なぜ今、ダイレクトリスティングが話題なのか
草野さんによると、この年はUberやLyftなど、テック企業のIPOがとても多い年でした。今回のOff Topicでは、IPOのそもそもの流れと、最近トレンドになっている「ダイレクトリスティング」という上場方法を取り上げます。
宮武さんは、ダイレクトリスティングが今シリコンバレーで盛り上がっている理由として、ベンチマーク ── シリコンバレーの有力ベンチャーキャピタル。Uberなどへの初期投資で知られますのパートナーで、Uberの社外取締役でもあったビル・ガーリーさんの動きを挙げます。
ビル・ガーリーさんは、TechCrunch Disrupt サンフランシスコと同じ時期に、招待制のイベントを開きました。宮武さんによると、意外と多くの投資家がそちらに流れたという話もあるそうです。
このイベントのトピックはただ一つあって、ダイレクトリスティングを広げようっていう話で。
このイベントにはSpotifyのCFO、Slackの関係者、セコイア ── セコイア・キャピタル。シリコンバレーを代表する老舗ベンチャーキャピタルの一つですのマイク・モリッツさんなどが登壇しました。ダイレクトリスティングのメリットとデメリット、そして通常のIPOのデメリットが、ひたすら議論されたといいます。
実際にダイレクトリスティングを選んだのは、前年のSpotifyと、この年のSlackです。宮武さんは、翌年1月か2月ごろの上場が噂されるAirbnbについても、半々かそれ以上の確率でダイレクトリスティングを選ぶのではないかと見ています。
通常のIPOで、株価はどう決まるのか
宮武さんはまず、ダイレクトリスティングを理解するには、今のIPOのプロセスを知る必要があると話します。説明の対象は、主幹事などを選び終えた後の、公募価格 ── 上場前に新しく発行する株を投資家に売るときの価格。上場後に市場でつく最初の価格は「初値」と呼ばれますを決める段階です。
上場する会社は、スタートアップが資金調達のために投資家を回るのと同じように、多くの投資家に会いに行きます。これは「インベスターロードショー」と呼ばれ、CEOやCFOに創業メンバーが加わることもあります。
ミーティングは各社ごとに45分から50分ほどで、設定は主幹事が裏ですべて行います。会社側は、資金調達のピッチデッキの詳細版のような資料を用意してプレゼンします。
プレゼンの後、主幹事は投資家に「この会社にどれだけ興味があるか」を確認し、その需要を「ブック」と呼ばれる帳簿に書き込みます。
(投資家によっては)その価格が市場に出た価格でいいと。いわゆるいくらでも買いますと。っていう投資家もいれば、この会社だと株価何ドルだと買います、と。
ブックでは、高い価格でも買いたい投資家が上、低い価格なら買いたい投資家が下に並びます。かつては発行会社でさえブックを見せてもらえませんでしたが、最近は発行会社が見られるようになり、社外取締役として入っているVCも見られる場合があるそうです。
主幹事は「このファンドはいいから多めに割り当てたほうがいい」といったガイダンスをします。発行会社は、例えば100億円を調達するなら、誰にどれだけ割り当てるかというアロケーション ── IPOで新しく発行する株を、どの投資家にどれだけ割り当てるかという配分のことですを決める必要があります。
なぜ主幹事にこれほど力があるのか
宮武さんは、主幹事がメインプレイヤーになる理由は単純だと話します。起業家にとって上場は、運が良くても一生に一度できるかどうかの出来事だからです。
それに比べて、バンカーでしたり、投資銀行とかは年間30、40件とかやってるのが普通なので、彼らとしてはすごい信頼性があると。
経験の差があるので、プロセスはバンカーに任せたほうがいいという話になり、主幹事の言い分がかなり通るようになります。
草野さんは、以前のUber上場の回で主幹事の決め方が話題になったことに触れ、今人気の主幹事はどこかと尋ねます。宮武さんによると、テック系ではゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーが多く、JPモルガンが3番手で2番手を狙っている状況だそうです。
主幹事が選ぶ「5社から10社」に何が起きているのか
宮武さんは、主幹事に力が集中していることが、IPOプロセスの大きな課題だと指摘します。投資家に会いに行く段階で、主幹事がかなりフィルタリングをするからです。
今世の中に大体9000社の信託銀行ってあるんですけど、その中の5社から10社ぐらい主幹事が選んで、ここに集中しましょうと。
しかも、ゴールドマンでもモルガン・スタンレーでも、勧めてくるのはだいたい似たような5社から10社だといいます。理由の一つは、長期で株を持つ安定株主になる「アンカーインベスター ── 上場時に大口で株を引き受け、長期保有が期待される投資家のこと。株価の安定役とみなされます」だという説明です。
ところが、ブックで見ると、その投資家たちが提示する株価は低かったりするそうです。草野さんが「なんで選ぶんですかね」と聞くと、宮武さんは答えます。
で、実際に見るとクライアントなんですよね。
宮武さんは、これは高い値段で買いたい投資家がたくさんいるのに、低い値段のバイヤーを選んでいることになり、需要を無視していると話します。
さらにバンカーは、株価を決めるときに「オーバーサブスクライブド ── 募集した株数に対して、買いたいという申し込みが上回った状態。いわゆる応募超過のことですにしましょう」と勧めてくるといいます。宮武さんは、需要が何倍もあるように価格を設定することは、普通に考えれば需要を見逃していることになると指摘します。
IPOポップは誰のためのものなのか
上場初日に株価が大きく上がる現象は、アメリカで「IPOポップ」と呼ばれます。ビル・ガーリーさんたちは、このポップが誰にとって意味があるのかを問題にしています。
宮武さんは、発行会社にとってIPOポップは意味がないと話します。会社が調達できるのは公募価格で売った分だけだからです。
例として挙がったのが、この年に上場したDatadogです。公募価格は27ドルでしたが、初値は40ドルで、約1.5倍に上がりました。主幹事は、申し込みが35倍に達するほどの需要があることを知っていたといいます。
公募価格27ドル。申し込みは35倍のオーバーサブスクライブ
初値40ドル。約1.5倍に上昇し、本来40ドルで調達できた分の価値を見逃した
それでもIPOポップがいいとされる理由として、メディアが「初日に上がった会社はいい会社だ」と見ることが挙げられるそうです。宮武さんはこの点を皮肉っぽく語ります。
特にアメリカのメディアってすごいウォールストリートを短期しか見ないってすごいバカにしてるのに、なぜかこのIPOポップはメディアが「あ、この会社すごいイケてるじゃん」みたいなことを(言う)。
宮武さんの見立てでは、ニューヨーク証券取引所でベルを鳴らし、紙吹雪を浴び、ポップでメディアに持ち上げられる一方で、裏でバンカーが儲けるスキームになっているのではないか、という話があるそうです。草野さんも、主幹事が担当した会社が伸びているように見せられる、と受け止めます。
初日の値上がりで失われた17兆円
IPOポップは今に始まった話ではありません。宮武さんは、フロリダ大学の教授で「ミスターIPO」と呼ばれるジェイ・リッターさんの分析を紹介します。草野さんが「めっちゃIPOした人みたい」と笑うと、宮武さんは本人はIPOをしていないと返します。
リッターさんがVCの出資を受けた会社のIPOを調べたところ、公募価格と初日の株価の差によって、発行会社はおよそ40年間で17兆円ほどの損をしていたといいます。直近18か月だけでも、初日に1.2兆円分ほどの価値が失われたそうです。
宮武さんは、損失が加速している一番の理由として、大型のIPOが増えていることを挙げます。また、主幹事が勧めるアンカーインベスターには、何年保有するという義務はなく、初日に売ってもかまわないとも指摘します。
過去10年のVC出資企業のIPOでは、平均21%のアンダープライシング ── 本来つくはずの価格より低く公募価格を設定すること。上場後の値上がり分が発行会社の取り逃しになりますがありました。しかも、最もIPOを手がけてきた大手3社ほど数字が大きいといいます。
金額ベースでは、過去10年のアンダープライシングのうち約81%をこの3社が占めているそうです。それでも、アメリカでは「ゴールドマンだから信頼する」という感覚がいまだに残っていると宮武さんは話します。
なぜトップ企業ほど不利な条件を飲むのか
宮武さんは、この状況を不思議だと話し、Amazonを例に出します。Amazonのような会社が段ボール箱を大量に仕入れるなら、一番いい値段で買えるはずです。
なのに、シリコンバレーのトップティアの会社、いわゆるIPOする会社が、なぜバンカーを選んだ時に一番最悪なエグゼキューションを与えられるのか。
さらにバンカーは、調達額の平均7%ほどをIPOフィーとして受け取ります。ゴールドマンの33%のアンダープライシングに7%のフィーを足すと、発行会社にとっては40%ぐらいの資本コストがかかっている計算になると宮武さんは指摘します。
IPOポップの必要性についても、宮武さんは懐疑的です。会社は長期で見る戦いであり、Google、Amazon、Facebookといった世界を代表する会社は、いずれもIPOの初値が下がっていたと話します。
バンカーのインセンティブと、Uberの事例
宮武さんは、IPOポップに意味があるのはバンカーたちだと話します。主幹事は割り当てを、いいクライアントや今後ビジネスをしたい相手に振ります。クライアントにとっては、低い値段で入れるほど後で高く売れるので嬉しい、という構図です。
契約によっては、主幹事自身が調達分の一部を買えるようになっていることもあるそうです。その場合、主幹事には公募価格を低くするインセンティブが生まれます。
宮武さんによると、Uberではこれが実際に起きました。主幹事のモルガン・スタンレーは通常の7%ほどのフィーを受け取ったうえで、公募価格でUber株を一部買い、そこで100億円ぐらい儲けたといいます。
なんでフィーの倍もらってるんですよ。なんかおかしくないですか?それって。
宮武さんは、アンカーインベスターの希望価格を理由にしつつ、主幹事自身のメリットもあるのではないかと話します。そして、この問題を一言でこう表します。
ダイレクトリスティングとは何か
こうした課題を解決できる選択肢として出てきたのが、ダイレクトリスティングです。日本語では直接上場と呼ばれます。
ダイレクトリスティングでは、上場前に公募価格で新しく資金を調達しません。創業者、従業員、VCなどの既存株主が持っている株を、そのまま市場に売りに出すことで売買が始まります。
主幹事が投資家を選び公募価格を決めて事前に調達する。既存株主には約半年のロックアップがある
事前の調達はせず、既存株主の株を市場で売り出す。初日から売れ、資金調達は半年後から可能
ダイレクトリスティングでは、資金調達ができるのは半年後になります。ただ宮武さんは、上場時に調達が必要な会社は少しずつ減っていて、上場直前に調達しておけばいいという考え方もあると話します。
SlackやSpotifyがダイレクトリスティングを選んだ理由も、資金調達ではありませんでした。既存株主や従業員が株を売れるようにする、つまり流動性を与えることが目的だったと宮武さんは説明します。
通常のIPOでは、既存株主が約半年間株を売れないロックアップ ── 上場後の一定期間、既存株主の株式売却を制限する取り決め。大量売却による株価の急変を防ぐ目的がありますがあります。宮武さんによると、バンカーには、ロックアップ明けの株価変動を防ぐ名目でもう一度調達する「セカンダリー」を行い、そのフィーを得るという別の理由もあるそうです。
2周目ができるんですよ。大体そこのフィーって結構高かったりするんですよ。
懸念点は「売り手不足」と「知名度」
バンカー側がダイレクトリスティングに反対するときの論点は、最初に売る人が少ないと買う量も少なくなり、上場として成り立たないのではないかというものです。宮武さんはこれを良い懸念点だと認めます。
ただ実際には、VCも従業員も株を売りたいと考えています。Slackでは3社のVCが合わせて40%ほどの株を持っていましたが、実際に売却が行われたそうです。
もう一つの懸念は、世の中に知られていない会社はダイレクトリスティングができないのではないか、という点です。通常のIPOでは主幹事がプロモーションをしてくれます。
宮武さんは、テクノロジーがこれだけある時代にその理屈は通用しないと話します。信託銀行などの大きな投資家はレイターステージ ── スタートアップの成長段階の後期。上場が見えてきた時期の資金調達ラウンドを指しますのラウンドに入る傾向があり、上場前から会社をよく知っているからです。
例えばSpotifyは、会社説明の動画をネットで公開し、ライブストリーミングも行いました。SpotifyのCFOは、どの投資家にも同じ情報量を提供したいと考えていたといいます。
(どこかの投資家が)もっとSpotifyのいいところとか悪いところを持ってるっていうのは与えたくなくて、フェアに全員同じ情報を提供しますと。
宮武さんは、今後はダイレクトリスティング向けに動画や資料をまとめて公開する専用サイトのようなサービスも出てくるのではないかと見ています。草野さんはこれを「IPOを民主化する」ような動きだと受け止めます。
投資家と従業員にとってのメリット
宮武さんによると、ダイレクトリスティングでは、主幹事が選ぶ5社から10社以外の、残りの約9000社の信託銀行や一般投資家も参加できるようになります。取引所の既存のマッチングの仕組みを使うだけで、新しい仕組みは必要ないそうです。
通常のIPOでは、信託銀行が20億、30億円出資したくても、実際には1億、2億円しか割り当てられず、「それでもいいほうだ」と主幹事に言われることがあるといいます。
ダイレクトリスティングでは株価ベースで買えるため、SlackやSpotifyのケースでは、大きなポジションを最初から取れた投資家がいたそうです。宮武さんは、そうした投資家こそアンカーインベスターとしてしっかりしていると話します。
一方で、発行会社が「この投資家に売る」と選ぶことは基本的にできません。公開株として、取引所のアルゴリズムで全部マッチングされるからです。
宮武さんが特に強調するのは、従業員にとってのメリットです。VCは優先株などで下振れリスクを守り、創業者も途中で一部売り抜けられることがありますが、ストックオプションしか持たない従業員は意外と損をしやすいといいます。
結構シリコンバレーの一番かわいそうな人たちって、スタートアップの従業員が一番大体かわいそうで。
ダイレクトリスティングなら、従業員も創業者も既存株主も初日から株を売れます。宮武さんは、翌年にはダイレクトリスティングをする会社が5、6社ほど出るのではないかと見ています。
大手投資銀行も動き出しているのか
宮武さんは、ゴールドマンやJPモルガン、モルガン・スタンレーを悪く見えるように話したものの、実際には彼らもダイレクトリスティングの流れに気づいていると補足します。
SlackやSpotifyのダイレクトリスティングも、大手投資銀行が手伝っていました。IPO調達のフィーは取れなくても、管理などのフィーは取れるからです。
さらに投資銀行は、アメリカのSEC ── 米国証券取引委員会。証券市場の監督や上場ルールの整備を担う連邦機関ですとも、ダイレクトリスティングのプロセスを改善できないか話しているといいます。初日に調達できないという弱点を補う仕組みも検討されていて、宮武さんは翌年か翌々年に新しいプロセスが見えるかもしれないと話します。
経験の差が生む「情報の非対称性」
草野さんは、創業者にとってIPOはほぼ初めての経験で、主幹事との間に情報の非対称性があるため、仕組みを提示されたら納得してしまうのも無理はないと話します。
宮武さんによると、これは経済理論としても示されていることで、経験がある側が有利になってしまうといいます。調達や契約書の知識を持つVCにも、同じような面があると話します。
最後に草野さんは、日本のくら寿司がニューヨークで上場したことに触れます。宮武さんは、日本の会社がアメリカでダイレクトリスティングをすることもあるのか、と期待をのぞかせました。
まとめ
今回のOff Topicでは、主幹事が主導する通常のIPOが、アンダープライシングやフィーによって発行会社に大きなコストを負わせている構造と、その代案としてのダイレクトリスティングが語られました。宮武さんは、従業員や幅広い投資家にもメリットがある仕組みとして、今後広がる可能性を見ています。
- 通常のIPOでは、主幹事が投資家の選別と公募価格の決定に大きな力を持つ
- IPOポップは発行会社には意味が薄く、VC出資企業は約40年で17兆円ほどを初日に失ったとされる
- ダイレクトリスティングは事前調達をせず既存株を市場に出す方式で、ロックアップがない
- SlackやSpotifyは資金調達ではなく、株主や従業員への流動性の提供を目的に直接上場を選んだ
- 大手投資銀行もSECと協議しながら、ダイレクトリスティングの改善に関わり始めている




