オフィスの仕事はなぜ格差が小さかったのか
この回は、リモートワークとオフィスを考え直す前後編の後半です。前回はリモートワークが及ぼす影響から、オフィスの概念そのものを考え直す必要がある、というところまで話が進みました。
後半の今回、宮武さんは社内のカルチャーや給料への影響に加え、街の構造や「新しいタイプの国」まで話を広げると予告します。草野さんは「国まで」と驚きます。
国まで、まあいわゆるその新しいタイプの国が生まれるとか。
宮武さんが最初に持ち出したのは、職業による収入格差の違いです。デザイナー、アスリート、ミュージシャン、映画監督のようなクリエイティブ系の仕事は、トップの収入が非常に高い一方で、下のレベルはほとんど稼げないという構造になっています。
宮武さんはバスケットボールを例に挙げます。NBAの選手は常に450人ほどしかいません。宮武さん自身もバスケをしていますが、バスケでの収入はゼロです。日本のプロ選手もNBA選手ほどは稼げず、競技人口全体で見ると格差は非常に大きいといいます。
一方で、オフィスワークにはそこまでの格差がありません。宮武さんはその理由を、前回話した「工場のメンタリティー」で説明します。多くの人をオフィスに集められるようにタスクを細かく切り刻み、一定のクオリティを達成すればよいという条件にしているからです。
なのでみんなの仕事が、大体同じような仕事をすれば、その会社として成功するようにしているのが、まあ工場のやり方。
人材プールが地元からグローバルへ広がると何が起きるか
工場型のやり方になった背景として、宮武さんは採用範囲の狭さを挙げます。オフィスは限られた場所にあるため、会社はその周辺に住む人からしか採用できません。
地域の人材はスキルの幅が広く、トップティアの人ばかりが集まっているわけではありません。グローバルと比べて人材プールが小さいため、宮武さんは従業員同士の競争も少なくなると話します。
(人材プールの小ささって)日本国内とグローバルの差の課題の一つですよね。アメリカは世界中から優秀な人材が英語圏から集まってるけど、日本だとちょっと言語の壁とかがあって。
宮武さんもこの点を日本の大きな課題、アメリカの強い優位性だと認めます。ただアメリカ国内でも、テック企業はもともとシリコンバレー内で採用することが多かったといいます。
その変化を示す例がStripe ── オンライン決済のインフラを提供するアメリカのフィンテック企業。開発者向けのAPIで知られ、世界中の事業者に使われていますの採用データです。コロナ前の2019年には、ベイエリアとシアトルでの採用が61%、それ以外が39%でした。2021年末には、ベイエリアとシアトル以外の採用が74%に達しています。
ここでの「それ以外」には、リモート採用だけでなく海外オフィスも含まれます。宮武さんは割合としてほぼ倍になったと説明し、草野さんは優秀な人も採用しやすくなると応じます。
デスクにいることが評価される職場はなぜ高給を出しにくいのか
宮武さんによると、オフィスとリモートでは評価の仕方が変わります。リモートワークでは、アウトプットやインパクトをもとにした評価がしやすくなります。
オフィスでは、デスクにいること自体や早く出社していることが評価されがちです。草野さんが「アメリカでもそのバイアスはあるのか」と尋ねると、宮武さんは「あります、あります」と即答します。
確かに早く出社してて偉いなっていう。
(遅くまでいると)頑張ってるなみたいなのは確かに。
さらにオフィスでは、大量のミーティングに出る必要があります。パフォーマンスの高い人ほどミーティングに出たがらないため、オフィスの仕組みが時間の無駄になることもあるといいます。
宮武さんがもう1つ挙げたのは、全員が同じ場所にいると、1人だけに極端に高い給料を払いにくいという点です。
だっていわゆる自分の横の席の人が自分の10倍もらっているって、なんか気まずくないですか?
草野さんは、給料は口に出さないので日本でも普通にありそうだと返します。宮武さんは、上司ならまだわかるが、同じレイヤーの人だと多少は気まずくなるため、会社側としては出しにくい面があると説明しています。
デスクにいる、早く来る、遅くまで残るといった「見える姿」が評価されやすい。隣の席の人と大きな給料差をつけにくい
アウトプットやインパクトをもとに評価しやすい。グローバルな人材プールから採用できる
リモートで給料はアスリート型に近づくのか
宮武さんは、リモートワークで変わる点として、まずグローバルな人材プールから採用できることを挙げます。これにはよい面と悪い面があるといいます。
よい面は生産性が上がる可能性が高くなることです。草野さんは無駄なミーティングが減る点を挙げ、宮武さんはよりよい人材にアクセスできる点を加えます。
悪い面は格差です。優秀な人はより高い給料を求めるため、会社はその人たちに高い給料を出す必要があります。しかし全員の給料を上げるわけにはいかないので、給料の差はどんどん広がっていきます。
ただ、その分平均的な人は同じ給料をもらえるかっていうのが、ギャランティーがなくなってしまうんですよね。
草野さんが「現状維持はもうダメ」とまとめると、宮武さんは、リモート制度を強化する会社では競争が激しくなるため難しいかもしれないと答えます。草野さんは、何をしているかわからない「窓際社員」は評価のしようがないと加えます。
日本は解雇しづらいため、リモート環境をどう取り入れるかが課題になります。一方で人を切りやすいアメリカでは、トップパフォーマーは大きく稼げる一方、平均的な人の給料は下がり、下の層は切られることもあり得ます。宮武さんは、オフィスの給料構造がアスリートのようなクリエイティブ層に近づく可能性を指摘します。
採用範囲の拡大
グローバルな人材プールから採用できるようになる
高給の要求
よりいい人材はより高い給料を求める
一部だけ昇給
全員の給料は上げられないので差がつく
構造の変化
アスリートやクリエイティブ職に近い給料構造になる
ただし宮武さんは、格差が生まれることが本当によいことなのかという課題もあると話します。社内にトップパフォーマーだけを集められる会社は少ないため、格差と平等性のバランスをどこに置くかは、リモートへの投資の度合いに応じて会社が考える必要があるといいます。
Slackでリアクションしてくれる人はどう評価されるべきか
草野さんは、チームワークをどう評価するのかという問いを投げます。宮武さんは、結局はチームのアウトプットで評価されることになり、チームをまとめた人の重要度をどう測るかが難しいと答えます。
草野さんが特に気にしたのは、リモート化で重要になったオンラインのコミュニケーションを支える人の存在です。チャットでのやり取りを円滑にしてくれる人は、縁の下の力持ちのような役割を担っています。
積極的にリアクションしてくれるとか、リプライしてくれるみたいな人って、結構その雰囲気作る上で重要じゃないですか。そういう人を評価するシステムって大事だなって思います。
草野さんは、Zoomのミーティングではよく話すのにSlackでは誰とも話さない人もいる、という対比も挙げます。目に見えるプレゼンスとは別の、見えにくいコミュニケーションの貢献をどう扱うかという問題です。
宮武さんは、生産性に直結していれば測りやすいが、測りにくいスキルもあると認めます。そのうえで、チーム内のアンケートを一部の評価に使う、チームのパフォーマンスを他のチームと比べるといった可視化の方法を挙げます。
スキルの可視化は昔からの課題ですが、上司が部下の様子を直接見られないリモート環境では、より難しい課題になるかもしれないと宮武さんは話します。
30分・60分単位のミーティングは誰のためにあるのか
宮武さんは、リモートワークではコミュニケーションの仕方そのものを変えるべきだと考えています。今の働き方は工場ありきなので、ミーティングが30分単位や60分単位の「シフト制」になっているといいます。
これって誰のための、そのスケジュールなのかっていうと、マネージャーのためなんですよね。
宮武さんの説明では、管理職は30分や60分のシフトを組むことで、従業員からコンスタントにフィードバックやアップデートを受け取れます。仕事を切り刻んでうまくいっているかを常に確認し、改善していくのがこれまでのスケジュールの組み方でした。
しかし個人の生産性が求められるクリエイティブな仕事では、この区切り方が合いません。宮武さんが話す多くのエンジニアは1時間単位のミーティングを嫌い、半日単位で時間を考えるといいます。
いいプログラムを1時間でコード書けないので。
半日かけて考えながら進める作業の途中にミーティングが入ると、イライラしてしまいます。草野さんは「集中する時間」の問題だと受け止めます。
管理職向けに30分・60分単位で区切り、頻繁に進捗を確認する
個人の生産性に合わせ、半日単位などの集中時間を確保する
コミュニケーションの量も問題になっています。宮武さんによると、アメリカでは1人あたり1日平均121通のビジネスメールが届き、不要なメールに23%の時間が使われています。加えて、Slackなどのインスタントメッセージを週に200以上やり取りしているといいます。
常に通知が来てすぐに返信しなければならないため、アメリカでは平均で6分に1回メールを確認する文化になっているそうです。草野さんは、集中する時間が減るので生産性が下がるかもしれないと話します。
非同期にすると情報のインプットは速くなるのか
宮武さんは、リアルタイム性を求める働き方から、非同期型へのシフトが大きいと見ています。例として挙げたのが、Salesforceの「Async Week」です。
Salesforce ── 顧客管理(CRM)を中心にクラウド型の業務ソフトを提供するアメリカの企業。Slackを買収したことでも知られますのAsync Weekは、1週間基本的にミーティングをしない取り組みで、最近3回目が実施されたといいます。
非同期型が生産性につながる理由として、宮武さんはオフィスと仕事を「情報ネットワーク」として見るべきだと話します。情報がさまざまな場所に流れているなかで、その情報をいかに速く、どう読み取るかが重要になるという見方です。
面白いのが、非同期型にすると情報スピードを変えられるんですよ。
1時間のミーティングは必ず1時間かかります。しかしポッドキャストにすれば、Off Topicのリスナーの多くがそうしているように1.5倍速で聞けますし、2倍速なら30分の時間削減になります。テキストなら会話より10倍速く読める人もいるといいます。
草野さんは、Slackに短い動画を投稿できるようになった機能も非同期型でいいと話します。宮武さんは、楽で自分のタイミングで聞ける点を評価します。
同じリアルタイムでライブでやる必要性っていうのは、なんか疑ってもいいかもしれないですね。
宮武さんは、ライブでやる必要がある場面もあるとしつつ、人によって考えるスピードが違う点を挙げます。その場で回答できる人もいれば、しっかり考えてから回答したい人もいるため、非同期型はその両方に合わせられます。
草野さんは、Zoomで「ちょっと考えたいです」となる人にとっては、非同期の方がアウトプットを出しやすいかもしれないと話します。宮武さんも、その場のプレッシャーで話せず評価されない人にとって、後で話せることはアドバンテージになると応じています。
1社だけで働くことはなぜリスクなのか
生産性の高い従業員が増えると、1社に紐付かない流動的なチームや働き方が出てきます。草野さんは複数のプロジェクトやフリーランスのような形を挙げ、宮武さんは、同じオフィスに行かなくてよくなれば2つ目の仕事にも採用されやすくなると話します。
草野さんは、コロナ禍にリモートで副業を始めた人が増えたというアメリカの記事を見たと振り返ります。宮武さんは、悪用する人もいるだろうとしつつ、生産性で測ればよいはずだと答えます。
宮武さんは、スタートアップで4年間のベスティング ── ストックオプションなどの株式報酬を、一定期間勤めることで段階的に受け取れる仕組み。途中で辞めると未確定分を失うため、長く在籍する動機になりますで株をもらう形をとると、他の何百という機会を見逃すことになると説明します。草野さんは「ポートフォリオを組む」と言い換えます。
ただし宮武さんは、分散しすぎるとパフォーマンスが出ないため、ポートフォリオを組むとしても3社か4社くらいだろうと話します。例外は今6社に関わっているイーロン・マスクで、草野さんも「並大抵の人じゃできない」と笑います。
宮武さんは、Not Boringのパッキー・マコーミックさんが提唱する「リキッドスーパーチーム」も紹介します。いろいろな場所を行き来する仲間を1つのチームとして組み、「この会社で働くならこの3人で行こう」といった形で動く働き方です。
パートタイムのチームでユニコーンになるスタートアップも出てくるかもしれない、という見立てに対し、宮武さんが近い例として挙げたのがGumroad ── クリエイターがデジタル商品などを販売できるサービス。決済や販売ページの機能を提供していますです。CEOもパートタイムで働いているといいます。
草野さんが株主からのプレッシャーはないのかと尋ねると、宮武さんは、Gumroadが一度潰れかけたときにCEOが株を買い戻し、状況をリセットしていると説明します。その経験について「ミニマリストアントレプレナー」という本も出しているそうです。
都市の人口はなぜべき乗則に従うのか
仕事の仕方やオフィスが変われば、住む街も変わります。宮武さんは、東京と地方のように都市ごとに人口が大きく違う点に着目し、VCの回で話したパワーロー ── べき乗則のこと。少数の要素に極端に大きな値が集中する分布で、上位ほど桁違いに大きくなるのが特徴ですが街の人口にも当てはまると話します。
宮武さんによると、1つの国で人口が最も多い街は、2番目の街のおよそ2倍、3番目の街のおよそ3倍の人口になっています。そして、ほとんどの国が同じような構成になっているといいます。
宮武さんが示した日本とアメリカの数字は、次のとおりです。
| 国 | 都市と人口 | トップとの比率 |
|---|---|---|
| 日本 | 東京 約930万人 | 1倍 |
| 日本 | 横浜 約370万人 | 約2.5倍の差 |
| 日本 | 大阪 約270万人 | 約3.4倍の差 |
| アメリカ | ニューヨーク 約810万人 | 1倍 |
| アメリカ | LA 約398万人 | 約2.03倍の差 |
| アメリカ | シカゴ 約267万人 | 約3.03倍の差 |
日本はぴったり2倍、3倍ではないものの、アメリカはほぼその比率どおりです。宮武さんは、普通に数学でわかるような人口の分配になっていると話します。
人気の街がなぜ大きくなるのかを説明するため、宮武さんは簡単なシミュレーションを示します。新しい国に町Aと町Bがあり、最初の市民がどちらを選ぶ確率は半々です。最初の1人がAを選ぶと、Aの人口は1、Bは0になります。
2人目の市民が入ってきた時に、AとBどっちを選ぶかというと、もう半々じゃなくなるんですよね。
誰もいない町より、誰かがいる町に行きたくなるからです。Bを選ぶ人も出てきますが、比率は60対40や70対30へと偏っていき、それが続くことで都市間の差が生まれます。
最初の選択
最初の市民は町Aか町Bを半々で選ぶ
偏りの発生
誰かがいる町Aのほうが選ばれやすくなる
集中の加速
比率が60対40、70対30と広がる
都市の過密
渋滞と家の価格が上がり、他の街へ移る動機が生まれる
人口が増え続けると、車や電車の混雑がひどくなり、家の価格も上がります。家の価格が上がるのは、住みたい人の需要に住宅の供給が追いついていないからだと宮武さんは説明します。
引っ越すかリモートか、第3の選択肢が加わると街はどう変わるか
宮武さんは、先ほどの町Aと町Bのシミュレーションに3つ目の選択肢「リモート」を加えます。仕事のために町Aか町Bへ引っ越すか、リモートで働くかを選ぶ状況です。
そうなった場合にどっちを選ぶかというと、おそらくリモートを選ぶんですよ。
草野さんは引っ越しのコストを理由に挙げ、宮武さんもそれを大きな要素と認めます。もう1つの理由は、リモートの仕事の数がどの街よりも多いことです。通勤や渋滞を考えなくてよく、地方に住めば家の価格も都心部より安く済む場合があります。
ただし宮武さんは、だからといって皆がリモートを選ぶわけではないと付け加えます。草野さんが「魅力ありますか?東京」と冗談めかすと、宮武さんは「絶対ある」と答えます。遊べる場所や人の多さによるコミュニティ、友達と集まって活動しやすいことが東京の魅力です。
宮武さんが注目するのは、リモートで働きながら東京に住む人の影響です。渋滞が減るうえ、オフィスビルの数を減らせれば、その土地を住宅にできます。住宅の供給が増えれば、理論上は家の価格が下がります。
そうなると、リモート環境のなかで、すでに大きい都心部がさらに多くの人を受け入れて大きくなる可能性もあると宮武さんは話します。リモートは人を地方に散らすだけでなく、大都市をさらに大きくするかもしれないという見立てです。
オフィスは空いたのに、渋滞が減らないのはなぜか
理論とは裏腹に、アメリカでは車の渋滞は減っていません。宮武さんによると、ニューヨークのオフィス稼働率はコロナ前と比べて60%下がった一方で、ニューヨークに入る大きなトンネルや橋の混雑レベルはコロナ前の99%ほどに戻っています。
(渋滞が減らない理由)わかりました。Amazonとかそういう配達系がめちゃくちゃ増えてる。
宮武さんは「めちゃくちゃ正しい」と認め、これから言おうとしていたことだと話します。ネットでの買い物や配達が増え、トラックなどの専用車両が走るようになったのが1つ目の理由です。
2つ目の理由は公共交通への投資不足です。コロナ初期は混雑が下がったように見えたため、アメリカの自治体は既存インフラに投資せず、地下鉄の状態が悪化しました。地下鉄の利用者が激減して収入が入らなかったことも、投資できなかった背景にあるといいます。
草野さんは、ニューヨークの地下鉄が洪水で水浸しになった映像に触れます。宮武さんは、地下鉄が使いにくくなった結果、人々の移動手段が車になってしまったと説明します。
利用者の激減
コロナ期間中に地下鉄の利用者が一気に減り、収入が落ちる
投資の停止
混雑が減ったように見え、自治体がインフラに投資しない
地下鉄の悪化
地下鉄が改善されず、使いにくくなる
車への移行
移動手段が車になり、配達車両の増加も重なって混雑が戻る
オフィス側の供給も都心から移り始めています。ニューヨークではマンハッタンのオフィスを閉じる会社が増え、その移転先はブルックリンです。ブルックリンはマンハッタンのすぐ近くですが、より住宅街に近い雰囲気で、最近はスタートアップの従業員や経営者が次々に引っ越しているといいます。
草野さんが「東京でいうと?」と尋ねると、今度は宮武さんが東京の土地勘がないという逆の問題が発生し、2人とも答えに詰まります。宮武さんは、従業員が住む場所にオフィスというハブが作られている流れだとまとめます。
セレンディピティのないリモートでイノベーションは生まれるのか
会社が大都市に拠点を置く理由として、宮武さんは2つを挙げます。1つは前回も話した、大きな人材プールへのアクセスです。もう1つが、リモートでは置き換えにくい「偶然の出会い」です。
偶然の出会いは同僚との雑談に限りません。同じ業界の人や、業界をまたいだ人と出会う可能性も、街中のほうが高くなります。
リモートワークっていうのはより大きな人材プールにアクセスできるんですけど、そのセレンディピティが減りますと。
宮武さんによると、いろいろなメーカーや世界中の研究者が、このバランスが生産性やイノベーションにどうつながるかを研究しています。草野さんは、革新的なものは生まれにくいかもしれないと話します。
そのためスタートアップでは、創業チームが同じ街に集まって最初の1〜2年を一緒に働くパターンが増えていると宮武さんは聞いているそうです。シリーズAなどで10人や30人の規模になってからリモートに切り替えます。
最初のアイデアやプロダクトマーケットフィット ── 製品が市場のニーズにしっかり合っている状態。スタートアップが本格的に成長する前の重要な節目とされますを探る段階は、リモートではなくオンサイトで進めるという考え方です。
ネットワーク・ステートとはどんな「国」なのか
オフィス、社内環境、街づくりと話を広げてきた宮武さんは、変化が国レベルにも及ぶと話します。ただしこれは、日本やアメリカを変える話でも、日本を完全リモートにする話でもありません。新しいタイプの国が生まれるのではないか、という話です。
草野さんが「エストニアみたいなことですか」と尋ねると、宮武さんはそうした話だと応じます。そのうえで紹介したのが、Coinbaseの元CTOであるバラジ・スリニヴァサンさんが収録前日に出した本『The Network State』です。宮武さんもちょうど読んでいる最中だといいます。
宮武さんは本の内容は難しいとしつつ、ネットワーク・ステートの簡単な定義を説明します。
重要なのは、ネットワーク・ステートの土地がつながっていなくてもよい点です。リモートワークが地域の障壁をなくすのと同じ発想です。宮武さんは、九州は北海道より韓国のほうが近いかもしれないのに日本と認識されている、という例を挙げます。
より分かりやすい例として、宮武さんは会社を挙げます。世界中にあるWeWorkのコワーキングスペースはすべてWeWorkとして認識され、世界中のGoogleのオフィスもGoogleの場所として認識されます。
グローバルでありながら、実際土地を持つ。でもデジタル上で集まる国っていうのが出てくるんじゃないかと。
草野さんが「WeWorkが本当にそうなのか」と尋ねると、宮武さんは近いものかもしれないと答え、WeWork創業者のアダム・ニューマンさんも似たことを言っていた気がすると話します。宮武さんは、パソコンから始められる「クラウド型の国」だと表現します。
100万人規模のコミュニティは国になれるのか
デジタル上で国を作るという発想は不思議に思えますが、宮武さんはそれほどおかしくないと話します。世界にある193か195ほどの国のうち、約2割は人口100万人以下で、55%は人口1000万人以下だといいます。
一方で、Facebookには30億人、Twitterには3億人のユーザーがいます。GameStop株の騒動を起こしたRedditのコミュニティWallStreetBets ── Redditの投資系コミュニティ。2021年、個人投資家が集団でGameStop株を買い上げ、空売りしていたヘッジファンドに大きな損失を与えた騒動で注目されましたも、今や1200万人いるそうです。
(WallStreetBetsも)一つの目的、場合によっては、その国としての認識を持てるようなコミュニティかもしれないじゃないですか。
宮武さんは、愛国精神を持つ100万人から1000万人ほどのコミュニティや社会を作ることは、ネット上ですでに可能になっていると話します。
SNSへの考え方も変わってきました。2000年代は、とりあえず登録してもらうことが目的でした。人数が増えればネットワーク効果が生まれると信じられ、その根拠になったのがメトカーフの法則 ── ネットワークの価値は参加者数の2乗に比例するという経験則。イーサネットの発明者ロバート・メトカーフにちなみますです。
しかしネットワークには、効果だけでなく負の側面もあります。宮武さんによると、ネットワークがある規模を超えると、同じ価値観で集まったわけではない人同士の争いが起きやすくなります。
宮武さんはTwitterを例に挙げます。いいねやフォロワー数があるTwitterには、世界規模のリーダーボードのような仕組みがあります。フォロワーや影響力を求めて他人を叩く人が現れ、しかも個人ではなくグループで攻撃するようになるといいます。
こうした理由から、ネットワークやコミュニティの大きさには限度があると宮武さんは考えます。FacebookがFacebookグループのような小さめのコミュニティ機能を出しているのもそのためで、その延長でデジタル上の国が生まれるのは自然だという見方です。
宮武さんは英語のnationという言葉にも触れます。語源の「nat」には「生まれる」という意味があり、同じ地域、文化、歴史を持って生まれた人たちを指します。デジタルの国も、簡単に言えば同じカルチャーを持つ人たちの集まりだといいます。
草野さんは、以前のAxie Infinityの回でも国の概念について話したことを振り返ります。国に所属する意識が薄れ、コミュニティやカルチャーの単位が今の国である必要はなくなってきている、という見方です。
国の作り方はなぜ「土地を買う」から始めると間違うのか
宮武さんによると、YouTubeで「国を始めたい」と検索すると、さまざまなアドバイス動画が出てきます。需要はあるようですが、そうした動画やブログの第一ステップはほぼ同じで、しかも間違っているといいます。
ほとんどの人が第一ステップが土地、土地から始めるんですよ。
草野さんは、そのHowtoを面白がります。宮武さんが土地から始めるのを間違いだと考える理由は、土地の競争がとても激しいことです。日本もロシアや中国と特定の島をめぐって争ってきました。国境は地図に記載されて目に見えるため、争いの対象になりやすいのです。
一方で、TwitterとFacebookの国境は見えません。Facebookは自社の利用時間を、Twitterは自社の利用時間を持っていますが、両方のデータを持つ人はいません。そのため、ある人がどちらのユーザーなのかを判断できず、国境をめぐる争いも起きないといいます。
国境が地図に見えるため、土地や島をめぐって争いが起きやすい
国境が見えないため、よりよいプロダクトを作って人を呼び込む形で競う
FacebookとTwitterは国境ではなく、よりよいプロダクトを作ることで競っています。宮武さんは、デジタルネーションが普及すれば国境をめぐる戦争ではなく、マインドシェアをめぐる戦いになる可能性もあると話します。
そこから宮武さんが導いた結論が、社会をサービスとして見ることです。社会がサービスになれば、人はどの社会にオプトインするか、出ていくかを選べるようになります。
草野さんは、デジタルネーションが今の国の上のレイヤーに出てくるのか、別のものとして置き換わるのかを尋ねます。宮武さんは、最初は置き換えではないとしつつ、人がデジタルネーションに親近感を持つほど、国の地域性の意味が問われていくと話します。
どっちの方が愛国心を湧くかっていう話になると思うんですよね。
複数のデジタルネーションに所属できるようになれば、その全体のサービスが国を上回るのかという話にもなるといいます。宮武さんはバラジさんの本を読み終えてから改めて話したいとし、草野さんはボーナスエピソードに期待を寄せます。
労働時間という考え方はもう古いのか
終盤、宮武さんは、リモートにするかどうかに関係なく、オフィスの概念と仕事のやり方が変わるのは間違いないとまとめます。リモートファーストになる会社は、オフィスのやり方が通用しないことを前提に、新しいコミュニケーション方法を考える必要があります。
その例がZoom上のハッピーアワーです。宮武さんは、それはオフィスカルチャーの再現にはならないと指摘します。草野さんも、Zoomでの歓迎会や送別会は今もあるものの、対面の飲み会とは体験がまったく違うと話します。
宮武さんは、労働時間というアイデア自体を考え直し、仕事の内容や成果で考えるべきかもしれないと話します。草野さんが「成果を出していれば週2日勤務や、毎日2時間だけ働く形でもいいのか」と尋ねると、宮武さんは、同じ生産レベルを出していれば会社としてはいいのではないかと答えます。ただし、違う意見もあるだろうと添えています。
オフィスの作り直しの例として、宮武さんはLinkedInを挙げます。LinkedInはハイブリッドワーク用の新オフィスに、1人用、コワーキング用、集中用、オープンスペースなど、確か75パターンの席を作ったといいます。
草野さんは「3つくらいしか思いつかない」と驚きます。2人は、ソファーやハイテーブル、その4人席版といったバリエーションではないかと推測し合います。LinkedInのオフィスは、入口付近がコワーキング型で、奥へ行くほど集中できる作りになっているそうです。
宮武さんは、オフィスやリモートワークを考え直すこの時期はスタートアップにとって大きなチャンスであり、専用のインフラやサービスがどんどん出てくると話します。その影響は仕事の仕方だけでなく、家族との暮らし方、街への住み方、国の作り方にまで及ぶといいます。
自由が広がる時代、平均的な人はどうなるのか
最後に草野さんは、この変化を個人的にはポジティブに感じると話します。雇う側と雇われる側という関係のなかで、個人の力が強くなっていると感じたからです。
どこでも働いてもいいですし、パフォーマンスを出せば出すほど評価もされますし、自分もオフィスに行きたかったら行けるしみたいな。そういう自由度が広がる働き方っていいですよね。
宮武さんも、パフォーマンスを出す人にとっては可能性が大きく広がると同意します。一方で、平均的な人にとってはより厳しい環境になる可能性があり、会社も国もそのバランスを常に考える必要があると話します。一般市民の多くは平均的な人だからです。
仕事をメインとしてライフスタイルを送ってるわけじゃないので、生きるために仕事をしてるので、これぐらいのパフォーマンスですっていう人って絶対いると思うので。
草野さんは、そうした人が評価されなくなるのは悲しい未来だと続けます。宮武さんは、それが難しい課題だからこそ変えられるチャンスがあると返します。
宮武さんの締めくくりは、変化をネガティブではなくポジティブな目で見ることでした。高いパフォーマーの可能性が広がる一方で、それ以外の人たちに生まれる課題への解決策がこれから必ず求められる、という見通しです。
まとめ
リモートワークは、オフィスに残っていた工場型の発想を揺さぶります。評価、給料、会議の組み方が変わり、その影響は住む街や国のあり方にまで及ぶ可能性があります。宮武さんと草野さんは、自由が広がる可能性と、平均的な人に生まれる課題の両方を見据えています。
- グローバルな人材プールとアウトプット評価によって、給料構造はアスリートやクリエイティブ職のような格差型に近づく可能性がある
- 30分・60分単位の会議はマネージャーのための仕組みであり、非同期型にすると情報のインプットの速さを人に合わせて変えられる
- 都市の人口はべき乗則に従うが、リモートで住宅供給が増えれば、大都市がさらに大きくなる可能性もある
- ネットワーク・ステートは土地ではなくコミュニティから始まる国であり、社会を選べるサービスとして見る発想につながる
- 高いパフォーマーの可能性が広がる一方で、平均的な人への課題をどう解決するかが、会社と国に問われる





