで偶然会う人ってやっぱいるじゃないですか。
宮武さんはこの話の極端な例として、以前草野さんが紹介したセヴェランス ── Apple TV+で配信されているSFドラマ『セヴェランス』。職場での記憶と私生活の記憶を手術で切り離された社員たちを描いていますに触れます。仕事とプライベートの記憶を切り替えられる世界を描いたSFドラマで、草野さんは、嫌な記憶がない代わりに仕事が完全に分断されているのは少し気持ち悪いと紹介しました。
ハイブリッドワークは「両方の一番悪いところ」なのか?
仕事とプライベートをどこまで切り離すかという問いに対し、ほとんどの会社が出している答えがハイブリッドワークだと宮武さんは言います。少人数でも誰かが常にオフィスにいて、ミーティングによってはリモートの人も参加する形です。
宮武さんは、調査会社ギャロップのデータを紹介します。コロナ前とコロナ後の今年2月で、働き方の比率は次のように変わりました。
| 働き方 | コロナ前 | 今年2月 |
|---|---|---|
| リモートオンリー | 8% | 39% |
| ハイブリッド | 32% | 42% |
| オンサイト | 60% | 19% |
草野さんは、3つの形態が同じくらいの比率に近づいてきたことに驚きます。そのなかで現在最も多いのはハイブリッドですが、最近アメリカでは、このハイブリッド型があまり良くないのではないかという話が出ているそうです。
宮武さんが例に挙げるのはハイブリッドミーティングです。大きな会議室にカメラが1台だけあり、上から全員を映す一方で、リモート参加者は画面に1人ずつ大きく映ります。
でも会議室にいる人たちって、一つのカメラでちょっと遠くから見てるんで(リモートの人からは)認識しづらいじゃないですか。誰がどう思ってるのかっていう。
声もちょっと聞きづらいですしね。え、あ、何て言った?みたいな。
リモート参加者からはホワイトボードもまったく見えません。解決策として、マイクロソフトとGoogleでは会議室の参加者も全員パソコンを持ち込み、ミュートにして自分の顔を映しているそうです。宮武さんは、それなら同じ場所にいる意味はどこまであるのかと問います。
LinkedInでは、人物を映さずホワイトボードの文字だけを読み取ってリアルタイム表示するカメラを使っているそうです。ただ宮武さんは、こうした技術があっても、ハイブリッドが理想なのかという疑問は残ると話します。
その象徴として紹介されたのがYelpです。CEOはニューヨーク、シカゴ、ワシントンDCのオフィスを閉鎖し、ハイブリッドオフィスはオンサイトとリモートオンリーの「一番悪いところを取っている」と語ったといいます。Yelpでは従業員の85%がほとんどの場合リモートで働きたいと答え、毎日オフィスに来るのは1%ほどだそうです。
チームで出社するか、極端に振り切るか
草野さん自身は、オフィスのほうが集中できた記憶があるといいます。オフィスが好きな人と、リモートを望む人をどう両立させるかは難しい課題です。
宮武さんの考えは、個人がばらばらに出社するハイブリッドではなく、チーム単位で同じ日に全員がオフィスへ行く形です。チームの一部だけをリモートにする意味はあまりないと考えています。
バラバラに個人が行きたい時にっていうよりは、みんなに会うために出社するっていう。
宮武さんは、今後は働き方が極端に分かれていくと見ています。イーロン・マスクや一部のVCのように「リモートワークはNG、基本的にオフィスに来てほしい」という立場がある一方で、リモートオンリーに振り切る動きも広がっているからです。
草野さんは、Googleは半分出社・半分リモートを目指しているのではないかと尋ねます。宮武さんは、今はハイブリッドが主流だと認めたうえで、今後はリモート中心にして、必要なときにみんなが集まれる場所を用意する形へ変わるかもしれないと話します。その場所が本当にオフィスである必要があるのか、という問いがここで出てきます。
オフィスはなぜ生まれたのか、工場から学校や刑務所まで
宮武さんは、思考実験を投げかけます。オフィスの歴史を知らない人が突然地球にやってきて、今のテクノロジーを前提に仕事の仕組みを考えたら、そもそもオフィスを作るだろうか、という問いです。
コロナ前の平均では、人は人生のうち9万時間ほどをオフィスで過ごすといいます。それほど当たり前なのに、なぜオフィスがこういうデザインになったのかを考える人はほとんどいない、と宮武さんは指摘します。
宮武さんによると、最初のオフィスは15世紀にあったとされます。キリスト教の修道士が聖書などを書き写す写本 ── 印刷技術が普及する前に、書物を手で書き写して複製すること。中世ヨーロッパでは修道院が写本作りの中心でしたの作業場で、オフィスというよりデスクの概念に近いものです。
よりオフィスらしい例として挙げられたのがイギリス東インド会社 ── 1600年に設立されたイギリスの特許会社。アジア貿易を担い、のちにインド統治にも関わりましたです。1つの場所に情報を集め、さまざまな判断を下せるようにオフィススペースを活用していたといいます。ただし、これはバックオフィスに近いものでした。
今の私たちが知っているオフィスやオフィスカルチャーの直接の起源は、産業革命期の工場だと宮武さんは言います。工場の目的は生産性を上げることで、そのために人を1か所に集め、決まった時間帯にきっちり働かせました。
(人が)集まった方が早いですし、そこをまとめて、そこをしっかり人を配置して。
当時は資料を物理的に受け渡す必要があり、連携は同じ場所でしかできませんでした。ヘンリー・フォードが有名にしたバッチ型のシステム、9時5時の勤務、30分単位や60分単位のミーティングも、工場から生まれたものだといいます。
目的
生産性を上げる
条件
資料の受け渡しなど、連携は物理的な場所でしかできない
仕組み
人を1か所に集め、決まった時間帯で働かせる
結果
9時5時の勤務や時間単位のミーティングが定着
宮武さんによれば、似た考え方は学校や刑務所にもあります。朝8時や9時に始業のベルが鳴る仕組みは工場から来ていて、刑務所でも同じことをしていますし、昔はオフィスでも同じようにしていたそうです。
逆に、ローマ帝国にはオフィスという概念がありませんでした。人々は家で個人の仕事や作戦づくりをし、さまざまな場所や他人の家に集まって話し合っていたといいます。政治家が集まる建物はあっても、デスクスペースのようなものはなかったそうです。草野さんはこれを聞いて「うわ、リモートワーク」と反応します。
デスクに縛られた理由と「会社は家族」というブランディング
産業革命の時代には、オフィスがなければ生産性を上げられませんでした。しかし宮武さんは、今のテクノロジーを考えれば、同じ場所に集まる必要はどこまであるのかと問いかけます。
草野さんも、何年も前からクラウドやDXの時代と言われているのに、今も1時間ほどかけて出社しているのは、オフィスが生まれた経緯を考えると変化があってもいいと話します。宮武さんは、Slackやビデオ会議、日本のLINEがある中で働き方が変わっていないことを不思議だと言います。
人がデスクにずっといなければならなかった理由の一つは、デスクに電話機が置かれていたことです。工場の時代より少し後の話で、デスクを離れると営業の電話もクライアントからの電話も受けられませんでした。草野さんは「スマホでいいじゃん」と応じます。
何十年、何百年とオフィスが根付き、人生の9万時間をそこで過ごすことで、オフィスは「普通」になってしまいました。宮武さんはそこに異を唱えます。
宮武さんは、オフィスが「オフィスではない」ようにブランディングされてきた点にも触れます。「会社は家族だ」「コミュニティだ」「オフィスは仕事場ではなくソーシャルな環境だ」といった打ち出し方を、宮武さんは「オフィスのトリック」と表現します。
草野さんは「疑ってますね」と笑いつつ、オフィスにも良さはあると返します。宮武さんも、人が集まること自体は良いと認めたうえで、問題は専用のデスクやビル1棟の購入といった「オフィスの環境」が必要かどうかだと整理します。
宮武さんは、リモートワークでも何らかの物理的な場所は必要だと考えています。ただし、リモートとフィジカルを混ぜるのではなく、極端に振り分けることが大事だと話します。
コワーキングとコーポレートリトリートという選択肢
リモートとフィジカルを振り分ける具体策として、宮武さんはまず、コワーキングスペースと契約する会社が増えていることを挙げます。草野さんも、日本でもWeWorkを使う人が多いと応じます。
もう一つは、コーポレートリトリート ── 社員が日常の職場を離れ、保養地や研修施設などに集まって議論やチームづくりを行う取り組みです。チームが合宿所のような場所に集まり、一緒にオンボーディングをしたり、議論の場を作ったりします。Salesforceは専用に土地を買い、施設を建てているそうです。
なんか仲良くなれますし、リフレッシュもするし、オフィスを持つ必要もないっていうこと考えると、会社にとってもメリットありますよね。
宮武さんは、従業員の満足度を上げながら実際に会って話し合える場所であり、しかも自社が1年中持ち続ける必要もない点を評価します。草野さんの言う通り、スポットで借りればよいというわけです。
住む場所と家族構成はどう変わる?
リモート中心で、必要なときだけ集まる働き方が普通になると、影響はオフィスにとどまりません。宮武さんによれば、リモートワークは「地域」と「経済機会」を切り離します。
これまでは東京やニューヨークのような大都市に行かなければ仕事を得にくく、経済的に安定するには都心へ出る必要がありました。その前提が変われば、住む場所も変わり始めます。
コロナ禍で多くの人が気づいたのは、自分のアパートや家がいかにリモートワークに向いていないかでした。草野さんは、家は寝るためやプライベートのための場所で、子どもがいる家庭ではテレビ電話もしにくいと話します。宮武さんは、ドアや自分の部屋が必要になり、家の作り方自体を考え直すべきだと言います。
草野さんは、アメリカには書斎を持つ人もいるのではと尋ねますが、宮武さんによれば、それは比較的お金があり、都心部ではない一軒家に住む人だそうです。
家族構成も変わりうると宮武さんは考えます。アメリカでは、ある程度稼いだ人がニューヨークやサンフランシスコの郊外に住み、自然や物価の安さ、教育環境のなかで子どもを育ててきました。子どもは大学卒業後、経済チャンスを求めて都心部へ移るのが一般的でした。
郊外で育ち、18歳や22歳で親元を離れ、経済チャンスのある都心部へ移る
親元を離れない、親以外の家族と暮らす、同世代と各地を転々とするなどの選択肢が普通になるかもしれない
宮武さんは、同世代の仲間と短期間のシェアハウスを転々とする形も挙げます。最近のスタートアップでは、たとえば4人の創業メンバーが半年ごとにニューヨーク、次の街、また次の街と移りながら、普通のSaaSを作っている例もあるそうです。
草野さんは、ローンチハウス ── スタートアップの創業者などが共同生活をしながら事業を立ち上げる住まい。いわゆるハッカーハウスに近い形態ですとの違いを尋ねます。宮武さんは概念的には似ているとしつつ、固定メンバーで毎回街を移る点が特徴だと説明します。オフィスを考え直すだけで、家の概念や誰と住むかまで変わってくる、というのが宮武さんの見立てです。
会社は働く場をどう提供すべきか
雇う側の会社について、宮武さんは、まだ答えがないからこそ多様な選択肢を提供することが大事だと話します。従業員ごとに予算を渡し、会社からは指定せずにさまざまなワークスペースを試してもらい、そのうえで必ずフィードバックをもらう方法です。
こういうところだったら、より5人とかで仕事しやすかったですとか、なんかそういうのを多分もっと試さないといけない。
草野さんは、ずっとリモートなら同じ場所にいる必要はそれほどないとし、リモートワークにはもっといろいろなやり方があると応じます。宮武さんは、オフィスという概念が働き方を制限してきたのであり、その制限が外れれば新しいライフスタイルが生まれるはずだと語ります。
草野さんは、Anyplaceの内藤さんの例を紹介します。各国にいる従業員が半年に1回、バルセロナや東京などに集まり、一緒に食事をしたり仕事をしたりする働き方です。Galverseも日本で合宿し、次はアメリカで会おうという形で動いていたそうです。
宮武さんは、こうした働き方のインフラを今まさに多くのスタートアップが作っていると指摘します。SlackやSalesforceが目指すのも、オフィスをデジタル化するコミュニケーションではなく、いつ集まり、いつ集まらないべきかまで含めた「次の段階のリモートワーク」だと考えています。
次回の後編では、リモートワークが給料にどう影響するのか、ニューヨークや東京のような街の人口が減るのか増えるのかといった話題を扱う予定です。
固定の場所か、フレキシブルな場所か。二人の理想の働き方
最後に草野さんは、オフィスという概念を考え直したうえで、宮武さんにとって理想の働き方は何かと尋ねます。宮武さんは「考え抜いてない」と前置きしつつ、自由に行きたい場所へ行けることは必要で、同時に集まる場所も欲しいと答えます。
宮武さんが悩んでいるのは、その集まる場所を固定にするか、フレキシブルにするかです。
自分のデスクやスペースがあり、いつでも帰れる場所という感覚が生まれやすい
いつでも帰れる場所という感覚はなくなるかもしれない
草野さんは、固定の場所にはいつでも行って集中したりミーティングしたりできる良さがある一方、第2の家のようになると家で働くのと変わらなくなると話します。宮武さんも、よほど良い環境でない限り家でもできるので、だからこそフレキシブルな場所のほうが良いかもしれないと応じます。
宮武さんによれば、Off Topic自体は今2人なので場所にとらわれず自由に働けています。海外で困りそうなのは時差くらいで、収録以外にリアルタイム性がどこまで必要かという、同期型と非同期型の生産性の違いは次回のテーマにもつながるそうです。
草野さんの理想は、自由に働けることです。ただ、一人でいると孤独を感じますし、いろいろな場所を転々としても一人であることは変わりません。かといってオフィスに行くことが幸せとも限らないと話します。
(オフィスがなくなると、仕事とプライベートが)グラデーションというよりも一緒になってるというか。だからなんかそれも個人的にはなんか嫌だなって、つらいなって思う部分がやっぱ多いので。
宮武さんも「難しいです」と認め、働き方の答えは1つではなく、人によって望む働き方が違うと締めくくりました。
まとめ
今回の前半では、リモートワークを「オフィスのデジタル化」ではなく、工場の時代に生まれたオフィスという仕組みそのものを問い直す機会として捉える視点が語られました。働く場所だけでなく、住まいや家族、会社が提供すべき場のあり方まで変わりうるという見立てです。
- リモートワークには通勤削減や1人あたり年間100万円ほどのコスト削減がある一方、孤独感やカルチャーの浸透しにくさという課題もある
- ハイブリッドワークは現在最も多い形だが、会議の不便さなどから「両方の悪いところを取っている」という批判も出ている
- 今のオフィスや9時5時の働き方は、生産性を上げるために工場から生まれたもので、当たり前の仕組みではない
- コワーキングやコーポレートリトリートなど、必要なときだけ集まる場の需要が増えると宮武さんは見ている
- 理想の働き方は1つではなく、固定かフレキシブルか、仕事とプライベートをどう分けるかは人によって異なる





