完璧な世界、オーセンティック、その次は?
今回のテーマは「フィクションからリアルブランドは可能なのか」です。宮武さんは前々回に続くブランドづくりの話だとしたうえで、「答えが全くないトピック」だと前置きしています。
宮武さんによると、Instagramが流行した頃は「完璧な世界」を見せたいという需要がありました。そのカウンターとしてTikTokが生まれ、オーセンティシティや弱みを強調するブランドが増えたといいます。
弱みを強調するブランドの代表例として挙がったのが、星形のニキビパッチで知られるStarfaceです。草野さんは、アジア圏では肌に馴染んで目立たないパッチが多い一方、Starfaceは黄色など目立つ色で「つけているのが可愛い」印象のアメリカのブランドだと補足しています。
やっぱり自分のことを受け入れることが大事だと。だからこそ、ニキビがあっても、それをあえてパッチを通して表現しましょうと。
宮武さんは、上下のあるメンタルヘルスを表現したMadhappy、TopicalsやParadeなども同じ流れに置きます。そのうえで、オーセンティックの次には何らかのカウンターが来て、フィクションを活用するブランドが増えるのではないかと考えています。
実はStarface自体にも、BigYellowというマスコットキャラクターや独自のユニバースがあり、フィクションの要素がすでに含まれています。宮武さんは、ブランドがアニメを使ったキャンペーンを打つのも、リアルなものより世界観を表現しやすいからではないかと見ています。
完璧な世界
Instagram映えで理想的な姿を見せる需要
オーセンティック
TikTokや、弱みを受け入れるStarfaceなどのブランド
フィクション
その次のカウンターとして、架空の世界観を使うブランドが増えるかもしれない
「世界観」と「フィクション」はどう違う?
草野さんは、フィクションと世界観の違いや、宮武さんの言う「フィクション」の定義を確認します。宮武さんの答えは、世界観はどれもある程度フィクションだが、リアル寄りからフィクション寄りまでグラデーションがある、というものでした。
リアル寄りの例として挙がったのは、アルコールブランドのハウスです。創業物語をベースに世界観を伝えているため、宮武さんはフィクションではないと位置づけます。Madhappyも、よりリアルな話から組み立てているブランドだといいます。
スターフェイスとかルビーとかは完全に別の世界を作っていて、こういう世界の中でこういうブランドが存在するっていう定義をしているので、よりフィクションなのかなっていう。
リアルなブランドがフィクションの世界に入り込む例として、マクドナルドのキャンペーンや、数年前のシンプソンズとバレンシアガのコラボが挙がりました。草野さんの確認によれば、本編のエピソードではなく、シンプソンズ風のアニメでバレンシアガのショーを見せる特別な動画だったそうです。
レゴやバービーはなぜ映画になったのか
宮武さんが「一番わかりやすい」と挙げるのはおもちゃブランドです。レゴムービーはおそらく500ミリオンほどの興行収入を上げ、続編とスピンオフ2本も生まれました。ハズブロ ── アメリカの大手玩具メーカー。トランスフォーマーのほか、モノポリーなど多くのボードゲームも手がけていますもトランスフォーマーを映画化しています。
直近の象徴はバービーです。宮武さんは、1ビリオン以上の興行収入を上げた映画によって、親会社のマテルがバービーというおもちゃに「ナラティブ」を与えられたと見ています。
バービーって今まで(はっきりした)ストーリーがなかったので。
宮武さんによると、バービーはケンと付き合っているといった概念的なことしかわからず、女性のエンパワーメントの象徴でありながら非現実的な美の基準だとも言われ、論争の的になってきました。マテルにはその状態に対してナラティブを作りたい思いがあった、という見立てです。
パートナーシップはキャンドル、Tシャツ、パスタ、お寿司、Airbnbにまで及びました。マテルは映画の成功前から、ホットウィール、マジック8ボール、UNOなど13のIPを映画化する計画を持っていたといいます。
草野さんは、Apple TV+の映画『テトリス』とは別に、テトリスのブロックがリアルに落ちてくるような実写化があったことに驚いたと話します。宮武さんは今年の流れとして、Nikeの映画『AIR』や、PlayStationと日産の『グランツーリスモ』も挙げました。
ゲームとのコラボも同じ文脈にあります。フォートナイト、2015年のルイ・ヴィトンとファイナルファンタジー、バーバリーとMinecraftなど、ブランドは「ナラティブを違う形でどう表現するか」を模索していると宮武さんは見ています。
Glossierの強さはブログから生まれた?
D2Cの領域は10年以上続いていますが、宮武さんは今もブランド力が強いD2Cブランドとして真っ先に挙がるのはGlossierだと話します。そのGlossierも、始まりは商品ではなく2010年に始まったブログ「Into The Gloss」でした。
Into The Glossの魅力は、インタビューを通じて語られるリアルでオーセンティックなスキンケアのストーリーでした。創業者のエミリー・ワイスさんは、ビューティーの民主化や「どの個人もインフルエンサーだ」という考えを、直接語るのではなくブログ経由で伝えていたと宮武さんは説明します。
GLOSSIERを、Into The Glossを立ち上げる前から始めていた場合に成功してたのかって聞かれるとわからないですけど、今ほど成功はしてないんじゃないかなっていうのは思いますけどね。
草野さんも、Into The Glossは有名人のスキンケアやメイクが紹介される人気ブログだったと振り返ります。宮武さんは、ブログのオーディエンスを活用でき、Glossierが何を伝えたいかがブログのおかげで明確になったと見ています。
ダフビールからピザ・プラネットまで、架空ブランドは強いのか
宮武さんは、競争が激しく、AIでクリエイティブが簡単に作れてトレンドサイクルも速くなる今、強いブランドをつくる1つのアイデアとして「フィクションのブランドを作ること」を挙げます。その前提として、架空ブランドそのものが強いのかを確かめていきます。
作品内の架空ブランドの例は次々に出てきます。シンプソンズのダフビール、ファミリー・ガイのポータケット・パトリオット、ザ・オフィスのダンダー・ミフリン、シリコンバレーのパイド・パイパーやアビアト、セヴェランスのルーモンなどです。
それ(架空ブランド)はなんか商業化してなくても、フィクションのブランドっていう風に定義してますか?
宮武さんは、まずは商業化していなくてもよく、架空ブランドが強いかどうかの話だと答えます。そのうえで、セヴェランスの非公式ファングッズ、サクセッションのウェイスター・ロイコの帽子、ブレイキング・バッドのロス・ポジョス・エルマノスなど、実際にグッズが人気になった例を挙げました。
ストレンジャー・シングスのスターコート・モールのTシャツや、テッド・ラッソのAFCリッチモンドのユニフォームも話題に上がります。ユニフォームは一時期ナイキのサイトでも販売され、着ている人も多かったそうです。日本のIPでは、ドラゴンボールのカプセルコーポレーションも挙がりました。
宮武さんが参考にしたのは、架空ブランドを研究してデータベース化した「The Fictional Brand Archive」です。架空ブランドは1つの作品にとどまらず、複数の作品に登場することもあります。
たとえばタランティーノ監督の作品に出てくるタバコ「レッドアップル」は、『パルプ・フィクション』『キル・ビル』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に登場します。ピクサーでは、『Mr.インクレディブル』以外のほぼすべての作品にピザ・プラネットのトラックが出てくるといいます。
映画会社だけでなく、小道具メーカーも架空ブランドを作っています。ネガティブな場面に実在ブランドは名前を出したがらず、宮武さんは「飛行機が墜落する時に、ユナイテッド航空って出したくない」という例で説明します。
有名なのが、1977年設立の小道具メーカー、インディペンデント・スタジオ・サービス ── ハリウッドの小道具会社。番組内ではキャプテン・アメリカの盾やソーのハンマーなどの小道具も手がけていると紹介されていますが作ったハイズラー・ビールです。ウォーキング・デッド、glee、ブルックリン・ナイン-ナイン、ママと恋に落ちるまでなど、50以上の作品に登場しているそうです。
商品ありきの「無理やり感」をどう避けるか
宮武さんは、架空ブランドの多くがキャラクターと連動している点に注目します。キャラクターをうまく表現するために小道具やブランドが存在するので、リアリティがあり、無理やり感がないといいます。
どうしてもその商品ファーストで始めると、その商品ありきで世界観を作らないといけないので。
なんかもうこのプロダクトをどうにか入れないといけないようなストーリーになっちゃってる。
宮武さんの考えでは、フィクションから始めると商品はストーリーやキャラクターに合わせて作られるため、世界観に納得しやすくなります。草野さんに商品ありきの例を聞かれると、最初に挙げたStarfaceやRubyのように実際のプロダクトを作る場合だと答えています。
商品ありきで世界観を作るため、商品を無理に入れたストーリーになりやすい
商品がストーリーやキャラクターに合わせて作られ、世界観に納得しやすい
その点で宮武さんが「すごい」と評するのがラルフローレンです。アパレルからタオル、レストランまで手がけながら、すべてでワールドビルディングができているといいます。
コロラド州の大牧場「ダブルRLランチ」を訪れた記者に、ラルフローレンは「映画のようにしたい」と伝えたそうです。長年の友人であるスティーブン・スピルバーグも、すべての商品にしっかりしたナラティブがあると語っているといいます。
ラルフローレンの場合だと、ノンフィクションみたいな、これまでの歴史をストーリーテリングしてるのとはちょっと違う(んですか)。
歴史ではないんですよね。歴史に若干基づいた感じではあるんですけど、やっぱり彼が思い描いた世界なので。
宮武さんによれば、ラルフローレンはあえて年代の違うピースを同じ部屋に置くなど、リアルさを求めるより自分の描いた世界観を優先しています。宮武さんは写真を通してしか見ていないとしつつ、その作り方は絶妙にうまいと話しています。
ババ・ガンプ・シュリンプは映画から生まれたレストラン
架空ブランドが人気を得ることは確認できました。宮武さんは次に、架空ブランドからリアルブランドへ移れるのかを問い、事例は少ないもののいくつかあると話します。
1つ目がシーフードレストランのババ・ガンプ・シュリンプです。宮武さんによると、東京におそらく2店舗、大阪に1店舗あり、グローバルでは34店舗あるといいます。元になったのは映画『フォレスト・ガンプ』で、フォレストが始める会社として登場します。
ババはエビが大好きだったフォレストの親友の名前です。映画を観た、シーフード系マーケティング代理店を運営していた起業家が、1994年に映画の制作会社とライセンス契約を結び、まず冷凍エビの販売から始めたそうです。
冷凍エビが人気になると、別のパートナーからレストランを提案され、1996年に1号店がオープンしました。宮武さんは、今ではフォレスト・ガンプを観ていない人のほうが多く、店と映画の関係を知らない人も多いだろうと話します。
これは一つフィクションからリアルになって、ある程度成功したのかなっていう。
ウィリー・ウォンカのお菓子ブランドはなぜ消えたのか
2つ目の事例は、『チャーリーとチョコレート工場』に登場するウォンカの会社を現実にしたウィリー・ウォンカ・キャンディ・カンパニーです。宮武さんはこのブランドの立ち上げを「面白い」と紹介しています。
原作の本を初めて実写化する際、映画会社には資金があまりなく、スポンサーを探していました。そこで声をかけたのが、オートミールで知られるQuaker Oatsです。Quaker Oatsはちょうど新しいチョコレートバーを開発していました。
Quaker Oatsは、映画公開と同じタイミングで自社のチョコレートを「ウィリー・ウォンカバー」として売ればいいと考え、資金提供に合意しました。その影響で、最初の実写映画のタイトルは原作どおりではなく『夢のチョコレート工場(Willy Wonka & the Chocolate Factory)』になったと宮武さんは説明します。
映画の興行収入はそれほどではなかったものの評判は良く、実際に会社が作られてお菓子の販売が始まりました。ただ、映画に出てくるオリジナルの「ウォンカバー」はいまだに作られていないそうです。
作中に出てくるEverlasting Gobstopperなど一部の商品は実現しました。宮武さんは、30年ほど続いたブランドではあったものの、最終的にネスレが諦めた形で、大成功して今も続いているとは言えないとまとめています。
グーグルマップの冗談から始まった、存在しないステーキハウス
より最近の事例が、ニューヨークの起業家が集まるハッカーハウスから生まれた「メランステーキハウス」です。2022年、あるメンバーが2週間に1回ほど住人のためにステーキを焼いていました。
半分冗談で、友人がハッカーハウスの住所をGoogleマップ上で「メランステーキハウス」に変え、写真付きのレビューを書き始めました。その1週間後、まったく知らないカップルが「レストランはどこですか?」と訪ねてきたそうです。
これを機に、彼らは「数か月先まで予約でいっぱい」と偽ってウェイトリストを作りました。そこから実際に1日限りのレストランを開くまでの流れは、次のとおりです。
宮武さんは、FOMOのような現象を使い、フィクションから始まったブランドが1日だけ現実化した例だと見ています。一方で、長続きできるのか、クオリティを担保できるのかという課題も多いと指摘しています。
商品で勝負しないブランドは強くなれるのか
宮武さんは、フィクションから始めるのは実際には難しいと認めます。理由は、商品ではなく世界観やナラティブで勝負しなければならないからです。
宮武さんは、Into The GlossとGlossierやクリエイターブランドにも同じ傾向を感じるといいます。ストーリーテリングファーストのブランドは、最初からストーリーに全賭けすることで作れるのかもしれない、という仮説です。
架空ブランドの利点として挙げたのが、敵を作りやすいことです。宮武さんは、カルトブランドを作るうえで敵の存在は重要だと話します。リアルではApple vs PCや、Gmailを批判したSuperhumanのような例がありますが、日本では他社への批判を口にしにくいといいます。
相手が、敵がフィクションのブランドであれば、それは全然言えると思うんですよね。
草野さんが「自分で作りますもんね」「逆に言うと大変ですもんね」と返すと、宮武さんは、その分ストーリーをきちんと考えなければならないと応じています。
映画ではなくゲームに学ぶ「環境ストーリーテリング」
宮武さんがもう1つ重要だと考える要素が、環境を通じたストーリーテリングです。ゲームデザインでは、カットシーンばかりではただの映画になってしまいます。そのため、プレイヤーが自由に動く前提で、ここで戦争があったことを音やビジュアルなど環境で伝える工夫がされます。
監督が編集やカメラアングルで観客の視線を完全にコントロールする
消費者が自由に動くため、環境を通して伝え、参加によってストーリーが進む
宮武さんは、リアルな世界のブランドもゲームに近いと考えています。消費者がヒントを探したりパズルを解いたりしてストーリーに参加し、物語が進む。そうした発想でフィクションのブランドを作れないか、という問いです。
草野さんは、10KTF ── 2年ほど前に番組でも取り上げた、架空の世界観を軸にしたNFTプロジェクト。架空の店を舞台にしたストーリー展開で知られていますなどのWeb3系プロジェクトは、フィクションの世界観によるコミュニティの結びつきが強い気がすると尋ねます。宮武さんは、10KTFが個人的に好きだったのはストーリーが軸にあったからだと答えます。
宮武さんは、Bored ApeやCloneXと比べ、NFTが軸かストーリーが軸かでコミュニティの構成も変わるのではないかと話します。ただし、ストーリーが途中で終わってしまうのか、いつまで続けられるのかという課題もあります。
おそらくなんですけど、商品を作る方が楽なんですよ。
それでも宮武さんは、長期的にはフィクションから始めたほうが強いブランドを作れる可能性があると考えています。D2Cに限らずソフトウェアでもよく、そうした挑戦をする起業家の事例をもっと見てみたいと締めくくりました。
まとめ
オーセンティシティを重視する流れの次に、架空の世界観を軸にしたブランドが来るかもしれない。この回は、その仮説を実例とともに検証しました。架空ブランドが人気を得る例は多い一方、現実化して長く続いた例は少なく、宮武さん自身も答えのない問いとして語っています。
- 弱みを受け入れるオーセンティックなブランドの次に、フィクションを活用するブランドが増えると宮武さんは見ている
- バービーやレゴの映画化、Into The Glossなどは、商品に物語を与えてブランドを強くした例として挙がった
- 作中の架空ブランドはキャラクターと連動しているため、商品ありきの無理やり感がないのが強み
- ババ・ガンプ・シュリンプは現実化に成功し、ウィリー・ウォンカは30年ほどでネスレに統合された
- 敵を自由に設計できることと、ゲームのような環境ストーリーテリングが、架空発ブランドの鍵になり得る



