なぜ今「メンタルモデル」なのか
今回のOff Topicのテーマは「メンタルモデル」です。番組では去年ごろからこの言葉がたびたび登場しており、宮武さんは去年からメンタルモデルの回をやりたいと話していたといいます。
草野さんは最初にこの言葉を聞いたとき、日本ではあまり見かけない言葉だと感じたそうです。宮武さんによると、英語圏でもメンタルモデルという言葉が広く使われるようになったのはここ2、3年ほどで、5年、10年前はそれほど頻繁に聞く言葉ではなかったといいます。
じゃあメンタルモデル自体、一般的に使われる言葉っていうよりは、割と用語っぽい感じなんですかね。
宮武さんがこの回を企画した背景には、スタートアップやVC業界の語られ方への問題意識があります。業界ではよく成功事例や失敗例が語られ、それがアドバイスになりますが、宮武さんは最近、それよりも「考え方」を話したほうが役に立つのではないかと考えているそうです。
例えばクリエイターエコノミーについてっていう回よりも、そこの中の考え方の話とか。何かしらのフレームワークとか、世界のモデルの説明をしようとしてた。
そのうえで宮武さんは、リスナーに向けて一つの注意を添えています。Off Topicが紹介したから良いメンタルモデルなのではなく、良し悪しは自分で判断し、自分なりのメンタルモデルを作ってほしいというものです。
リスナーの方々にはOffTopicがメンションしたからいいメンタルモデルっていうよりも、そこは自分でいい悪いっていうのを判断しながら、自分なりのメンタルモデルを作ったりとかっていうのに心がけてほしい。
メンタルモデルは車の修理屋さんの頭の中にある
宮武さんの定義では、メンタルモデルとは簡単にいうと「世界を理解するためのフレームワーク」です。ここでいう世界は、業界でも会社でも、何かの流れでもかまいません。複雑なことが起きている状況をシンプルにし、モデルに落とし込んだものがメンタルモデルだといいます。
なぜそうするのかについて、宮武さんは人間が頭の中でシミュレーションできる点を挙げます。メンタルモデルを持っていると、そのシミュレーションがしやすくなるというわけです。
世界のトップのビジネスパーソンは、自分なりのメンタルモデルを持ち、場合によっては複数持っているそうです。ビジネスでは変化への対応や検証が欠かせず、そのときにどう判断するかで役に立つのがメンタルモデルだと宮武さんは説明します。
イメージしやすい例として宮武さんが挙げたのが、車の修理屋さんです。修理屋さんは車の構造を理解しているので、頭の中に車の内部のイメージがあり、「エンジントラブルです」と言われれば、おそらくこの部分だろうと見当をつけられます。
エンジンがどことつながってるからとか、ここのパイプとここのパイプがつながってるとかっていうのを全部理解してるからこそ、何が問題かっていうのがわかるじゃないですか。
車の修理屋さんの例を図にすると、メンタルモデルがどう働くかが追いやすくなります。
構造を理解する
エンジンがどこにつながり、どのパイプとどのパイプがつながっているかを把握している
頭の中にモデルを持つ
車の内部のイメージが頭の中にある
症状から見当をつける
「エンジントラブル」と聞けば、おそらくこの部分だろうとわかる
宮武さんによれば、メンタルモデルとはこの「車のイメージ」にあたるものです。世界全体や一つの業界、一つの会社がどういうもので、どう動くのかを理解するためのモデルだといいます。
草野さんは、経営者が自力で全体像をつかみメンタルモデルを持つのは難しそうだと感じつつ、先人たちのメンタルモデルを参考にするのもありなのではと尋ねます。宮武さんは「全然ありだと思います」と答え、むしろ先人のモデルを積極的に参考にするやり方もあるとして、後半でその話をすると予告しました。
なぜ成功事例は再現しないのか
メンタルモデルを持つ理由について、宮武さんは世界をより理解するためだと述べたうえで、最終的には「よりいい判断をするため」だと話します。
全体の判断の10パーセントの判断がよりいい判断になると、多分めちゃくちゃ自分の価値が上がったりとか、めちゃくちゃいい会社を作れたりとか。
宮武さんは、ベンチャー業界でよく語られる成功事例・失敗事例への見方にも触れます。過去にこれが起きたから未来もこれが起きる、という発想は、当たらないケースが多いといいます。
それってやっぱその時の状況が重要じゃないですか。
草野さんも「再現性はそんなになさそう」とうなずきます。宮武さんの考えでは、事例そのものには再現性がなくても、そのシステムにどんな構造があり、だからこれが成功したと理解できれば、再現性は高まります。100%ではないものの、成功率を上げられるのではないかという見立てです。
過去に起きたから未来も起きると考える。その時の状況に左右され、当たらないケースが多い
システムがどういう構造で、なぜ成功したのかをつかむ。100%ではないが成功率を上げられる
宮武さんの話では、事例ではなく構造をつかむことこそがメンタルモデルの役割だといえます。
おもちゃに見えるもの、週末の遊び、早すぎるアイデア
Off Topicでは過去にもいくつかのメンタルモデルを紹介してきました。宮武さんがスタートアップ業界で一番有名なものとして挙げたのが、「The next big thing will start out looking like a toy」です。直訳すると「次の大きなイノベーションは最初おもちゃに見える」という意味になります。
宮武さんは、車でもスマホでもTwitterでも、自転車でも、最初はバカにされたり、ただの子ども向けのものだと思われたりしたと話します。草野さんも、脅威だと思われていたものが結果的に良いものになる、と応じています。
このフレームワークから導かれる行動は、おもちゃのように見えるものがあっても無視しないことだと宮武さんはいいます。
WEB3の回で話したという、週末の話もあります。週末に頭のいい人たちがやっていることが、10年後に平日に一般の人がやっていること、という考え方です。草野さんは「それ面白いですよね」と反応しています。
宮武さんは、テクノロジーは広まるまで時間がかかるため、この考え方はそこに乗っかったものだとしつつ、考え方としては正しく、フレームワークとしてわかりやすいと評価します。例として挙げたのは、パソコンオタクが集まったホームブルーコンピュータークラブ ── 1970年代にシリコンバレーで活動したコンピューター愛好家の集まり。一般には「ホームブリュー・コンピュータ・クラブ」と表記され、Appleの創業者たちも参加していましたからAppleが生まれたことです。
より最近の例として、週末にファンフィクションを書く人たちがワットパッド ── ユーザーが小説を投稿・閲覧できるオンラインの小説プラットフォーム。一般には「Wattpad」と表記されますなどでマネタイズするようになったことや、VRやWEB3も挙げられています。
似たメンタルモデルとして宮武さんが紹介したのが、「頭のいい人たちは悪いアイデアを持っているのではなく、早すぎるアイデアしか持っていない」という考え方です。良いアイデアかどうかは、結局タイミングの問題でしかないといいます。
宮武さんによれば、今あるInstacart ── アメリカの食料品・日用品の即日配達サービス。近所のスーパーの商品を、買い物代行の人が届ける仕組みで知られていますと同じようなアイデアは、過去に何度も考えられてきました。iPhoneのような構想も、昔はジェネラルマジック ── 1990年に設立されたアメリカの企業。携帯型の通信端末を先駆的に構想しましたが、事業としては成功しませんでしたという会社が思いついていたそうです。
ただただタイミングがずれてただけっていうところ。
VC業界のメンタルモデルも紹介されました。アクセル ── アメリカの有力ベンチャーキャピタル。Facebookなどへの初期投資で知られていますの「Chance only favors the prepared mind(チャンスは準備された心にのみ降り立つ)」は事前準備の重要性を、セコイアの例は若手層を育てる重要性を示すものとして挙げられています。Off Topicのポッドキャストで扱ったCurrent ThingsやThinking Ladderも、その一例です。
英語はなぜ一言でまとめるのがうまいのか
こうした例を聞いた草野さんは、英語は一言にまとめるのがすごく上手いと感想を述べます。
週末の話もそうですし、おもちゃみたいに見えるみたいな話も、すごくわかりやすいかつ、すごい一言にまとまってて、すごいなって思います。シンプルに。
宮武さんが日本語に同じようなものはないのかと尋ねると、草野さんはあまりない気がすると答えます。ことわざはあるものの、もともとある言葉という感じだといいます。
草野さんの見立てでは、日本語で新しくフレームワークを作る場合は「○○思考」「○○戦略」「○○エコノミー」のように一つの単語にする形が多そうだとのことです。英語のように文として一言にまとまった言い回しは、少ないのかもしれません。
宮武さんは、番組の100回目で話した「History doesn't repeat but it rhymes(歴史は繰り返すのではなく、韻を踏む)」も、すごくわかりやすい例だと挙げます。
Off Topicには毎年、年末にその年のポッドキャスト全体をつなぐテーマがあります。2年前は「Attention and Trust Economy」、去年は「Composing Culture」でした。宮武さんは、これらも世の中に対する番組なりの理解、つまりフレームワークを表したものだと説明しています。
信頼は0か100かではない?トラストバッテリーの考え方
ここから宮武さんは、Off Topicの本編ではまだ詳しく扱っていないメンタルモデルを紹介していきます。最初は、Shopifyの「トラストバッテリー」です。トラストバッテリーは、Spotifyの番組「bytes by Off Topic」で少し触れたことがあるそうです。
宮武さんによると、人と人の信頼関係は「信頼する・しない」のオンオフの二択で見られがちです。けれども実際には、信頼にはグラデーションがあるといいます。
そのゼロか100パーじゃないじゃないですか。
信頼していても完全に信頼しているわけではなかったり、部分的にしか信頼していなかったりします。Shopifyでは、人が採用された時点でトラストバッテリーが50%充電された状態になっているとよく言われるそうです。
コミュニケーションの中で信頼を得ていくとバッテリーのパーセンテージが上がり、何か悪いことをすると下がっていきます。ただし、社内で「この人は50%」「この人は75%」と言い合うのではなく、それぞれが頭の中でなんとなく理解しておくものだといいます。
宮武さんが個人的に面白いと感じたのは、このバッテリーをスマホのバッテリーと同じように見られる点です。スマホなら、90%に落ちたら充電したがる人、50%で充電したがる人、0%まで使い切ってもいい人がいます。
多分信頼も同じように、人によってその受け入れられるレベル感ってあるんですよね。
草野さんは、iPhoneでいえば電池のマークがオレンジ色になる瞬間が90%の人なのか30%の人なのか、ということかと確認します。宮武さんは、そのタイミングや落ちる限度が人によって違うことも重要だと応じました。人によっての50%が、別の人にとっての90%にあたることもあるわけです。
採用にも使える「バッテリーを持つ人・使う人」
宮武さんはもう一つ、Shopifyとは別の「バッテリー」の考え方も紹介しています。あるポッドキャストで誰かが話していたもので、世の中にはバッテリーを持っている人と、他の人のバッテリーを使う人の2種類がいるというものです。
こちらのバッテリーは、エネルギーやポジティブさのたとえです。他の人のバッテリーを使う人ばかり採用すると、バッテリーを持っている人たちに負担がかかってしまいます。カルチャーを保つにはバッテリーが必要なので、採用をバッテリーを持っているかどうかで考えるのも一つの軸だと宮武さんは話します。
エネルギーやポジティブさを持ち、カルチャーを保つ力になる。数は少ない
こちらばかり採用すると、バッテリーを持つ人の負担が大きくなる。圧倒的に多い
草野さんが、バッテリーを持っている人は少なく使う人が多いのではと尋ねると、宮武さんは「使う人の方が絶対多い」と答えます。だからこそ、バッテリーを持っている人を重要視することも採用の考え方としてあり得るといいます。
ピーター・ティールはなぜすごい人を引き寄せられるのか
採用がうまい人として宮武さんが挙げたのが、ピーター・ティール ── PayPalの共同創業者で、Facebookの初期投資家としても知られる投資家。著書『ゼロ・トゥ・ワン』はスタートアップの考え方を説いた本として広く読まれていますです。PayPalを見てもFounders Fundを見ても、今の活動を見ても、ティールの周りには常にすごい人がいるといいます。
ピーター・ティールがすごい人を引き寄せる方法も、一つのメンタルモデルだと宮武さんは話します。そのたとえが「バットシグナル」です。
草野さんは最初、「バット」を悪い意味の「バッド」と聞き違え、悪い予兆のことかと尋ねます。宮武さんが、バットマンのバットだと説明すると、草野さんは「普通に悪い方のバッドと一緒だと感じました」と笑いました。
警察が、バットマンのマークを空に照らすじゃないですか。それでバットマンが来るじゃないですか。その同じ現象をピーター・ティールさんがやってて。
ピーター・ティールのやり方は、新しいことを打ち出し、どういう人たちが来てくれるのかを見るというものです。大学生のころ、リベラルな人が多いスタンフォード大学で、ティールはそれに対抗する学生メディアを立ち上げました。そして誰が読んでくれるのか、誰が集まってくれるのかを見て、そこから人を選んだといいます。
Founders Fundも同じ構図です。宮武さんによると、Founders Fundのスローガンは「140文字のサービスではなく、空飛ぶ車に投資します」というものでした。草野さんは「某サービスをディスってます」と突っ込み、宮武さんも買収されたあのサービスのことだと認めています。
そういうポジションを取るからこそ、そこに集まる人たちが事前にフィルタリングされるんですよ。
ピーター・ティールはTwitterはやらないものの、本を書いたりイベントで登壇したりします。宮武さんによれば、これもバットシグナルの一部で、誰が本を読み、誰がトークを聞いてくれているのかが、集まってきた人からわかるそうです。
草野さんは、SNSで広い層に届けるより、濃い一人を選ぶようなやり方だと受け止めます。宮武さんも、ティールのトークは長いこともあり、全部聞いたうえで話しに来る人や、わざわざイベントまで足を運ぶ人は、ハードルを越えた人だと話しています。
草野さんは「バットシグナル」という名前の良さにも触れ、バットマンから取っていることで、マジョリティではなく本当に熱量のある人が集まる感じがあると話します。宮武さんは「それは全然考えてなかった」としつつ、わかりやすいと応じました。
人の発言を常に疑うのは失礼なのか
次に宮武さんが紹介したのは、真実を追求するタイプのメンタルモデルです。草野さんが「真実は一つ」とボケると、宮武さんは「そういう話ではないんですけど」と笑いながら本題に入ります。
このメンタルモデルを最も感じさせるのが、アンディ・グローブ ── インテルの元CEOで、同社の成長を率いた経営者。著書『ハイアウトプット マネジメント』はマネジメントの古典として知られていますとスティーブ・ジョブズだそうです。宮武さんはグローブを、歴代CEOランキングでトップに入るような人物と紹介しています。
宮武さんによると、普通の会話では、相手が自分と違う意見を言っても、ほとんどの人は「ちょっと待ってください」とは言いません。相手に恥をかかせたくなかったり、自分もそこまで調べているわけではなかったりするからです。
一方でアンディ・グローブとスティーブ・ジョブズは、人の発言を常に疑うといいます。
違う意見のことを言うと、「いや、ちょっと待って、それって何でそうなんですか?」っていうのをめちゃくちゃ聞いてきたりとか。
ほとんどの人にとってはめちゃくちゃうざいんですよ。簡単に言うと。
ただし宮武さんは、この姿勢を裏返せば、相手をすごくリスペクトしていることと同じだと話します。自分の言ったことを真面目に受け止め、ちゃんと聞いてくれているということだからです。
相手に恥をかかせたくない、自分も調べていないなどの理由で、反論せずに流す
「なんでそうなんですか?」と常に聞き返す。うざがられるが、発言を真剣に受け止めている証でもある
宮武さんは、これを常にできる人はほとんどいないと考えています。日本では一人ぐらいしか会ったことがなく、アメリカでもたまにやる人はいても、常にという人は少ないそうです。草野さんは、話が全然進まず本題に入らないこともありそうだと笑いつつ、うなずいていました。
第一原理で考えるか、過去から読むか
続いて宮武さんが挙げたのが、超有名なメンタルモデル「ファーストプリンシプルズ(第一原理)」です。根本からゼロで考え直す、仮説をゼロに戻すという考え方で、物理の話でよく出てきます。
宮武さんによると、イーロン・マスクやジェフ・ベゾス、ピーター・ティール、物理学者のリチャード・ファインマン ── アメリカの物理学者。量子電磁力学の研究でノーベル物理学賞を受賞し、ユーモアあふれる語り口でも知られますなどがよく使うメンタルモデルです。「なぜ」を5回聞く、というやり方もその一つだといいます。
例として宮武さんは、物の作り方を考え直す場面を挙げます。そもそもなぜ石油ベースのものを作っているのか、と問い直すような発想です。草野さんは、なぜお肉は牛を殺さないといけないのか、という問いも同じだと応じました。
宮武さんは、イーロン・マスクが熱心な信者であることから第一原理が有名になっていると話す一方で、個人的意見として一つ課題があると指摘します。
仮説を捨てるっていう概念なので、過去起きたものを捨てるっていう話なんですよね。
過去って実はすごい重要だったりすると思っていて。
そこにつながるのが「Reading Backwards」というメンタルモデルです。新しい経験は本当に新しいのか、過去に似たようなことが起きているのではないか、と問う考え方です。
宮武さんは、新しいテクノロジーが出てくるたびに「子どもにとって悪い」という声が繰り返されることを例に挙げます。過去をよく学ぶことで未来に何が起きるかがわかるという考え方は、マーク・アンドリーセン ── 初期のWebブラウザ「Mosaic」の開発者で、ベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロウィッツ」の共同創業者や、Stripeのパトリック・コリソン ── 決済サービスStripeの共同創業者・CEO。歴史や科学の進歩に関する幅広い読書家としても知られていますが強く信じているものだそうです。
仮説をゼロに戻し、そもそもなぜそうなのかを根本から考え直す。過去を捨てる発想でもある
新しい経験は本当に新しいのかを問い、過去に起きた似た出来事から未来を読む
草野さんが、こうした人たちは自分が何を信じているかを公言しているのかと尋ねると、宮武さんはインタビューやブログ、ポッドキャスト、Twitter、本などで語っていると答えました。だからこそ、そこから学べるというわけです。
メンタルモデルがないと「羊」ばかりの世界になる?
では、なぜ自分のメンタルモデルを持つべきなのでしょうか。宮武さんは、持たなくても人生は過ごせるし、それも一つの生き方なので否定はしないと前置きします。草野さんも「生きてはいますね」と笑いました。
宮武さんの考えでは、世界にはいろいろなシステムが存在し、メンタルモデルを持っていなくても、そのシステムのおかげで何をすべきか考えなくて済むようになっています。学校に行き、受験して大学に行き、会社員になり、結婚するというプロセスは一般化しています。
そもそもなんで大学に行くべきなんでしたっけ?とかって普通の人は考えないじゃないですか。
宮武さんは、それを考えることが今後重要になってくると話します。考えなくなった理由は、そのシステムがスケールして当たり前になったからです。
宮武さんは、アメリカのリーダーシップ、政府も含めた指導層の判断は、アメリカの今のポジションを保つためのもので、より大きくしたり変えたりするためのものではないと見ています。大きな会社も同じで、売上が上がると、その売上を保たなければならず、新しいことがやりにくくなります。宮武さんは、だからこそイノベーターのジレンマ ── 成功した大企業が既存事業を守ろうとするあまり、新しい技術や市場への対応が遅れてしまう現象。クレイトン・クリステンセンが提唱した概念ですが存在するのだろうと話します。
今のポジションや売上を保つための判断。新しいことがやりにくくなる
より大きくする、より変えるための判断。今のアメリカの指導層はこちらを考えていないと宮武さんは見る
その結果、質問に答えることはできても質問の立て方がわからない、目標を実現できても目標の設定の仕方がわからない、といったことが起きていると宮武さんはいいます。何かを成し遂げられても、それをなぜやるべきかを考えていなかったり、一つの分野のエキスパートでも他の領域には行かなかったりするそうです。
エグゼキューションする人、実装する人が多くて。考える人が少ないんですよ。
宮武さんはこの状態を、羊がいっぱいいる世の中になってしまうと表現します。アメリカでいう「sheep」は、ただ人に従う人のことです。草野さんが「フォロワーみたいな」と言い換えると、宮武さんは、方向性を考える人がいなくなるのだと応じました。
ベートーヴェンを超える人はなぜ出てこないのか
宮武さんがこの課題を意識したきっかけは、作曲家のベートーヴェンです。歴代最もすごい作曲家とよく言われるベートーヴェンは、約200年前の人物です。
このインターネットがある今で、今まで以上の情報にアクセスできる人たちがベートーヴェンを超えられないんだろうっていう。
同じように、現代のダーウィンやシェイクスピア、ソクラテスは誰かと考えても、なかなか名前が出てこないと宮武さんは話します。インターネットの時代こそ、天才が生まれる黄金時代になるべきではないかという問題意識です。
草野さんは、ベートーヴェンに匹敵する人が多く生まれすぎて、みんなすごいという状態になっているのではないかと問い返します。宮武さんはその可能性を認めつつ、そうであれば歴代最強の作曲家はベートーヴェンではなく今の人になるはずだと答えました。
宮武さんは、ベートーヴェンを超える人は実はいっぱいいるかもしれないとしたうえで、誰もそう言っていないことが一つのポイントではないかと話しています。
先人のメンタルモデルは一冊の本で手に入る
ここで宮武さんは、冒頭で草野さんが尋ねた「先人のメンタルモデルを参考にする」話に戻ります。宮武さん自身は、本やポッドキャスト、Substack ── 書き手が有料・無料のニュースレターを配信できるプラットフォーム。独立したライターや専門家の発信の場として広く使われていますなどのニュースレターから情報を仕入れているそうです。
自分のメンタルモデルを考えるには時間がかかります。けれども世の中には、すでに何千、何万ものメンタルモデルが存在していると宮武さんはいいます。
成功者と言われるような人たちが、何十年もかけて自分の事業を育てるためにいろんな検証をした結果、思いついたメンタルモデルじゃないですか。それを例えば一冊の本で読めるってすごいアドバンテージじゃないですか。
草野さんも「ぎゅっと詰まってますもんね」とうなずきます。宮武さんは、ブログやポッドキャストも含め、今まで以上に多くの人のメンタルモデルにアクセスできることは大きなアドバンテージだと話します。お金も時間もそれほどかからないので、もっとやらなければと自分でも思っているそうです。
肩に小さいイーロンを乗せる「他人のメンタルモデル」
他人のメンタルモデルを知る理由は、もう一つあります。宮武さんはそれを「Mental Model of Others(他の人のメンタルモデル)」というメンタルモデルとして紹介しました。
宮武さんによると、いろいろなメンタルモデルを一つに統合することはできません。それぞれが違いすぎて、矛盾するものが必ず出てくるからです。草野さんは、ゼロから考える第一原理と過去を重視するReading Backwardsのように、互いの仮説を無視し合うものもあると応じました。
さらに宮武さんは、自分のメンタルモデルを作ったあとに理解しておくべきこととして、年を重ねるごとに考え方が偏り始めることを挙げます。VC業界やスタートアップ業界では特に、年々次の世代のものに追いつけなくなるといいます。
それをオフセットするために、他の人たちのメンタルモデルを常に頭の中に置いといて、それを活用して自分のメンタルモデルと戦わせるっていう。
この方法を実践している一人が、マーク・アンドリーセンです。アンドリーセンによると、彼の肩には小さいイーロン・マスクとピーター・ティールが乗っているそうです。草野さんは思わず「可愛い」と反応しました。
肩の上の小さいイーロン・マスクはFirst Principles Thinkingを常に語り、小さいピーター・ティールはルネ・ジラール ── フランス出身の哲学者・文芸批評家。人は他人の欲望を模倣して欲望するという「模倣理論(ミメーシス理論)」で知られ、ピーター・ティールに大きな影響を与えましたの理論などを語ります。アンドリーセンは自分の意見が衰えないよう、違う人の意見と対抗させる「ストレステスト」をしているといいます。
自分の考え
例えば「ここに投資したい」という自分の判断
肩の上の他者
小さいイーロン・マスクは第一原理で、小さいピーター・ティールはジラールの理論で問いかける
考えを戦わせる
違う見方とぶつけて、自分の意見が衰えないようにする
判断の質が上がる
最終判断は自分でするが、考え抜くことでより良い判断になる
宮武さんは、優れた連続起業家が2回目、3回目、4回目の会社を立ち上げるとき、自分の意見に反論してくれる人を取締役に入れることも、同じ発想だと話します。
それこそ年を重ねるごとに、それを反論してくる人っていなくなるじゃないですか。
草野さんは、だからこそ自分が絶対に正しいわけではないと疑い、考えが古くなってきていることに気づくことが大事だと話します。宮武さんも「めちゃくちゃ大事」と同意し、他の人にその役割を任せられればいいものの、自分だけで考える時間が長い場合は、自分の中で対抗の仕方を考えないといけないと続けました。
シャーロック・ホームズにワトソンが必要な理由
宮武さんは、肩の上の小さいイーロンと似た役割を持つ存在として、シャーロック・ホームズの相棒ジョン・ワトソンを挙げます。草野さんが日本語では「ワトソンくん」と呼ばれると話すと、二人はくん付けの由来をしばらく確かめ合っていました。
結局ワトソンがいることによって、ホームズが毎回その推理を説明しないといけないじゃないですか。
宮武さんによると、他の人に説明しなければならないことで、自分の理解を深める必要が出てきます。質問されれば答えなければならないので、ロジックをしっかり考え抜くことになるといいます。
宮武さんは、ワトソンとの関係によってホームズはより良い探偵になれるのではないかと話し、Mental Model of Othersはまさにそういう役割を担っていると締めくくりました。
草野さんは、肩に乗るものといえば天使と悪魔だと話を広げます。そのうえで、自分も肩に小さいイーロン・マスクを乗せて判断していきたいと語りました。
それなんか結局いい悪いじゃなくて、こういう考え方あるよねっていうのを、ちっちゃいイーロン・マスクを乗せるっていう。
草野さんは、イーロン・マスクに限らず、自分が信じているメンタルモデルの人をちょこんと肩に乗せておけばいいと話します。宮武さんも、肩に乗せるのは誰でもいいと同意しました。
結果自分の判断なので、その小さいイーロンを無視すればいいんですけど、ただそこがいることによって、ちゃんとそれを考え抜くことによって、よりいい判断ができるんじゃないかっていう。
4周年のOff Topicは、壮大な「振り」だった
宮武さんは、2018年に始めたOff Topicで、まさかメンタルモデルの話にたどり着くとは思っていなかったと振り返ります。この回は事前収録で、タイミングが合っていれば配信日がOff Topicの4周年にあたるそうです。
宮武さんが、いつも変な話に付き合ってくれていると草野さんに感謝すると、草野さんは「優秀なワトソンくんになれるように頑張ります」と返しました。宮武さんは、草野さんはワトソンくんではない気がすると笑います。
草野さんは、上から目線で失礼かもしれないと前置きしつつ、宮武さんも話すことで考えが整理されているのではないかと話します。宮武さんは「本当にそうです」と認めました。
準備することも、実際話すことも、全部その自分のメンタルモデル作りだったり、その世界を理解するためのプロセスにつながっていってるんだなっていうのは、すごいありがたいことなので。
草野さんは、自分だけでなくリスナーの存在があって番組が続いていると話し、宮武さんも、応援があるからこそこういう話をずっとできると応じました。宮武さんにとってOff Topicを続ける理由の一つは、自分の考え方の発展につながっていることだといいます。
草野さんが、今の宮武さんの肩には誰が乗っているのかと尋ねると、宮武さんは、マーク・アンドリーセンとピーター・ティールはここ数年すごく意識していると答えました。
宮武さんは、Off Topicが個人的にすごく好きな点として、いろいろなトピックを扱っているようでランダムに見えて、実は「振り」になっていることを挙げます。今回の回も、前回や前々回、100回目のエピソードも、Current Things、Thinking Ladder、マルチプレイヤーコマース、モノカルチャーの話も、すべて振りだったそうです。
実は次のエピソードがオチなんですよ。
宮武さんによると、次回は一つのメンタルモデルだけを取り上げます。それは、宮武さんにとって今年一番影響があったメンタルモデルで、ある哲学者のものだといいます。テックやリテールから始まった番組で哲学者の話をするとは、まったく思っていなかったそうです。
草野さんが宮武さんは哲学的だと言うと、宮武さんは哲学書は読まず、ニーチェも読んだことがないと返します。草野さんは、哲学書を読むかどうかではなく、自分の哲学を持っているという意味だと説明しました。イケてる投資家に一貫した投資哲学があるように、宮武さんにもそれを感じるといいます。
シリコンバレーは意外と「慣習的」?
照れた様子の宮武さんは、「何を回答すればいいかわかんないから」と次のトピックへ進みます。哲学の話をしたいわけではないとしつつ、哲学の根本には「何が真実なのか」という問いがあると話します。
宮武さんによると、人々が集まって信じていることと真実との間には違いがあることもあり、その差を理解することが重要だといいます。その例として挙げたのが、サンフランシスコやシリコンバレーです。
テックハブなので、新しいことをずっと考える人っていっぱいもちろんいると思うんですけど、でも同時に、だからこそかもしれないんですけど、すごい慣習的な、集団型の考え方が多くて、今だとAIがイケてるからみんなAIに寄ったりとか。
草野さんは、密集したコミュニティだからこそ共通認識があり、コミュニケーションが楽になるという面もあるのではと話します。宮武さんもそこはつながっていると同意し、他人に恥をかかせたくない気持ちや、同じ考えのほうがグループに認められやすいことも関係しているだろうと述べました。
そして次回取り上げるのは、ピーター・ティール自身のメンタルモデルでもある、哲学者ルネ・ジラールの考え方です。宮武さんは、これについて丸々1エピソードを使って話したいと予告しています。
番組の最後には、noteで始めたコミュニティ「Off Topic Club」と、Spotifyで配信中の「bytes by Off Topic」の告知がありました。
まとめ
今回のOff Topicでは、メンタルモデルを「世界を理解し、より良い判断をするためのフレームワーク」として捉え、トラストバッテリーやバットシグナル、第一原理、Reading Backwardsなどの具体例が紹介されました。宮武さんが強調したのは、一つの正解のモデルを探すことではなく、自分のモデルを持ちながら他人のモデルと戦わせ続ける姿勢です。
- メンタルモデルは、車の修理屋さんが車の構造を頭に持つように、複雑な世界をシンプルにしてシミュレーションを可能にする
- 成功事例そのものには再現性がなくても、成功した構造を理解すれば成功率を上げられる
- 信頼は0か100かではなく、トラストバッテリーのようなグラデーションで捉えられる
- ピーター・ティールは違う立場を打ち出す「バットシグナル」で人を事前にフィルタリングしている
- 肩に小さいイーロンを乗せるように、他人のメンタルモデルで自分の考えをストレステストすると、より良い判断につながる




