ピーター・ティールが師事した「博学者」ジラールとは何者か
今回のOff Topicは、前回のメンタルモデル回で宮武さんがあえて話さずに残した1つ、ルネ・ジラールのミメーシス理論を扱う後半回です。前回「いろんな話がフリで今回がオチ」と予告したため、宮武さんは自分でハードルを上げてしまったと苦笑いしていました。
ルネ・ジラールの名前を、草野さんは知らなかったといいます。宮武さんによると、ジラールは『ゼロ・トゥ・ワン』の著者でPayPalマフィア ── PayPalの創業メンバーや初期社員のうち、退社後に起業家や投資家として活躍した人々の通称。ピーター・ティールやイーロン・マスクらが含まれますの一人であるピーター・ティールの話にたびたび出てくる人物です。
ジラールは一時期スタンフォード大学の教授で、ピーター・ティールはその下で学んでいた時期がありました。宮武さんは、『ゼロ・トゥ・ワン』にもジラールの考えが色濃く含まれていると、今になって感じているそうです。
ほかにも、ソーシャルキャピタルのチャマスさんや、アンドリーセン・ホロウィッツのマークさんなどが、登壇やポッドキャストでジラールの話をしていたといいます。宮武さんは自分がジラールの本を読んだことがないと気づき、今年から本や解説を読み始めました。
ジラールさんってあんまり数字ベースなエビデンスを出さない方なので。
ジラールの肩書きについて草野さんが尋ねると、宮武さんは「一番いい呼び方は博学者、英語でいうpolymath」と答えます。日本語のWikipediaでは文芸評論家とされていますが、哲学、歴史、社会学、宗教、人類学と複数の領域を見ていたため、1つの肩書きでは言い切れないというのが宮武さんの見立てです。
(ミメーシス理論を)理解することによって、より世界が理解できたなっていうのは思ってるところで。
宮武さんは、ジラールの考え方すべてに同意しているわけではないと前置きします。そのうえで、この回ではミメーシス理論と、もう1つのスケープゴート理論を紹介すると宣言しました。
ナチス後のフランスで見た「無実の人が裁かれる」残酷さ
宮武さんはまず、ジラールの生い立ちを紹介します。ジラールは1923年にフランスで生まれ、第二次世界大戦を経験しました。後の研究に大きく影響したのが、この幼少期の体験だといいます。
ジラールが感じたのは、ナチスによるフランス占領の残酷さだけではありませんでした。宮武さんは、レジスタンス運動がフランスを取り戻したあとに、フランス内部で起きた残酷さのほうが影響が大きかったのではないかと話します。
レジスタンス側は、ナチスと関わったフランス人を批判し始めました。たとえば、望んでいなかったかもしれないのに、ナチスの兵隊に食事を提供していた女性なども悪者扱いされたといいます。
やっぱりほとんどの場合、その被害者は無実だったんですけど。でも、裁判なく殺されたりとか。
宮武さんは、この体験が後のスケープゴート理論につながっていると説明します。その後のジラールの経歴は、次のように整理できます。
ジラールは30冊以上の本を書いており、宮武さんもそのうちいくつかを読んだそうです。その根本にあるアイデアの1つが、ミメーシス理論です。
人間を人間たらしめるのは知能ではなく「真似」?
ミメーシスとは何かについて、宮武さんは英語でいえば「イミテーション」、つまり真似することだと説明します。草野さんは映画『イミテーション・ゲーム』を思い浮かべていました。
ジラールは、人間が他の動物とどう違うのかという問いに対し、知能でも、ロジックでも、真実を求める能力でもなく、ミメーシスだと答えたといいます。
他の動物よりも、他の人を真似する能力を持ってるのが人間だと。
ジラールによれば、ミメーシスがカルチャーやステータスをつくります。名誉や、人からよく見られたいという気持ち、ソーシャルグループの中で何がイケているか、かっこいい・美しい・成功しているの定義も、ミメーシスの中で作られているのではないかという考え方です。
そのためミメーシスは、ビジネス、政治、経済、スポーツ、場合によっては恋愛にまで関わる、人間の根本的な話だと宮武さんは位置づけます。草野さんは、言語を覚えることも真似から始まると応じました。
宮武さんはさらに、何がイケているかを決めるのは個人なのかグループなのか、という問いを示します。個人の判断も、結局はグループに影響されているのではないかというのがジラールの見方です。
赤ちゃんは母親の「視線の先」を見ている
宮武さんは、赤ちゃんの例でミメーシスを説明します。赤ちゃんは真似が非常にうまく、生まれたときから母親などさまざまな人を真似し始めるといいます。
たとえば、中国語(マンダリン)を話す母親から生まれた子どもは、ドイツ人の子どもよりも泣き声のイントネーションの幅が広いそうです。母親の話し方を聞いて真似しようとしているからだと宮武さんは説明します。
また、ある研究者が生まれたての赤ちゃんに舌を出して見せる研究をしたところ、生後42分の赤ちゃんが真似して舌を出したといいます。草野さんは「見えるんですか?」と驚いていました。
お母さんが何を見てて、そのものとお母さんの関係性を知ろうとしてるんですよ。
赤ちゃんが母親の視線を気にするのは、母親を見ているのではなく、視線の先にあるものを理解しようとしているからだといいます。それが母親にとって大事なものなら、自分も欲しくなるという仕組みです。草野さんは「関係性を見てるって深いですね」と感心していました。
SupremeのTシャツはなぜ高い?体験の欲望となりたい欲望
宮武さんは、赤ちゃんの話に出てきた「関係性」がとても重要だと続けます。人が何かを求めるとき、そのもの自体が欲しいのか、そのものが表す価値が欲しいのかが大事になってくるといいます。
例として挙がったのが、普通のTシャツとSupremeのTシャツです。生地も同じで、着たときの機能もほぼ同じなのに、Supremeのほうが価値があるとされています。
その価値はその商品から来るのではなくて、それがどう見られてるかによって、他の人たちの意見によってそれが作られてるんじゃないかと。
そこでジラールは、欲望を2つのカテゴリーに分けています。宮武さんの説明を整理すると、次のようになります。
体験する欲望。ユーティリティが目的で、車なら「歩かずに遠くへ行ける」から買う
こうなりたいという欲望。アイデンティティが目的で、同じ車でも「こう見られたい」から買う
草野さんが「Supremeはどちらかというと後者」と確かめると、宮武さんは、どちらの要素も多少はあるものの、多くの場合は後者だと答えました。
宮武さんはこの区別を、仕事、恋愛、旅行にも当てはめます。VCを続けているのは投資のプロセスが好きだからか、VCという名誉や社会的ポジションが欲しいからか。誰かと付き合うのは、一緒に過ごす時間が好きだからか、一緒にいる姿を見られたいからか、という問いです。
草野さんは「可愛い彼女と付き合ってるよっていう自分ってことですか」と言い換え、宮武さんはその通りだと応じました。旅行でも、行き先の文化に興味があるのか、インスタで映える写真を撮りたいのかで違いが出ます。
一方で草野さんが「VCは給料がいいからやっている」というケースを尋ねると、宮武さんは、どう見られたいかと関係ないので前者になるのではないかと答えました。
どっちも良くて、どっちも悪くて。で、ただ違いがあるっていうのは多分気づかないといけなくて。
「後付けの理屈」とBE LIKE MIKE、人間らしい欲望の動き方
ジラールの考えでは、実際には後者のメタフィジカルな欲望の事例のほうが多いといいます。ユニコーン企業を作りたい、エベレストに登りたい、車を買いたい、この学校に行きたいといった目標も、そのもの自体を目指しているわけではないという見方です。
自分たちのアイデンティティを作るため、それを作るために、そのものを獲得すると、そのアイデンティティに至ると。
イケている人だと見せるために車や服を買う、仕事や付き合う相手も同じかもしれない、と二人は話を広げます。宮武さんは、これは赤ちゃんが母親と視線の先のものの関係性を求めるのとまったく同じ話だと指摘しました。
では何を欲しがるかはどう決まるのか。宮武さんによると、憧れている人やなりたい人が持っているものを欲しくなるのであり、人は結局「誰を真似するか」を選んでいるだけだといいます。対象は親、俳優、セレブ、起業家、VC、同僚などさまざまです。
草野さんが、純粋にユーティリティとして見るのは難しいのではないかと尋ねると、宮武さんはグラデーションがあると答えます。そのうえで、よくあるのは、買ったり何かを成し遂げたりしたあとに「あれはユーティリティだった」と言い切るパターンだといいます。
それは多分後付けの理論、理屈でしかなくて。
人間ですね。人間だな。
このやり取りに続いて、宮武さんはセレブを使ったプロモーションこそミメーシスを体現していると話します。一番うまいのはNIKEで、マイケル・ジョーダンのキャンペーンのタグラインは「BE LIKE MIKE」でした。
その広告では靴の機能とか全く話してないんですよ。
NIKEの広告は機能ではなく、「マイケル・ジョーダンになれる」というアイデンティティを売っていたというのが宮武さんの解釈です。そのアイデンティティを欲しがるからこそ、人はジョーダンを買うのだといいます。
ハーバード卒業生はなぜ4つの業界に集まるのか
ここで宮武さんは、欲望にはもう1つのステークホルダーがいると強調します。欲しがる人とものの関係だけでなく、その間に「他の人」が入っているという点です。
マイケル・ジョーダンになりたいから靴を買う、イーロン・マスクが好きだから起業家になる、好きな人がSupremeを着ていたから着たい、といった具合です。宮武さんは、欲望は重力のように、個人の中ではなく人と欲しいものの間のスペースに存在すると表現しました。
ミメーシスが一番起こりやすいのは、似たような人が集まる場、つまり学校だといいます。同じ年齢、経済状況、地域の人が集まることで、モテたい、こういう人になりたい、成績を上げたいと、みんなが同じものを欲しがるようになります。
宮武さんはハーバード大学を例に挙げます。毎年千数百人が卒業し、理論上はアメリカで最も頭がよく、独立した考えを持つ次世代のリーダーとされる人たちです。
ところが卒業生のほとんどは、金融、テック、法律、医療の4つの領域にしか進まないといいます。宮武さんは、同じ欲望を持ち、同じモデルとなる人たちを紹介されているからではないかと見ています。
アメリカの大学生が政治運動に参加するイメージについても、本当に詳しかったり思いがあったりするとは限らず、そう見せなければいけない面があるといいます。草野さんは環境問題も同じかと尋ね、宮武さんはまさにそうだと答えました。
それを言うことによって、自分がより知的に見えたりとか。自分のアイデンティティのためにやってると。
それは無意識なのかという草野さんの問いに、宮武さんは、学校内の社会的プレッシャーの中で一部は無意識にやっているのではないかと答えています。
憧れの法律事務所は「アルカトラズ」だった
宮武さん自身が通った大学はビジネス系で、1年目からインターンシップを取らなければいけないというプレッシャーがあったそうです。みんながゴールドマン・サックスやIBMで働きたがる一方で、なぜそこで働きたいのかを問う人はいなかったといいます。
もちろんそこで成功した人も大勢いますが、就職して数年後に本当に満足しているかを聞くと、あまり面白くなかった、正直苦痛だけど居続けているという人もいたそうです。就職が決まったときも、喜ぶのは1日か2日くらいだといいます。
他の人の成功っていう定義が自分の中にそのまま押されてるんですけど、それが自分なりに納得してないから、結局自分が満足できない。
ピーター・ティールもこの話をしているといいます。高校生のころから「スタンフォードに行くでしょ」という環境で育ち、スタンフォード、スタンフォードのロースクールを経て、マンハッタンの大手法律事務所に入りました。
外から見ると全員が入りたい場所なんですけど、中の人と話すと、全員そこから脱出したかったんですよ。
ピーター・ティールが辞めると伝えたとき、同僚からはアルカトラズ ── サンフランシスコ湾に浮かぶ島にあったかつての連邦刑務所。脱獄不可能といわれ、現在は観光地になっていますから出られたね、と言われたそうです。草野さんは「それ言い過ぎですね」と笑っていました。
草野さんは、優秀な人ほど親や周りからのプレッシャーが大きく、スタンフォードに行かないと自分の価値がわからなくなりそうだと話します。それは欲望というより「仕向けられた欲望」ではないか、という言葉に宮武さんは強く同意しました。
ただし、他人から与えられた欲望が、やってみたら楽しくて本当に自分のものになる可能性もあると、二人は付け加えています。
米中関係を「似た者同士の競争」として読むと
宮武さんは、以前のソフトパワー回で話した米中関係にもミメーシス理論が当てはまると話を移します。2000年代初めには、多くの人が中国と西洋がよい関係を築くことを望ましいと考えていました。
中国がサプライチェーンに貢献すればアメリカは安くものを買え、ハリウッドや教育システムを通じて西洋の価値観が中国に伝われば、似たカルチャーを持つことで平和が生まれる、という考え方です。
その意見に反対した一人がジラールでした。ジラールの論理は、次のような連鎖として整理できます。
似る
価値観や経済の水準が近づき、似た者同士になる
同じものを求める
名誉など、求めるものが同じになる
ゼロサム
求めるものは1つしかなく、どちらが持つかの勝負になる
競争・戦い
結果として奪い合いになる
名誉も、どっちの方が名誉を持つかって勝負になるとゼロサムのゲームなので、そうすると結果まあ戦いになると。
アメリカが中国の経済成長を手伝えばアメリカも豊かにはなりますが、重要なのはどちらがより成長するかだといいます。過去20年で米中のギャップが縮まったことで、アメリカは中国をより敵対視するようになった、というのがジラールの見方として紹介されました。
PayPalの組織設計とFacebook投資に生きたミメーシス
似た者同士の競争をどう避けるか。宮武さんは、ピーター・ティールがミメーシス理論を理解したうえでPayPalの組織構成を考えた例を挙げます。
同じタスクを与えてしまうと、従業員に。そしたら結局競争になりますと。
社内の競争は会社の文化によくないため、ピーター・ティールは従業員一人ひとりにまったく異なる明確なタスクと目的を与えたそうです。草野さんは、競争心を大事にするカルチャーもあるのではと疑問を挟みましたが、宮武さんは最終的には似た結果になるだろうと答えています。
PayPalがイーロン・マスクのX.comと合併したのも同じ理由だといいます。競合が2社並べば、数年前のUber対Lyftのようにお金を投げ合う戦いになるため、それを避けたほうが勝てると考えたという説明です。
さらにピーター・ティールは、投資にもミメーシス理論を活用していました。その代表がFacebookです。
Facebookはこのミメーシス理論をもうオンライン上でやるものなので。
MySpaceなどとは違い、アイデンティティを中心にしたFacebookは、ミメーシスを活発にスケールできるプラットフォームだとピーター・ティールは理解したといいます。これまで憧れの対象は学校内などに限られていたのに、Facebookでは世界中の人がモデルになれるという点も考えていたそうです。
「緑の吹き出し」が怖い?iPhoneとNIKEとShopifyの売り方
会社づくりにミメーシスをどう使うかについて、宮武さんは、アイデンティティやステータスを考えながら進めるべきだと話します。例に挙がったのは、アメリカの10代の87%がiPhoneを使っているという話です。
理由の1つはiMessageだといいます。iPhone同士なら吹き出しは青ですが、Androidのユーザーが加わると緑になります。
アメリカのその学生コミュニティ内とかで急に緑になると、「誰が緑だ?」っていうのを言い始めるんですよ。
草野さんは「怖」と言いつつ、その気持ちはわかると応じました。宮武さんは、Appleがこの仕様を変えないのは、グループアイデンティティを理解しているからだと見ています。
NIKEの「誰もがアスリートになれる」、Shopifyの「誰でも起業家になれる」というメッセージも同じ発想だといいます。
商品ではなくて、「どういう人になれるのか」っていうのを推すのが大事だったり。
草野さんはこれを「ストーリー」と言い換え、宮武さんもそういう意味ではストーリーだと同意しました。
スーツとパーカー、求めているものは同じ
宮武さんは、ミメーシスには「真似する」だけでなく、その逆の「拒絶する」も含まれると続けます。イケてる人になりたいことは、イケてない人になりたくないことと表裏一体だからです。
例として挙がったのが、ウォール街のスーツに対してテックコミュニティがTシャツやパーカーを着る現象です。宮武さんは、これは拒絶反応ではなく、別のステータスをつくりに行っているだけだと説明します。
でも求めてるものは同じで、その名誉とか。イケてるっていう概念を彼ら変えようとしてるだけで。
みんなが10万円のスーツを着ている高級レストランに500円のTシャツで現れるのも、自分のほうが上だと見せる行為だといいます。草野さんが高級店に10万円のスーツで行くのも一種のマウントだと言うと、宮武さんは、その上を取る方法が「高級レストランでもパーカーで行きますよ」なのだと答えました。
ここから宮武さんは、アメリカンドリームの前提を問い直します。これまでのアメリカでは、社会的制約から自由になり、独立して自分の道を開くことが理想とされてきました。
核にオーセンティックな自分がいて、その上の社会的制限を破り、自分の意思で新しい道をつくる
実際は他人の行動をベースに、それを拒絶するという選択をしているだけかもしれない
草野さんは「正しいですね」と受け止めています。宮武さんは、こうした見方をすると本当に独立しているのか、表現を変えているだけなのかという問いが浮かぶと話しました。
「世界を変える」と言わなければ起業家になれない
起業家になって独立するという発想も、実は「起業家になること」自体が目標になっている場合があると宮武さんはいいます。草野さんが「それもいいですけどね」と言うと、宮武さんは「全然いいんですよ、ただ違いがあるだけ」と答えました。
これを茶化したのが、テック業界を描いたコメディドラマ『シリコンバレー』だといいます。アメリカのスタートアップがみな「世界を変えている」と言いすぎることを、番組はバカにしていました。
主人公があるスタートアップにジョインするんですけど、それがARで自分のヒゲを生やせる会社に入って、それを世界を変えてるんだっていうのを社長が言ってて。
宮武さんによれば、「世界を変えたい」は本来の欲望ではなく、本当は名誉や、成功者として見られたい気持ちであることが多いといいます。ただ、それをそのまま言えないのだと。
草野さんが、本当に名誉が欲しくない人もいるのではと尋ねると、宮武さんはそれは嘘ではないとしたうえで、別の角度から説明します。目的が「起業家になりたい」なら、起業家らしい行動をしないと認められないと思ってしまうというのです。
起業家になりたければ何を言わないといけないか。世界を変えたいって言わないといけなかったりとか。
同じ理由で、資金調達をしなければいけないと思い込むこともあると宮武さんは付け加えました。
人間は一番クレイジーな動物、そしてスケープゴートの仕組み
宮武さんは冒頭の「人間は他の動物と何が違うのか」に話を戻します。人間はフィクションをつくり、名誉のために戦争に行き、ときには食事や家を1冊の本のようなものと交換することさえあるといいます。
ロジカルな動物って人間以外の動物で。人間がいわゆる嘘を信じれるって考えると、人間が一番狂ってる動物で。
ミメーシスは競争を生みます。Twitterのフォロワー数を競う程度なら平和ですが、ときに暴力につながることもあります。では、なぜ人間社会は殺し合わずに済んできたのか、というのが次の問いです。
ジラールの答えは、生き残った社会は「スケープゴート機能」というカルチャーテクノロジーを身につけたから、というものでした。社会がカオスになったとき、1人または少人数にすべての責任を負わせる仕組みです。
その選定プロセスは場合によっては超ランダムで。
全員が信じ込むからこそ正しいと思われ、無実の人が有罪とされて殺されてしまうこともあるといいます。宮武さんは、冒頭で紹介したナチス後のフランスでの出来事が、ジラールにこの考えを与えたのだろうと見ています。
初期のローマの話にも、ある街で病気が広がり、その責任が1人の人物に押し付けられ、生贄にされるという例がよく出てくるそうです。その人はたまたまその場にいただけかもしれず、多少関わっていたとしても全責任を負うべきではなかった、と宮武さんは話します。
キャンセルカルチャーとシーザー崇拝に見る「犠牲の後」
宮武さんは、スケープゴートを現代に当てはめると、以前Off Topicで話したカレントシング ── 「今話題になっていること」を指す英語圏のネットスラング。人々が一斉に同じ立場をとり、SNSのプロフィールなどで表明する現象を揶揄する文脈で使われますやキャンセルカルチャーがまさにそれだといいます。たとえばウクライナとロシアについて全員が1つのポジションをとり、反対する人を見つけてバッシングする構図です。
キャンセルすると、そのキャンセルした側がなんか一旦平和になったって思うんですよね。
草野さんは、チームで一丸になっていたら余計にそう思いそうだと応じます。宮武さんは、昔は平和が訪れたあと、全責任を負わされた被害者が崇拝され、神に近い存在になったと続けました。
その一番わかりやすい例がジュリアス・シーザーだといいます。ローマが不況や内戦の時期に、シーザーはスケープゴートにされて殺されました。
平和はすぐには来ず、最終的に甥のシーザー・アガスタスによってもたらされます。その平和が訪れたとき、シーザーが崇拝され始め、以後のローマでは皆がシーザーの名を自分の名前に付けるようになったと宮武さんは話します。
混乱
社会がカオスになり、暴力が生まれかねない状況になる
責任の集中
1人または少人数に、すべての責任を負わせる
犠牲
無実であっても、全員が信じ込むことで殺される
平和
犠牲のあと、社会は平和を取り戻したと感じる
崇拝
犠牲者が「彼のおかげで平和になった」と崇拝される
彼のせいでこの状況になって、彼のせいで平和になったんだと。でもこれ全部嘘なんですよ。
草野さんは「すごい手のひら返し」と驚き、死んでからは何も言えないと本人の立場を思いやっていました。
ロックコンサートでギターが壊される理由
それほどスケープゴートが繰り返されてきたなら、なぜ世界はもっと暴力的になっていないのか。ジラールによれば、暴力的なエネルギーは存在するものの、別の場所に流されているといいます。その行き先として、宮武さんはエンタメ、資本主義、法律の3つを挙げました。
エンタメの例は音楽です。ロックコンサートでバンドメンバーがギターを壊すシーンは、観客の暴力的なエネルギーを誘導するスケープゴートの行為だという説があるそうです。
壊された後に何が起きるかというと、そのギターがすごいギターになるじゃないですか。
草野さんが「伝説の」と応じると、宮武さんは雑誌『ローリング・ストーン』の例を出します。ロックコンサートのトップ10の写真を特集した際、ほとんどがギターを壊しているシーンだったといいます。ジミ・ヘンドリックスが1967年にギターを燃やした瞬間は、おもちゃにまでなっているそうです。
草野さんは、壊したギターの破片を配ることもあると付け加えました。宮武さんは、もらった人がそれを大事にすること自体、崇拝の表れだと見ています。
宮武さんはさらに、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ビーチ・ボーイズ、ザ・ドアーズ、セックス・ピストルズ、ニルヴァーナには、結成4〜5年以内にメンバーが1人、自然死ではない形で亡くなっているという共通点があると話します。ロックコンサートが暴力的なエネルギーを吸収しているからではないかという見方です。
ウッドストックやアルチマが起きた時期が、パリの暴動やベトナム反戦運動の時期と重なっていたことも、無関係ではないという仮説があるそうです。
戦場のヒーローはCEOへ、暴力のエネルギーと資本主義・法律
暴力的なエネルギーの2つ目の行き先は、資本主義、つまりビジネスです。国を支配したい、乗っ取りたいといった栄光や支配への欲望が、今はビジネスの上で行われているのではないかといいます。
ヨーロッパの貴族が、戦争が主流でなくなったころに一斉にビジネスへ入っていったのもそのためだと宮武さんは話します。昔の戦場のヒーローは、今ではビジネスの戦場のヒーローであるCEOや経営者になっているという見立てです。
宮武さんは、全員でも半分以上でもないと断ったうえで、アメリカで成功している起業家には高校時代に悪いことをしていた人もいるといいます。有名な例が、PayPalの創業者6人中4人が高校時代に爆弾を作っていたという話です。
日本の起業家が漫画『キングダム』を読み、アメリカのVCや起業家がサンツーの『戦争術』を読むのも、戦争とビジネスが置き換えられている表れだと宮武さんは話します。女性起業家や女性バンドにも当てはまるのかという草野さんの問いには、求めているものは同じだと思う、と答えていました。
人を殺すのではなくて、人のためのサービスを作るって、に変わってるって、すごいいいことだなと思うので。
宮武さんは、悪い話に聞こえるかもしれないが、暴力が人のためのサービスづくりに変わっているのは個人的にすごくいい話だと語りました。
3つ目の行き先は法律です。法律は暴力的なエネルギーが抑えられる場所であり、その理由は暴力が独占されるからだといいます。日本なら、何が良くて何が悪いかを最終的に決め、罰を与えられるのは政府だけで、他の人が罰を与えれば、その人にさらに重い罰が与えられることで平和が保たれます。
ところが国同士になると、暴力を独占する存在がいなくなります。世界共通の法律はなく、あったとしても守らなくても大きな罰はないため、国内よりも国同士の戦いが起きやすくなるという説明です。
| 領域 | エネルギーの扱われ方 | 番組で出た例 |
|---|---|---|
| エンタメ | 犠牲を通じて誘導・吸収される | ロックコンサートのギター破壊 |
| 資本主義 | 支配や栄光の欲望がビジネスで発揮される | 貴族のビジネス参入、CEOという新しいヒーロー |
| 法律 | 国家が暴力を独占して抑える | 罰を与えられるのは政府だけ |
ジラールは、国同士の争いはまず貿易から始まると述べ、だからこそ米中関係は悪化すると言っていたそうです。宮武さんは、ウクライナとロシアの件でも貿易が関わっていると触れ、貿易から戦争へ進むというのが彼の結論だと紹介しました。
ミメーシスを知って、やめたプロジェクトとは?
宮武さんは最後に、ジラールの考え方を知ったからといってミメーシスの影響を受けにくくなったわけではないと認めます。それでも、このフレームワークを理解することは判断のヒントになると話しました。
なんでこれをやってるんだ。
草野さんは「客観的に見れますね」と応じています。実際、宮武さんと草野さんの間で話していたあるプロジェクトを、宮武さんはこの考え方を理由にやめたそうです。草野さんは、そこにつながっていたことは知らなかったといいます。
その仕事のプロセスが好きなのか、それとも他の人からそう見られたかったのかっていう話で、結果として他の人から見られたかったっていうのが結論だったので。
草野さんは、そもそも自分には本当にやりたいことやコアなオーセンティシティがあったのか、という疑問にたどり着かないかと問いかけます。宮武さんはそうなると認めつつ、他人からの影響は避けられないとしたうえで、判断の手がかりを挙げました。
他人がどれだけ自分の判断に影響しているかを知ることで、判断基準が良くなり、ビジネスや経済、恋愛の理解にも役立つと宮武さんは締めくくります。12月に予定しているイベントでもこのトピックを話したいと考えており、そのために今回ジラールを取り上げたということです。
まとめ
ルネ・ジラールのミメーシス理論は、人間の欲望が「もの」と自分の間だけでなく、憧れる他者を通して生まれると考えます。その欲望は似た者同士の競争を生み、社会はスケープゴートやエンタメ、ビジネス、法律を通じて暴力的なエネルギーを処理してきた、というのがこの回で紹介された見取り図です。
- ジラールは欲望を、ユーティリティを求めるフィジカルな欲望と、アイデンティティを求めるメタフィジカルな欲望に分け、後者が多いと考えた
- ハーバード卒業生の進路や米中関係のように、似た者同士ほど同じものを求め、ゼロサムの競争になりやすい
- ピーター・ティールはPayPalの組織設計やFacebookへの投資に、ミメーシス理論を活かしたと紹介された
- スケープゴート機能では、混乱の責任が1人に集中し、犠牲のあとにその人物が崇拝されることもある
- 影響は避けられなくても、「プロセスが楽しいか」「毎日やれるか」と問うことで、自分の判断を客観視できる




